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2007年4月15日 (日)

労使関係の将来像に関する素案的メモ

 労働分野の規制緩和として八代尚宏氏が論じていることには、大きく分けて3つの論点がある。第1は実定法によって具体的に雇用労働条件を規制する問題、第2は雇用労働条件をミクロレベルで設定するための集団的労使関係の枠組みの問題、第3は政治的意思決定プロセスとしての三者構成原則(とりわけ組織率の低い労働組合のみが労働者の代表として参画していること)の問題である。

 労働関係の実定法規制には、安全衛生など絶対的な最低基準を設定して権力によって守らせるべきものと、賃金水準など規制内容は集団的労使関係に委ね、その交渉・協議枠組みを法定するべきものがある。ただ、現実には両者の区分けは難しく、強行的規制とされているものが本来労使に委ねるべきものではないかという議論は常にあり得る。八代氏が指摘するホワイトカラーエグゼンプションなどは、この観点から論じられるべきものであろう。
 この関係で両義的なのが解雇規制である。これ自体は絶対的な最低基準ではあり得ない。しかし、解雇が自由ということは、他のいかなる雇用条件の要求をも空洞化させる危険性があることからすると、他とは異なった取扱いが必要となる面がある(後に再論)。
 八代氏ら規制改革派は、基本的に労働者側の戦術としては(ハーシュマンのいう)「発言(voice)」ではなく「退出(exit)」のみを有効と認める立場のようであるが、これは労働市場を常に売り手市場にしていくことを前提とするものであって、いわゆる「守旧派」ならともかく「構造改革派」の立場とは矛盾するはずであろう。労働市場が常に絶対的売り手市場でないことを前提とするならば、「転職の自由」を保障するだけでは足らず、何らかの「発言」のメカニズムが不可欠であり、そこから上で(ミクロ的に)労使に委ねるという場合の「労」の中味が問題となる。
 これは現在労働契約法制(とりわけ労働条件の不利益変更)をめぐって過半数組合と労使委員会ないし過半数代表者の問題として論じられている点であるが、結論から言えば、労働組合そのものを単なる任意的結社ではなく公的性格を有する労働者代表機関としていく方向が望ましいと考える。多数に上る非組合員を代表し得ない労働組合にも、使用者の関与する非組合的代表にも、基準設定を委ねられるべき正統性が欠けるからである。(この関係で、スウェーデンの労使関係モデルが参照されるべきである。)

 マクロレベルの意思決定プロセスにおける三者構成原則も、基本的には同じ観点から論じられるべきである。「転職の自由」だけで労働者の利益が守られるのであれば、産業革命期から守られてきたはずである。そうではないからこそ、何らかの「発言」のメカニズムが工夫されてきたのではないか。ベルサイユ条約に由来する政労使三者構成原則は、労働法政策という公共的意思決定メカニズムに明確に労働者の「発言」を組み込むシステムとして先進世界共通のルールとして確立してきたし、特にEUではそれが憲法レベルの規範として明記されるにいたっている。
 問題は、八代氏が鬼の首を取ったようにいう「労働者の2割に満たない労働組合」が労働者の代表となっている事態をどう考えるかである。このことを「発言」メカニズムを縮減する正当化根拠にしないためには、その他の(主として非正規労働者からなる)労働者の意見をくみ上げるシステムの確立が必要である。これは、中長期的には上記のような労働組合の公的機関化によって対応すべきではあるが、当面の対策としては、例えば審議会委員としてあえて非正規労働者枠をいくつか設け、多様な利益を代表しているということを明示するというやり方が考えられよう(これが各産別にとって難しいことは踏まえて上で)。

 ややグローバルな観点から見ると、ミクロレベルの規制緩和とマクロレベルの三者構成原則の強化とが今日の流れであると言える。日本の規制緩和派が見落としているのは外ならぬこの点である。
 上述の解雇規制の緩和は、今日のヨーロッパ社会においても鋭く議論されている点であり、フランスの初回雇用契約をめぐる騒動はそれを象徴している。ここで注目すべきは、同契約を提案したドビルパン首相は、OECDの雇用戦略の方向性に則り、デンマークモデルに倣おうとして提案したということである。デンマークは、解雇規制が極めて緩やかであるが、失業給付が寛大で積極的労働市場政策がとられており、失業率は低い。OECDはこの点を捉えてデンマークの「ゴールデン・トライアングル」と呼んでいるが、デンマークの最大の特徴は労働組合の組織率が8割以上と極めて高く、しかも労働に関する実定法はほとんどなく、大部分はナショナルレベルの労働協約によって設定されているという点である。失業給付もいわゆるゲントシステムで、労働組合員の共済制度という面がある。つまり、デンマークという国自体が一つのグループ企業のようなものであり、そのグループの労使間でものごとを決めているから、個別企業レベルで解雇が自由であっても、失業給付が寛大であっても、それがモラル・ハザードを産み出すことなく、社会全体がうまく回っていると言えよう。
 ここで解雇規制の緩和について一定の方向性を示すつもりはないが、仮に非正規労働者の利益のために解雇規制の緩和が必要であるという論理を提示するのであれば、それが社会的排除や価値剥奪に結びつかないための条件として、マクロレベルの三者構成原則の強化を併せて求めるのでなければ、筋が通らないと思われる。
 ミクロでも規制を緩和し、マクロでも労働者の「発言」を削減するという道は、労働者に唯一可能な選択肢として「退出」しか与えない。経済財政諮問会議委員たる八代氏は、それが今後永遠に可能なように、未来永劫赤字財政を一切無視して膨大な景気刺激策をとり続けるおつもりなのであろうか。

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