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2021年10月25日 (月)

賃金の本質は仕事ではなく身分への対価

日本型雇用の本質は学歴の扱いによく露呈します。

『ジョブ型雇用社会とは何か』で取り上げた、高学歴を低学歴と詐称したら懲戒解雇だけれど、低学歴を高学歴と詐称しても雇止めにもならないというのは、その好例ですが、30年間何の疑問も持たれずに業務に従事してきた職員を、大卒じゃなくて高卒だったから差額を返せと言い出しているこの事例も、いかにもよく日本型雇用社会における賃金というものの本質を現わしているようです。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20211024-OYT1T50053/

公益社団法人・峡北広域シルバー人材センター(山梨県韮崎市中田町中条)で少なくとも約15年間で計約400万円の給与過払いがあったことがわかった。

センターによると、基準より多く給与を受けとっていたのは勤続30年の職員。高校卒業後、大学を中退していたが、大卒として給与算定されていたことが資料の残る期間で確認された。

人事台帳には大学の在籍証明書はあったが、卒業証明書はなかった。センターの調査に対し、7月に職員から「勤務当初から高卒と言っている」と回答があり、9月の給与から高卒の給与に改めた。

センターは「大卒扱いになった経緯は不明」としている。確認された給与過払い分については返還を求める方向で25日の理事会に諮る見通し。

拙著でも述べたように、仕事の中身に関する限り、日本は全然学歴社会ではありません。欧米では、そもそも学歴というスキル証明書がなければそれを必要とするジョブにはめ込んでくれませんが、日本では学歴なんかどんな仕事をするかと全然関係がないと思われているので、この仕事は大卒、この仕事は高卒なんていう風にはなっていない。

だけど、仕事の中身とは関係のない身分については、学歴というのはとても大事であるということが、この記事から分かります。30年間、仕事をしてくる中では、彼が大卒か高卒かなどということは何も気にかけなかったのに、実は身分が違っていたというのは、仕事の中身と関係のない身分の現れである賃金額との関係では極めて重要なことであったわけです。

賃金の本質は仕事ではなく身分への対価であるという日本社会の本質をここまであからさまにしてくれたこの事件は、長らく教科書に載せる値打ちがありそうです。

 

 

 

2021年10月23日 (土)

〈創立140周年記念〉第33回明治大学社会科学研究所公開シンポジウム[ジョブ型と日本企業]

Meiji

45歳定年にコメント@日経ヴェリタス

『日経ヴェリタス』というメディアで、45歳定年についてコメントしています。私以外に登場しているのは、柳川範之、太田康尚、山崎俊輔、石原直子の諸氏です。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76886070S1A021C2PPN000/

Nikei 労働政策研究・研究機構研究所長の濱口桂一郎氏は、「全員が管理職を目指すメンバーシップ型の前提は、労働意欲が高く、何でもやろうとする若い新入社員が大量に雇用できるという点にあった。中高年の管理職層の人数も少なく、貢献度合いと処遇をバランスさせる定年制度も機能していた」と話す。ところが少子高齢化の結果、企業内の人口構成は中高年層が厚くなった。「ゼネラリストとして育った彼らの生産性が低いことが、企業の問題意識につながっている」(濱口氏)・・・

労働政策研究・研究機構研究所長の濱口氏は、「45歳定年は60歳定年と違うことを言っているようで、実は線引きの時期を早めているだけにすぎない。重要なのは、いつ定年とするのかではなく、管理職を目指さない多様な働き方をどう実現するかだ」と主張する。・・・

 

『労働新聞』の拙著紹介

71cahqvlel_20211023084201 毎月書評を寄稿している『労働新聞』ですが、拙著「ジョブ型雇用社会とは何か」を紹介しています。目の付け所が、いかにも労働関係者らしいというか。

https://www.rodo.co.jp/column/115441/

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の定義を示したうえで、採用や退職、労働時間、賃金、労働組合などの雇用関係諸問題について詳細に論じている。浮かび上がってくるのは、いかに巷間でいわれる「ジョブ型」が本来のそれとはかけ離れているか。ジョブ型の導入を検討中の企業はもちろん、すでに採り入れた企業も一読することをお勧めする。

 同一労働同一賃金の立法過程に関する考察が興味深い。大きく関与した、東京大学の水町勇一郎教授の真の意図は、正社員と非正規労働者を原則として同じ賃金制度下に置くことにあったと推測。実際に成立した法律や関連する指針は、なぜその真意と反するものとなったのか――。人事担当者ならば是非、ご自身の目で確かめてほしい。

 

 

2021年10月22日 (金)

定年制があるのは日本だけ?

人事界隈で「なぜ日本にだけ「定年制」があるのか」が話題になっているようですが、この命題の真偽は「定年制」の定義によります。

もし、英語でいう「mandatory retirement age」という意味で言うならば、この問いはそもそも間違った認識の上に成り立っているといえます。一定の年齢で雇用関係を終了するという意味での退職を強制することを「定年制」と呼ぶならば、世界にはそれを禁止している国も増えていますが、依然として一定年齢以上では認めている国もあります。

C4d4f66a こういう話題を見たら、すぐにOECDのサイトで確認する習慣を身につけておきたいものですが、2019年に刊行されたOECDの「Working Better with Age」という統合報告書では、

https://www.oecd-ilibrary.org/employment/working-better-with-age_c4d4f66a-en

その55頁にこのように記述しています。

A careful review of age-specific labour-market regulations or social policy legislation is also required. For instance, several countries have either abolished mandatory retirement ages as a valid reason for terminating labour contracts (Australia, Canada, the United Kingdom and the United States along with two EU countries, Denmark and Poland), or have raised the applicable age limits.
Getting rid of mandatory retirement altogether is not without controversy. In particular, employers often argue that their businesses could not be run as efficiently without mandatory retirement practices. As it is difficult to objectively measure the performance of older workers, mandatory retirement provides an easy mechanism to dismiss less productive workers. Ultimately, it comes down to a point of fairness. Why should someone still performing well be forcibly retired just because of age?

注意深く年齢特有の労働市場規制や社会政策立法を見ていくことも必要だ。例えば、労働契約を終了する正当な理由として定年制を廃止したり(オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカに加えてEUのデンマークとポーランド)あるいはその年齢を引き上げる国もいくつかある。

定年制を廃止するのは論争を呼ばざるを得ない。とりわけ、使用者はしばしば彼らの事業が定年制なしには運営できないと主張する。高齢労働者のパフォーマンスを客観的に測定することは困難なので、定年制はより生産性の低い労働者を解雇するのに容易な手段を提供する。究極的には、これは公正さの問題に帰着する。なぜなおちゃんと成果を上げている者を年齢のみを理由に無理矢理退職させねばならないのか?

