公務員と雇用保険

yamachan呟きて曰く:

https://twitter.com/yamachan_run/status/1074872123338833922

「退職金があるから公務員は雇用保険被保険者にならない」という、今ひとつしっくりこない理屈。 退職金と雇用保険の歴史についてはhamachan先生のクソ分厚い本に関連づけて書いてあった気がする。

すみません、そのクソ分厚い本には両者の関連についてはほとんど触れていません。

Qll_221その経緯は、もう10年前になりますが、『季刊労働法』2008年夏号(221号)に書いた「失業と生活保障の法政策」で、若干触れてあります。

・・・起草委員会では、立案の基本方針として、失業保険と並んで失業手当を設けることが決定されました。これは、失業保険の給付の開始はどうしても翌年4月頃となるので、それまでに経済緊急対策によって生ずる失業者に対しては、政府の一方的給付になる手当制度が必要となったためです。その他、起草委員会で議論となった論点としては、女子を強制適用とするか、官公吏を適用除外とするかといった点がありました*17。

 女子については、「女子は退職の理由が主として結婚などの場合が多く、失業とは認めがたい」という理由から任意加入としていました。起草委員会の原案では、強制被保険者は「左に掲げる事業の事業所に使用される男子労働者」とし、「前項事業所の女子労働者・・・は2分の1以上が同意し、労働大臣の認可を受けたときは包括して被保険者となれる」としていたのです。しかし、提出法案では強制加入となりました。これは、「総司令部では、むしろ新憲法の男女同権の大原則といった立場から、男女同一の取扱にすべきだとの意向であり、強制適用ということに改まった」*18といういきさつだったようです。

 官公吏については、「官公吏は現業をも含めて恩給制度、官業共済組合、退職金等があるのでこれを除外すべきである」としていました。おそらくこれにもGHQが介入したためと思われますが、最終的な政府案では官公署に雇用される者も当然被保険者になるとしつつ、「国、都道府県、市町村その他これに準ずるものに雇用される者が離職した場合に、他の法令条例規則などに基づいて支給を受けるべき恩給、退隠料その他これらに準じる諸給与の内容が、この法律に規定する保険給付の内容を超えると認められる場合には、前条の規定にかかわらず、政令の定めるところによって、これを失業保険の被保険者としない」と、事実上ほとんどの官公吏が適用除外となるような仕組みとなりました。

11021851_5bdc1e379a12a_2「クソ分厚い」本とはいいながら、その元になった各分野ごとの諸論文に比べると、いろんな所を削除して骨と皮だけにして一冊にしたんです。

それで1100ページかよ、と言われそうですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

『Works』151号は「いい賃金」

Worksリクルートワークス研究所より、『Works』151号をお送りいただきました。特集は「いい賃金」です。

http://www.works-i.com/pdf/w_151.pdf

はじめに 賃金についてそろそろ議論すべきではないか

●賃金に課題はあるのか? 大手企業人事による座談会

●日本企業の賃金を取り巻く現状
・先進諸国のなかでも日本企業の賃金水準は低い
・日本企業の賃金はずっと上がっていない
・個人の賃金が上昇していかない
・従業員の給与に対する満足度が低い
・Column:何が日本企業と違うのか 外資系企業の賃金のリアル
・「賃上げ圧力」という変化の兆し

●どう上げる?どう分配する?“いい賃金”のケーススタディ
・CASE1:ベア5%、評価や昇格による昇給も含めて平均6.4%の賃上げを実現/ペッパーフードサービス
・CASE2:完全雇用保証のもと徹底した実力主義で意欲を引き出す/日本レーザー
・CASE3:全員の給与をオープンにし、社員自身が給与決定プロセスに参加する/ダイヤモンドメディア
・CASE4:評価者5人を被評価者が選ぶ 透明性を重視し、納得感を高める/アトラエ
・CASE5:個人のスキルにフォーカスし新卒の初任給から明確な差をつける/メルカリ、LINE

●あらためて“ いい賃金”とは何かを考える

まとめ:“いい賃金”によって社員のオーナーシップを引き出せ/石原直子(本誌編集長)

このうち、CASE3のダイヤモンドメディアの賃金制度は、妙に古くて新しくて面白いですね。

同社の正社員の給与は、5つの要素で構成されている(右ページ図)。いわゆる生活給としての“ベーシックインカム”が全員一律18万円。そこに勤続年数手当、年齢手当、子ども手当などの手当と、実力給が加算される。生活給やさまざまな手当などは、旧来の日本企業にもあった温情的な制度に見える。「評価が低くても暮らしていける給与設定という意味ではそうかもしれません。ただし、勤続年数や年齢による手当を付加しているのは、温情ではありません。社歴や年齢は『あの人は何年も働いているから』といったノイズ、その人の実力とは関係のない私情になります。そのノイズを排除し、実力給の部分をあくまで実力だけの評価にするために設定しています」と、武井氏はその意図を説明する。

全員一律の生活給を「ベーシックインカム」と呼んでみせるあたりもなかなかですが、実力評価にノイズを入れないためにわざわざ勤続年数手当や年齢手当を入れているというあたりが、戦後日本の賃金制度の最大の問題点をよく分かっているな、という感じです。

そう、もともと戦時賃金統制や終戦直後の電産型賃金体系で、家族も含めた生活給のために年功賃金にしたのを、職能制の広がりの中で、もともと生活のための右肩上がりの賃金を、「能力」が高まり続けているからそれに応じて賃金が上がり続けていると、自他共にごまかしてきたことのツケを、きちんと払おうとすればこういう形になるわけですね。

Waorks

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

岩下広文『人事コンサルタントが教える生産性アップにつながる「50」の具体策』

9784502289514_240岩下広文さんの『人事コンサルタントが教える生産性アップにつながる「50」の具体策』(中央経済社)をお送りいただきました。

https://www.biz-book.jp/%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%82%8B%E7%94%9F%E7%94%A3%E6%80%A7%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B%E3%80%8C50%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%85%B7%E4%BD%93%E7%AD%96/isbn/978-4-502-28951-4

生産性向上に向けた企業のアプローチを「業務の改善/改革」と「人材マネジメントの改革」に切り分け、「人材マネジメント改革」を行うための具体的な施策を50提案する。

内容で興味深いのは、第3章の「日本企業の生産性が低い理由」という部分で、次の4つの理由が解説されています。

1.無駄なアウトプットが多い。

2.低付加価値なアウトプットが多い。

3.社員数が多い。

4.労働時間数が長い。

このそれぞれに、3つずつの説明がついてきます。

まず、無駄なアウトプットが多いのは、

・曖昧な職務範囲によりアウトプットが重複して発生

・曖昧な職務定義により不要なアウトプットが発生

・完璧主義の志向による不要なアウトプットが発生

この3つめは次の一つ目と同じことの裏表ですね。

低付加価値なアウトプットが多いのは、

・「付加価値」よりも「質」を重視してきた日本的経済

・「結果」よりも「プロセス」を重視してきた日本的経済

・低価格競争によりアウトプットの付加価値性が低下

いかにこだわったモノやサービスでも、買う側がそこに価値を見いださなければ、そこに「値が付かず」、アウトプットは下がるという簡単な話ですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

パワハラ立法の射程

昨日の労政審雇環分科会で、「女性の職業生活における活躍の推進及び職場のハラスメント防止対策等の在り方について(報告書案)」が了承されたようです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000456686.pdf

中身はすでにちらちらと出てきていたものの総まとめです。いわゆるパワハラについては、

最初の基本理念や関係者の責務みたいなところに、

しかしながら、職場のパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントは 許されないものであり、国はその周知・啓発を行い、事業主は労働者が他の 労働者(取引先等の労働者を含む。)に対する言動に注意するよう配慮し、ま た、事業主と労働者はその問題への理解を深めるとともに自らの言動に注意 するよう努めるべきという趣旨を、法律上で明確にすることが適当である。

国は、就業環境を害するような職場におけるハラスメント全般について、 総合的に取組を進めることが必要であり、その趣旨を法律上で明確にするこ とが適当である。

という抽象的な規定が入り、具体的な規定としては、まずパワハラの定義:

職場のパワーハラスメントの定義については、 「職場のパワーハラスメン ト防止対策についての検討会」報告書(平成 30 年3月)の概念を踏まえて、 以下の3つの要素を満たすものとすることが適当である。

