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2019年7月16日 (火)

『POSSE』 vol.42

9784906708802_600 『POSSE』 vol.42をお送りいただきました。ありがとうございます。今号の特集は「ストライキが変える私たちの働き方」です。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784906708802

日本では久しく忘れ去られていたストライキという闘い方が、にわかに注目を集めている。
図書館司書、私学教員、保育士、自動販機ベンダー……さまざまな業種の労働者たちが、自らの労働条件を改善するために、ストライキを武器に闘いはじめた。
そして彼ら彼女らのストライキは、SNSやメディアを通じて社会的な注目と支持を集めている。
なぜ、いま、ストライキが支持されるのか。現代のストライキは、過去のストライキと何がどう異なるのか。21世紀におけるストライキの意義を改めて問う。

と言うことで、練馬区立図書館非常勤司書をはじめ、例のキリンビバレッジなど自動販売機関係のユニオン、正則学園など私立学校関係のユニオンなどの事例が紹介された上で、浅見和彦さんと今野晴貴さんがやや理論的な考察をしています。

◆特集「ストライキが変える私たちの働き方」
練馬区立図書館・非常勤司書のストライキ闘争に迫る――彼女たちのパワーの源泉はどこにあるのか? 三澤昌樹(練馬区立図書館専門員労働組合特別執行委員)

自販機産業ユニオンの挑戦――順法闘争とストライキで業界改善へ 本誌編集部

学校×ストライキ――教育現場を取り戻すための闘い 本誌編集部

全労働者を結集するストライキを――ストライキは「伝染」する 須田光照(全国一般東京東部労働組合書記長)

サービス業時代の「新型ストライキ」とは――社会連帯型ストライキが生み出す共感と交渉力 浅見和彦(専修大学教授)

今日のストライキ その特徴とは何か? 今野晴貴(NPO 法人POSSE 代表)

実を言うと、ストライキなど労働争議に関わるテーマは、もう何十年にもわたって労働法や労働問題の議論のホットな舞台からは消えています。教科書には昔からのことが書かれていますが、また昔の労働争議の歴史研究みたいなのは細々とありますが、あるいは中国や韓国など外国の労働争議も話題になったりしますが、この現代日本でストライキがホットなテーマとして取り上げられるということ自体、長らく絶えて久しかったのです。

今回のPOSSEの特集が、それを変えるものであるのかどうか、改めて図書館の奥にほこりをかぶったかつての労働争議論を紐解いてみることも必要かも知れません。

 

 

『はじめよう!SOGIハラのない学校・職場づくり』

457293 大月書店編集部の岩下結さんより『はじめよう!SOGIハラのない学校・職場づくり 性の多様性に関するいじめ・ハラスメントをなくすために』(大月書店)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b457293.html

「ホモネタ」やアウティング(暴露)、男女別制服の強要など、性的指向や性自認(SOGI)にかかわるハラスメントは深刻な人権侵害となります。
基本的なとらえ方から、事例も多数紹介した初の入門書。

そもそもSOGIって何?LGBTとどう違うの?という基本からわかりやすく説明しています。冒頭には「マンガで考える「これってSOGIハラ?」」もあり、まずは若者たちを主たる対象においていることが窺われます。

はじめに
マンガで考える「これってSOGIハラ?」

パート1 基礎から知る「SOGIハラってなに?」
 1「SOGI」ってなんだろう
 2 SOGIの視点で多様な性をとらえる
 3「SOGIハラ」をどう防ぐか

パート2 学校で起こるSOGIハラと支援のありかた――そのとき、あなたにできること
 はじめに
 1 あなたにできること(1)──想像する
 2 あなたにできること(2)──聴く
 3 あなたにできること(3)──変えていく
 おわりに

パート3 これってSOGIハラ?事例集
 はじめに
 1 差別的な言動や嘲笑、差別的な呼称
 2 いじめ・暴力・無視
 3 望まない性での生活の強要
 4 不当な入学拒否や転校強制、異動や解雇
 5 だれかのSOGIについて許可なく公表すること(アウティング)
 6 その他

パート4 SOGIハラのない学校・職場づくりに必要なこと

巻末資料

パート3の不当な入学拒否云々の中にこんな事例が:

トランスジェンダーの私は、通名と、性別を記載しない履歴書で就職活動を行い、首尾よく内定が決まりました。きっと会社の方も理解があるのではないかと思い、内定後の面談で、実は戸籍上の性別が女性であるということをカミングアウトしたのですが、そのとたんに「今回の話はなかったことに」と言われ、内定を撤回されてしまいました。とても落ち込みましたが、小さい会社でしたし、訴えたりはせず、あきらめて次を探すことにしました。

こういうふうに表に出ない事例が結構多いのでしょう。

 

 

 

中国における権威主義の影と国家-労働関係@BJIR

Bjir 英国労使関係雑誌(British Journal of Industrial Relations )の2019年6月号にJude Howell と Tim Pringleの「Shades of Authoritarianism and State–Labour Relations in China」(中国における権威主義の影と国家-労働関係)という大変興味深い論文が載っています。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/bjir.12436

 Attempts to analyse authoritarianism in China tend towards a static focus on the state that is homogeneous across time. We argue for a more nuanced approach that captures the dynamism and contours of state–civil society relations, and state–labour relations, in particular, in authoritarian states. Taking state–labour relations as a bellweather, we conceptualize ‘shades of authoritarianism’ as a framework for better understanding the complexities and evolution of state–society relations in authoritarian states. We illustrate this through the case of China, distinguishing different shades of authoritarianism in the Hu-Wen era (2002–2012) and in the current regime of Xi Jinping

中国における権威主義を分析する試みは時を通じて同質的な国家に静態的な焦点を当てる傾向がある。我々は権威主義国家における国家と市民社会の関係、とりわけ国家と労働の関係の動態と輪郭をつかむよりニュアンスに富んだアプローチを唱える。主導部として国家と労働の関係をとりあげると、我々は権威主義国家における国家と社会の関係の複雑さと展開をよりよく理解するための枠組みとして「権威主義の影」を概念化する。我々はこれを中国のケースを通じて明らかにし、胡錦濤-温家宝時代(2001-2012)と現在の習近平体制における異なった権威主義の影を区別する。

本論文では、胡・温時代の「開かれた権威主義」(open authoritarianism)と習時代の「封じ込め型権威主義」(encapsulating authoritarianism)を、さまざまな観点から比較検討し、その違いを浮き彫りにしています。労働問題に関心のある方々だけにとどまらない興味深さを示しているように思われます。

 

 

 

2019年7月15日 (月)

日雇派遣問題への新たな視角

大内伸哉さんがブログ「アモリスタ・ウモリスタ」で「日雇派遣規制の見直し」について論じています。

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2019/07/post-570a80.html

 ・・・・いったん作ったものでも,おかしいものであれば,迅速に廃棄することが必要です。「直接雇用のみなし」にはいろいろな考え方の違いがあり意見が分かれるのはわかりますが,「日雇派遣」は論理的におかしい規制というべきなので,この時期の見直しは遅すぎたほどです。

現行日雇派遣法制が矛盾に満ちており、見直すべきであるという点については全く同感であり、今までもその旨のことは何回か書いてきています。

https://www.jpc-net.jp/paper/zokunihonjinji/20160315zokunihonjinji.pdf (日雇派遣規制の矛盾(『生産性新聞』2016年3月15日号))

ただ、一方世界的な新たな就業形態の進展とそれに対する法的対応の状況を踏まえて考えると、日雇派遣問題を日本の派遣法規制という枠内だけで考えること自体があまりにも狭隘に過ぎるという感もあります。もちろん、日雇派遣を目の敵にする人々が、ややもすると派遣という働き方を目の敵にする古びた発想でもって論ずる傾向があったために、日雇派遣規制も派遣規制のまことにできの悪い出来損ないみたいな形になってしまってしまっているわけですが、そこに現れていた問題とは、実は近年世界共通に表れてきつつあるオンコールワーク、オンデマンドワークといった問題であったように思われるのです。

