三者構成原則について
意見書の記述のうち、「労働政策の立案について」のところは政策の中味ではなく、政策決定過程のあり方に関わる問題なので、エントリーを別に起こして論じておきたいと思います。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2007/0521/item070521_01.pdf
>第三に、労働政策の立案の在り方について検討を開始すべきである。現在の労働政策審議会は、政策決定の要の審議会であるにもかかわらず意見分布の固定化という弊害を持っている。労使代表は、決定権限を持たずに、その背後にある組織のメッセンジャーであることもないわけではなく、その場合には、同審議会の機能は、団体交渉にも及ばない。しかも、主として正社員を中心に組織化された労働組合の意見が、必ずしも、フリーター、派遣労働者等非正規労働者の再チャレンジの観点に立っている訳ではない。特定の利害関係は特定の行動をもたらすことに照らすと、使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである。
まず根本的に、政府の一機関であるにもかかわらず、国際労働基準については国際的な基準として、国内における政労使三者協議体制がILO第144号条約によって要求されているという点を全く無視している点が驚くべきものです。同条約は、ILO条約を批准しないことで知られるアメリカを含め、ほとんど全ての先進国を含む120カ国によって批准されています。同様に批准している日本がこれを敢えて否定するという意図であれば、あらゆる先進諸国から厳しい批判を被ることを覚悟していると考えられますが、それでもよいのでしょうか、それとも単なる無知なのでしょうか。
少なくとも、労使が最も重要な利害関係者(ステイクホルダー)であるがゆえに政労使協議体制を要求していることを踏まえれば、「利害当事者たる労使間における見解の隔たりは常に大きく、意見分布の埋まらぬままの検討により、結果は妥協の産物となりがち」などという見解は撤回されるべきものでしょう。労使の利害がもともと大きく隔たっているがゆえに、時間をかけた丁寧な協議によって徐々にその見解を接近させ、結果として労使の一方のみに有利な決着ではなく、双方がそれなりに納得しうる結果に到達しうるという点が、三者協議体制の最大のメリットであり、これは国際的にも確立されているのです。「妥協の産物」ゆえにけしからんとなどという論法は、ミクロからマクロまでおよそありとあらゆる政治的意思決定において必要とされる妥協というものの存在意義を頭から否定するということなんでしょうか。そのような妥協なき意思決定は、独裁国家においてのみ可能であり、さまざまな利害関係者の利害調整が民主的手続によって行われるべき先進国にふさわしいものではありません。
もとより、議会制民主主義の原則からして、いかなる国でも最終的な意思決定は民主的に選出された政府がその責任で行うことに変わりはありません。しかし、その立法過程においては労使団体という利害代表者に特別の地位を与え、労使との協議を尽くすことが政策に正統性を与えるというのが先進国共通の基準であることを忘れるべきではありません。
なお、今日の先進国の過半数が加盟する欧州連合においては、条約の明文において、労働分野の実質的立法権限を労使団体に委譲し、現実にも労使団体が自発的に締結した労働協約をそのままの形で指令として国内法に転換せしめています。
もっとも、このような三者協議体制の正統性を認めた上において、現在の労働組合が主として正社員層を中心に組織していることから、それはフリーターや派遣労働者等非正規労働者の利害を適切に反映していないのではないかとの批判はありえます。八代先生は主としてここの点をちくちくと刺し込んでくるわけです。この点は、いくつかの観点から考える必要がありますが、まず現在の労働組合が非正規労働者をあまり組織していないといっても、他のいかなる種類の組織団体よりも非正規労働者を組織しているのが労働組合であることは否定できないでしょう。少なくとも、いかなる非正規労働者からもマンデートを得ていない学者や評論家に代表性がないのは明白ですし、そもそも利害が根本的に対立する派遣会社や請負会社に派遣労働者や請負労働者の利害代表性が認められないことは言うまでもありません。そして、今日いくつかの産別組織において、非正規労働者の組織化が積極的に進められ、その実績も上がってきていることを踏まえれば、やはり労働組合以外に彼らの利害を代表すべきものはないと言うべきです。
もっとも、この点については例えば使用者側委員について一定人数を中小企業を代表する団体に割り当てていることなどを考慮すると、労働組合側の中に非正規労働者を代表する委員の枠を設定するなどの対策が考えられます。いずれにしても、重要なのは利害関係者を排除して意思決定を行おうとすることではなく、より的確な形で利害関係者の意見を意思決定過程に反映させていくことであるはずです。
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