経労委報告2017

411sllhiybl__sx352_bo1204203200_経団連から『2017年版経営労働政策特別委員会報告』が発表されました。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/002.html

例によって、リンク先には目次しかなく、中身は買わないと読めません。

世間の関心はなんといっても第3章の「2017年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」でしょうが、こちらにはいろんな方が突っ込むと思うので、ここではそれ以外のところについて。

今年の経労委報告でなんといっても目を引くのは、第1章が「企業の成長につながる働き方・休み方改革」で、しかもその冒頭トップバッターとして、「経営トップのリーダーシップによる長時間労働是正」が掲げられていることでしょう。

あんまり引用すると販売妨害になりかねないのですが、とにかく冒頭のパラグラフが、

我が国ではこれまで、長時間労働を前提とした業務分担や働き方が当たり前のように行われ、残業の多い社員を評価する風潮さえあった。しかし、ワーク・ライフ・バランスを重視する傾向の高まりなど、就労ニーズが大きく変化していることに加え、・・・長時間労働を前提とした慣行の変革は待ったなしの状況にある。・・・

と、強く言いきっているのは、これはこれとして評価すべきでありましょう。

ただ、とはいえ、第2章の「雇用・労働における政策的な課題」の冒頭の「労働時間制度改革の推進」では、長時間労働を是正しなければいけないとはいうものの、そう簡単に規制強化されても困りますという本音もちゃんと出ていて、経営団体としての立場の難しさがよくわかります。

・・・現在の36協定(特別条項付含む)は、実質的には無制限に残業ができる枠組となっており、そのあり方を検討する必要がある。

といいつつ、

ただし、見直しに当たっては、労働者保護を念頭に置きながら、顧客や消費者からの突発的な要望に対応するために長時間労働となっている業種が多いほか、・・・など十分に実態を踏まえることが欠かせない。

と釘を刺していますし、とりわけインターバル規制には警戒的で、

・・・欧州では11時間のインターバル規制が導入されているが、小ロット・短納期、急な仕様変更への対応など、商慣行やサービスのあり方が日本と大きく異なるため、我が国での義務化は現実的でない。

と、火消しにやっきです。

ここで言っていることは現実論としてはその通りなのですが、そういう商慣行やサービスのあり方を前提にし続けていると、第1章の冒頭で言っているようにいくら一企業内だけで「経営トップのリーダーシップによる長時間労働是正」を試みても、「そうはいってもお客様が・・・」でなかなか進まないと云う事になりかねません。

ここのところこそ、一企業レベルではいかんともし難いことだからこそ、経団連がそういう商慣行やサービスのあり方を全社会的に見直していこうと言える分野でもあるように思います。

まあ、経団連が「お客様は神様をやめよう」なんていいだすと、なに言ってんだと炎上したりするかも知れませんが。

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労働者と聖職の間

稲葉さんと金子さんの掛け合いですが、

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/820933350000996352

「日教組が労働運動の本旨を忘れて政治闘争にかまけたことが悪い」という声が大きいが、そこにはそれ相応の事情もあったはずである。「聖職者論」の悪を言うのはたやすいが、日教組は労働組合であると同時に職能集団としての性格を持っていたことの意味は小さくない。

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/820933575239290881

また公共部門のウェイトが大きい以上、「政治闘争」のウェイトが高くなることには相応の理由がある。問題はいかなる「政治闘争」だったのかということで、そのレベルでの批判はありうるが、「政治闘争だからいかん」とは言えないだろう。

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/820933692323307521

要するに「他者の合理性」を考えないとということです。

https://twitter.com/ryojikaneko/status/820934995900407808

聖職者論を言い出したのは自民党で、日教組はそれに反撥して労働者だと言って、それを見て、共産党が聖職者だと言ってたんだと思うけど。

なかなか一筋縄ではいかない問題ですが、問題意識が昨今大きな問題になっている学校教師の異常な長時間労働に発していることは確かです。

公的部門の労働組合が「政治」による解決を求めがちになるというのは確かですが(典型が国鉄)、教師の聖職者論というのはそれとは筋が異なり、やはり「センセイ」と呼ばれる職業のある種のプロフェッショナリズムの現れであることは確かでしょう。

その意味では、労働組合という形をとることも(無意識的に)拒否してきた勤務医たちの(往々にして自発的な)長時間労働ともつながるものがあります。

ただややこしいのは、それが戦後日本的政治配置状況と奇妙な歪みを伴った連結をしてしまっていることでしょう。

日教組が(労働組合としては当然の主張としての)労働者としての権利を主張したときに、自民党と共産党が左右両側から教師聖職者論を持ち出して叩いたというのも、それが国民の耳に心地よく響くというだけではなく、プロフェッショナルとしての教師たちの耳にもそれが心地よく聞こえるものであるという事実があったからでしょうし。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5もちろん、『働く女子の運命』で紹介したように、日教組婦人部は働く母親たる女教師の権利確立のために、「女子教育職員の産前産後の休暇中における学校教育の正常な実施の確保に関する法律」(1955年)や「義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律」(1975年)といった』議員立法の制定に向けて、言葉の正確な意味における労働組合としての政治活動を行い、実現させています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-cdda.html(日教組婦人部の偉大な実績)

「労働運動の本旨を忘れて政治闘争にかまけた」という言い方が(少なくともそういう単純な言い方においては)偏頗である所以でもあります。

こういう複雑に絡み合った問題を解きほぐすためには、もう少しいろいろな側面に目をやる必要がありそうです。

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日本型雇用システム論と小池理論の評価(前編)

WEB労政時報の連載「HRWatcher」に、「日本型雇用システム論と小池理論の評価(前編)」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=616