ⅰ) 優越的な関係に基づく

ⅱ) 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により

ⅲ) 労働者の就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与え ること)

事業主の措置義務として、

職場のパワーハラスメントを防止するため、事業主に対して、その雇 用する労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備す る等、当該労働者が自社の労働者等からパワーハラスメントを受けるこ とを防止するための雇用管理上の措置を講じることを法律で義務付ける ことが適当である

その措置義務の中身を指針で定め、

事業主に対して措置を義務付けるに当たっては、男女雇用機会均等法 に基づく職場のセクシュアルハラスメント防止のための指針の内容や裁 判例を参考としつつ、職場のパワーハラスメントの定義や事業主が講ず べき措置の具体的内容等を示す指針を策定することが適当である。

その指針の中にカスタマーハラスメントも盛り込むと。

取引先等の労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい 迷惑行為については、指針等で相談対応等の望ましい取組を明確にする ことが適当である。また、取引先との関係が元請・下請関係である場合が あることや、消費者への周知・啓発が必要であることを踏まえ、関係省庁 等と連携した取組も重要である

さらに調停制度等についても規定するようですが、

男女雇用機会均等法に基づく職場のセクシュアルハラスメント防止対 策と同様に、職場のパワーハラスメントに関する紛争解決のための調停 制度等や、助言や指導等の履行確保のための措置について、併せて法律で規定することが適当である。

あまり目立たず、世間の注目を集めない点ですが、個人的にはこのパワハラを現在のあっせん制度から調停制度に移す点は、かなりのインパクトがあるのではないかと思っています。

調停制度について、紛争調停委員会が必要を認めた場合には、関係当 事者の同意の有無に関わらず、職場の同僚等も参考人として出頭の求め や意見聴取が行えるよう、対象者を拡大することが適当である。

「関係当 事者の同意の有無に関わらず」という一句が、結構インパクトがありそうです。現在の労働局のあっせん制度では、すでにいじめ・嫌がらせ事案が解雇の件数を抜いて1位になっていますが、基本的に任意の制度であり、相手方が同意しなければそもそも初めから打ち切りになってしまいますし、労働者側はこういっているけど、会社側は全面否定で、それ以上踏み込めないというのが実態ですが、それがかなり変わる可能性があります。

さらに、これは使い方次第ですが、たとえば解雇事案や労働条件引き下げ事案などでもあっせんでは相手側が同意しなければ始まらないけれども、解雇にパワハラを組み合わせた複合事案(というのが実際は極めて多い)なんかがパワハラとしてこっちの調停に持ち出されれば、必ずしも任意とばかりは言えないような制度運用になっていく可能性もあるように思われます。まあ、この辺は、個別労働紛争処理制度という方面からの関心によるものなので、世間の関心とは離れているかもしれませんが。

>

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「ワシの年金バカ」がここにも

東洋経済オンラインにこういう記事を見つけて、

https://toyokeizai.net/articles/-/253400 (「お金持ちは年金をもらえない」という逆差別 数千万円も払って「捨てろ」はおかしくないか)

現役時代から高い保険料を負担し続けた揚げ句、一銭も年金を受給できないとしたら、皆さんはどう思われますか。実は、そういう人たちが存在するのです。・・・・

以前、上野千鶴子さんに向けた批判を一字一句そのまま、何も足さずなにも引かずそのままここにアップすることですべてが言いつくされる感でいっぱいになりました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-0196.html (上野千鶴子氏の年金認識)

いやもちろん、拙著『働く女子の運命』の腰巻で「絶賛」していただいた方ですから、悪口を言いたいわけではないのですが、やはり問題の筋道は筋道として明らかにしておく必要があろうかと思います。

上野千鶴子さんがツイートでこう語っておられます。話の発端は例の森元首相の発言に対する反発なのですが、

https://twitter.com/ueno_wan/status/761369525627473920

AERA34号「子のない人生」特集。上野も登場。香山リカさん、酒井順子さんの対談も。取材されたのに記事に書かれていないことが。森元首相が「子どもを一人もつくらない女性が年をとって税金で面倒を見なさいというのはおかしな話だ」とふられたが、この認識は完全なまちがい。(続き)

https://twitter.com/ueno_wan/status/761369676756549632

そもそも年金保険は払った人が受け取るしくみ。もとは積み立て方式だったのを原資に手をつけて拠出方式(世代間仕送り制度)に変えたのは制度設計ミス。政治の責任だ。自分で積み立てた年金を自分が受け取って何が悪い、と言うべき。そもそもそのために働いて年金を納め続けてきたのだから。

https://twitter.com/ueno_wan/status/761369839466184704

「私たちが育てた子どもが子どものないひとの老後を支えるのか」という認識も間違い。年金保険は保険、すなわち加入者のみが受け取れるしくみ。自分の積み立てた年金を自分が受け取るだけ。それどころか、保険料の支払いなしに基礎年金を受け取る特権を無業の主婦に与えたのは保守党政治だ、

そして最後の第3号被保険者に対するフェミニストとしての批判もよく理解できるものですが、しかしながらその間に挟まれた年金認識は、まったく間違っている、というよりもむしろ、そういう考え方はありうるけれどもそれが全く金融市場原理主義的なものであり、公的年金を私保険的に考えるものであることをどこまで理解しておられるのか、そこのところがたいへん疑問です。

この問題については、本ブログでも何回も取り上げてきていますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-f716.html (年金世代の大いなる勘違い)

・・・公的年金とは今現在の現役世代が稼いだ金を国家権力を通じて高齢世代に再分配しているのだということがちゃんと分かっていれば、年金をもらっている側がそういう発想になることはあり得ないはずだと、普通思うわけです。

でも、年金世代はそう思っていないんです。この金は、俺たちが若い頃に預けた金じゃ、預けた金を返してもらっとるんじゃから、現役世代に感謝するいわれなんぞないわい、と、まあ、そういう風に思っているんです。

自分が今受け取っている年金を社会保障だと思っていないんです。

まるで民間銀行に預けた金を受け取っているかのように思っているんです。

だから、年金生活しながら、平然と「小さな政府」万歳とか言っていられるんでしょう。

自分の生計がもっぱら「大きな政府」のおかげで成り立っているなんて、これっぽっちも思っていないので、「近ごろの若い連中」にお金を渡すような「大きな政府」は無駄じゃ無駄じゃ、と思うわけですね。

社会保障学者たちは、始末に負えないインチキ経済学者の相手をする以上に、こういう国民の迷信をなんとかする必要がありますよ。

労働教育より先に年金教育が必要というのが、本日のオチでしたか

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9649.html (財・サービスは積み立てられない)

・・・財やサービスは積み立てられません。どんなに紙の上にお金を積み立てても、いざ財やサービスが必要になったときには、その時に生産された財やサービスを移転するしかないわけです。そのときに、どういう立場でそれを要求するのか。積み立て方式とは、引退者が(死せる労働を債権として保有する)資本家としてそれを現役世代に要求するという仕組みであるわけです。

かつてカリフォルニア州職員だった引退者は自ら財やサービスを生産しない以上、その生活を維持するためには、現在の生産年齢人口が生み出した財・サービスを移転するしかないわけですが、それを彼らの代表が金融資本として行動するやり方でやることによって、現在の生産年齢人口に対して(その意に反して・・・かどうかは別として)搾取者として立ち現れざるを得ないということですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-a96e.html (積み立て方式って、一体何が積み立てられると思っているんだろうか?)