この件については、一昨年にWEB労政時報に小文を書いていますので、この問題をまじめに考えようという方のためにお蔵出しをしておきたいと思います。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/article.php?entry_no=75705 (日雇派遣の歴史的位置)

 今から10年前の時期に、日本の労働市場法政策において注目され話題となった就業形態に「日雇派遣」があります。それまでの構造改革への熱狂が一段落し、格差問題が大きな問題になっていった時期に、派遣労働者の中でもとりわけ日雇派遣で働く人たちにテレビや新聞が着目し、ネットカフェに寝泊まりしている姿など彼らの窮状を集中的に報道したことが、社会に対し非常に大きな影響を与えました。グッドウィルやフルキャストといった日雇派遣会社の名前を思い出す方もいるでしょう。
 
 最初は規制緩和の方向で始められた労政審の審議も風向きが変わり、2007年12月の中間報告では日雇派遣の一部規制強化が打ち出されました。そこでは、日雇派遣は契約期間が短く、仕事があるかどうかが前日までわからない、当日キャンセルがあるといったことや、給与からの不透明な天引きや移動時間中の賃金不払い、安全衛生措置や教育が講じられず労災が起きやすい、労働条件の明示がされていないといった問題点が指摘されていました。そこでこの時点で省令改正がされ、日雇でも派遣先責任者の選任義務や派遣先管理台帳の作成記帳義務を課し、派遣元事業主が定期的に日雇派遣労働者の就業場所を巡回し就業の状況を確認することを義務づける等しました。
 
 日雇派遣形態そのものの規制については、2008年7月の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」で、危険度が高く、安全性が確保できない業務、雇用管理責任が担い得ない業務を禁止し、専門業務など短期の雇用であっても労働者に特段の不利益が生じないような業務のみ認める方向が打ち出され、同年9月の労政審建議では「日々又は30日以内の期間を定めて雇用する労働者について、原則、労働者派遣を行ってはならない」とした上で、「日雇派遣が常態であり、かつ、労働者の保護に問題ない業務等について、政令によりポジティブリスト化して認めることが適当」としました。これを受けて同年11月に労働者派遣法改正案が国会に提出されましたが、折からのリーマンショックで、多くの派遣労働者が派遣会社の寮を追い出されて住むところを失うという状況があらわになり、同年末から2009年始にかけていわゆる「年越し派遣村」が設立され、派遣制度に対する風当たりはさらに強くなりました。
 2009年の総選挙で民主党政権が誕生すると、あらためて労働者派遣法の審議が始められ、2010年4月により規制を強化した改正案が国会に提出されましたが、日雇派遣については自公政権時の法案と変わっていませんでした。しかし、政治状況から同法案が塩漬けになり、2012年3月に野党の自公両党と合意して登録型派遣の原則禁止の削除など修正可決した際、禁止の例外としてさらに「雇用の機会の確保が特に困難であると認められる労働者の雇用の継続等を図るために必要であると認められる場合その他の場合で政令で定める場合」を加え、具体的には60歳以上の高齢者、昼間学生、労働者自身かその配偶者が年収500万円以上の者を適用除外としました。この規定は2015年9月に労働者派遣法が全面的に改正されたときにも触れられず、現在も適用されています。
 一方この間、日雇派遣の原則禁止を見越して多くの業者は日雇派遣から日々紹介への業態転換を図り、現在では実質的に同様の業務が日々紹介として行われています。有料職業紹介事業には手数料規制など派遣事業にはない規制があるとはいえ、対象者に制限がないのでやりやすいことは確かでしょう。とりわけ、日雇で働くために年収500万円以上要件をクリアしているかどうかを証明させる面倒くささを考えれば業者が日々紹介に流れていったことはよく理解できます。しかし、形態が日雇派遣から日々紹介に変わっても、指摘されていた「契約期間が短く、仕事があるかどうかが前日までわからない、当日キャンセルがある」といった問題点に変わりはありません。これは、たまたま日雇派遣という形で現れた問題を、もっぱら労働者派遣という側面に注目して派遣法の法的手段を使って対応しようとしたことの結果と言えます。
 
 実をいえば、こういった問題点は近年、イギリスを始めとして世界的に拡大しているオンコール労働、とりわけ「ゼロ時間契約」と呼ばれる新たな就業形態の問題点を、やや先取り的に現していたものということができます。これは、あらかじめ労働時間を定めることなく、呼び出しがあれば行って働くという契約ですが、一定時間の就労を保障するわけではなく、呼び出しがなければいつまでも待ち続けなければならず、まさにその不安定さが問題となりました。特にイギリスの労働組合TUCはゼロ時間契約の廃止を訴え、野党労働党の公約にも盛り込まれました。
 欧米のゼロ時間契約を見てから、あらためて日本の日雇派遣や日々紹介を見てみると、就労時間以外の待機時間に当たる部分を、日本では派遣会社や紹介会社の「登録」という曖昧な状態におくことによって、同じような効果をもたらしていることがわかります。どちらも、情報通信技術の発達のおかげで、いつどこにいても携帯電話による呼び出しが可能になったことを利用した新たな就業形態であり、その歴史的位置はほぼ同じようなものではないかと思われます。経済のデジタル化に伴う新たな就業形態が話題となる今日、日雇派遣・日々紹介についても新たな視点からの議論が求められるのではないでしょうか。

そして、実はこの問題が近年EUでも大きな議論となり、今年5月には新たな指令「透明で予見可能な労働条件指令」として成立に至っているのです。

この指令については、指令案の段階で『季刊労働法』2018年春号(260号)で「EUの透明で予見可能な労働条件指令案」としてかなり詳しく紹介していますが、改めてきちんと(日本へのインプリケーションにも含めて)論じなおす必要があるのかもしれません。

ポピュリスト右翼の敗北は必ずしも社会民主主義左翼の勝利にあらず

Sheribermanfinal 例によってソーシャル・ヨーロッパから、最近のデンマークの選挙結果を素材にしたシェリ・バーマンさんのエッセイ「ポピュリスト右翼の敗北は必ずしも社会民主主義左翼の勝利にあらず」(A defeat for the populist right isn’t always a win for the social-democratic left)を。

https://www.socialeurope.eu/populist-right-social-democratic

 The populist right and the social-democratic left may contest for the support of the popular classes but, Sheri Berman argues, it’s not a simple zero-sum game.

ポピュリスト右翼と社会民主主義左翼は大衆階級の支持を求めて争っているが、それは単なるゼロサムゲームではない。

最後の2パラグラフを紹介しておきましょう。

 Parties succeed when the issues on which they have an advantage are at the forefront of debate: populists do well when attention is focused on immigration, green parties do well when attention is focused on the environment and social-democratic parties do well when attention is focused on economic issues and, in particular, on the downsides of capitalism and unregulated markets—assuming they have something distinctive and attractive to offer on the economic front. (This has not been the case for many social-democratic parties for too long but many authors at Social Europe are trying to rectify that.)

政党は彼らが優位を持つ問題が議論の正面にあるときに成功する。ポピュリスト政党は移民問題に焦点が当たっているときにうまくいく。みどりの党は環境問題に焦点が当たってるときにうまくいく。社会民主主義政党は経済問題、とりわけ資本主義と規制されない市場のマイナス面に焦点が当たっているときに、なにがしか特色があり魅力的だとすればみなされてうまくいく。(多くの社会民主主義政党にとってあまりにも長い間そうではなかったが、ソーシャル・ヨーロッパの多くの筆者たちはそれを直そうとしている)

What the Danish elections should remind us is that politics is largely a struggle over agenda-setting. Defeating populism requires removing the issues on which populism thrives from the forefront of debate. But for the social-democratic left to succeed, it must do more than neutralise the fears populists exploit. It must also focus attention on the myriad economic problems facing our societies—and convince voters it has the best solutions to them.

