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2006年4月 2日 (日)

就業規則変更法理の無理と道理

前に(2月16日)ここにちらと書き付けた話ですが、就業規則変更法理に関する労働契約法制研究会報告の見解について、いろいろと批判が出されています。

労働契約法制としての筋を通そうという姿勢は大変大事なものだとは思うし、契約法理から筋道たてて考えれば、就業規則変更が合理的ならいいじゃんというのはなんちゅう歪んだ考え方だ、というのも全くその通りだと思うのですが、契約法理としての筋を徹底的に貫こうとすると結局最後は変更解約告知にいっちゃうんじゃないかな、と。

就業規則という使用者が一方的にでっち上げられるような代物で集団的労働条件の変更をやるというのがおかしいというのは全くその通りだとは思うのですが、ではなぜそげなことになってしまったかというと、本来その役割を果たすべく設けられたはずの労働協約が、そういう役割を果たせないような扱いを受けてきたからではないのかと思うのです。集団的労働条件というのは、俺たちは反対しているからといって適用されないというのでは役に立ちません。大部分の労働者を組織する労働組合と労働協約を結んでも、ごく一部の労働者を組織する労働組合の組合員には適用することができないというのでは、企業側としては結局もう一度その労働協約に沿って(一方的に)就業規則を制定して労働者全員に適用しなくてはいけません。

ねじれにねじれた就業規則法理を正道に戻すというのであれば、戻す先は本来あるべき民主主義原理に基づいた集団的労働条件決定法理ではなかろうか、というのが私の考えで、その意味からすると、実は、労働契約法制研究会報告で言う過半数組合の同意があれば合理性を推定するというのは、ねじけにねじけた論理展開ではあるけれども、結果的に逆にまともなところに戻ってこようとしているんではなかろうか、と。

この辺は、本来ならもっときちんと腑分けして論じなければいけないところなのですが、とりあえず、今現在考えている大筋はそんなところです。

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コメント

初めて書き込みさせていただきます。ねじれにねれたあげく、多数決原理に帰ってきた・・・というところで、先生にご質問です。就業規則変更に関して多数決原理を適用するためには、民主的な意思表示の機会が企業内に成立していなければならないと思いますが、それをどうやってつくりあげたらよいのか、ということです。
労契法研究会報告では、「労使委員会」を提案し、そこで多数の合意が得られた就業規則変更については合理性を推定するとしています。しかし「労使委員会」は会社が設置する制度であり、委員選出のプロセスの公正さや選出後の委員の自律性などを担保するものはなにもありません。管理職のそれも人事のプロが委員会に仕事として出席し、その対面に、そこにあちこちの職場から平社員が寄せ集められる。そこで「さぁ、この規則変更はどうだ」と迫られてだされた結論が公正なものになるとはどうも思えません。そこをどうしたらよいか・・。
また、先生のお話しになる多数派組合の合意ですが、ご存知のように少なからぬ企業の多数派組合は役員選出の段階から企業が管理をしています。選挙箱をひっくりかえしてメイキングをすることすらあるなかで、多数派組合の執行部の妥結したものに素直に従えない人間が、少数派組合に依拠して抵抗する、という構図ができています。職場の現実をみるにつけ、社会のありようが、法制度を構築する土台たりえないような・・・そんな気さえします。こうした状況を法制度構築でただしていく、とすれば、どこから手をつけるべきでしょう・・。

前者についてはまさに問題です。ですから、ヨーロッパの労使協議法制を参考にしながら、きちんとした労働者代表の選出の仕組みを作っていかなければなりません。まあ、労働契約法研究会報告は、実体法の部分に集中したので、こういう手続法的なところは薄いですね。
しかし、そこが問題だということは、多くの方々もわかっているところですし、だからそんなものつぶせという話でもないこともわかっているはずですから、積極的な方向に議論が展開していくのではないかと期待しています(私が細々とやっているEU労働法の研究も少なからず役立つはずだと思っているんですが)。

後者については、これは価値判断の問題のように思われます。現実に職場の圧倒的多数の支持を得て選出されている労働組合について、それが労働者の多数の意思に沿ったものであると見なす以外に、誰がどういう形で判断をするんだろうか、ということですね。
民主主義というのは、マクロ政治においても、また職場というミクロ政治においても、突き詰めれば多数決原理でしょう。それに対して、少数派の人権をどう守るかという問題意識はそれはそれとして極めて重要ですが、民主主義というよりもむしろ立憲主義の問題であるように思います。
最近、共産党員に対する賃金差別を認定して差額の支払いを認めた判決がありましたが、これまでは、そういう立憲主義の問題として論ずるべき問題を、労働組合というすぐれて民主主義原理でもって論ずべき枠組みに無理矢理に押し込めて、不当労働行為だ何だということで、かえって問題構造を歪めてきてしまったのではないかという感じがします。
労働者の多数の意見をいかにして経営側に反映させていくかという問題に、少数派の問題を下手に絡ませない方がよいというのが私の判断です。

