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2019年8月23日 (金)

大学教授の労働時間概念

K10012042101_1908201905_1908202005_01_06 NHKニュースウェブに、「“勤務ではない研究” 大学教員の働き方を考える」という大変興味深い記事が載っています。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190820/k10012042101000.html

 「土日に職場に出てきても『自主的な研さん』であれば、休日出勤には該当しない。大学も教員もそういう意識でした。好きでやっているのですから」
休日出勤の賃金が払われない”勤務ではない研究”を続けてきたある大学教員のことばです。
しかし、いま、こうした働き方は違法だとして労働基準監督署から是正勧告を受ける大学が相次いでいます。どんな働き方をしていて、何が問題になっているのか、取材を進めると複雑な実態が見えてきました。

例の島根大学の是正勧告に関わって、よく取材して書かれた記事です。

・・・働き方改革を推進する機運が高まる中、大学の教員の働き方にも透明性が求められています。

「自主的な研さん」と言いながらもそれが長時間労働につながり、健康被害につながることはあってはなりません。

しかし、その一方で、教員の中には、多様な働き方を求めるニーズがあることも事実ですし、世界の研究者としのぎを削るなかで、働く意欲が失われるような事態は避けなくてはなりません。

「自己研さん」か「労働」かといった二者択一なのか、そうではなく、より多くの関係者が納得感の得られる働き方が存在するのか。

今回の取材を通じていま、真剣に模索すべき時期に来ているのではないかと感じました。

で、たまたま図書館に届いた『青山経済論集』という青山学院大学の紀要に、白井邦彦さんが「働き方改革関連法と私立大学教員の「労働時間の状況の把握」に関する一試論」という文章が載っているのを見つけました。

白井さんはかなり幅広く労働法の文献を読まれた上で(参考文献にはジンツハイマーまで出てきます)、大学教員に今回の働き方改革関連法で義務づけられた「労働時間の状況の把握」をそのまま適用するのは無理があると主張しています。

これは、自分のやり方に合わないから駄目というような短絡的な議論ではなく、ジンツハイマーまで遡って従属労働論を吟味した上での議論です。詳細は同論文を読んでいただくべきですが、白井さんの主張は、

・・・大学教員の「研究・授業準備・研究上の知見に基づく社会貢献活動」は基本的には「使用者(大学経営者)の指揮命令によってなされるもの」でも、「使用者から義務づけられ又その行為をすることを余儀なくされているもの」ではないだろう。・・・よって、そもそも大学教員のそれらの業務の遂行時間は、「厚生労働省が規定する労働時間概念」に適合しないものと思われる。

・・・さらに「従属労働論」からしても私立大学教員の「研究、授業準備、研究上の知見に基づく社会貢献活動」はそれら業務の性質上、「従属労働」とはいえないし、そもそも本質的に「従属労働」たりえないものといえよう。・・・

この議論は実は大変重要な論点をいくつも潜ませていると思いますが、まずなによりも、そういう「従属労働」たりえない働き方というのは大学教授だけの特権ではないでしょう、という議論(必ずしも反論ではなく)が提起されるように思われます。それこそ公私のさまざまな研究機関の研究者は全く同じでしょうし、さらにいえば、いま問題となっている医師の労働時間の中の「研鑽」時間とも関わってきます。

そういう広がりへの目線はあまりないのですが、いずれにしても問題の当事者でありうる大学教員の立場からの問題提起としては、しっかりと受け止める必要はありそうです。

 

 

 

 

 

2019年8月22日 (木)

戦後労働法学の歴史的意味@『労基旬報』8月25日号

『労基旬報』8月25日号に、「戦後労働法学の歴史的意味」を寄稿しました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/hamaguchisensei.html

 昨年刊行した『日本の労働法政策』(労働政策研究・研修機構)では、近代日本の労働法政策の歴史をほぼ20年周期で区分し、自由主義の時代(1910年代半ば~1930年代半ば)、社会主義の時代(1930年代半ば~1950年代半ば)、近代主義の時代(1950年代半ば~1970年代半ば)、企業主義の時代(1970年代半ば~1990年代半ば)、市場主義の時代(1990年代半ば~)と名付けています。この時代区分自体にもいろいろと議論のあるところですが、今回はそれと労働法学の動向がどこまで対応していたのか、あるいはいなかったのかについて考えてみたいと思います。その際、終戦直後に誕生し、高度成長期に至るまで大きな影響力を振るったいわゆるプロ・レイバー労働法学をどう位置付けるべきかに焦点を当てて考えます。
 戦前の自由主義の時代には、そもそも労働法学という分野自体確立しておらず、末弘厳太郎ら一部の研究者が新分野を開拓する形で研究を進めていました。これは当時内務省社会局が政府部内で社会立法に向けて気を吐いていたのと対応しています。労働法研究が大きく拡大するのは、戦時体制下で続々と勤労統制立法が相次ぐようになってからです。当時の労働法学者は、時代の空気を読んで国家主義的なレトリックをまぶしながら、次々と作り出される労働立法の解説に勤しみました。
 日本が戦争に敗れた1945年は圧倒的に多くの歴史叙述において20世紀最大の画期とみなされていますが、労働法政策の観点からすれば同じ社会主義的労働政策の中で、ナチス流の国家社会主義的な方向からアメリカのニュー・ディール風の偏差を持った社会民主主義的な方向への転換がされた年という位置づけになります。では労働法学においてはどうだったのでしょうか。GHQ占領下で続々と制定された戦後労働立法を受けて、社会民主主義的な労働法学の潮流が確立していった・・・・というわけではありませんでした。むしろ、当時の急進的な労働運動に引きずられるように、あるいはそれを引きずるような形で、マルクス・レーニン主義や唯物史観を掲げる労働法学が一世を風靡し、多数派となっていったのです。世に言う「プロ・レイバー労働法学」です。これに対し、「労働力の集団的コントロール」を掲げ、欧米型のトレード・ユニオニズムを理念型とする吾妻光俊らは少数派にとどまりました。
 当時の労働法学はその関心のほとんど大部分を労使関係法に向けていたので、その対立もほとんど労働組合、団体交渉、労働争議といったことに関わるものでした。まずもって終戦直後の労働組合が実行した生産管理闘争に対して、欧米労働組合の「労働力の売り止め」という労働争議のあり方に反することから否定的な吾妻らに対し、プロ・レイバー派はその正当化に努めました。その後も、職場占拠、ピケット、ビラ貼り、リボン闘争など、トレード・ユニオニズムからは正当化しがたい日本独自の職場闘争スタイルをいかに正当化するかがプロ・レイバー派の課題であり続けました。
 これは、労働法政策が近代主義の時代に入った後もかなり長く続き、たとえば1966年に労働省の労使関係法研究会が浩瀚な報告を出したときも、会長の石井照久を始め、欧米型トレード・ユニオンの理念型から現実の日本の労働運動を批判する論調であったのに対して、プロ・レイバー派は非難を浴びせました。その最大の理由は、現実の日本の労働組合が圧倒的に企業別組合であるにもかかわらず、労使関係の近代化を主張することは結果的に労働運動の弱体化につながるではないかという点にありました。職務給の導入など欧米型の労働市場への近代化を唱える政府に対して、それが中高年男性の賃下げにつながると否定的であった当時の労働運動やマルクス経済学者とよく似た構図であったと言えましょう。
 この、近代主義の時代に近代化を拒むスタンスは、言葉の上ではマルクス主義や唯物史観の用語がちりばめられているため「左翼的」に見えますが、現実の社会構造上の機能という観点から見れば、企業別組合という変えがたい現実に限りなく妥協しようとする現実主義であったと評することもできるでしょう。そしてそれは、戦時中の産業報国会を受けつぐものであり、その意味で社会主義の時代の産物でした。このことを最も明確に語っているのは、プロ・レイバー労働法学の旗手と言われた沼田稲次郎です。彼は著書『現代の権利闘争』(労働旬報社、1966年)の中でこう述べています。やや長いですが、戦後労働運動の本質、そしてそれを擁護した戦後労働法学の本質がくっきりと描き出されています。