デンマークの選挙が我々に思い出させるべきことは、政治とは何よりもアジェンダセッティングをめぐる闘争であるということだ。ポピュリズムを打倒するのに必要なのは、ポピュリズムが議論の正面にあって繁栄してきた問題を議論の正面から取り除くことだ。しかし社会民主主義左翼が成功するためには、ポピュリストがうまく活用してきた恐怖を中和化させるよりももっとしなければならないことがある。我々の社会が直面している無数の経済的問題に焦点を当て、その最善の解決策があると有権者を説得することだ。

 

2019年7月13日 (土)

小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』

9784065154298_obi_w 小熊英二さんより『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』(講談社現代新書)をお送りいただきました。新書でありながら600ページという常識外れの分厚さにまず目を剥きましたが、中身を読み始めて、これはいったい何という本だ!と叫んでしまいました。どういうことか?というと、私の様々な議論や本と、ほぼ重なるような内容の本になっていたからです。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000321617

正直言って、この著者名とこのタイトルから想像される中身とは相当に異なっています。もし本書が学術出版であれば、内容を正確に伝えるタイトルをつけるとしたら、『詳説 日本型雇用システムの形成史』となるはずです。そう、私がいくつかの本で、序説であったり傍論であったりしながら割と簡略に叙述してきた事柄を、(ページ数が増えることを全く顧慮することなく)元の研究成果をかなり詳細かつ緻密に追いかけながら、あれこれの論ずるべきことをほぼ取り落しなくややゆったりとした筆致で描き出しているのです。

「日本社会のしくみ」は、現代では、大きな閉塞感を生んでいる。女性や外国人に対する閉鎖性、「地方」や非正規雇用との格差などばかりではない。転職のしにくさ、高度人材獲得の困難、長時間労働のわりに生産性が低いこと、ワークライフバランスの悪さなど、多くの問題が指摘されている。
しかし、それに対する改革がなんども叫ばれているのに、なかなか変わっていかない。それはなぜなのか。そもそもこういう「社会のしくみ」は、どんな経緯でできあがってきたのか。この問題を探究することは、日本経済がピークだった時代から約30年が過ぎたいま、あらためて重要なことだろう。(中略)
本書が検証しているのは、雇用、教育、社会保障、政治、アイデンティティ、ライフスタイルまでを規定している「社会のしくみ」である。雇用慣行に記述の重点が置かれているが、それそのものが検証の対象ではない。そうではなく、日本社会の暗黙のルールとなっている「慣習の束」の解明こそが、本書の主題なのだ。 ――「序章」より

本書がそういう内容のものになった事情は、あとがきに書かれています。もともとは、日本の戦後史を総合的に、つまり政治、経済、外交、教育、文化、思想などを連関させ、同時代の世界の動向と比較しながら歴史を描くという構想だったようです。

ところが、研究を進めていくうえで、「カイシャ」と「ムラ」を基本単位とするようなあり方を解明しなければならないと考え、

・・・「日本社会の仕組み」としか表現のしようのないもの、つまり雇用や教育や福祉政党や地域社会、さらには「生き方」まで規定している「慣習の束」が、どんな歴史的経緯を経て成立したのかを書きたい

と変わったようです。それであれば、それは本書の副題「雇用・教育・福祉の歴史社会学」にぴったりと符合します。しかし、本書の内容はそういうものにもなっていません。なぜなら、小熊さんによれば

・・・ところが、雇用慣行について調べているうちにこれが全体を規定していることが、次第に見えてきた

からです。そこで、

・・・最初に書いた草稿はすべて破棄し、雇用慣行の歴史に比重を置いて、全体を書き直すことになった。

「比重を置いて」、というよりも、これはもはや、日本型雇用システムの形成史に関する、現在の時点の知見の相当部分を包括的に取り入れたほとんど唯一の解説書になっています。小熊さん自身はそういうつもりはなかったようですが、社会政策とか労働研究といった分野の研究者が、細かなモノグラフは書くけれどもこういう骨太の本を書かないものだから、これから長い間、日本型雇用システムの関する定番の本になってしまう可能性が高いように思われます。

目次は以下の通りですが、まさに『詳説 日本型雇用システムの形成史』であることがお判りでしょう。

 第1章 日本社会の「3つの生き方」
第2章 日本の働き方、世界の働き方
第3章 歴史のはたらき
第4章 「日本型雇用」の起源
第5章 慣行の形成
第6章 民主化と「社員の平等」
第7章 高度成長と「学歴」
第8章 「一億総中流」から「新たな二重構造」へ
終章 「社会のしくみ」と「正義」のありか

ちなみに、このうち第2章と第3章は、欧米社会の雇用システムについて120ページ以上を費やして論じています。下手をするとそれだけで新書一冊になるような分量です。ここは、私も最近JIL雑誌に書いた「横断的論考」でごく簡単に考察したところですが、そのトピックをここまでねちっこく追及する小熊さんの執念深さには脱帽します。

日本型雇用システムを下手に論じる人の陥りがちな落とし穴は、ややもするとある政治勢力や社会勢力に一方の在り方を重ね焼きして非難の対象とし、それに反する歴史的事実は無視するという傾向ですが、小熊さんは極めて丁寧に様々な勢力の動きをフォローしており、歴史叙述としては(当たり前と言えば当たり前ですが)安心できます。

逆に言うと、その叙述の大部分は、私にとっては既視感のあるところが大きいのですが、最後のところで、私の変に世に普及してしまった図式に対する異論が提示されています。

・・・日本の雇用慣行を語る際には「ジョブ型」「メンバーシップ型」あるいは「初めに職務ありき」「初めに人ありき」といった類型がよくつかわれてきた。これは日本の慣行を理解する際に便利な図式化ではあるが、主として企業の労務担当者の視点からの類型であって、一面的なものと言える。

企業の労務担当者から見れば、アメリカもドイツも、どちらも「ジョブ型」「初めに職務ありき」の社会のように見える。企業を横断した職務市場や技能資格があるため、どちらも経営の裁量だけでは賃金や人事配置を決められないからだ。

しかし労働者の視点から見れば、話は違う。専門職団体が認可した専門学位や技能資格があれば、どの企業でも同じ賃金になる社会のほうが、よほど「初めに人ありき」で「メンバーシップ型」だと映るだろう。

というわけで、小熊さんは2類型ではなく「企業のメンバーシップ」「職種のメンバーシップ」「制度化された自由労働市場」の3類型を唱えます。日本は「企業のメンバーシップ」が支配的な社会であり、ドイツは「職種のメンバーシップ」、アメリカは「制度化された自由労働市場」が支配的な社会だというのです。

実は、それには私はほぼ全面的に賛成です。ただ、話は日独米の3社会だけでは終わらないでしょう。他の労働社会もそれぞれに特殊性があり、それぞれに類型化していくと類型はどんどん増えてしまいます。

これは、本書でも引用されている拙論「横断的論考」で、イギリスやフランス、さらにはオランダやスウェーデン等も含めてあれこれ(ごく簡略に)考察したところですが、限られた紙幅の中で分かりやすく説明するという状況下であれば、最初の2類型がある意味一番間違いのない類型化なんじゃないかと考えているところです。

もちろん、私にも600ページを超える新書を書かせてくれる奇特な編集者がいれば、もう少し詳しく突っ込んでみてもいいんですけど。

(参考)

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/04/pdf/002-010.pdf (この国の労働市場-横断的論考(『日本労働研究雑誌』2018年4月号))

