市役所職員マンマークさんの拙著書評

マンマークさんの「市役所職員の生活と意見」ブログに、拙著『新しい労働社会』の書評が載っています。

http://manmark.blog34.fc2.com/blog-entry-94.html(不勉強職員へのサプリメント))

>そんな中で思ったのが、日本の雇用の根本的な問題はどこにあるのかということ。

>そこで、書店へ行き、何冊か選んで読みましたが、その中で私の知りたかったことに一番応えてくれたのがこの『新しい労働社会』でした。

ということで、いくつかの事項について取り上げられているのですが、個々の事項よりも、

>しかし、私にとってこの本の一番の効果は、今まで在籍していた幾つかの課で頭を悩ませた事柄同士の繋がりが見えてきたことです。

 例えば、「男女雇用機会均等法」、「管理職と管理監督者」、「社会保障とモラルハザード」などは、それぞれの事柄に関係のある課に在籍していた時には、その事柄だけの理解しかしていませんでした。 いわば「点」としての理解です。

 それが、この本で示されている幾つかのキーワードを通して「点」同士を繋いでいる「線」が見えてきました。
 日頃は、その時に担当している業務にしか目が向いていないので(一種の縦割り感覚)、今回のように自分が担当してきた業務を違った視点から見つめ直すことの必要性を改めて感じました。

と、それらを全体的な雇用システムの中で位置づけて捉える視点に注目していただいたことは、著者のわたくしとしても大変うれしく、ありがたいことです。

そして、拙著の議論への疑問として

>ただ、この本の一番の難所は、やはり第4章でしょう。

 著者がポピュリズムに走る恐れがあると指摘している「学識者のみによる哲人政治」は、御用学者による政府応援団体になる可能性が高い点で私も反対ですが、それでは「政労使の三者構成原則」のメンバーとして、著者が労働組合に望んでいる正規・非正規を含めた労働者代表組織という役割を、当の労働組合が果たせるのかどうか。

と提起されている点も、まさに問題点を衝いているもので、

>とにかく、全体を通して、日頃不勉強な市役所職員である私には、良い刺激になる本でした。

 近視眼的思考の進行を弱めるためにも、たまにはこういう「サプリメント」を摂取したほうがいいようです。

といわれるような「不勉強」どころか、大変鋭い感覚で毎日社会状況をご覧になっていることが窺われます。

なお、最後に、

>ただ、この濱口先生、冷静でありながら血の気の多い方のようで、それもブログの楽しみ方のひとつかもしれません。

と言われていることには、やはり一応異議を呈しておきます。わたくしとしては全然血の気が多いわけでも喧嘩っ早いわけでもなくて、できれば平和裡になごやかにいろんな方々と議論をしていきたいのですが、なぜかそれを許していただけないような人が多くて・・・(笑)。

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『安西愈先生古稀記念論文集 経営と労働法務の理論と実務』

32301551 『安西愈先生古稀記念論文集 経営と労働法務の理論と実務』(中央経済社)をお送りいただきました。安西先生、有り難うございます。

本書については、以前、別のエントリで、松下プラズマディスプレイ事件大阪高裁判決を批判する中山慈夫さんの論文の抜き刷りをいただいたことについて触れたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-ae66.html(大内伸哉『最新重要判例200労働法』)

しかし、本書は、そもそも編者が山口浩一郎、菅野和夫、中島士元也、渡辺岳という錚々たる顔ぶれであるのに加え、労働法学者、労働関係弁護士の最高級の方々が顔を並べられていて、安西先生のすごさが窺われる一冊になっています。

