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2025年2月12日 (水)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(後)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401_20250212170701 昨日の続きです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(後)

メンバーシップ型の毀誉褒貶

 1970年代半ばから90年代半ばまでの20年間は、硬直的な欧米のジョブ型に対して日本型雇用システムの柔軟性が注目され、競争力の根源として礼賛された時代であった。エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がその代表だ。

 そのころの典型的な言説が、1985年に開催されたME(マイクロエレクトロニクス)と労働に関する国際シンポジウムで、当時の氏原正治郎職研所長が行った基調講演に見られる。

 曰く:「一般に技術と人間労働の組み合わせについては大別して2つの考え方があり、1つは職務をリジッド(厳格)に細分化し、それぞれの専門の労働者を割り当てる考え方であり、今1つは幅広い教育訓練、配置転換、応援などのOJTによって、できる限り多くの職務を遂行しうる労働者を養成し、実際の職務範囲を拡大していく考え方である。ME化の下では、後者の選択のほうが必要であると同時に望ましい」

 当時は、欧米に対しジョブにこだわるから生産性が低いとか、日本型にすればすべてうまくいくといわんばかりの論調すらあった。近年は、日本はメンバーシップ型ゆえに生産性が低いとか、ジョブ型にすればすべてうまくいくといわんばかりの議論が流行している。ジョブ型/メンバーシップ型が本質的に優れている/劣っているというたぐいの議論はすべて時代の空気に乗っているだけの空疎な議論にすぎない。

 むしろ、メンバーシップ型の真の問題点は、陰画としての非正規労働や女性や高齢者の働き方との矛盾にある。いつでもどこでも何でも命じられたまま働ける若い男性正社員を大前提にしたシステムが、これら多様な働き手におよぼす悪影響については『若者と労働』『日本の雇用と中高年』『働く女子の運命』といった諸著作で詳述している。

 一言でいえば、メンバーシップ型雇用は(局所的には生産性が高いかもしれないが)社会学的に持続可能性が乏しいのだ。だからこそ、安倍政権下で働き方改革が行われたのである。正規と非正規の間の同一労働同一賃金にしろ、時間外労働の絶対的上限規制の導入にしろ、かつて持て囃された日本的柔軟性を否定して欧米型硬直性を求める復古的改革である。この点を的確に理解している人は数少ないように見える。決してジョブ型が前途洋々というわけではないのだ。

中小企業はジョブ型か?

労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎 氏
労働政策研究・研修機構労働政策研究所長
濱口桂一郎 氏

    日本の労働社会の大部分は中小零細企業であり、従業員規模によって程度の差はあれ大企業に典型的なメンバーシップ型の特徴はそれほど濃厚ではない。拙著で述べたように、企業規模が小さくなればなるほど、勤続年数は短くなり、賃金カーブは平べったくなり、労働組合は存在しなくなる。実際、企業規模が小さいほど異動できる職務は限られるので、無限定正社員といったところで、事実上かなり限定されているのと変わらない。企業体力が弱い分、整理解雇で失業することもそれほど珍しくない。

 とはいえ、だから日本の中小企業はジョブ型に近い、と言ってしまうと完全な間違いになる。むしろ大企業型とはひと味違うある種のメンバーシップ性が濃厚にあるというべきだろう。1つには、戦後高度成長期に上から構築されたモダンなメンバーシップ型とは対照的な、伝統的人間関係そのものの延長線上に存在するある種の家族主義の感覚が残っている。

 「ジョブ型以前」的な原初的メンバーシップ感覚だ。他方では、大企業で確立したメンバーシップ型のさまざまな規範が、その現実的基盤の希薄な中小零細企業にも「あるべき姿」として染み込んできている。こちらはいわば「ジョブ型以後」的なメンバーシップ思想である。この両者は厳密には齟齬があるはずだが、両者入り交じって「明日は大企業みたいな雇用システムになろう」という「あすなろ」中小企業が大部分になっているように思われる。

 たとえば、新卒採用が困難なので中途採用で人手を確保せざるを得ず、さまざまな年齢層の社員が社内のごく限られた職務に就いているような中小企業では、ジョブローテーションによる仕事の幅の拡大を根拠とする年功制の合理性は薄いはずだが、もっともらしく大企業モデルの職能資格制度を導入して、かえって中高年の過度な高賃金という不要な自縄自縛をもたらしているのではないか。とはいえ、「あるべき姿」をひっくり返すのは難しい。

 「うちの社員は皆家族みたいなものだ」という原初的メンバーシップ感覚がそれを支えてもいるからだ、しかも、世にはびこる「ジョブ型」論が描き出す描像は、いまの大企業よりも中小企業の実像に近いものとしてではなく、(いまの大企業にもっともっと柔軟化せよといわんばかりの)この世のどこにも存在しないくらい異常に高度な代物として描こうとするものだから、ますます頭が混乱するのだろう。

ジョブ型に惑わずメンバーシップ型を脱ぎ捨てる

 大企業分野に焦点を当てた(まっとうな)ジョブ型論が足をくじくのは入口のところである。いかに「初めにジョブありき、そこにそのジョブを遂行しうるスキルをもった人をはめ込むのだ」と言ったところで、大企業に就職しようと思うような人材のほとんどが、特定のジョブのスキルを身につけるのではなく、何でもできる可能性のあるiPS細胞の養成所とでもいうべきところへ集中している以上、人と違う行動をとればペナルティを科せられる。異なる仕組みが成立するとすれば、入口からなかの仕組みまで全部別扱いする一国二制式しかないであろう。いま大企業がそういう方式を現実に検討しているのは、世界的に争奪戦になっているIT技術者などくらいであろう。

 ところが中小零細企業は、ただでさえ新卒採用が難しいがゆえにこの難題からも相対的に解放されている。かつて就職氷河期に就職できないままフリーターとならざるを得なかった氷河期世代の元若者たちを、この20年あまりの間にじわじわと少しずつ採用して、労働社会のそれなりの主流にはめ込んできたのは、ぴちぴちのiPS細胞ばかりにこだわる大企業ではなく、それができないことに劣等感を持つ中小企業であったことに、逆説的だが誇りをもってもいいのではなかろうか。

 話を一段マクロなレベルにもっていくと、典型的なメンバーシップ型の日本型雇用システムが戦後高度成長期に主として大企業で形成されたのと同様に、典型的なジョブ型の欧米型雇用システムは20世紀中葉にやはりアメリカの大企業で形成されたものだ。やたらに細かいジョブ・ディスクリプションなども、大企業に多種多様な職務がひしめき合い、その間の区分(デマーケーション)を明確にすることが求められたからやむを得ずつくらざるを得なかったのだ。ジョブ型社会といえども、中小零細企業になればそんな硬直的な仕組みをわざわざつくる必要はない。そういう意味では、洋の東西を問わず、中小零細企業は雇用システムなどにあまりこだわる必要はないのかもしれない。

 いま中小企業が考える必要があるとすれば、それはジョブ型伝道師が売り歩くこの世ならぬ「ジョブ型」を導入しようかと思い惑うことなどではなく、自社の寸法に合わない過度なメンバーシップ型の「あるべき姿」を、ちょうどいい具合になるまで脱ぎ捨てることではないかと思われる。それを何と呼ぶかは自由である。

(了)

2025年2月11日 (火)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(前)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401 先日紹介した、『I.B企業特報』新春特別号に掲載した「日本の中小企業とジョブ型雇用」という小文が、刊行元の福岡の経済メディアのデータマックスのサイトにアップされました。とりあえず今日は前編だけのようです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(前)

はじめに

 もう4年前になるが、2021年に『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)という本を出した。20年ごろからメディアでジョブ型という言葉が頻出するようになったが、その意味がきちんと理解されていないと感じたからだ。その結果、ジョブ型=成果主義といった誤解はかなり影を潜めたが、ジョブ型=職務給といったやや狭い理解が広がった。

 とりわけ、岸田政権下で進められる新しい資本主義のなかでは、「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、…ジョブ型の職務給中心の日本にあったシステムに見直す」と、職務給を唱道し、去る24年8月には『ジョブ型人事指針』を取りまとめた。