読めば分かるように、年齢ゆえにパフォーマンスの落ちた労働者を個々にいちいち指摘せずにまとめて簡単に追い出すために強制退職年齢としての定年制を使う国は、減りつつあるとはいえ、OECDが繰り返し疑問を呈してきているとはいえ、まだ結構あります。

では、「定年制」があるのは日本だけというのは間違いかというと、必ずしもそうとはいえないのです。というのは、今の日本の法体系では、「定年」という言葉はもはや強制退職年齢という意味ではないからです。

このあたりの消息は、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』の第2章の3に詳しく解説しましたので省略しますが、要するに今の日本では法律上認められた強制退職年齢は65歳であって、60歳で年齢を理由に雇用関係を解消してしまうことは許されません。

ところが、依然として圧倒的多数の企業は60歳定年だといって、その時点で賃金労働条件をがくんと下げています。年功賃金で嵩上げされた高給とパフォーマンスが釣り合わないからですが、この「定年」とは強制退職年齢ではなく、労働条件精算年齢に過ぎないのです。そういう意味での「定年制」は、確かに世界中見渡してもその例を見ることはできません。その意味では、確かに、特殊日本的「定年制」は日本だけにしかないので、上記命題は正しいと言うこともできます。ただし、そういう用語法は日本を一歩出るとほとんど誰にも通じないので(つうか、英語でmandatory retirement ageといった瞬間に、そういう意味以外では絶対に認識されないので)、あまり意味のある議論ではありません。

 

 

2021年10月20日 (水)

2つのブログで拙著が言及されました

71cahqvlel_20211020194901 少しずつ読まれているんだな、という実感がします。本日二つのブログで『ジョブ型雇用社会とは何か』が取り上げられました。

https://blog.goo.ne.jp/jchz/e/f110e155ef6432d7acbc389dfe230d13?fm=rss(見もの・読みもの日記)

 著者は12年前の著書『新しい労働社会』(岩波新書、2009)で「ジョブ型」「メンバーシップ型」という雇用の類型を紹介したことで知られている。私はこの本は読んでいないが、『働く女子の運命』(文春新書、2015)を読んで、いろいろ納得した。そうしたら、最近、ネット記事で「ジョブ型」という文字が妙に目につくようになった。本書によれば、経団連が『2020年版 経営労働政策特別委員会報告』で大々的にジョブ型を打ち出したためだ。ところが、2020年に流行したジョブ型は「私の提示した概念とは似ても似つかぬもの」「間違いだらけのジョブ型」だったという。笑ってはいけないが、苦笑してしまった。そこで、世の中の間違いを正すため、あらためてジョブ型とメンバーシップ型について説明したのが本書である。・・・

いや笑ってください。ここは苦笑するところです。

http://nanatoshi.com/yomukamo/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%96%e5%9e%8b%e9%9b%87%e7%94%a8%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%81%a8%e3%81%af%e4%bd%95%e3%81%8b%ef%bc%9a%e6%ad%a3%e7%a4%be%e5%93%a1%e4%bd%93%e5%88%b6%e3%81%ae%e7%9f%9b%e7%9b%be%e3%81%a8/(よむかも)

 『ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機』よむかも。
メンバーシップ型雇用:日本 ジョブ型雇用:世界
まあ、大まかに言えばそうなんだけど、ちゃんと理解してる?
――って話みたい。
すでにいくつかの大企業でもジョブ型が導入されてる。
そこで、ジョブ型への移行を宣言した某大手企業の社員に聞いてみる。
「制度がどう変わろうと会社から与えられた職務に全力を尽くす!」
のけぞる~!

はい、そこはのけぞるところです。

『ジュリスト』2021年11月号で労働審判口外禁止条項事件を評釈

1369_p_20211020194301 来週初めに刊行される予定の『ジュリスト』2021年11月号で、判例評釈をしております。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020743

労働審判における口外禁止条項の違法性と国家賠償責任-国(口外禁止条項)事件(長崎地裁令和2年12月1日判決)です。

 Ⅳ 本判決の真の意味
 本件は国家賠償請求訴訟であり、労働審判事件において審判に本件口外禁止条項を付したことが国家賠償法1条1項の「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」に当たるというXの訴えに対し、結論的にはそれを否定する請求棄却の判決であり、X敗訴、Y勝訴の判決である。
 しかしながら、それは表面的な形式上の勝敗であって、X側の実質的な狙いは本件口外禁止条項が労働審判法に違反するものであることを(国家賠償請求訴訟においては傍論であってとしても)明確に宣言させ、それによって本件訴訟との関係では第三者にすぎないAとの関係で本件口外禁止条項による縛りを事実上解除することにあったと考えれば、X側にとっては極めて満足すべき判決である。
 さらにいえば、本件口外禁止条項が労働審判法違反であると明確に宣言しながら、本件訴訟自体では被告の国が勝訴しているため、敗訴したX側は控訴せずにこれで確定してしまい、Aは自らが関与し得ないところで本件口外禁止条項の効力が失われるという結果だけを甘受しなければならなくなったのであるから、実質的には完全無欠のX側の勝利とすらいうことができよう。

 

2021年10月19日 (火)

山下ゆさんの拙著評

71cahqvlel_20211019234501 新書の目利きとして名の通っている山下ゆさんが、『ジョブ型雇用社会とは何か』に9点をつけてくれました。

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52319516.html

そんな状況に対し、世の「ジョブ型」に対する誤解を正しつつ、もう1度日本の労働法と雇用の現実の間にある矛盾を掘り下げて、近年の労働政策を検証しています。
 基本となる構図は『新しい労働社会』で示されていたものですし、その後も著者はさまざまな本で問題を論じ続けてきたわけですが、それでも今作の議論は刺激的です。特に日本の労働法の矛盾が鋭く抉り出されており、この問題の根深さを改めて教えてくれます。
 『新しい労働社会』につづき、日本の雇用問題、そして日本社会の問題を考える上で重要な論点を示してくれた本と言えそうです。
山下ゆさんには、12年前の『新しい労働社会』の時から、新書本が出るたびにこちらが言いたかったことを見事に取り上げていただき続けていて、本当にありがたいと思っています。

『日本比較政治学会年報 第23号 インフォーマルな政治制度とガバナンス 』

589593 『日本比較政治学会年報 第23号 インフォーマルな政治制度とガバナンス 』(ミネルヴァ書房)を、その中の一篇「常態化する労働政治のインフォーマル・プロセス――日韓「働き方改革」比較の視点から 」を書かれた安周永さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。政治学の学会誌など、こういう機会でもなければなかなか目を通すことはないでしょうから、安さんの論文のほかにも例えばインドネシアのパンチャシラ青年団の話などは大変興味深く読めました。

https://www.minervashobo.co.jp/book/b589593.html

さて、安さんの論文ですが、かつてわたくしが書評した『日韓企業主義的雇用政策の分岐――権力資源動員論から見た労働組合の戦略』の最新トピック版です。

https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/659-660-10.pdf

同書は派遣法、非正規、雇用保険、外国人を取り上げていましたが、今回は働き方改革で、やはり安倍内閣の政治過程と韓国の朴槿恵政権の政治過程における労働組合の戦略をインサイダー対アウトサイダー、提携か否かという軸で分析しています。