 ・・・戦後日本において労使関係というもの、あるいは経営というものがどう考えられているかということ、これは法的意識の性格を規定する重要なファクターである。敗戦直後の支配的な意識を考えてみると、これには多分に戦争中の事業一家、あるいは事業報国の意識が残っていたことは否定できないと思う。生産管理闘争というものを、あれくらい堂々とやれたのは極貧状態その他の経済的社会的条件の存在によるところには違いないが、またおそらくは戦時中の事業報国の意識の残存であろうと思われる。事業体は国に奉仕すべきだという考え方、これが敗戦後は生産再開のために事業体は奉仕すべきだという考え方になった。観念的には事業体の私的性格を否定して、産業報国とそれと不可分の“職域奉公”という戦時中の考え方が抽象的理念を変えただけで直接的意識として労働関係を捉えた。産報の下では、民草はそれぞれの職域において働く。だから経営者は経営者の職域において、労働者は労働者の職域において職域奉公をなすべく、産業報国・事業報国が規範的理念であったことは周知の如くである。かかるイデオロギーというものが敗戦を機に一朝にしてなくなったのではなく、戦後における労使関係観というものの中に浸透していったといってよいだろう。
 経営というものに対する見方についてもそういう考え方はやはり流れていたであろう。すると、その経営を今まで指導していた者が、生産サボタージュのような状態を起こしたとすれば、これは当然、覇者交替だったわけで、組合執行部が、これを握って生産を軌道に乗せるという発想になるのがナチュラルでなければならない。国民の懐いておった経営観というものがそういうものであった。経営というものは常に国家のために動いておらなければいけないものだ、しかるにかかわらず、経営者が生産サボをやって経営は動いておらない、これはけしからん。そこで組合は、我々は国民のために工場を動かしているんだということになるから、生産管理闘争というものは、世論の支持を受けたわけでもあり、組合員自身が正当性意識を持って安心してやれたということにもなる。
 そんなわけで戦後の労使関係像というものが背後にあって、ある種の労使慣行というものができた。例えば組合専従制というもの、しかも組合専従者の給与は会社がまるまる負担する。組合が専従者を何人決めようが、これは従業員団であるところの組合が自主的に決めればいいわけである。また、ストライキといっても、労働市場へ帰って取引する関係としてよりも、むしろ職場の土俵の中で使用者と理論闘争や権力の配分を争う紛争の状態と意識されやすい。経営体として我々にいかほどの賃金を支払うべきであるかという問題をめぐって経営者と議論をして使用者の言い分を非難する-従業員としての生存権思想の下に-ということになる。課長以下皆組合に入っており、経営者と談判しても元気よくやれた。・・・団体交渉の果てにストライキに入ると、座り込んで一時的であれ、職場を占拠して組合の指導下においてみせる。そして、経営者も下手をすれば職場へ帰れないぞという気勢で闘ったということであろう。だから職場占拠を伴う争議行為というものは、一つの争議慣行として戦争直後は、だれもそれが不当だとは考えておらなかった。生産管理が違法だということさえなかなか承服できなかった。職場、そこは今まで自分が職域奉公していた場所なのだから、生産に従事していた者の大部分が座り込んで何が悪いのか。出て行けなんていう経営者こそもってのほかだという発想になる。経営というものは「私」さるべきものではなくて、事業報国すべき筋合いのものであるならば、経営を構成する者の大部分を占める従業員団が支配したって何が悪いか、というのも当然であったろう。
 もちろん当時は共産党の指導していた産別会議時代だから、生産管理戦術には工場ソヴィエト的な考え方が流れていたかも知れない。あるいは、工場ソヴィエト的な考え方と、事業一家、職域奉公の意識が結びついて、一種独特な経営像が成り立ったといえるのかもしれない。いずれにせよ、そこから出てくる労使慣行というものは、労、使の立場が分離しない条件に規定せられていたといえよう。労働組合が、かえって労務管理的な機能を営んでいたともいえそうである。戦争中の労務管理体制というものは崩れてしまって、組合の執行部を通して労働力がようやく使用者によって握られていたという関係があったから、組合専従者が会社から月給を取るのも当たり前だとせられたのも不思議なことではなかった。そしてそのような労働慣行を承認しつつ労働法が妥当していたといえよう。・・・

 一言で言えば、戦時中の産業報国会に左翼的な工場ソヴィエトの風味を若干まぶしたようなものを、欧米型のトレード・ユニオンを前提に作られた労働組合法上の労働組合としていかに正当化するかが戦後労働法学の最大の使命であったわけです。とりわけ、アメリカ型労使関係法制の全面的導入を目論見ながらそれが中途半端に終わった1949年改正の後には、それでもなお残る労使慣行をいかに擁護するかに精力が注がれました。沼田は1949年改正の意味を「戦後に残っていた産業報国会的な経営観、労使関係観を破るところにあった」とし、「「労」と「使」の立場を峻別するということにほかならなかった」と評しています。そして、結局、在籍専従制度の定着、チェック・オフの慣行化、組合事務所の貸与、就業時間中のある程度の組合活動など、完全には労、使の立場を峻別しない特有の妥協点に至ったと述べています。吾妻光俊や石井照久らトレード・ユニオン派の労働法学者に対抗するプロ・レイバー労働法学者たちの任務は、これら産業報国会の残滓を断固擁護することであったわけです。
 この歴史叙述はほぼ正確なものだと思われますが、問題は終戦直後にはかなり強く匂っていた「工場ソヴィエトの風味」が、時代の推移とともに蒸発していき、一部の労働組合活動家や労働法学者以外にはほとんど何の意味もないものになっていったということです。工場ソヴィエトの風味をまぶした産業報国会からその風味が蒸発したら、残るのはただの産業報国会となります。「労」と「使」を峻別せず、事業一家的な経営観の下で、従業員団の代表としての経営者の指導の下に、労働組合が労務管理的な機能を果たし、従業員たちが「職域奉公」する世界です。そこにおいては、かつて(工場ソヴィエトの幻想に浸って)従業員団の代表として活躍した組合活動家たちは、企業秩序を破壊する生産阻害者とみなされ、少数派組合へと追いやられていきます。従業員の圧倒的多数は、自分たちにとってより素直になじめる労使協調型、あるいはむしろ労使一体型の企業別組合に流れ込んでいったのです。
 プロ・レイバー労働法学者たちはこの事態に悲憤慷慨しましたが、事態は深刻でした。工場ソヴィエト風味が消え失せた労使協調型組合は、プロ・レイバー労働法学が(トレード・ユニオン派に抗して)作り上げ、一定の判例法理に反映させてきた、企業別組合に適合したさまざまな小道具-ユニオンショップ協定やチェックオフや統制処分-を使える立場になったからです。大変皮肉なことですが、プロ・レイバー労働法学は、自分が作り上げてきた武器によって自分が擁護したい当の勢力が追い詰められるという立場に立たされたわけです。
 おそらくはこうした矛盾に耐えきれなくなったためでしょうが、1970年代にはプロ・レイバー労働法学が大きな方向転換を試みていきます。一言で言えば、企業、職場レベルの集団性に立脚し、従業員としての生存権を強調する考え方から、労働者個人の人権に立脚し、企業や組合からの自由を強調する考え方への大転換です。集団志向と個人志向、統制志向と自由志向というのは、およそ社会思想を大きく二分する最大の分類基準であることを考えると、これはもうほとんど180度の大転換ということができます。そんなことがあり得たのは、彼らが擁護しようとしていたかつての工場ソヴィエト風味の残党が、もはや少数派ですらなく、孤独な闘争を繰り広げる個人になりつつあったからかもしれません。最も強硬な集団主義者たちが個人レベルにまで少数化してしまったことの帰結としての逆説的な個人主義の称揚を、どこまで真の個人主義、自由主義と呼ぶことができるのかわかりませんが、いずれにしても、1970年代はプロ・レイバー労働法学の大転換の時期でした。
 そしてそれは、社会の主流派における逆向きの大転換とも軌を一にしていたのです。そう、1970年代というのは、それまで政府や経営側が(少なくとも建前としては掲げていた)近代主義の旗を降ろし、日本的な雇用慣行や労使関係の素晴らしさを正面から称揚し、「近代を超えて」などと言い出していた時代です。それまで「労使関係の近代化」を掲げ、欧米と異なる日本的なあれこれの特徴を否定的に見ていた発想も、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の大合唱の中でいつの間にか消え失せていきました。私が労働法政策において「近代主義の時代」から「企業主義の時代」へとして描いた転換は、この時期の日本社会の相当部分で同時に進行していた変化でもあったように思われます。その中で、欧米のトレード・ユニオニズムを理念型とする「労働市場の集団的コントロール」理論も現実社会に何の存立基盤もない理想論として、疾うに消え失せていたのです。
 こうして、集団主義者だったはずの者が個人主義者になり、個人主義者だったはずの者が集団主義者になるという二重のパラドックスをくぐり抜けて、集団主義的な日本型雇用システムに即した労働法学と、それに批判的で労働者個人の人権を強調する労働法学が対峙する構造がようやく達成された・・・と思ったのもつかの間、その図式は再び揺るがされます。1990年代には再び労働法政策の大転換が進み、「市場主義の時代」が押し寄せてきたからです。企業中心の発想から再び個人の自由重視の発想が支配的イデオロギーとなりました。転換したプロ・レイバー労働法学は再度、労働者個人はそれほど強い存在ではなく、個人の自由を掲げるだけでは市場の強大な力に流されてしまうだけだという、古典的な労働法の公理を噛みしめることになっていきます。

