長時間労働をどう抑制するか
ホワエグばかりが注目されてしまっている労働時間法制ですが、もう一つの大きな柱は「長時間労働の抑制」のはずなんですね。
水口さんが10日の労政審労働条件分科会に提示された素案の前文をアップしてくださったので、そっちの方にも若干のコメントをしておきます。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/files/roudouzikan06y10.pdf
一言でいうと、なんだかまだ割増賃金にこだわっているんだなあ、という印象です。(時間外労働の限度基準の関係で)「特別条項つき協定では割増賃金率も定めなければならないこと及び当該割増賃金率は法定を超える率とするよう努めることとしてはどうか」とか、「法において、限度基準で定める事項に、割増賃金に関する事項を追加してはどうか」とか、「労働者の健康を確保する観点から、一定時間を超える時間外労働を行った労働者に対して、現行より高い一定率による割増賃金を支払うこととすることによって、長時間の時間外労働の抑制を図ることとしてはどうか」と、割賃割賃とそれしかないのかと言いたくなるくらい割賃のオンパレード。
しかし、そもそも割賃を上げれば長時間労働が抑制されるかどうかという根本のところが全然明らかではない。ノンエグゼンプトの場合でも、割増があるからもっと残業しようという誘因にもなるわけですし、エグゼンプトの場合は直接関係はない。エグであろうが、ノンエグであろうが、長時間労働は労働者の健康上大変問題だから何とかするべえ、というところから出発するのであれば、労働時間そのものを何らかの形で規制するという方向しかないのではないかと思われるのですが、それはいやなんですね。なんだか、物理的労働時間をいじることはタブーみたいに考えているような印象さえ受けます。しかし、そもそも労働時間規制とは物理的時間の規制以外の何者でもないんですがね。
昨年の安全衛生法の改正で、長時間労働は明確に安全衛生上のリスクとして位置づけられ、月100時間以上の時間外労働は医師の面接が必要な危険な労働であるという風に明確にされたわけですから、これを超える時間外労働については、現在の36協定で予め定めておけばあとは何にもしなくてもいいんだよ、という仕組みを再考するという考え方は特に変なものではなかろうと思われるのですが。今回のホワエグ関係のところで月80時間という基準が提示されましたが、まさか「管理職の一歩手前は月80時間」だけれど、その下のぺーぺーは月100時間などという莫迦なことはないでしょうから、これはみんなの話だと思うんですが、月80時間を超えることになるところで、医師の判断を含む特別の手続を要求し、それをクリアしなければそれ以上の長時間労働はダメよ、というやり方も考えられるはずです。私も結構長時間労働してきた口なので、一律にこれ以上はダメよとやられると仕事が回らんぞい、と言いたくなる気持ちはよく分かるところがありますが、それにしても、いつまでも割賃だけで長時間労働対策を考えるという弊習はそろそろ脱却した方がいいのではないかと、これは本気で思っています。
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労働側にアメが一つもないから…難しいところです。
残業代って確か割増率1.7倍超えると、新規採用のインセンティブになるんでしたっけ?
それ未満だと残業させた方が特。中小企業は少ない人数を残業で回しているので、つぶれる。
大企業だと、残業代のインセンティブが上がってしまう。濱口先生の仰るように、ノンエグゼンプトは残業稼ぎに走りそうですよね。
投稿: 若手の役人です。 | 2006年11月14日 (火) 01時01分
いや、割賃はそもそも労働側はとれる飴とは思っていなかったのですよ。割賃引上げを法制化するというのなら、少なくとも一定程度普及していなければありえない。何か事故や事件が起こって、それに対応しなければならないというような事案なら別ですが、こういうカネの争奪戦をいきなり思いつきでできると考える方がおかしい。まして、中小零細企業は以前から大企業がホワエグを食い逃げして、そのツケを自分たちに押しつけるんではないかと疑心暗鬼だったのですから。その意味で、これは明らかに事務局サイドの読み間違いであり、こんなのをうかつに素案に載っけたのが失敗のもとだったのです。
それに対して、安全衛生法とリンクさせた一定時間以上の時間外労働への規制強化は、「死ぬぞ、死ぬぞ、過労死で死ぬぞ」が正当性の根拠になるので、社員が過労死しても自己責任論で最高裁まで闘うつもりの奥谷社長は別にして、経営側が(とりわけ残業代を出す余裕があまりなく、といってホワエグができるほどの年収も払えていないような中小零細企業が)乗りやすいのです。
投稿: hamachan | 2006年11月14日 (火) 10時17分
労働時間を規制する手段として「失効する有給休暇の買い上げを企業に義務付ける」というのはどうでしょうか。
もし未消化で失効する有給休暇を企業が買い上げるとすれば、その費用は企業業績に反映します。企業としては、P/Lを悪くするより「休め!」ということで、有給休暇の取得促進を大々的かつ本気で進めると思います。
もちろん、労働日の残業時間にシワ寄せがあるのでしょうが、総労働時間削減の効果はあるでしょう。
私自身は、相応に年休を取得しているものの、それでも毎年10日以上の有給休暇が未消化のまま消滅しています。平均賃金で計算すると、結構な金額でして・・・。
失効している有給休暇を買い上げた場合の影響について、労働総研さんあたりで試算してくれませんかね。
投稿: 匠 | 2006年11月14日 (火) 13時23分
その話は昔から繰り返されてきていますね。労働者側からすると買い上げて貰って収入を増やすインセンティブになることから、そもそも年休を義務づけた趣旨が没却されるというのがいつも結論になります。
年休については、前にこのブログでも書きましたが、労働者が請求しなければ付与義務が発生しないという法構造になっていることに問題の根源があるのだというのが私の見解です。1954年改正前の労働基準法施行規則第25条は、「使用者は、法第39条の規定による年次有給休暇について、継続1年間の期間満了後直ちに労働者が請求すべき時季を聴かなければならない・・・」と規定していました。すなわち、年休付与義務を負った使用者は、労働者の意向を聞いて、年休付与計画をまとめ上げ、これにより計画的に年休を付与していくというのが、労基法施行当初に描かれていた姿であったのです。
これがなくなったため、とる気のある奴は全部とりきるけれども、とらない奴はほとんどとらないという現在のような状況が生み出されてきたわけです。
ところが、いったんとりたい奴がとりたい時にとるんやというのが確立してしまうと、全部ひっくるめて使用者が決めるんやというのは既得権の侵害ということになってしまい、計画取得もなかなか進まないということになるわけで。
投稿: hamachan | 2006年11月15日 (水) 10時01分
なるほど、なるほど・・・。
休まずに銭を貰うというのでは趣旨に反しますね。ここに思い至らなかったのは、若かりし頃の「金を払ってでも休みたい」といった私のトラウマみたいな記憶があったからかもしれません。
それから、1954年改正の件は知りませんでした。やはり「歴史に学べ」という事なのでしょう。勉強になりました。また何か疑問に思ったらご教示下さい。
投稿: 匠 | 2006年11月15日 (水) 10時47分
>休まずに銭を貰うというのでは趣旨に反しますね。
割賃と同じパターン
投稿: フマ | 2006年11月15日 (水) 16時00分
>ワーカホリックの場合に価格メカニズムを使うとすれば、労働時間に対して累進的に企業に課税するか、労働時間に累進的に所得税をかけることです
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2007/02/post_7d5f.html
投稿: 文雄たん | 2007年2月25日 (日) 19時26分