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2006年5月

再チャレンジ推進会議中間取りまとめ

今まで何回か触れてきた安倍官房長官主催の再チャレンジ推進会議ですが、昨日中間取りまとめを発表しました。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/saityarenzi/honbun.pdf

いろんなものを寄せ集めたにしては、全体として良くできているという印象です。

最初の「働き方の複線化」のところでは、正規・非正規労働者間の均衡処遇という標題ですが、むしろ「企業内での非正規労働者を正規労働者へ登用していく仕組み等の整備に併せ、そのために必要な実践的能力開発を行うことによりキャリアアップを図る仕組みを講ずる企業に対して支援を行う」というところが興味深いですね。ここでも何回も書いてきましたが、非正規労働者の問題はそのキャリア形成をどう支援していくかにポイントがあるのですから。

また、「正規・非正規にかかわらず、個人ごとの柔軟な採用・育成・処遇を実施する」「人材重視型の企業内マネジメント」という視角も重要です。人事の世界の言葉で言えば、ダイバーシティマネジメントということですね。

次の「学び方の複線化」のところは、是非本田由紀先生のご意見を聞きたいところですが、私は「職業能力向上や再チャレンジに資する教育」という観点は重要だと思います。教育界がどう考えるかですが。

「暮らし方の複線化」のところは人生二毛作とかU・Iターンとか、どこまでリアリティがあるのかなという感じもしますが、そういう道ができれば面白いでしょうね。

個別の再チャレンジ支援策になると、いかにも各省庁から寄せ集めたという感じになりますが、「就職氷河期を克服して再チャレンジする若者への支援」は是非具体化して行く必要があります。実はついさっきもまさに就職氷河期にアルバイトとして就労しはじめ、最近漸く小さな会社に就職した方とお話しをしていたもので。

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サービス指令案理事会で政治的合意

過去2年以上にわたってEUの政治シーンを揺さぶってきたサービス指令案、通称ボルケシュタイン指令案ですが、去る5月29日の競争力相理事会で、全会一致で政治的合意に達しました。

http://www.consilium.europa.eu/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/en/misc/89786.pdf

実質的には、今年2月の欧州議会で、欧州社民党とキリスト教民主系の人民党の共同修正が行われた時点で決着がついていたわけですが、立法過程的にはこれでほぼ8合目ぐらいまで来たことになります。このあと再度欧州議会で審議(2読)した上で採択に向かうことになります。

ただ、(まだ条文の形で見ていないのですが)ETUCの声明によると、労働法や社会的公益サービスに関する規定が削除されたので、十分に満足のいくものではないとか書いてあります。

http://www.etuc.org/a/2426

まだ少しばかり行ったり来たりがあるかも知れません。

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マック・ユニオン結成

既に労務屋さんブログで紹介されていますが、29日に日本マクドナルドで労働組合が結成され、全国一斉に組合加入を呼びかけたと言うことです。

http://www.mc-union.jp/index.html

大変興味深いのは、これが連合直轄の形で行われていることです。連合結成時のいろいろないきさつで、産別主義、すなわち単位組合は必ず何らかの産別組織を通じて連合に加盟するという原則がこれまでとられてきたのですが、今回のは連合ユニオン東京という地域組合に加盟するという形で、かつて総評同盟時代にあった地域加入方式を一つの柱にする意気込みのようです。ただ、左翼系に多い合同労組のようなものではなく、あくまでもマクドナルドという企業の企業別組合という性格は明らかにしています。一回目の交渉では会社側も穏やかに対応したようですが、今後どういう風に展開していくか、興味深いところです。ちなみに、連合のHPにも、

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2006/20060529_1148886963.html

高木会長と一緒に並んで移っていますね。

ただ、要求書を見ると、現時点ではどちらかというと店長など正社員の労働条件が前面に出ているようです。アルバイト(クルーっていうんですね)の年休の問題も取り上げていますが、今日の問題意識からすると、非正規労働者の組合組織化の手段として、こういう管理職(じゃないんだと主張しているわけですが、残業手当の関係では)主導の組合化がどれだけ有効であり得るのかというのが、一番興味深いところです。

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勝手に不法移民を合法化するな!

ちょっと面白い記事。

http://www.agi.it/english/news.pl?doc=200605271439-1101-RT1-CRO-0-NF51&page=0&id=agionline-eng.arab

イタリアのフェレーロ福祉相が、イタリアにいる50万人の不法移民を合法化すると語ったことに対して、EUの副委員長でイタリア人のフラティーニ委員が語ったことには、そういうことは予めEUに話をすると約束しているはずだ、ある国で勝手に不法移民を合法化すると(国境管理がなくなっていますから)他の国に大きな影響を与えることになる、云々。

これはある意味でEUの大いなる矛盾でして、域内の国境をなくしていって、全体としての移民コントロールをしていくというのが大きな方向なんでしょうが、不法移民を合法化するかどうかの権限は加盟国にのみあるんですね。

しかも、せっかく2年前に中東欧諸国が大挙加盟してきたのに、労働力の自由移動はお預けになり、つい先日の2年目の見直しでも、数カ国は自由化しましたが、イタリアはドイツ、オーストリアと並んで対中東欧労働鎖国を維持、その一方で、(主としてアラブ系と見られる)不法移民に対してごっそりアムネスティを出すというのでは、話がひっくり返っているぞ、といいたくなるのはよく分かる。

とは言え、イタリア政府からすれば、中東欧からの労働者はまだ来ていないのに、アラブの不法移民は現に目の前にいるんだから、ということなんでしょう。

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労働時間指令改正案が政治的合意の予定?

このブログでも何回も取り上げてきたEUの労働時間指令改正案ですが、6月1日に予定されている雇用社会相理事会のアジェンダを見ると、

http://www.eu2006.at/en/News/Agendas/0106AgendaBesogeko.pdf

指令案の名称の次に「公開審議」とあり、さらにその下に「=政治的合意」と書いてあります。

これはどういう意味なんだろうかと頭をひねりました。その後特段水面下で話が進展しているという話も聞こえてこないし、いきなりここで政治的合意が成り立つとは思えないんですが、まあそれを目指して皆様の面前で審議するというだけのことかも知れませんが、よく分かりません。

そのすぐ下に書いてある翌2日の衛生相理事会の議事では、着色料や甘味料など食品添加物に関する指令案について「公開審議」とあり、さらに「=法令の採択」とあるので、多分ここで成立する予定なんでしょうね。

よく分からないまま、とにかく情報としてここにメモしておきます。

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投資ファンド等により買収された企業の労使関係

5月26日付で、厚生労働省に設置された投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」の報告書が公表されました。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/05/s0526-2.html

これはいささか経緯があります。ある個別案件が出発点になって始められたものなのです。2004年3月、東京急行電鉄は子会社である東急観光の株式の85%を、本社を英国領ケイマン諸島に置く投資ファンドであるJPE.Ltd、AF2.Ltdに譲渡し、同社はアクティブ・インベストメント・パートナーズ(AIP)にファンドの運用運営を委託しました。AIPは東急観光に取締役5名を派遣し、東急労組の主張によれば、一時金の支給等についての不誠実交渉、社員会(第2組合)の支援、社員会の会員にのみ年間一時金を支給、といった不当労働行為を行っていました。

東急労組は、従業員の労働条件を実質的に決定しているのはAIP社であるとして、AIP社に団交を申し込みましたが、同社が拒否したため、都労委に対し、AIP社の団交拒否が不当労働行為に当たるとして救済を申し立てました。一方、東京地裁に対しても、団結権侵害(脱退工作)について損害賠償請求訴訟を提起するとともに、団体交渉を求める地位保全の仮処分命令を申し立てました。この問題は国会でも、自民党及び民主党議員によって取り上げられました。これまで、このような事案で訴えるのは共産党系や社会党左派系と相場が決まっており、主流の政治家が取り上げるのは珍しいと言えます。いわば、投資ファンドという形でアングロサクソン型の資本主義が登場し、これまで労使協調型の労使関係の中にあった企業までがその影響を被るようになったことが、背景にあるといえましょう。