90年代の失敗 否定型の成果主義

 実は日本近代史において、職務給は繰り返し流行してきた。とくに戦後は、1950年代から60年代にかけて、政府や経営団体は同一労働同一賃金に基づく職務給を唱道していた。ちょうど60年前の63年、当時の池田勇人首相は国会の施政方針演説で「従来の年功序列賃金にとらわれることなく、勤労者の職務、能力に応ずる賃金制度の活用をはかるとともに、技能訓練施設を整備し、労働の流動性を高めることが雇用問題の最大の課題であります」と謳っていた。

 ところが日経連は69年の報告書『能力主義管理』で職務給を放棄し、見えない「能力」の査定に基づく職能給に移行した。だが「能力」は下がらないので、中高年層では人件費と貢献が乖離していく。そこで基本給の上昇を抑制するために90年代に小手先の手段として導入されたのが成果主義だった。

 欧米のジョブ型社会では職務に値札がついているので、そのままでは賃金が上がらない。そこで、「お前は成果を挙げているから」と個別に賃金を上げるために使われるのが成果主義である。成果を挙げた者の賃金を上げるのが欧米の成果主義だ。

 ところが四半世紀前に日本で導入された成果主義は、そのままでは(「能力」に基づく)年功で上がってしまう正社員の賃金を、「お前は成果を挙げていないじゃないか」と難癖をつけて無理やり引き下げるための道具として使われた。こんな制度がうまくいくはずがない。日本型成果主義は失敗に終わったが、問題は残ったままだ。そこで、人件費と貢献の不均衡の是正に再チャレンジしようとしているのが、現在のジョブ型ブームなのであろう。

ジョブ型は実は古臭い

 こうした日本独自の文脈で理解されているジョブ型の真の姿を歴史的に描き出したのが、2020年に出した『働き方改革の世界史』(ちくま新書)だ。出発点は19世紀イギリスのトレード・ユニオン(職業組合)が行う集合取引(コレクティブ・バーゲニング)だった。トレード(職業)こそ、20世紀アメリカでジョブ(職務)が確立するまでの労働世界の基軸であり、欧州では戦後も残存した。その後20世紀半ばに、アメリカ労働運動はジョブ・コントロール・ユニオニズムを確立した。

 ジョブ・コントロール(職務統制)とは、テイラーの科学的管理法とフォードの大量生産システムによって旧来のトレードが解体し、企業の管理単位としてジョブ(職務)が成立するなかで、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により明確に区分されたジョブごとに時間賃率を設定し、セニョリティ(勤続)によりレイオフ(一時解雇)を規制するルールを、ユニオン主導で確立することである。

 ところがジョブ・コントロールはその硬直性が批判され、やがて労働組合も衰退していった。一方、ジョブ型システムはホワイトカラーにも拡大し、こちらはヘイ等のコンサル会社の商品として企業が活用している。

ジョブ型に対する批判 タスク型をすすめる動き

 近年の情報通信技術の進展により、タスクをジョブにまとめて継続的な雇用契約を結ぶ必要性が薄れ、(ミクロまたはマクロな)タスクをその都度委託する契約(自営業化)が広がる可能性がある。たとえば、現在日本で「ジョブ型」を新商品として大々的に売り込んでいるのはマーサー・ジャパンだが、本家の米マーサー社では、硬直的なジョブ型から柔軟なタスク型への移行を唱道している。

 同社幹部の近著『Work without Jobs』では、職務記述書に箇条書きでまとめられた固定的なジョブをジョブホルダー(従業員)が遂行するという古臭いオペレーティングシステム(OS)を脱構築(デコンストラクション)し、ジョブを構成する個々のタスクをインディペンデント・コントラクター(高度な専門性を持ち複数企業と契約して活動する個人事業者)、フリーランサー、ボランティア、ギグワーカー、社内人材など多様な就労形態で遂行する仕組みへ移行すべきだと説いている。

 同書はジョブ型の欠陥を、労働者の能力を職務と結びつけて判断し、職務経験や学位と無関係な能力を把握できず、そのジョブに必要な資格を有しているか否かでしか判断できず、個々のタスクを遂行するに相応しい人材を発見できない点にあるというのだ。

 裏返していえば、ジョブ型雇用社会とはジョブという社会的構築物(フィクション)を実在化し、皆がそれに振り回されている社会ということである。逆に日本は、ジョブというフィクションは希薄だが、その代わり社員身分というフィクションが濃厚である。人間社会はフィクションなしではやっていけないのだろう。

(つづく)

2025年2月10日 (月)

新書大賞2025

03789f898f2c9dd5f764d3d29c2a3f97892adfe2本日発売の『中央公論』3月号に、例年恒例の新書大賞2025が発表されています。今回栄えある対象は三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でした。

https://chuokoron.jp/chuokoron/latestissue/

新書大賞2025

新書通100人が厳選した
年間ベスト20

大賞
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

大賞受賞者に聞く
――これからも「名付ける責任」を担いたい
▼三宅香帆

2位『日ソ戦争』麻田雅文

3位『歴史学はこう考える』松沢裕作

ベスト20レビュー

小熊英二、坂井豊貴、増田寛也、三牧聖子......
目利き45人が選ぶ2024年私のオススメ新書

三宅さんの本だけでなく、今年は勅使川原真衣さんの『働くということ』や近藤絢子さんの『就職氷河期』など、労働関係の良書が多く出ました。

ちなみに、拙著『賃金とは何か』は、日本郵政社長の増田寛也さんが取り上げていますが、その理由が:

 経営者として春闘に臨むに当たって、賃金やベースアップの意味をもう一度理解するには絶好の書といえる

だそうです。ううむ。

 

『労働法律旬報』2月下旬号のお知らせ

658748 今月25日発行予定の『労働法律旬報』2月下旬号は「家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて」という特集を組んでおり、そこに、この裁判の原告側弁護士であった指宿昭一さんらと並んで、わたくしも小文を寄稿しております。

https://www.junposha.com/book/b658748.html

[巻頭]スキマバイトは人間労働に値するか=新谷眞人…………04
[特集]家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて
山本サービス(渋谷労基署長)事件東京高裁判決を受けて=指宿昭一…………06
ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか=濱口桂一郎…………12
家事労働者は楽な働き手か?~軽視された「感情労働」と「危険労働」の重さ=竹信三恵子…………18
[労働判例]国・渋谷労基署長(山本サービス)事件・東京高裁判決〈令6.9.19〉…………49
[研究]鎌田耕一氏の間接雇用論の批判的検討=萬井隆令…………26
[労働判例速報]京王プラザホテル札幌事件・札幌高判令6.9.13
「事業の正常な運営を妨げる」の解釈=淺野高宏…………38
[連載]『労旬』を読む179ストライキ物語(24)
―「産業民主主義の護民官、労働省」説(その7)=篠田 徹…………40
[解説]安倍労働規制改革―政策決定過程の記録(118)2019年5月~6月⑫(編集部)…………42
[資料]安倍政権規制改革資料一覧(5月~6月)⑫…………48

 

 

 

リクルートワークス研のインタビュー

Header_21 本日リクルートワークス研究所のHPに、わたくしのインタビュー記事「メンバーシップからジョブ型へ システムの修正は日本社会のあり方も変える」が載っています。聞き手は坂本貴志さん、執筆は有馬知子さんです。

専門家に聞く 労働に関する法制度のこれまでとこれから

タイトルから想像されるのとはちょっと違った内容になっていますので、是非リンク先にいって最後まで読んでみてください。

大手企業に、職務に基づいて従業員を管理する「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がり、政府も2024年8月、ジョブ型人事指針を発表した。勤務地や職務を限定しない「メンバーシップ型」からジョブ型への移行は今後、加速していくのだろうか。労働政策研究・研修機構(JILPT)所長の濱口桂一郎氏に聞いた。

社員の自律性を取り戻す 試行錯誤の中でジョブ型に注目

―日本企業に「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がっていることについて、どのようにお考えですか。

欧米では「デフォルト」であり硬直的な働き方ですらあるジョブ型が、日本で「新時代の働き方」として持ち上げられることには不思議さを感じます。また日本のジョブ型の多くは、入社後の扱いを職務給的にする内容で、採用段階から職務を限定する本来のジョブ型とは同列には語れない面もあります。