 

2019年8月21日 (水)

『月刊連合』8・9月号

Covernew_20190821133801 『月刊連合』8・9月号は、ILO創設100周年×連合結成30周年ということで、ガイ・ライダー 国際労働機関(ILO)事務局長 × 神津里季生 連合会長の対談が組まれています。「「輝かしい未来と仕事」〜私たちが未来を変える〜」と題して、いろいろと語られていますが

https://www.jtuc-rengo.or.jp/shuppan/teiki/gekkanrengo/backnumber/new.html

2019089_p23 2019年、ILO(国際労働機関)は創設100周年という大きな節目を迎え、6月の第108回総会で「仕事の未来に向けた創設100周年記念宣言」を採択した。連合も、今秋に結成30周年を迎えるにあたって、連合ビジョン「働くことを軸とする安心社会ーまもる・つなぐ・創り出すー」をまとめた。共通するメッセージは「未来は変えられる」だ。
世界は今、情報技術革新、人口動態、気候変動、グローバル化などによって、かつてない規模と深度の急激な変化に直面している。その課題をどう受け止め、「仕事の未来」を切り拓いていくのか。G20(金融・世界経済に関する首脳会合)閉会直後の大阪で、ILO初の労働組合出身事務局長であるガイ・ライダー氏と神津会長が語り合った。

この対談の中で一番重要な一節は、ライダーさんのこの言葉でしょう。

・・・3つめは「仕事の未来」に対応して、自らも変革していくという視点を持っていることです。今、ギグエコノミーなど、従来の雇用労働とは異なる働き方が登場しています。そうした不安定な労働者の権利を守るには何が必要か。労働市場や労働法制の整備だけでなく、労働組合自身が、多様な働き方の人たちを包摂する組織へと自らを変革する必要があります。これは非常に重要です。それができるかどうかが、「仕事の未来」を方向付けることになるからです。・・・

これとも関連して、後ろの方では例のベルコ事件に関する記事がいっぱい載っています。

偽装雇用か!?

ベルコだけの問題じゃない!

今回、本誌でお伝えしたいことは「会社組織の丸ごと偽装」。指揮命令の実態は通常の会社組織と変わらないのに、業務委託契約を濫用し、ほぼ全従業員を「個人請負」扱いにしてあらゆる労働法規の適用を逃れている。こんなやり方を許したら、日本の雇用社会は根底から破壊されるという危機感が広がっている。これではどんな仕事でも業務委託になってしまう。これは人ごとではない。明日は我が身…すなわち、私たち自身の問題だ。冠婚葬祭互助会大手の「ベルコ」で起きている問題を見てほしい。
6月13日には、北海道労働委員会が、全ベルコ労働組合の組合員に対する事実上の解雇と団体交渉拒否を不当労働行為と認定し、職場復帰等を命じる命令を下したが、高裁での裁判は継続中。闘いはまだまだ続く。この問題、ますます目が離せない。

■記者の解説

風間直樹 週刊「東洋経済」記者

■当事者の声・支援メッセージ

高橋 功 全ベルコ労働組合委員長
棗 一郎 弁護士・全ベルコ労働組合裁判闘争弁護団
出村良平 連合北海道会長
北野眞一 情報労連中央本部書記長
逢見直人 連合会長代行 

 

 

 

2019年8月20日 (火)

仕事の未来を考える@『情報労連REPORT』8-9月号

190809_cover 『情報労連REPORT』8-9月号は「仕事の未来を考える」と、でかいテーマを取り上げています。

郷野晶子さんや清家篤さんのインタビューの他、いろんな記事が載っていますが、

http://ictj-report.joho.or.jp/special/

190809_sp06_face ここではまず首藤若菜さんの「グローバル化と労使関係 労働組合は国際連携をどう強化すべきか」を。

http://ictj-report.joho.or.jp/1908-09/sp06.html

経済のグローバル化は、労働組合運動にマイナスに影響するというのが学問的な見解です。元来、労働組合運動は国内労働者の雇用・労働条件の維持・向上が主な目的でした。安い人件費で自分たちから雇用を奪う他国の労働者とは敵対関係になりがちです。経営者はその敵対関係を利用しながら、労働組合運動を分断し、人件費がより安いところに雇用を移転させてきました。

経済のグローバル化は、ストライキにも悪影響があります。製造業はその典型です。A国で労働組合がストライキを起こすと、会社はB国に生産をシフトし、ストライキの効果を減退させてきました。

一方、労働組合運動は「ナショナルな運動」でありながら、その誕生時から「インターナショナルな運動」でもありました。外国に移転する雇用をどう守るかは繰り返し議論され、運動の統一は常に課題でした。現実的には言葉や文化、雇用慣行の違いがハードルとなって連帯がなかなか進まない現状がありますが、経済のグローバル化が進む中で、国際連帯の強化はますます重要な課題になっています。・・・

Face_tsunemi それから、常見陽平さんの連載はコンビニ外国人です。

http://ictj-report.joho.or.jp/1908-09/tsunemi.html

そんな「コンビニ外国人」を巡って、思わず絶句する光景を目撃した。夜中のコンビニでオーナーとおぼしき高齢の男性が、外国人の男性店員を延々と叱りつける様子を見てしまったのだ。仲裁に入るちっぽけな勇気がなかったことを反省した。

電子マネー決済の不具合が原因だった。まだ日本語が不慣れな彼に厳しい言葉が浴びせられる。彼は謝罪、弁明もたどたどしい。これが火に油を注ぐ。店長はますます激高する。

いくら至らない点があるとはいえ、日本語も上手ではなく、コンビニ業務にも慣れていない外国人店員を叱りつける店長の言動はパワハラそのものだ。

ただ、このオーナーにもわずかながら同情できる点があった。そもそも、なぜこの遅い時間にオーナーが自ら店頭に立っているのだろう。きっと、人手不足が原因だ。近くにはドミナント出店で同じコンビニチェーンも出店している。もし、オーナーが異なる場合はアルバイトの奪い合いにもなるだろう。・・・

・・・コンビニには、日本社会の問題が凝縮されている。快適、便利は「コンビニ外国人」によって担われている。個人事業主であるにもかかわらず、労働者のように扱われるオーナーも楽ではない。・・・

・・・もっとも、彼らを犠牲にしてはよくないが、その視点から日本の労働社会の根本的な問題があらわになるのではないかと私は予測している。便利さ、安さを追求するがゆえの問題がここでは明らかになる。

外国人労働者との共生のためにも、日本の労働社会の問題を直視したい。コンビニ外国人はその最も身近な例だ。

 

 

 

 

戦前のILOと北岡寿逸@北岡伸一

日本ILO協議会が刊行している『WORK & LIFE 世界の労働』の2019年第4号は、ILO100周年特集ということで、いろいろな記事を載せていますが、その中に、こういうのがありました。

https://iloj.org/book.html

■戦前の ILO と北岡寿逸  北岡伸一

うん?この名前に覚えがある?

いやもちろん、筆者の北岡伸一さんは有名な政治学者(日本政治思想史)で、国連代表部の次席公使も務められ、現在はJICA理事長ですから、大変有名な方です。

ではタイトルにある北岡寿逸は?こちらは、世の普通の方々にはほとんど知られていないでしょうが、拙著『日本の労働法政策』を通読された数少ない方々には、いくつものページで登場してきた戦前の労働官僚として記憶に残っているのではないかと思います。

この北岡という姓を共有する二人の関係は?というと、この文章の冒頭にこうあります。

・・・なお、北岡寿逸は筆者の大叔父にあたり、筆者は長年親しく交際してきた。それゆえ直接聞いた話を提供できる反面、身近に接したが故のバイアスもあると思われる。・・・

そう、この文章は、又甥の伸一が大叔父の寿逸を描くという、なかなかよくできた企画なんですね。

Kitaoka_juitsu 寿逸は東京帝大法学部から農商務省に入りましたが、同じ経歴の岸信介の2年先輩です。ただ、岸が上杉慎吉に近かったのに対し、寿逸は吉野作造のファンだったようです。農商務省に入省したのも、女工の待遇改善に関心を持ったためで、伸一は「要するに、北岡は、大正デモクラシー期の官僚的進歩主義の持ち主であって、労働問題に強い関心を持っていた」と述べています。