かつての書評では労働法政策の観点からかなり厳しい指摘もしましたが、今回もいくつか分析の視座に違和感を感じるところがあります。ただ、それ以上に、この論文は労働政策におけるフォーマルプロセスに焦点が当たっていて、タイトルのようにインフォーマルな話になっていないのではないかという気がしました。敢えて言えば、三者構成というフォーマルなプロセスが、官邸の中の外からはよく見えない政治過程によって空洞化されることとのせめぎ合いという面が強く、とはいえ、官邸という政治の中枢で行われていることをインフォーマルというわけにもいかないでしょうから、タイトルとあっていない感がしました。

 

 

 

 

「アジャイル型開発と派遣・請負区分」@『労基旬報』2021年10月25日号

『労基旬報』2021年10月25日号に「アジャイル型開発と派遣・請負区分」を寄稿しました。

 去る9月25日、厚生労働省のホームページにひっそりと「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37号告示)に関する疑義応答集(第3集)がアップされました。この問題に関心のある人しか気が付かなかったでしょうが、これは昨年来問題となっていたアジャイル型開発と派遣・請負区分に一定の決着をつける文書だったのです。
 アジャイル型開発とは、システム開発において、計画段階では厳密な仕様を定めず、小さな単位に分けられた開発を「スプリント」と呼ばれる単位で繰り返して実施し、最終的なシステムを完成させる開発手法です。細部にわたる仕様をすべて決定してから開発工程に進むのではなく、ユーザにとって優先度の高いものから順次開発・リリースして、運用時の技術評価やユーザの反応に基づいて素早く改善を繰り返すことにより、システムの機能同士の結合リスクを早期に解消できたり、システム利用開始までの期間を短くできたりする利点があります。
 従来のウォーターフォール型の場合、要件定義、設計、開発、テスト、リリースといった工程に分割し水が上から下に流れるように次の工程に進みます。前の工程に後戻りはしないことが求められるので、プロジェクトの途中での事業環境の変化による仕様変更などに柔軟に対応することが困難です。これに対し、アジャイル型の場合、開発プロセスを比較的短期間に区切った上、最小限の仕様でシステムを開発し、システムへの機能追加を繰り返してシステムを完成させます。いったん開発したシステムを試してみてから、機能の追加変更や優先順位の変更がされることも想定されるので、業務要件の変更に柔軟に対応することができるのです。
 このようなアジャイル型開発では、チームの人数が少人数であり、ユーザとベンダの要員が1名ずつペアを組んで作業を行うこともあり、またより密なコミュニケーションが求められることから、ユーザがベンダの個々の要員に対して直接に作業の依頼・指示をする場面が多くなります。このような状況が、ベンダの雇用する要員がユーザの直接の指揮命令を受けてユーザのために労働に従事させられていると評価されると、偽装請負と判断されてしまいます。
 この問題をまず提起したのは、昨年2020年10月13日の経団連の規制改革要望『改訂 Society 5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言』で、「アジャイル開発等のシステム開発における発注者、受託者、委託先との直接的な意思疎通や協働が偽装請負と判断される「直接な作業指示」にあたらないことを明確化すべきである」と要望したのです。この問題は政府の規制改革推進会議の成長戦略ワーキング・グループでも2021年2月25日に取り上げられ、6月1日の『規制改革推進に関する答申~デジタル社会に向けた規制改革の「実現」』に盛り込まれるとともに、6月18日に閣議決定された『規制改革実施計画』でも、「厚生労働省は、関係府省とも連携の上、アジャイル型開発の環境整備に向け、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準の具体的当てはめの明確化について、新しい開発手法を活用するベンチャー企業等を含めた実務者会合を早期に立ち上げ、システム開発の実態を踏まえつつ検討を行う。その結果に基づいて疑義応答集等で考え方を明らかにし、広く周知を図る」こととされました。
 こうした動きに対応するため、厚生労働省は同年5月31日から7月21日にかけて3回にわたって「派遣・請負区分のあてはめの明確化に関する実務者ヒアリング」を開催しました。ヒアリングメンバーは学識経験者2名(うち1名は鎌田耕一)、システム開発関係者2名、システム開発関係団体2名、労使関係団体2名(連合と経団連)、省庁関係者2名(内閣官房IT総合戦略室と経産省)の計10名です。その議事要旨もアップされています。これを受けて先月公開された疑義応答集(第3集)は、6頁7問答の全てがアジャイル型開発に充てられています。
 まず基本的な考え方として、「アジャイル型開発は、発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者が一つのチームを構成して相互に密に連携し、随時、情報の共有や助言・提案をしながらシステム開発を進めるものですが、こうしたシステム開発の進め方は偽装請負となりますか」という問いに対して、このように答えています。
 アジャイル型開発においても、実態として、発注者側と受注者側の開発関係者(発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者を含みます。以下同じ。)が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合には、受注者が自己の雇用する労働者に対する業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行い、また、請け負った業務を自己の業務として契約の相手方から独立して処理しているものとして、適正な請負等と言えます。
 したがって、発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、偽装請負と判断されるものではありません。
 他方で、実態として、発注者側の開発責任者や開発担当者が受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うなど、指揮命令があると認められるような場合には、偽装請負と判断されることになります。
 こうした事態が生じないよう、例えば、発注者側と受注者側の開発関係者のそれぞれの役割や権限、開発チーム内における業務の進め方等を予め明確にし、発注者と受注者の間で合意しておくことや、発注者側の開発責任者や双方の開発担当者に対して、アジャイル型開発に関する事前研修等を行い、開発担当者が自律的に開発業務を進めるものであるというようなアジャイル型開発の特徴についての認識を共有しておくようにすること等が重要です。
 受注者側が自律的に開発業務を行っておればよいというのが原則論ですが、それでは心配になる点がいくつも出てきます。以下の問答は、それに一つ一つ丁寧に回答しようとしています。特に、受注者側の自律性をどこで見るかが問題になります。受注者側の管理責任者の選任、同席との関係です。この点について、「両者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めている限りにおいては、受注者側の管理責任者が会議や打ち合わせに同席していない場合があるからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけでは」ないと言いつつ、受注者側の開発担当者に対して指示を行う必要がある場合に「発注者側の開発責任者や開発担当者が、直接受注者側の開発担当者に当該指揮命令を行ってしまうと、たとえ受注者において管理責任者を選任していたとしても、偽装請負と判断されることにな」ると釘を刺しています。
 また、発注者側の開発責任者と受注者側の開発担当者間、あるいは開発チーム内のコミュニケーションがどの程度許されるのかも注目されています。この点についても、「発注者側の開発責任者が受注者側の開発担当者に対し、その開発業務の前提となるプロダクトバックログの内容についての詳細の説明や、開発業務に必要な開発の要件を明確にするための情報提供を行ったからといって、それだけをもって直ちに偽装請負と判断されるわけでは」ないとか、「実態として、両者間において、対等な関係の下でシステム開発に関する技術的な議論や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断されるものでは」ないと言いつつ、それが「実態として、受注者側の開発担当者に対する業務の遂行方法や労働時間等に関する指示などの指揮命令と認められるような場合には、偽装請負と判断されることにな」ると釘を刺します。
 さらに、「会議や打ち合わせ、あるいは、連絡・業務管理のための電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側及び受注者側の双方の関係者全員が参加した場合」でも、「実態として、両者が対等な関係の下で情報の共有や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断され」、その「全ての機会に管理責任者の同席が求められるものではない」としつつも、それらの場において「実態として、発注者側の開発責任者や開発担当者から受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示などの指揮命令が行われていると認められるような場合には、偽装請負と判断される」と釘を刺しています。
 基本的には上述の基本的な考え方を様々な状況下で繰り返しているだけですが、結局外形的な指標で一律に判断することはできず、「対等な関係」とか「自律性」が保たれているかどうかという実質的な判断に委ねられざるを得ないということが伝わってくるQ&Aになっているといえます。「自律性」というのは言い換えれば「裁量性」ですが、考えてみれば今回問題となっているシステム開発の世界は、1987年改正労働基準法で専門業務型裁量労働制が導入されたときからその典型業務として適用されてきているように複雑な知的労働力の典型です。そうした高度な専門技術者が企業の枠を超えて(その企業同士の契約形式が請負であれ準委任であれ)知的行為をぶつけ合いながら無形のシステムを構築していくような世界に、派遣・請負区分という終戦直後以来の法的枠組みを当て嵌めようとすることから生じているのが、このアジャイル型開発の問題なのかも知れません。
 そもそもこの派遣・請負区分(いわゆる37号告示)の前身は終戦直後の1948年職安法施行規則第4条の労働者供給事業と請負の区分基準ですが*1、今まで問題となってきたのは建設業の重層請負や製造業の構内請負であって、相対的に単純な物理的労働力の提供者に対する指揮命令の有無が主として問題になってきました。1951年に刊行された労働省職業安定局雇用安定課編『労働者供給事業認定基準並に疑義解釈集』(労働法令協会)は150ページを超えるかなり分厚い本ですが、そこに取り上げられているのは土木建築業をはじめ、電気通信工事、沿岸荷役、派出婦、運輸業、ビル清掃、貨車積卸、道路修繕、造船、鉱夫、林業、溶接作業、石材切出等々と、ほとんど全て肉体労働系です。1960年代に事務処理請負という名で広まり、1985年の労働者派遣法によって法的に位置付けられた事務系派遣も、英語でいうクラーク業務であって、基本的には全てボスの指揮命令によって作業をするものであり、自律性、裁量性といった性格は希薄でした(日本の派遣法が日本型雇用システムを守るためという屁理屈で「専門技術的26業務」という虚構を作り出したために概念が混乱している面はありますが)。
 その意味では、これら単純作業系とは対照的な真の意味での高度専門技術者が企業の枠を超えて知的行為をぶつけ合う世界に、70年以上昔の発想による区分基準を当てはめるようなやり方がなお有効なのか、そろそろ根っこから見直す必要が生じてきつつあるのかもしれません。皮肉なことに、この疑義応答集が出された2021年というのは、前年からのコロナ禍で、zoomなどのオンラインツールを用いたリモート会議や打ち合わせが急速に一般化した年でもあります。発注者側の開発責任者と開発担当者、受注者側の管理責任者、開発担当者が画面上にてんでに並んで様々なコミュニケーションをしている状況の中から、何が指揮命令で何がそうでないのかを区別しようとするのは、なかなかに難しいことではないでしょうか。