Ⅰ ジョブ型社会の多様性
日本の雇用システムをメンバーシップ型とか 「就社」型と定式化し,欧米諸国のジョブ型ない し「就職」型と対比させる考え方は,ごく一部の 人々を除き,多くの研究者や実務家によって共有 されているものであろう。 ところが,日本以外の諸国を全て「ジョブ型」 に束ねてしまうと,その間のさまざまな違いが見 えにくくなってしまう。常識的に考えても,流動 的で勤続年数が極めて短いアメリカと,勤続年数 が日本とあまり変わらぬドイツなど大陸欧州諸国 はかなり違うはずだ。そこで,世界の雇用システ ムを大きく二つに分けて,日本に近い側とそうで ない側に分類するという試みが何回か行われてき た。ところが,そうした議論を見ていくと,まっ たく矛盾する正反対の考え方が存在することがわ かってくる。 ・・・

Ⅱ 欧米諸国の人事管理

Ⅲ 雇用システム形成史からの考察

(余計なお世話)

一点だけ余計なお世話ですが間違いを指摘しておきます。407ページに、1951年に労働省婦人年局が「男女同一労働同一賃金」という書籍(正確にはパンフレット)を出したとありますが、役所の名前は婦人年局です。労働組合の場合は青年婦人部ですが。

 

ポピュリスト時代の公共議論

Lukashochscheidt1250x250 例によって、ソーシャル・ヨーロッパからドイツ労働総同盟のホッホシャイト氏による「ポピュリスト時代の公共議論」を紹介。内容はアイデンティティポリティクスに傾斜する進歩派を批判し、経済的不平等に目を向けろという話で、ああ、またかというものかもしれませんが、ここまで欧州社会民主勢力が弱体化していく中で、長らくその支持勢力であった労働組合サイドの「なんとかしろよ」感がにじみ出ています。

https://www.socialeurope.eu/populist-age-union-perspective

 Public discourse in the populist age—a trade-union perspective by Lukas Hochscheidt

・・・・・To respond to the double attack from populists and a new generation of liberals, trade unions have to build their strategy on a different line of political conflict—a cleavage over inequalities. As Thomas Piketty, Branko Milanovic and many others have shown, social inequalities are structural and will continue to grow. The line of conflict opposing ‘haves and have-nots’ has a great advantage compared with the ‘progressives versus populists’ cleavage: instead of reducing politics to the pros and cons of liberal democracy, it enables a debate on how exactly democracy should work. Hence, it gives intermediary institutions, as vectors of collective interests, a raison d’être in the 21st century.

・・・・・ポピュリストと新世代リベラルからの二重攻撃に対処するために、労働組合はその戦略を政治的紛争の違うライン-不平等をめぐる断絶-に立脚させるべきだ。トマ・ピケティ、ブランコ・ミラノビッチらが示すように、社会的不平等は構造的で拡大傾向にある。「持てる者と持たざる者」を対立させる紛争ラインは「進歩派対ポピュリスト」の断絶と比べて大きな利点がある。というのも、政治をリベラル民主主義への賛成と反対に切り縮めるのではなく、民主主義がいかに実際に機能すべきかという議論を可能にするからだ。それゆえ、それは中間的機構に集団的利益のベクトルとして21世紀の存在意義を与える。

First, the material cleavage is socially inclusive: it addresses issues which concern society as a whole, such as inequalities of wealth and income. Therefore, it is the best remedy against what Mark Lilla calls ‘identity politics’—atomised societies shaped by small lobby groups which focus on minority interests alone. Representing working people on what unites them rather than what makes them different from one another, trade unions contribute to social integration and cohesion.

第1に、物質的断絶は社会包摂的で、富や所得の不平等といった社会全体にかかわる問題に取り組む。それゆえ、それはマーク・リラが「アイデンティティ・ポリティクス」と呼ぶもの、マイノリティの利益のみに焦点を向ける小さなロビー集団によって作られる原子化した社会に対する最善の処方箋となる。

Secondly, the material line of conflict is genuinely democratic: it highlights the fact that in a democracy the markets are subordinated to political decision-making. If there is a majority in favor of social progress—for instance, more worker participation at company level—the ‘invisible hand’ of the market cannot and will not stop a democratic majority. The inequalities cleavage also urges us to question the political influence of global business networks and to make them accountable for the downsides of globalisation.

第2に、紛争の物質的ラインは純粋に民主的であり、民主的社会においては市場は政治的意思決定に従属するという事実を明らかにする。もし社会の多数派が社会進歩-例えば、企業レベルにおける労働者参加の拡大-を望むなら、市場の「見えざる手」は民主的な多数派を止めることはできない。不平等の断絶もまた、我々にグローバルなビジネスネットワークの政治的影響力に疑問符を呈し、グローバル化の影の面に対して責任を追及させる。

Finally, the socio-economic cleavage is participatory and sustainable: by foregrounding class interests and structural disparities between labour and capital, it stresses the importance of intermediary institutions—simply because they are indispensable for the representation of aggregated collective interests. Therefore, it makes citizens engage with politics in a sustainable manner and enables comprehensive feedback, (re-)connecting decision makers and citizens.

最後に、社会経済的断絶は参加的であり、持続可能である。階級的利益と資本と労働の構造的不均衡を前景化することによって、それは中間的機構の重要性を強調する。集計された集団的利益を代表する上で不可欠だという単純な理由からだ。それゆえ、それは市民が持続可能なやり方で政治に関わり、包括的なフィードバックを可能にし、意思決定者と市民を(再)結合する。

The 21st century is about to establish new rules for the functioning of politics and the economy. Under the growing influence of populism, the construction of the public space is subject to change—and so are intermediary institutions. Stressing the inequalities cleavage, to repoliticise the institutional arena, is only one important step among many others.

21世紀は政治と経済が機能する新たなルールを樹立しようとしている。増大するポピュリズムの影響力の下で、公共圏の構築は変化に左右され、それは中間的機構である。不平等の断絶を強調し、機構のアリーナを再政治化する事は、他の何よりも重要な唯一のステップである。

 

2019年7月 9日 (火)

ジョブ型正社員再び@WEB労政時報

WEB労政時報に「ジョブ型正社員再び」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/article.php?entry_no=76340

 去る6月6日に内閣府の規制改革推進会議が「規制改革推進に関する第5次答申~平成から令和へ~多様化が切り拓く未来~」を公表し、これを受けて6月21日に規制改革実施計画が閣議決定されました。今回の項目には、兼業・副業を促進するために労働時間通算規定を見直すことや日雇派遣の年収要件の見直しなど、労働法的に議論のネタの多い項目もあるのですが、今回はジョブ型正社員の雇用ルールの明確化について取り上げます。
 このジョブ型正社員、具体的には勤務地限定や職務限定などの限定正社員とも呼ばれますが、2013年ごろに当時の規制改革会議から雇用ルールの整備が求められ、厚生労働省が多様な正社員という名称で有識者懇談会を開き、同懇談会の報告書に基づいて、パンフレットや事例集を作成配布するなど、その円滑な導入・促進を図っています。ただ、2013年の規制改革会議答申では「労働条件の明示等、雇用管理上の留意点について取りまとめ、周知を図る」ことを求めていたのに対し、今回は労働基準法の改正という立法対応を求めている点が一歩踏み出しています。・・・・

2019年7月 8日 (月)

道幸哲也『ワークルールの論点』

458010 道幸哲也さんより新著『ワークルールの論点 職場・仕事・私をめぐって』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.junposha.com/book/b458010.html