ただ日本の大企業が、メンバーシップ型で人材を採用し会社主導で動かしてきた結果、自律的に行動できない社員が増えてしまったという問題意識を持つようになったのは確かで、この問題に対処するために「ジョブ型」という言葉が注目されたのだと考えています。

またメンバーシップ型の賃金制度は、生計費がかさむ40~50代とそうでない時期との間で賃金配分にメリハリをつけ、職業人生を終えた時点でバランスがと取れていればいい、という考え方で構築されてきました。しかし次第に、若年層に応分な賃金がを分配されないというデメリットの方が強く意識されるようになり、また企業も、退職年齢が上がり続ける中で、高齢者の賃金水準をどうすべきかという課題に直面するようになりました。ジョブ型の導入には、生活保障を目的とした年功的な賃金制度を変える、という面も大きいと思います。

―ジョブ型の導入によって、シニア層の報酬制度の問題は解決に向かうのでしょうか。

中間管理職の残業は野放し 残業代と労働時間、切り離して議論を

―改正労働基準法で、長時間労働の上限規制が設けられましたが、経済団体などからは適用除外(デロゲーション)の導入を求める声も上がっています。労働時間規制には、どのような課題が残されているでしょうか。

―働き方が柔軟化するのに伴い、深夜労働の割増賃金規定を見直し、労働者が自己裁量で働けるようにすべきではないかという議論もあります。

ジョブ型が突き付ける「階級格差」の是非 社会のあり方にも関わる

―職務限定の採用や、本人同意を前提とした転勤の仕組みが導入され、企業の人事権がある程度制約されるようになりました。司法判断も含め、解雇に対する考え方も変わる可能性はあるでしょうか。

―働き方のあるべき姿について、どのようなイメージを持っていますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

財務総研で講演

Zaimu 去る2月4日、財務省のシンクタンクである財務総研で「賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛」というタイトルで講演しました。

https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm

資料はリンク先にアップされていますが、昨年の『賃金とは何か』を要約解説したものです。

講演では多くの方々から質疑やご意見をいただき、大変勉強になりました。

 

 

 

 

2025年2月 7日 (金)

吉川浩満さんが拙著評@『週刊文春』

2625327_p 今やフジテレビと並んで全日本注目の的の『週刊文春』ですが、2月13日号の「文春図書館」の吉川浩満さん担当の「私の読書日記」に、拙著『賃金とは何か』が取り上げられておりました。

https://clnmn.net/archives/5879

「私は会社勤めもしているので、賃金はもちろん重大関心事である」と始まり、「賃金は単なる労働の対価にとどまらず、その会社/社会の仕組みそのものを映し出す鏡でもある」と述べ、拙著に対しても「いつもながらきわめて明快な記述で非常に助かる」とお褒めいただいております。

 

 

2025年2月 4日 (火)

安齋篤人『ガリツィア全史』

Garizia これはたまたま本屋で見かけてあまりにも面白そうだったので思わず買ってしまった本です。

https://publibjp.com/books/isbn978-4-908468-80-3

さて問題、SMプレイのサドはフランス人ですが、マゾッホは何人でしょうか?

Wikipediaにはオーストリア人とありますが、確かにオーストリア帝国時代のその国の人なんですが、今の国でいうと、ウクライナの西の方、当時ガリツィアと呼ばれていた地域の、当時ドイツ語でレンベルクと呼ばれていた町で生まれました。この町は第一次大戦後ポーランド領ルヴフとなり、第二次大戦後はソビエト連邦のリボフと呼ばれ、今はウクライナのリヴィウと呼ばれています。ロシアとの戦争が始まった後、ミサイルが撃ち込まれていましたね。

という波乱万丈の地域ガリツィアの古代から現代までの歴史を一気通貫で一冊にまとめて見せたこの本は、これもう少し縮約したら、中公新書の「物語なんたらの歴史」の一冊に十分なるよね、という充実ぶりです。面白くて一気に読めてしまいました。

版元のパブリブというのはなんだかよくわからない出版社のようですが、でもこういういい本を世に出すというのは立派です。

目次

目次 2
年表 8

序章  東にとっての西、西にとっての東 11
東にとっての西 16
西にとっての東 20
さいごに 26

地名・人名表記について 26

凡例 27

第一章 中世のガリツィア 29
サモの国と大モラヴィア国 32
ルーシ 33
ハーリチ公国 35
ハーリチ・ヴォリーニ公国とルテニア王国 38
ピアスト朝ポーランド王国 43
ハーリチ・ヴォリーニ継承戦争とハリチナのポーランド併合 45
ポーランド「王冠国家」の成立 47
コラム:ガリツィアの都市① 49

第二章 近世のガリツィア 63
ルシ県の成立 66
コラム:ポーランドの士族と日本の武士 68
ルヴフ/リヴィウにおける宗派と「ナティオ」の形成 70
ルブリン合同とブレスト教会合同 75
近世ルシ県における農場領主制と農民一揆 81
フメリニツィキーの乱と「大洪水」の時代 83
近世のルテニア人の権利闘争 91
コラム:ガリツィアの「ロビン・フッド」
ドウブシュとフツル人 94
近世ガリツィアのユダヤ人 96
近世ガリツィアの文化と芸術 100
コラム:ウクライナ語の起源 ―ガリツィア・ポジッリャ方言、
ルテニア語 104

第三章 近代のガリツィア① 107
ポーランド分割とハプスブルク支配の始まり 110
皇帝マリア・テレジアとヨーゼフ二世の改革 112
レンベルク/ルヴフ/リヴィウの都市改造と
オッソリネウム図書館 119
クラクフ都市共和国 123
ガリツィアの都市② 125
1830年代のポーランド人独立運動(「ガリツィアの陰謀」) 128
1846年のクラクフ蜂起と「ガリツィアの虐殺」 131
フレドロ、「ウクライナ派」、
ポーランド人によるウクライナ文学 133
ウクライナ国民文学の萌芽 135
コラム:ザッハー=マゾッホとガリツィア 138

第四章 近代のガリツィア② 141
1848年革命とナショナリズム運動の高揚 142
19世紀中盤のポーランド人とウクライナ人の政治文化 147
1867年の「小妥協」とポーランド人自治の始まり 149
ルテニア人の政治運動の分裂と
ウクライナ・ナショナリズムの展開 153
近代ガリツィアのユダヤ知識人とシオニズム 155
文化と学問の開花 157
出版文化と文学サロン、カフェ 157
音楽 159
レンベルク市立劇場 161
チャルトリスキ美術館とクラクフ美術大学 162
レンベルク(ルヴフ)・ワルシャワ学派 163
1894年の地方総合博覧会 164
ガリツィア事典の編纂 165
産業化と人の移動 170
シュチェパノフスキと東ガリツィアの石油開発 174
ガリツィアの社会主義運動と民族問題 176
イヴァン・フランコ 179
ロートとヴィットリンのガリツィア 182
ガリツィアのフェミニスト 185
ガリツィアからの移民 187
大衆運動の高まり―政党運動、農民運動、反ユダヤ運動 190
シェプティツィキーと幻の1914年の妥協 195
コラム「ガリツィアの日本人」?
―フェリクス・マンガ・ヤシェンスキ 198

第五章 第一次世界大戦とガリツィア 201
第一次世界大戦の勃発とガリツィア戦線 204開戦直後のガリツィア 206ロシア軍のガリツィア占領政策 210ガリツィアにおける戦災支援活動 210ポーランド軍団とシーチ射撃団 216戦後のガリツィアの帰属をめぐる議論 219ロシア革命とブレスト・リトフスク講和 221
第一次世界大戦の終結と
西ウクライナとポーランドの二重の建国 225

第六章 ガリツィア戦争 233
1918年のリヴィウ/ルヴフ市街戦 236
戦中のプシェミシル/ペレミシュリ自治とレムコ共和国 245
ウクライナ・ガリツィア軍の十二月攻勢と停戦協議 248
1918年11月のルヴフ/リヴィウのポグロム 256
西ウクライナ国民共和国の内政と外交 258
ポーランド・ソヴィエト戦争とルヴフ/リヴィウの戦い 260
リガ条約の締結とウクライナ国家の消滅 265