*1さらに遡れば、戦前の1938年改正職業紹介法で労務供給事業の規制が導入されたときに発出された通牒(昭和13年収職第514号)が「事業請負ノ形式ナルモ其ノ内容ハ主トシテ労務ノ供給ヲナス場合ハ本規則ノ適用ヲ受クル」と指示したのが最初です。

 

 

2021年10月18日 (月)

『唯物論研究年誌第26号 コロナが暴く支配と抑圧』

590787 大月書店の角田三佳さんより、その編集になる『唯物論研究年誌第26号 コロナが暴く支配と抑圧』をお送りいただきました。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b590787.html

補償なき時短や休業はては解雇を迫られる非正規労働者、障害児・者とその家族‥‥‥コロナ禍は、さまざまな領域に存在する矛盾や抑圧をあぶりだしている。「社会的弱者」に牙をむく現状を見据え、抵抗と変革の基盤を探る。

私にはよく理解できない哲学的な論文も盛り込まれていますが、特集の中では首都圏青年ユニオンの栗原耕平さんの「新型コロナ禍における非正規労働者の抵抗とその基礎」が、シフト制アルバイト問題をその労働過程を細かく分析することによって浮かび上がらせており、大変興味深く読めました。

あと、植上一希さんらによる「コロナ禍が突きつける大学・若者の教育と社会・政治変革の課題」という座談会の終わりの方で、ジョブ型雇用をめぐってのやりとりが、教育現場の感覚をよく示しています。

小谷 ・・これから日本でジョブ型雇用が増えていくのかが気になっています。例えば日本の学校の先生は、授業とか生徒のケアとか、ゼネラルな能力を求められていますが、ヨーロッパではそういうことはあり得なくて、ちゃんと分業しているわけですよね。日本の場合は、専門性を保った人でも、専門外のことに関わらなければならない。でもオンラインになってくると、ジョブ型で「この仕事をするために雇います」という話になってくる。そうすると、同じように「授業以外に関しては、ほかの人がやるので、しっかり専門性を高めることに自分の時間を使って下さいね」という流れになってくることも考えられるかなと。

蓑輪 公共サービス労働について言えば、ジョブ型にすると公共サービスの機能が本当に崩壊するから、実際、やりたくてもできないんじゃないでしょうか。例えば、虐待介入でも、学校や保育園で日常的に子供たちと接している教師や保育士が果たしている役割は、ほかでは代替できない固有のもので、その人たちを虐待対応の現場から引き上げるのは、現実的にあり得ないし、あってはいけないという気がします。全体として、、公共サービスについて言えば、やっぱりゼネラルが残ってしまう。

小谷 ただ、それが例えば教員志望の人が教員になりたがらない理由にもなっている。

・・・

蓑輪 確かに公共サービス労働は、ジョブ型にしていくとサービスがきちんと提供できないという問題が起きる。ただ、日本はゼネラルな能力が求められすぎて過重労働になっているので、責任や職務を整理しつつ、仕事を評価していく発想は恐らく必要だとは思うんです。ただそうすると、労働者が行う業務を限定して、階層的な職場構成にすべきだという話になって、今度、それでいいのかという話が出てきて本当に難しい。・・・

階層的なジョブ型で仕事を限定することを嫌がり、平等なメンバーシップ型でへとへとになることが歴史的に労働者自身の選好でもあるという日本社会の姿が浮かび上がってくる座談会です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林雅彦さんの拙著書評@『週刊東洋経済』

2171651_p 『週刊東洋経済』10月23日号のブックレビューコーナーで、林雅彦さんが『ジョブ型雇用社会とは何か』の書評を書かれています。曰く「誤解により悪用される危うさ 名付け親が自ら正す」

https://premium.toyokeizai.net/ud/magazine/pubdate/20211023

最後のところが、わたしの秘かな思いを汲んで頂いております。

・・・対象となる事象は不変であるためこれまでの焼き直しにならないかとの評者の心配は杞憂であった。職場での定期健診で使用者側に健康に関する情報を握られることをどう考えるか、障害者雇用とジョブ型雇用の親和性など、この両者を軸にして見直してみることによる新たな気づきは多い。

