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残業代11.6兆円の横取り?

いくつかの新聞でも報じられていますが、全労連系のシンクタンク労働運動総合研究所(労働総研)が、「残業代11.6兆円の横取りを法認するホワイトカラー・エグゼンプション」という発表をしています。

http://www.yuiyuidori.net/soken/ape/2006_1108.html

ここでも、反対の第2の理由として「健康破壊・過労死を急増させる」というのが上がっていて、これはここでさんざん論じてきたことですから省略します。問題は第1に上げられている「賃金横取りの法理だからである」というのが正しいと言えるかどうかです。

ここでは試算の中味は論じません。「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入は、大企業による労働時間と賃金の大幅な横取りを、政府が法制度改悪によって支援するものであり、近代的労働契約を破壊することにつながる」というロジックがどこまで正しいのか、という点だけを簡単に論じます。

労働契約は労務の提供とその対価としての報酬の支払いの合意によって成立します。報酬をいくらにするかというのは、私法上は自由です。何の制約もありません。また、提供する労務の量をどれくらいにするかも、契約当事者の自由です。私法上は何の制約もありません。それが「近代的労働契約」の出発点です。

しかし、これらを全く私的自治のみに委ねると、労働サービスの特殊性等からくる労使の交渉力の格差のために、社会的に好ましくない結果をもたらす危険性があり、そのため、最長労働時間や最低賃金を設定するという形で、公共政策としての法的介入が行われます。これは、本来的には公法的規制ですが、同時に労働契約自体をもそれに合わせて書き換えてしまうという効果を持ちます(細かく言うと、場合によります)。

ここまでは公法的労働法規制の話ですね。この最低基準を上回る部分については、労使自治ということになりますが、その際、労働者側の交渉力の弱さを補うため、労働組合等の集団的な取引によってよりよい労働条件を勝ち取るということが行われます。その中味自体には公共政策は介入しませんが、そういう枠組みを維持すること(集団的労使自治)には一定の法的介入があり得ます。これは修正された私法的枠組みですね。

何だよ、労働法のイントロみたいな話ばっかりして、早く中味にはいれって?

いやいや、これが大事なんですよ。労働総研さんが「横取り」だというこの残業代は、法的性質としてはどちらに属するのか、属するべきなのか、というお話しなのです。

もちろん、現行労働基準法を前提にすれば、答は明らかです。年収1000万円であろうが、2000万円であろうが、週40時間を超える労働時間に対応する部分の割増賃金の支払いは、公法上の規制であり、それを払わないことは刑事罰の対象になる違法行為です。たとえ、労働者が使用者との間で、「40時間を超えても残業手当はいらないよ」というオプトアウトを合意していたとしても、それは否定されてしまいます。

しかし、本当にそれでいいのかね、という疑問は生じ得ます。なにより、公法上の規制が正当化されるものは、普通は、最長労働時間規制とか最低賃金規制とか、さまざまな安全衛生規制とか、いずれも一律に最低基準を設定して、それ以下はダメよ、というものなんですね。ところが、労基法37条の定める「最低基準」は実は「最低」と言えるかどうか大変疑わしい。だって、時給800円のアルバイトにとっては、時間外1時間につき1000円が「最低」なのに、年収1000万円の非管理職エリートサラリーマンは、時給換算すると大体4000円ですから、時間外1時間につき5000円が「最低」ということになる。そんな「最低」ありかね?と、普通の感覚を持ってる人だったら思うのではなかろうか、というのが、まあこの問題の一つの出発点なわけです。

いや、もちろん、労使間で「時給4000円だから時間外やったら1時間につき5000円ね」という契約を結び、それに基づいて賃金を支給する分には何の問題もないのです。しかし、それとは異なる合意を結ぶことを、管理監督者でないという理由だけで全面的に否定してしまうことが、労働法規制を正当化するだけの公共政策上の正当性があるのだろうか、という点が問題なのです。

実を言えば、実体的労働時間規制には大変厳しいヨーロッパ諸国でも、時間外手当については全く集団的労使自治に委ねているか、法律で定めていても労働協約で例外を設けることができるとしている国が大部分です。要はカネ勘定の話ですから、労使で決めてね、ということですね。

最近このブログで取り上げているEU労働時間指令も、時間外手当については一切何も規定していません。カネ勘定には関係ないのです。ですから、病院の医師や看護婦等の待機時間の問題も、(もしかしたら多くの読者の方が誤解しているのかも知れませんが)待機時間の分まで賃金を払わなければならないことが問題なのではありません。それだけの話だったら、要は病院で寝ている時間の分まで予算を計上すればいいだけの話です。カネはかかりますが本質的に困難な話ではない。

そうではなくって、EU労働時間指令とは物理的労働時間規制なのですから、要は病院で夜中に寝るために余分に医師や看護婦を雇わなければならないという、そういう問題なのですよ。だからあれだけ大問題になっているのです。誤解してはいけません。

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コメント

若手役人さんへの返答?

投稿: フマ | 2006年11月10日 (金) 18時46分

ILOのC30の第7条第4項との関係はどうなるのかと。

投稿: naka64 | 2006年11月11日 (土) 09時05分

naka64さん、いいご質問をありがとうございます。

日本について言えば、ILOの労働時間関係条約は何一つ批准していませんし、ご指摘の第7条第4項の前提となる第7条第2項のような時間外労働の事由の厳格な制限もありませんから、そもそも関係をどうこうする以前かと。

ヨーロッパ諸国について言えば、まあ各国ごとの判断の話ですが、EU加盟国にとってEU指令が遵守しなければならないれっきとした実定法であるのに対して、ILO条約は批准しなければそれまでだし、批准していても破棄することも可能なので、どの程度規範として存在しているのかは国ごとに様々だろうと思います。
ちょっといま手元に資料がないので、頭の中の情報だけで書いているので細かいところに間違いがあるかも知れませんが、ドイツの労働時間法制も、1994年以前の旧法では、時間外労働に25%の割り増しの支払を義務づけていましたが、1994年改正で割り増しの規定はなくなったのではないかと思います。
この改正はEUの労働時間指令と同じ頃にできていて、同指令の趣旨に添って11時間の休息期間(13時間の拘束時間)を導入するなど、健康確保を法の目的にするとともに、弾力化を図った改正だったと記憶しています。

投稿: hamachan | 2006年11月11日 (土) 15時09分

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