さて、この雑誌の性格からいって、この文章の焦点はILOとの関係に向けられています。拙著でもやや詳しく描いたILO総会への労働者代表問題のほか、彼が国際労働機関帝国代表事務所長として、国際政治に翻弄されたころのことが、政治学者としての伸一の目で描かれているところが興味深いです。

・・・その頃、ソ連代表はスタハノフ運動について大宣伝をしていた。一方、北岡はエストニア人からロシアの内情を聞き、スターリン独裁下の飢餓、餓死、大粛清について詳しい情報を得た。以後、反ソ反共の信念を固めたという。・・・

しかし、日中戦争が勃発すると、

・・・中国や中国に同情的な国々は、いろんな機会を利用して日本の侵略を非難し、他方でILO事務局は労働運動に関わらないことは取り上げないという立場をとって、日本に対する直接的な非難が拡大しないように努めた。しかし、対日批判を止めることは難しかった。一方、北岡はILOにおける日本批判拡大を阻止するよう努める一方、東京に向けては日中戦争を批判し、三国同盟を批判する文書を送り、ときに新聞にも発表していた。・・・

・・・1938年10月、日本政府はILO脱退を決定し、北岡は12月、インド洋経由で帰国することとなった。帰国すると、国際労働機関帝国事務所は廃止となり、北岡は廃官退職となることとなった。政府批判が北岡の将来にとってマイナスだったことは明らかだった。・・・

という運命がやってきます。

このあたりの経緯について、外務省の外交史料館が刊行している『外交史料館報』の第28号(2014年)に、神山晃令さんが「国際労働機関(ILO)との協力終止関係史料」というのを書かれていて、その寿逸の書いた文書も全文載っています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000069462.pdf

10月20日付で寿逸が西尾村熊雄条約局長宛に出した書簡が、彼の気持ちをよく示しています。

 拝復 去る六月二十一日附の御手紙有難う御座いました その節「当局の三思発奮」を促されたので御返事を書かうと思乍ら問題か大分根本的なので躊躇して居る中 外務省の協力無用論か反映して つまらない聯盟の決議を機会に遂に労働機関と袂を分つ事となりました 小生としては近時頗る親日的で事毎に日本を弁護するか如き立場にあった労働機関殊に事務局とこんなつまらない事の巻き添へを喰って別るるに至った事誠に残念です

 貴下並に外務省の方々は是社会局―及厚生省―多年の消極的態度の結果で自業自得(?)と云ふでせう 然し小生は労働機関脱退の結果悪い影響かあるとすればそれは外務省の方面、厚生省の方面てはない 労働機関か対日悪宣伝に利用せられ日本の通商方面に悪影響のある虞はあっても日本の労働立法の進歩には何等影響ないと考ヘて居ます 貴下は是厚生省当局の消極的態度と云ふでせう その通りてす・・・

 ・・・尚最近日本の脱退論は労働運動者の中から起ったと曰はれますか彼等は従来代表又は顧問になれなかった不平組及何か問題を訴へては小遣銭を稼ぎ名を売る人にて真実労働者の生活の向上を願ふ労働運動者ではありません 日本労働運動の本流は常に国際労働支持論です・・・

・・・・・  当地では労働機関に聯盟の経済部を吸収して(労働機関の方に吸収する事に依りアメリカその他五ケ国の非聯盟国を保有するの利あり)国際経済社会機関とすべしとの意見もありますか その場合は独伊も入るべく日本も新に参加の機会もありませう

  最近欧洲の政情局外者として新聞とラヂオとで見聞きしつつ思ふままに批評して居るのも面白いが 然しやはり非常時の故国に帰って同胞と共に不自由な生活も致し度 帰朝の日を待って居ます

  先は右乍延引卑見まで 余は拝眉の上  三谷さんに宜しく 奥様にも宜しく Golf は如何ですか
   十月二十日
                     在寿府  北岡寿逸
    西村熊雄様

なお、戦後の寿逸は「國學院大学教授として、反共、憲法改正、再軍備運動に従事」し、「戦後民主主義の中では保守反動とひとくくりにされ」ましたが、又甥の伸一は今日の視点からこう評価しています。

・・・しかし、ジュネーブの経験からして、戦後民主主義の親ソ的性格は、北岡にとって認められないものであった。西側世界では、恐らく北岡の立場が主流であった。しかし、日本ではそうではなかったのである。

このあたり、「長年親しく交際してきた」大叔父と又甥の若き日の会話が滲み出ている感もあります。

 

 

 

 

2019年8月19日 (月)

梶谷懐・高口 康太『幸福な監視国家・中国』

000000885952019_01_234 梶谷懐・高口 康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000885952019.html

習近平体制下で、人々が政府・大企業へと個人情報・行動記録を自ら提供するなど、AI・アルゴリズムを用いた統治が進む「幸福な監視国家」への道をひた走っているかに見える中国。
セサミ・クレジットから新疆ウイグル問題まで、果たしていま何が起きているのか!?
気鋭の経済学者とジャーナリストが多角的に掘り下げる! 

第4次産業革命、AI、IoT、ビッグデータ、シェアリングエコノミー、ギグエコノミー等々という話題は世界共通に燃え上がっていますが、その中でも中国は、共産党一党独裁体制を堅持しつつ、情報革命の最先端を突っ走っているという点で、本書の中の表現を使えば「異形」の印象を与えています。本書は、その印象を出発点としつつ、むしろ欧米や日本でも進行しつつある現象との共通点に着目する形で、この問題に深く突っ込んでいる本です。少なくとも、欧米や日本のこれらがユートピアで、中国のこれらがディストピアというような認識は間違いだと。中国で起こっていることが問題だとしたら、それは欧米や日本でもそうだし、そもそも中国では何の制約もなく進みつつある監視社会化も、根っこをたどれば現代世界共通の功利主義から来ているという分析は犀利です。

第1章 中国はユートピアか、ディストピアか
    間違いだらけの報道/専門家すら理解できていない
    「分散処理」と「集中処理」/テクノロジーへの信頼と「多幸感」
    未来像と現実のギャップがもたらす「認知的不協和」
    幸福を求め、監視を受け入れる人々
    中国の「監視社会化」をどう捉えるべきか

第2章 中国IT企業はいかにデータを支配したか
    「新・四大発明」とは何か/アリババはなぜアマゾンに勝てたのか
    中国型「EC」の特徴/ライブコマース、共同購入、社区EC
    スーパーアプリの破壊力/ギグエコノミーをめぐる賛否両論
    中国のギグエコノミー/「働き方」までも支配する巨大IT企業
    プライバシーと利便性/なぜ喜んでデータを差し出すのか

第3章 中国に出現した「お行儀のいい社会」
    急進する行政の電子化/質・量ともに進化する監視カメラ
    統治テクノロジーの輝かしい成果/監視カメラと香港デモ
    「社会信用システム」とは何か/取り組みが早かった「金融」分野
    「金融」分野に関する政府の思惑/トークンエコノミーと信用スコア
    「失信被執行人リスト」に載るとどうなるか
    「ハエの数は2匹を超えてはならない」
    「厳しい処罰」ではなく「緩やかな処罰」/紙の上だけのディストピアか
    道徳的信用スコアの実態/現時点ではメリットゼロ
    統治テクノロジーと監視社会をめぐる議論
    アーキテクチャによる行動の制限/「ナッジ」に導かれる市民たち
    幸福と自由のトレードオフ/中国の現状とその背景

第4章 民主化の熱はなぜ消えたのか
    中国の「検閲」とはどのようなものか/「ネット掲示板」から「微博」へ
    宜黄事件、烏坎事件から見た独裁政権の逆説
    習近平が放った「3本の矢」/検閲の存在を気づかせない「不可視化」
    摘発された側が摘発する側に/ネット世論監視システムとは

第5章 現代中国における「公」と「私」
    「監視社会化」する中国と市民社会/第三領域としての「市民社会」
    現代中国の「市民社会」に関する議論/投げかけられた未解決の問題
    「アジア」社会と市民社会論/「アジア社会」特有の問題
    「公論としての法」と「ルールとしての法」/公権力と社会の関係性
    2つの「民主」概念/「生民」による生存権の要求
    「監視社会」における「公」と「私」

第6章 幸福な監視国家のゆくえ
    功利主義と監視社会/心の二重過程理論と道徳的ジレンマ
    人類の進化と倫理観/人工知能に道徳的判断ができるか
    道具的合理性とメタ合理性/アルゴリズムにもとづく「もう1つの公共性」
    「アルゴリズム的公共性」とGDPR
    人権保護の観点から検討すべき問題
    儒教的道徳と「社会信用システム」/「徳」による社会秩序の形成
    可視化される「人民の意思」/テクノロジーの進歩と近代的価値観の揺らぎ
    中国化する世界?