ちなみに、同号の大特集は例のみずほ銀行ですが、そもそも銀行業務の神経系にあたるシステム開発がこういう状況になっていることについても、ジョブ型とメンバーシップ型でもって分析するといろいろと見えてくるものがありそうな気はします。

 

 

 

 

2021年10月17日 (日)

流行りの「ジョブ型雇用論」が間違いだらけの理由 濱口桂一郎氏に聞く@弁護士ドットコム

弁護士ドットコムにインタビュー記事が全編後編の二段構えで載っています。インタビュワは新志有裕さんです。

https://www.bengo4.com/c_5/n_13676/ (流行りの「ジョブ型雇用論」が間違いだらけの理由 濱口桂一郎氏に聞く)

新たな人事制度の仕組みとして、職務内容(ジョブ)を特定して、必要な人員を採用・配置する「ジョブ型雇用」という言葉がブームになっている。
これまでの日本の大企業の正社員は、新卒一括採用で職務内容を限定せずに採用し、定期的に職務内容を替えていく「メンバーシップ型雇用」が主流だった。賃金の値札も、ジョブ型はジョブに貼り、メンバーシップ型はヒトに貼るものであり、両者は概念的に大きく異なる。
メンバーシップ型雇用は人事評価の難しさから、年功序列に陥りやすく、いわゆる「働かないおじさん」を生み出してしまうことや、会社都合の異動などでキャリアの自律性が乏しくなる、などの理由でこの数年、「ジョブ型雇用」を推進する流れが強まってきた。
しかし、「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」の名付け親でもある労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎研究所長は新著「ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機」で、「おかしなジョブ型論ばかりが世間にはびこっている」と批判している。濱口氏のインタビューを前後編に分けてお届けする。(編集部:新志有裕) 

https://www.bengo4.com/c_5/n_13677/(なぜ人事査定があるのに「働かないおじさん」が生まれるのか? 濱口桂一郎氏に聞く)

14623_2_1  新卒一括採用で職種を限定せずに「就社」した人たちが、若い頃は馬車馬のように働かされながらも、中高年になってから、上がった賃金にみあった仕事をしていないと批判される「働かないおじさん」問題が長年指摘されている。
最近、日本の大企業が、職務内容を特定して、必要な人員を採用、配置する「ジョブ型雇用」を導入しようとしている背景には、組織の一員としてみんなで出世を目指す「メンバーシップ型雇用」が、結局は年功序列になりがちであるため、新制度で歯止めをかける狙いもあるようだ。
しかし、なぜ、多くの企業で人事査定をしているにもかかわらず、「働かないおじさん」が出てくるのを止めらないのか。新著「ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機」を上梓した労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎研究所長のインタビュー後編では、この問題を扱いたい。(編集部:新志有裕)

 

 

 

 

 

 

2021年10月16日 (土)

絶妙のタイミングで『日本大学の研究』

9784791774180 なんという絶妙のタイミングで『日本大学の研究』なんていう本を出すんだろう、と思いましたが、いや橘木さんにはそんなつもりは全くなく、これまで陸続と出してきた『早稲田と慶応 名門私大の栄光と影』、『東京大学 エリート養成機関の盛衰』、『京都三大学 京大・同志社・立命館-東大・早慶への対抗』、『三商大 東京・大阪・神戸 日本のビジネス教育の源流』等々といった大学シリーズの延長線上のはずだったんでしょうね。

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3604

国内最大の学生数をほこり、旧制大学として長い伝統を持つ日本大学。戦前・戦後・現在へと続くその軌跡から、教育方針と経営理念の特徴を探り、時代の節目における改革の実態、そして多彩な人材をいまなお輩出し続ける理由を、異色の経済学者がその独自のまなざしで明らかにする。画期的な書。

 

 

 

 

自治体は雇用契約を結べないけれど、偽装請負だと雇用になってしまう件について

こういう増田が話題になっていて、

https://anond.hatelabo.jp/20211014160920(埼玉県ワクチン接種センターで働いていたのに労働者ではないと言われた話)

謝金扱いだから労働契約がないとのことだったが、時間や勤務場所が拘束されていること・この仕事をしろと指示されていることなどから、「使用従属関係」が発生するのではないか。 

こういう応答がされているのですが、

https://anond.hatelabo.jp/20211015101356

自治体が人を雇う場合、一般的な雇用契約をすることができない。少し前までは曖昧にされてたが、総務省が古い解釈を今更示したせいで、一時的であれ短時間であれ、明確に公務員として任用せねばならなくなった。令和2年度4月から施行された会計年度任用職員てやつだ。 

いや、それは教科書レベルの回答であって、も少しディープな話があるんだな。

確かに、使用者が労働者に指揮命令する雇用契約については、自治体は民法上の雇用契約を締結することはできず、正規であれ非正規であれ任用による公務員という形で使用しなければならない。それは確かなんですが、一方で、契約上は雇用契約じゃなく請負だの準委任だといった非雇用契約の形をとっていても、その実態が指揮命令していれば契約の文言に関わらず雇用とみなされるという法理もちゃんとある。問題は、これが自治体にも適用されるのか、それとして締結することはできない雇用契約が、偽装請負だという理由で結果的にできてしまうことがあるのか?という点にあるわけです。

そして、この点について「然り」と判断した裁判例がちゃんとあるのですよ。私が昨年6月に東大の労働判例研究会で評釈した浅口市事件判決です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-e462a4.html(浅口市事件評釈@東大労判)

御多分に漏れず、東大の労働判例研究会もリモート開催となっていますが、昨日は私の番が回ってきて、浅口市事件(岡山地倉敷支判平成30年10月31日)(判例時報2419号65頁)を評釈しました。

・・・このように、地方公共団体は自ら意図的に雇用契約を締結することはできないのであるが、本判決は労働者性に関する判断基準を用いることによって、その主観的意図としては労務参加契約という名の請負契約を締結したはずであったYが、客観的には雇用契約を締結していたことになるという筋道によって、結果的に雇用契約を締結することができる回路を付与したような形になっている。

 これは公務員法が想定していない帰結ではあるが、労働者性に関する判断基準を素直に解する限り回避することはできない理路である。なぜなら、公務員法が明示ないし黙示に禁止しているのは、雇用契約を雇用契約として締結することに限られるのであって、厳密に労働者性判断基準に照らせば雇用契約になりうる個人請負契約を締結することは自由であるし、それが結果的に雇用契約であることが判明したからといって、主観的に個人請負契約として締結された契約関係が無効になることもあり得まい。その意味では、法理的にはこれはもともと雇用契約であったものがその性質通りに判明したものではあるが、現実社会における存在態様からすれば、個人請負契約として締結されたものが労働者性判断基準という操作をくぐらせることによって雇用契約に転化したものと認識されることになろう。・・・