・・・「積み立て方式」という言葉を使うことによって、あたかも財やサービスといった効用ある経済的価値そのものが、どこかで積み立てられているかの如き空想がにょきにょきと頭の中に生え茂ってしまうのでしょうね。

非常に単純化して言えば、少子化が超絶的に急激に進んで、今の現役世代が年金受給者になったときに働いてくれる若者がほとんどいなくなってしまえば、どんなに年金証書だけがしっかりと整備されていたところで、その紙の上の数字を実体的な財やサービスと交換してくれる奇特な人はいなくなっているという、小学生でも分かる実体経済の話なんですが、経済を実体ではなく紙の上の数字でのみ考える癖の付いた自称専門家になればなるほど、この真理が見えなくなるのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-545a.html (年金証書は積み立てられても財やサービスは積み立てられない)

・・・従って、人口構成の高齢化に対して年金制度を適応させるやり方は、原理的にはたった一つしかあり得ません。年金保険料を払う経済的現役世代の人口と年金給付をもらう経済的引退世代の人口との比率を一定に保つという、これだけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-7e36.html (「ワシの年金」バカが福祉を殺す)

・・・この問題をめぐるミスコミュニケーションのひとつの大きな理由は、一方は社会保障という言葉で、税金を原資にまかなわなければならない様々な現場の福祉を考えているのに対し、他方は年金のような国民が拠出している社会保険を想定しているということもあるように思います。

いや、駒崎さんをクローニー呼ばわりする下司下郎は、まさに税金を原資にするしかない福祉を目の敵にしているわけですが、そういうのをおいといて、マスコミや政治家といった「世間」感覚の人々の場合、福祉といえばまずなにより年金という素朴な感覚と、しかし年金の金はワシが若い頃払った金じゃという私保険感覚が、(本来矛盾するはずなのに)頭の中でべたりとくっついて、増税は我々の福祉のためという北欧諸国ではごく当たり前の感覚が広まるのを阻害しているように思われます。

・・・その感覚が回り回って、現場の福祉を殺す逆機能を果たしているというアイロニーにも、もう少し多くの人が意識を持って欲しいところです。

年金というものを「ワシが積み立てたものじゃ」と認識する私保険的感覚(それ自体は一つの経済イデオロギーとしてありうることは否定しませんが)の社会政策的帰結に対して、もう少し敏感であってほしいという思いは否めません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「あらゆる差別の禁止」!?

日経新聞がこういうとんでもない見出しで記事を書いているので、

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38869780T11C18A2CC0000/「あらゆる差別を禁止」条例成立へ、東京・国立市

東京都国立市で、あらゆる差別を網羅的に禁止する条例が制定される見通しとなった。ヘイトスピーチ対策法、部落差別解消推進法、障害者差別解消法の「人権3法」が求めた自治体の取り組みを受けた。12日の市議会総務文教委員会が全会一致で可決。21日の本会議で成立すれば2019年4月に施行される。・・・

まさかほんとうに「あらゆる差別を網羅的に禁止する条例」なんて代物が成立するはずがないが、と思いながら見に行くと、案の定、

http://www.city.kunitachi.tokyo.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/69/gian30_3_0068.pdf(国立市人権を尊重し多様性認め合う平和なまちづくり基本条例案)

「人種、皮膚の色、民族、国籍、信条、性別、性的指向、性自認、障害、疾病、職業、年齢、被差別部落出身その他経歴等を理由とした差別を行ってはならない」と言っているだけです。

これらは、(「その他経歴等」の「等」の中身が不明確な点に一抹の不安がありますが)人権的差別禁止の国際的にほぼ標準的な相場であって、これを「あらゆる差別の禁止」などという神経が信じがたいものがありますが、日経新聞の記者が勝手にそういう言葉を使ったとも思えないので、たぶん国立市の人がそういう言い方をしたんでしょうな。

これって、要するに、自分がなにをしようとしているかが本当のところよく分かっていないということを露呈しているような。

本当に言葉の正確な意味で「あらゆる差別を網羅的に禁止」したら、いかなる社会も存立不可能なはずです。今話題になっている医学部の不正入試も、入試とは成績で差別することなんだからそもそも正当な入試はあり得ない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

『季刊労働法』263号

263_hp『季刊労働法』263号の案内が労働開発研究会のHPにアップされています。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/6529/

特集は「労働契約法20条・最高裁判決の検討」で、

労働法学,労働者側,使用者側の弁護士,労働組合などの立場から「日本型・同一労働同一賃金」ルールが当面どのようになっていくか,中長期的な経済社会の変化を踏まえたその先の「日本型・同一労働同一賃金」のあるべき方向性,日本企業の人事・評価制度の見直しの方向性はいかにあるべきか,検討します。

下記の通り、学者、労使双方の弁護士に加えて、全国一般の須田さんと日本総研の山田さん。

有期契約労働者の公正処遇をめぐる法解釈の現状と課題―2つの最高裁判決を受けて 南山大学教授 緒方桂子

長澤運輸事件・ハマキョウレックス事件・最高裁判決の検討(労働側弁護士の立場から) 弁護士・早稲田大学大学院法務研究科教授 小林譲二

使用者側弁護士から見た20条最高裁判決 弁護士 丸尾拓養

労働組合は非正規労働者への差別撤廃をめざす ―労契法20条最高裁判決を受けて― 全国一般東京東部労働組合書記長 須田光照

労契法20条最高裁判決を踏まえた同一労働同一賃金の今後 ―人事・賃金管理への影響 株式会社日本総合研究所理事/主席研究員 山田 久

第2特集は「「報告書」から立法政策を問う」と、やや無理矢理くっつけたような感じですが、

「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」報告書を読む ―報告書の意義と今後の課題― 上智大学教授 永野仁美

「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書の意義と課題 法政大学現代法研究所客員研究員/中央大学兼任講師 滝原啓允

「人材と競争政策に関する検討会」報告書の読み方の一考察 弁護士 矢吹公敏

それ以外は以下の通りですが、

■論説■フランスにおける社会経済委員会の設置 ―二元代表システムの新展開 九州大学名誉教授 野田 進

■アジアの労働法と労働問題 第35回■ (公財)国際労働財団(JILAF)の取り組み (公財)国際労働財団 鈴木宏二

■イギリス労働法研究会 第31回■ イギリス労働法のWorker概念(2・完) 北九州市立大学准教授 石田信平

■労働法の立法学 第52回■ 健康保険の労働法政策 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎

■判例研究■ 家庭生活上の不利益を伴う転勤と配転命令権の濫用 一般財団法人あんしん財団事件・東京地判平成30年2月26日労判1177号29頁 弁護士 千野博之

医師の労働時間該当性と連続勤務における割増賃金規制の範囲 医療法人社団E会(産科医・時間外労働)事件・東京地判平成29年6月30日労判1166号23頁 北海学園大学大学院 池田佑介

■キャリア法学への誘い 第15回■ 労働施策推進法の意味 法政大学名誉教授 諏訪康雄

■重要労働判例解説■ 指定管理者制度導入に伴う病院職員に対する分限免職処分 西条市(市立周桑病院)事件(高松高判平成28年8月26日労判1163号53頁) 全国市長会 戸谷雅治

全社員販売・WEB学習時間の労働時間性 西日本電信電話ほか事件(大阪高判平成22年11月19日労経速2327号13頁) 社会保険労務士 北岡大介

このうち、わたくしの「健康保険の労働法政策」は、次のような内容です。一見トリビアな話ばかりに見えるかも知れませんが、結構一つ一つが重要な論点です。

はじめに
1 被用者健康保険制度の成立
(1) 健康保険法制定の背景
(2) 健康保険法の内容
(3) 健康保険組合
2 健康保険法の改正とその他の被用者健康保険制度の制定改廃
(1) 制定当時の強制被保険者
(2) 制定当時の任意包括被保険者と強制被保険者の拡大
(3) 職員健康保険法
(4) 船員保険
(5) 1939年健康保険法改正(家族給付の導入)
(6) 1942年健康保険法改正
3 国民健康保険法
(1) 国民健康保険法の制定
(2) 新国民健康保険法
4 被用者健康保険制度の戦後の展開
(1) 労災保険の分離
(2) 健康保険の適用対象
5 日雇労働者健康保険と一人親方
(1) 日雇労働者健康保険制度の創設
(2) 一人親方への日雇健保擬制適用
(3) 擬制適用の廃止と建設国保
6 短時間労働者への非適用問題
(1) 1956年通達
(2) 1980年内翰
(3) 1980年内翰の背景
(4) 被扶養者の範囲
(5) 非正規労働者への適用拡大
(6) 非正規労働者への適用拡大第2弾
(7) 非正規労働者への適用拡大第3弾?
7 法人代表者の扱いと健康保険法と労災保険法の間隙
(1) 「間隙」の誕生
(2) 労災保険の特別加入
(3) 2003年通達
(4) 2013年改正
(5) 健康保険法上の労働者概念