日本型雇用システムについての議論では、ほぼ必ず小池和男氏(現・法政大学名誉教授)の理論が道しるべとして用いられます。しかし、世間の人々が小池理論を理解している理解の仕方は、実は必ずしも小池氏が一貫して説き続けてきていることとは異なるのではないか、むしろその理論的方向性においては逆向きに理解されてきているのではないか――という風に、私は感じるようになっています。「理論的」方向性とは、政治的とか社会的な方向性、いわゆるイデオロギー的な傾きのことではありません。実を言えば、そういう方面からの批判や称賛は山のようにありますが、そういう類いの議論はすべて、小池理論の「理論」たる根幹のところを取り違えてしまっているのではないか、取り違えて褒めたり貶(けな)したりしてしまっているのではないか、という疑問です。

 今回は、前後編の2回にわたって、上述した疑問を、小池氏の著作の文言そのものを正確に把握することを通じて確認してみたいと思います。・・・・

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ILO条約批准の意味

今朝の東京新聞の1面左側に「労働環境整備のILO189条約 日本批准わずか49 OECD平均以下」という記事が載っていますが、

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201701/CK2017011602000115.html

世界各国の労働者の待遇改善を目指す国際労働機関(ILO)が、労働環境整備の国際的なルールとして定めた条約(ILO条約)のうち、日本は四分の一しか批准していないことが分かった。批准した条約は国内で拘束力を持ち、国内法の整備を求められる。批准が進まないことで、先進国で定着している国際標準の労働法制の整備が遅れ、長時間労働がはびこる要因になっている。・・・

よくあるミスリードなんですが、部分的には正しい話もあるので、注意深く取り扱わなければならない典型的なトピックです。

で、無知だった自分がにわか勉強して初めて「わかった」ことを、平然と記事の中で一般論的に「わかった」なんて書いちゃう記者がうかつにこの問題を取り扱うとこうなってしまうという部分から。

まずもって、ILO加盟国のうち、真面目に国内法で担保できる条約だけを批准しようなんて殊勝な心がけをしている国は一部に限られています。

記事に載っているILO最優先8条約のうち、日本が批准していないのは強制労働条約と差別禁止条約ですが、後者は包括的差別禁止法制の欠如のゆえなので真面目な議論の対象になりますが、前者については、これは懲役刑の存在がネックになっているのです。公務員のスト権を禁止し、その違反に懲役刑を科していることが、条約違反になりうる可能性があるという、まことに法制局的厳密さでもって批准していないので、私などからすると、そんなことで批准しない悪評判の方がよっぽど問題じゃないかと思うのですが、まあそれくらい日本国政府のリーガリズムは極端に厳格だということです。

で、一方、この強制労働条約をどんな国が批准しているかというリストが、ILOのホームページに載っていますが、

http://www.ilo.org/dyn/normlex/en/f?p=1000:11300:0::NO:11300:P11300_INSTRUMENT_ID:312250

アルファベット順でいうと、アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アンゴラから始まり、ベネズエラ、イエメン、ザンビア、ジンバブエに至るまことに人権を尊重する諸国がそろいもそろってこの条約を批准しているんですね。

すごいですね、日本はこれら諸国よりも強制労働を容認する人権抑圧国であるようです。

ILO条約を批准しているかいないかというのは、まあこういう類のはなし「でも」あるので、あんまりにわか勉強で「わかった」つもりになると危ない面があります。

というだけで終わると、これまた話が一方的になってしまうのが、この問題の難しいところであり、取扱いに注意しなければならないところです。

少なくとも先進国との比較では、どれくらい批准しているかいないかというのはそれなりの意味があり、とりわけ現下の政策課題として重要性を増している労働時間関係の諸条約についていうと、

 「労働時間」に関する条約は現在十八が有効だが、日本は一つも批准していない。十八条約には、工業労働者の労働時間を一日八時間、週四十八時間と定めたり、労働時間を週四十時間に短縮することを掲げるなど、労働時間規制の国際的な基本ルールとされてきたものが含まれる。

という記述は、かなり重要な問題に触れています。これは私も結構あちこちで喋ったり書いたりしているので、ご存じの方も多いと思いますが、もちろん日本国の労働基準法は原則となる法定労働時間はゆうゆうILO基準をクリアしています。ではなぜ批准できないかというと、記事にもあるようにごくごくふつうの労働者について、時間外労働の上限規制がない、つまり青天井であるためで、まあこれも日本国政府の厳格さのゆえではあるのですが、逆に日本の労働時間規制の問題点、何が欠落しているのかをくっきりと浮かび上がらせてくれるところでもあります。

その意味で、この記事の後半はまことに適切な記事になっているのです。こういう両面をきちんと理解してILOの問題を取り上げるというのは、なかなか難しいことかもしれません。

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土田道夫『労働契約法 第2版』

L14486 土田道夫さんの大著『労働契約法 第2版』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641144866?top_bookshelfspine

労働契約という視点から労働法に切り込み,労働契約をめぐる法全般を理論的に描き出す,最高水準の体系書。緻密な筆致により,「労と使」という特別な契約関係を規律するルールの神髄に迫る。8年ぶりの全面改訂。

労働法のテキストブックは最近はどれもこれもどんどん分厚くなる一方ですが、その中でも、労働契約法だけで1000ページ近いという破格の教科書。

2年おきの小幅改定がややルールになりつつあるかに見える中で、8年ぶりの全面改訂という、これまた孤高の道を行く土田労働契約法です。

第1章 労働契約法の基本的考え方

第2章 労働契約における権利義務

第3章 労働契約の成立

第4章 労働契約の展開──賃金

第5章 労働契約の展開──労働時間・休日・休暇

第6章 労働契約の展開──人事

第7章 労働契約の展開──企業秩序と懲戒

第8章 労働契約の展開──労働者の健康と安全

第9章 労働契約の変動

第10章 労働契約の終了

第11章 女性労働者の労働契約

第12章 非典型労働者の労働契約

第13章 国際的労働契約法

第14章 労働契約紛争処理法

これだけで1000ページですよ。

現下の諸状況の中で本書を手に取る人は、やはり第12章の最後のコラム「同一労働同一賃金」でいかなる辛辣なコメントが書かれているかに関心を持たれることでしょう。はい、面白いです。どう面白いかは、是非本書を手にとって確認してください。