第7章 道具的合理性が暴走するとき
    新疆ウイグル自治区と再教育キャンプ/問題の背景
    脅かされる民族のアイデンティティ/低賃金での単純労働
    パターナリズムと監視体制/道具的合理性の暴走
    テクノロジーによる独裁は続くのか
    士大夫たちのハイパー・パノプティコン
    日本でも起きうる可能性/意味を与えるのは人間であり社会
    
    おわりに
    
    主な参考文献  

ただ、とりわけ第5章以降の梶谷さんの記述は、人間や社会のあり方の深奥部に迫る議論を展開していて大変興味深かったのですが、やはり個人情報と言うことに何らの制約もない中国と、情報社会のあり方を論じるときに必ず最重要事項として個人情報の問題が意識される欧米(とりわけヨーロッパ諸国)との間には、それこそ文化的としか言いようのない深い深淵がありそうな気もします。

いずれにしても、これはこの夏絶対に読まれなければならない本の一つです。

 

2019年8月17日 (土)

「労働争議」ではない集団的労働紛争

8月8日付の「労働争議は特別天然記念物?」のコメント欄でもAlberichさんが紹介していますが、東北自動車道上り線佐野サービスエリアの売店やレストランが運営会社従業員の出社拒否で営業を停止しているようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-e6385a.html#comments

https://news.livedoor.com/article/detail/16931924/

71901_1399_0e05c368_0ab94ddb  お盆真っ最中に大騒動だ! 帰省中のマイカーで混雑する東北自動車道。その上り線にある「佐野サービスエリア(SA)」(栃木県佐野市)のレストランなどが14日、運営会社の従業員たちによる“ストライキ”で営業休止となった。現場には「社長の経営方針にはついていけません」「解雇された部長と支配人の復職と、経営陣の退陣を求めます」との貼り紙が残されていた。佐野ラーメンを提供する人気SAで、この時期は一年でも特に人が訪れる書き入れ時のはず。いったい何が起きたというのか――。

この記事、タイトルは「お盆に!東北自動車道・佐野SAスト内情 運営会社社長の悪評」なんですが、記事中の「ストライキ」に引用符がつけられているように、厳密な意味での労働組合法及び労働関係調整法上の労働争議に当たるかどうかは疑問があります。というのも、この貼り紙には「ケイセイフーズ従業員一同」の名で、「従業員と取引先のみなさんの総意です」とあります。

・・・従業員らで片付け作業に入り、14日未明にSAを閉鎖。従業員らは「おなかが痛いので休む」という名目で14日の出勤を取りやめた。参加人数は40~50人。当面の目標は「部長の不当解雇撤回」だという。・・・

従業員による集団的行動であることは間違いないのですが、労働組合を結成しているわけではないし、「おなかが痛いので休む」のでは、争議団ですらない。

中身は立派な、というか昔はよく見られた集団的労働紛争そのものなのですが、それが労働争議という形をとらない、取りにくい、という点に今日の日本社会の姿が凝縮されているのかもしれませんね。

Natuzora そういえば、朝の連続テレビ小説「なつぞら」でも、モデルの奥山玲子さんは東映動画労働組合で活躍していますが、テレビでは「労働組合じゃない、個人の総意」になっていました。現実には集団的性質の労働問題は山のようにあるのに、それを受け止める集団的労使関係システムが完全に動きがとれなくなり、個別労働関係の集合としてしか現れてこなくなっている現代に、かつての労働運動華やかなりし時代を描こうとすると、こういうずれが生じてしまうのでしょうか。

(追記)

普通のマスコミが報道してくれないので、スポーツ紙情報に頼らざるを得ず、どこまでが正しい情報なのかよくわからないのですが、上記記事では労働組合を結成して労働争議を行っているのではなさそうだという前提で書いたのですが、別ソースによると、ちゃんと労働組合を結成しているようでもあります。

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201908160001131.html

 運営会社の従業員のストライキにより、14日未明から営業がストップしていた、東北道・佐野サービスエリア(SA=栃木県佐野市)上り線のフードコートと売店が、スト発生から2日後の16日、営業を一部再開し、名物「佐野ラーメン」の提供が始まった。
ただ、店頭に立った人員は代替要員だといい、ストを起こした従業員たちは「我々の味ではない」と反発した。経営陣との直接対話も実現せず、団体交渉の可能性も探るなど、事態は長期化の様相を呈している。

 ・・・また、岸社長がストを起こした従業員と連絡が取れないと語ったことを伝え聞くと、首をかしげ「経営陣にはコンタクトを取っていますが、交渉は出来ていない」と断言。打開の糸口が見えないこと、7月に労働組合を結成したことを踏まえ(1)通常の職場環境の回復(2)ストの発端となった親会社の資金繰りの悪化について、今後の給与の支払いと商品の安定した仕入れに問題はないかを再確認するため、団体交渉を行う方向で弁護士と協議を始めた。また一部の労働団体にも相談を始めたという。

こちらの記事によれば、7月に労働組合を結成しているようです。ただ、団体交渉は要求せずに、いきなりストライキ?/おなかが痛いので休む?に出たようで、正確なところは不明確です。

いずれにしても、マスコミも含めて、集団的労使関係法制について常識が払底してしまっている現代を象徴する事態であることは確かなようではあります。

 

2019年8月10日 (土)

労働政策フォーラム「労働時間・働き方の日独比較」

来る9月30日に、元ドイツ連邦労働裁判所のデュヴェル裁判長裁判官をお迎えして、労働政策フォーラム「労働時間・働き方の日独比較」を開催します。


https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20190930/index.html


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2019年8月 9日 (金)

副業・兼業の労働時間管理はすべて両論併記

昨日、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」の報告書が公表されましたが、

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06003.html

中身は、健康管理(安全衛生)、上限規制、割増賃金のいずれについても自己申告に基づいて通算するというのと、通算しないというのの両論併記となっています。

Doublework

今後は労政審での議論ということになりますが、筋論から言って健康管理上の労働時間は通算しないというわけにはいかないはずで、逆に割増賃金は賃金論の筋から言って事業主単位が本来の姿だと思います。

 

 

『世界』9月号の労働組合鼎談に拙著がちょびっと

472668 岩波書店の『世界』9月号は、「なぜ賃金が上がらないのか」という、どこかで聞いたような特集ですが、

https://www.iwanami.co.jp/book/b472668.html

その中で面白いのは河添誠、本田一成、鈴木剛という3人による「労働組合の意義はどこにあるのか」という鼎談です。

本田さんの本は本ブログでも結構数多く紹介してきましたが、この鼎談でもなかなか鋭く論じています。

・・・雇用になると、労使が対峙するのですが、使用者はすぐに労働者から奪おうとします。ただし、日本では奪おうとするものが正規と非正規でまるで違う。正規に対しては、囲い込んで長く勤めてもらう中で何かを奪おうとするので、的は労働時間になります。しかし非正規の場合は短時間であったり臨時性があったりと労働時間の的が小さい。そのため直接に賃金を狙うのです。この別れ具合こそが、日本の労働者の二極分化そのものだと考えています。そして、この「労働者の宿命」に対抗できるのは労働組合しかありません。・・・

このあと議論が進み、河添さんが個人加盟ユニオンについて語る中で、その財政面の苦しさを語り、そしてやや唐突に私の名前が出てきます。

・・・濱口桂一郎さんが個人加盟ユニオンではある種の労働NPOだと指摘しています。労働組合という法的な手段をとって、問題を解決している組織、そういう風に考えればいいと思います。それをナショナルセンターが、あるいは社会的に支援する仕組みができればいい。・・・

これは拙著『新しい労働社会』の第4章での議論ですね。これを受ける形で、本田さんもこう語ります。

・・・ひとりひとりを救う労働運動をしている人たちは、その活動のために使えるお金がない。一方で非正規労働者は、お金だけでなく闘う時間も気力もなくなるほどいっぱいいっぱいで生きているし、かなり心の折れた人も多い。社会の中で自分の評価を下げ続けてしまうような状態の人たち、そういう人たちが労働運動をやっているんだということに思い至らない。本当は人生の尊厳にかかわる重大な問題なのです。だからこそ、資源のある労働組合や産別組織、ナショナルセンターは再配分を考えてほしい。・・・

 

 

 

 

 

 

2019年8月 8日 (木)

労働争議は特別天然記念物?