Ⅰ 労働契約

二十的権利について  小西國友

偽装請負と黙示の労働契約  中山慈夫

転勤命令権とその限界  石井妙子

私傷病休職者の復職と負担軽減措置  鎌田耕一

経営上の理由による解雇  野川忍

Ⅱ 賃金・賞与・労働時間

賃金の支払い原則に対する素朴な疑問  井上克樹

職務給・職務等級制度をめぐる法律問題  土田道夫

賞与の支給日在籍条項をめぐる法理の再検討  山田省三

退職金制度と退職金割増に関する諸問題  外井浩志

労働時間の算定にかかる一考察  山本圭子

Ⅲ 労働条件の変更

労働条件の不利益変更における「労働者の不利益の程度」の解釈  岡芹健夫

就業規則の最低基準効と労働条件変更(賃金減額)の問題について  淺野高宏

Ⅳ 非正規労働者・雇用平等

非正規労働者に対する基本的法政策と若干の解釈  小林譲二

労基法4条と「男女同一賃金の原則」をめぐる法的問題  林弘子

アメリカにおける「仕事と家庭」の法状況  中窪裕也

Ⅴ 労災補償

労災補償における疾病の業務上認定に関する試論  山口浩一郎

ドイツの労災保険とその特徴  西村健一郎

精神障害の労災認定・訴訟の動向  黒木宣夫

シックハウス症候群研究と対策の動向  相澤好治

Ⅵ 労働組合・不当労働行為・労働協約

会社解散をめぐる不当労働行為事件と使用者  菅野和夫

労働組合法における要件事実  山川隆一

労働組合の組織変動に関する実務上の課題  徳住堅治

協約に拘束されない使用者団体メンバー(OTM)  辻村昌明

過半数代表者が締結した労使協定の効力に関する若干の考察  渡邊岳

Ⅶ 労働刑事

労働刑事事件と公訴権濫用論  渡辺直行

どれも大変興味深い論文なのですが、私の関心事項に関わってくるものとしては、上記偽装請負のもの以外には、転勤命令権、整理解雇、職務給、非正規労働者、過半数代表者に関するものが特に興味深いものでした。

さて、安西先生といえば、労働法の世界では知らぬものは居ないでしょうが、その経歴はまさに努力の人といえます。高卒で初級公務員として就職してから10年で法曹になるまでの経歴を書き抜いてみましょう。本書の717ページです。

1958年 香川県立高松商業高校卒、香川労働基準局採用(国家公務員初級)

1960年 国家公務員中級職合格

1962年 中央大学法学部法律学科卒業(通信課程)

1964年 労働基準監督官試験合格、労働省労働基準局へ

1965年 国家公務員試験上級職(甲種・法律)合格

1968年 司法試験第二次試験合格

1969年 労働省退職、司法修習生

爪の垢を煎じて飲ませたい人々が一杯いそうです。

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「ナマケモノになりたくて」さんの本格的な書評

「ナマケモノになりたくて」さんに大変本格的な書評をいただきました。

http://lovesloth.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-e7d4.html

>それで、この本の成果なんだけど、なんといっても「濱口先生の議論が、『岩波新書』になった」という点でしょう。労働問題に関心がある人なら、たいていの人は、hamachanのブログは知っていると思う。情報がぎっしりで、いつも重宝しているものである。ご本人も「労働問題では最も中身の濃いブログの一つだと自負しています。」とあとがきに書いている。しかし、だ!逆に、あまりに情報が「濃すぎて」、わたしのほうな障害を持っていると、次から次へと情報を追いかけてしまい、テンションが上がりきり、発狂し寸前になる(マジで)。だから、hamachanのブログは、とっても魅力的なのだが、あえて用事がない限り見ないように努力しているブログの一つである。そして、そのhamachanの岩波新書なのである。これは、情報量に弱いわたしだけではなく、パソコン音痴の人びとにも、hamachanを読んでもらうことができる非常によいツールではないか。この本の一番のすばらしさは、岩波新書というコンパクトな形態にhamachanの世界が凝縮された点なのだ。おわり。

と、これだけで「おわり」ではなくて、ここから本格的な書評が始まるのです。

>本当は、左翼の先生方にはもう一度考え直してもらいたい点が少なくなく、その点で濱口先生に共感するところは多いなと感じた本だったのだけど、その点については、どうも今日はまとめることができない。(わたしの脳は、いま超高速で回転したいと欲していて、「まとめる」という地味な作業に抵抗している。)だから、気になったところだけど、非常に乱暴に記録しておく。