第七章 戦間期のガリツィア 269
ポーランドの東ガリツィア統治 272
東ガリツィアにおける文化的差異の政治 278
議会政党と議会外政治組織 282
OUNの創設 285
1935年の関係「正常化」と東ガリツィア社会の動揺 288
ガリツィア経済の変容とエスニック・エコノミー 291
戦間期の都市文化と文化交流 295
「シュコツカ・カフェ」とルヴフ数学学派 301
ルヴフ/リヴィウのスペクタクルーレム少年の見た
「東方見本市」と映画、ラジオ 303

第八章 第二次世界大戦とガリツィア 307
独ソ占領支配下のガリツィア 310
NKVDに逮捕、投獄されたウクライナ国民民主同盟(UNDO)の幹部 315
東ガリツィアのナチ・ドイツ占領支配 320
ナチ・ドイツ占領下におけるテロルとホロコースト 324
東ガリツィアにおけるゲットーの設置とユダヤ人殺戮 328
ゲットーの解体とユダヤ人救助 330
ナチ・ドイツ占領支配の終焉とポーランド・ウクライナ紛争 335

第九章 第二次世界大戦後のガリツィア 343
ポーランド・ウクライナ間の住民交換 344
ヴィスワ作戦 347
東ガリツィアからポーランドへの「移住者」 350
西ウクライナの「ソヴィエト化」と「リヴィウ人」の登場 352
コラム:社会主義期のポーランドと
西ウクライナの新都市・団地 356
ウクライナ・ディアスポラ 358
ディアスポラ世界におけるポーランド人とウクライナ人の邂逅 360
冷戦崩壊とウクライナ独立 363
「中欧」論とガリツィアの「地詩学」 367
ガリツィアの歴史をめぐる国際的な対話と研究の発展 372
ガリツィアの歴史認識問題と過去をめぐる想起 375

参考文献 380
あとがき 402
索引 405

 

 

そのお嬢さんは心の眼で読んでるんです、きっと

Fzmhfluacaaelep_20250204194501 こんなつぶやきが流れてきました

まだ字も読めない娘がソファで濱口先生の「ジョブ型雇用社会とは何か」を読んでいるフリをしている😂

かわいすぎます😂

しかも本が上と下逆で読んでるフリしてます😂

想像しただけでかわいすぎてにやにやひちゃいます😂😂😂

そのお嬢さんは、心の眼で読んでるんです、きっと。

大人にはわからない分かり方で、ちゃんとわかってるんです。

 

 

2025年1月30日 (木)

資料シリーズNo.288『個別労働関係法ハンドブック―法令と判例―』

Handbook_20250130111401 本日、JILPTのホームページに、わたくしと大東文化大学の滝原さんが執筆した資料シリーズNo.288『個別労働関係法ハンドブック―法令と判例―』がアップされました。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2025/288.html

研究の目的

都道府県労働局や労働基準監督署に置かれた総合労働相談窓口において、個別労働関係紛争の相談に当たる相談員が、その相談内容に応じた法令や判例・裁判例を素早く見つけ出し、適切なアドバイスをすることができるように、最適化されたハンドブックを作成する。

研究の方法

働き方改革やハラスメント対策など、近年の労働法制の動向を踏まえるとともに、重要な判例・裁判例を盛り込んだ個別労働関係法のハンドブックを作成するため、文献研究を実施する。

本資料シリーズの特色

  • 学生を相手に大学等の講義で用いるのではなく、既に労働法制や人事労務管理について一定程度の知識経験を有する相談員が手元に置いて相談の際に活用する冊子であるという性格から、項目ごとに関連する法令と判例・裁判例を提示するにとどめ、過剰な解説のたぐいは排した。
  • 項目区分はできるだけ現場の紛争類型に沿った形で区分し、労働法の教科書に見られる労働契約や就業規則の性質といった労働法学上の概念規定をめぐる項目区分とはしていない。

政策への貢献

都道府県労働局や労働基準監督署に置かれた総合労働相談窓口において、個別労働関係紛争の相談に当たる相談員が活用する。

なお、目次は以下の通りです。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2025/documents/0288.pdf