こういった状況を受けて、厚生労働省は2005年5月、「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」(学識者8名、座長:西村健一郎)を設置し、検討を行うこととしました。開催要綱によれば、「近年多く見られるようになった投資ファンド等による企業買収の状況を見ると、短期間で企業価値を高めて収益を上げることを目的とし、被買収企業の労働条件の決定についても純粋持株会社とは異なり積極的に関与しているように見えるケースも見受けられるようになっている。このように、当初持株会社の姿として想定されたものとは異なる企業行動をとる会社が出てきたことに伴って、従来からの集団的労使関係が変化していくことも考えられる。そこで、①投資ファンド等による被買収企業の労働条件決定への関与等労使関係の実態、②投資ファンド等の団体交渉当事者としての使用者性の判断の在り方について検討を行う」ということです。

報告書は予想されたとおり、投資ファンドの使用者性については、「投資ファンド等が被買収企業の労働条件を実質的に決定しているといえるか否かに着目して判断することが適当」と述べ、「親子会社間の親会社や純粋持株会社に係るこれまでの「使用者性」に関する考え方が基本的に該当する」としつつ、「どのような場合に投資ファンド等に使用者性が認められるかを一律に決定することは困難」と、新たな基準の設定は避けています。

この点、連合は研究会のヒアリングにおいて、「投資ファンド等が被買収企業の株式を一定程度保有しており、かつ、被買収企業に取締役等を派遣するなどして、質的・人的の両面から影響力を及ぼしている場合には、朝日放送事件の考え方を満たさずとも使用者性が認められるべきである」と主張していましたが、受け入れられなかったことになります。

その上で、企業買収の際に良好な労使関係を構築するための留意点として、投資ファンドが被買収企業の労働条件に介入し、「基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位」に立つことになれば、「使用者」としての責任を負うことになることを指摘し、被買収企業における誠実な団体交渉及び労働協約の効力を強調し、投資ファンド等による買収後の経営方針等について、被買収企業の労働者や労働組合に対して被買収企業から説明することが望ましく、また買収後も投資ファンド等が日常的に被買収企業の労働組合と意思疎通を図ることが有用だと示唆しています。

時あたかも、村上ファンドが阪神株を買い占めて、先行きがどうなるか注目を集めているときだけに、今後の労使関係を考える上でも参考になるものです。

なお、この研究会で発表されたアメリカにおける労使関係法上の「使用者」概念と投資ファンドでの実態については、JILPTのHPに報告書が掲載されています。

http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2006/06-01.htm

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ウヨク、シミンのなれの果て

昨日も都内某所で某研究会。

ぼんやりと考えたりしたこと。

ドイツのどこが悪かったのか。社会的市場経済やら社会国家の硬直性とか言うけど、一つ一つの要素を見れば、北欧とかオランダとかそっちの方がより強くそういう要素を持っている。解雇保護にせよ、共同決定にせよ、あるいは福祉の手厚さにせよ、なんで北欧がほめられてドイツが責められるのか、よくわからん。少し前に流行ったオランダモデルなんか、解雇は当局の許可制だし、近ごろ流行っているデンマークモデルは流動性が高いとか言ってほめられてるが、失業保険はやたらにジェネラスで、ハルツ法で締め上げたのはナンなんだって感じ。

ヨーロッパで「リベラル」と言えば、ほとんど「ネオリベ」という意味であって、「ソーシャル」派からは悪口なんだが、なぜかアメリカではサヨクという意味になり、これが日本に入ってくると、「ソーシャル」という意味の党名を持ってた連中が「ボクもリベラル」「アタシもリベラル」となだれこんで、サヨクのつもりで、個人の自由が一番だとか、企業中心社会を破壊しろだとか、役人をたたきつぶせとか、余計な規制はなくせだとか、まあほとんどネオリベ99%一歩手前みたいなことを喚いていたのが90年代半ばまで。まじめに働く労働者を「社畜」とか罵っていた奴もいたっけ。これがあと1%進めば市場原理主義になる。今の学生には信じられないだろうが、今の小泉・竹中改革は政治思想的には90年代初めのサヨクが生み出したシミン主義のなれの果てなんだ。構造改革だの、規制緩和だの、自民党守旧派が権力から外れている間に、小沢だの武村だのといった自称改革派と「ソーシャル」を失った社会党のシミン派どもが結託して作った道。

それを批判していた自民党主流派が改革を乗っ取って、踊っていたシミンが追い出されて、もとの反対サヨクに戻ったのもいるけど、そいつらはどうでもいい。むしろ多くは結構なご託並べてた「リベラル」に裏切られてウヨク化してきた、というのが90年代末期以来の姿ではないか。「寝ずの番」ではないが、ウヨク、ウヨクと威張るなウヨク、ウヨク、シミンのなれの果て、というところか。

<追記>

ブログなんぞを読みに来ているような方々の次元で言うと、一昔前に「ネチズン(ネットシミン)」なんて言葉が流行ったでしょ(今もいるけど)。そのなれの果てが「ネットウヨク」ということ。

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労働関係の変化と法システムのあり方

12日のエントリーの関連です。JILPTから『労働関係の変化と法システムのあり方』と題する大部の報告書が出されました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/documents/055.pdf

「ポスト工業化やグローバル化のなかで、労働関係は世界的に大きく変化しており、労働法のあり方も変容期にあります。主要国で生じている労働関係や労働法の変化を、その背景を含めて考察し、日本との比較検討も行い、政治哲学、労働史、法と経済学といった分野から も 分析しました」ということで、水町勇一郎先生がはじめにとむすびを書かれていますから元締めという感じなのでしょうか。比較法の各論は、優秀な若手女性研究者たちが担当しています。

JILPTの報告書としてはやや異色なのは、政治哲学とか労働史とか法と経済学といった切り口からの分析にそれぞれ1節ずつ当てられていることで、労働法の研究者の方々にとっては新鮮で目を開かれるところが多いのではないかと思います。

中間集団論を展開する政治哲学のパートや、分権的交渉と集団的交渉のメリ・デメを経済学的に分析した法と経済学のパートも興味深いのですが、第1章第3節「歴史からの考察」(中村尚史さん担当)が、ここでつい先日話題になった日本の雇用システムの歴史を極めて手際よくまとめているので、学習指定文献としてリーディングアサインメントをかけておきます。詳しい論文はいっぱいあっても、いいテキストがない分野だけに、こういうのは大変貴重。ほかを読む暇がなくても、これだけは読んでおくように。ここに書いてあることがあたまに入っていれば、ヘンなことを言わずに済みます。

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経済財政諮問会議における首相発言

18日の経済財政諮問会議で少子化対策が論議された際の小泉首相の発言がアップされました。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/0518/shimon-s.pdf

曰く、「雇用保険3事業の見直しを、皆、議論している。これは全部国が金を出しているわけではなく、企業が保険料を負担している。お金が余っているから、この保険事業を拡大して少子化に使おうとしている。これは企業にとっても如何か。かつて年金や簡保で厚生省や郵政省が、年金福祉事業団、簡保福祉事業団と、「福祉」と名がつけば何でも広げてきたが、結局、収益は上がらない。雇用保険と少子化対策とは関連づければ関連づけられるが、金が余っているなら、企業がもっと、育児休業や保育園など、従業員が子育てしやすいような待遇をしてくれた方がいいと思う。それで、少子化対策なり、育児にしても働く女性に対して働きやすい環境をつくっているいい企業を紹介する。大企業にそういう対策をもっとしてもらっていいと思う。経済界の人に聞いたら、雇用保険の見直し論が上がっているのを全然知らないと言っていた。20 社の社長がほとんど知らない。ところが、厚労省ではもう既にそういう検討を始めている。ただ金が余っているから、少子化対策なら皆反対しないだろうといって、雇用と関連づけている。民間と政府が一体となり、企業にはもっと率先して、働きやすい環境をつくるように考えてもらいたい。」

