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職業能力ってなあに?

ともに私の深く尊敬する労働関係ブロガーの労務屋さんと本田由紀先生が、経済産業省の社会人基礎力とか言う訳のわからないものをめぐって論争(までいっていないようですが)されているようです。といっても、どっちもこの経産省の妙な代物を評価しているというわけではなく、労務屋さんの「新卒採用は官能的な要素」という言葉に、本田先生が大変カチンときたということのようであります。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060206#p2

http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20060207

小心な私がこの論争に割って入ろうなどというつもりは全くありませんが、この問題を考えるには、その歴史的経緯を知っておいた方がいいのではないかと(そんなのばっかりですが)いう思いから、若干のコメントをしておきたいと思います。

これは、人材養成を基本的には企業外の仕組み(多くの場合は教育システム)が担い、企業はその専門性を認めて採用し、それを基礎としてさらに養成していくという仕組みを基本と考えるか、人材養成は基本的に企業が行うから、教育制度は余計なことをせずいい素材だけ提供してくれればいいという考え方に立つかの対立です。

荻野・本田論争を見ると、企業が後者の立場に立つのが当たり前にように思われるかも知れませんが、実は必ずしもそうではありません。

むしろ終戦直後から高度成長期に至るまで、企業側、具体的には企業全体の利益を代表する立場の日経連は、もっぱら職業教育中心の公的人材養成システムの拡充を求め続けていたのです。普通科ばっかりつくってんじゃねえよ、俺たちに役立つ職業高校を作ってくれ、下らん文科系大学ばっかりこさえてどうすんだ、職業専門大学作れよ、って感じです。

これに対して一貫して冷ややかだったのが教育界、実業なんていう不純物で神聖な教育をけがされたくないという感じ、特にこれが強かったのが日教組で、職業教育なんて高校卒業後にやってくれみたいな感じ。

こういう冷たい教育界に対して、企業側が、それならしょうがないから俺たちが一からやるというのが、日本型雇用慣行の特徴とされる企業内人材養成システムです。企業が一からやるんだから、学校で何を学んできたかなどは関係なくなる、職業高校卒というのは、そういう専門を勉強してきた奴というラベルではなく、中卒時に普通科に行けず、職業高校しか行けなかった奴というレッテルになります。

大学も同じね。これはよくおわかりでしょう。

専門性で人間を測るのではなく、俺たちが一から教えるのにふさわしい奴かどうかを見るのですから、そりゃあ「官能的」になるでしょう。

企業側が、職業を蔑視する教育界の我が儘に適応した結果が、この本田先生の言う「職業レリバンスの欠如」なのですから、この因果関係自体について今さら企業を責めてみても始まりません。教育界の自業自得であり、ツケが回ったのです。

問題はここから先をどうするか、です。企業実務家の立場からすれば、高度成長期以来確立してきた人材養成システムをそう一朝一夕に変えられるものではないし、そもそもじゃあ変えたら明日から学校はそういう人材をちゃんと耳をそろえて持ってきてくれるというのか、ということになります。文部科学省もさすがに近ごろ「キャリア教育」とか称していろいろ実験しているようですが、企業から見ればたぶんちゃんちゃらおかしいというレベルなんでしょう。

これに対して、本田先生は「職業レリバンスの回復」という理想を掲げて戦っていらっしゃるわけです。それは現段階では理想に過ぎず、現実の教育界の姿を前提にすれば無理なことを言っているのはわかった上で、あえてそういう理想を掲げて前進すべきではないかと仰っておられるわけで、そういう戦いの過程において「採用は官能的」などという発言を見過ごしにできないとお感じになられるのは、これはこれでまたよく理解できるところでもあります。

ただ、若干苦言(というわけでもないのですが)を呈しておきますと、本田先生の論点はあくまでも採用時における着目点を人間力だの社会人基礎力だのという得体の知れない官能的なものではなく、その時点までに身につけた(あくまでも基礎的な、その後の発展の基礎となるような)専門性に置くべきだという御主張のはずなので、あまり「中国経済」だの「企業法務」だのとモロ即戦力以外の何者でもないみたいな例示はややミスリーディングではないかと思われます。また、職場ごとに部門長が採用するという雇用システムは、職場ごとのボス支配を結果する危険性が高い(アメリカがまさにそう)ので、ここでの論点とは切り離された方がいいように思われます。

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