まえがき 3
執筆担当者(執筆順) 5
目次 6
第1章 募集・採用 1
1 募集(労働条件の明示) 1
(1) 新卒学生採用の場合 2
(2) 既卒者採用の場合 2
(3) 中途採用の場合 3
(4) いわゆる求人詐欺 4
2 採用の自由 4
(1) 思想信条による採用差別 5
(2) 採用選考過程の開示 6
(3) 健康情報に関する調査の自由 7
3 採用内定取消 7
(1) 新卒学生の正規の内定 8
(2) 新卒学生の内々定 9
(3) 中途採用の内定取消 10
(4) 内定辞退 11
4 試用期間 11
(1) 本採用拒否の効力 12
(2) 新卒採用者の試用期間 13
(3) 中途採用者の試用期間 14
(4) 試用期間の性質を有する有期労働契約 15
第2章 人事異動 16
1 転勤 16
(1) 転勤命令の効力 17
(2) 家庭生活上の不利益 18
(3) 不当な動機・目的 19
(4) 転勤の内示 19
(5) 転勤拒否の場合の賃金の一部返還 19
2 職種変更 20
(1) 職種変更命令の効力 21
(2) 職種限定合意の認定 22
(3) いわゆる追い出し部屋 23
3 出向(在籍出向) 23
(1) 労働者の同意の要否 24
(2) 権利濫用となる場合 25
(3) 出向者の復帰 25
4 転籍 26
(1) 労働者の同意の要否 26
(2) 労働者の同意の例外 27
5 休職 28
(1) 傷病休職 29
(2) 自宅療養 30
(3) 復職の可否判断 30
6 在宅勤務 31
(1) 在宅勤務命令 32
(2) 在宅勤務者への出社命令 32
(3) 在宅勤務の請求 32
第3章 労働条件とその引下げ 34
1 人事査定 34
(1) 職能資格制度における人事査定 34
(2) 組合差別の場合 35
(3) 女性差別の場合 36
2 降格 36
(1) 職能資格の降格 37
(2) 役職の降格 38
3 新たな賃金制度の導入 39
(1) 職務等級制度 40
(2) 成果主義 42
(3) 年俸制 43
(4) 年俸額の期間途中の変更 44
4 労働者の同意 44
(1) 労働者の同意による労働条件引下げ 45
(2) 労働者の同意の存否 46
5 就業規則による労働条件引下げ 46
(1) 賃金の減額 47
(2) 降格規定の新設 48
6 労働協約による労働条件引下げ 49
(1) 労働組合員への効力 49
(2) 非組合員への効力 50
第4章 懲戒 52
1 懲戒権 52
(1) 懲戒権の根拠 52
(2) 懲戒権の濫用 53
(3) 懲戒事由の追加 53
2 経歴詐称 54
(1) 低学歴詐称 55
(2) 高学歴詐称 56
(3) 職歴詐称 56
3 兼業・副業 56
(1) 無許可兼業 57
(2) 兼業不許可 58
4 内部告発 58
(1) 内部告発を理由とする懲戒解雇 59
(2) 内部告発による不利益取扱い 60
5 職務怠慢 60
(1) 無断欠勤・遅刻 61
(2) 私用メール 62
(3) 企業秘密の漏洩 63
6 非違行為 64
(1) 不正行為 64
(2) 企業の風紀を乱す行為 65
(3) 私生活上の非違行為 66
7 労働者への損害賠償請求 66
(1) 運転中の事故 67
(2) 業務上のミス 68
(3) 労働者による逆求償 68
第5章 解雇・雇止め 69
1 普通解雇(勤務態度) 69
(1) 業務上のミス 69
(2) 勤務態度 71
2 普通解雇(能力不足) 71
(1) 新卒採用の若年者 72
(2) 新卒採用の中高年者 73
(3) 中途採用者 73
3 ユニオン・ショップ協定による解雇 74
(1) ユニオン・ショップ協定に基づく解雇 75
(2) 別組合加入者に対するユニオン・ショップ解雇 76
(3) ユニオン・ショップ協定に基づく雇止め 77
4 整理解雇 77
(1) 事業部門の閉鎖 78
(2) 支店の閉鎖 79
(3) 法人の解散 79
(4) 会社更生手続下の整理解雇 80
(5) ポストの廃止 81
5 変更解約告知 81
(1) 変更解約告知の認容 82
(2) 変更解約告知の否定 82
6 有期労働契約の雇止め 83
(1) 雇止め法理 84
(2) 不更新条項の導入 86
(3) 当初からの不更新条項 86
(4) 有期労働契約の変更提案拒否による雇止め 87
7 有期労働契約の期間途中解雇 87
(1) 普通解雇 88
(2) 整理解雇 89
(3) 期間途中解雇後の期間満了 89
8 派遣労働者の雇止めと期間途中解雇 90
(1) 派遣労働者の雇止め 91
(2) 派遣労働者の期間途中解雇 92
(3) 常用派遣労働者の整理解雇 92
第6章 退職・定年・継続雇用・企業再編 94
1 労働者の辞職 94
(1) 在職強要 94
(2) 損害賠償の予定 95
(3) 留学費用の返還 96
2 合意退職 97
(1) 退職届の撤回 98
(2) 心裡留保による退職 99
(3) 錯誤による退職 99
(4) 強迫による退職 99
3 退職勧奨・早期退職優遇制度 100
(1) 退職勧奨 101
(2) 退職勧奨の拒否を理由とする不利益取扱い 102
(3) 早期退職優遇制度 103
4  定年制 103
(1) 定年制の導入 104
(2) 定年引上げに伴う労働条件引下げ 105
(3) 定年の引下げ 106
(4) 更新の上限年齢 107
(5) 更新の上限年齢の引下げ 107
5 定年後の継続雇用 107
(1) 継続雇用の可否 108
(2) 定年後再雇用の更新拒絶 109
(3) 継続雇用の労働条件 110
(4) 継続雇用の労働条件の提示 111
6 退職時の特約 113
(1) 同業他社への転職制限 113
(2) 秘密の保持 114
(3) 労働者の引抜き 115
7 企業再編と労働契約承継 116
(1) 事業譲渡 117
(2) 会社分割 118
第7章 非正規雇用 119
1 差別の禁止 119
(1) 賞与 119
(2) 退職金 120
2 不合理な待遇 121
(1) 各種手当 122
(2)  退職金 124
(3)  賞与 125
(4) 基本給 126
(5) 均等待遇のための正社員の労働条件引下げ 126
3 無期転換 127
(1) 無期転換回避のための雇止め 129
(2) 雇止め無効後の無期転換 130
(3) 研究者の特例 130
(4) 無期転換後の労働条件 132
(5) 無期転換直後の定年後再雇用拒否 133
4 派遣労働 133
(1) 偽装請負 134
(2) 二重派遣による偽装請負 135
(3) 均等待遇 136
5 シフト制 136
(1) シフトの削減 137
(2) シフト希望不提出と退職 138
第8章 雇用平等とワークライフバランス 139
1 賃金差別 139
(1) 男女別賃金表 139
(2) 世帯主基準 140
(3) 職務の相違 141
(4) 男女賃金格差解消のための賃金規定変更 141
2 昇進・昇格差別 141
(1) 昇格差別 142
(2)コース別雇用管理 144
3 退職年齢の差別 146
(1) 定年年齢の差別 146
(2) 退職勧奨年齢の差別 147
4 妊娠・出産 147
(1) 不利益取扱い 148
(2) 解雇 149
(3) 合意退職 150
(4) 軽易業務への配転 151
5 育児休業・介護休業 152
(1) 不利益取扱い 153
(2) 降格 154
(3) 有期契約への変更合意 154
6 障害者 155
(1) 障害を理由とする解雇 156
(2) 障害を理由とする差別的取扱い 157
第9章 パワーハラスメント 158
1 典型と解される事案 159
(1)電子メールによる叱責 160
(2)有形力行使・言葉による暴力(暴言) 160
(3)執拗な言動と管理職による放置 163
(4)3年近くに及んだ言動 166
(5)飲酒の強要、深夜のメールと留守電 166
2 被行為者に一定の事情が存在していた事案 167
(1)新入社員に対する暴言 168
(2)新人医師に対する有形力行使・暴言 171
(3)喫煙者に対する嫌がらせ 172
(4)被行為者がPTSDないし神経症という認識があるにもかかわらずなされた言動 172
(5)被行為者が鬱病という認識があるにもかかわらずなされた言動 173
(6)疾患による休業ののち職場復帰した被行為者になされた言動 174
(7)被行為者における何らかの問題行動が契機となりなされた言動 176
(8)被行為者における新型コロナウイルス感染が契機となりなされた言動 178
(9)在日外国人への差別的な言動 179
3 行為者に対する処分 180
第10章 セクシュアルハラスメント・その他のハラスメント 184
1 セクシュアルハラスメント 184
(1)性的な噂の流布 186
(2)卑猥な言動 186
(3)覗き見 187
(4)不十分な調査・放置 189
(5)行為者に対する懲戒処分 189
2 妊娠・出産等に関するハラスメント、育児休業等に関するハラスメント 191
(1)言葉による暴力(暴言) 193
(2)被行為者を揶揄する陰での会話 194
判例索引 196
最高裁判所 196
高等裁判所 197
地方裁判所 201

 

専門実践教育訓練給付受給者数9万8,786人@『労務事情』2025年2月1日号

B20250201 『労務事情』2025年2月1日号に「専門実践教育訓練給付受給者数9万8,786人」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20250201.html

 昨年の雇用保険法改正は、メインの週10時間以上労働者への適用拡大のほかにもいくつか改正点がありますが、その中の教育訓練給付の改正は、専門実践教育訓練を受けて資格取得し、賃金が5%以上上がった場合の給付率の最高限度を80%にするもので、近年政府が音頭をとっているリスキリング政策の目玉ですが、この80%という給付率は、今から四半世紀前に教育訓練給付が創設されたときの給付率に戻ったという面もあります。・・・・・

 

 

楊海英『墓標なき草原』@『労働新聞』書評

81sk8qgzhkl_ac_uf10001000_ql80_ 5938613  『労働新聞』の月イチ書評コラム、今回は楊海英『墓標なき草原』(上・下)(岩波現代文庫)です。

【書方箋 この本、効キマス】第97回 『墓標なき草原(上・下)』 楊 海英 著/濱口 桂一郎

 日本の相撲界にはモンゴル人がたくさんいるが、そのなかには中国国籍の内モンゴル人もいる。蒼国来(現・荒汐親方)や大青山がそうだ。彼ら内モンゴル人が、中国の文化大革命時に死者5万とも10万とも言われる大虐殺(ジェノサイド)を被ったことをご存じだろうか。口を開けば人権を叫ぶ戦後進歩主義者たちがだんまりを決め込んできた、戦後世界で最大規模の大虐殺の詳細な姿が本書で描き出される。

 著者楊海英の両親をはじめとする親族の体験談から始まり、そのさまざまな縁者の経験が彼らへのインタビューを中心に展開されていく。これでもかこれでもかと繰り返される虐待、虐殺の描写はあまりにも凄惨なので、時々それ以上読み進められなくなる。たとえば下巻の第7章に登場する奇琳花は、モンゴル貴族の家系に生まれ、延安民族学院で学んだ筋金入りの中国共産党員であった雲北峰と結婚し、内モンゴル自治区政府直属機関の幹部となっていたのだが、自治区主席のウラーンフーの一味として激しい暴力にさらされた。

 「駅で降りた瞬間、無数の漢人農民たちが洪水のように襲ってきました。私は下半身が完全に破壊されて、血だらけになって歩けなくなりました。漢人農民たちは磨いたことのない黄色の歯を見せて笑っていました」。「拷問が毎日のように続いたため、一九六六年になると奇琳花の子宮が脱落してしまった」。「モンゴル人というだけで、女性たちは言葉ではいいつくせない虐待を日常的に漢人たちから受けていました。世界でほかにこんな残忍非道な例がありますか」。