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東京経営者協会『ぱとろなとうきょう』冬季号に講演録

Event_6459_1484195651_1 東京経営者協会の季刊誌『ぱとろなとうきょう』の冬季号にわたくしの講演録が載っております。

http://www.tokyokeikyo.jp/cgi-bin/user/event_contents.cgi?cnt=1&category=activity

●クローズアップ

同一労働同一賃金を学ぶ  戦後日本の賃金制度の変遷

濱口 桂一郎 (独法)労働政策研究・研修機構 主席統括研究員

昨年10月5日に講演した内容です。ちなみに、2回目は海老原嗣生さんがされたそうです。

1.戦前・戦中の賃金制度と生活給思想の誕生

2.電産型賃金体系の成立と生活給への批判

3.職務給を唱道した経営側と政府

4.労働側の職務給への対応

5.「能力主義管理」の登場

6.定年延長と賃金制度改革

7.男女均等政策

8.中高年のリストラ

9.成果主義の流行と迷走

10.非正規労働の国政課題化

11.同一労働同一賃金の政策課題化

12.これからの見通し

東京経営者協会とは、かつての関東経営者協会で、終戦直後の日本で初めて作られた経営者団体です。これが母体になって全国団体としての日経連が結成されたのですから、まさに経営者団体の原点とも言うべき団体なんですね。日経連は経団連に統合されてしまいましたが、東京経協は経営者団体として維持されています。

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日経新聞が1面トップで勤務間インターバル

なかなか感無量ですよ、私としては。

本日の日経新聞の1面トップが「インターバル制 導入機運 ユニ・チャームや三井住友信託 退社→出社に一定時間確保」と大々的に記事にしています。

http://www.nikkei.com/article/DGKKASDZ11HRL_R10C17A1MM8000/?n_cid=TPRN0001

従業員が退社してから翌日の出社まで一定時間を空ける制度を導入する企業が増えている。KDDIなどに次ぎ、三井住友信託銀行が昨年12月から導入したほか、ユニ・チャームやいなげやも今年から採用する。制度が義務化されている欧州に比べ、日本での取り組みは遅れている。長時間労働の是正が経営の重要課題になるなか、政府も同制度の普及を後押しする考えで、今後追随する企業が増えそうだ。

昨年末に同一労働同一賃金のガイドライン(案)が提示されたことで、当面働き方改革実現会議の焦点は長時間労働の是正になると思われますが、その一つのメニューとして、この休息時間制度、いわゆる勤務間インターバル制度が着実に地歩を拡大しつつあるようです。

改めて振り返ってみれば、例のホワイトカラーエグゼンプションで世間が大騒ぎしていたときに、残業代の問題と物理的労働時間の問題は分けて考えるべきで、労働法規制として真に重要なのは後者だと、ほとんど孤立状態で私が主張していたのがちょうど10年前でした。

http://hamachan.on.coocan.jp/sekaiexemption.html(「ホワイトカラーエグゼンプションの虚構と真実」 『世界』2007年3月号)

・・・「労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者」であっても、健康確保のために、睡眠不足に由来する疲労の蓄積を防止しなければならず、そのために在社時間や拘束時間はきちんと規制されなければならない。この大原則から出発して、どのような制度の在り方が考えられるだろうか。

 実は、日本経団連が2005年6月に発表した「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」では、「労働時間の概念を、賃金計算の基礎となる時間と健康確保のための在社時間や拘束時間とで分けて考えることが、ホワイトカラーに真に適した労働時間制度を構築するための第一歩」と述べ、「労働者の健康確保の面からは、睡眠不足に由来する疲労の蓄積を防止するなどの観点から、在社時間や拘束時間を基準として適切な措置を講ずることとしてもさほど大きな問題はない」と、明確に在社時間・拘束時間規制を提起している。

 私は、在社時間や拘束時間の上限という形よりも、それ以外の時間、すなわち会社に拘束されていない時間--休息期間の下限を定める方がよりその目的にそぐうと考える。上述の2005年労働安全衛生法改正のもとになった検討会の議事録においては、和田攻座長から、6時間以上睡眠をとった場合は、医学的には脳・心臓疾患のリスクはほとんどないが、5時間未満だと脳・心臓疾患の増加が医学的に証明されているという説明がなされている。毎日6時間以上睡眠時間がとれるようにするためには、それに最低限の日常生活に必要不可欠な数時間をプラスした一定時間の休息期間を確保することが最低ラインというべきであろう。

 この点で参考になるのが、EUの労働時間指令である。この指令はEU加盟各国で法律となり、すべての企業と労働者を拘束している。EUでは、労働時間法政策は労働安全衛生法政策の一環として位置づけられており、それゆえに同指令も日、週及び年ごとの休息期間を定めるとともに、深夜業に一定の規制を行っているが、賃金に関しては一切介入していない。つまり時間外手当がいくら払われるべきか、あるいはそもそも払われるべきか否かも含めて、EUはなんら規制をしていないのである。労働者の生命や健康と関わる実体的労働時間は一切規制しないくせに、ゼニカネに関することだけはしっかり規制するアメリカとは実に対照的である。各国レベルで見ても、時間外手当の規制は労働協約でなされているのが普通であり、法律の規定があっても労働協約で異なる扱いをすることができるようになっている。たとえばドイツでも、1994年の新労働時間法までは法律で時間外労働に対する割増賃金の規定があったが、同改正で廃止されている。