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

経済同友会の「Japan 2.0」

いやまあ、インダストリー4.0とか、ソサエティ5.0とかいうのをいつも目にしていると、ジャパン2.0って、えらく控えめな感じがしますが、さにあらず。総論部分は大変飛ばしてます。

https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2018/181211a.html

https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/uploads/docs/fa762c713fc890b38fcf18c427566f9aa9922165.pdf

Japan 2.0 最適化社会の設計-モノからコト、そしてココロへ-

どれだけ飛ばしているかは是非リンク先をご自分でお読みいただければ、と。

その問題意識のいくつかは共有する面もありますが、議論が滑っているところが気になるとなかなか素直に頭に入ってきません。

「モノ」から「コト」へ、という話をするのに、こういうフランス現代思想がやらかしそうな議論をわざわざ展開する必要があったんだろうか、とか。

・・・今後、リアルとバーチャルの融合、相互作用により、既存の産業構造の変革が進むと共に新たな産業の創出が期待される。このリアルとバーチャルの関係性は、量子力学の重要な特性である光の粒子と波動の二重性になぞらえて考えることができる。

リアルとバーチャルの関係性は数学的に複素空間で表現するとz=a+bⅰとなる。「重さのある経済」は、モノや物質のa(atom)、重さのない経済はコト・情報のb(bit)、複素数ⅰはinternet のⅰとすれば、経済のリアルとバーチャルの関係性を簡潔に表現できる。これは、一般的に言われるサイバー・フィジカル・システム(CPS)20と同意である。・・・

Doyukai

正直、アラン・ソーカルあたりに批評してもらいたい感がありますね。

一方、具体的な政策論を労働問題についてみていくと、

①労働法制改革の継続

・裁量労働制の対象を拡大する。

・解雇無効時における金銭解決制度を導入し、補償金の算定方法や水準を具体的に法定する。

・自立型プロ、高度フリーランサー等の雇用を前提としない就労形態と働き方を支える権利保護を整備する。

②多様な働き方の選択肢の増加

・多様な正社員制度の導入・活用、働く場所や時間のフレキシビリティの向上(テレワークの推進、一律的管理からの脱却)を推進する。

・個人の専門性を多様な場で活かし、組織の枠を越えて技能や人脈を培うために、企業などにおける兼業・副業の禁止規定の緩和とガイドライン策定を推進する。

③雇用流動化の仕掛けづくり

(a)メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への段階的移行

・企業は、時代に合わなくなった雇用慣行の打破に向けて、「新卒・既卒ワンプール/通年採用」の定着、一律的な定年退職制度の見直し、市場価値ベースの人事制度の構築などに取り組む。

・退職金税制について、廃止も含めた今後の方向性を検討する。

(b)デジタル化(AI 化)に対応した労働移動の支援

・労使による支援や、企業単位ではなく特定の職業・スキルを軸に就労を可能にする仕組みを検討する。

・キャリア変更(再就職支援)にかかる費用を、労働者、国、企業等が共同でファイナンスする仕組みを検討する。

④外国人材受け入れのための戦略的で開かれた制度の創設・運営

・中長期視点に立った外国人労働者受け入れに関する方針、包括的政策の策定、および政策実行の司令塔的役割を果たす組織の強化を行う。

・受け入れ対象の業種・職種、および受け入れる人材の質と規模について、客観的な分析・判定を行う仕組みを構築する。

・外国人材の受け入れについて実効性のある監理を行うために、送り出し国における選考、受け入れから帰国支援までのプロセスに国(政府)が直接関与する仕組みや、外国人材を雇用する企業を管理する仕組みを検討する。

・家族帯同への対応も含めた、外国人材受け入れの環境整備の拡充を図る。

・外国人が多く集住する地域の地方自治体に、日本語教育支援等、社会統合政策の強化に必要な予算を配分する。

まず最初に、④の外国人労働者の話は、少なくとも改正入管法が成立した現時点ではもっともまともな提言なので、是非考慮されるべきだと思います。

しかしその前は、あれだけ壮大な話をぶち上げる必要があったのかよく分からないような毎度おなじみの話ですね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

ソーシャル・ヨーロッパにピケティ登場

Piketty_bio本ブログで時々紹介がてら抄訳している「ソーシャル・ヨーロッパ」に、日本でも有名になったピケティが登場しています。曰く:「欧州民主化宣言」(Manifesto For The Democratization Of Europe)。おぅおぅ、マニフェストだってさ。

https://www.socialeurope.eu/manifesto-for-the-democratization-of-europe

さすがにピケティなので、いちいち訳さなくてもリンク先の英語を一生懸命読もうとしてくれるでしょう、ということで、今回は抄訳はなし。

Manifesto for the democratization of Europe

We, European citizens, from different backgrounds and countries, are today launching this appeal for the in-depth transformation of the European institutions and policies. This Manifesto contains concrete proposals, in particular a project for a Democratization Treaty and a Budget Project which can be adopted and applied as it stands by the countries who so wish, with no single country being able to block those who want to advance. It can be signed on-line (www.tdem.eu) by all European citizens who identify with it. It can be amended and improved by any political movement.・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

国際自動車労供事件

水谷研次さんの「シジフォス」で、国際自動車労供事件の東京都労委命令が取り上げられていて、

https://53317837.at.webry.info/201812/article_8.html(国際タクシー労協事業での不当労働行為が断罪)

その都労委命令がこちらですが、

http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2018/12/10/03.html

話の中身は、私が一昨年に東大の労働判例研究会で評釈したものとほぼ同じですね。

これは『ジュリスト』には載せなかったのですが、理路自体はこの通りだといまでも思っているので、関係者の参考までにお蔵出ししておきます。

http://hamachan.on.coocan.jp/rohan161007.html

労働判例研究会                             2016/10/07                                    濱口桂一郎

 

国際自動車事件(東京地判平成27年1月29日)

(労働経済判例速報2241号9頁)

 

Ⅰ 事実

1 当事者

・原告X:Yに雇用されてタクシー運転手として勤務し、平成25年1月17日に64歳の定年を迎えた労働者。

・被告Y:タクシーによる一般旅客自動車運送事業を業とする株式会社。なお、Xを採用時は国際自動車という同一商号の別会社で、平成21年4月に会社分割により旧ケイエムタクシーにタクシー事業が承継されるとともに国際自動車に商号変更され、これが現在の国際自動車である。紛らわしい上に判旨に関係ないので、本評釈では法人格にかかわらず全てYで通す。

 

2 事案の経過

・平成17年、XはYに雇用され、タクシー乗務員の業務に従事。

・YにはU1という多数組合、U2という少数組合、U3という新設組合(平成22年11月結成)がある。Xは入社時はU1に加入したが、その後U2に加入し、そこでU3の結成に関与し、その委員長を務めた。なおU3の上部団体がU3’である。

・Yは従前、就業規則25条2項の定めに基づき、嘱託という形式で定年後再雇用を行っていたが、平成10年下記U1との合意で凍結され、以後同項に基づく嘱託職員としてタクシー乗務員を雇用する運用はしていない。

・Yは平成10年、定年に達したタクシー乗務員について労働者供給事業を利用する形を採用することとし、同年9月U1と労働者供給に関する基本契約を締結した。平成18年2月にはU2とも同様の基本契約を締結した。いずれも労働協約ではない。

・定年の近づいた乗務員は所属組合で登録され、Yによる選定の上、定年後は組合からの供給労働者として業務に従事する。

・平成24年11月頃、XはYから、U3は労働者供給事業の許可を有する労働組合に所属していないので定年後雇用できないとの回答を受け、U3’は平成25年3月1日付けで労働者供給事業の許可を得た。

・平成25年1月7日、U3’とU3はYに対してU1、U2と同様の労働者供給に関する労働協約の締結とそれに基づくXの再雇用を求めたが、1月11日Yは拒否した。1月13日再度要求したが、1月17日再度拒否した。

・Xは平成25年1月17日に定年に達してまもなくU3の組合員資格を喪失した。

・U3は平成26年6月1日付けで労働者供給事業の許可を得たが、YとU3の間に労働者供給に関する基本契約は締結されていない。

・Xは「定年後もYによる雇用が継続するとの労使慣行、又は黙示の合意の成立、若しくは合理的な雇用継続に対する期待があるにもかかわらず合理的な理由なく再雇用を拒否されたこと、のいずれかの事情の下、Yに再雇用されていると主張し」、主位的に労働契約上の地位確認、予備的に再雇用拒否を不法行為として損害賠償を請求して提訴した。