・・・以上から、地方公共団体が締結した個人請負契約がその実態に即して雇用契約であると判断されることを制度的に回避することは不可能であり、従って地方公共団体が個人請負契約を利用する限り、法律上存在しないことになっている公務員としての地位を有さず地方公共団体と雇用契約に基づいて労務を提供する者は常に生じうることになる。かかる存在が法理上存在可能であることは、国家公務員法上に外国人との雇用契約が明記されていることからも明らかであり、地方公務員法が想定していないからといって、法理上その存在を否定することもできない。

 本判決は、樹木伐採作業に従事する労務参加契約というやや特殊な地域性のある事案であったが、今後フリーランス等の雇用類似の働き方が増加し、国や地方公共団体においてもそうした人々を個人請負契約の形で活用することが増えるならば、その労働者性の判断を通じる形で、結果的に国や地方公共団体との雇用契約で就労する者が増加していく可能性もあり得る。これに対していかなる法政策的対応があり得るのか、検討をしておく必要もあるのではなかろうか。

この事件のインプリケーションは結構大きいものがあり、その後今年5月に刊行された『日本労働法学会誌』134号では、弁護士で信州大准教授の弘中章さんが、この判決にも触れながら、この問題を論じています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-17206c.html(『日本労働法学会誌134号』)

Isbn9784589041586_20211016202501  さて、学会誌には大会の記録以外の論文も載っています。その中でいささかびっくりしたのは、弁護士で信州大准教授の弘中章さんの「公共部門における「委託型就業者」に関する一考察」です。何にびっくりしたかというと、私が東大の労働判例研究会で報告したまま活字にすることなくひっそりとホームページに乗っけておいた評釈を引用されていたのです。浅口市事件((岡山地倉敷支判平成30年10月31日)(判例時報2419号65頁))という、市との労務参加契約の雇用契約該当性が問題になった事案です。・・・ 

 弘中さん曰く:
・・・しかし、最近の裁判例では、個人が行政主体と業務委託等の契約を直接に締結した場合において、その就労実態から当該契約を「雇用」と評価したものが見られ、注目される。また、研究者からも、個人請負契約によって公務に従事する者の存在に注意を促す指摘がなされるようになってきている。・・・
 まだほとんどだれも本格的に議論を始めていないテーマではありますが、これから結構出てくる可能性もあるように思われ、こういう形で正面から議論をする論文が学会誌に載ったのは大変うれしいことでした。 

 

 

 

 

 

 

 

新しい資本主義実現会議は紅7点だけど労1点

昨日、岸田新内閣の目玉政策機関として新しい資本主義実現会議が設けられました。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/honbu.pdf

「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、内閣に、新しい資本主義実現本部(以下「本部」という。)を設置する。

で、その有識者構成員のリストがこちらですが、

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/rist.pdf

翁 百合 株式会社日本総合研究所理事長
川邊 健太郎 Zホールディングス株式会社代表取締役社長
櫻田 謙悟 経済同友会代表幹事
澤田 拓子 塩野義製薬株式会社取締役副社長兼ヘルスケア戦略本部長
渋澤 健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
諏訪 貴子 ダイヤ精機株式会社代表取締役社長
十倉 雅和 日本経済団体連合会会長
冨山 和彦 株式会社経営共創基盤グループ会長
平野 未来 株式会社シナモン代表取締役社長CEO
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科教授
三村 明夫 日本商工会議所会頭
村上 由美子 MPower Partners GP, Limited. ゼネラル・パートナー
米良 はるか READYFOR 株式会社代表取締役CEO
柳川 範之 東京大学大学院経済学研究科教授
芳野 友子 日本労働組合総連合会会長

これ、ジェンダーバランスという観点からは男性8名、女性7名でうまく釣り合いがとれているとはいえますが、属性で分けると、経営者側11名、労働者側1名、研究者3名という色分けで、労1点という意味では安倍内閣時の働き方改革推進会議と同じです。

連合会長に就任したばかりの芳野さんは、場合によっては神津さんの時みたいに一人で頑張らないといけない局面もあるかもしれません。

あと、渋沢栄一翁の玄孫の方がさりげに入っているのは、高祖父が「日本資本主義の父」なので、「新しい資本主義」にふさわしいということなのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

フリーランスの安全衛生規制

昨今注目を集めているフリーランス問題ですが、白熱する議論から零れ落ちがちな話題として安全衛生問題があります。もちろん、安全衛生と表裏の関係にある労災保険については近年特別加入が陸続と拡大しているのですが、労働安全衛生法の適用自体の議論は、フリーランス問題の枠組みではあまり取り上げられていないようです。

しかし一方、今年5月の建設アスベスト最高裁判決により、一人親方に対する安全衛生対策について国の権限不行使が違法と判断されたことにより、労働安全衛生法の適用範囲を一人親方に、あるいは一人親方に限らず下請事業主に拡大すべきではないかという議論が提起されてきます。

実はさっそく今週月曜日(10月11日)の労政審安全衛生分科会に「建設アスベスト訴訟に関する最高裁判決等を踏まえた対応について」という資料が提示されており、そこでは安全衛生法22条、57条に基づく省令の規定を労働者に限らず一人親方等にも拡大する改正をすべきかという議論が提起されているようです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000841259.pdf

Freelance_20211016102501

2021年10月15日 (金)

酔流亭さんのやや長めの書評

71cahqvlel_20211015000601 酔流亭さんが、『ジョブ型雇用社会とは何か』に対して、やや長めの書評を書かれています。

https://suyiryutei.exblog.jp/30755224/(日本版「同一労働同一賃金」の深相)

「深相」という言葉は、私の本に出てくる用語ではありませんが、とてもいいたいことを一言で表している二文字ですね。

先月出たばかりの『ジョブ型雇用社会とは何か』(濱口桂一郎著 岩波新書)は教えられるところが多い本ではある。なかでも、日本版「同一労働同一賃金」を実現しようとした労働法学者・水町勇一郎氏(東大教授)の真意は何であったかへの洞察には「あっ、そうだったのか」と思った。・・・

・・・濱口桂一郎氏の洞察によれば、水町教授はそのこと(現状では日本では同一労働同一賃金は実現しないこと)を百も承知で、しかし政府が同一労働同一賃金を謳うのを衝いて、その名の下に、せめて非正規雇用労働者の賃金を正規雇用の職能給(人に値札の付いた賃金制度である)に統一しようとしたのではないか。同一賃金は実現できなくとも、正規と非正規を同一の基準では処遇せよ、と。・・・ 

・・・それだけに濱口桂一郎のこの問題について推測を含めた洞察は、水町への敬意と友情も感じられて腑に落ちるものである。 

念のためにいえば、この「深相」はあくまでも「私の想像に想像を重ねた解釈」に過ぎないので、本人はそんなことはおくびにも出していません。

この書評の最後には、私の労働組合へのスタンスがあまりにも冷ややかではないかとの苦情が書かれています。

・・・ただ『ジョブ型雇用社会とは何か』という本全体については、冒頭に書いたように勉強になったけれど、違和感もまた残る。労働運動に対する著者の突き放したような冷ややかな視線だ。なるほど日本の労働組合運動は、それが生み出された労働社会の歪みを反映しておおいに歪んでいる。いい加減にせい、こいつら、とEU諸国の労働社会と運動を熟知する著者が吐き捨てたくなるのもわからぬではない。しかし、その歪みを糺すのは職場から労働運動を強めていくこと以外には無いのではなかろうか。 