 EUの労働時間指令において最も重要な概念は「休息期間」という概念である。そこでは、労働者は24時間ごとに少なくとも継続11時間の休息期間をとる権利を有する。通常は拘束時間の上限は13時間ということになるが、仮に仕事が大変忙しくてある日は夜中の2時まで働いたとすれば、その翌朝は早くても午後1時に出勤ということになる。睡眠時間や心身を休める時間を確保することが重要なのである。

 これはホワイトカラーエグゼンプションの対象となる管理職の手前の人だけの話ではない。これまで労働時間規制が適用除外されてきた管理職も含めて、休息期間を確保することが現在の労働時間法政策の最も重要な課題であるはずである。これに加えて、週休の確保と、一定日数以上の連続休暇の確保、この3つの「休」の確保によって、ホワイトカラーエグゼンプションは正当性のある制度として実施することができるであろう。

10年一昔と言いますが、10年前には土俵上で論じている人々の誰の口にもほとんど上らなかったインターバル制度が、日経新聞が1面トップで取り上げるところまできたのだな、という、まあただの感想です。

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2017年のキーワード「働き方改革」@『先見労務管理』2017年1月10日号 

Senken『先見労務管理』2017年1月10日号に2017年のキーワード「働き方改革」を寄稿しました。

http://senken.chosakai.ne.jp/

この新年のキーワードも4年目になります。今年もキーワードは5つで、私の執筆した「働き方改革」のほか、外井浩志さんが「兼業・副業」、浅見隆行さんが「テレワーク」、金子雅臣さんが「マタハラ」、水川浩之さんが「改正労働者派遣法」をそれぞれ解説しています。

わたくしの「働き方改革」は、与えられたテーマが一番広くて、どうしようかと思ったのですが、他のテーマと重ならないよう、長時間労働の是正の問題に絞って論じました。

1 はじめに

2 最近の国政レベルの動き

3 厚生労働省における動き

4 労働時間規制改革の迷走

5 今後の展望

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俺はね、五人潰して役員になったんだよ

51286t0bjvl__sx300_bo1204203200_松崎一葉『クラッシャー上司-平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

自分の出世のために、次々に部下をつぶしていく人の精神構造と対処法を、数多くの実例に接した精神科の産業医がやさしく解説。

クラッシャー・ジョウじゃなくって、クラッシャー上司です。

著者の松崎さんは数少ない産業精神医学の専門家。いじめ、パワハラが大きな問題となり、電通第二事件が世情を賑わしている今日、是非多くの人々に読まれるべき本です。

とともに、そこに描かれているいくつもの実例を読む進むにつれ、圧倒的に多くの組織人たちは、「あっ、これ、我が社にもあるある」という思いを何回もするでしょう。そう、「多くの会社、組織のメンタルヘルスを見てきたものの経験値として、一部上場企業の役員のうち数人は「クラッシャー上司」がいる、ということはできるだろう」と著者は述べています。

彼らクラッシャー上司たちは一種の発達障害なのですが、仕事ができて上司の覚えが良いものだから、そのまますいすいと出世していき、社内の被害者を生み出し続けるというわけです。

(追記)編集担当のオバタカズユキさんのおっしゃるように、松崎さんはクラッシャー上司が全て発達障害だとは言っていません。1件その例が出てきますが、それで上記のように表現するのはミスリーディングでした

https://twitter.com/obatakazu1

「はしがき」のこの一節は、そういう会社の生理を余すところなく物語っています。

・・・様々な組織でメンタルヘルス不全の治療・予防システムに取り組んでいた私たちは、とある大手の広告代理店に招かれた。

ふむ、大手広告代理店と言えば日本に二社しかないはずですが。

その会社の経営幹部が言うには、働き過ぎで心を病む社員の問題に悩んでいるとのこと。そこで抜本的解決策をともに考えてもらいたいと、産業精神医学を専門とする私たちが呼ばれたのである。

ところが、対策チームを組んで同社に赴くと、ちっとも歓迎されている感じがしない。声をかけてくれた経営幹部以外の、お偉いさん方の顔つきが険しいのだ。話がまったく生産的な方向に向かわず、それどころか常務からこんなことを言われてしまった。

「メンタルヘルスなんてやめてくれよ」

にわかに意味がとれないでいると、常務は続けてこういった。

「俺はね、五人潰して役員になったんだよ」

そして、私たちはこう告げられた。

「先生方にメンタルヘルスがどうの、ワークライフバランスがどうのなんてやられると、うちの競争力が落ちるんだ。会社のためにならない。帰ってくれ」

社員のメンタルを潰して役員に成り上がった常務が、こう嘯くのが日本を代表する広告代理店だったわけですね。

こういう実例が繰り返し描かれるのが第1章、彼らの精神構造を「未熟なデキル奴」として分析してみせるのが第2章。そしてクラッシャーを生み出す日本の会社のあり方として、メンバーシップ型雇用を提示して、ある種の社会学的分析をしているのが第3章です。

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社会的で民主的な欧州?

Hbsjan172ドイツのハンス・ベックラー財団が「社会的で民主的な欧州?」というワーキングペーパーをアップしています。

http://www.boeckler.de/pdf/p_wsi_wp_207.pdf

Everywhere in Europe, support for the European integration process de-creases. More and more Europeans associate the European Union with the dismantling of social and democratic rights. Fundamental social rights clash with the market-liberal single market law, the key institutions of the Europe-an social model are undermined. What are the causes for this develop-ment? Which changes are necessary to achieve a more social and demo-cratic Europe? This article reconsiders the concept of Social Democracy and suggests using it as a blueprint for a fundamental change of course of the European integration process. Starting point is the finding that the insti-tutional architecture of the European multi-level system creates a systemat-ic imbalance between liberalization and social regulation. On the basis of this problem analysis, I identify three policy fields that are of central im-portance for creating a social and democratic Europe: an “open” constitu-tion for Europe, social minimum standards and the recuperation of the fiscal capacities of the political system.

