今日は、EU労働フリーク(そんなのいるのかね?)にとって大変興味深い話題です。
フランスの新聞ル・モンドに2月1日、こんな記事が出ていたんですね。「ブリュッセルはラトビア労働者に対してスウェーデン人が正しいと認めた」って感じの標題かな。
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3214,36-736661@51-721776,0.html
一体、これは何のことかと思われるでしょう。日本の新聞雑誌等では、私が最近書いた記事を除けば、ほとんどこの事件を報道していませんから。
まず、基礎知識として、これを読んでください。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/seikatukeizaiservice.html
これは、『生活経済政策』という雑誌の昨年12月号に載せた記事です。メインは、最近ヨーロッパで注目の的になっているサービス指令案、別名ボルケシュタイン指令案というものについて、その経緯と現在の状況を説明したものですが、その最後のところで、スウェーデンで昨年来大問題になっているラヴァル事件について取り上げています。
この事件では、サービス提供業者が連れてきた自国の労働者について現地の労働協約で定める労働条件を遵守する必要があるのかというのが争点になっています。スウェーデンに進出したラトビアの建設業者をめぐって紛争となり、現在欧州司法裁判所に係属しているものです。
事案をかいつまんで説明すると、ラトビアの建設業者ラヴァル社は2004年6月、スウェーデンのヴァクスホルムの学校修復工事を請け負い、子会社を作ってラトビアの賃金水準でラトビア人労働者を派遣したんですね。これに対してスウェーデン建設労働組合は同社に協約締結を申し入れたのですが、その交渉中同社はラトビアの組合と協約を結んで、スウェーデン建設労組の要求を拒否したのです。この協約は、ラトビア労組組合員以外のラトビア人労働者にも適用され、しかも他の協約締結を排除するものでした。これに対してスウェーデン建設労組は11月、建設現場を封鎖するという行動に出たのです。スウェーデン電気工組合も12月、同社の全電気施設を封鎖するという同情争議を行いました。
ラヴァル社は同月、スウェーデン労働裁判所に対し、これら争議行為は違法であるとしてその差止めの仮処分と損害賠償を請求しました。労働裁判所は同月、仮処分の訴えを退けました。翌2005年1月、他のスウェーデン労働総同盟(LO)傘下の7組合が同情争議に参加しました。工事は中断し、ラトビア人労働者は帰国し、子会社は倒産に追い込まれました。
ラヴァル社の主張はこうです。EUの海外派遣指令は派遣先国の法令又は一般的拘束力を有する労働協約で定める最低賃金をクリアしなければならないと規定しているけれども、スウェーデンにはいずれも存在しないじゃないか。ラヴァル社が一般的拘束力を持たない労働協約に拘束されるいわれはないし、その締結を強制される理由もないんだ。スウェーデン労組の行動は、EU条約第12条(国籍による差別)及び第49条(サービス提供の自由)に違反するぞ、と。
これを読んで、えっ?と思われたかも知れません。あの福祉国家の鑑と言われるスウェーデンにはいずれも存在しないって?
ええ、ないんです。それはなぜか。
スウェーデンは組合組織率が80%以上と極めて高く、労働条件のかなりの部分が全国レベルの産業別労働協約で決定されています。そして、これが使用者団体傘下の企業を通じて非組合員にも適用され、使用者団体未加盟企業には組合が個別協約の締結によって適用していくというスウェーデン方式をとっているのです。逆にいうと、国家権力による一般的拘束力制度はないし、さらにそもそも法定最低賃金も存在しません。全ては労使に委ねられているのです。労使自治の鑑と申せましょう。
ところが、その立派な労使自治の仕組みの盲点を、EUの新参者ラトビアの会社に衝かれた形になったわけですね。
スウェーデン労働裁判所は昨年4月、争点がEUの条約と指令の解釈に関わることから、本件を欧州司法裁判所に付託しました。現在まだ判決は出されていません。
今回のル・モンドの記事は、欧州委員会がこれに対して、1月31日の夜から2月1日の間に(なんだか捜査記事みたいだな)組合側に味方する意見を提出したというものなのです。実はこれには伏線があるんです。
昨年10月、ストックホルムを訪れた欧州委員会のマクリーヴィ委員がラヴァル社の主張を支持する発言をしたと地元の新聞に報じられ、騒ぎが大きくなったんですね。欧州労連(ETUC)は早速、域内市場の追求よりも労使対話と社会的権利の確立の方が欧州委員会の重要な責務だと同委員を批判し、欧州議会も急遽、マクリーヴィ委員に加えてバローゾ委員長を呼んで公聴会を開催するという騒ぎになりました。このとき、バローゾ委員長は慎重な言い回しに終始してたんですが、マクリーヴィ委員の方は「私はスウェーデンの労使関係や団体交渉制度について疑問を呈しているのではない。私の所管する基本的な権利や自由を擁護するのが私の使命だ。これが加盟国にとってセンシティブな問題だからと言って、私が意見を表明する権利を奪う理由にはならない。」と意見を貫いていました。
労働組合側はもちろん猛反発、このために、ただでさえ採択が遅れに遅れているサービス指令案がまたもや先送りされるというようなことになっては大変だ、という配慮が、欧州委員会内部で働いたんでしょうか。
欧州委員会はどうもラヴァル社寄りで、スウェーデンの労使関係制度に対して理解がないんじゃないかと非難されていた中で、もちろん公式発表されたわけではないんですが、欧州委員会の見解が欧州司法裁判所に提出されたというニュースは、いやが上にも注目を集めることになっていたわけです。
この記事によると、欧州委員会は、スウェーデンの労働組合は、外国の企業に対し、スウェーデン国内の労働協約への調印を要求する権利があると述べているそうです。
ところが、よく後ろの方を読んでいくと、必ずしもそう明確に労働組合側の味方をしているわけでもなさそうだな。
海外派遣指令の水準を超えて労働協約を強制することはできないとか書いてあるぞ。なんじゃこれは。標題と中味が違うじゃないか。だからこういう消息筋の記事は困るんだ。話は難しい法律問題なんだから、単純に書くなよな。
そういうことで、ちょっと頭が混乱してきましたので、とりあえずここで筆を置きますね。どこかに続報があればまた書き足します。
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