冷ややかと言えばそうかも知れませんが、冷静さを失って妙に熱っぽく叫び出すとだいたい足を踏み外して転げます。

冷ややかにではあってもそれなりにシンパシーを示しているつもりではありますし、特に最後の提言は、労働組合を愛していないとああいうのは出てこないですよ。

 

 

 

 

キャバクラは労働者性問題の宝庫

こういう記事がありましたが、

https://www.bengo4.com/c_5/n_13675/(キャバクラの女性従業員は「労働者」、さいたま地裁で和解成立 店が残業代含む「解決金」支払い)

14621_2_1 キャバクラ店で働いていた女性が、店に対して残業代などを請求していた裁判は、さいたま地裁で和解が成立した。

店側はこれまで「業務委託契約のため、残業代等は発生しない」という主張を続けたが、女性の「労働者性」を認める内容を和解条項に盛り込み、未払い分を解決金として支払うことが定められた。

女性側は10月14日、都内の会見で「キャバクラ店で働く女性は、労働者としての待遇を受けられないことが多い。労働者性が認められたことで、残業代や、深夜割増賃金なども会社が支払うべきだと明確にされた」とした。・・・・・

判例集だけ見てるとあんまり気が付きませんが、このキャバクラをはじめとする風俗営業適正化法において「接待飲食等営業」と呼ばれているような事業において歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすタイプの接客職というのは、一人親方や運転手と並んで労働者性問題が一杯詰まっている分野なんですね。

Kantoku_20211015084501 これは、私が今年2月に発表した報告書『労働者性に係る監督復命書等の内容分析』において明らかにしたことですが、全国の労働基準監督官の皆さんは結構この手の問題を取り扱っています。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2021/documents/0206.pdf

(イ) 労働者性ありと判断した事案

・監6 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):週1-2回、20時-25時勤務の接客サービスで、出退勤管理はタイムカード形式で行い、賃金は時間給で、指名料は5割、ドリンク代は2割という取り決め、特に契約書を交わすことなく、厚生費(10%)と呼ばれる事務手数料を控除している。申告人から解雇予告(手当)違反の申告があり、被申告人は、「解雇したことは間違いない」と言いつつ、申告人は労働者ではなく個人事業主であると主張。名目上は個人事業主であったとしても、労働者性が否定されるものとは認められないと判断し、解雇予告手当の支払いについて是正勧告。

(ロ) 労働者性なしと判断した事案

・監37 その他の飲食店のフロアレディ(定期監督):ラウンジのホステスやボーイについて、雇用契約ではなく個人事業主として接客等の業務を任せているだけであり、シフトに入ってもらいたい時間帯を依頼することはあっても強制はせず、人手不足の時には開店しないこともあり、税務面も個人事業主として確定申告させている。労働者性を高める客観的資料も確認できず、法違反なしと判断。

(ハ) 労働者性の判断に至らなかった事案

 接客職に係る監督復命書事案で、労働者性の判断に至らなかった事例はない。

(7) 申告処理台帳の事案

(イ) 労働者性ありと判断した事案
・申1 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):深夜割増の賃金未払いの申告。事業主は、申告人は個人事業主として演奏や自分の連れてきた客への接客をしてもらい、報酬を払う契約であると主張。ミュージックパブでバンドボーカル兼ホールスタッフとして勤務し、決められたシフトの時間内には一般の来店客の接客、店の開け閉めや掃除、買い出し等の雑務も事業主から命じられて行い、深夜割増込みで時給1000円で契約していることを総合的に考慮して、労働者性が強いものと判断し、是正勧告。

・申4 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):フィリピンクラブのホステスとして勤務。売上ペナルティの控除が違法との申告。事業主は申告人を個人事業主と主張し、過去は会計士の指示通り申告人に請求書を出させ、それに対して報酬支払後、印紙を貼った明細を渡していたが、面倒になったのでやめてしまい、源泉徴収票に報酬と記載している。申告人の売上が基準額に達しなかった場合に報酬額から控除していた。タイムカードを打刻している。個人事業主契約があったことを証明できないため、労働契約として判断せざるを得ないとして、是正勧告を交付。

・申5 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):解雇予告手当未払いの申告。労働者は男性マネージャー1名だけで、接客するキャスト6-7名は全員外注としているが、契約書はない。勤務は21時-24時半で、報酬は時給2300円とドリンクパックと指名料。キャスト同士のトラブルで契約解除。業務指示に対する諾否の自由があまりなく、報酬も時給制で、一定の労働者性が認められると伝え、予告手当の支払いで終了。

・申7 その他の接客娯楽業のフロアレディ(申告監督):キャバクラのホステスが解雇予告手当と罰金及び名刺代の控除の返還を求めて申告。役務提供契約を結び、税金もそう処理しているが、勤務時間は19:30-26:00(又は27:00)で週3-4日出勤、接客時間に対して時給3000円と同伴・ドリンク手当が当日現金払い。接客時間はキャッシャーが手書きで記録。勤務中は店長の指示に従い、接客時に座る席まで指示され、欠勤には許可が必要で、当日連絡の場合は罰金を払う等、個人事業主として業務委託契約であったと認めるのは困難と判断した。ただし退店のいきさつを解雇とは認めず、罰金と控除の返金を指導。

(ロ) 労働者性なしと判断した事案

・申15 一般飲食店の仲居(申告監督):配膳接客をする仲居として勤務してきた申告人が未払いの残業代を求めて申告。事業場側は申告人を芸能人と同じで雇用契約ではなく、「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」という個人事業主に対しての源泉徴収を行っていた。社会保険、雇用保険等の控除をせず、仕事の依頼に諾否の自由があり、勤務時間、出勤日等指定はないことから、労働者ではないと判断し、ただ申告人と同様の勤務形態である仲居については、委託契約書を結び、労働の態様を明らかにするよう指導。

(ハ) 労働者性の判断に至らなかった事案

・申23 その他の接客娯楽業のフロアレディ(申告監督):キャバクラのホステスが解雇予告手当を求めて申告。雇用契約書はなく、就労開始時に日給45000円等の条件を交わしている。事業場側は、店舗という場所を各個人事業主に貸している(「箱貸し」)だけと主張。「来なくて大丈夫ですよ」を断定的に解雇と判断できないため、処理を終了。

・申29 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ラウンジのママが、賃金から売上不足や調整と称して控除されていると申告。事業場側は申告人が個人事業主と主張。臨検監督を行う前に、会社が一部支払うことで申告取り下げ。労働者性は特定に至らず。

・申31 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):接客キャストが解雇に伴う賃金未払いを申告。キャスト契約書には専属請負契約であることが書かれている一方、所定労働時間は20時-翌2時で、時給2250円と労働者性も見受けられるが、労働者であると断定できないことから、処理を終了。