欧州の至る所で、欧州統合への支持は減退しつつある。ますます多くの欧州人が、欧州連合を社会的民主的権利の剥奪と同視している。基本的社会権は市場自由主義的単一市場法と衝突し、欧州社会モデルの基本構造は掘り崩されている。何がこの事態の原因なのか?より社会的で民主的な欧州を達成するにはいかなる変化が必要なのか?本稿は、社会民主主義の概念を再考し、欧州統合過程の抜本的方向転換の青写真として使うことを示唆したい。出発点は欧州の多次元的制度構造が自由化と社会規制のアンバランスを生み出していることの確認である。この問題分析の上に立って、私は社会的で民主的な欧州を作り出すために枢要な三つの政策分野を提示したい。すなわち、欧州の「オープンな」憲法、社会的最低水準、そして政治システムの財政的能力の回復である。

EUがほとんどネオリベの巣窟とみなされ、「社会的で民主的」なものを求める欧州各国民の声なき声が、国民戦線や英国独立党やそういった右派ポピュリズムに吸い寄せられていく現状に対する危機感がにじみ出ている文書です。

ただ、ではそこで提示されている「抜本的」なEU改革がどれほど可能なのかを考えると、実はそっちの方が夢物語に近いのですね。市場の自由化を憲法レベルから引きずり下ろして普通の法律レベルにし、代わりに社会的権利を明記せよ、と。でも、後者だけでもと作ったEU憲法条約は、まさに前者に対する国民的怒りの標的にあってあえなく潰えたわけです。

通貨統合、金融統合ばかりが進行し、人々の生活を守るべき財政能力が置いてけぼりを喰らっている、いや確かにそうだけど、それに一番抵抗するのは(ネオリベと共に)国レベルからその最後のパワーが奪われることを嫌がるナショナルなレベルの「社会的」感覚でもあるわけで。

(ドイツ労働総同盟のシンクタンクである)ベックラー財団のようなEU統合を支持する左派としては、EUレベルのリベラルとソーシャルのバランスが偏っているから、前者を減らして後者を強化しようという話になるんだけれど、そういうEU支持を共有しないナショナルな左派からすると、それ自体が国家レベルの社会的砦を突き崩そうとする陰謀に見えてしまう。

そして、EUレベルに頑強に築かれた市場統合のためのメカニズムは、そう簡単に削り取られはしないわけで。本書自体が、なぜそういうEU統合支持の左派が支持を得られないかを問わず語りに示している感もあります。

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高年齢者の定義

こういう記事があったんですが、

https://this.kiji.is/189619709448701428 (高齢者は75歳以上、学会が提言)

高齢問題の研究者らでつくる日本老年学会などは5日、現在は65歳以上とされている「高齢者」の定義を75歳以上に見直し、前期高齢者の65~74歳は「准高齢者」として社会の支え手と捉え直すよう求める提言を発表した。・・・高齢者の定義見直しは、65歳以上を「支えられる側」として設計されている社会保障や雇用制度の在り方に関する議論にも影響を与えそうだ。

これ自体へのコメントは省略しますが、主として念頭に置かれている社会保障ではない方のもう一方の分野-雇用分野では、これとは全然違う高年齢者の定義が法令上に厳然と存在しているんですね、これが。

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和四十六年五月二十五日法律第六十八号)

(定義)

第二条  この法律において「高年齢者」とは、厚生労働省令で定める年齢以上の者をいう。

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律施行規則(昭和四十六年九月八日労働省令第二十四号)

(高年齢者の年齢)

第一条  高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 (昭和四十六年法律第六十八号。以下「法」という。)第二条第一項 の厚生労働省令で定める年齢は、五十五歳とする。

なんと、未だに、雇用政策における高年齢者の定義は、(60歳ですらなく)55歳のままなんですね。

55歳定年前の磯野波平よりも年上になってしまったわたくしも、現行法令上立派な高年齢者であります。

ちなみに、おなじ高年齢者等の雇用の安定等に関する法律施行規則の次の条文は、

(中高年齢者の年齢)

第二条  法第二条第二項第一号 の厚生労働省令で定める年齢は、四十五歳とする。

45歳を超えたら中高年齢者です。そうですね、タレントで言えば福山雅治とか立派な中高年です。

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そんなに「近代」が嫌いなら・・・

8134f1c9_s今朝の朝日の1面左側のでかい記事に、例の『日本会議』の菅野完さんが噛み付いていますが、これは完全に同意。

http://www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html(経済成長は永遠なのか 「この200年、むしろ例外」)

https://twitter.com/noiehoie/status/816430449266343936

しかし今日の朝日は酷いな。購読辞めたろかなと思うほど酷い。・・・「経済成長はえいえんなのか?」とかいう記事は酷すぎる。「朝日的なものが経済成長に懐疑的であること」の社会的罪悪を完全に理解してない。最低だよこれ。

https://twitter.com/noiehoie/status/816430986594422785

朝日の論説委員・原真人氏の記事らしいのだが、「経済成長してないとはいえない」として挙げられる事例が、「ミシュランの三つ星が増え、宅急便で遠隔地の生鮮食品が手に入り、温水便座トイレが普及」とか、ポエムになっとる。こんなこと言ってるからダメなんだよ

https://twitter.com/noiehoie/status/816432253496459264

「経済成長は、弱者救済の最低条件」と言い切れない連中は、目を噛んで死ねばいいと思う

https://twitter.com/noiehoie/status/816495245386924032

今朝の朝日の記事に腹立ててる人多いなやっぱり。「朝日が経済成長に懐疑的になる」ことは、社会的な害悪なのよ。怖いぐらいの罪。

https://twitter.com/noiehoie/status/816496731386806272

「経済成長してるこの二百年がむしろ例外なのだ」と朝日はいう。当たり前だ。その二百年こそが、近代であり、資本主義であり、産業革命の結果なんだから。なにをいうとるのか。朝日の記者は、義務教育の間、なにを勉強してたんだ?