ということで、非常にわたくしの議論の本質的な点を衝いた異論を2点示されます。第1は認識論として、第2は当為の議論として、いずれも的を射た論点です。

>第1点。濱口先生は、本当は分かっているとは思うのだけど、パートタイム労働者等について、以前は学生アルバイトと主婦の労働だったが、その後パートタイム労働者等も生計維持者となってきて、問題が大きくなったというような表現をするときがある。しかし、昔から、先生が指摘しているように、シングルマザーなどのように、非正規労働によって生計を維持してきた人びとは少なくなかったはずだ。シングルマザーのみならず、日立メディコの原告だって、たしか男性だったでしょう?問題は、量的に昔は生計維持的パートタイマーが少なかったのではなく、昔は生計維持的パートタイマーが社会的周縁に追いやられて、不可視化されてきたことにあるのだ。主婦パートは「普通の家庭の普通の女性」の働き方だけど、生計維持的パートは「きわめて特殊」であり、「普通ではない下位の働き方」という位置づけがなされてきたのだと思う。それを補強するものが、もちろん、配偶者控除や配偶者特別控除などの主婦制度である。現在、それが変わったのはなぜかと言えば、量的に非正規労働が増えたということもあるかもしれないけど、もう一つ、婚姻や家族制度および女性の働き方等に対するこれまでの異議申立て運動や、湯浅さんたちがやっている反貧困ネットワークの力もあるはずだ。つまり、これまで見えなかったものが可視化されたということだ。

一言で答えれば、その通りです。この本におけるわたくしの議論は、判る人が読めばお判りのように、意識的に図式的な議論の進め方をしているところがあります。序章のジョブとメンバーシップもそうですし、ここで指摘されている正規・非正規と家計維持・家計補助の関係もそうです。しかし、とりわけ一般向けの新書本においては、おおむね正しい図式的な議論を展開することで明確なイメージを読者の脳裏に構築することの意義は、それがより現実に対応していないにもかかわらず依然として強力な偏見を再考させる戦略としては重要なものがあると考えており、無限に多様な現実の姿をいきなり無秩序に示すことはかえって読者を混乱させると考えています。

ここで指摘されている正規・非正規と家計維持・家計補助の関係については、政策論として、いままでの(今までも必ずしも全面的にそうであるわけではなかった)対応関係が国民の意識としてなお強固に残っている現状を踏まえて、「かつてはかなりの程度そうであったけれども、今やそうではなくなってきたんだよ」という説明図式がもっとも効果的であろうという判断に基づいています。その意味では、戦略的な書き方であることは事実です。

そうして示した図式が必ずしもすべてに適用されるものではないということは、さりげなく、しかしきちんと例示をしながら明記してはいるのですが、あまりそこを強調しないようにさりげなさげに書いているというのも確かです。このあたりは、一般向けの新書本としての戦略です。

もう一点目、こちらは当為のレベルでより深く突っ込んでいます。

>第2点。これは、第1点と非常に大きく結びつく。第4章で濱口先生は、非正規労働者も含めた企業レベルの労働者組織の必要性を説く。それは反対しないんだけど、ただ、その労働者組織に非正規労働者全員が加入して、それで職場内の利害の調整はできるのだろうか?濱口先生は、非正規労働者の利益もきちんと代表しなければならないのだ、と論じるのだけど、そして、それには異論はないのだけど、非正規労働者の現状というのは、そんなに簡単ではない。なぜならば、これまでの「政治」「政策」は、非常に巧妙かつ複雑に、この非正規労働者という集団をぶつぶつと分断することに成功しているからである。「古典的」な「女性のパートタイマー」に限定しても、103万円のカベで優遇されるのはサラリーマンの妻だけである。ここで、サラリーマンの妻とそれ以外というように、家族関係で彼女たちは分断される。優遇されない女性たちは、時給を1円でも上げようとするだろうが、優遇される女性たちはそんなことはどうでもいい。これだけ限定的な集団であっも、一緒の闘うことが非常に難しいのである。派遣労働者であれば、これがよりいっそう複雑になることは、もういうまでもない。
そういう意味で、わたしは職場内に複数の組合が、それぞれの利害を代表すべく混在することに意味はあると思う。濱口先生は、それは集団的労使法制ではなく、個別的労使紛争処理なのだという。けれども、中間団体(企業)内にある集団の「力関係」の調整は必要だろう。日本国憲法が、勤労者に団結権を保障することにより、労働者の交渉力を「補強」したように、これまで不可視化され、下位の、力のないものをされてきた非正規労働者の集団の「交渉力を補強」しなければ、企業内の民主主義は実現しないのではないかと思う。そういう意味で、コミュニティユニオンとか、小さな組合にも集団的労使法制上、小さくない意味があるように考えている。