 だが奇琳花はかろうじて生き残った。ほとんど全滅に近い虐殺が行われたのは下巻第10章以下で描かれるトゥク人民公社だ。何しろ生き残ったのは当時7歳の幼児だけなのだ。本書の章題にも「モンゴル人がいくら死んでも、埋める場所はある」とか「中国ではモンゴル人の命ほど軽いものはない」とか「モンゴル人が死ねば食糧の節約になる」といった漢人たちの捨て台詞が用いられている。

 なぜこんな虐殺が行われたのか。当時の中国はソ連と激しく対立し、その侵攻を恐れていた。同族の国モンゴルはソ連の先兵として攻めてくるかもしれない。そのとき、独立を希求しながら中国に無理やり併合された内モンゴル人たちは中国を裏切って敵と結託するかもしれない。だから、先手を打って内モンゴル人、とりわけその指導者となり得るエリート層を叩き潰しておかねばならない。物理的に。かくして、偉大な領袖毛沢東の命令によって、20世紀後半最大の虐殺劇が繰り広げられたというわけだ。今日新疆ウイグルやチベットで行われていることの源流は、半世紀前に内モンゴルで予行演習済みだったわけである。

 いまや、内モンゴル自治区人口2500万人のうち、モンゴル族は500万人と圧倒的少数派だ。本書から離れるが、最近の習近平政権下では、モンゴル語の授業を削減し、漢語教育を義務化する教育改革が行われ、抗議活動は徹底的に弾圧されたという。

 

2025年1月28日 (火)

「女性活躍と健康支援」@WEB労政時報

本日、WEB労政時報に「女性活躍と健康支援」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/88481

 昨2024年12月26日、労働政策審議会雇用環境・均等分科会(分科会長:奥宮京子氏)は、「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について」と題する建議を行いました。今後、これに基づき関係の改正法案が国会に提出される見込みです。・・・・

 

BSフジの思い出

Title1737818597229 フジテレビが大変なことになっているようですが(その大変の中身には触れませんが)、今まで何回かフジテレビ、というかBSフジのプライムニュースなる番組に出演したことがあるので、ちょっと思い出しがてらに・・・

BSフジプライムニュースに出てきました

本日8時から10時まで、BSフジプライムニュースに出てきました。

http://www.bsfuji.tv/primenews/index.html

2時間はとても長いだろうと思っていましたが、実際にはわりとあっという間に過ぎた感じです。

宮本太郎先生と湯浅誠さん、さらにキャスターの反町理さん、八木亜希子さん、解説委員の小林泰一郎さんにはお世話になりました。ありがとうございます。

個人的には、お台場のフジテレビの建物に入ったのは初めてです。

(追記)

ついった上の評

http://twitter.com/Fumitake_A/status/15776180468715523

>職業訓練+生活費支援はもちろん継続賛成、ただし昨日のフジBSで濱口先生や湯浅さんが示していたように、幅広く仕事を通して社会参画できる社会モデルの実現をしないと、結局継続させた職業訓練という制度を生かせない、さらに個人ごとへの手厚い就労サポートも必須。道はまだまだ遠い

http://twitter.com/Fumitake_A/status/15777866373402624

>「7割は課長にさえなれません」みたいな劣悪なミスリードした挙句、自身を「若者の味方」みたいに吹聴してる輩よりは宮本太郎・濱口先生や湯浅さんのように現実見据えてこれからを語ってくれる人達の方がいいに決まっている。味方はよく考えて選ばないと、単に利用されるだけだ

ちなみに、この番組はやがて本になりまして、

宮本太郎編『弱者99%社会 日本復興のための生活保障』幻冬舎新書

300739bこれは、わたくしも参加した昨年末のBSフジの番組「提言“安心社会·日本への道”」を一冊の本にしたものです。宮本太郎さんが、毎回二人の有識者との鼎談で、社会保障のあるべき姿を論じ合っています、

http://www.gentosha.co.jp/search/book.php?ID=300739

>生活保護者数205万人、完全失業者数334万人……これらは「格差限界社会」の序章に過ぎず、もはや一刻の猶予も許されない。社会保障改革へ、有識者達による緊急提言

わたくしは、宮本太郎、湯浅誠のお二人との鼎談で、ジョブ型正社員を提言しています。

BSフジの番組に出たときのエントリはこれです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/bs-e6ef.html(BSフジプライムニュース)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/bs-9821.html(BSフジプライムニュースに出てきました)

ちなみに、我が家ではBSは見られないので、その他の回の放送は見ていなかったのですが、改めて読んでみると、やはり、藤井裕久、与謝野馨両政治家との鼎談が迫力がありますね。無責任なデマゴーグ型政治家と責任感ある真の政治家との違いがよく分かります。

常見陽平さんと共演します

0wicllg6emg3c5p22jcxすでに常見陽平さんのツイートで紹介されておりますが、

http://twitter.com/yoheitsunemi/status/254212135087906817


【情報解禁!】10月8日(月)にBSフジ プライムニュースに、前からお会いしたかった濱口桂一郎先生と一緒に出ます!改正労働者派遣法施行 置き去り?若者の雇用 実態と対策を徹底検証』です。本音しか話しません!夜露死苦!

派遣労働については山のような議論がありながら、この四半世紀の間、派遣法のたった一つの真実だけは誰も語ろうとしませんでした。

それを全部語ってしまいます。乞うご期待!

常用代替防止法から派遣労働者保護法へ

ということで、本日BSフジのプライムニュースに、常見陽平さん、竹花元さんとともに出てきました。

http://www.bsfuji.tv/primenews/schedule/index.htmlノーベル賞!山中教授会見 ▽置き去り?若者雇用 改正労働者派遣法施行

長いようで短い中で、一杯喋ったような気もするし、言いたいことの半分も言ってないような気もしますが、まあこんなもんでしょう。

最後にフリップで示した決め台詞は、

常用代替防止法から派遣労働者保護法へ

でした。

ちなみに、常見さんの捨て台詞は、

ブラック企業 粉砕

でした。

(ツイートから)

http://twitter.com/satow0209/status/255271991400071168

プライムニュースで労働者派遣法を取り上げている。労働関連法規というと、労働者の権利や地位を守るためにあると思われるが、派遣法派遣法はもともと違う。正規雇用者を守るために派遣労働を認める範囲を限定するのが法意。政治家でもそれを知らない人がいるって(x_x)

http://twitter.com/DaichiNotGaea/status/255272555605266432

BSプライムニュースで改正労働者派遣法施行についての話を見てる。そもそも労働者派遣法は派遣労働者を守るのを目的とした法律ではないですよーというところから始まってて、わかりやすい。

http://twitter.com/hiropo8/status/255273025337974784

BSフジ プライムニュース改正労働者派遣法 濱口けい一郎氏:そもそも1985年に出来た労働者派遣法にはっきり書かれている事は正社員を派遣社員から守ると言うこと。枝葉の部分をかえても無駄。

http://twitter.com/ahorashiyaKOBE/status/255291001575452672

プライムニュースhamachanの回は神回だった。労働者派遣法の目的が欧州は労働者保護なのに、日本は正社員雇用代替だという事。そして、そもそも派遣社員は全体の三%で派遣だけでなく不安定な非正規雇用が四割という点も着目しなきゃいけないし、重労働の正社員もつらいという現実。

http://twitter.com/hydra624/status/255318874122240000

今日のプライムニュースは労働者派遣法の改正について、誤解してたのがよ〜くわかったにゃ(⌒-⌒; )態様が派遣から紹介もしくは直接契約(期間契約、パート、アルバイト)に変わっただけなのね(^^;;非正規雇用の問題視を改正しなければ意味無いって事ね

http://twitter.com/qqmasa/status/255269684016988160

労働者派遣法はそもそも常用代替を防ぐためのものだった。つまり正社員の雇用を守るためのものだったのか。そもそも派遣社員を守る目的の法律ではなかった。

(ブログから)

http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/newlife/2012/10/bs-f477.html(新しいいのち、新しい世界へ)

本日の午後8時から、BSフジのプライムニュースで、改正された労働者派遣法についてのディスカッションがありました。出演者のひとり、独立行政法人・労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究員は、とても興味深いことを言っておられました。