https://twitter.com/noiehoie/status/816497107238416384

そりゃね、「近代なるものを懐疑的に検証する」って行為は必要でしょう。しかしそれは新聞のやる仕事でもないし、ましてや論説でやる仕事じゃない。馬鹿なんではないかな、あれ書いた論説委員も通した編集も。

https://twitter.com/noiehoie/status/816498469791633408

つまり朝日は「近代なる概念は人類の歴史の例外なのだ」というとるわけ。当然の話として、「ほななにかえ?お前は、近代以前に戻れというとるのかえ?」なり「なるほど。亜近代を目指せと。つまりファシズム?」って嫌味は言いたくなるわな。本当になんだあのクソ論説は。

https://twitter.com/noiehoie/status/816504115312234496

朝日の使命というか、社会的に求められる期待というか、役割は、「低成長をみんなで受け入れよう」と呼びかけることではなく、「賃金上げろ!労働環境改善しろ!」と訴えることだろう。そして、賃上げ、労働環境改善、財政出動こそが、成長に繋がるんだ。他の国にできて、日本にできんことないだろう。

ある種のリベラルな左派の議論に定期的に出現するこの手の思想ほど、始末に負えないものはない、というのが私の感想。

本ブログでも、(申し訳ないけれど)連合総研の機関誌の特集をつかまえて、こう批判させていただいたこともある。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-1e75.html(労働組合は成長を拒否できるのか?)

・・・正直言って、労働者の労働者としての利益を追い求めるために存在するはずの労働組合のシンクタンクが、こういう(あえてきつい言い方をしますが)腹ふくれ満ち足りたブルジョワの息子の手すさびみたいな議論をもてあそんでいて良いのでしょうか、という根本的な疑問が湧いてくるのを禁じ得ません。特に最初の二つ。

心のビッグバンだの、精神革命だの、いやそういう議論がそれなりの場でなされるのは大いに結構だし、そういうのが大好きな人々がいることもわかる。でもね、それって、日本の労働組合のナショナルセンターのシンクタンクの機関誌でやるべき事なんだろうか。

本当に今の日本の労働者、とりわけ労働組合に組織されることもなく使用者の私的権力にさらされて、低い労働条件を何とかしたいと思っている労働者に呼びかける言葉が、「希望としての定常型社会」なんですか。

そして、見果てぬ夢を夢見る夢想家ではない現場で何とか生きていこうとしている労働者たちに送る処方箋が「金利と利潤のない経済の構想」なんですか。

壮大な議論は私も嫌いじゃないし、リアルな議論とつなげる道もないわけじゃないと思う。でもね、これじゃ接ぎ穂がなさすぎる。

何というか、そのあまりの落差に言葉を一瞬失う感が半端ないのですが。

菅野さんは「ポエム」で片付けていますが、も少しきつく言えば「腹ふくれ満ち足りたブルジョワの息子の手すさびみたいな議論」であり、マリー・アントワネットもびっくりという奴です。

もっとも、一言だけ付け加えさせていただくと、日本の「左派」が世界の常識に反してやたらに成長を敵視するには、それなりの日本独特の文脈から来る理由があるのだという説明も本ブログで併せてしていますので、興味があればついでにお読み頂ければ幸いです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-8159.html(何で日本の左派なひとは「成長」が嫌いか)

ジョブ型社会では、経済成長すると、「ジョブ」が増える。「ジョブ」が増えると、その「ジョブ」につける人が増える。失業者は減る。一方で、景気がいいからといって、「ジョブ」の中身は変わらない。残業や休日出勤じゃなく、どんどん人を増やして対応するんだから、働く側にとってはいいことだけで、悪いことじゃない。

だから、本ブログでも百万回繰り返してきたように、欧米では成長は左派、社民派、労働運動の側の旗印。

メンバーシップ型社会では、景気が良くなっても「作業」は増えるけれど、「ジョブ」は増えるとは限らない。とりわけ非正規は増やすけれど、正社員は増やすよりも残業で対応する傾向が強いので、働く側にとってはいいこととばかりは限らない。

とりわけ雇用さえあればどんなに劣悪でもいいという人じゃなく、労働条件に関心を持つ人であればあるほど、成長に飛びつかなくなる。

も一つ、エコノミック系の頭の人は「成長」といえば経済成長以外の概念は頭の中に全くないけれど、日本の職場の現実では、「成長」って言葉は、「もっと成長するために仕事を頑張るんだ!!!」というハードワーク推奨の文脈で使われることが圧倒的に多い。それが特に昨今はブラックな職場でやりがい搾取するために使われる。そういう社会学的現実が見えない経済学教科書頭で「成長」を振り回すと、そいつはブラック企業の回し者に見えるんだろうね。

まあ、要すれば文脈と意味内容のずれによるものではあるんだが、とりわけ経済学頭の人にそのずれを認識する回路がないのが一番痛いのかもしれない

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b066.html(決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!)

