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2006年8月23日 (水)

もじれた議論

本田由紀先生のブログ「もじれの日々」で、ちょっとしたやり取りがありましたので、若干のコメントをつけて記録にとどめておきます。

http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20060821#p3

本田先生が、「ある会議の場で」「某大手製造業企業の方がおっしゃっていたこと」として、次のような内容を引用されたところから始まります。

曰く、「この企業はグローバルに経営を展開する企業であり、人材獲得についてもグローバルなベースで考えざるを得ない。景気が向上する中でもこの企業は新規学卒正社員採用数を増やしてはいない。採用対象は超エリート技術者と経営幹部候補に限定されている。前者は院卒に限定されており、後者についてもできればMBA取得者の採用を期待している。いずれについても、世界の大学ランキングの中で東大よりも上の大学からの採用をねらっている。多くの職場にはインド人IT技術者が複数採用されて活躍している。この企業の社員の間では「われわれの子供たちはとてもこの企業には入れない」という会話が交わされている。生半可な国内大学を出た人間が正社員として採用されることはほぼ考えられなくなっているからである。 この企業においてこれまで長期雇用の対象となっていたのは高度経済成長期に集団就職で就職してきた層であり、彼らは今大量に退職しつつあるが、そのあとを正社員で補充する考えはない。 大企業に正社員として安定的に長期雇用されるというチャンスは、日本の若者にとってこれからますます限定されてゆくのであり、企業の採用や雇用のあり方が過去の状況に逆戻りする可能性はゼロである。」

で、本田先生は「こうした現実を直視する必要がある。その上で、これからの日本の若者にとっていかなる施策が必要なのかを考えていかなければならないのだ」とコメントされていたのですが、一体この発言をどう認識されているのか判然としなかったので、次のようなコメントを書き込みました。

本気ですか?
これは二重の意味でお聞きしています。
この方のご意見にそこまで賛成されるのであれば、12日付の「あたりまえのこと」はどう当たり前なのだろうか、というのが一点目。
この方の社会観、歴史観、将来像に本当にご賛成なのですか、というのが2点目。
も一つ言うと、この方の社会観、歴史観、将来像は、どこまでこの方の属する製造業大企業のそれらを反映しているのか、それとも反映していないのか、読んでる側としては大変気になります。この方の会社の人事部の方のご意見を是非伺いたいところです。

やや舌ったらずの感はありますが、人様のブログのコメント欄でもありますし、ごちゃごちゃと書かずにさらりと、という気持ちであったのですが、どうもよく理解していただけなかったようで、

賛成というよりも、これが企業、すくなくともグローバル大規模製造業企業のむき出しの現実だとして直視する必要があるということです。それに対して企業の経営効率とは別の論理、すなわち労働者や生活者としての論理から多くの人々が声を挙げ、可能な限り法によって企業があまりにもあまりなことをすることを抑制していかなければならない。企業の温情に期待するのではなく、企業以外の主体がある種強い姿勢で向かっていく必要があるということです。」というお返事が返ってきました。

ここで、事実認識の次元の賛成と価値判断の次元の賛成とに議論を峻別して、どのレベルのどの議論についてどう賛成なんだと問いつめるという道もあったんですが(今から考えれば、そこのところを彼女自身が曖昧にしたまま議論が進んだことにも混迷の原因があるように感じられますが)、話がやや形式論理学になってしまうおそれもあったので、「可能な限り法によって・・・抑制」云々という一節に反応する形で、次のようなコメントをつけました。

企業にとって不可能なことを法律で義務づければやれるようになるんですか?法律で書けば、何でもできるとでも?

法律でやれるのは、法律で書かなくてもやれるはずなのにやらないことをやらせることだけです。

温情に期待するか強制するかってのは、やれるという前提があって始めて言えることですよ。

グローバル大規模製造業のある方が「これがむき出しの現実だ、直視しろ」といっているということと、それが本当にむき出しの現実であることとは別のことです。もし後者であるならば、キャリア教育も職業レリバンスも糞もない、諦めておこぼれに期待するしかないでしょう。企業以外の主体とやらがある種強い姿勢で向かっていくと、むき出しの現実が変わるんですか?