あのですね、仰ることは大変ごもっともなのでございます。「福祉」と名乗って国が自分で何やら事業をやらかしてろくな事はあまりないというのはその通りでございます。企業がもっと従業員が子育てしやすいような待遇をしてくれた方がいいというのも、諸手を挙げて賛成でございます。企業がそういう労務政策をするようなインセンティブを与えようというのが、雇用保険3事業が今まで目指してきたことなのでございます。いやもちろん、中にはヘンなのがあったことも否定はいたしません。しかし、ナンタラ事業団のナンタラ施設が中心ではなくて、企業の皆様から頂いたお金を企業の皆さまのよりよい人事管理のために使わせていただくというのが、雇用保険3事業の趣旨であったのでございますよ。

そういう雇用保険3事業を見直す話になっているのは、別にカネが余っているから悪賢い厚生労働省がまたぞろ権限拡大しようとして始めたわけではございませんで、財務省方面や官邸方面から、見直せとか、原則廃止だとか言われて必死で考えているのでございましょう。

財務省財政制度等審議会財政制度分科会歳出合理化部会報告「特別会計の見直しについて」

http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/tosin/zaiseia171121/zaiseia171121c_00.pdf

閣議決定「行政改革の重要方針」

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/gyokaku/kettei/051224housin.pdf

内閣官房行政改革推進事務局「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律案」

http://www.gyoukaku.go.jp/siryou/souron/pdf/0310_houritsu.pdf

首相がこう仰っておられるのですから、雇用保険3事業は本来の趣旨に則り、企業のよりよい労務管理のためにしっかり使っていかなければならないと存じます。

ちなみに・・・、議論の最後で竹中総務相が「猪口臨時議員にエールを送りたい」「、ぜひやっていただきたい」。笑える。

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年功賃金は間接差別!

しばらくEUから目を離していたら、欧州司法裁判所の法務官が、年功賃金制度は間接差別だというすごい意見を出していました。

http://curia.eu.int/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&Submit=Submit&alldocs=alldocs&docj=docj&docop=docop&docor=docor&docjo=docjo&numaff=&datefs=&datefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

これまでは、1989年のダンフォス事件判決で、勤続年数を賃金決定の基準に用いること自体は、勤続とともに経験や技能が増加することから、正当化されるとされてきたのですが、この意見では、使用者側が当該ポストについて年功基準を用いるべき理由を立証しなければならないと、立証責任の問題としてですが、これまでの判例を転換しようとしています。ちょっとまだ細かい事案の内容まで見ていないのですが、これがこのまま判決になっていくと、かなり大きな影響を与えそうです。本気でこれやったら、ヨーロッパの人事管理はひっくり返るんじゃないでしょうか。

でも、考えてみれば、そりゃ年功賃金は間接差別ですよ。概念的には。

今、日本でも男女均等法改正案をめぐって間接差別がきちんと規定されていないと連合は批判していますが、逆に本当に間接差別がすべて禁止されてしまったら、日本の賃金制度をどうするつもりでしょうか。ピンポイントで治療しなければならないところを直そうとして大なたを振るいすぎてしまうと、病人が死にます。EUを見ていると、やっぱり間接差別というのはうかつに振るうと怖い大なただと感じますね。

<追記>

法務官意見書を詳しく読むと、いろいろと面白いことが分かります。

まず、この事件の原告、キャドマンさんは、イギリスの工場監督官なんですね。おっと、労働行政かよ。彼女は1990年に安全衛生局に入り、地域サービス課長、安全衛生主任監督官、地域運営課長と順次昇進してきたようです。この間、給与制度は変わってきて、初めは毎年定期昇給制だったのですが、次第に成果主義が導入されてきたと。でも、基本的には年功制のようですね。

で、2000/01年の彼女の年収は約3.5万ポンドだったんですが、彼女の同僚(男性)たちの年収は3.9万ポンド、4.3万ポンド等と彼女よりも高い。その原因は彼らの勤続年数が長いからである、これは同一賃金法違反である、と言って、彼女は雇用審判所に訴えたのです。審判所は彼女の訴えを認めたので、安全衛生局は雇用控訴審判所に控訴しました。控訴審判所は、欧州司法裁判所のダンフォス判決を引用して、年功制による賃金の格差は正当化を要しないとして、今度は安全衛生局を勝たせました。

キャドマンさん、今度は控訴裁判所に訴え、機会均等委員会もこれに参加しました。おっと、労働行政同士が法廷で対決かよ。控訴裁判所は、問題がEU指令の解釈に関わるので、これを欧州司法裁判所に付託したというわけです。

現行EU法制では、性差別事件の挙証責任は、原則として被告側つまり会社側にかかります。そういう指令が1997年に採択されているのです。ただ、この指令が採択される前に、挙証責任の転換は欧州司法裁判所の判例で確立しており、それを指令という形でリステートしたんですね。で、その指令のもとになった欧州司法裁判所の判例というのが1989年の有名なダンフォス判決という奴で、拙著『EU労働法の形成』197ページでも紹介していますが、労働時間や就業場所のアダプタビリティ(残業や転勤要件ですね)は一見中立的だが女性に不利益を与えるからだめだと、まあ間接差別を認めたんですが、訓練要件や勤続期間要件は技能の向上に比例するからいいんだとしました。

キャドマンさんや機会均等委員会の主張は、ダンフォス判決よりも挙証責任転換指令の方が後なんだから、そっちを厳格に適用すべきだ、年功制が「適当かつ必要であり、性別に関わりのない客観的な目的によって正当化される」ことを使用者側が立証しない限り、間接差別になる、というもの。イギリス政府の主張は、やや弱気で、勤続期間の利用は原則的には正当だが、労働者側が全く不釣り合いであることを示した場合には正当化が必要だというものでした。

これに、直接関係のないフランス政府とアイルランド政府が「俺にも言わせろ」と口を挟んできて(いや、加盟国の関与は条約上認められているんですよ)、冗談じゃない、年功制はどのような場合であっても正当な基準と見なされるべきだ、と主張するというなんだか各政府機関や加盟国まで入り組んだ配置状況となっているようです。

ですから、この事件に欧州司法裁判所がどういう判決を下すかは、ヨーロッパ中の企業や政府機関が息をのんで見守っているという感じなんじゃないんでしょうか。

それの法務官意見ですから、いやこれは結構大きい。

<さらに追記>

調べてみると、彼女が加盟している組合はプロスペクトという10万人規模の独立組合で、技師、科学者、管理者、専門家などの組合だそうです。

http://www.prospect.org.uk/aboutus/index?prs=916231627261bb378770c747ef1ad980

ここが5月18日、即日でコメントを出しています。

http://www.prospect.org.uk/news/newsstory.php?news=349&prs=916231627261bb378770c747ef1ad980

同労組のヌーン書記長曰く、本事件は過去10年間で最も重要な同一賃金訴訟である。

その点については、全く同感です。

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労働法の職業レリバンス

一昨日届いた日本労働法学会誌が、労働法教育の今日的課題という小特集をやっていまして、これがしばらくここで話題にしてきた「職業レリバンス」の話と密接につながるので興味深いものがありました。

もっとも、学会誌に各先生方が書かれた文章はそれぞれの文脈がありますので、ここではそれらの内容とは一応別にして、職業レリバンスには4つのレベルがあるという点を挙げておきたいと思います。

まず第1は、アカデミックな労働法研究者を養成するという観点からの職業レリバンス。これは哲学であれ、経済学であれ、他のいかなるアカデミックな学問についても、ほぼ共通するものでしょう。

その次に、労働法は実定法ですから、法曹養成のための職業レリバンスという観点が当然あります。2年前に設置されたロースクールは、この職業レリバンスにもっぱら焦点を合わせて、そのための法曹養成教育を大学院レベルでやろうというものです。そうすると、これは同じ大学院レベルで第1の職業レリバンスとは必ずしも整合的でない要請が前面に出るということになります。研究者養成のために必要な比較法や法制史、基礎法学の学習がどうしても後ろに追いやられてしまい、いい研究者が育たなくなるのではないか、と危惧されるのもその関心からすればもっともです。とはいえ、ロースクール構想自体、そもそも司法試験受験ばかりに目がいき、現実社会への生き生きした感覚のない法曹が増えていることが問題だという問題意識から出発したわけですし、確かに、近年、「お前労働法わかってんのかよ」と言いたくなるようなトンデモ判決もないわけでもないということからすれば、ロースクールのために研究者養成がおかしくなったぞ、と言っていればいいわけでもないでしょう。