第4章は、労働法、労使関係論の玄人の方々が、一番違和感を感じられ、疑義を提示されている点です。ここで「ナマケモノになりたくて」さんが示されているのも、まさに、どこまでが「集団的労使関係」であり、「集団的労使関係法制」が対応すべき事象であり、どこまでが「個別的労使関係」であり、「個別的労使関係法制」が対応すべき事象であるのか、という大問題に直接関わる問題です。

ここでわたくしは、意識的に、集団的労使関係を異なった利害の調整機能という意味でのミクロ政治的なものとして描こうとしています。それは、それをマクロ政治的な民主主義論とつなげるための戦略でもあるのですが、個別利害を擁護するための手段として集団的労使関係を活用しようとする人々にとっては、大変異議のあるところであろうと認識しています。

ここは、論じ出すと大変なので、とりあえずこれくらいで。

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スウェーデン人に理解できないこと

久しぶりに、拙著『新しい労働社会』について評論していただいているブログ記事を見つけました。「嶋川センセの知っ得社会科ー女性のためのお仕事相談室ー」というブログで、

http://blog.livedoor.jp/letchma11/archives/51360404.html(外国人が理解できない日本型雇用&地下鉄で働くパート労働者の労組結成)

というエントリですが、

>最近納得のことがありました。近所のスウェーデン人とどうしても話が噛み合わないことがありました。それは、例えば今回判決が確定した商社兼松の「男女賃金差別」の裁判がなぜ14年間もかかったのかもありますが、「均等法指針の雇用管理区分」とか「総合職とか事務職」とか、「秘書課に配属された原告はなぜ裁判の対象にならないのか」とか、これらに共通する「職務」に関してスウェーデン人は全く理解できないのです。

商社兼松の判決に対しては前回のブログを見てください。

彼が理解できないのは、ひとえに私の語学力が原因と思い、ネットでこれらのことが英文で書かれたものを示しましたが、3ページほどのWWNhttp://www.ne.jp/asahi/wwn/wwin/fwhatwwn.htmがCEDAW(女性差別撤廃委員会)に出した要望書ですら「読むのに3日間もかかった」と言うのです。確かに法律用語は難しいですが、英語ぺらぺらの人がなぜ?って、原因が分かりませんでした。

そして今回ようやく納得の文章に出会えたのです。とっくに知っていたことなのに、きちんと文章で読んでみて再認識でした。

ということで、拙著の序章の文章を引いていただいております。

>そうとう前のことですが、電力会社に事務職で就職した女性卒業生が、「事務でも最初は電信柱に登らされた」と言ってました。まさしくこれですね。スウェーデン人の理解できないことは、「事務職で入社したのに、なぜ電信柱に登るのだ?」ということです。日本以外の国では、事務職ならずっと事務職、レジ係りならずっとレジ係りなんですね。この電力会社の例は多分研修の一環だと考えられますが、スウェーデンではあり得ないことなのでしょう!

いろんな部署や転勤を経て男性はスキルを磨き、定年まで勤めるのが日本の一般的な労働者の生き方です。女性は男性とは異なり殆どの人は定年まで同じ職務にあることが一般的です。だから、男性と女性では賃金が違って当然だとされてきました。今回の商社兼松の判決は一部不満は残るものの画期的なものだということができます。詳しくはブログを見てください。

家族を伴っての転勤や、工場勤務だったり、営業に回ったり、総務をやったりというような働き方はまず日本以外では考えられないということなんですね。この点を説明しなかったから、彼は理解できなかったのだと思います。しかし、説明したとしても理解できたかどうかは不明ですが…。

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EU派遣業界の労使対話戦略

最近、派遣業界の方々とお話しする機会が多いのですが、一つ思うのは、派遣業界がもっぱら規制緩和論者、市場原理主義者と思われているような人々ばかりとつきあい、その流れの勢いに乗ることで事業の拡大を図ることに急で、労働者保護を真剣に考える人々と真摯な対話の努力をすることを怠ってきたことが、今現在のこの状況を招く遠因になっているのではないかということです。