・・・

濱口桂一郎さんの提唱する、新たな視野と土台の上に立案していく「派遣労働者保護法」の立案を心から願いたいと思います。

http://ameblo.jp/monozukuri-service/entry-11375078641.html(雇用維新 派遣?請負?アウトシーシング?民法と事業法の狭間でもがく社長の愚痴ログ)

・・・しかし、BSとは言え、今回のような番組がやっと放送されるようになりました。

2、3年前にはまったく考えられないことです。・・・

hamachan先生の提言、常見氏の提言が、活かされるよう、今度こそ、名ばかり改正とならぬよう進まねばなりません。

久々にいいディスカッションを拝見できました♪

 

 

BSフジプライムニュースのお知らせ

来週火曜日のBSフジプライムニュースに出演します。

4月9日(火) 『65歳雇用義務化・解雇規制緩和 日本の雇用を考える』

 今月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行され、定年に達した希望者全員の65歳までの雇用確保がすべての企業に義務付けられた。
 4月から年金の支給開始年齢が61歳となり、段階的に65歳まで引き上げられることに伴い、無収入の期間が生じてしまう可能性があるための措置だが、この制度によって若者の雇用を奪うのではとの懸念も指摘されている。
 一方、政府の産業競争力会議で、解雇規制の緩和をめぐる議論が活発化している。「解雇を容易にして雇用の流動化を高め、衰退産業から成長産業へ経済の新陳代謝を促す」というのが推進派の主張だが、これまで終身雇用に守られてきた多くのサラリーマンには不安を覚える内容となっている。
 今回の65歳定年制、解雇規制緩和論議など、高齢化社会での働き方を考える。

ゲスト: 塩崎恭久 自由民主党政務調査会長代理
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員
八代尚宏 国際基督教大学客員教授

まず、65歳定年の義務化じゃないし、65歳雇用義務化は既に2004年改正で導入されていて、今回の改正はその例外措置をなくしただけだし、その労使協定で継続雇用されなかったのは昨年の段階でせいぜい2%くらいであって・・・と、このタイトルに文句をつけるあたりから話が始まりそうな予感が。

(追記)

昨日のプライムニュースの動画がBSフジのサイトにアップされています。

http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d130409_0

BSフジプライムニュース『65歳定年時代の働き方 日本型雇用の行方とは』のログ

去る4月9日にBSフジプライムニュース『65歳定年時代の働き方 日本型雇用の行方とは』に出演したときの発言のログが同局のサイトにアップされました。

130409
塩崎恭久 自由民主党政務調査会長代理 衆議院議員、八代尚宏 国際基督教大学客員教授と、私の3人の発言が載っていますが、ここでは、私の発言部分を引用しておきます。若干誤植もあるようですが、読めば分かるので訂正しません。

話の流れ全体を見たい方は、このリンク先でどうぞ。

http://www.bsfuji.tv/primenews/text/txt130409.html


濱口氏「そもそも今日のタイトルの65歳雇用義務化というのは実は若干嘘があります。と言うのは、義務化は既に2004年にされています。小泉内閣の時の高年齢者雇用安定法の改正で65歳までの雇用が義務化されています。ただし、その時は労使協定で対象者を限定して、この人は再雇用しませんよという人を作ってもいいですというふうにしてるんですね。それは結構たくさんの人を排除しているんじゃないかというふうにおそらく思われると思います。実は定年後に継続雇用を希望したけれども、離職した方が何%いるかというと、実は2%もいないんです。1.6%です。と言うことは、既に義務化をされ、企業はその義務を1.6%を除けば既にやってるんです。従って、既に65歳まで再雇用されてるんです。頭数で言ったら7割は再雇用されています。その7割の方々は人件費的に企業が困らないように再雇用していいですとなっている。いわば応急措置としては一応できているんです。問題はむしろ中長期的にそのままでいいのかというと、それはそうではないだろう。65歳まで年功で上がってきて、悪いこともしていないのに雇用がつながるけど、給与がガクンと半分や3分の2以上に落ちてしまうということで本当にそれでいいのか。先ほど2割が辞められるというのは、そんな低い賃金ならば、私は再雇用なんてされたくないよという方も実は結構多いんですね。そういうことからすると、これは当座の解決ではあっても、長期的な解決ではない。つまり、前倒しで中高年時代の年功制までを含めて見直していく必要というものが出てくるし、そういう年功賃金制を見直していく企業に対しての促しのきっかけになるのではないか」

 反町キャスター「このデータは、規模30人以上の企業の話ですよね。30人以下の小規模な企業では守られているかわからないし、大企業と中小企業の雇用格差がどのくらいあるのかわからない。そこはどう見ていますか?」

 濱口氏「昔の数字で見ると、むしろ中小企業、零細企業は定年がない、あるいは定年があっても65歳とか、70歳とかが当たり前なんですよ。なぜかと言うと、年功制というのは大企業正社員ほど強いんですよ。中小、零細企業になればなるほど、実は払えないんですよ、中高年になってからも。欧米型のフラットな賃金というのが多いんです」

濱口氏「問題になってきている中高年問題、そして高齢者問題というのが、この日本型雇用の一番アキレス腱だと思います。逆に非常に多くの方は意外に思うかもしれませんが、若者、とりわけスキルも何も学校で身につけていない若い人が欧米だったらまず失業してしまうんですね。そういう方々が新卒一括採用という形で企業に採用されるというのは、実は若者から見ると日本型雇用の良い面なんですよ。ただ、この良い面はその裏腹として、新卒一括採用の枠がだんだん減ってくるとこぼれ落ちてしまう。そのこぼれ落ちた人が逆に欧米でこぼれ落ちた人に比べると入りにくくなるという二重のマイナスが出てくるわけです」

濱口氏「新卒一括採用というのは日本型雇用の一番メリットなところなんです。若者の失業率が非常に低いという特徴を生み出しているところなので、なかなかうかつにそこには触りにくいのですが、その中で言うとやや妥協案みたいになるんですが、徐々にジョブをハッキリさせていく。職務をはっきりさせていく。仕事に見合った賃金を払っていくというふうにだんだん持っていく必要があるだろうというふうに思います。一番矛盾が出るのが先ほど申し上げたように中高年、高齢者のところなので、そこはこの仕事をするからいくらというような形ができていると、60歳定年あるいは65歳定年ということをあまり考えずに高齢者雇用というのが割とスムーズにいくようになるのかなと思っています」

 反町キャスター「ジョブ型正社員の雇用形態にとなると生涯賃金の伸びは期待できない。そのへんは我慢しなければならない?」

 濱口氏「多くの日本人は、それでどうやって結婚し、子供を作って、教育費などを養うんだと思う。だから、子供がいればそれに対して一定の手当てを出しましょう。あるいは高校や大学を無償でやるというのは、結構ヨーロッパでは一般的なんですよね。なぜかと言うと、年齢が上がるからといって賃金が上がっていかない社会で子供を育てていこうとすると、実はそこのところを公的に賄わなければいけない。大変な皮肉ですが、前政権の時に子ども手当てとか、高校の無償化とかを、そういうビジョンがあってやっているのかなと思ったんです。素晴らしい政策だと思ったのですが、どうもやられた方々が必ずしもそう思ってはいなかったみたいなんです。だから、ダメだと言うのではなく、むしろ仕事に対する対価は対価としてきちんと払う。子供がいないところは得をして、子供がいると損をするということはあってはならないので、子供がいる人もいない人も皆が払った税金で賄っていく。日本で社会保障というと、どうしても年金だとか、医療とか、介護になるのですが、現役世代の社会保障というのは育っていく子供達をどういうふうに手当てしていくかということだと思いますね」