その次に、労働法は現実の企業や組織の中で、日々行われている労務管理や労使関係の現実を動かすためのツールであるという(私に言わせれば最も重要な)側面があります。役所で労働行政に携わる人間や、労働組合運動で活動している人々や、そして何より重要なのは、個々の企業の中で、人事部や労務部といったところで、日々労働法の対象となる事態を動かしている人々です。こういう人々への職業レリバンスという側面が、ロースクール構想ではすっぽりと抜け落ちてしまっているんですね。いや別にみんな大学院レベルに入れようなんて馬鹿な話ではなく、これはむしろ学部レベルの労働法教育というものの意義付けをどう考えるかということになると思うのですが、なんだかここが明確にされないまま、ロースクールじゃない法学部教育って何の意味があるのかについて、混乱しているのが実情のようです。

この第3のレベルの職業レリバンスを考える上では、他の法律学の学習よりも、労働経済学や労務管理論といった同じ対象を他のディシプリンでアプローチする学問分野の方がレリバンスがあるという点も重要でしょう。別の領域でこういう観点からいわゆる「学際」的に作られたのが「国際関係論」という奴ですね。そういう意味では、学部レベルでは「労働関係論」的アプローチもいいのではないか、と考えています。

このレベルのさらに基礎レベルに、より一般的な職業レリバンス、およそ労働者として、あるいは職業人としてこの社会の中に生きていくための労働法の職業レリバンスというのがあります。学校教育では高校までのキャリア教育の中での労働教育、また教育基本法第7条でもうじき消されることになっている「勤労の場所における」労働者教育に含まれるものですが、これの欠如が様々な問題を問題として提起することもできないままの現状につながっているという観点からすれば、極めて重要であることは明らかでしょう。

まあ、ここまできれいに4層構造になっているのは労働法くらいかも知れませんが、職業レリバンスというものを考える上での枠組みとして、一つの重要な参考にはなるのではないかと思います。

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雇用保険で少子化対策、はダメよ?

5月7日のエントリーで紹介した「雇用保険のカネで少子化対策を」というのは、厚生労働省サイドが3事業を廃止するかわりに少子化対策に使いたいということで差し出した提案だったようで、これに対して小泉首相は「雇用保険三事業のお金を使うのはいかがなものか。官でいろいろ事業をやった簡易保険や年金福祉事業団と同じ発想だ」と述べ、見直しを求めたとのことです。

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060519AT3S1801N18052006.html

少子化対策だろうが何だろうが、雇用保険のカネを政策目的の事業に使うことに対して否定したということなのでしょうか。今まで(政治家の皆様のご要望にお応えしすぎて)福祉施設や宿舎など批判されるような箱物をたくさん作ってきたのは確かですが、石油ショック時の雇用調整助成金を初めとして、その時代時代の要請に応えてさまざまな助成金や給付などが利用されてきた歴史を考えれば、そうむげに一律に否定するものでもないのではなかろうか、と思うのですが、どうなんでしょうかね。少なくとも、労使双方とも、単純な廃止に対しては強く反発するのではないかと思います。

実は、現在既に労働政策審議会の雇用保険部会で、雇用保険制度の見直しについての議論が始まっていまして、何れこの問題についても議論されることになろうと思いますが、一般会計でどの程度まで政策的に必要な財源を確保することができるのか(主計局の目がつり上がるのが目に浮かびます)、を考えれば、そう簡単な話ではないはずだと思います。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/txt/s0303-2.txt

この首相発言に対し、猪口少子化相、川崎厚労相、谷垣財務相が、それぞれ次のように発言したとか。

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060519AT3S1900Z19052006.html

少子化相「首相の意向は重要。背後の考えをよくくみ、議論を深めてほしい」

厚労相「首相の考えを直接聞いてから検討していく」

財務相「財源論なしに議論されるのは困る。公債発行になれば支援すべき世代につけを回すことになりかねない」

特にコメントはしません。

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日本型雇用システムについての文献

公務員の人材養成というテーマのエントリーについたコメントがずるずると長くなって、しかも公務員問題とは離れてしまいましたので、改めてエントリーを起こします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_a614.html

話は日本型雇用システムの歴史的経緯をわかりやすく書いたものはないかということなのですが、昔のものはマルクス主義的な匂いが抜けきれない嫌いがありますし、逆に、新古典派風にきれいにまとめられてもこぼれ落ちるものがあって、なかなか適当なのがありません。

これは英文ですが、新制度派的な枠組みで、日本とアメリカの労務管理の展開を比較制度史的に分析したもので、私には大変面白かったものです。

http://www.nber.org/papers/w7939.pdf

著者はノースウェスタン大学の森口千晶先生で、ジャコビー先生と関心が共通しているなという印象があります。この論文は1900年から1960年までが対象ですが、その後も含めた記述は、森口先生とストックホルム大学の小野浩先生の共著で触れられています。

http://swopec.hhs.se/eijswp/papers/eijswp0205.pdf

いろんなタームも、一旦英語に置き換えて考えるとわりとすっきりと整理されるということもありますので、一度取り組まれることをお薦めします。

P.S. totoさんに申し上げますが、あまりあちこちにコンテクストを無視した形でコメントの山をおつけにならない方が良いかと思いますよ。家主の本田先生が仰るべき事かも知れませんが、本田先生のもじれブログにおつけになられたコメントは少なくとも当該エントリーの文脈では全く意味不明です。

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再チャレンジ推進法案?

毎日新聞によると、

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060518k0000e010073000c.html

「政府の「再チャレンジ推進会議」(議長・安倍晋三官房長官)は18日、非正規社員の待遇改善など格差是正策を一括して法案化する「再チャレンジ推進法案」(仮名)の検討を始めた。来年の通常国会への提出を目指す。

法案は、(1)パートなど短時間労働者の厚生年金加入の拡大(2)非正規社員の正社員への転換制度導入や正社員との待遇均等化(3)解雇や配転など労働契約に関するルールの明確化--などが柱。基本理念やスケジュールを示す「プログラム法」としての位置付けが想定されている。」

なんなんだか・・・。

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日本経団連の「企業内コミュニケーション」

本日、日本経団連が「新たな時代の企業内コミュニケーションの構築に向けて」という文書を公表しました。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/029/honbun.pdf

生産性本部が10年ぶりに「労使関係白書」を刊行するなど、最近労使協議制がちょっとしたブームですね。私もあるプロジェクトにかかわっていますし。

これは、まあそれほど大したことをいってるわけではなく、というか、いやむしろここ十年くらい世間でもてはやされてきた軽佻浮薄な考え方とは一線を画して、「わが国企業の多くは、「人間尊重」、「長期的視野に立った経営」という日本的経営の基本理念を堅持しつつ」とか、「日本の経営者が重視してきた、雇用の維持・拡大、労使協議の重要性、成果の公正配分という考え方」とか、「重要なことは職場の良好な人間関係であり、・・・その基本となるべきものが、個々の従業員を大切にするという「人間尊重」の思想である」とか、日本的労使関係を明確にエンドースする姿勢を示していることが重要なんでしょうね。

しかし、それだけではなく、残念ながら最後の結論の所では全然触れられていないのですが、調査結果をまとめたところでは「従来の労使関係の枠組みに収まらなかった有期雇用従業員(パートタイマー、アルバイトなど)も含めて労使協議制度を実施する形態」をかなり大きく取り上げている点が大変興味深く感じました。これをさらに進めて、派遣労働者や業務請負で働く労働者をも、いかに労使協議の枠組みに捉えていけるか、というのが、これからの大きな課題ではないか(できもしない「均等待遇」などよりも遙かに)と考えています。

また、企業グループにおける労使協議の問題を取り上げているのも、現在の課題をよく捉えていると思います。持株会社や投資ファンドの労使関係への影響といった問題が今後さらに大きくなっていくでしょうから。

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ILO95回総会の「雇用関係」

来る5月31日から6月16日にかけて、ジュネーブで第95回ILO総会が開催されます。毎度おなじみ条約勧告適用委員会のはなしは置いておいて、技術議題で大変興味深いのが「雇用関係」というテーマです。それではなんだかよくわからないかも知れませんが、以前は「契約労働」問題といっていました。日本では「労働者性」の問題として議論されている領域です。