もしそれで変わるんなら、そんなものはむき出しの現実でも何でもなかったんですよ

読めばおわかりになるように、これは「あなたのいうことを前提にするとこういうことになってしまうけれどもそれでいいんですか?」という条件法的問いかけであって、この大手製造業氏の発言を「事実認識のレベルにおいて」正当なものと受け取っているのか、そうでないのかを聞いている訳であって、何らかの価値判断なり一定の政治的立場を鮮明にした言説ではないのですが、本田先生はここで自らの価値判断を攻撃されたかのごとき反応をされてしまいます。

曰く「それはすべての運動や法、制度を否定し人々を無力化する言葉です。企業の押してくる力を押し返すことが一切不可能だという考え方の方が理解できません。

いやはや、という感じですが、ここで諦めては何のためにコメントしたか分かりません。

もう一度お聞きしますが、本気ですか?
私のお聞きしているのは、法律にせよ、社会運動にせよ、企業が客観的にはやれるのに主体的にはやりたがらないことをやらせることはできても、そもそも客観的に不可能なことはやらせられないでしょうということなんですけど。
太陽が地球の周りを回るべしと法律で書けば回りますか?天動説運動を起こせば地球が止まりますか?それが「それはすべての運動や法、制度を否定し人々を無力化する言葉」ですか?
もし法律や運動で「企業の押してくる力を押し返すことが可能」だったのであれば(私もそう思いますが)、そもそも最初にその「むき出しの現実」とやらを不可避の運命と語った言葉が嘘だったんですよ。だって、押されたら引っ込んだんでしょう。引っ込むことが可能だったんです、最初から。むき出しの現実でも何でもなかったんですよ。
私が最初からお聞きしているのはそういうことです。押せば引っ込むと思っているのに、どうして押しても引いても無駄な現実だという言葉を信じちゃうんですか?

どうも、本田先生のコメントを見ると、理解されていないようなのですが、私は、本田先生が何でまた(本来の先生のお考えとは180度違うとしか思われない)この大規模製造業の方のお言葉に入れ込んでしまったいるんだろうか?という素朴な疑問から書いています。
この人の言葉こそ、「すべての運動や法、制度を否定し人々を無力化する言葉」じゃないんですかね。私は制度論者ですからね、かなりの程度まで制度で物事を動かせると思っている方です。限界はありますけど。

これに対する本田先生の回答は「たぶん「むき出しの現実」という言葉の理解に濱口先生と私の間で違いがあるというだけのことのようです。私は別に「不可避の運命」という意味で使っているわけではありません。押せば引っ込むかもしれないが、とにかく今のところ企業はそういう行動をとっている、というだけです。」

読み返してみると、どうも本田先生は微妙に姿勢をずらしているようにも感じられます。最初のこの大手製造業氏の発言に対する何やら妙に入れあげたような熱っぽい姿勢と、企業の力を押し返す云々という言葉とのずれに無意識のうちにお気がつかれたためかも知れません。しかし、それならそれで、この大手製造業氏の発言に対して「事実認識のレベルで」どういう認識をされているのかを明確にしていただく必要がありましょう。

この発言された大手製造業の方はどういう趣旨で仰っているんですか?というか、どういう趣旨で仰っていると本田先生は理解されておられるんですか?
押せば引っ込む程度のこけおどしの発言と思っておられるわけですか。
それが問題の本質なんですけど。

「東大より上」だの何だのというこけおどしの発言を、どういう風に理解されて、このブログ上に引用されたのだろうか、というのが私の疑問なんです。

ちなみに、私だったら、そう仰る貴社の今年の採用はどうされたんですか?と聴くところですが(だから、「この方の会社の人事部の方のご意見を是非伺いたい」わけです。

ご自分で書かれた引用文を読み返してお答えいただけると有り難いんですが、この方が仰っていることがもし事実だとしたら(私には到底そうは思えませんが)、そういう大手製造企業に、どうやって、東大以上の才能を持たない凡人たちを採用させるんですか。無理矢理に押しつけて、それで彼らが幸せになりますか?キャリア教育で何とかなるような問題ですか?そういうことをきちんと考えてこの方の発言を引用しておられますか?