・申32 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ホステスが賃金未払いを申告。時給2000円及び指名料1人1500円。事業場側は申告人が個人事業主と主張。出勤を強要したことはなく、営業日はいつ来てもらってもよいが、開店から2時間後の20時以降は受付せず。タイムカードは打刻させていたが、昼に他の事業場で働くことは妨げていない。ただし本人以外のものが来ることは認めていなかった。契約内容が客観的に分かる書面もなく、労働者性を肯定しかねることから処理を終了。

・申33 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):キャバクラのキャストが賃金未払いを申告。勤務時間は20時-25、26時で、フロアキャスト業務請負支払報酬によれば、時給2300円で指名数に応じた時間給やボトルバック、同伴バック、欠勤控除がある。時間管理や欠勤控除など労働者性を補強する要素も認められるが、事業場から申告に係る給料が振り込まれたので処理を終了。

・申40 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ホステスから賃金未払いの申告。報酬は時給+ボトル注文による歩合制。労働日1週間ごとに本人から希望させ、勤務の指示はしていない。報酬から個人事業主として10.21%の税金を引き、確定申告は本人が行っている。服は自前で準備。月1回程度本人に対し個人事業主であると説明していた。書面契約はなく口頭のみの契約。以上から労働者性があるとは断定できないため、処理を終了。

 

(8) 分析

 伝統的に労働者性に係る問題の一つの焦点となってきた傭車運転手を含む運転手と同数の事案が接客職に見られるというのは、訴訟に至った事案の裁判例を中心に労働者性の問題を見てきた研究者にとってはやや意外に思われるかも知れない。しかし、以上の各事案を概観しても分かるように、こうした風俗営業適正化法において「接待飲食等営業」と呼ばれているような事業において、歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすタイプの接客職が、今日における労働者性に係る事案の少なからぬ部分を占めているということは、注目に値する発見であろう。
 一人親方や運転手といった他の職種の事案と比較すると、キャバクラやパブといった歓楽的飲食店の店内で夕方から深夜に至るまで接客しなければならないという業務上の必要性からであろうが、報酬を時給で定めているケースがかなり多く、そのことが個別事案によって違いはあるが、労働者性ありと認めるものが相対的に多くなっていることの背景として存在しているように思われる。しかし、時給制であるにもかかわらず労働者性の判断に至っていないケースも少なくない。接客の具体的態様がいちいち事業場側の指揮監督下にないため労働者性の判断に踏み切れないことがその背景にあるようにも見られるが、時間的空間的に拘束された下で客を歓楽的雰囲気で接待しなければならないという従属性の観点がやや軽視されている感もある。

(9) 労働基準監督行政への示唆

 労働基準監督官が労働者性の判断基準としている1985年の労働基準法研究会報告は、「報酬が時間給を基礎として計算される等・・・報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合には、「使用従属性」を補強する」としており、これが接客職に対するやや積極的な労働者性判断をもたらしているようである。一方、事業特性からか、申告者本人や事業場との連絡が必ずしも円滑にいかないケースがまま見られ、労働基準監督官としてはいささか扱いにくい分野なのかも知れない。その意味で、労働者性の紛争がこれだけの事案数に上る職種でもあり、労働基準法研究会報告における傭車運転手等のように、具体的事案として取り上げて当該職種特有の観点も含めて判断基準を示すことも考えられよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

労務屋さん、くろかわしげるさんの拙著評

71cahqvlel_20211015000601 労務屋さんに『ジョブ型雇用社会とは何か』を評していただいてます。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2021/10/14/171429

一昨日に久々に出社した際にピックアップしたのですが調べてみたところその前に出社したのは8月30日であり、この本も奥付をみるとほぼ1か月前には刊行されていたようで、お礼が遅くなり申し訳ありません。

実は、何人かの方々からぼつぼつとお礼のメールをいただきつつあり、やはり昨年来のコロナの中で、しっかりテレワークが確立してたまに職場に出てくるという行動パターンを続けておられる方は結構いるんだな、と感じています。当方は、コロナでテレワークがどうたらこうたらと書いたり喋ったりしている割に、自分の行動パターンはほぼ毎日出社組で、zoomで授業したり講演したりはしているものの、メインは全然テレワークしてませんな。

閑話休題。いかにも労務屋さんらしく、やんわりとした言葉の後ろ側でさりげに向こうの方を皮肉るという高度な書評になっておりますが、この最後の一文は、まあ私もそう思いますが、「言ってる向き」じゃなくて、「そう聞いてそう思い込んでる向き」に読んでもらえば本望なので。

「評価」に関する所論に対しては異論があるので無条件にお薦めすることができないのが残念なのですが(一部はこのブログでも過去に書きましたし、できれば時間のある時にまとめて書きたい)、人それぞれ、どこかどうかで「なるほど、そういうことだったのか」という発見があると思われる、非常に啓蒙的な一冊となっています。まあ「時間ではなく成果で評価」とか言ってる向きはたぶん読まないでしょうけど。

もひとつ、くろかわしげるさんもツイートで連投しています。

https://twitter.com/kurokawashigeru/status/1448635466413010947

 遅れていますが、濱口桂一郎「ジョブ型雇用社会とは何か」を読み進めています。
 メンバーシップ型の正社員雇用を人にやさしい雇用として思い込まれている逆説と、そのことで起きている今の時代の矛盾がこれでもかこれでもかと書かれています。
 ドライに、労働力の交換で働きたいという人が、安定して正当な対価を払われて働くことのできる職が、二極化する雇用のなかでなくなっている問題は大きいと思います。
 ジョブ型雇用の概念は、役所の非正規労働を考える補助線として非常に有効でした。役所には専門職というメンバーシップ雇用にそぐわない職種が山ほどありますが、正規職員の人事制度とそれによる職員ガバナンスが、専門職に適合しなくてアウトソーシングや非正規化の対象にされやすいものです。
 ジョブ型雇用として一般職非常勤職員制度の運用変更を画策していましたが、「会計年度」という専門性も職もない、ただの雇用期間だけの定義をガチンとはめられた制度になって、取れたものは取れたけども、おかしなことになったなぁと思うばかりです。
 濱口先生の本では、児童手当も出てきて、戦後生活給として賃金が育ちすぎて、子どもの数で賃金が決まるようなものを児童手当に置き換えようとして失敗した歴史と。
 非正規労働者が増えて、家族手当がない労働者が増えて、初めて児童手当の意味が理解されつつあるという時代なのだろうと思います。かといって企業が家族手当を全廃してその分法人税として払ってくれるかというと微妙。

話が二重三重にねじれていて、ほめる側もけなす側も、ほんとは厳しいメンバーシップ型を優しいと思い、ほんとはぬるいジョブ型を成果主義でビシビシだと思い込んでいるのを、その事実認識が間違っているよ、逆なんだよと言ってるのに、価値判断を責められていると思い込んで、ほめるにせよけなすにせよますます間違った認識に閉じこもるので困っちゃうのですね。

 

 

 

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