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2006年4月18日 (火)

「検討の視点」続き

昨日に続いて、労政審に提示された「検討の視点」を考えます。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/seido/roudoukeiyaku/data/dai54/siryou.pdf

ここでもぽつぽつと書いてきたことなのですが、基本的な問題として、「労働契約法制」という言葉で何を指し示そうとしているのかという問題があるような気がしています。

実は、あんまり知られていないかも知れませんが、かつて労働省では、この領域を扱う諮問的機関として、労働基準法研究会においては「労働契約法制部会」という名称を用い、中央労働基準審議会においては「就業規則部会」という名称を用いていました。役人には労働契約法制も就業規則法制も同じことだったわけです。

しかし、よく考えてみれば、労働契約法制というのは、原理的に言えば、労働者個人とその使用者の一対一の市民同士の取引関係のルールであるのに対して、就業規則法制というのは、一定の資本のもとに集められた労働の総体としての企業体における組織運営のルールですから、そもそも出発点が異なります。それが事実上同義語として使われてきたのは、よく言われるように、労働契約が事実上企業組織への編入を決めるためのいわば枠組み契約と化し、実体的内容は就業規則ないし労働協約に委ねるという仕組みが一般化したためでしょう。

日本の場合、特に複数組合平等主義の影響もあり、労働協約が企業内の全労働者の労働条件を斉一化する機能を必ずしも十全に果たせないという状況の下で、就業規則の役割が非常に強くなってきたというのが、今までの姿だと思います。

つまり、就業規則法制というのは、企業労働というものの持つ本質的集団性、組織性に立脚し、ある企業に雇用された労働者の労働条件を斉一化するためのものなのですから、集団的労使関係法制というべきものだと思うのです。この「集団的」という言葉は、今までの労働法学に慣れた目からするととんでもないように見えるかも知れませんが、企業労働そのもの有する「集団性」こそが、労働問題を考える上で常に必要になる「集団性」であって、この言葉を労働組合という(原理的に言えば)任意に結成されるべき一個の結社にのみ結びつけることは、かえって問題があるように思われます。

今回の労働契約法制の議論のモチーフとしては、この日本的な集団的労使関係法制たる就業規則法理を基本的にそのままあるいは若干モディファイしてリステートする、というのが一つあるわけです。それは、企業労働の集団性を前提とした議論ですね。それに対して、労働市場の変化などを前提に、これまで空洞化してきた労働者個人と使用者の間の市民間の契約たる労働契約をより実体化させ、いわば契約原理に基づいて雇用関係を再編成するという方向性もあります。この両者の議論がない交ぜになりながら、進んできたために、(ただでさえ複雑怪奇な)労働契約法制の議論はますます錯綜して論理の筋が見えにくくなってきたのではないかと思うのです。

どちらかというと、学者の議論には個別労働者の契約原理への志向を強く打ち出す傾向が見られるのに対し、労使など実務家の側には集団性を前提とする傾向が強いように感じられます。これはまあ、知識社会学的な要因から来るものかも知れません。

今回の「検討の視点」は、そういう意味では研究会報告よりもかなり集団性に傾いた感じのものになっています。昨日も言ったように、就業規則変更法制と並ぶ労働条件変更システムとして麗々しく打ち出された雇用継続型契約変更制度は、懲戒等のあとに、「労働条件の変更の申し入れに対し、労働者が異議をとどめたことを理由とした解雇はできないこととすることが考えられないか」「労働者が雇用を維持しつつ労働条件の変更について争うことを希望する場合は、労働審判制度等において解決を促すための必要な改善策が考えられないか」という文章として収まっています。

しかし、この書き方では、単に解雇事由を制限しているだけで、異議をとどめた労働者の解雇が「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる」かの判断基準を定めるという以上の意味にはならないのではないでしょうか。少なくとも、就業規則という集団的労働条件変更システムとは別立てで、個別労働契約の変更システムを確立するんだといった上でこういう風に書かないと、これは全然「労働条件の変更に係るルール」になっていないように思われます。

一体、研究会報告で打ち出された変更解約告知型にせよ、契約変更権型にせよ、そういう集団的変更システムによらない個別労働契約変更システムをきちんと設けるつもりがあるのか、そうでないのかがよくわからない形になっています。今既に異議付承諾のない変更解約告知はあるという前提で書かれているようにも見えますが、そういえるんでしょうかね。

さて、もう一つ言及しておくべきは労使委員会です。ここでは、多分審議会における労働側の意見が若干入ったのでしょうか、過半数組合と労使委員会でその権限に微妙な差が書き分けられています。過半数組合の場合が原則であり、就業規則の「変更が合理的なものとして、個別労働者と使用者との間に従前の労働条件の変更に係る合意が成立したものと推定するという法的効果を与える」としているのに対し、労使委員会の場合、過半数組合がない事業場に限り、そ「の決議又は調査審議に一定の法的効果を与える」となっていて、過半数組合と同じ強い効果を与えるとは書かれていません。

これをどこまでの権限とするかは、今後の審議会での労使の議論によるのでしょうが、一方で過半数組合を3分の2組合に要件を上げるという案も示されており、いずれにせよ、上で述べた企業労働の持つ本質集団性を示す労働者代表制度と、労働組合という原理的には自発的結社である団体を、どう具体的な制度設計の中で溶かし込んでいくのかというのが、大きな課題であることは間違いないでしょう。

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