私の申し上げたい趣旨は理解しておられますよね。
この方が大手製造企業の従業員であることは確かなんでしょう。しかし、その方の仰ることが、その方の属する企業の方針であるという保証は、本田先生はどこかで確保しておられるんでしょうか。
どんな会社にも色んな人がいます。色んな意見もあるでしょう。しかし、それがその企業の行動原理そのものであるというのは、いかなる根拠に基づいているのでしょうか。

このあと、稲葉振一郎先生や飯田泰之先生なども参加してやや乱戦気味になり、どれがどのコメントに対する回答やらよく分からないところもありますが、本田先生からは次のようなお返事があったと理解しています。

この方の発言は、公的性格の強い会議の場で肩書きを背負ってなされたものですから、こけおどしでも虚偽でもないと判断します。また、「押し返す」やり方としては、こうした企業に無理矢理国内の若者を正社員採用させるというようなことではなく、たとえば長期安定雇用の正社員になれることを前提とするのではなく非正社員でも生計をたて家族をもてる程度の均衡処遇や、あるいは無理矢理でなくとも正社員として採用されえたり非正社員であってもキャリア展望をもてるくらいの職業に向けての準備を初期教育訓練および継続教育訓練において個人に提供することなどが必要だと考えます。」

後半はいつもの本田先生のご意見ですし、それ自体の政策的議論はここで論ずるべきものでもありません。改めて別の場できちんと議論できるといいと思っています。問題は、「公的性格の強い会議の場で肩書きを背負ってなされたものですから、こけおどしでも虚偽でもない」という言葉を、どういう意味内容で語っておられるのか、そしてそれを意識されておられるのか、という点にあります。やや厳しい言い方をすれば、学問の内容以前の、方法論の次元の問題です。三流メディアではないのです。

まずもって、ある組織に所属する人間がその肩書きを明らかにして発言すれば、本田先生は信用されるのでしょうか。厚生労働省にもいろんな人間がいます。共産党のビラを自衛官の宿舎に撒いて逮捕された本省課長補佐というのもいました。ある事項に関してある組織の考え方を示すものと判断するためには、最低限当該事項について相当程度の責任を持ち、現実的に担当し、遂行している人であることが必要でしょう(十分ではありません)。私は繰り返し「人事部の方の意見が聞きたい」と申し上げたのですが、この点については返事はありませんでした。メセナ担当の方らしいので、少なくとも当該会社の人事政策について責任をもって語る立場にない方であることだけは確かなようです。

次に、「虚偽ではない」とはどういう意味かという論理学的な論点です。本田先生、こういうところが弱いんだよなあ。当該製造業のメセナ氏の主観において虚偽ではない(つまり本人としては嘘を言ってるつもりはない)という意味で言っているのか、客観的な事態の認識として虚偽ではない(つまり現実に大企業の正社員として採用されるチャンスはますますなくなっていく)という意味で言っているのか、ということですね。

恐らく、本田先生としては、自分の議論を補強する材料であるというわりと素朴な認識で(つまり客観的現実として)この方の発言に飛びついたんだと思いますが、この方の議論をそのまま展開すると、ご自分の議論と齟齬が生じるということを指摘されて、企業の共同主観たる客観としては事実であるが、法律や運動によって押し返すことが可能なものという意味では全体社会的客観ではないという風に微妙にずらされたのでしょう。

しかし、そのずらし自体が無意識的に行われているために、こういった論理的仕分けが頭の中で遂行されないままに、自分の政策論の結論的正しさでもって論理形式を弁証するという顛倒が起こってしまっているわけです。

ちなみに、私自身は、この人のいってることは、全体社会的に客観的事実でないことはもちろん、企業の共同主観たる客観としても事実ではなかろうと判断しています。

<追記>

本田先生のブログがプライベートモードになったため、上記やり取りの後に私が書き込んだコメントを転記しておきます。内容はあんまりレリバントでない、というか、変な経済学者みたいなのがごちゃごちゃ騒いでいたので、