 
働き方を変えるためにワークルールを!現在の長時間の働き方、不平等な労働条件をどう変えていくのか。リアルな問題点を検討する。

 第1章 法的な発想と身近な世界
第2章 労働者でなければ私はなに
第3章 労働条件はどう決まっているか
第4章 よくわからない就業規則法制
第5章 採用時の駆け引き
第6章 業務命令権は絶対か
第7章 人間関係の難しさ―パワハラの法律問題
第8章 最後の切り札は懲戒権
第9章 仮眠も働時間
第10章 ケガや病気は自分のせい
第11章 解雇の作法
第12章 多様な辞めさせ方―退職・有期雇用の法理
第13章 どうしたら権利を実現できるか
第14章 やっぱり集団法

タイトルは「ワークルール・・・」ですが、中身はむしろ「ちゃんとした大人」向けに労働法の論点を取り上げて論じている本です。

最後の章では、働き方改革が国、企業、個人に着目して労働者集団や労使関係の影が薄いことに疑義を呈し、その集団法的な課題をいくつか提起しています。

 

『ITエンジニアの働き方改革 情報サービス産業白書2019』

1119101023520x 情報サービス産業協会から 『ITエンジニアの働き方改革 情報サービス産業白書2019』(インプレス)をお送りいただきました。今年は働き方改革特集なので私にもお送りいただいたようです。

https://book.impress.co.jp/books/1119101023

1987年に刊行が始まった「情報サービス産業白書」は、企業情報システムの開発を請け負う情報サービス産業に、最新のテーマに基づいた提言を行ってきました。「情報サービス産業白書 2019」では、情報サービス業界における「働き方改革」にフォーカスし、その働き方の実態と働き方改革への取り組みを紹介します。
かつて「3K」や「7K」などといわれ、「ブラック」な職種の代名詞だったITエンジニアですが、いち早く職場環境の改革に取り組んできたのがITエンジニアを多数抱える情報サービス企業です。情報サービス企業の業界団体である情報サービス産業協会(JISA)では「JISA働き方改革宣言」を掲げ、業界を上げて働き方改革を推進しています。
「JISA働き方改革宣言」は、「時短」や「効率化」の先にある、「ワクワク」の追求を究極の目標としたユニークなものです。本書には、JISAが会員企業に勤めるITエンジニア4,000人以上を対象に行った、「ITエンジニアのワクワクする働き方に関する調査」の全容を掲載しています。ITエンジニアはどのような時にワクワクを感じるのか、ワクワクを感じているITエンジニアのポジションや属性、仕事の内容は、など、「ワクワク」と働く環境の因果関係を明らかにするために行った調査です。長年、IT人材の働き方を研究してきた同志社大学大学院の中田喜文教授が調査結果を詳細分析し、「ワクワク」の正体を数値から解き明かします。どのような働き方改革を実践すれば、従業員満足度の高い職場環境を実現できるのか、そのヒントが得られます。

その中田さんによる「ワクワク」の分析によると、最も影響する要因は経営理念、次に能力発揮とプロジェクトの新規性、そして製品のコンテント及びその作成に用いる技術の新規性とのことです。

興味深いの残業時間の効果で、繁忙期の残業のみがワクワク度を下げる効果を持ち、通常期の残業は統計学的には効果は検出できなかったとしています。そして、残業時間が長くなってもそのマイナス効果は増大しないことや、その効果が比較的小さいことも興味深いとしています。

 

2019年7月 7日 (日)

ワーク・ワーク・ワークじゃなくってジョブ・ジョブ・ジョブ

なんだかいきなり、私が「ワーク・ワーク・ワーク」(働け、働け、働け)を叫んでいるかのようなツイートがあってびっくりしましたが、

https://twitter.com/yamachan_run/status/1147441464621727744

いま読んでいる専門書に「ワーク、ワーク、ワーク」というワードが出てきて大草原不可避。(「講座 労働法の再生 6巻 濱口桂一郎 論文)」) 

Dyh7rtu0ae8v4p

何が大草原なのかというと、こういうツイッタラが「ワーク・ワーク・ワーク」と叫んでいたからのようなんですが、

https://twitter.com/HaradaTosu (ワーク・ワーク・ワーク)

 ワーク・ライフ・バランス? 若いうちは ワーク・ワーク・ワークでいいんです

まあ、よくあるネタのためのアカウントなんでしょうが。

でもね、上の論文は確かに私が書いたものですが、その中のコック報告書のタイトルの『仕事、仕事、仕事』は、原題は「ワーク、ワーク、ワーク」じゃないんですよ。

注の10が次のページに送られているため、上の写真には出てきませんが、この報告書タイトルの原題はこうです。

*10"Jobs, Jobs, Jobs: Creating more employment in Europe" Report of the Employment Taskforce chaired by Wim Kok(EC、2003年)。

要するに、雇用機会の創出が大事だという意味で、ジョブ、ジョブ、ジョブと叫んでいるんであってね。

つうか、yamachanもそこんとこ分かったうえでわざといじっているんでしょうけど。

07464 ちなみに、この『講座・労働法の再生 第6巻労働法のフロンティア』は、意欲的な論文が多数載っています。まだ読んでない方はぜひ。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7464.html

第1部 労働法の改革論議
第1章 労働法改革の理論と政策…………水町勇一郎
第2章 雇用社会の変化と労働法学の課題…………大内伸哉
第3章 労働法改革論の国際的展開…………濱口桂一郎
第2部 雇用政策と労働法
第4章 これからの雇用政策と労働法学の課題…………島田陽一
第5章 若年期・高年期における就労・生活と法政策…………小西康之
第6章 障害者雇用政策の理論的課題…………中川 純
第7章 外国人労働者…………早川智津子
第3部 非正規雇用と労働法
第8章 外部市場・非正規雇用と労働法制…………大木正俊
第9章 労働者派遣…………本庄淳志
第10章 有期雇用…………篠原信貴
第11章 パートタイム労働法…………阿部未央
第4部 労働法における学際的研究
第12章 企業法と労働法学…………土田道夫
第13章 ジェンダーと労働法…………黒岩容子
第14章 社会保障法学と労働法学…………菊池馨実
第15章 国際労働関係法の課題…………米津孝司

 

 

 

 

 

2019年7月 4日 (木)

労働時間通算規定を適用した送検事例

兼業・副業の関係で、労働時間通算規定のあり方が論点になっていますが、(ピョンヤンじゃない方の)業界紙の『労働新聞』7月8日号に、その労働時間通算規定を適用した恐らく全国初めての送検事例が報じられています。

・・・三重・伊賀労働基準監督署は、違法な時間外労働をさせたとして、中西総合運輸(株)とウエストウインド(株)および両者の代表取締役を務める男性らを労働基準法第32条違反の疑いで伊賀地検に書類送検した。同代表取締役は労働者1人を中西総合運輸で働かせた後、ウエストウインドで働かせた。・・・

・・・同一人物が代表取締役であり、時間外労働の認識もあったと見ている。同労基署は「労働時間の通算規定を適用した送検は恐らく全国初」としている。・・・

この事案、法形式の上では異なる事業主の間での通算なんですが、両者は同一人物が代表取締役を務めており、いわば事実上は同一会社の異なる事業所の通算みたいなものなんですね。

ただ、複数の会社を1人が経営しているなんてことは別に違法でもないし、世の中に結構あったりするので、法人格否認とかいうような話でどうにかする話でもないわけです。

今進められているような、異なる事業主の通算は止めようということになった場合、こういう脱法行為みたいなのが出てくる可能性というのはあるわけで、そこをどう手当てしておくかというのはかなり重要な論点になりそうです。

あるいは、元は同じ業務を細かく切り分けで別の会社に委託して、それぞれで同じ労働者を雇って使うなんてケースもあり得るでしょう。

実は以前、東大の労働判例研究会で評釈した労災保険の通算が問題になったケースですが、議論しておく必要はありそうに思われます。

http://hamachan.on.coocan.jp/rohan151113.html国・淀川労基署長(大代興業ほか1社)事件(大阪地判平成26年9月24日)