風向きが変われば、今まで役に立ってきたイデオローグは却って派遣業界の極悪さの証明にしかなりません。そういう人々が数年前までと同じ調子で居丈高に「派遣を禁止すれば企業が海外に逃げ出すぞ」と言えば言うほど、「なるほど、派遣業というのは低賃金と劣悪な労働条件でやっている業界だったんだな」という印象を強め、派遣業界に対する攻撃の正当性を強める一方になるでしょう。

派遣労働が労働者にとっても有意義な労働市場メカニズムであることをきちんと伝えるために必要なのは、何よりも労働者側に立って物事を考える人々を味方に惹き付けることであったはずですが、そういう戦略が欠落していたことは、そういう必要性を感じられない時代がつい数年前まで続いていたとはいえ、やはり反省すべき点であると思われます。

派遣業界の発展のために何がなされるべきであったのかを考えるヒントは、日本と同じようにかつては派遣事業の禁止から出発して、今では労働市場メカニズムとして確立するに至っているヨーロッパの派遣業界の活動に求めるべきでしょう。

http://www.euro-ciett.org/index.php?id=94

欧州派遣事業協会(EuroCiett)のHPの労使対話に関するページです。ここには、欧州のサービス関係の大労組であるUNI-Europaとの間で2000年、2007年、2008年と公表された共同宣言が載っています。派遣事業者と派遣で働く労働者の組合という派遣労使が明確に方向性を指し示すからこそ、それが全産業の労使にも影響を与えうるし、ひいては政策決定の方向をも動かすことができるのです。

EUの派遣業界は明確な労使対話戦略を選んできました。日本の派遣業界はその道を選ぼうとはしませんでした。あえて厳しい言い方をすれば、現在の苦境は自分で作り出したといえないこともありません。

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本日の日経夕刊生活面

本日の日経新聞夕刊の「生活・ひと」面(第11面)が、「雇用不安を働く」という昨日からの記事の2回目で、その右下のコラム的な記事で、わたくしがコメントしています。

>雇用安定化への議論は、製造業派遣の禁止など規制強化に集中している。だが、識者には、「非正社員も働き続けられる仕組み作りが重要」との意見も少なくない。

>・・・「非正社員にも雇用期間に応じ、解雇時に金銭を払うルールを設けてはどうか」と話すのは、労働政策研究・研修機構の統括研究員、濱口桂一郎さん。これにより非正社員も次の仕事を得るまでの生活の不安が軽くなると見る。また、非正社員の賃金水準についても、正社員との差を見直すことが必要と見る。

>目先の雇用不安の原因の一つは正社員と非正社員の待遇格差。無視できない視点だろう。

うむ、ちょっと、表現が違うところもありますが、おおむね趣旨はこういうことです。

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菅沼隆さんのフレクシキュリティ論 in エコノミスト

20091113org00m020011000p_size6_2 今朝発売の『エコノミスト』誌ですが、一つ読んでおくべきものとして「学者が斬る」があります。菅沼隆さんが「環境福祉国家に挑戦するデンマーク」というのを書かれているのですが、環境と福祉はちょっとおいといて(失礼)、半ば以降で書かれているフレクシキュリティの話が、近頃はやりの一知半解的首切り自由バンザイ型フレクシキュリティ論とは違い、デンマークにおられた経験を踏まえて、ちゃんとその社会的基盤を指摘されています。

>重要なことは、第一に、労使がプログラムの作成に実質的に参加していることである。理事会の会議に形式的に参加しているのではなく、具体的なプログラム作りに参加している。第2に、学生も含めてステークホルダーの参加が認められている点である。

職業訓練プログラムの場合、中央政府の計画策定、業界ごとのプログラムの策定のいずれにも経営者団体と労働組合から代表が委員として参加している。労使は雇用政策において「労働市場パートナー」「社会的パートナー」と位置づけられており、対等の権限で政策立案に関与する。・・・

>このような手厚い職業紹介体制、緻密で実行力のある職業訓練プログラムを可能にしている条件として、雇用政策に莫大な公的資金が費やされていることを忘れてはならない。

>「大きな福祉国家は非効率」であるという命題は、デンマークやスウェーデンの良好な経済パフォーマンスを見れば、事実として否定されている。だが、なぜ非効率ではないのか?その論理を明らかにする必要がある。・・・