あのね、ケーザイ学者とかそういうたぐいの人は、余計なことを言わないでください。ケーザイ学を嫁!とか何とか、そういうたぐいのことを言えば言うほど、「どうせ、あたしは教育社会学者ですよっ!」で済ませてしまうことになります。それでは何にも反省したことになりません。
教育社会学であろうが、いじめの社会学であろうが、社会科学であるならば、白日夢ではなく、社会の現実に立脚しなければなりません。彼女の罪は、ケーザイ学をおベンキョーしようとしないことなぞではありません。自分の専門分野に関する事実と称することについて、事実かどうか疑わしいという疑問に対してきちんと確認しようとせず、確認したらどうですかというサジェスチョンに対しても、公的な会議だからとか、従業員数を言ってたからとか、愚にもつかない言い訳で逃げ回ったことにあるのです。
その行動が(経験科学としての)教育社会学者としてどう評価されるのかという点が最大の問題なのであって、ケーザイ学者が自分の土俵の宣伝のために余計なことを言えば言うだけ、彼女は自分を正当化するだけです。やめていただきたい。

・・・・・・

いえ、飯田先生は楽屋話に乗りすぎただけで、私が言いたいのはむしろ「ある経済学者」さん。「Normativeな議論とPositiveな議論の線引」をあたかもケーザイ学の専売特許みたいな言い方をすると、まともな社会学者はカチンと来ますよ。事実認識と価値判断の峻別は、マックス・ウェーバー以来社会学徒のイロハのイです。行為の意図とその結果の乖離というのも、そうです。
ケーザイ学者がくっちゃべると、ついつい学問分野としての優位性を誇りたがる。それで社会学者が拗ねて、どうせアタシは教育社会学者よ・・・、で、何か生産的なものがありますか。
本田先生には、きちんとした社会学の方法論に基づいてこの分野にアプローチして、しっかりした成果を出して貰わなければならないのです。そういう方向に向けて彼女をエンカレッジするようなコメントをしましょうよ、というつもりなんですが。

私が何を言っていたかという資料として。

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コメント

あの、私は別に「何やら妙に入れあげたような熱っぽい姿勢」を示していたつもりはありませんし、あくまである会議の場でこういう発言があった、として紹介しているだけです。これが「企業の共同主観たる客観」か「全体社会的客観」かはわかりませんが、議事録が残るような公的な会議の場でこのような発言があり、それを素材としてその会議の今後の方針や施策が組み立てられていくということは否定しようのない事実です。それをブログで公表することに問題があるとは思いません。

すいません、議論をきちんと仕分けして考えておられますか。

第1、「紹介しているだけ」というのはどういう意味ですか。そういう事実認識に左担しているつもりはないということですか。「こうした現実を直視する必要がある」というご発言は事実認識に対する同意を前提にしているように受け取られますが、そうではないのですか?そうであるのですか?まずここが明確ではありません。

第2、その「議事録が残るような公的な会議」は、当該会社の人事政策の責任者が、当該会社の人事政策を素材にして、今後の人事政策の在り方について論じられた会議なのですか。そうであれば、少なくとも「企業の共同主観」としての資料的価値はあるでしょう。しかし、世の中には、中味のむちゃくちゃな「公的な会議」なんぞ山のようにあります(教育関係とか・・・失礼)。公的な機関が公的に開けば、見当外れの人がとんちんかんなことをくっちゃべっていても公的な会議です。多くの場合(無内容な)議事録も作成されます。そのような類の「公的な会議」ではないという確信をお持ちであれば是非教えていただきたいと思います。

第3,「それを素材としてその会議の今後の方針や施策が組み立てられていく」云々・・・
一瞬、それを素材にしてその会社の今後の方針や施策が組み立てられると仰っておられるのかと思いましたが、目の錯覚でした。その「公的な会議」とやらの方針なんですね。まあ、どこの誰がやってるか知りませんので、よその会議の運営方針に口を挟もうとは思いませんが、人事政策の今後というテーマについて論じていくつもりがあれば、そういう専門家を呼ばれた方がいいと思いますね。しかし、そんなことを言っているわけではありません。よその「公的な会議」はともかく、労働問題の専門家としてマスコミ等で活躍されておられる本田先生の立ち位置をお聞きしているつもりです。ブログで公表することがどうこうなどだれも言っていません。本田先生の事実認識を問うているだけです。

少なくともこの企業については、従業員数は数値を出して話されていましたし、私は事実とみなしています。とんちんかんだと断じる根拠はありません(確かに「教育」関係の会議ではありましたが。苦笑)。また、すべての大規模製造業がこうだなどと言うつもりはまったくありませんが、一部には同様の企業もあり、それは企業の人材政策のひとつの極をなしていると考えています。

従業員数だけで信じるんですかあ?