これはいろいろいきさつがあって、1997,1998年の総会で討議されたのですがまとまらず、その後2003年の総会で勧告の策定提案を含む結論が採択されました。その後各国政労使にクエスチョネアが配られ、その回答などをもとに、今総会に勧告案がかけられることになっています。

この問題に関する経緯や状況をまとめた報告が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-1.pdf

各国政労使からの回答をまとめた報告が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-2a.pdf

そして、「雇用関係に関する勧告案」が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-2b.pdf

です。

実は、この問題は、昨年発表された労働契約法制研究会の最終報告でも、かなり詳しく取り上げられ、「労働基準法上の労働者以外の者についても、労働契約法制の対象とすることを検討する必要がある」と書かれています。

去る4月に労働政策審議会に提示された「検討の視点」では全く触れられていませんが、これからの労働問題を考える上で避けて通れないテーマであることは確かです。

実は、EUもこの問題にまさに取り組もうとしているところです。今月中にも公表が予定されている「労働法の進化」グリーンペーパーは、主としてこの問題を取り上げる予定だと伝えられています。いろんなアクターが絡み合う話なのですが、今回のILO総会が一つのエポックになることは間違いありませんので、引き続き注意深くフォローしていきたいと思っています。

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業務請負労働者の系譜

昨日、都内某所で某研究会。

いろいろと勉強になった。電機、機械系の工場に業務請負という形で非正規労働者が増えていったのは、80年代にロボット化、ME化が進み、交替勤務が導入される中で、深夜勤のできないそれまでの女性パートを代替する形で導入されていき、それが90年代以降一気に急増してきたという経緯らしい。だから、3Kじゃない仕事なので、時給は自動車工場のようなハードな仕事の期間工よりずっと安くなる。でも正社員並みに働かされる。

また、いわゆる請負4要件というものが存在しているため、コンプライアンスとか適正化ということをいうと、ますます請負会社にきちんとやらせろ、手を出すな、口を出すなという方向にしか行かないというのが、ある意味で最大のパラドックスじゃないかとも感じた。業務請負労働者が、職場の「上司」や組合に苦情を言っても、それに対応しようとするとかえって法違反になる。彼らは孤独に耐えなければならない。

改めて、今の日本で非正規労働の問題を取り上げるのであれば、いまさら「パートっていうな!」。業務請負で全国を漂流するフリーターと呼ばれている若者たちにもっと注目しなくちゃいけないと実感。

会議終了後、ある方がポツリと「これって現代の女工哀史じゃないかしら」。同感。

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大学教育の職業レリバンス

4月の11,17,25日に、平家さんとの間でやり取りした大学教育の職業レリバンスの話題ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html

その後、稲葉先生のブログ経由で、東大教育学部の広田先生がこの問題に関連する大変興味深いエッセイを書いておられることを知りました。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20060513#p2

内容の簡単な要約は以下にあります。

http://d.hatena.ne.jp/merubook/20060502/p2

特に面白いのは次の一節です。

「しかし、日本の人文・社会科学のこれまでの発展を支えてきたのは、実はこうした研究者を養成しない大学なのだ。大学院を終えた若手の研究者の大半は、それら地方国立大や中堅以下の私学に就職してきた。雑務も授業負担もまだ少なかったし、研究者を養成しないまでも、研究を尊重する雰囲気があった。・・・いわば、地方国立大や中堅以下の私学が、次の次代を担う若手研究者の育成場所となってきたのだ。

地方国立大や中堅以下の私学が研究機能を切り捨てて、顧客たる学生へのサービスを高度化させようとするのは、大学の組織的生き残りを目指す経営の論理からいうと、合理的である。・・・だが、その結果、若手の有望な研究者がせっかく就職しても、その後研究する余裕がない。」云々

この一節に対しては、山形浩生さんが

http://cruel.org/other/rumors.html#item2006050101

で、いかにも実務家インテリとしての感想を漏らされています。「ふざけんじゃねえ。三流私大の学生(の親)はあんたらに優雅に研究していただくために高い学費を納めてるわけじゃねーんだ!」というのは、おそらくかなり多くの人々の共感を呼ぶ罵声でしょう。「悪い意味での朝日体質」とは必ずしも思いませんが。というか、保守系人文屋も同じだと思うので。

ただ、これはそういって済ませられるだけの問題でもないだろうとも思います。稲葉先生が的確に指摘されているように、これは「研究者・高等教育担当者の労働市場の問題」なのであり、そういう観点からのアプローチが必要なはずです。

私には、まずもって「人文・社会系」と対象を大くくりにすることが問題を混乱させているように思われます。その中には、大学で教えられる教育内容が、大学教授となること以外には職業レリバンスがほとんどないような領域もあれば、企業や役所に就職してからの実務に多かれ少なかれ職業レリバンスが存在する領域もあるからです。

前者の典型は哲学でしょう。大学文学部哲学科というのはなぜ存在するかといえば、世の中に哲学者という存在を生かしておくためであって、哲学の先生に給料を払って研究していただくために、授業料その他の直接コストやほかに使えたであろう貴重な青春の時間を費やした機会費用を哲学科の学生ないしその親に負担させているわけです。その学生たちをみんな哲学者にできるほど世の中は余裕はありませんから、その中のごく一部だけを職業哲学者として選抜し、ネズミ講の幹部に引き上げる。それ以外の学生たちは、貴重なコストを負担して貰えればそれでいいので、あとは適当に世の中で生きていってね、ということになります。ただ、細かくいうと、この仕組み自体が階層化されていて、東大とか京大みたいなところは職業哲学者になる比率が極めて高く、その意味で受ける教育の職業レリバンスが高い。そういう大学を卒業した研究者の卵は、地方国立大学や中堅以下の私立大学に就職して、哲学者として社会的に生かして貰えるようになる。ということは、そういう下流大学で哲学なんぞを勉強している学生というのは、職業レリバンスなんぞ全くないことに貴重なコストや機会費用を費やしているということになります。

これは一見残酷なシステムに見えますが、ほかにどういうやりようがありうるのか、と考えれば、ある意味でやむを得ないシステムだろうなあ、と思うわけです。上で引いた広田先生の文章に見られる、自分の教え子(東大を出て下流大学に就職した研究者)に対する過剰なまでの同情と、その彼らに教えられている研究者なんぞになりえようはずのない学生に対する見事なまでの同情の欠如は、この辺の感覚を非常に良く浮かび上がらせているように思います。

ところが、この議論がそのまま広田先生とそのお弟子さんたちに適用できるのかというと、ちょっと待ってくれという点があります。彼らは教育学部なんですよね。教育学部っていうのは、社会的位置づけがある意味で180度違う分野です。

もともと、大学の教育学部というのは、ただ一つを除いて、戦前の師範学校、高等師範学校の後継者です。つまり、学校の先生という職業人を養成する職業教育機関であって、しかも最近はかなり揺らいできているようですが、教育学部卒業と(大学以外の)教師たる職業の対応性は、医学部や薬学部並みに高かったわけで、実は人文・社会系と一括してはいけないくらい職業レリバンスの例外的に高い領域であったわけです。

ただ一つの例外というのが、広田先生がおられる東大の教育学部で、ここだけはフツーのガッコのセンセなんかじゃなく、教育学というアカデミックな学問を研究するところでした。そこを出た若い研究者の卵が、ガッコのセンセを養成する職業訓練校に就職して、肝心の訓練指導をおろそかにして自分の研究ばかりしていたんではやっぱりますいんでなかろうか、という感じもします。

実は、こういう研究者養成システムと実務家養成システムを有機的に組み合わせたシステムというのは、理科系ではむしろ一般的ですし、法学部なんかはかなりいい加減ですが、そういう面もあったと言えないことはありません。ロースクールはそれを極度に強調した形ですが、逆に狭い意味でのローヤー養成に偏りすぎて、医療でいうパラメディカルに相当するようなパラリーガルの養成が抜け落ちてしまっている印象もありますが。