 本件におけるA興業とB社はいずれもD事業団からC複合施設の中のプール設備という同一場所において設備管理業務と清掃業務という切り分けられてはいるが密接に関連した業務を請け負っている企業である。判決文からは両者に資本的人的関係があるとは言えないが、労災補償責任や安全衛生責任においてはそれらは関係がない。
 業務としてどの程度包括的に捉えることができるかで見ると、A興業のプール設備管理業務は、地下の機械室でプールと浴室の水温を確認して必要があれば追い炊きをする、玄関まわりで自転車を外に出す、カラーコーンを並べる、煙草の吸い殻入れを定位置に置く、女子浴室の塩素濃度を確認する、地下駐車場のシャッターを開ける、ブロワー、ジャグジーのスイッチを入れる、プールや浴室の塩素濃度等を確認記録する、照明を消し、機械警備を設定し、シャッターを閉め、玄関の自動ドアのスイッチを締め、施錠する、日によっては水を追加したり、電灯の交換、1月に1度程度採温室修理やプール消火栓さび取り等であり、B社の業務はプールサイドの掃除に加え、浴室と男性更衣室の清掃である。広い意味でのプール設備管理業務を切り分けて別の会社に委託することはもちろん可能であり問題はないが、それによって使用者責任が恣意的に切り分けられてしまう危険性も考慮する必要があるのではないか。
 上記1で一般論としては否定的に論じた労働時間の通算についても、空間的に同一場所において行われる類似した業務を別々の企業に請け負わせることによって通算を回避することがあり得るとすれば、むしろ通算を肯定的に解すべきではないかとも考えられる。
 本件ではA興業の業務だけで業務起因性が肯定されるほどの過重労働となっていたので、争点は主として給付基礎日額の算定にとどまったが、仮に上記さまざまな業務を細かく切り分け、別々の企業に行わせていたら、単体としては業務起因性が肯定され得ないような短時間の労働が同一場所で連続的に行われるような状況もありうるのであり、かかる状況に対しても「何ら関係のない複数の事業場において業務に従事し、何ら関係のない複数の事業主からそれぞれ賃金の支払いを受ける場合」とみなすような解釈でいいのかも考えるべきであろう。
4 現行法規を前提とする限り、本件において本判決の結論を否定することは困難であるが、従来から重層請負が通常であった建設業に限らず、近年広い業種においてアウトソーシングが盛んに行われている現在、少なくとも上記労災補償法制や安全衛生法制と類似した状況下にある者については、何らかの対応が必要であると思われる。会社をばらばらにして別々に委託すれば、まとめて行わせていれば発生したであろう使用者責任を回避しうるというようなモラルハザードは望ましいものとは言えない。

 

 

 

「就職氷河期世代」の現在・過去・未来

去る6月21日に閣議決定されたいわゆる骨太の方針には、「就職氷河期世代支援プログラム」が盛り込まれています。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0621/shiryo_04-1.pdf

① 就職氷河期世代支援プログラム

(基本認識)
いわゆる就職氷河期世代は、現在、30 代半ばから40 代半ばに至っているが、雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代であり、その中には、希望する就職ができず、新卒一括採用をはじめとした流動性に乏しい雇用慣行が続いてきたこともあり、現在も、不本意ながら不安定な仕事に就いている、無業の状態にあるなど、様々な課題に直面している者がいる。
全ての世代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できる環境整備を進める中で、これら就職氷河期世代への本格的支援プログラムを政府を挙げて、また民間ノウハウを最大限活用して進めることとした。就職氷河期世代が抱える固有の課題(希望する就業とのギャップ、実社会での経験不足、年齢の上昇等)40や今後の人材ニーズを踏まえつつ、個々人の状況に応じた支援により、正規雇用化をはじめとして、同世代の活躍の場を更に広げられるよう、地域ごとに対象者を把握した上で、具体的な数値目標を立てて3年間で集中的に取り組む。
支援対象としては、正規雇用を希望していながら不本意に非正規雇用で働く者(少なくとも50 万人41)、就業を希望しながら、様々な事情により求職活動をしていない長期無業者、社会とのつながりを作り、社会参加に向けてより丁寧な支援を必要とする者など、100 万人程度と見込む。この3年間の取組により、これらの者に対し、現状よりも良い処遇、そもそも働くことや社会参加を促す中で、同世代の正規雇用者については、30万人増やすことを目指す。
社会との新たなつながりを作り、本人に合った形での社会参加も支援するため、社会参加支援が先進的な地域の取組の横展開を図っていく。個々人の状況によっては、息の長い継続的な支援を行う必要があることに留意しながら、まずは、本プログラムの期間内に、各都道府県等において、支援対象者が存在する基礎自治体の協力を得て、対象者の実態やニーズを明らかにし、その結果に基づき必要な人に支援が届く体制を構築することを目指す。

(施策の方向性)
(ⅰ)相談、教育訓練から就職まで切れ目のない支援
○きめ細かな伴走支援型の就職相談体制の確立
SNS、政府広報、民間ノウハウ等も活用し、本プログラムによる新たな支援策の周知徹底を図り、できるだけ多くの支援対象者が相談窓口を利用する流れをつくる。ハローワークに専門窓口を設置し、キャリアコンサルティング、生活設計面の相談、職業訓練の助言、求人開拓等の各専門担当者のチーム制によるきめ細かな伴走型支援を実施するとともに、専門ノウハウを有する民間事業者による対応、大学などのリカレント教育の場を活用した就職相談の機会を提供する。
地方自治体の無料職業紹介事業を活用したきめ細かなマッチングの仕組みを横展開する。
○受けやすく、即効性のあるリカレント教育の確立
仕事や子育て等を続けながら受講でき、正規雇用化に有効な資格取得等に資するプログラムや、短期間での資格取得と職場実習等を組み合わせた「出口一体型」のプログラム、人手不足業種等の企業や地域のニーズを踏まえた実践的な人材育成プログラム等を整備する。「出口一体型」のプログラムや民間ノウハウを活用した教育訓練・職場実習を職業訓練受講給付金の給付対象とし、安心して受講できるように支援する。
○採用企業側の受入機会の増加につながる環境整備
採用選考を兼ねた「社会人インターンシップ」の実施を推進する。
各種助成金の見直し等により企業のインセンティブを強化する。
採用企業や活躍する個人、農業分野などにおける中間就労の場の提供等を行う中間支援の好事例を横展開する。
○民間ノウハウの活用
最近では、転職、再就職を求める人材の民間事業者への登録、民間事業者による就職相談や仕事の斡旋の事例が増加している。就職相談、教育訓練・職場実習、採用・定着の全段階について、専門ノウハウを有する民間事業者に対し、成果に連動する業務委託を行い、ハローワーク等による取組と車の両輪で、必要な財源を確保し、本プログラムの取組を加速させる。
(ⅱ)個々人の状況に合わせた、より丁寧な寄り添い支援
○アウトリーチの展開
受け身ではなく能動的に潜在的な支援対象者に丁寧に働きかけ、支援の情報を本人・家族の手元に確実に届けるとともに、本人・家族の状況に合わせた息の長い継続的な伴走支援を行う。このため、地域若者サポートステーションや生活困窮者相談支援機関のアウトリーチ機能を強化し、関係機関の連携を進める。