そんなの、社内の人なら誰でも、というか、社外の人でも引用できますよね。この方がこの会社の人事政策の責任ある担当者なのか、というのがお聞きしている点なのですよ。

「すべての大規模製造業」の話など最初からしていません。私がお聞きしているのは、この方が所属しているこの会社の人事政策です。

ある会社でメセナの仕事をしている人が、その関係で教育関係の会議に呼ばれ、担当外の人事政策について喋った、というのがどうも浮かび上がってくる事実のようなんですが、それで間違いありませんか。

もしそうだとすれば、それはその方の独自のご見解ということで聞き置いておけば済むことのように思いますが。

ちょっと話がずれますが…。

>労働者を採用する権限は、具体的に
>労働者を必要とする各職場の管理者に
>与えられています。一言でいえば、
>職場の管理者が予算の範囲内で、
>必要な労働者を採用し、不必要になれば
>解雇するというのが基本的な枠組みです。
このような会社(日本では元来少ない)
では、職場の管理者の個々の判断が重要
なので人事部長みたいな人に話を聞いて
もよく分からない、ということはないの
でしょうか?

逆に「データのようなもの」に関して
なら、社内(の一部?)に公表されて
いるなら別に人事担当の人の話である
必要もない、とは思うのですが。

ま、裏を取る作業は「専門家」ならば
必要なのかもしれませんね。

ヤマハはそういう会社ではありません。

『ヤマハについての事実』にこの方の
発言は食い違っていると思われる、と
いうことですね。仮にそうだとすると、
事実の誤認を論拠としたような発言は
控えたほうが良いと

濱ちゃん先生

夫馬です。

http://www.yamaha.co.jp/recruit/ysway/session1/index.html

これを見る限り、こけおどしのような
気がしますね。ま、理系は修士が中心
なので、それなりの大学であろうとは
思いますが。でも、最近は中堅以上の
大学であれば…(以下略)

おじゃまします.どちらにコメントしたらよいか迷うところなんですが,
>とんちんかんだと断じる根拠はありません
とんちんかんだと推測する根拠はたくさんあるかと思います.まず,MBAを重点採用するブームはずいぶん昔の話です.また夫馬氏も指摘の通り中堅よりちょっと上の大学からも結構採用されているようです(ヤマハは採用者大学名公表していないようですが,中の上ランクの大学の就職資料で就職先として挙がっている).

浜口さんの言うように個人的なコメントか,会社の採用方針を誇張してアナウンスしたというところではないでしょうか.

>議事録が残るような公的な会議の場でこのような発言
だったら、発言者にはそれなりの責任はありますね。名前を隠す必要もないですし、ぜひご本人に話を聞いてみたいものですね(微笑)

>ま、裏を取る作業は「専門家」ならば
必要なのかもしれませんね。
同感です。

実のところ、最初に本田先生の書き込みを見たとき、馬鹿なこと言ってるな、とは思ったものの、どこのどういう人が言ったことかわからなかったので、あえて何もコメントしませんでした。

本田先生がわざわざ発言者ご本人のブログを紹介くださり、ヤマハで人事とは無関係の仕事(あえて言えば、企業の本来業務とはあまり関係なさそうな部署)をしておられる方だということがわかり、すぐにヤマハのHPを見に行って、上で夫馬氏が引用している採用関係のところを確認した上で、初めてコメントを書き込んだのです。

教育から仕事への移行というテーマを専門に扱っておられる本田先生のことですから、「人事部」云々というほのめかしで、おそらくご自分でも基本的な事実の確認に向かわれるだろうと期待していたところではあったのですが、残念ながらある意味で典型的な○ヨク型知識人の行動パターンをとられてしまいました。

ま、これは文化系知識人の皆さんが共通して自戒しなければならないことだと思います。結論が美しければ美しいほど、なかなかそれと矛盾する事実を認識したくないものですからね。

おはようございます。

なんかいろんな市民なんとかでご活躍のかたなのですね。てきとうなこと言っといて反省どころか自覚すら無いようですね・・・
鵜呑みにするほうもいかがなものか、ですけど。

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