 

Ⅱ 判旨

1 定年後乗務員を再雇用する労使慣行の有無

(上記労働者供給事業を利用する枠組みを採用していたことから)「Yが、定年後の雇用継続を希望する乗務員を原則として再度雇用するという取扱いを行っていたとの事実を認めることはできない。したがってXのこの点に関する主張は、慣行と評価すべき事実自体が存在せず、前提を欠くものとして理由がない。」

2 Xを再雇用するとの黙示の合意の有無

「Yにおいて、定年後乗務員のうち、希望した者は特別な事情のない限り、再雇用されることが長期間にわたり反復継続して行われていたとの事実が認められないことは、前記2(本評釈Ⅱ1)で判示したとおりであり、Xの前記主張は前提を欠くものである。」

3 解雇権濫用法理の類推適用の可否

「定年退職後の再雇用は、それまでの雇用契約とは別個の新たな契約の締結に外ならない。すなわち、使用者は労働者を再度雇用するか否かを任意に決めることができ、新たな雇用契約の内容については、労働者及び使用者双方の合意(申込み及び承諾)が必要であり、労働者において、新たな雇用契約が締結されるはずであるとの期待を有して契約の締結を申し込んだとしても、使用者において、当該期待に応ずるべき義務が生ずる基礎がなく、それゆえ、申込みに対する承諾なくして労働者と使用者間に新たな雇用契約が締結したというべき法的な根拠はない。」

「Yにおいては、事実上、定年後の乗務員の再雇用は労働者供給事業によるとの運用が確立しており、就業規則25条2項に基づく再度の雇用など、労働者供給事業以外の枠組みによる再雇用は、XがYに入社した時点では既に行われていなかった・・・ところ、Xも、遅くとも平成24年11月上旬の時点では、Yからの回答により、このことを認識していた・・・上、Xが定年に達した時点では、Xの所属組合であるU3及びU3’のいずれも、Yとの間で労働者供給に関する基本契約の締結に至らず、かつ、労働者供給事業の許可も取得していなかった・・・ことを踏まえると、Xの期待が、Yにおける具体的な状況に照らして合理的なものであったとはいえない。」

4 YのXに対する不法行為の成否及び損害額

「本件は、定年退職後の新たな雇用契約の締結(雇入れ)の問題であるところ、雇入れの拒否は、それが従前の雇用契約関係における不利益な取扱いにほかならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合に当たるなどの特段の事情がない限り、労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いには当たらないと解するのが相当である(=JR北海道・JR貨物採用差別事件最高裁判決)。」

「Yの運用・・・に照らせば、YがU3及びその上部団体であるU3’のいずれとも労働者供給に関する基本契約を締結しない場合、U3に所属するYの乗務員は、就業規則25条2項の規定にかかわらず、事実上、Yに再度雇用される可能性がないことは、Xの指摘するとおりである。しかし、U3’がYとの間で労働者供給に関する基本契約を締結し、これに基づき所属組合員であるXの再雇用を実現するには、前提として、労働者供給事業の許可を取得していることが必要であるところ、U3’が当該許可を取得したのは、Xが定年に達し、Yを退職した後の平成25年3月1日・・・である。したがって、Xの定年退職時における再雇用の問題に限っていえば、Yが両労働組合と労働者供給に関する基本契約を締結しなかった結果、Xの再雇用がなされなかったという関係にはない。」

「Yが、U3’との間で労働者供給に関する基本契約を締結しなかったことについては、U3’はいわゆる一般労組であるため、仮にU3’と労働者供給に関する基本契約を締結した場合、いかなる組合員が労働者供給を申し込むことになるのか、Yにおいて把握できなかったことから、上部団体又は外部組合とは契約の締結ができない旨回答しており・・・、Yの対応として無理からぬ面があるともいいうるところ、X本人の供述によれば、U3’は、この点に関してYに格別説明を行っていないことがうかがわれる。以上の経過に照らせば、Yが、U3’からの労働者供給に応じなかったことには、相応の理由があったものといえ、Xに対する不利益取扱い・・・に当たるとまではいえない。」

「また、Xは、定年退職後まもなくU3の組合員資格を喪失している・・・ので、その後の出来事である、YがU3からの基本契約の締結の申込みに応じていないことを、Xに対する不当労働行為として問題にする余地はない。」

 

Ⅲ 評釈 

1 本件労供事業による再雇用制度の高年齢者雇用確保措置該当性

 本件においてX側は、「定年後もYによる雇用が継続するとの労使慣行、又は黙示の合意の成立、若しくは合理的な雇用継続に対する期待があるにもかかわらず合理的な理由なく再雇用を拒否されたこと、のいずれかの事情の下、Yに再雇用されていると主張したため、判旨はそのそれぞれに対して否定的な結論を導いている。しかしながら、本件は64歳定年後の再雇用が問題となっており、高齢法9条の高年齢者雇用確保措置の義務づけの対象に含まれる以上、その点を全く論じないで結論を導いている本件判決には問題がある。なお高齢法平成24年改正は平成25年4月1日に施行されているので、本件定年退職はその直前の平成25年1月17日であり、同改正前の規定、すなわち労使協定により対象者選定基準を定めることができるという規定が適用される。

 その意味で、X側が主張しなかったからとはいえ、判決が漫然と「定年退職後の再雇用は、それまでの雇用契約とは別個の新たな契約の締結に外ならない。すなわち、使用者は労働者を再度雇用するか否かを任意に決めることができ」るなどと論じているのは、既に定年後再雇用に係る判決が多数蓄積されている状況下ではいささか問題がある。

 同規定それ自体は直接私法的効力を有さない公法上の規定であるとしても、同規定に基づく継続雇用制度を導入していれば当該制度の効果として再雇用の可否が論じうる。本件においては、労働組合による労働者供給事業を通じた再雇用という特殊な形態をとっているが、それが高齢法9条の高年齢者雇用確保措置に該当するのであれば、当然当該労供制度の合理的解釈によって問題を決すべきである。もし、当該労供制度が高齢法9条の高年齢者雇用確保措置に該当しないというのであれば、就業規則25条2項による再雇用が「XがYに入社した時点では既に行われていなかった」と認定している以上、高齢法9条違反ということになる。そのことが直ちにXの地位を左右するものではないとしても、もしその旨が公式に認定されれば、同法10条の勧告、公表等の対象となりうる状態であることが明らかになるはずであるから、X側がこの論点を全く主張しなかったことは不思議である。仮に当該労供制度ではなく就業規則25条2項の存在だけで高齢法9条の公法上の義務は果たしているという解釈をとるのであれば、今度は当該就業規則の私法上の効力として「XがYに入社した時点では既に行われていなかった」との認定でその適用を排除することは困難であろう。本判決でも、労供事業による再雇用が制度として確立しているから当該就業規則の適用を否定しているのであり、そうすると結局、労供事業による再雇用が高齢法9条の高年齢者雇用確保措置に当たるからということに帰着する。

 実際、本件労供事業による再雇用は、①Yから定年が近づいた乗務員に定年到達日を通知、②当該乗務員が雇用継続を求めた場合は所属組合で労供登録、③登録の通知を受けてYは乗務員に健康診断を受けさせ、定年後雇用するか否かを決定し、所属組合に供給申込、④Yと当該所属組合は当該乗務員の供給契約を締結、⑤Yは当該乗務員と労働契約を締結、という手続になっており、形式上は高齢法9条の雇用確保措置を満たしている。しかしながら、所属組合による労供事業という迂回路を挟むことで、再雇用を求める労働者の希望が制度的に排除されるようになっているとすれば、それが法の趣旨に沿ったものであるかどうかを論ずる必要がある。その際、継続雇用制度の導入を義務づける高齢法の趣旨と、労供事業を労働組合のみに認めた職業安定法の趣旨と、当該事業の主体である労働組合に関する労働組合法の趣旨を総合的に考える必要があろう。

