労働時間制度研報告
本日、厚生労働省の今後の労働時間制度に関する研究会報告書が発表されました。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/01/dl/h0127-1c.pdf
このうち、ここで「新しい自律的な労働時間制度」と呼ばれているものについては、既に今月8日のエントリーで、昨年末に提示された素案についてコメントしていますが、その他の項目も含めて、総括的にここでまとめておきたいと思います。
まず、世間でホワイトカラーエグゼンプションといわれてきたものについてですが、12月末の素案では「新適用除外」という言い方をしていたものが、1月11日の「素」がとれた「案」では「新裁量労働制」という名前になっていました。もっとも、これは羊頭狗肉の名前で、その法的効果は現行管理監督者と同様、労働時間と休憩の規定を適用せず、ただ法定休日は適用することも考えられるというものですから、労働時間計算の特例としてのみなし制である裁量労働制に「新」をくっつけるのはいかにもおかしなものでした。
本日の最終報告書では、これを「新しい自律的な労働時間制度」という名で呼んでいます。言葉尻に難癖をつけるようですが、「自律的な労働時間制度」ってのは変ですね。制度が自律的なんじゃないでしょう。どんな制度にするかを自律に任せましょうなんていいたいわけではないんでしょう。自律的な働き方をする労働者にふさわしい制度っていいたいんでしょう。
でも、こういう変な日本語になってしまうところに、この問題のボタンの掛け違えが覗いているんですよね。8日に書いたことの繰り返しになってしまいますが、「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度」という長ったらしい節題の「かつ」の前と後ろが一致する保証などないのに、とにかく「自律」という呪文で全てを押し通そうとするから、日本語までおかしくなってしまう。
本当に「自律的に」働いているんだったら、どうして法定休日を守らせる必要なんてあるんでしょうか。健康確保なんて余計なことじゃないですか。そんなことをする必要があるとすれば、それはその人は本当に自律的になんか働いていないんです。
そもそも、現在の管理監督者といわれる人たちだって、ホントのところ、どこまで「自律的」に働いているでしょうか。課長さん、自律的に働いていますか。冗談じゃないよね。あっちからもこっちからも仕事が舞い込み、部長からはぎりぎりに絞られて、何が自律なものか。大学の先生じゃないんだ。
でも、課長になったんだから、「成果や能力で評価される」のは当然だと思ってるし、だから残業手当がつかなくなったのも当然だと思ってる。
ところが、そういう意味では、実はそういう「成果や能力で評価される」働き方は課長さん以上に限られず、その下のクラスのサラリーマンたちにも共通するものがあるわけで、逆に、課長クラスになっていないから残業しただけ全部残業手当を払え、払わなくちゃサービス残業だぞ、訴えてやる!というのが、どこまで現実に働いている人々にとって正当性のあるものなのかというところが、このホワイトカラーエグゼンプション問題のそもそもの出発点であったわけです。
一つには、管理職への昇進年齢が人口構成の高齢化に伴ってどんどん上昇してきたため、昔だったらとっくに管理職クラスになっているはずの人がまだその手前で残っているとかいうのも、この問題の背景事情にあるでしょう。
まあ、議事録を読んでいくと、研究会の委員の中にも、働き方の自律性にこだわっている方と、そうじゃなくて割増賃金規制を外してもいいかどうかを重視している方がいて、そう簡単に割り切れないのかも知れませんが、私の目には「自律性」にこだわっているために、なんだか結局今までの裁量労働制と比べてどれだけ広がるのかよく見えない、という結果になってしまっているように思われます。
この問題は、論じ出せばきりがないので、この辺にしておいて、もう一つの目玉、年次有給休暇のところについてコメントしておきます。
一つは、13日のエントリーで畠中先生の論文に触れた時に、かつて日本でも労働者の時季指定に先立って使用者に聴取義務があったことを書きましたが、それに近い発想が示されている点です。労働者の時季指定だけに任せるシステムは限界にきている、一定日数について、使用者が労働者の希望もふまえて予め具体的な取得日を決定することで、確実に取得させることを義務づけるという提案が、「検討を進める必要がある」とちょっと弱めで先送りっぽい感じですが、明記されている点は評価すべきでしょう。
これは、いざやるとなると、今でも完全取得しているような人からはすごく抵抗がくるでしょうが、是非実現に向けて具体化してほしいと思います。
あとの提案は、時間単位の取得を認めようとか、未消化年給を退職時に清算できるようにしようとか、正直言って、ううーん、年休の本質からいって枝葉末節なんじゃないの?といいたくなるような話で、ちょっとねえ。
最後に時間外労働の話。どうも最初のイメージでは、法定時間内でも所定労働時間を超える残業には割増を払わせようという、2004年の仕事と生活の調和研究会の提案が目玉になるような感じだったのですが、さすがに問題点がいろいろと指摘されたためなんでしょう、「今後とも検討」と物惜しげな書き方をしていますが、具体的な提案にはなっていないようです。
これは素人が考えてもあんまり筋のいい話ではないわけですから、まあ当然という感じもしますが、逆に、(普通に36協定を結んでやっている)時間外労働そのものの長さについて、現行の適正化指針のやり方をどうすべきかというような実体的な議論が全然されておらず、もっぱら割増率をどうするとか、カネの話ばかりに傾斜しているようで、いったい、労働時間というものをなんと考えているのだろうか、健康や家庭生活に悪影響のある長時間労働を短くするのが目的なのか、割増を増やしてもっと残業したがるようにするのが目的なのか、どっちだろうと疑問を呈したくなるところがあります。
ここ10年あまりの間、外部労働市場の流動化が進んできた中で、かつて時間外規制に対する慎重論の論拠となってきた「雇用安定のためのバッファー」論がどの程度なお妥当しているのか、といったことも含めて、もう少し原理的なレベルで議論をして貰いたかったという感が残ります。
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このたび,『職場はどうなる 労働契約法制の課題』という本を出します。北海道大学労働判例研究会の編集で,8人の分担執筆です(ISBN:4750322717)。 内容は,昨年9月に出された「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告書を検討するもの。かなりの頁数になっていますが,何とか“お手頃価格”に抑えることができましたので,労働問題に関心をお持ちの方々にお買い求めいただければ幸いです。 http://hokkaido.sociallaw.info/shokuba/dounaru.html 目... [続きを読む]
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