本日厚生労働省が「平成30年労働争議統計調査」を公表しましたが、


https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/14-30-08.pdf


労働争議はますます減少し、総争議件数が年間320件、といっても何も争議行為をしない口だけ争議が大部分で、争議行為を伴うのは僅か58件、そしてそれも半日未満のみみっちいものが大部分で、半日以上のストライキをぶち抜いたのはたったの26件です。ほとんど特別天然記念物ですね。


過去の数字の推移をみると、日本はもはやほとんどストのない社会、ストレス社会になったんだなあ、ということがよくわかります。


Strike


 

大村秀章愛知県知事の国会議員時代の質疑@『日本の労働法政策』

今、あいちトリエンナーレへのテロ予告事件への対応などで話題の人となっている大村秀章愛知県知事ですが、実は知事になる直前に、野党自民党の議員として当時の民主党政権に対して同一労働同一賃金にかかる質疑を行い、それがやがてこの問題が法政策として進展していくきっかけの一つとなった方でもあります。

おそらく政治学者や政治評論家といった政治系の人は全く関知していないであろうし、労働法学者や労働実務家の方々もそんな細かいことは知らないであろう、歴史の一エピソードを紹介しておきます。

11021851_5bdc1e379a12a_20190808132901 こういう単体では一見とんでもなくトリビアだけれども、実は歴史の積み重ねの中に置くと意味を持ってくるような出来事が、さりげに書き込まれているのが、拙著『日本の労働法政策』なんです。

第3部 労働条件法政策

第5章 賃金処遇法政策

第4節 均等・均衡処遇(同一労働同一賃金)の法政策

3 同一労働同一賃金法政策の復活

(5) 同一(価値)労働同一賃金原則に係る検討の開始

・・・・一方同時期に、野党になった自由民主党から同一(価値)労働同一賃金をめぐる興味深い国会質問がなされている。2010年5月18日の衆議院決算行政監視委員会第三分科会で、元厚生労働副大臣の大村秀章議員は、「アメリカとかヨーロッパは、それぞれの国の国柄も違うと思いますが、同一価値労働同一賃金、例えば同じ業種、自動車なら自動車業で働いていれば、会社が違ってもこの仕事は幾らというような、こういう職種別のもの、産業別のものが決まっているわけですね。そこら辺までいかないと、この問題は最終的に、正規、非正規の均等待遇というのは実現できない」と述べ、同年5月21日の衆議院厚生労働委員会においても「この同一価値労働同一賃金ということを、もし仮にといいますか、日本で実現をするとしたら、何が必要で、何が足らなくて、どういうことが論点になるのか、その研究会や勉強会をやはりできるだけ早く前広にスタートをさせていただきたい」と問いかけている。
 これに対して民主党政権の細川律夫厚生労働副大臣から「本当にこの同一価値労働同一賃金は大事なことでありますので、まず、どういう論点があって、これをどういうふうに解決していったらいいかということについて、専門家、有識者の方から御意見をいただきまして、そこで研究会を立ち上げることが必要かというようなことになりましたらば、そのような形で進めてまいりたいというふうに思っております。」という答弁がなされ、これを受ける形で上記労働政策研究・研修機構の「雇用形態による均等処遇についての研究会」が開催されたという経緯がある。・・・・

ちなみに、原資料の国会議事録はこちらです。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/004317420100518002.htm

せっかくなので、大村議員と長妻厚労大臣及び細川副大臣とのやりとりの部分を紹介しておきましょう。

大村分科員 ・・・・次は、正規、非正規の格差是正、それから非正規雇用の処遇改善ということについて少し議論をさせていただければというふうに思っております。

 私、先ほどの派遣の話もありますが、一昨年のリーマン・ショック以来、本来の議論というのは、正規、非正規の格差の是正、処遇改善が一番大きなポイントであったと思うわけでございますが、残念ながら、マスコミ等々の議論になりますと、非正規の処遇改善の話イコール派遣の問題だというふうにどうもすりかえられてしまったのではないかというふうに思わざるを得ません。

 非正規雇用のうち、派遣という働き方、非正規雇用が千七百万人台だとすれば、派遣という働き方、労働力調査では百万人ちょっと、そして事業者の調査では二百万人ということでありますから、いずれにしても、千七百万からすれば、一割弱か一五%ぐらいということだろうと思います。

 もちろん、派遣の方の処遇改善というのは非常に大事だということですから、我々も昨年、派遣法の改正法案を出して、これはやはり是正をしていかなきゃいけないということを申し上げてきたわけでありますが、本来のあり方というのは、議論のフォーカス、ポイントというのは、やはり正規、非正規の格差の是正、そして非正規雇用の処遇の改善ということだと思います。

 それで、その際の議論として、できるだけ常用雇用にする、正社員にする、均衡・均等待遇にする、それから最低賃金を引き上げる、また教育訓練、能力開発をやる。また、ジョブカードというのも我々が、これはちょうど三年前に成長力底上げ戦略というのをやって、その中で、ジョブカードというのをやるべきだ。いわゆる正規雇用ではない方々の職業訓練、能力開発ということで、ジョブカードという制度をつくるということでつくったわけでござまして、そういったことを総合的にやっていくというのは大変大事だと思いますが、その際に一番のポイントは、細川副大臣もお越しいただきまして、これは本当に議論という形で受けとめていただきたいんですが、その際に大事なのは、同一価値労働同一賃金ということだと思うのでございます。

 特に私は、リーマン・ショック時に厚生労働副大臣をやり、派遣村等々でもお世話、お仕事もさせていただき、その際にいろいろ思ったのは、やはり正規、非正規の方々の格差が非常に大きい。それをまさにそのままにしておきますと、いざ不況の直撃を受けるとこういうふうになるということを目の当たりにしたわけでございます。

 これは、日本の労働市場が完全に二極化しているということ、正規と非正規、それから日本の企業も大手と中小企業で二重構造、二極構造になっているということから生じるということを評論家はしゃあしゃあと言うわけでありますが、我々はそうはいかないわけでございまして、こういう形の労働市場の二極化をそのままにしておきますと、また景気が悪くなると、またどんと職からあふれる人が出てくる。そういうことが繰り返し繰り返しあると、私は日本の社会の安定性という点で非常に問題が多いというふうに言わざるを得ないと思います。

 ですから、その際、これを解決するのは、正規の人でも非正規の人でも同じような処遇を受ける、同一価値の労働をすれば同一の賃金、労働の評価というのは最終的に賃金でございますから、いろいろな福利厚生とかそういうフリンジベネフィットは別にして、やはり賃金を、どう評価するかということになろうかと思います。そこのところを解決しない限り、何年たっても、いつまでたっても、この正規、非正規、だから、派遣をどうのこうのしようが、非正規雇用の方の契約期間を長くしようが、何しようが一緒だと思うんですね。ですから、そこのところを、どういうふうにこの問題に取り組んでいくかというのを、もっともっと議論を巻き起こしていかなきゃいけないというふうに私はかねてから思っておりましたし、そういうふうに申し上げておりました。

 ただ、残念ながら、日本の今の働き方からすると、正社員があって、そして仕事の繁閑は臨時の方で、派遣の方で対応する、正社員は仕事が多かろうが少なかろうが常に守るんだ。日本の企業は、会社は家で、正社員が家族だ、あとは家族以外のところで調整するというのがこれまでずっと続いてきたと思うんですが、それではもう立ち行かないところまで来ているのではないかというふうに思います。

 ですから、これは率直に、大臣、副大臣というよりも政治家としてのお考えをお聞きしたいんですが、まず、同一価値労働同一賃金についてどういうふうにお考えになりますか。是か非かというそんなデジタル的なことを聞くつもりはありませんが、どういうふうにお考えなのか。大臣、副大臣にそれぞれお考えをお聞きしたいというふうに思います。どちらからでも結構です。

 では、まず細川副大臣。

細川副大臣 今、大村委員の方から御指摘がありました。その問題については私としましても同じような認識でありまして、この点については大変重要な、大事な課題だというふうに思っております。正規、非正規を問わず、同じ価値のある労働をしている場合には同じ賃金であるべきだ、それについては私も同感でありまして、これについては委員と同じような認識をいたしております。

 そこで、では、そのことが簡単に実現できるか、日本の社会でそれが実現できるかということについては、委員も御指摘がありましたようないろいろな課題がございまして、それを乗り越えなければ、これはまた実現もなかなか難しいというふうに思っております。

 そういう意味では、今度新しく、昨年暮れに、新成長戦略、こういうことを決めまして、その中に同一価値労働同一賃金という文言も入れまして、それに向けました均等・均衡待遇の推進ということでまずは取り組んでいくということを政府の方としては決めているところでございます。

長妻国務大臣 今のお尋ねで、同一価値労働同一賃金に向けた均等・均衡待遇を推進するというのは新成長戦略にも書いてあるわけでありまして、これを目指していくというのはそのとおりだと思います。