2 平成24年改正前継続雇用制度としての法適合性

 上述のように、本件定年退職は平成25年1月17日であり、平成24年改正前の継続雇用制度の規定、すなわち労使協定により対象者選定基準を定めることができるという規定が適用される。本件労供事業による再雇用制度はこの規定に適合していると言えるであろうか。両者の間にはいくつものずれがある。そもそも高齢法上の労使協定は過半数組合又は過半数代表者が締結するものであり、これに該当する組合はU1のみである。また、高齢法が認めているのは対象者選定基準を定めることのみであって、上記①~⑤の手続がこれに適合しているかどうかは微妙である。

 しかしながら一方で、定年後再雇用の可否を労働者の集団的意思にかからしめる仕組みという意味ではその趣旨に反するものとは言えないし、そもそも労働者の集団的意思の代表性という点で、法が認める過半数代表者との労使協定よりも多数少数にかかわらず労働組合との合意の方が高く評価されるべきともいいうる。仮に本件労供事業による再雇用制度が平成24年改正前高齢法に適合しないことを理由に高年齢者雇用確保措置に該当しないとすると、Yは高齢法違反の状態にあるか、又は就業規則25条2項による再雇用制度が高年齢者雇用確保措置に該当すると解さざるを得ず、現実に大多数の定年退職者が労供事業による再雇用制度で再雇用されている実態と乖離することになり、適当とは思われない。従って、法の想定する制度とはずれがあることを認めつつ、高齢法の高年齢者雇用確保措置として認めた上で、それが労働組合による労働者供給事業という職業安定法上特に認められた制度として適切であるかどうかを検討し、仮に不適切な部分があれば、当該部分に限って修正する形で解釈することが適当であろうと思われる。

3 労働組合による労供事業としての法適合性

 本件定年退職時点でU1及びU2の両組合は労働者供給事業の許可を得、Yと基本契約を締結して労働者供給事業を行っていたのであるし、その後U3’及びU3も労働者供給事業の許可を得ていることからすると、少なくとも取締法規としての観点からはこれら労働組合による労働者供給事業は職業安定法に適合するものと認められていると言ってよい。

 ただし、少なくともU1及びU2の現に行っている労働者供給事業は、もっぱらYの定年退職者のみを登録し、Yにのみ供給するというビジネスモデルであり、同法が本来想定する労働者供給事業とはかなりずれがあると思われる。労働者供給事業業務取扱要領では、「過去に労働者供給事業が果たしていた労働力需給調整機能を民主的な方法によって発揮できる」と述べており、労働力需給調整機能があることが前提であるが、Yの内部労働市場に閉ざされた労供事業において労働力需給調整機能がどれだけあるか疑問である。

 なお、同様に労働力需給調整機能を期待されて認められている労働者派遣事業においては、法制定以来企業グループ内に派遣会社を設立して特定企業の退職者を登録し、当該企業に派遣するというビジネスモデルがかなり広がっていたため、平成24年改正によっていわゆるグループ企業内派遣の8割規制(23条の2)及び離職後1年以内の派遣禁止(35条の5)が設けられている。

 職業安定法上にはかかる規制は存在しないので、U1及びU2の労働者供給事業は職業安定法に適合するものといってよいが、そのビジネスモデルのみが適正なものであるということはできない。本件においては、Xの定年退職時点でU3’及びU3は労働者供給事業の許可を得ていなかったので仮想的な議論になるが、仮にこれら組合がその時点で許可を得ていた場合に、Yが「U3’はいわゆる一般労組であるため、仮にU3’と労働者供給に関する基本契約を締結した場合、いかなる組合員が労働者供給を申し込むことになるのか、Yにおいて把握できなかったことから、上部団体又は外部組合とは契約の締結ができない旨」を主張したとすれば、それは職業安定法、労働者派遣法を通じる労働力需給調整機能のための法制度全体の趣旨に反するものといわざるを得ず、少なくとも本件判決が漫然と「Yの対応として無理からぬ面がある」などと述べるのは、労働市場法制に対する理解の欠如を示している。労働者派遣法であれば規制されるビジネスモデルが労働者供給事業では特に規制なく認められているというだけであって、それ以外のビジネスモデルを排除する論拠となるものではなく、むしろそれ以外のビジネスモデルこそが職業安定法の本来想定するモデルであるというべきである。

 もっとも、本件においてはU3’及びU3の労働者供給事業許可の取得もXその他のU3所属のY定年退職者のYへの供給を目指したものであるので、この趣旨論はそれとも内在的には反するものがあるといえるが、少なくとも上記理由によってYが基本契約締結を拒否したことについては問題があることを指摘する根拠とはなり得るであろう。そして、そうだとすると、このYによる基本契約締結拒否はU3に所属する労働者を再雇用しないことを目的とした行為であり、労働組合への所属を理由とした不利益取扱いあるいは支配介入として不当労働行為に該当するのではないかという論点が提起されうる。

 以下U3’又はU3がXの定年退職時に労供事業の許可を得ていたにもかかわらずYが基本契約の締結を拒否したと反実仮想した上で検討する。

4 労働者供給事業と不当労働行為該当性

 U3’ないしU3もU1及びU2と同様に労働者供給事業の許可を得ていたとするならば、YがU3’ないしU3との間で労働者供給事業の基本契約の締結を拒否することは、U3に所属する労働者に対する不利益取扱いあるいは支配介入として不当労働行為に該当するのではないか、というのがここでの論点である。

 国・中央労働委員会(近畿生コン)事件(東京地判平成21年9月14日*1)では、原告企業が「労働組合の労働者供給事業は、純然たる事業活動で取引行為であるから、企業や他の労働組合と対等、平等に経済的原理に従って行うことが予定されており、労働組合法で保護される組合活動には当たら」ず、「純然たる取引行為に関して、原告がどの労働組合と労働者供給に関する契約を締結しようが、特定の労働組合との労働者供給活動を停止しようが、労働組合法7条3号の「支配介入」が問題となる余地はな」く、「労働者供給事業は、労働組合法の対象外であり、使用者がどの労働組合に供給を依頼するかは経営判断だから併存組合平等扱いの範疇外であり、組合間での異なった取扱いから不当労働行為意思を推認することはできない」との主張を退け、「原告は、補助参加人弱体化の意思をもって、補助参加人と連帯労組との間で、労働者供給事業における差別的な取扱いを行ったことが強く推認される」として「労働組合法7条3号の支配介入に該当する」と認定している。

 本件とは若干状況が異なるとはいえ、まさに労働組合の労働者供給事業に係る不当労働行為事件についての先行裁判例があるにも関わらず、それを一切顧みることなく、国会の制定した国鉄改革法によってJR各社への採用方式が定められていた特殊な事案であるJR関係事案の最高裁判決のみを引用して、漫然と「雇入れの拒否は・・・特段の事情がない限り、労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いには当たらない」と論ずるのは、いささか突っ込み不足のそしりを免れないと思われる。

5 本件への当てはめ(反実仮想)

 まず、引き続きU3’又はU3がXの定年退職時に労供事業の許可を得ていたにもかかわらずYが基本契約の締結を拒否したと反実仮想した上で、あるべき議論の組立を考える。4で論じたように、かかる契約締結拒否行為はU3に対する不当労働行為を構成すると考えられるが、しかしながらだからといってYとU3’ないしU3との間で労供事業の基本契約が締結されていない以上、U3’ないしU3からXがYに供給されたものとみなすことはできない。この場合、2で高齢法の高年齢者雇用確保措置として認めつつも、不適切な部分があれば、当該部分に限って修正する形で解釈すべきとした考え方に立脚して、次のように考えることが適当と思われる。

 すなわち、Yの高年齢者雇用確保措置としては、U1及びU2についてはその労供事業による再雇用制度をそれに該当するものと認めつつ、U3’ないしU3についてはYの不当労働行為によって労供事業による再雇用制度が高年齢者雇用確保措置としては認められず、その結果、労供事業による再雇用制度が十全に機能していれば活用する必要のない就業規則25条2項による再雇用制度が現存する高年齢者雇用確保措置として起動されることとなり、同規定に基づき再雇用されたものとして地位確認を求めることができると考えられる。