いずれにせよ、このスタイルのメリットは、上で見たような可哀想な下流大学の哲学科の学生のような、ただ研究者になる人間に搾取されるためにのみ存在する被搾取階級を前提としなくてもいいという点です。東大教育学部の学生は、教育学者になるために勉強する。そして地方大学や中堅以下の私大に就職する。そこで彼らに教えられる学生は、大学以外の学校の先生になる。どちらも職業レリバンスがいっぱい。実に美しい。

もちろん、このシステムは、研究の論理と職業訓練の論理という容易に融合しがたいものをくっつけているわけですから、その接点ではいろいろと矛盾が生じるのは当たり前です。訓練を受ける側からすれば、そんな寝言みたいな話ではなく、もっと就職してから役に立つことを教えてくれという要求が出やすいし、研究者の卵からは上で広田先生が書かれているような苦情がでやすいでしょう。

しかし、マクロ社会的なコストを考えれば、そういうコンフリクトを生み出しながらも、そういう仕組みの方がよりヒューマンなものではないだろうか、と思うわけです。

では、人文・社会系で一番多くの人口を誇る経済系の学部は一体どっちなんだろう、というのが次の問題ですが、とりあえず今日はここまで。

<追記>

読み返してみると、やや広田先生とそのお弟子さんたちに揶揄的に見えるような表現になっている感があり、若干の追記をしておきたいと思います。

実は、広田先生とそのお弟子さんたちの業績に『職業と選抜の歴史社会学-国鉄と社会諸階層』(世織書房)というのがあり、国鉄に焦点を当てて、近代日本のノンエリートの青少年たちの学歴と職業の姿を鮮烈に描き出した傑作です。こういうノンエリートへの暖かいまなざしに満ちた業績を生み出すためには、上で引用したようなノンエリートへの同情なき研究エゴイズムが充たされなければならないのか、というところが、この問題の一番難しいところなのだろうな、と思うわけです。

http://www.bk1.co.jp/product/2495103

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EUのワーク・ライフ・バランス政策

IMFJC(金属労協=電機連合、自動車総連、JAM、基幹労連及び全電線からなる産別協議会)が出しているやはり「IMFJC」という雑誌に、標題のような文章を載せました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/imfjcworklife.html

ワーク・ライフ・バランスというと、日本ではどうしても少子化対策として正当化しされてきたという歴史的経緯があるのですが、ヨーロッパでは必ずしもそうではなく、むしろ主たる政策的コンテクストは就業率の向上であり、併せて男女均等政策、労働時間政策としての側面があるということを強調しています。

日本で組合側が強調すべきはやはり労働時間政策としての側面でしょうが、特に、規制緩和サイドが、なんとホワイトカラーエグゼンプションを少子化対策のための「仕事と育児の両立を可能にする多様な働き方」などと称して推進しようとしているだけに(少子と称して笑止千万!)、も少しまともな議論をぶつけておく必要はあるでしょうね(為念、時間外手当の適用除外制は賛成ですが)。

http://www.kisei-kaikaku.go.jp/publication/2005/1221/item051221_02.pdf

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スペイン労使が有期雇用に関する協約締結

欧州労連(ETUC)のHPの記事ですが、スペインの政労使が、14ヶ月の交渉の末、去る5月9日に、有期雇用契約に関する協約の締結に至ったということです。スペインというのは面白くて、協約も三者構成なんですね。

http://www.etuc.org/a/2356

ご承知のように、スペインはヨーロッパの中でも特に有期雇用契約の割合が高く、全体の3割以上、若者については半数以上が有期雇用契約で、まあ日本のフリーター社会の将来像みたいな所があります。

この記事によると、24ヶ月間有期契約を続けると無期契約に移行するということのようです。また、女性や若年者、長期失業者については4年のボーナスが云々とも書いてありますが、ちょっと良く意味がつかめません。

スペイン語のできる労働法研究者の方がいれば、原文に当たって是非とも教えていただきたい所なんですが・・・ってほとんど指名しているか:-)

しかし、なかなか皮肉なのは、ちょうどこれの裏返しがドビルパンのCPEだっていうことですね。常用労働者が過度に保護されるから若者や女性が不安定雇用になる、・・・だから2年不安定雇用を我慢したら常用化してあげよう、というのと、最初から常用雇用にしてくれれば最初の2年間は不安定でもいいよ、というのは同じことの裏表なんですが、前者は可哀想な有期労働者の保護だからいいことに見えて、後者は常用労働者の保護を奪うことだから悪いことに見えてしまう。なんだか、朝三暮四という言葉もあったような・・・。

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労働条件決定システムの再構築

労働政策研究・研修機構(JILPT)から、『社会経済構造の変化を踏まえた労働条件決定システムの再構築』と題するかなり大部の中間報告が出されました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/056.htm

これは標題のようなプロジェクト研究の中間報告で、最終報告は1年後に出されるようですが、この中間報告も英米独仏の事例を検討しつつ、労働組合・労使協議のありかたを考え、さらに法哲学、政治哲学、労働史、法と経済学といった領域をふまえて、新たな労働法モデルを提起しようという壮大な意図が窺えるものになっています。

第5章の「課題の整理と見直しの方向性」というところでは、まず「労働条件決定システムにおいて労働組合への期待は依然として大きく、労働組合がその勢力を回復・拡大し、労働者の労働条件の向上に力を発揮することが望まれる」と、労働組合への期待を一応表明しながらも、「労使関係法を見直して労働組合の強化を図るという考え方」は「社会的コンセンサスは得難い」とし、「労働条件決定システムの全体を見直すに当たっては、労働組合についての理想論ではなく、労働組合の実態を直視すべきである。つまり、労働条件決定システムを労使双方にとって最適な形で運用していくための前提条件として労働組合の勢力回復に期待しつつ、これと並んで、労働組合がない場合にも実質的に労働組合がある場合と同程度の効果が期待できるような新たな労働者の発言システムについて、真正面から考える時期に来ていると言わざるを得ない」と述べています。

そして、近時の労働立法においては「一定の形で労働者の意見を反映させた上で、事業場の事情、労働者の実態に合わせた規制を行う立法」が増えつつあるが、「これは、同時に、労働組合組織率の低下・労働組合員数の減少を受けて、新たな労働者の意見を反映するシステムを構想する上で大きな示唆を与えるもの」だとしています。

しかし、そこのところで、「新たな発言システムといった場合、いきなり、大陸ヨーロッパに見られるような従業員代表制を我が国に導入することは困難である」と述べ、「我が国においては、むしろ、既に事業場に設けることが可能な労使委員会の延長上の制度として、新たな発言システムを構想することが現実的であると考える」とか、「、労働者の過半数代表制についても、(特に「過半数代表者」の場合に問題が指摘されているが、)労働組合が不在である事業場の多さを考えると、労働者の意見を反映するシステムの一つの形態として重要であることを指摘しておく」と、述べています。

このあたりは、まさに現在労働政策審議会で議論の焦点になっているところでもあり、ちょっと生臭いところもありますが、一つの考え方として重要でしょう。ただ、そこで引用されている「ヨーロッパ諸国の従業員代表制は、背後に存在する産業別労働組合のバックアップを受けることによって初めて十分な労働者代表機能を果たしうると考えられているが、日本ではそうした条件は存在しない。」(西谷敏『規制が支える自己決定』)という指摘を根拠に、上記のような理屈につなげていくことについては、ちょっと?という感じもしないではありません。

一方で、「労働者の意見を反映するシステムを構想する上で、参考となるものとして、EUの情報提供と労使協議に関する一般的枠組みに関する指令がある」などという記述もあり、EU型の労働者代表制についてどういう認識なのかが今ひとつよくわかりかねるところもあります。

この問題は、私にとっても、EU代表部勤務時代以来のテーマでもあり、EUでも独仏といった大国だけでなく、スウェーデンなど小国のシステムにも興味深いものがあるだけに、自分なりにも勉強していきたいと思っているところです。

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年齢差別事件またECJに付託

一般雇用均等指令に基づく年齢差別事件がまた一つ欧州司法裁判所に付託されました。

http://curia.eu.int/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&Submit=Submit&alldocs=alldocs&docj=docj&docop=docop&docor=docor&docjo=docjo&numaff=&datefs=&datefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

