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アンソーシャル・ヨーロッパ

アン・グレイ(Anne Gray)さんの『アンソーシャル・ヨーロッパ-社会保護とフレクシプロイテーション(Unsocial Europe-Social Protection and Flexiploitation)』(Pluto Press)という本を読んでいるのですが、なかなか興味深いです。

http://www.amazon.co.jp/Unsocial-Europe-Social-Protection-Flexploitation/dp/0745320317

074532031701_ss500_sclzzzzzzz_ 「アンソーシャル・ヨーロッパ」というのは、いうまでもなくかつてドロール時代によく使われた「ソーシャル・ヨーロッパ」をもじった言葉ですね。「ソーシャル」じゃないぞ、ってのを「アンソーシャル」と造語したわけです。

副題の「フレクシプロイテーション」というのも、フレクシビリティ(柔軟性)とエクスプロイテーション(搾取)を結合した造語ですね。近頃「フレクシキュリティ」という造語が流行っているのに対して、柔軟性は労働者を搾取するだけだという批判的な考え方を正面に出しています。

彼女はロンドン・サウスバンク大学の社会学の方で、この分野でいくつか論文を書いているようですが、

http://www.socresonline.org.uk/11/3/gray/gray.html

私の立場からみて興味深いのは、90年代以降のワークフェア路線を全面的に批判しているところです。前職よりも低い賃金の仕事でも受け入れないと失業給付を切るぞと脅されるなんてけしからん、それこそワーキングプアを生み出す元凶ではないか、というわけです。そこでメイク・ワーク・ペイとか言って、低賃金に補助金を出すようなことをしても、それは企業が儲けているだけではないか、それはかつてのスピーナムランドと一緒やないか、という感じの批判です。90年代の欧州社民勢力は、旧来の福祉国家路線ではやっていけないということで、あえてそっちに路線転換してきたわけですが、それはダメだと。

そうはいっても、いつまでも失業給付をだらだらと支給し続けるわけにもいかないだろう、何かしら働いて貰わないと困るじゃないのと、私なんぞは思うわけですが、そういう発想が「アンソーシャル」だと批判されるわけですな。

一方で企業が雇いたくなるように賃金は十分低くないといけない。他方で失業者が就職したくなるように賃金は十分高くないといけない。そこで、在職給付などによってなにがしか上乗せして、どっちも満足しうるようにしようというのがメイク・ワーク・ペイですが、それは19世紀のスピーナムランドと同じで、国民が企業に補助金を出しているようなもので、持続可能ではない、と。

じゃあ、どうすればいいのかというと、企業の利潤を減らせばいいという(某政党みたいな)えらく単純な話になってしまって、現実味が失せてしまうわけですが、上記批判そのものはそれなりに理屈の通っているところがあって、これはこれとして真剣に考えないといけないところでしょう。

かつてこのブログと平家さんの「労働・社会問題」で、この問題について議論したことがあるのをご記憶でしょうか。朝日で稲葉先生の「ブログ解読」にも取り上げられたので、ご記憶の方もいると思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_71f5.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_30b7.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_ad53.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_ae8d.html

(追加)

アン・グレイさんの思考は、福祉国家は脱商品化(decommodification)、ワークフェアは再商品化(recommodofication)という二分法なんですね。失業者を無理に働かせようというのは、せっかく商品扱いされずにすむようになった労働者をまたぞろ商品として売り飛ばそうというのか、ということなんですが、この辺はまさに「脱商品化」をどうとらえるべきかという少し前に私が考えていた話とつながってきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/gendaihukushikokka.html

私は、脱商品化といっても二種類あるんじゃないか、働かなくてもいいという脱商品化はモラルハザードのもとになるんじゃないか、と考えてみたのですが、グレイさんに言わせれば、この二つを区別するなんて無意味で、働かない権利を認めなければ結局低賃金で低劣な条件で働くことを強制されるのと同じではないか、ということになるんでしょうね。

しかし、ワークフェアにはアメリカ由来のものと同時に、北欧由来の積極的労働市場政策もあるわけで、そっちはどう考えているんだろうか、と疑問が湧きます。グレイさんの答はこういうものです。

北欧諸国ではずっと以前から失業給付が終わろうとしている人に対する仕事の提供ないし仕事の確保という仕組みがあった。それはワークフェアじゃないのかというと、それは前職と同じ賃金が確保されていたからいいんだというのですね。ところが1990年代以降、それより低い失業手当並みの賃金で働くことを強制するようになってきた、これは悪いワークフェアだ、というわけです。ふうむ、そういうものですかね。高い前職の賃金をそれだけの価値のない失業対策仕事にいつまでも払っていたのでは、それこそ二度とそこから抜け出さないでしょう。

いや、グレイさんの縷々述べることにもなるほどというところは結構あります。ワークフェアでむりやり派遣就労に押し込んでも、臨時雇いだからすぐにまた失業手当の列に戻ってくる。そんな劣悪な労働をほったらかしておいて、失業者ばかりをいじめるのか、というわけです。

そして、いろいろ論じた挙げ句に、ベーシック・インカムが出てくるんですね。うーむ。

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