 この段階に立ち至って初めて、本件でYが繰り返し主張しているXの勤務状況の問題点(本評釈では省略)が論点になり、YがXを再雇用しなかったことの合理性が争われることになる。なお、本判決は直接論点ではないにもかかわらず、黙示の合意の有無のところでXの勤務態度に言及しているが、判決で認定されているXの勤務態度は必ずしも良好と言えるものではなく、それに基づいて再雇用を拒否することもありうるようなものであったとはいえよう。

6 非労供組合組合員の再雇用可能性

 ここまではU3’ないしU3もU1及びU2と同様にXの定年退職時に労働者供給事業の許可を得ていたとする反実仮想に基づく議論であるが、実際にはU3’ないしU3はXの定年退職時に労働者供給事業の許可を得ていなかったのであり、そうである以上その時点でYがU3’から求められた労供事業に関する労働協約を締結することはできないといわざるを得ず、その後U3’やU3が許可を得たときにはXはU3の組合員資格を失っていたのであるから、Xに関する限り上述のような理路で地位確認を求めることはできないし、損害賠償を求めることもできないといわざるを得ないであろうか。

 これは、Xがいずれの組合にも属さない非組合員であり、そのため労供事業を通じた再雇用の道が閉ざされているとした場合において、再雇用される権利が認められるかという問題とほぼ同次元に位置する。X側はこれを労使慣行、黙示の合意、雇用継続への期待といった茫漠たる一般論でのみ主張したため一蹴されてしまったが、上記1で述べたように本件再雇用が高齢法9条の高年齢者雇用確保措置の義務づけの対象に含まれる以上、その観点からの緻密な議論が必要である。

 1で論じたように、本件労供事業による再雇用制度は高齢法の想定する高年齢者雇用確保措置とはずれがある。制度設計として最も重大な問題は、労供事業を行う労働組合に加入している労働者でなければ、そもそも再雇用を求めることができないという仕組みになっている点である。このような特定範疇の労働者の再雇用対象からの一括排除は、平成24年改正後の継続雇用制度に反することは言うまでもない。その場合、Yの有する再雇用に関する諸制度全体として高齢法の趣旨に沿うように解釈されるべきこととなり、U1との労供事業による再雇用の合意とともに「凍結」された状態にある就業規則25条2項の規定により直接再雇用されたものとして地位確認を請求することができるものと解すべきであろう。この状況は、ちょうどユニオンショップ協定に基づく非組合員又は当該ユシ協定組合以外の組合の組合員の解雇の是非の議論とパラレルな面がある。

 本件定年退職は平成25年1月17日であり、平成24年改正以前の継続雇用制度が適用されるが、本件におけるような非組合員又は労供事業組合以外の組合の組合員の包括的な再雇用制度対象からの排除は、当時の労使協定による対象者限定基準を満たすであろうか。当時の施行通達(平成16年11月4日職高発第1104001号)は、「ただし、労使で十分に協議の上、定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとするなど本改正の趣旨や、他の労働関連法規に反する又は公序良俗に反するものは認められない」と述べ、「適切ではないと考えられる例」として「組合活動に従事していない者(不当労働行為に該当)」が挙げられている。本件は正確にはこれとは状況が異なるが、特定の組合への所属如何が継続雇用の対象となりうるか否かに直結しているという点で見れば、当時の労使協定による対象者限定基準としても許容範囲を超えていると言わざるを得ないであろう。

 かように考えると、実際にはU3’ないしU3がXの定年退職時に労働者供給事業の許可を得ていなかったため本件再雇用がされなかったという状況下においても、Xについては労供事業による再雇用制度が高年齢者雇用確保措置としては認められず、その結果、労供事業による再雇用制度が十全に機能していれば活用する必要のない就業規則25条2項による再雇用制度が現存する高年齢者雇用確保措置として起動されることとなり、同規定に基づき再雇用されたものとして地位確認を求めることができると考えられる。

*1http://web.churoi.go.jp/han/pdf/h10255.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

旧商法の辞職規定

退職代行業などというおかしなビジネスが横行する今日、いまから120年近く前に作られた旧商法のこの規定が復活したらいいんじゃないかという気もしてきます。

商法(明治23年法律第32号)

第1編 商ノ通則

第5章 代務人及ヒ商業使用人

第64条 商業主人カ商業使用人ニ相当ノ給料ヲ与ヘス又ハ之ニ違法若クハ不善ノ業務ヲ命シ又ハ其身体ノ安全、健康若クハ名誉ヲ害シ若クハ害セントスル取扱ヲ為ストキハ使用人ハ何時ニテモ辞任スルコトヲ得

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

国立国会図書館『EUにおける外国人労働者をめぐる現状と課題』

Ndl国立国会図書館の調査及び立法考査局より『EUにおける外国人労働者をめぐる現状と課題―ドイツを中心に― 平成29年度国際政策セミナー報告書』をお送りいただきました。

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11192835_po_201811.pdf?contentNo=1

国会図書館が今年2月、ちょうど安倍総理が経済財政諮問会議で外国人材の受入を宣言した直後に開いた国際政策セミナーの基調講演とコメント、パネルディスカッションを収録したものです。

基調講演者はオスナブリュック大学のアルブレヒト・ウェーバー博士で、コメンテーターは広渡清吾、中坂恵美子の両氏です。

中村民雄氏の司会でパネルディスカッションがされていて、そこでウェーバー氏の議論を広渡さんがかみ砕いて日本人の聴衆向けにこう説明しているのが重要です。

「移民政策ではない」という建前で外国人材を導入することの帰結がわかりやすく語られています。

<広渡教授>
 私もドイツの外国人法の制度と政策をかなりフォローしてこれまでやってきたのですけれども、元々ドイツの外国人受入政策の基本は、先ほどヴェーバー先生がおっしゃいましたように、「ドイツは移民国ではない」ということ、つまりアメリカやオーストラリア、ニュージーランドといった古典的な「移民を受け入れて成り立っている国」ではないのである、というのが大前提だったのですね。ですから、ゲストとして受け入れるけれども、それ以上のものではない、お客さんはいつか帰るものである、そういう前提でやってきた。
 ところが先ほどヴェーバー先生がおっしゃったように、これは理論とか制度とかの問題ではなく、人間がやってきたら、その人たちが生活の本拠としてその国に住み着くわけですから、これはドイツがどんな法原理を持っていたとしても、彼らがここを生活の本拠にして、もう出身国には帰れないという現実を受け止めるしかない。そこから、ドイツの外国人労働者問題、こういうテーマについての議論を始めなければいけないということになったのが2010 年前後で、「転換があった」とヴェーバー先生は先ほどおっしゃいました。
 ですから、移民は法的定義の問題ではないと盛んにずっとおっしゃっているわけですね。これは現実だと。ドイツの歴史的な現実を受け止めた「考え」なんですね。入国の時にはもちろん、ドイツの場合は制度として滞在許可をもらって入国するわけです。滞在許可を与えるところではきちんと要件が厳格に定められているので、もちろん誰でも入ってくるというわけではない。ひとたび滞在許可を得てドイツで滞在するようになれば、合法的に滞在許可を得て一定期間生活をしていると、永住許可をもらう権利ができるというシステムになっているので、先ほど先生がおっしゃった「入った時から移民だ」というのはそういうことなんですね。ですから途中で帰らせることができるという形で受け入れるということは、これはドイツが遭遇した歴史的リアリティから外れてしまう。このリアリティから外れないということになるまで、実に様々な議論があった。ドイツは1950 年代の半ばからずっと積極的に外国人労働者を受け入れて、そしてドイツの戦後の高度経済成長は、この外国人労働者の貢献なしには成り立たなかったということをドイツ人自身が認めた。つまりドイツの経済成長は、外国の人たちがやってきて助けてくれたおかげなんだ、ということも含めて、これが歴史認識になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

同一労働同一賃金を掲げて均等・均衡処遇を売る@WEB労政時報

WEB労政時報に「同一労働同一賃金を掲げて均等・均衡処遇を売る」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=816