これは、Vicente Pascual García v Confederación Hidrográfica del Duero (Case C-87/06)

です。1月31日に紹介したデラビラ事件と同じくスペインですね。

スペインは国内がなんだかすごく複雑です。年齢差別禁止法は2004年1月から施行されているんですが、この年3月、スペインの最高裁判所が労働協約による65歳定年制を年齢差別ゆえ無効とする判決を下したんですね。で、これは大変なことになったというわけで、同年12月政労使はこれを合法とする協約を締結しました。さらに念を入れて翌2005年6月同協約は法律となったのです。通常の主権国家であれば、違憲というのでなければ、法律を作ればそれで終わりですが、そこはEU、指令を転換する国内法を勝手に操作することは許されないのです。本件では、この労働協約に基づく国内法が指令に適合するか否かが争われています。

いやいや、これは興味深い。

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教育基本法第7条の経緯

引き続き教育基本法の話です。しかし、もちろん、世間の「意識の高い」皆様のように愛国心だの日の丸だ君が代だのといった高尚な話題ではありません。現行第7条という、

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20060415/p1

の「ツッコミ本番」でもパーペキに無視されまくっている超マイナーな話題です。

日本図書センターというところから復刻版のシリーズで出ている「社会・生涯教育文献集」のⅡの第20巻に、「教育基本法第7条の成立過程に関する実証的研究-職業技術教育の位置づけに関連して」という」短い論文があります。著者は依田有広という人です。

これは、今回の教育基本法改正で削除されてしまうことになっている「勤労の場所」における教育という規定が、基本法制定時にどういう経緯で設けられたのかを追った研究です。

ここでは、教育刷新委員会における審議経過や、特にその第一特別委員会の「教育基本法案要綱案」において「国及び公共団体は教育の目的を達成するため、家庭及び学校における教育活動のほか、あらゆる手段方法による教育の実施に努力しなければならない」「工場、事業場、その他国民の勤労の場においてなされる教育の施設は国又は公共団体によって奨励せられるべきである」とあること、その後の文部省内での立案活動の経緯などから、職場における職業教育訓練が社会教育の一環であり、教育基本法の規制する領域であることが示されていると述べています。

そして、「教育基本法第7条の立法者意思に示されている職業訓練の社会教育における位置づけは、日本国憲法における教育権の理念に合致する」としつつ、「今日一部の人々が考えている社会教育の範疇は、・・・いわば文部省所管事項としての社会教育の範囲内に不当に限定している嫌いがある」と批判し、「憲法・教育基本法制における職業技術教育の位置づけが曖昧にされてしまう」とも批判しています。

まさにそういう発想の延長線上に、今回の改正案があるのでしょう。そんなんでいいんですかね。

この論文の次に、同じ依田さんと小野征夫さんによる「戦後社会教育草創期における労働者教育構想の意義」という短い論文も載っています。戦後初期には、労働者教育もこの「勤労の場所における社会教育」の重要な一環と考えられていたようです。まあ、当時は労働組合教育が中心に考えられていたということもあるのでしょうが、労働省と文部省の権限争いになり、労働省労政局に労働教育課というのも作られたりしましたが、やがて廃れてしまいました。しかし、教育基本法というのは一文部省の私有物ではないはずです。労働者として生きていく上で必要な労働に関する一般教育という意味で考えれば、どこが所管しようが重要な問題であるはずで、これがすっぽりと落ちていくというのもいかがなものかという気がします。

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雇用保険で少子化対策

最近の景気回復で雇用保険の積立金が増えてきたのをいいことに、これを少子化対策に活用しようという話になっているようです。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060507i101.htm

まあ、おめえんちカネがあるんだろ、だったら出せよ、という話なんですが、一方で、特別会計改革でかなり切り込まれることが予想されるだけに、恭順の意は表しておくにしかず、というところでしょうか。

まあ、しかし考えれば既に失業していない高齢者や育児休業取得者や教育訓練受講者にカネ出しているんですから、理屈はいくらでも付くのでしょう。筋はそれほど悪くはなさそうです。

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解雇規制と学歴差別

労務屋さんのブログで、ちょっと前(4月28日)の日経に載った福井秀夫氏の「厳しい解雇規制見直せ 学歴偏重を助長 所得階層固定し、格差拡大」といういささか「と」な文章を取り上げて、詳細かつ綿密に批判を加えておられます。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060428#c

このエントリーに、ちょっとコメントをつけておきました。

言い出しっぺの福井氏自身がおそらく混乱しているんだと思いますが、「学歴差別」という言葉で、一体何を指し示しているのかというのが問題でしょう。およそ労働力という商品がかなり使ってみなければ性能がなかなかわからない特殊な商品である以上、ユーザー側がその性能を示す何らかのシグナリングを求めるのは当然です。また、労働力は、(一時的な乱暴な使用に使い潰すような場合もありますが)一般的にはじっくり使い込んで性能を上げていくのがマクロ社会的には効率的ですから、購入前に商品としての性能をじっくり検討するのは当然の行動です。
「学歴」は、一般的には労働力という商品の性能を指し示すものとして正当なものと見なされていますから、アメリカであれ、ヨーロッパであれ、性別から人種から、宗教、障害、年齢、果ては性的志向に至るまで、この差別もダメ、あの差別もけしからんと、差別が軒並み禁止されているような社会であっても、いやむしろそういう社会であればこそ、学歴をシグナリングに用いることは数少ないまことに正当な選別基準と考えられています。
その意味では、自分をアメリカ流の市場原理主義者だと思いこんでいるらしい福井氏自身が、「学歴」と「差別」というあり得ない組み合わせの言葉を何の疑いもなく振り回しているという点を見るだけで、いかに日本的な情緒の世界に生きているかがよくわかりますが、まあそれはご愛敬ですが、なぜ多くの日本人が学歴による選別に対してそういう不当感を抱くかといえば、絶対平等主義の影響というのもおそらくあるでしょうが、実は一番大きなものは、学歴として尊重されているものが、労働力商品の性能のシグナルとして尊重されるべきものとは食い違っているという感覚なのではないかと思われます。


解雇規制については、労働者の労働期間を大きく若年期、壮年期、中高年期に分ければ、相対的に労務コストが大きい若年期と中高年期が主たるターゲットになりますが、実はアメリカも組合のあるところは先任権制度によって、そうでなくても年齢差別禁止法によって中高年は保護されていますから、解雇よりも希望退職で対応することが多いので、結局若年期が大きな違いになります。この時期は企業内教育訓練の時期であるので、解雇規制をうかつな形で緩和すると、企業内訓練が減少し、採用時の職業能力を示す学歴シグナリングの意味がますます高まり、いよいよ「学歴差別」が大きくなる可能性があります。それでもおよろしければどうぞ、というところですが。

ここではやや皮肉な言い方をしていますが、そういう職業能力をダイレクトに示すような学歴「差別」をますます強化せよという考え方であれば、首尾一貫した議論として成り立ち得るでしょう。企業は訳のわからない「官能」などではなく、労働遂行に役立つ技能をどれくらい身につけているのかを示すシグナリングとしての職業教育学歴を尊重すべきである、と。本田先生のご意見などは、(御本人はどこまで意識されておられるのかはよくわかりませんが)そういう考え方だと捉えることも可能です。

私自身、企業(とりわけ大企業)のミクロな立場と社会全体のマクロな立場とでは均衡点がちがうだろうなと、つまり多くの中小企業の立場も考えると、企業入社以前にある程度初期教育訓練を行うことが合理的なシステムに持って行った方が望ましいだろうと考えています。これを言い換えれば、職業人生の最初期については、解雇規制を緩やかにしておいた方がいい面があるだろうということです。ドビルパンの失敗したCPEもそうですが、労働契約法研究会報告で提唱されている試用雇用契約は、そういう観点から検討する必要があるでしょう。

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少子化と労働時間

去る4月26日のエントリーで紹介した公明党の少子化対策ですが、公明党のHPに掲載されています。

http://www.komei.or.jp/manifest/policy/childfirst2006/03.html

先日批判した割増の話だけでなく、「一定の年数雇用を継続した場合には正規雇用への移行を義務づけます。契約期間が限定された社員が多い場合には雇用保険料率を引き上げます」なんていう経団連が聞いたら震え上がるようなのも入っています。