第1に、大きな政府は、政治が特定の目的に向けて資源を重点的に投入できる可能性が大きいことを意味する。必要な政策に振り向けることができる資源が潤沢であれば、政策が成功する確率は高まる。

第2に、21世紀の福祉国家は、「参加」を不可欠とすることである。単に金をばらまいても、効果が上がるとは限らない。ステークホルダーの誰もが政策に能動的に関与しなければ、無駄となる。・・・

第3に、教育と訓練という人的資源投資には大きな政府が効果的であるということである。教育投資の成果は、長期的に回収できるものである。グローバル化が進展する現在、民間セクターは近視眼的で短期的な経営戦略を選択しがちだ。中長期的な視点に立って教育と訓練に安定的に人的資源投資をできるのは公共部門だけである。・・・

いままで繰り返してきたことですが、もっともらしくフレクシキュリティがどうとか語る人間がいた場合、それが本物か偽物かを判別するのは簡単で、労働組合を敵視し、大きな政府を攻撃する人間はそれだけでインチキであると判断できます。

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『エコノミスト』誌最新号の「どうなる派遣」特集

20091113org00m020011000p_size6 本日発売の『エコノミスト』誌11月24日号が、第2特集として「どうなる派遣」を組んでいます。

http://mainichi.jp/enta/book/economist/news/20091113org00m020012000c.html

◇【特集】どうなる「派遣」

・派遣は規制強化へ それでも解決しない“名ばかり有期”雇用    黒崎 亜弓

・楽観できない雇用情勢 規制強化は逆効果の可能性も    有馬 めい

・具体化しない均等待遇 正社員の職種別賃金の明示が第一歩    小林 良暢

・インタビュー 古賀伸明・連合会長 「組合員だけの利益追求では社会から孤立する」

・注目の労働者派遣法改正 山場は12月、問われる“政治主導”    東海林 智

・人材業界は専門派遣や紹介にシフト 製造業では期間工や請負回帰か    本間 俊典

・インタビュー 細川律夫・厚生労働副大臣 「製造業派遣の原則禁止は企業の競争力向上にも貢献する」

このうち、黒崎亜弓さんが主にわたくしと日本労働弁護団の棗一郎弁護士の話を中心にまとめた最初の記事が、よくまとまっています。

わたくしは、

>情緒的な議論で労働者保護と事業規制が混同されている

>1985年の派遣法制定以来、ずっと同法がはらんでいた問題が、今噴き出した

と述べ、棗弁護士も、

>問題は有期雇用に行き着く

と認識しながらも、あえて今派遣法改正を前面に押し出している理由は

>活動を集中させるためだ

と政治的戦術であることを明言しています。

>これまではずっと規制緩和の歴史だった。やっと今回初めて、30年たって突破できる、その象徴なのだ

実を言えば、棗さんたちがそのように思う気持ちはよく理解できるところはあります。勝ち誇る規制撤廃論者があらゆる労働者保護を踏みにじるような議論を展開していたのは、つい最近までのことなのですから。

ただ、労働法政策の観点からすれば、それは全体のバランスを欠いた「派遣だけ血祭り主義」であるという指摘はしないわけにはいかないということです。

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グローバル経済危機と労働法の役割

本日、早稲田大学小野講堂で開催された「グローバル経済危機と労働法の役割-国際比較を通じて」という国際シンポジウムを傍聴してきました。

http://www.globalcoe-waseda-law-commerce.org/symposium/index.html

正確には、早稲田大学比較法研究所&グローバルCOE共同主催「法創造の比較法学-新世紀における比較法研究の理論的・実践的課題」という2日間のシンポジウムの第2日目です。

>アメリカの金融危機に発したグローバルな経済危機は、世界各国における雇用危機を引き起こしている。ILOは、もっとも楽観的なシナリオによっても、2009年には、2007年末よりも1800万人も多い失業者と世界平均で6.1%の失業率を記録するであろうと予測している。日本においても、「派遣切り」の横行や「ホームレス」の増大の中で、<格差社会論>から<反貧困論>へと議論の基調が推移している。