 そのときに、例えばヨーロッパと異なる労働慣行といいますか、年功序列賃金でいえば、例えば、同じ係長であっても、年次の高い係長は、同じ仕事をしていても、日本の国の場合は年功序列賃金ですから賃金が高い。あるいは、同じ係長でも、同じような仕事をしていても、年功序列賃金であれば、例えば三十歳の係長は五十歳の係長に比べても安い。こういう労働の年功序列賃金ということについても、直ちに否定するか否かというような論点もございます。

 ただ、おっしゃられるように、非正規雇用がふえて雇用が不安定になる、こういう問題もありますので、これはやはり労使ともにきちっと御意見を伺って、目指すべき方向はおっしゃった方向だと私も思いますけれども、それに向けて一歩一歩進んでいく、論点を解決しながら進んでいくことが必要だというふうに考えております。

    〔主査退席、石田(芳)主査代理着席〕

大村分科員 先ほど細川副大臣が言われた新成長戦略に、確かに、「「同一価値労働同一賃金」に向けた均等・均衡待遇の推進」、こう書いてあるんですけれども、これは文言は書いてあるんですが、では具体的に何をするの、何か具体的なものがあるのと言うと、いや、ないとかいう話が事務方なんですね。言葉が躍っているというのでは、これではいかがなものかというふうに言わざるを得ません。これを詰める気はありません。

 要は、今現状の日本の企業、いわゆる賃金交渉、春闘も含めて、個別の企業と企業別労働組合とで交渉し、同じ仕事をしていても会社ごとに違う、支払い能力が違うからしようがないじゃないかというようなことにはなっているんですけれども、そういう現状をそのままにしておきますと、当然、大手と中小の格差というのはそのままだ、正規と非正規もそのままだということになりますと、いろいろな法律の手当てを周辺部分でこちょこちょとやっても、最終的に、正規と非正規の方々の、特に非正規雇用の処遇改善というところの本丸になかなかたどり着けないというふうに思わざるを得ないんですね。

 これは、企業側、会社側、経営側もそうですし、やはり労働組合の皆さんも、表では同一価値労働同一賃金というふうに言いますけれども、本音は、個々の人に聞いてみれば、正社員の代表である労働組合の方々は、いやいや、不況になったときに、では、あなた方の賃金を下げて非正規の方に回しますかと言うと、嫌なこった、そんなものは、正社員を守って、非正規の方はまた自分で考えてくれればいいんだということを言うんですね。言うんです。それが本音なのかもしれませんが。でも、それを、今の枠組みをそのままにしておきますと、いつまでたってもこの正規、非正規の方の均衡・均等待遇というのは実現できないというふうに言わざるを得ません。

 ですから、現状から、では来年とか、三年とか五年ぐらいですぐ到達できるかというと、そう簡単にいかないと思いますが、まずはこういうところに、ただ文言を書くだけではなくて、それに向けた議論を、議論といいますか研究というか、何が論点なのか、何がハードルなのか、何を乗り越えたらいけるのか。

 現に、アメリカとかヨーロッパは、それぞれの国の国柄も違うと思いますが、同一価値労働同一賃金、例えば同じ業種、自動車なら自動車業で働いていれば、会社が違ってもこの仕事は幾らというような、こういう職種別のもの、産業別のものが決まっているわけですね。そこら辺までいかないと、この問題は最終的に、正規、非正規の均等待遇というのは実現できないというふうに思うんです。

 ですから、そういう意味の、何が問題点で、何を議論したらいいのか、その論点、ハードルは何か、そういう研究をまずスタートしていただきたいと思うんですが、いかがでございますか、細川副大臣。

    〔石田(芳)主査代理退席、主査着席〕

細川副大臣 大村委員の御指摘は、大変示唆に富むところもございます。そういう同一価値労働同一賃金ということを実現するためには、いろいろな高いハードルを乗り越えていかなきゃいかぬ。そもそも賃金そのものはどういうふうにして決まるかというと、まず前提として、大前提が労使で決まるというのが、これがもう大原則でありまして、その労使が合意できるためには、相当の、政府の方としてもいろいろな労使に対する説得もしていかなければいけないのではないかというふうに思います。

 いろいろ、先ほども派遣法の改正案、これは労政審でも審議をしていただいたわけですけれども、この労政審の審議では、やはり、労使が本当のぎりぎりのところまで歩み寄っていただいてこの派遣法の改正についての御意見をつくっていただいたというような、そういう経過を見ましても、同一価値労働同一賃金については、労使とも、いろいろこの問題について真剣に今後取り組んでいかなければならないだろうというふうにもお考えになっているというふうに思いますので、政府としては、その労使に向けて、粘り強くいろいろな説得、また御理解もいただくようにやっていくしかないというふうに思っております。

大村分科員 今現状で多分これをやるというので、説得してどうのこうのという話とちょっと違うと思うんですね。というのは、正規、非正規の方は、同じ仕事をしていれば評価を同じにしていく、そして雇用条件も同じにしていくということになりますと、それは個々の企業内の労働組合という枠を超えていくと思うんですね。

 ですから、私が申し上げているのは、日本の企業風土とか労働組合のあり方とか、そういった日本人の働き方の意識とか、大手と下請とかそういう意識を全部変えていく話がないと、これが実現できないと思うんです。ですから、そういう意味で、まず私は、真剣に、研究会というか勉強会というか、労使、政も入って政労使ということになるんだろうと思うんですが、そういう形で、まず論点は何か、目指すべきところは何なんだというふうな形を、やはり研究とか研究会のようなものを、これは労政審の中に部会を設けてということでも結構だと思いますが、そういった形の、少し長期の視点を見据えた、日本人の働き方はどうあるべきなのかということのやはり研究会、勉強会、そういったものを労政審の中でスタートさせて、別に、だから私、極端に二年や三年でゴールラインが来るとはそう簡単には思えませんが、そういった形の勉強会とか研究会をスタートさせるということは、これはいかがでございましょうか。

 私は、そういったところが、特に役所の皆さんは常に目の前の仕事で、ああ、また国会が始まった、次はこの法律改正をやらないかぬとか、ああ、今度またこの予算で事業をやらないかぬとか、常に常に目の前の仕事に追いまくられていきますから、長期の視点で考えるということがなかなか難しい面があるかと思います。

 ですから、むしろ私は、一昨年のリーマン・ショックの後の、特に象徴的だったのは、派遣切りで職を失った方が、もうあしたから出て行けと言われて、荷物と本人と一緒に路上にどんとかいって追い出されるようなことが、間々といいますか、少なからずといいますか、あった。こんなことを繰り返したのでは日本の社会の安定というのはあり得ないというふうに思います。一方で、海外とは競争していかないかぬ、それからどんどん日本の企業も海外に展開していく。そういう中で、一体日本人の働き方はどうしたらいいのかということをやはり考えていく必要があると思います。

 その際の一番のポイントが、この同一価値労働同一賃金をどういうふうに目指していくのか。ハードルは高いし、論点は山のようにあると思いますが、ぜひ、その研究会といいますか、そういったものをスタートさせていただきたいと思いますが、いかがでございましょうか。

細川副大臣 その点につきましては、厚生労働省の中に有期労働契約研究会というのを設けまして、今委員が御指摘のような問題を研究いたしております。この夏には中間的な報告もできて、委員の方にもそのことについて御報告できるかと思います。

 また、雇用政策研究会も今つくりまして、これもまた今検討をしていただいているところでございます。

大村分科員 今言われた有期労働契約研究会は必要なことだと思いますが、ちょっと、範囲が非常に狭いので、これはこれでやっていただければいいと思いますが、そもそもの日本の働き方、雇用全体を縦ぐしで通す、横ぐしじゃなくて縦ぐしで通すような議論を私はやはり、難しいからこそできるだけ早目に前広にやっていく必要があるんじゃないかというふうに思います。

 これこそ、実際にやろうとなると、経済界も、そして労働界、連合の中でも相当な議論が私は出てくるというふうに思います。春闘のあり方、本来あるべきあれじゃなくて、去年より比べて幾ら上がるのか下がるのかというデルタxの世界が日本の春闘だったというふうにも言われておりますが、そういったことも含めて大きく変えていく話になると思いますので、ぜひこれは長妻大臣、細川副大臣のリーダーシップで、こういったものはやはり、私は、細かいことをこちょこちょやるのが政治主導だとは思いません。こういった大きな方向をつくるということで、これはぜひ政治主導でこういう研究会をスタートさせていただきたいということを申し上げまして、この点についてはまた次の機会といいますか、機会があればこういう形の議論をしたいなと思いますので、またよろしくお願いいたします。