「1日の平均勤務時間は16時間くらいでしたね。サービス残業はあたりまえで、泊まりもありました。みんなけっこう自分から長時間労働をしているので、おかしいなと思い、『どうしてこんなに働くんですか』って聞いたことがあるんです。そうしたら『決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!』と……。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-5698.html((「成長」をハードワークの同義語として擁護/反発する人々)

本ブログでも何回も指摘しているのですが、なまじまじめに経済学を勉強してしまったありすさんは、世間一般で、とりわけブラックな職場で人をハードワークに追い込むマジックワードとして用いられる「成長」という言葉が、厳密に経済学的な意味における「成長」とは全然違うことにいらだっているわけです。

でもね、その「成長」への反発は、そういう「成長」を振りかざす人々がいるからその自然な反作用として生じているのである以上、お前の用語法は経済学における正しい「成長」概念と違う、といってみても、なかなか通じきれないわけです。

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フィンランドのベーシックインカムについては

一時盛り上がってその後落ち着いていたようですが、またフィンランドのベーシックインカム実験が話題になっているようなので、

http://www.cnn.co.jp/business/35094497.html(ベーシックインカムを試験導入、2千人対象 フィンランド)

北欧フィンランドで今月から2000人を対象に保証収入を支給する制度を試験的に導入する試みが始まった。

今月から始まったプログラムは、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)の実効性をテストする最初の取り組みの1つだ。対象者には収入や資産、雇用状況にかかわらず、毎月一律560ユーロ(約6万8000円)が支給される。・・・

51ogyucv3ol__sx353_bo1204203200_フィンランドのベーシックインカムについては、先日『貧困研究』17号に五石敬路さんが見通しのよい論文を書かれているので、まずはそれにざっと目を通してから何かを語るようにすることをお奨めします。

http://hinkonken.org/?p=1196

フィンランド:ベーシックインカム実験案と社会政策の変化(五石敬路)

フィンランドにおけるベーシックインカム導入のコンテキストは、就労促進と行政サービスのワンストップ化だというのが、恐らく日本でベーシックインカムをもてはやしている人々の想定外でしょう。

労働組合と社会民主党がベーシックインカム導入への最大の反対勢力であるというのも、ものごとの筋道を考えれば当然ではありますが、日本では意外に思われてしまうかも知れません。

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釣り上げられた『若者と労働』

Chuko 「Fish On The Boat」という書評ブログで拙著『若者と労働』が取り上げられました。このブログ、「記事、それはまるで、釣り上げた魚たち」とのことで、拙著も釣り上げられたというわけです。

http://blog.goo.ne.jp/mask555/e/5019531aa11a280596522ee80e59c715

とてもおもしろかったです。

現代の日本の労働状況をときほぐして説明してくれる本でした。

というところから、拙著の内容を大変丁寧に解きほぐしつつ解説していただいています。

そして最後に、

長くなりましたが、中身の濃い良書です。

善良な経営者に読んでもらって、雇い方に着いて見識を深めてほしいです。

ふつうのいろいろなタイプの労働者のひとたちも

読んで知っておくと、

自分の気もちや態度に自信が持てるようになると思います。

社会よ、少しずつ良いほうへ変わってゆけ。

そのきっかけになる可能性を秘めた本です。

とまとめていただいています。

(追記)

なお、ツイート上でも、「ますく555」さんに新年早々

https://twitter.com/Heartacheman/status/815961307040124928

濱口桂一郎『若者と労働』おもしろかった。しりすぼみにならない良書。日本の労働状況をじょうずにときほぐして伝えてくれています。

と評していただいています。

(再追記)

その、「ますく555」さんがブクログにもう少し長い感想を書かれていました。

http://booklog.jp/users/mask555/archives/1/4121504658

とてもおもしろかったです。現代の日本の労働状況をときほぐして説明してくれる本でした。日本の、職業に直結しない教育の度合いというか、卒業して就職へ臨む若いひとたちの「これまでの教育が職業に役立つかどうか」の意識というかは、先進国で最下位だったそうです。義務教育を受けても、それがその後の就職にはつながらないと日本人は考えているし、実際そうなのでした。そんな日本の労働システム。本書では、メンバーシップ型と読んでいます。年功序列だとか、新卒一斉就職だとか、そしてそれらとマッチングした企業内のシステムだとか、特殊なんですね。欧米に限らず、中国を含むアジアの先進国にも、日本のようなメンバーシップ労働システムはないそうです。日本では、仕事のスキルのない新卒者をいっせいに採用して、社内で少しずつ教育して使いものになる労働者に育てていきます。一方で、欧米型では、スキルのない若者は採用されません。欠員がでたときに、その仕事ができる人を公募して、若者にしろ中年にしろそこは構わず、持っているスキルで採用の有無を判断するそうです。その結果、若者たちが就職できないという問題を生みますが、公的な職業教育制度があったりして、その問題に対処しているそうです。もともと「人」を大事にする思想ではじまったメンバーシップ型労働システムなんだそうだけれど、法律など建前としては欧米的なジョブ型労働システムをよしとしているようです。ハローワークでの職探し、職業訓練、などは「仕事」に「人」をはりつけるジョブ型の考え。日本的なのは、「人」に「仕事」をはりつけるメンバーシップ型の考え。そして、いまや学生たちは就活と職探しを別々に考えているらしい。職探しは就活より下とみていて、なんとしても新卒で就職しようと躍起になる。給料もそんなに違わなくて、長い時間かけて取り組んだとしてどこがブラックかもわからなくても、既卒で職探しはしたくないみたいなんですよね。

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低賃金カルテル異聞

Coffeeillustrationbybi009 昨年末からネット上で「低賃金カルテル」なる言葉が流行っていたようですが、あまり口を挟む必要もなさそうな議論が多いようなので静観しておりましたが、そういえばそういう概念って欧米でもあるのだろうかと思って検索してみたら、一昨年の英紙「ザ・ガーディアン」の記事にこういうのがありました。

https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/sep/21/lidl-living-wage-low-pay-cartel-british-business-model (Will Lidl’s living wage smash the UK’s low-pay cartel?)