でも、なんでもかんでも少子化対策のお通りといえば道が開くというのもいかがなものかなあという感じはします。労働時間短縮は必要ですよ。特に健康を害するほど働いている人にとっては。でもそれが少子化対策に役立つかどうかは必ずしも立証されていないわけで。確か以前、赤川さんという方が何でもかんでも少子化というのに苦言を呈していたと記憶していますが、同感です。

厚生労働省が行っている第3回21世紀成年者縦断調査結果によると、

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/judan/seinen06/kekka1-1.html

この表4に、「性、一週間の就業時間別にみたこの2年間の結婚の状況」の表が載っていますが、男で一番結婚しているのは週60時間以上働いている人なんですね。一番結婚できていないのは週15~34時間の人。なんと長時間労働している方が結婚できるんです。でも、いかにもそうだろうなあと思いますよね。ちなみに女性は、週35~39時間の人が一番結婚している。

その上の表3「性、仕事の有無別にみたこの2年間の結婚の状況 」を見れば、男は正規労働なら結婚できるけど、非正規だと結婚できないということがくっきり。

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経済財政諮問会議の「人材養成」

4月27日の経済財政諮問会議で、人材養成問題が議論になったようです。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/0427/agenda.html

厚生労働、文部科学、経済産業の各省も資料を出していますが、興味深いのは牛尾、奥田、本間、吉川の4人の民間有識者の「人材の養成・確保について」と題するペーパーです。

まず最初に「経済活動を現場で支える人材の養成・確保」という標題のもと、2番目に「年齢・性別を問わずすべての人が、どの働き方を選んでも安心・納得して働くことができ、再チャレンジが可能となる社会の実現」という項目が挙げられ、これをさらにブレークダウンして、

― 就業形態間での行き来の可能性や均衡処遇の促進

― 個人ごとに柔軟な採用・育成・処遇を重視する企業の先進的成功事例の収集・普及

― 能力開発機会の拡充

― 働き方に中立な労働契約のルール、税制、社会保障制度の構築

という政策課題が示され、「内閣官房長官の下に設置された「多様な機会のある社会」推進会議(いわゆる「再チャレンジ推進会議」)において、施策目標を明確にした上で、各府省における具体的な取組についてとりまとめを行う」と書かれています。

また数値目標として「2010年までにフリーターを2割減少させる」とか「職場体験をするキャリア・スタート・ウィーク」などが挙げられています。

また、昨日書いたように教育基本法案は「学術の中心」とか「深く真理を探究」とか依然として古典的な大学像に囚われていますが、こちらでは「大学、大学院の教育環境の強化」という標題のもとに、「専門職大学院における法務、会計等専門分野の人材の養成機能を強化」や、「大学院教育プログラムの開発や産学共同による高度な職業人材の養成(企業実習、長期インターン等)を推進」といったかたちで、明確に大学・大学院を職業人養成機関として位置づける考え方を打ち出しています。

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公務員の人材養成

労務屋さんと平家さんの間で大変興味深いやりとりがありました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060425

http://takamasa.at.webry.info/200604/article_16.html

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060426

http://takamasa.at.webry.info/200604/article_18.html

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060427

まだもう少し続くようですが、ちょっと間が空いているので、一点だけ若干のコメントを。

労務屋さんの言う「人材養成のまずさ」というのは、日本の民間企業の人事担当者の実感としてはまさにその通りなのだと思いますが、「ほとんど常に事業構造が変わ」ることを前提に、「それにともなう余剰人員は配置転換や職種変更などで吸収」し、「変化や不確実性への対応」ができる人材を十分に育て」るという人事労務管理の在り方自体、世界的に見ればむしろ特殊なものです。

いや、特殊なんですが、それが日本企業の「アダプタビリティやフレキシビリティ」として競争力に貢献してきたわけで、これについては汗牛充棟の文献があります。外部的(数量的)な硬直性を内部的(機能的)なフレクシビリティで補い、むしろそれ以上の効果をもたらすというやり方です(考えの足りないエコノミストはここを見落とします)。問題は、公務員の人事管理は法律で定められており、その法律は占領下でアメリカからやってきたフーバーさんが作ったもので、はじめにJOBありき、しかしてそこにヒトをつける、という思想に立脚しているんですね。

じゃあ、公務員は欧米型人事管理をやっているのかというと、もちろんご存じのように全然そんなことはない。法律の建前は建前のまま、実際にはずるずると、なし崩し的に、長期雇用、年功型人事管理をやってきたわけですが、とはいえ民間のような内部的フレクシビリティも発展させることはありませんでした。内部も外部も硬直的では、変化に対応するのは困難ですね。

そこで、どういう方向を目指すべきかということになるわけです。

一つの方向性は、半世紀前にアメリカ様に与えられた法律の本旨に戻り、JOB中心の人事管理にする。どうも、行政改革とかいう人々の頭にはこちらがあるように思われますが、日本社会という一つのシステムの中で、それが可能なのか、いささか疑問があります。もっとも、民間企業にもそういうJOB中心の(政治的に正しい)人事管理を押しつけて、日本中その色に染め上げれば、問題はないのかも知れませんが(そう思っている人も多そうですが)、そういう上からの革命が成功した試しはないというのが歴史の教訓です。

もう一つは労務屋さんが示唆しているように、日本の民間企業の人事管理を導入する。しかし、実は役人が変化に対応してフレクシブルに行動できるというのは、一歩間違うと関東軍が満州事変を起こすことを奨励するようなところがあり、なかなか難しいところがあります。まあ、公務員といっても、権力性という物差しで見ればさまざまですから、ある程度個別に判断せざるを得ないでしょう。社会保険庁に言えることが、そのまま警察に言えるとは限らないわけで。

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教育基本法案

4月14日のエントリーでコメントした教育基本法案が正式に国会に提出されたようです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/06042712/003.pdf

ほとんど既にリークされていた条文と同じなのですが、「職業」という観点から細かいところにこだわってみると、やっぱり第5条の「義務教育」が気になります。国民が「その保護する子に・・・普通教育を受けさせる義務を負う」というのは、高校教育を義務化したら、本田先生があんなにも一生懸命伸ばそうとしている専門高校は廃絶されてしまうんでしょうかね。「義務教育として行われる普通教育は、個人の能力を伸ばし、社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家および社会の形成者として必要な資質を養うことを目的として行われる」と麗々しく書かれると、ふうーん、職業教育は「個人の能力を伸ばし、社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家および社会の形成者として必要な資質を養うことを目的として行われ」ないんだ、そうなんだ、どうせね、とすねてみたくなります。論理的には、義務教育でない普通教育も、普通教育でない義務教育もありうるはずなんですが。

もっと嫌みを言うと、大学は「学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造」するところなんだそうです。すごいなあ。だったら、最初からそういう人材だけ入れろよな、というのは余計でしょうね。そんな学生だけ入れてたんでは、先生たちが飯の食い上げになっちゃう。しかし、こういうところでこういううつろな規定を平然と置いておいて、国を愛するだの郷土を愛するだのといった文章にばかり熱中できる教育界の方々の神経というのが、私にはなかなか真似のできないところでして。

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労働移動制限第2段階

2月9日のエントリーで紹介したEUの新規加盟国(中東欧諸国)からの労働者の自由移動の制限の問題ですが、本日第2段階に入りました。

http://www.europa.eu.int/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/06/176&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en

だいたいこれまで報道されていたようなことになっていますが、スペイン、ポルトガル、ギリシャ及びフィンランドが今日から制限を撤廃するのに対し、ドイツとオーストリアという中東欧と国境を接する2国は、2009年まで断固として制限するぞ、と突っ張っています。

ベルギー、フランス、オランダ及びデンマークはその中間派ということでしょうか。これからの3年間の間に見直すようなそぶりを見せています。

まあ、しかしこれは戦後半世紀旧共産圏だったといっても、その前何世紀にもわたってキリスト教ヨーロッパ文明の一翼であった諸国ですからね。トルコなんかがホントにEUに入ってきて自由移動させろということになったら、到底同じ次元の話では収まらないでしょう。

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