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2006年10月16日 (月)

労働契約承継とEU指令

「夜明け前の独り言」というブログを書いておられる労働弁護士の水口洋介さんが、担当されている日本IBMハードディスク部門「会社分割」地位確認訴訟について、EUの既得権指令にも言及して、かなり詳しく書いておられます。

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2006/10/post_869a.html

この中で面白いのは、日本で会社分割ができるようになってから行われた事例では、労働契約承継法に基づいて承継するのではなく、在籍出向という形をとっているケースが多いという話です。この法律は、会社分割という特定の場合についてのみ、EU型の「仕事と一緒に人も移る」というジョブ型労働市場の思想に基づく契約承継ルールを定めたのですが、現実の日本社会はそれよりもずっと遙かにメンバーシップ型社会であって、「仕事は移っても人の本籍は移らない」という方がなじみやすかったということでしょう。

ところが、この水口さん担当のケースでは、欧米型ルールに基づいた労働契約承継法の基本ルールに従って、すぱっと移してしまったんですね。その結果、「でも,おかしいじゃないか。俺はIBMに就職してんだ。なんで日立なんかにいかなきゃいけないんだ。」ということで,JMIUの日本IBM支部の労組員は,一方的な同意なき転籍(労働契約の承継)は無効だとして日本IBMに対して地位確認の本訴を提起しました」ということになったわけです。

実際、ジョブ型でなく、メンバーシップ型の日本社会では、「楽天とオリエントコーポレーション(あの規制改革会議の宮内氏の会社だよ!)の会社分割でさえ,在籍出向です」というわけですから、IBMのやり方は日本社会のソシオグラマーに反していることは確かなのですが、しかし六法全書に載っている法律の文言からは、IBMが法律違反だとは言えないのもまた確かなんですね。

で、ここで我らがEU指令の登場です。

「この事件では,EUの事業譲渡指令(「企業,事業又は企業,事業の一部の移転の際の労働者の権利保護に感する加盟国法の接近に関する77/187/EEC指令」)とEC司法裁判所のKatsikasu(ママ)事件の1992年12月16日判決も引用して,「労働者の使用者選択の自由」(ドイツ連邦労働裁判所は基本権として認めた)に基づき,「労働者の拒否権」があると主張しています」と書かれているんですね。私の本も準備書面で引用されたそうなんですが、これが本当に原告労働者にとって有利な証拠であるかどうかは、実はいささか疑わしいところがあるのです。

このKatsikas事件判決は、これです。

http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:61991J0132:EN:HTML

この判決の読み方ですが、まずEU既得権指令は、企業譲渡があればそれに伴って労働者も移転することが大前提であることを頭に置く必要があります。労働者にとって、ある会社へのメンバーシップなんかよりも、こういう仕事をしているというジョブこそが何よりも重要であって、それが営業譲渡だの分割だののために、今までの仕事ができなくなり、それと全然違う仕事をやらされるなどということはあってはならない許すまじきことなんですね。だから、EU指令は、そういう労働者のジョブを維持したいという利益を最優先にして、ある仕事が営業譲渡されたのに、それと一緒に移転されないなどというけしからんことがないように、本人が嫌だといわない限り、もとの労働条件で譲渡先に転籍することを義務づけているんですね。

日本で考えれば、例えばもうほとんど政治的に民営化が決まったらしい社会保険事務所の職員が、ちゃんと民営化された社会保険会社にいけるようにしろということですね。これがないと、かつての国鉄の分割民営化の時のように、もとの会社に残されて、気がついたら清算事業団という泥船で、沈んでいってしまったということになるわけです。

とはいえ、ヨーロッパにも日本みたいに、譲渡先の会社になんか行きたくない、もとの会社に残りたいという労働者もいないわけではありません。このカツィカス事件というのは、そういう(ヨーロッパの文脈では)やや特殊な事案であるということを念頭に置いてください。本判決は、譲受人のもとで働きたくないというカツィカスさんの自由を認めました。EU既得権指令は譲受人との雇用契約を労働者に強制するものではないんだ、と明確に判示しています。職業選択の自由には、使用者の選択の自由も含まれるのは当然でしょう。

ところが、では、その場合雇用契約はどうなるのかというと、それは加盟国が決めることだ、というんですね。つまり、少なくともEUレベルでは、譲渡人との雇用契約が維持されなければならないという法規範は存在しているわけでありません。判決の最後のところに書いてあるように、労働者が自らの意思に基づいて譲受人との雇用契約ないし雇用関係を維持しないと決定した場合において、譲渡人との雇用契約ないし雇用関係が維持されるべしと規定するように加盟国に求めているわけではない、と、これもはっきり書いています。

要するに、ジョブ中心社会を前提にして、ジョブが移るのなら人も移せ、というのを基本ルールにしつつ、行きたくない労働者はいかなくてもいいよ、しかしもとのところにいられるとは限らないよ、というのがEUのルールなんです。だから、これを、メンバーシップ社会でメンバーシップを維持しろという裁判に使えるかというと、いささか首をかしげるところはあるんですね。

この点は、実は拙著『労働法政策』の中で、労働契約承継法を解説した部分のうちEU指令に触れたところ(342ページ)でも若干論じたところです:

 日本では譲渡に伴って承継されない労働者の権利がかなり重要な意味を持ち、野党法案ではその旨の規定があるが、EU指令ではそこは、譲渡される事業に従事する労働者がそれに伴って承継されるのは当然という整理になっており、少なくともEUレベルでは承継拒否権の規定はない。これは、ヨーロッパではまず職務があってそれに就くのであり、職務が別の会社に移動すれば労働者も移動するのが当然と考えるのに対し、日本ではまず会社があってその中で職務に従事するという考え方が強く、職務が別の会社に移動しても元の会社に残るのが当然という考え方がかなり強いことによる。とはいえ、野党法案のように行くも残るも全て労働者の意思によるとしてしまうと、EU指令よりもかなり労働者の利益に傾いた制度になってしまう。

しかし、水口さんのブログで紹介されているように、実際には圧倒的大部分の会社分割で在籍出向というやり方がとられているのであれば、むしろそちらこそデファクトルールにすべきだったのかもしれませんね。

実は、労働契約承継法については、立法に至る過程において、私もいささか関わったこともあるのです。連合のシンポジウムに出席して、EUではこういう指令があって、会社分割の場合だけでなく、営業譲渡の場合にも既得権が維持されるのがルールとなっている、てなことを喋ったんですが、いうまでもなくこの「既得権の維持」というのはジョブの移転とともに労働者が既得権もろとも移転されるということであって、移転されない権利ということではないんですが、そのシンポジウムの題名が何だったか分かりますか?

「気がついたら別会社に」なんですよ。

この感覚の違いがすごいですね。ジョブ型社会とメンバーシップ型社会の違いをこれ以上雄弁に物語る実例はないんじゃないかと常々思っています。

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コメント

不思議ですね。「気が付いたら別の仕事に」だったら分かるけど。その会社の実体って、一体なんなのよ?
人間関係?いや、仕事仲間で会社を移れば人間関係は維持されるしな。退職金とか、年金とか?

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