「リドルの生活賃金はイギリスの低賃金カルテルをたたき壊すか?」

「low-pay cartel」は文字通り「低賃金カルテル」ですね。リドルというスーパーマーケットが時給を8.2ポンド(ロンドンでは9.35ポンド)に引き上げるという決定が、どこもほぼ最低賃金で販売員を雇っているイギリスのスーパーやチェーンレストランをゆるがしていると。

この記事のこの一節は、イギリスのことを叙述しているんですが、なかなか興味深い一節です。

One of the prevailing ideas of our time is that workers need not be paid enough to live on. Of course, few put it so crudely. When asked why they don’t pay staff more, company bosses talk about financial viability or summon up the spectre of 1970s-style inflation. But whatever the euphemism, the net result is the same: more households scraping by on poverty wages and having to depend on the public for top-ups..

我らの時代に広まっている一つの考え方は、労働者にその生計を立てるに十分な賃金を払う必要はないというものだ。もちろん、そこまで露骨にいう人はほとんどいないが。どうして職員にもっと高い給料を払わないのかと聞かれると、企業経営者たちは財務的実行可能性を語り、1970年代のようなインフレの脅威を持ち出す。しかしなんと言いくるめようと、その正味の帰結は同じだ。貧困賃金によって破壊され、補填のために公的扶助に依存する世帯の増加だ。

この記事の時点でイギリスの最低賃金は6.7ポンド(現在は7.2ポンド)だったので、約2割強増しということでしょうか。ただ、この記事ではこのリドル社って、白馬にまたがった王子様みたいですが、実はヨーロッパではこのリドル社って、ブラック企業として有名だったりするんですね。ウィキペディアに邦語の記事もあるのでちょっと引用しますと、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%89%E3%83%AB

ドイツやその他の国の労働組合は繰り返し、就業時間や酷使に関するEU指令に違反したリドルの従業員に対する不利な取り扱いを批判している。Black Book on the Schwarz Retail Companyという本がドイツで発行されており、現在では英語版も入手できる[4]。タイムズは、リドルのマネージャーは会社に就職する際にEU指令から逸脱することを承認させられ、過剰な時間の労働を強いられていると報じている。ガーディアン[5]やタイムズ[6]は、リドルは全従業員、特に女性や時間雇用の従業員に対してカメラを使ったスパイを行っており、個人の行動に関する膨大な文書を作っていると報じている。イタリアでは2003年にサヴォーナの裁判所が、リドルが反労働組合活動を行っていると認め、現地法で有罪としている[7]。イギリスやアイルランドでも、従業員が労働組合に入るのを認めていないとして批判されている。

うううむ、これを見ると、ブラック企業という批判を緩めるために賃金を引き上げたのかという疑問も生じますね。白書ならぬ「黒書」が出てくるくらいですからまさにブラック。低賃金カルテルを壊したのはそれ以上のブラック企業でした、というのはなかなかシュールな構図かも知れません。

ちなみに、法律的に厳密な意味で、いくつかの企業が共謀して賃金を一定額以上にしないようにカルテルを結んでいたことが競争法上のカルテル行為として訴えられたアメリカの事例がありますが、

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/030500800/ (GoogleやAppleなど4社、4億1500万ドルで賃金カルテル訴訟和解)

これは高い給料に歯止めをかけようとするものなので、まさに使用者サイドの「高賃金阻止カルテル」ではありますが、ここでいう「低賃金カルテル」とは別のレベルの話のようです。

(参考)

ちなみに、そもそも労働組合とは賃金カルテルなんだよ、という話をよくわかっていない人に噛んで含めるように解説したのが6年前のこのエントリ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-1383.html (労働組合は賃金カルテルだが・・・)

http://twitter.com/#!/ikedanob/status/80854685522739200

>労働組合は賃金カルテル。ワグナー法までは違法だった

例によって、半分だけ正しいというか、一知半解というか、いやいやそういうことを言ってはいけないのであった。どこが正しいかというと、

1890年のシャーマン反トラスト法が、連邦最高裁によって労働組合にも適用されると判決されたことにより、まさに「労働組合は賃金カルテル」となりました。

これに対し、1914年のクレイトン法が「人間の労働は商品ではない」と規定して、労働組合の行動を反トラスト法の対象から除外したのですが、なお当時の司法はいろいろと解釈して反トラスト法を適用し続けたのです。

それをほぼ全面的に適用除外としたのが1932年のノリス・ラガーディア法で、これを受けて、むしろ積極的に労働組合を保護促進するワグナー法がルーズベルト大統領の下でニューディール政策が進められていた1935年に成立します。

ですから、学生ならお情けで合格点を与えてもいいのですが、社会科学に関わる人であれば「ワグナー法までは違法だった」で落第でしょう。

で、ここからが本題。

このように労働組合がカルテルであるというのは、つまり労働者が企業の一員ではなく企業に対する労働販売者であり、労働組合とはそういう労働販売者の協同組合であるという認識を前提にします。労働組合がギルドだという言い方も、同じです。

欧米の労働組合は、まさにそういう意味で労働販売者の協同組合として、社会的に位置づけられているわけですが、日本の労働社会ではそうではない、というのが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a4ee.html(半分だけ正しい知識でものを言うと・・・)

の最重要のポイント。

日本の企業別組合は、企業の一員(メンバー)であることが要件であり、そのメンバーシップを守ることが最重要課題なので、自分が働いている職場に、自分のすぐ隣で、同じ種類の労働をものすごい安売りをしている非正規労働者がいても、全然気にしないのです。そんなもの、カルテルでもなければギルドでもあり得ない。

アメリカは自由市場イデオロギーの強い国なので、こういう反カルテル的発想から反労働組合思想が発生しがちなのですが、少なくともそのロジックをそのまま日本に持ち込んで、日本の企業別組合に対して何事かを語っているつもりになるとすれば、それは相当に見当外れであることだけは間違いありません。

批判するなら、「もっとまともなギルドになれ!」とでもいうのでしょうかね。それは立場によってさまざまでしょうが。

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