本シンポジウムの目的は、以下の二つの問題について国際比較を通じて検討することである。一つは、アメリカの金融危機に発したグローバル経済危機が各国の雇用状況にどのような影響を与えているのかであり、もう一つは、そうした状況がそれぞれの国の労働法制や労働法理論にどのような問題を提起しているのかである。
この検討を通じて、21世紀における労働法の新たな課題を明らかにし、労働法の再構築の方向性について展望のある議論を行いたい。


本シンポジウムには、イギリス、アメリカ、イタリア、デンマーク、韓国、日本のそれぞれの国から労働法の専門家が参加する。

パネラーは以下の通りです。

司会:浅倉むつ子(早稲田大学)、清水敏(早稲田大学) 
09:30~09:45 挨拶 開会にあたって-G-COEからのメッセージ
    上村達男(G-COE拠点リーダー・法学学術院長)
09:45~10:00 シンポジウムの趣旨説明-日本からの問題提起(1)
問題提起(1):石田 眞(早稲田大学) 
10:00~10:50 イギリス:報告・コメント・質疑
報告:Hugh Collins(LSE) コメント:石橋 洋(熊本大学)
10:50~11:40 アメリカ:報告・コメント・質疑
報告:Karl Klare(Northeastern University) コメント:林弘子(福岡大学)
11:40~12:30 イタリア:報告・コメント・質疑
報告:Bruno Caruso(Catania University) コメント:大内伸哉(神戸大学)
12:30~14:00 昼食
14:00~14:50 デンマーク:報告・コメント・質疑
報告:Ole Hasselbalch(Aarhus University) コメント:和田肇(名古屋大学) 
14:50~15:40 韓国:報告・コメント・質疑
報告:盧尚憲(ソウル市立大学) コメント:根本到(大阪市立大学)
15:40~16:00 コーヒーブレイク
16:00~18:00
日本からの問題提起(2)と全体討論
問題提起(2):島田陽一(早稲田大学)
指定討論者:各国参加者 毛塚勝利(中央大学) 菊地馨実(早稲田大学)

長時間の中身の濃いシンポジウムで、1日聞いているだけで結構疲れました。

はじめのイギリスのヒュー・コリンズ先生は、第3の道の労働法で有名ですが、今日のお話は「労働法における第3の道を超えて:労働法の憲法化に向けて」というもので、実は、その肝心の「憲法化」の中身がよく理解できないままでした。でも、たぶん多くの聴衆がそうだったんではないかと思います。

次のアメリカのクレア先生のお話はわかりやすいというか、いかにアメリカがダメかというペシミズムに満ちたお話。アメリカの労働法は禄でもなくて、労働基準をきちんと守らせることもできないし、労働組合を作るのも難しいので、低賃金のやり放題。ウォールマートなんか、最賃違反でいっぱい訴えられて5億ドル払わされているけど、それでもお釣りがいっぱい来るほど低賃金で利益を得ている。低賃金を福祉給付で面倒みているので、これは国民の税金に寄生しているのと同じだ等々。その低賃金の連中に返せる当てもなく金を貸し込んだのがサブプライムローンなので、金融危機をもたらしたのは実はアメリカ労働法の弱さである云々。

イタリアのカルーゾ先生はイタリアのフレクシビリティを目指したビアジ改革と最近のEU流のフレクシキュリティの話。

フレクシキュリティといえば、デンマークというわけで、たぶん今日のシンポの目玉は、デンマークの労働法の先生であるハッセルバルク先生が、デンマーク流のフレクシキュリティを歴史をさかのぼりながら説明されたことでしょう。いい加減なセコハン情報ばかりが流通するフレクシキュリティだけに、こういう機会は大変貴重だと思います。

当然のことながら、先生が指摘されたのはデンマークの労使関係システムで、労働者の90%近くが労働組合員で、失業保険が組合経由で支給されるコーポラティズムを抜きにフレクシキュリティは語れないということなのですが、その労使関係システムがEUの圧力で危機に瀕しているというのが皮肉です。

韓国の廬先生のお話は、むしろ日本の現下の課題とよく似ていて、特に非正規職保護法の2年経過後のドタバタ劇の話は、日本の派遣法の2009年問題とよく似ています。

最後の島田陽一先生のお話は、わたくしの現在の問題意識に一番近いものだと感じました。

何にせよ、こういう中身の濃い話を1日聞いていると、「脳みそがお腹いっぱい」状態になります。もう入りません。

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