年功賃金は間接差別!
しばらくEUから目を離していたら、欧州司法裁判所の法務官が、年功賃金制度は間接差別だというすごい意見を出していました。
これまでは、1989年のダンフォス事件判決で、勤続年数を賃金決定の基準に用いること自体は、勤続とともに経験や技能が増加することから、正当化されるとされてきたのですが、この意見では、使用者側が当該ポストについて年功基準を用いるべき理由を立証しなければならないと、立証責任の問題としてですが、これまでの判例を転換しようとしています。ちょっとまだ細かい事案の内容まで見ていないのですが、これがこのまま判決になっていくと、かなり大きな影響を与えそうです。本気でこれやったら、ヨーロッパの人事管理はひっくり返るんじゃないでしょうか。
でも、考えてみれば、そりゃ年功賃金は間接差別ですよ。概念的には。
今、日本でも男女均等法改正案をめぐって間接差別がきちんと規定されていないと連合は批判していますが、逆に本当に間接差別がすべて禁止されてしまったら、日本の賃金制度をどうするつもりでしょうか。ピンポイントで治療しなければならないところを直そうとして大なたを振るいすぎてしまうと、病人が死にます。EUを見ていると、やっぱり間接差別というのはうかつに振るうと怖い大なただと感じますね。
<追記>
法務官意見書を詳しく読むと、いろいろと面白いことが分かります。
まず、この事件の原告、キャドマンさんは、イギリスの工場監督官なんですね。おっと、労働行政かよ。彼女は1990年に安全衛生局に入り、地域サービス課長、安全衛生主任監督官、地域運営課長と順次昇進してきたようです。この間、給与制度は変わってきて、初めは毎年定期昇給制だったのですが、次第に成果主義が導入されてきたと。でも、基本的には年功制のようですね。
で、2000/01年の彼女の年収は約3.5万ポンドだったんですが、彼女の同僚(男性)たちの年収は3.9万ポンド、4.3万ポンド等と彼女よりも高い。その原因は彼らの勤続年数が長いからである、これは同一賃金法違反である、と言って、彼女は雇用審判所に訴えたのです。審判所は彼女の訴えを認めたので、安全衛生局は雇用控訴審判所に控訴しました。控訴審判所は、欧州司法裁判所のダンフォス判決を引用して、年功制による賃金の格差は正当化を要しないとして、今度は安全衛生局を勝たせました。
キャドマンさん、今度は控訴裁判所に訴え、機会均等委員会もこれに参加しました。おっと、労働行政同士が法廷で対決かよ。控訴裁判所は、問題がEU指令の解釈に関わるので、これを欧州司法裁判所に付託したというわけです。
現行EU法制では、性差別事件の挙証責任は、原則として被告側つまり会社側にかかります。そういう指令が1997年に採択されているのです。ただ、この指令が採択される前に、挙証責任の転換は欧州司法裁判所の判例で確立しており、それを指令という形でリステートしたんですね。で、その指令のもとになった欧州司法裁判所の判例というのが1989年の有名なダンフォス判決という奴で、拙著『EU労働法の形成』197ページでも紹介していますが、労働時間や就業場所のアダプタビリティ(残業や転勤要件ですね)は一見中立的だが女性に不利益を与えるからだめだと、まあ間接差別を認めたんですが、訓練要件や勤続期間要件は技能の向上に比例するからいいんだとしました。
キャドマンさんや機会均等委員会の主張は、ダンフォス判決よりも挙証責任転換指令の方が後なんだから、そっちを厳格に適用すべきだ、年功制が「適当かつ必要であり、性別に関わりのない客観的な目的によって正当化される」ことを使用者側が立証しない限り、間接差別になる、というもの。イギリス政府の主張は、やや弱気で、勤続期間の利用は原則的には正当だが、労働者側が全く不釣り合いであることを示した場合には正当化が必要だというものでした。
これに、直接関係のないフランス政府とアイルランド政府が「俺にも言わせろ」と口を挟んできて(いや、加盟国の関与は条約上認められているんですよ)、冗談じゃない、年功制はどのような場合であっても正当な基準と見なされるべきだ、と主張するというなんだか各政府機関や加盟国まで入り組んだ配置状況となっているようです。
ですから、この事件に欧州司法裁判所がどういう判決を下すかは、ヨーロッパ中の企業や政府機関が息をのんで見守っているという感じなんじゃないんでしょうか。
それの法務官意見ですから、いやこれは結構大きい。
<さらに追記>
調べてみると、彼女が加盟している組合はプロスペクトという10万人規模の独立組合で、技師、科学者、管理者、専門家などの組合だそうです。
http://www.prospect.org.uk/aboutus/index?prs=916231627261bb378770c747ef1ad980
ここが5月18日、即日でコメントを出しています。
http://www.prospect.org.uk/news/newsstory.php?news=349&prs=916231627261bb378770c747ef1ad980
同労組のヌーン書記長曰く、本事件は過去10年間で最も重要な同一賃金訴訟である。
その点については、全く同感です。
« 労働法の職業レリバンス | トップページ | 経済財政諮問会議における首相発言 »
コメント