○支援の輪の拡大
断らない相談支援など複合課題に対応できる包括支援や多様な地域活動を促進するとともに、ひきこもり経験者の参画やNPOの活用を通じて、当事者に寄り添った支援を行う。
以上の施策に併せて、地方経済圏での人材ニーズと新たな活躍の場を求める人材プールのマッチングなどの仕組みづくりやテレワーク、副業・兼業の拡大、柔軟で多様な働き方の推進により、地方への人の流れをつくり、地方における雇用機会の創出を促す施策の積極的活用を進める。
就職氷河期世代等の支援に社会全体で取り組む気運を醸成し、支援の実効性を高めるための官民協働スキームとして、関係者で構成するプラットフォームを形成・活用するとともに、本プログラムに基づく取組について、様々なルートを通じ、一人一人につながる戦略的な広報を展開する。
短時間労働者に対する年金などの保障を厚くする観点から、被用者保険(年金・医療)の適用拡大を進めていく。
速やかに、実効ある施策の実施に必要な体制を内閣官房に整備し、定期的に施策の進捗状況を確認し、加速する。

というわけで、改めて就職氷河期世代の問題をじっくりと考えてみようという方々に、労働政策フォーラムのご案内です。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20190725/index.html

日本の若者の学校から労働市場への移行は90年代初めまで円滑に進んできましたが、長期にわたる不況のため、「就職氷河期」と呼ばれる概ね1993年から2004年に学校を卒業した若者たちは、目の前でドアが閉ざされ、社会に入る際に多くの苦難にぶつかることになりました。それから20年あまりが経過し、「就職氷河期世代」は中年期を迎えています。彼ら彼女らは現在どのような状況にあるのでしょうか。研究と現場の経験を擦り合わせ、「就職氷河期世代」をめぐる課題と将来に向けた希望について議論します。

JILPTの堀有喜衣の問題提起を受けて、玄田有史さんが基調講演を行い、現場で取り組む3人の方々が事例報告をして、小杉礼子さんを司会にディスカッションというものです。

Hyogaki

 

ちなみに、このフォーラムに参加される方には、学習指定文献として(笑)つい最近出たばかりの報告書を読んでこられることをお薦めします。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2019/documents/217.pdf

Jil 資料シリーズ No.217 『若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状③ ―平成29年版「就業構造基本調査」より―』

「就職氷河期世代」の3つの特徴を、現在正社員層、フリーター層、非求職無業者層のそれぞれについて指摘したい。

第一に、先行世代や若い世代に比べて「就職氷河期世代」は現在正社員である者であっても、正社員転職者や後から正社員になった層の割合が大きく、後から正社員になった者については正社員定着者に比べて収入も低い。

第二に、フリーターについては正社員への移行は進み、現状の人手不足の中でフリーターという人は何らかの理由があってアルバイトを継続している人も多いものと推測される。正社員化も重要であるが、非正規雇用の「質」の向上や雇用の安定化も期待される。

第三に、非求職無業者については課題がかなり大きいため、就労だけでなく福祉との連携や、さらには世帯全体を視野に入れた支援も重要である。就職氷河期世代は量的に多いので課題は大きいが、続く世代でも同様の困難を抱える人が存在する。今後の日本社会の継続的な課題となろう。

 

2019年7月 3日 (水)

医師、看護師等の宿日直許可基準新通達

去る7月1日に、厚生労働省労働基準局から「医師、看護師等の宿日直許可基準について」(基発0701第8号)、「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(基発0701第9号 )が発出されました。まだ厚労省のホームページには掲載されていませんが、さっそく日本病院会のホームページ上には載っているので、リンクを張っておきます。

http://www.hospital.or.jp/pdf/20_20190701_01.pdf

医師、看護師等の宿日直許可基準について

1 医師等の宿日直勤務については、次に掲げる条件の全てを満たし、かつ、宿直の場合は夜間に十分な睡眠がとり得るものである場合には、規則第23条の許可(以下「宿日直の許可」という。)を与えるよう取り扱うこと。
⑴ 通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。すなわち、通常の勤務時間終了後もなお、通常の勤務態様が継続している間は、通常の勤務時間の拘束から解放されたとはいえないことから、その間の勤務については、宿日直の許可の対象とはならないものであること。
⑵ 宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること。例えば、次に掲げる業務等をいい、下記2に掲げるような通常の勤務時間と同態様の業務は含まれないこと。
・ 医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ。)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
・ 医師が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
・ 看護職員が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと
・ 看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと
⑶ 上記⑴、⑵以外に、一般の宿日直の許可の際の条件を満たしていること。
2 上記1によって宿日直の許可が与えられた場合において、宿日直中に、通常の勤務時間と同態様の業務に従事すること(医師が突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等に対応すること、又は看護師等が医師にあらかじめ指示された処置を行うこと等)が稀にあったときについては、一般的にみて、常態としてほとんど労働することがない勤務であり、かつ宿直の場合は、夜間に十分な睡眠がとり得るものである限り、宿日直の許可を取り消す必要はないこと。また、当該通常の勤務時間と同態様の業務に従事する時間について労働基準法(昭和22年法律第49号。以下「法」という。)第33条又は第36条第1項による時間外労働の手続がとられ、法第37条の割増賃金が支払われるよう取り扱うこと。したがって、宿日直に対応する医師等の数について、宿日直の際に担当する患者数との関係又は当該病院等に夜間・休日に来院する急病患者の発生率との関係等からみて、上記のように通常の勤務時間と同態様の業務に従事することが常態であると判断されるものについては、宿日直の許可を与えることはできないものであること。
3 宿日直の許可は、一つの病院、診療所等において、所属診療科、職種、時間帯、業務の種類等を限って与えることができるものであること。例えば、医師以外のみ、医師について深夜の時間帯のみといった許可のほか、上記1⑵の例示に関して、外来患者の対応業務については許可基準に該当しないが、病棟宿日直業務については許可基準に該当するような場合については、病棟宿日直業務のみに限定して許可を与えることも可能であること。
4 小規模の病院、診療所等においては、医師等が、そこに住み込んでいる場合があるが、この場合にはこれを宿日直として取り扱う必要はないこと。ただし、この場合であっても、上記2に掲げるような通常の勤務時間と同態様の業務に従事するときには、法第33条又は第36条第1項による時間外労働の手続が必要であり、法第37条の割増賃金を支払わなければならないことはいうまでもないこと。