早々にお答えをいただき、ありがとうございました。
労使委員会の問題点はだれもがわかっている。そこで、ヨーロッパの事例を参考にしつつ、きちんとした労働者代表制をつくる方向に審議会が向うだろう・・こうなることを願っていますが、これまでの審議を見る限りは、どうもそういった展開にはなっていかないような気がしてなりません。ヨーロッパの労使協議法制に通暁された公益委員の先生方もおられると思うのですが、EUから学ぼうという提案は残念ながらなされていません。時々、労働者側委員から、EU労働法ではどうなっているのかと質問がだされると、荒木先生が答えられるのですが、かの地の法制と実態などにふれた後、いかにそれらが日本社会に馴染まないかに言及されるのが常です。法制度が、草木の移植のようにはいかないのは承知していますが、EU法の精神を前向きに検討し、日本にどうやって実現するかという検討姿勢が欲しいといつも感じます。その際には、濱口先生のEU労働法の研究成果は大いに役立つでしょう。公益委員になっていただければよかったのですが・・。

多数派組合と少数派組合の問題については、「つまるところ多数決原理」とのこと、それは私もそう考えます。前回コメントで申し上げたのは少数者の権利問題というより、現在の職場実態を前提にして、いかに「労働者多数の意志」が公正かつ民主的にまとめられうるのかということです。多数者の意志の形成プロセスに正当性が見出されない場合(そうしたケースは多々あるのですが)、少数派の権利主張が吹き出してくるという構造となっていると考えます。使用者の介入がきわめて強い職場において、やはり法規制なしに労使自治に頼っていては、民主的に練り上げられた正当な「労働者多数の意志」はつくられないのではないか、と考えています。
「過半数代表者」が登場する労基法の条文はけっこうあり、労基法施行規則第6条の2で、代表者資格(管理監督者は労働者代表になれない)とか、選出手続き(目的を明示し、選出することを周知し、投票・挙手で実施)などが規定されています(釈迦に説法失礼いたします)。しかし、選出手続きの民主性・公平性を保障する強行規定がないため、現実には管理職など使用者の傀儡的な代表が選ばれ、労働者に不利な規則変更がなされてしまうことも少なくありません。企業内の権力と対抗しうる強力な産業別組合などの上部団体が代表者の意志の体現に関与しうるというような社会的地盤がないなかで、民主的な代表選出を可能にする厳格な手続法をつくることが必要なのではないか、と考えていますが、いかがでしょうか。

労使委員会についてですが、まずは労使委員会の問題点以前に、現行の(過半数組合ではない)過半数代表者という存在の問題点があるのでしょう。そして、これの問題点は、誰が見ても考えてもどうにもおかしいところが多々あるわけで、まずはそのおかしな過半数代表者ではなく、少なくともその選出手続をより明確かつより公正なものとすることを明記した(「当該事業場の全労働者が直接複数の労働者委員を選出する」と書かれています)労使委員会制度によって労働条件の不利益変更や整理解雇に対する労働者側の関与を制度化しようとするところに、今回の労働契約法研究会の苦労というか工夫が見られるのではないか、というのが素朴ではありますが私の感想なのです。
ただ、ここのところについては、私の個人的な考え方ですが、労使委員会全然ダメ論ではだめですが、さりとて、労使委員会大いに結構論でもちょっとまずいだろうと思っています。具体的にいうと、過半数組合がOKを出した場合と、労使委員会の5分の4の賛成が得られた場合では、何らかの差をつけることが望ましいのではないかと思っています。過半数組合がなければ、不利益変更や整理解雇ができないというのは無理ですが、やりやすさに一定の差があってもいいのではないか、ということですね(そして、単なる過半数代表者ではだめだと)。
まあ、この辺は、これから審議会で労使の間でせめぎ合いをしていくべき事項ですから、あんまりここで細かく言わない方がいいのかも知れません。
現実に組合員の選挙によって多数者の意思が示されている過半数組合については、それを外部からあれこれというべきことではなかろうというのが、私の基本的立場です。
それに対して、いわれる過半数代表者については、広い分野にわたり膨大な条文が設けられているにもかかわらず、その選出の適正さを確保するための規定は省令レベルにしかなく、実質的には労働者代表制として極めて弱体であるのは仰るとおりです。(今回の報告書がどこまで迫れているかは様々な立場からの判断があるところだろうと思いますが)過半数代表者ではなく労使委員会に一定の権限を与えようとしている姿勢には、このような判断が反映しているのではないかと考えています。

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