 きょうは、時間をいただきましてありがとうございました。以上で終わらせていただきます。

これの続きが、5月21日の衆議院厚生労働委員会です。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/009717420100521022.htm

大村委員 ・・・・先般、同じく五月十八日の火曜日に、決算行政監視委員会で、私、特に労働問題を中心に質問をさせていただきました。労働者派遣法、それから同一価値労働同一賃金の問題ということも含めて質問させていただきました。その際、きょうちょっと時間が、この後法案に入らなきゃいけませんので、一点だけ、同一価値労働同一賃金の話につきまして質問をさせていただきたいと思います。

 質問というか、これは細川副大臣に確認ということでございますが、そのときも、決算行政監視委員会でも申し上げました。やはり派遣の問題というのは、正規、非正規の処遇改善、格差是正の一部の問題である、むしろ、一番大事なのは、正規雇用、非正規雇用の格差の是正、非正規雇用の方の処遇の改善ということが一番大きな目標であるというふうに思います。

 私も、そちらの方にいた昨年のときは、よく雇用の問題で、いろいろな討論会、テレビを含めて出させていただきました。その際申し上げたのは、一番大事なのは正規、非正規の格差の是正、処遇の改善だと。それをやっていくためには、最終的に何が一番格差なのか、処遇の改善なのかといったら、やはり給与、賃金の問題でございます。

 したがって、そういう意味では、同一価値労働同一賃金というのをどういうふうな形で実現させていくのか。これは、ただ単に言葉で、言葉はみんな言うんですよ。言葉は言う。でも、それは今の現実の、企業内労働組合で個々の企業ごとに賃金改定交渉、春闘を行っていく、同じ仕事をしていても企業ごとでその処遇が違うということを前提にすると、これはいつまでたっても正規、非正規の格差というのはなくなっていかないというふうに言わざるを得ません。

 したがって、道は遠いのはわかりますけれども、であればこそ、その決算委員会でも私申し上げましたが、この同一価値労働同一賃金ということを、もし仮にといいますか、日本で実現をするとしたら、何が必要で、何が足らなくて、どういうことが論点になるのか、その研究会や勉強会をやはりできるだけ早く前広にスタートをさせていただきたいということを申し上げました。

 その際、考えるというふうにお答えいただけたかと思いますが、今週の火曜日で、きょう金曜日ですから、こういうのは余り間を置かない方がいいと思いますので、ぜひ、細川副大臣、この研究会、勉強会、どういう形かは問いませんが、スタートをしていただけますか。お答えいただけますか。

細川副大臣 先日、決算行政委員会で、大村委員との間でこの同一価値労働同一賃金について議論をさせていただきました。

 その際も申し上げましたけれども、賃金を決定するのは、基本的には労使での合意によって決まるんですけれども、今委員が言われましたように、本当にこの同一価値労働同一賃金は大事なことでありますので、まず、どういう論点があって、これをどういうふうに解決していったらいいかということについて、専門家、有識者の方から御意見をいただきまして、そこで研究会を立ち上げることが必要かというようなことになりましたらば、そのような形で進めてまいりたいというふうに思っております。

大村委員 きっちりした仕掛けで大きないわゆる研究会、勉強会とまでは、いきなりとは私申し上げませんが、やはり雇用政策、労働政策の一番大きなポイントの一つだと思いますので、その論点整理に沿って、今までのいろいろな研究の成果というのはあると思いますから、ぜひそういったものを集めてきていただいて、最初は頭の体操から始めるんだろうと思いますが、そういったことの論点整理、そして、何がこれまで議論され、何がこれから課題になり、何を乗り越えていったらこれが実現していくのか、前進させていけるのかということについて、ぜひその議論をスタートさせていただきたい、そのことを強く申し上げておきたいと思います。

 その上で、厚生労働省がそういった議論、研究をスタートした、経済界も労働界も関係者も含めてそういった議論を積み重ねていくということがこの問題を前進させていく上で一番大きなかぎになると思いますので、ぜひその点については強く申し上げておきたいと思います。

 またこの点については、別に今すぐやれとかなんとかという詰めるような話はいたしませんが、やはり大事な話だと思いますから、引き続きフォローさせていただきますので、よろしくお願いを申し上げます。・・・・

 

 

 

 

2019年8月 7日 (水)

令和の一般職種別賃金@WEB労政時報

WEB労政時報に「令和の一般職種別賃金」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/article.php?entry_no=76510

 去る7月8日、厚労省職業安定局長は「令和2年度の『労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第30条の4第1項第2号イに定める[同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金の額]』等について」(職発0708第2)を通達しました。
これは、働き方改革の二本柱の一つであるいわゆる同一労働同一賃金のうち、派遣労働者についてのみ認められている労使協定による均等・均衡待遇の適用除外について、満たすべき要件とされている「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金の額として厚生労働省令で定めるものと同等以上の賃金の額となるものであること」「派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項の向上があった場合に賃金が改善されるものであること」の具体的な基準を示したものです。
 その考え方については、既に昨年11月の労政審同一労働同一賃金部会で議論され、労働者派遣法施行規則25条の9に、・・・・

2019年8月 6日 (火)

国際労連の労働組合権侵害世界地図

国際労連(ITUC)のホームページに、世界の国を労働組合権の侵害度合で色分けした世界地図が載っています。

https://www.ituc-csi.org/IMG/pdf/2019-06-ituc-global-rights-index-2019-report-en-2.pdf

Langen

それぞれの色が何を示しているかというと、

Rating

いちばん赤いランク5+は「無法状態のため権利の保証なし」で、シリアとかイエメンとかスーダンとかなので、まともに国が動いていてなおかつ「権利の保証なし」というランク5が、ITUCからすると最も責められるべき諸国ということになりましょう。中国、インド、韓国、トルコといった諸国がここに入るようです。ちなみに、今ゼネストになりかけている香港もここに分類されています。

次のランク4は「体系的な権利の侵害あり」で、一応法律上は権利の保証があるけれどもそれがシステマティックに侵害されているぞということですが、天下のアメリカがここに入っています。

その次のランク3は「恒常的な権利の侵害あり」で、ヨーロッパだと、イギリス、スペイン、ポーランド、ハンガリーなどがここに入ってきます。

ランク2は「繰り返される権利の侵害あり」で、日本はここに入ります。ヨーロッパだとフランスもここですが、むしろ注目すべきはアジアで日本と並んでここに入っているのが台湾とイスラエルだということです。

ランク1はいちばん権利が保証されているということなんですが、ITUC流の表現では「時たま権利の侵害あり」で、ウルグアイ以外は全部ヨーロッパです。

 

 

 

2019年8月 5日 (月)

鈴木誠『石原康則オーラル・ヒストリー』

鈴木誠さんより『石原康則オーラル・ヒストリー』をお送りいただきました。鈴木さんは長くJILPTでアシスタントフェローをされ、2016年から愛知学泉大学に就職されていましたが、今年4月に長野大学に移られたようです。

鈴木さんはずっっと三菱電機の人事制度を深く研究してきた方ですが、今回のオーラルの相手は三菱電機労働組合の中央執行委員長を務めた石原康則さんで、インタビュイーにふさわしいインタビュワーといえます。

このオーラルの目的は、2004年に導入された役割・職務価値制度の労使合意の経緯を探ることにありますが、その前段階で石原さんがいろいろと語っておられることに興味が結構惹かれます。

特に、第2回目の入社直後に組合活動に入り、当時の鎌倉支部の左翼的執行部に疑問を持ってインフォーマルグループに出入りし、やがて鎌倉支部の委員長になっていくあたりの叙述は、大変生き生きしていて、面白いです。

その前の左派執行部時代の伊藤書記長が職場復帰後転任命令を拒否して長い裁判闘争になったときも、なかなか複雑な思いだったようです。

・・・僕らの執行部としては、純粋に労働運動を進めてきていて、もう現職の労働組合役員でもなかったし、立候補もされていないんで、別にその人を会社が排除する意味も、もう選挙に勝ったあとなんて別に、組合活動を嫌って転任命令を出したというふうに裁判所から、本人も含めて裁判所もそういう風におっしゃるんですけど、そんなことはないのにという思いのもとで裁判なんかの経緯を見つめていて、ある意味勉強させられましたね。・・・

また、石原さんは三菱電機労組中央執行委員長時代に神奈川大学の博士課程に入学し、『三菱・川崎大争議研究』という修士論文を書かれているとのことで、このオーラルの中でも数ページにわたってその話が語られています。

最後のあたりで、日立と協業して作ったルネサスの話が出てきますが、それを踏まえて、労使関係のあり方について、とりわけ3種の神器のうち企業内組合だけは生き残っている理由について見解を述べておられます。

 

 

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