医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について

1 所定労働時間内の研鑽の取扱い
所定労働時間内において、医師が、使用者に指示された勤務場所(院内等)において研鑽を行う場合については、当該研鑽に係る時間は、当然に労働時間となる。
2 所定労働時間外の研鑽の取扱い
所定労働時間外に行う医師の研鑽は、診療等の本来業務と直接の関連性なく、かつ、業務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者(以下「上司」という。)の明示・黙示の指示によらずに行われる限り、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しない。
他方、当該研鑽が、上司の明示・黙示の指示により行われるものである場合には、これが所定労働時間外に行われるものであっても、又は診療等の本来業務との直接の関連性なく行われるものであっても、一般的に労働時間に該当するものである 。
所定労働時間外において医師が行う研鑽については、在院して行われるものであっても、上司の明示・黙示の指示によらずに自発的に行われるものも少なくないと考えられる。このため、その労働時間該当性の判断が、当該研鑽の実態に応じて適切に行われるよう、また、医療機関等における医師の労働時間管理の実務に資する観点から、以下のとおり、研鑽の類型ごとに、その判断の基本的考え方を示すこととする。
⑴ 一般診療における新たな知識、技能の習得のための学習
ア 研鑽の具体的内容
例えば、診療ガイドラインについての勉強、新しい治療法や新薬についての勉強、自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り、シミュレーターを用いた手技の練習等が考えられる。
イ 研鑽の労働時間該当性
業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間については、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しないと考えられる。
ただし、診療の準備又は診療に伴う後処理として不可欠なものは、労働時間に該当する。
⑵ 博士の学位を取得するための研究及び論文作成や、専門医を取得するための症例研究や論文作成
ア 研鑽の具体的内容
例えば、学会や外部の勉強会への参加・発表準備、院内勉強会への参加・発表準備、本来業務とは区別された臨床研究に係る診療データの整理・症例報告の作成・論文執筆、大学院の受験勉強、専門医の取得や更新に係る症例報告作成・講習会受講等が考えられる。
イ 研鑽の労働時間該当性
上司や先輩である医師から論文作成等を奨励されている等の事情があっても、業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間については、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しないと考えられる。
ただし、研鑽の不実施について就業規則上の制裁等の不利益が課されているため、その実施を余儀なくされている場合や、研鑽が業務上必須である場合、業務上必須でなくとも上司が明示・黙示の指示をして行わせる場合は、当該研鑽が行われる時間については労働時間に該当する。
上司や先輩である医師から奨励されている等の事情があっても、自由な意思に基づき研鑽が行われていると考えられる例としては、次のようなものが考えられる。
・ 勤務先の医療機関が主催する勉強会であるが、自由参加である
・ 学会等への参加・発表や論文投稿が勤務先の医療機関に割り当てられているが、医師個人への割当はない
・ 研究を本来業務とはしない医師が、院内の臨床データ等を利用し、院内で研究活動を行っているが、当該研究活動は、上司に命じられておらず、自主的に行っている
⑶ 手技を向上させるための手術の見学
ア 研鑽の具体的内容
例えば、手術・処置等の見学の機会の確保や症例経験を蓄積するために、所定労働時間外に、見学(見学の延長上で診療(診療の補助を含む。下記イにおいて同じ。)を行う場合を含む。)を行うこと等が考えられる。
イ 研鑽の労働時間該当性
上司や先輩である医師から奨励されている等の事情があったとしても、業務上必須ではない見学を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う場合、当該見学やそのための待機時間については、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しないと考えられる。
ただし、見学中に診療を行った場合については、当該診療を行った時間は、労働時間に該当すると考えられ、また、見学中に診療を行うことが慣習化、常態化している場合については、見学の時間全てが労働時間に該当する。
3 事業場における研鑽の労働時間該当性を明確化するための手続及び環境の整備
研鑽の労働時間該当性についての基本的な考え方は、上記1及び2のとおりであるが、各事業場における研鑽の労働時間該当性を明確化するために求められる手続及びその適切な運用を確保するための環境の整備として、次に掲げる事項が有効であると考えられることから、研鑽を行う医師が属する医療機関等に対し、次に掲げる事項に取り組むよう周知すること。
⑴ 医師の研鑽の労働時間該当性を明確化するための手続
医師の研鑽については、業務との関連性、制裁等の不利益の有無、上司の指示の範囲を明確化する手続を講ずること。例えば、医師が労働に該当しない研鑽を行う場合には、医師自らがその旨を上司に申し出ることとし、当該申出を受けた上司は、当該申出をした医師との間において、当該申出のあった研鑽に関し、
・ 本来業務及び本来業務に不可欠な準備・後処理のいずれにも該当しないこと
・ 当該研鑽を行わないことについて制裁等の不利益はないこと
・ 上司として当該研鑽を行うよう指示しておらず、かつ、当該研鑽を開始する時点において本来業務及び本来業務に不可欠な準備・後処理は終了しており、本人はそれらの業務から離れてよいことについて確認を行うことが考えられる。
⑵ 医師の研鑽の労働時間該当性を明確化するための環境の整備
上記⑴の手続について、その適切な運用を確保するため、次の措置を講ずることが望ましいものであること。
ア 労働に該当しない研鑽を行うために在院する医師については、権利として労働から離れることを保障されている必要があるところ、診療体制には含めず、突発的な必要性が生じた場合を除き、診療等の通常業務への従事を指示しないことが求められる。また、労働に該当しない研鑽を行う場合の取扱いとしては、院内に勤務場所とは別に、労働に該当しない研鑽を行う場所を設けること、労働に該当しない研鑽を行う場合には、白衣を着用せずに行うこととすること等により、通常勤務ではないことが外形的に明確に見分けられる措置を講ずることが考えられること。手術・処置の見学等であって、研鑚の性質上、場所や服装が限定されるためにこのような対応が困難な場合は、当該研鑚を行う医師が診療体制に含まれていないことについて明確化しておくこと。
イ 医療機関ごとに、研鑽に対する考え方、労働に該当しない研鑽を行うために所定労働時間外に在院する場合の手続、労働に該当しない研鑽を行う場合には診療体制に含めない等の取扱いを明確化し、書面等に示すこと。
ウ 上記イで書面等に示したことを院内職員に周知すること。周知に際しては、研鑽を行う医師の上司のみではなく、所定労働時間外に研鑽を行うことが考えられる医師本人に対してもその内容を周知し、必要な手続の履行を確保すること。
また、診療体制に含めない取扱いを担保するため、医師のみではなく、当該医療機関における他の職種も含めて、当該取扱い等を周知すること。
エ 上記⑴の手続をとった場合には、医師本人からの申出への確認や当該医師への指示の記録を保存すること。なお、記録の保存期間については、労働基準法(昭和22年法律第49号)第109条において労働関係に関する重要書類を3年間保存することとされていることも参考として定めること。

 

大西連『絶望しないための貧困学』

9784591163443 大西連さんより『絶望しないための貧困学』(ポプラ新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8201174.html

現在、「日本に貧困はない」という人はいない。
実際に、6人に1人が「貧困」と言われるこの日本で、
「貧困」は私たちのすぐそばにある。
しかし、私たちはそれを体感しているだろうか。

「貧困」は数字で語られることが多いが、
数字が語りかける「問題の深刻さ」は、
必ずしも具体的なイメージをともなわない。

本書では、ストーリーとデータの往還から
「この国で貧困であること」の意味を浮かびあがらせていく。
私たちは「貧困」とどう向き合い、乗り越えていけばいいのか。
安易な絶望に陥らないための最良の入門書。

もやい理事長の大西さんの久しぶりの新著、ではありません。実は4年前に同じポプラ社から出た『すぐそばにある「貧困」』の新書版です。

なので、4年前にこの本を頂いたときに書いたエントリをそのまま引用しておきます。これは本当に正真正銘の素直な感想でした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-5580.html (ビルドゥングス・ロマンとしての大西連『すぐそばにある「貧困」』 )

・・・大西さんとは、かつて一度、大野更紗さんや川村遼平さんと一緒にお会いしてお話をしたことがあります。いまは「もやい」の理事長をしている大西さんによる貧困問題についての啓蒙書・・・ではあるんですが、そして本人もそういう読まれ方を期待しているとは思うのですが、ここではそれとはひと味違う、この本独特の「読み方」を述べたいと思います。

それは、大西連という1987年生まれの一青年が、人生を見失ってふらふらしていた時にふとしたことからホームレスの支援運動に関わりはじめ、さまざまな出会いと悩みを繰り返しながら、その活動家として、そしてリーダーとして自己形成していく姿を描き出した、そういわゆる一つの「ビルドゥングス・ロマン」になっているんです。

冒頭第1章は、高校時代に不登校で渋谷のカラオケでお金がなくなり路上で出合ったホームレスの「ケンちゃん」とのエピソードから始まります。

高卒後フリーターとなっていた大西青年は、アルバイト先の友人に誘われて新宿中央公園の炊き出しに参加。「意識の低い」青年だった彼が、そこから生活保護の申請同行、相談会、不正受給をめぐるいざこざ、と、「成長」していく姿は、『活動家一丁上がり』の実録編であるとともに、何よりもこの大西連という「意識の低」かった青年の「ビルドゥングス・ロマン」となっています。

いやもう、「貧困」ものはおなかいっぱい。読まなくても大体わかってるし・・・、と言いたげなそこのあなた。本書はそれ以上の大きな付加価値があります。

今回の本には、最後に漫画家の柏木ハルコさんとの対談が載っています。

対談 「自己責任」と説教しても、貧困問題は解決しない(柏木ハルコ×大西連)

 

 

 

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