今年6月に働き方改革推進法が成立し、その大きな柱である「同一労働同一賃金」に係る具体的な省令や指針が、去る11月27日の労働政策審議会で了承されました。国会提出直前の修正により、施行は大企業が2020年4月、中小企業は2021年4月と後ろ倒しになっていますが、今後施行までの間に賃金制度の見直しを迫られる企業の人事担当者にとっては、長い苦闘の日々となりそうです。
 さて、今回の働き方改革は徹頭徹尾官邸主導で行われました。そのことの評価は立場によってさまざまであり得ますし、また事項によっても評価は分かれる可能性があります。中でも、やや不完全な形とは言え、これまで実現できなかった時間外労働に法律上の絶対上限を設定することが実現に至ったことは、官邸主導で強い政治的圧力がかかる中で立法政策が進行したことがその大きな要因であることは間違いないでしょう。それに対して「同一労働同一賃金」の方は、官邸主導でなければ「同一労働同一賃金」などという政策スローガンが国の最優先課題に祭り上げられなかったであろうことは間違いないですが、・・・・・

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

『生活経済政策』263号

Img_month『生活経済政策』263号をお送りいただきました。特集は「職場における性的マイノリティの権利保障」なのですが、私にとって大変興味深かったのは住沢博樹さんの「立憲主義と社会的保護のグローバル秩序のために — 西欧社会民主主義の21世紀の存在意義」でした。

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/

明日への視角

  • シビックテックと政治家の役割/辻由希

特集 職場における性的マイノリティの権利保障

  • はじめに—身近な職場の問題として考えるために/杉浦浩美
  • 職場におけるLGBT/SOGIと人権 ― 国際社会が求めていること —/谷口洋幸
  • 連合の性的指向・性自認(SOGI)に関する取り組みと職場の実態/佐藤太郎

論文

  • 立憲主義と社会的保護のグローバル秩序のために — 西欧社会民主主義の21世紀の存在意義/住沢博紀

連載 地域づくりと社会保障[6]

  • 学生と地域づくりと社会保障/森周子

書評

  • 中野晃一著『私物化される国家―支配と服従の日本政治』/石澤香哉子

本ブログでもときどき「ソーシャル・ヨーロッパ」の記事を紹介していますが、住沢さんはヨーロッパの社会民主主義がなぜこれほどまでに落ちぶれてしまったのかを幾つもの論考を引きながら論じています。

「進歩主義の21世紀との不幸な遭遇」という見出しが意味深ですが、こういう話が展開されていきます。

・・・社民政党からの本来の支持者であるブルーカラー労働者の離反を、以下のように説明する。ギデンスの提言の根底には、それまでの「不平等の克服」という社会民主主義の基本的目標を、「すべての人を包摂する、包摂としての平等」という概念に転換したことにあるという。その現実的な帰結として、労働市場と教育への公平な機会均等が最大の政策課題となり、結果として市民社会民主主義に陥ったとする。つまり平等とは、もはや分配の平等ではなく、労働市場に参入できる機会の平等となり、労働市場がグローバル化や情報化により、高度な資格や専門性を要求される現在、自律した高学歴な労働者と、より未熟練で起業規律に従う、あるいは失業にさらされる労働者への二極化を招いたとされる。・・・

・・・それまでの分配をめぐる闘争は、女性イシュー、環境、マイノリティなど、現在の「リベラル」といわれる政策ユニットとなり、それまで穏健なリベラルと穏健な権威主義(労働者階級)の両者を代表していたアメリカ民主党は、「金融資本主義と反権威主義的な個人の解放の聖ならざる同盟」という、進歩的ネオリベラルに到達したという。・・・

・・・彼の結論は驚くべきもので、ブレアの労働党がブルーカラー労働者を政治社会から排除したというものである。・・・

住沢さんはこうした議論を紹介した上で、「これからの社民政党の独自性とは、・・・Democracy with Right and Social Protectionということになるだろう」というのですが、その中身こそが問題なのです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

「見えざる」低賃金カルテルの源泉

なんだかまたも低賃金カルテルの話題が一部で盛り上がっているそうです。

いうまでもなく、労働組合とは市場に任せていたら低くなりすぎてしまう賃金を団結の力で人為的に高くするための高賃金カルテルであり、そうはさせじとそれを抑える使用者団体がこれまた団結の力で人為的に賃金を低くするための低賃金カルテルであることは、(純粋経済学の教科書の世界ではなく)現実の産業社会の歴史から浮かび上がってくる厳然たる事実ですから、そもそも低賃金カルテルが経済学理論上どうとかこうとかというのは筋がずれている。経済学の教科書からすればアノマリーかもしれないが、現実の産業社会ではそれがノーマルな姿であったのですから。

問題は、今現在どこにも「こいつらにこれ以上高い賃金を支払わないようにしようぜ」と主張したり運動したり組織したりする連中が見当たらないのに、結果的にみんなあたかも低賃金カルテルを結んでいるかの如く賃金が上がらないのはなぜかという話であって、それを直接的に労働者に賃金を支払っている企業の経営者の心理構造に求めるのか、彼らが財サービス市場で直面する消費者という名の人々の行動様式によってもたらされているものなのか、もしそうならその原因はどこにあるのか、というようなことこそが実は重要なポイントであろうと思われます。

現在の日本では労働組合の力が弱体化してほとんど高賃金カルテルの役割が消え失せているため、わかりにくいのでしょうが、その現代日本でいまなお高賃金カルテルと低賃金カルテルが正面から目に見える形でぶつかり合っている世界があります。数少ないジョブ型労働市場において医療という労務を提供する人々の報酬を最大化しようとする医師会と、その報酬の原資を支払っており、それゆえその報酬をできる限り引き下げようとする健保連が、中医協という場で三者構成の団体交渉する世界です。個々の診療行為ごとにその価格付けをするという意味において、個々のジョブの価格付けをする欧米の団体交渉とよく似ており、逆にこみこみの「べあ」をめぐる特殊日本的労使交渉とは全く違います。

私の子供時代には、診療報酬の引き上げを求めて医師会が全国一斉にストライキ(保険医総辞退)なんてことすらありました。それくらい医師会という高賃金カルテルが強かったわけです。

面白いのは、他の分野では高賃金カルテルとして使用者側と対立しているはずの労働組合が、こと医療分野に関してはお金を出す側、医療という労務の供給を受ける側として、使用者団体と一緒に低賃金カルテルの一翼になっていることです。連合と経団連は足並みをそろえて「こいつら(医師)にこれ以上高い報酬を払わないようにしようぜ」と何十年も言い続けてきました。

私が思うに、この労働者側が(自分の属さない他の産業分野に対しては)低賃金カルテル的感覚で行動するという現象が、医療分野だけではなく他の公共サービス分野にも、さらには非公共的サービス分野にもじわじわと拡大していったことが、この「見えざる」低賃金カルテル現象の一番源泉にある事態だったのではないか。

もちろんその背後には、労働組合という高賃金カルテルが組織しやすかった製造業が縮小し、サービス経済化が進んだということがあるわけですが、普通の労働者が金を受け取ってサービスを提供する側、つまり高賃金カルテルになじみやすい感覚よりも、金を払ってサービスを受ける側、つまり低賃金カルテルになじみやすい感覚にどんどん近づいて行ったことは間違いないのではないかと思います。

(追記)

若干言葉が足りないところを補っておきます。

上記で、医師を「数少ないジョブ型労働市場において医療という労務を提供する人々」と呼んだことに、少なからぬ人が違和感を感じたかも知れません。社会階級論的に言えば、医師は弁護士と並んで最上級知識権力を享受する人々であり、実際所得階層的に見ても金持ちがいっぱいいるじゃないか、と。まさにその通りですが、しかしその高所得の源泉がその提供する「医療という労務」であり、金のあるなしを一切捨象した労務提供側か金銭提供側かという二分法で言えば労務提供者側として市場に立ち現れる人々であるという一点において、労働組合に団結して高賃金カルテルを遂行する労働者たちと何の違いもありません。

その最上級労働貴族層の高賃金カルテルを、普通の労働組合に組織される中間層的労働者たちが、より親近感を感じているのであろう使用者側と一緒になって、低賃金カルテル的に叩くという行動様式は、上か下かという階層論的にはよく理解できるとはいえ、労務提供側の高賃金カルテル叩きを当の労務提供側がやるという皮肉であったことも確かです。

この労務提供側の高賃金カルテルを、自分も別の市場では労務提供側であるはずの人々がそこではサービスを受ける側として叩きに走るというパターンが、限りなく低賃金層まで対象を下げてきたのが、いまの姿ではないのかというのが、上記だらだらした議論の言いたいことでした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

«「許されない!」と宣言する法律