反町キャスター「日本の企業というのは解雇しにくいんですか?」

 濱口氏「これは非常に、腑分けして議論しないといけないんです。日本は解雇が厳しいとよくマスコミで言われるんですが、一言でいうと、そうではありません。と言うのは、労働契約法16条というのがあって、客観的、合理的な理由がなければ解雇しちゃいけないと書いてあるだけです。これと同じような規定は実はヨーロッパ諸国にもあります。ところが個々のシチュエーションで見ると、確かにヨーロッパに比べると解雇しにくいところが出てくる。それはどういうことかと言うと、形状の理由によって、もうこの仕事がなくなったという時に解雇が認められるかというと、これは確かにしにくいんですよ。なぜかというと、これは先ほど来申し上げているように、就職じゃなくて就社しているんです。つまり、IPS細胞じゃないですが、どこでもお前を回すぞという約束で雇っているんですね。と言うことは、たまたまこれがお前この仕事だといっている、その仕事がなくなったから、お前はクビだと言えるかというと、これはダメです。裁判所は、それはダメだというわけです。他に回せるところあるでしょう。難しい言葉で言うと、解雇回避努力義務って言うんですね。ヨーロッパだと、たとえば、トラベル関係の雑誌の編集者を、ローカル関係の雑誌の編集者に回すというのは、それは人事権があるから雇い続ける義務がある。しかし、それを超えるなら義務はもうないというようなことが書いてあるんですね。要するにどこまでが契約で決まったジョブかという話で、日本企業が、私はメンバーシップ型と呼んでいるのですが、そういう就社型の雇用契約をやっているが故に、自分自身で企業の解雇権というものを制限しているんです。それは言い換えれば、人事権でもってどんな仕事でもやらせられる。どこでもお前行けと言われれば、送ることができるという裏腹の関係なんです。もしそこを何とか変えていきたいというのであれば、雇用契約の在り方、就職じゃなくて就社型の雇用契約まで見直さないと、それはどこでもやりたい放題やれて、それである時にお前はクビだよと言えるということになると、これは働く側から見るととんでもないって話になっちゃいますね。解雇規制だけが突出して議論されることを私は危惧しています。雇用のあり方の見直しなしで、会社側が人事権をいくらでも行使できるという、そこを残したままで解雇規制だけが緩和されると皆思ってしまうと、逆にブラック企業を作り出すだけなんです。つまり、お前はあれやれ、これやれ、何?やらない、お前はクビだということを認めることになってしまうんですよ。順序を間違えてはいけないんです」

 八木キャスター「今回の解雇規制緩和は評価できるということですか?」

 濱口氏「それは緩和じゃないんですよ。客観的、合理的理由がないのに解雇していいという意味での解雇規制緩和は、私はあるべきでないと思うし、政府はしようとしていないと思います。しようと思っている方がいるかもしれませんが、それはできないと思います。できるのは、客観的、合理的理由は何ですが、あなたはこの仕事で雇われています。この仕事がなくなったらおしまいですねというのが客観的、合理的な理由ですね」

最後に、看板にスローガンみたいなものを書いて説明するシーンでは、


濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員の提言:「ジョブ型正社員で普通の職業の安定を」

濱口氏「同じような話なんですが、むしろ中身を書きました。仕事がなくても雇用が守られる正社員と、仕事があってもいつ切られるかわからない非正規社員。その二分論ではなくて、仕事がある限りはちゃんと安心して働ける、私の言うジョブ型正社員というものを作っていく必要があるんじゃないかなというのが私の提言です」

 

 

2025年1月27日 (月)

「日本の中小企業とジョブ型雇用」@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025 福岡で発行されているデータ・マックスの『I.B企業特報』新春特別号に、「日本の中小企業とジョブ型雇用」を寄稿しました。

 近年「ジョブ型」が流行しているが、かつて高度成長期にも職務給が流行していた。日本ではジョブ型は目新しいものとして売り込まれるが、実は世界的に見れば産業革命期以来の古くさい仕組みである。また世界的にはジョブ型からの脱却を唱道する声もある。むしろ日本的なメンバーシップ型は、非正規労働や女性、高齢者の働き方との矛盾ゆえに見直しが迫られている。一方、中小企業はジョブ型ではないが、大企業的なメンバーシップ型とも異なる面がある。伝道師の売り歩く「ジョブ型」に惑うことなく、自社の寸法に合わない過度なメンバーシップ型を脱ぎ捨てた方がよい。・・・・

拙稿のほかにもなかなか読みでのある文章が載っていますね。

冒頭は井上智洋さんの「汎用AI出現前夜に私たちは何をなすべきか」、次は橘玲さんの「巨大プラットフォーマーが経済生態系をつくる時代」と、骨太の論考が並んでいます。

ちなみに、拙論の後には、植草一秀×原口一博の対談「ザイム真理教から脱却して日本再生を」なんてゲテモノも載ってますし、その次には池田信夫「SNSがシルバー民主主義を破壊して政治が衆愚化する」なんてのも載ってますので、まあ全体として楽しめます。

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萬井隆令『労働者派遣法の展開と法理』

657458 萬井隆令『労働者派遣法の展開と法理』(旬報社)をお送りいただきました。

https://www.junposha.com/book/b657458.html

労働者派遣法 2015年改正に関する最新研究!

改正当初には想定されてなかった問題が浮上するなかで、どのような解決が望ましいのか、
派遣法に関する多くの論稿を世に出している著者が、
批判を交えながら自説を展開し、
派遣法の在り方を提示する研究書。

労働者派遣法は、1985年の制定以来、数々の改正を経て現在にいたっている。
とくに2015年改正では、違法派遣先に対する労働契約申込みみなし制が規定され、この運用に関する訴訟が多く提起され、裁判所の判断が出されてきた。
このような状況の中であるべき労働者派遣法の姿を提示する。

第1章 労使関係の基本的あり方と労働者派遣
非正規労働者の類型と派遣労働者/三者間労務提供関係の基礎/派遣と「常用代替防止」論

第2章 派遣法に関わる基礎概念の意義
労働者供給の法的構造について/労働者派遣の構造と違法派遣

第3章 派遣法運用上の諸問題
2015年改正の概要と要点/派遣法40条の6をめぐる諸問題

第4章 判例評釈
二重の偽装請負と労働契約申込みみなし制/派遣法40条の7と「採用その他の適切な措置」の意義

300ページ近い本の中で、実に多くの労働法学者の議論に異論をぶつけているのですが、残念ながらその中でわたくしの議論が取り上げられているのは、例の松下プラズマディスプレイ事件高裁判決への評釈だけで、過去20年以上にわたって、1985年以来の日本の労働者派遣法の構造を批判し続け、2015年改正でその主張のかなりの部分が実現したと思っている、わたくしの労働者派遣法論については、一切議論の対象にすらされていません。まあ、解釈論ではなく根っこに遡っての政策論なので、法解釈学的手法の方には取り扱いにくいのでしょうけど、そもそも1985年法の「常用代替防止」論がいかにインチキな代物であったかという私からすると一番肝心要のところを全部スルーしてのあれこれの議論のあげつらいに、どれほどの意味があるのだろうか、と、一抹の寂しさを感じざるを得ません。

ちなみに、過去20年間に労働者派遣に関わってわたしが書いた文章は、これだけあります。萬井さんにとって、これは全く顧慮するに値しない文章であったようですが、2015年改正とは、これらで私が主張してきたことがようやく世の中に受けいられるようになったことの証だったと、私は考えています。「労働者派遣法 2015年改正に関する最新研究!」というのであれば、その改正思想に最も近いことを言い続けてきた私の議論を少しくらいは参照してもよかったのではないでしょうか。まあ、無視されるのは毎度のことなのでいいですけど。

 

労働者派遣と請負の間-建設業務と製造業務(『季刊労働法』2005年夏号(209号))

連合「労働者派遣・請負問題検討会」講演「労働者派遣法の制定・改正の経緯について」(2006年11月30日)

請負労働の法政策(『電機連合NAVI』2007年3月号)

労務サービスの法政策(『季刊労働法』2007年春号(216号))

伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件(『ジュリスト』2007年7月1日号)

請負労働の本当の問題点は何か?(『DIO』2007年7・8月号)

JAM静岡労使会議講演「労働者派遣法のゆくえ」(2007年12月7日)

労働者派遣のボタンの掛け違い(『時の法令』(そのみちのコラム)2008年1月15日号)

労働者派遣システムを再考する(『賃金事情』(パースペクティブ:日本の労働システム)2008年2月5日号)

日本経団連労働者派遣制度見直し検討WG講演「労働者派遣システム再考」(2008年3月18日)

NHK視点・論点「労働者派遣システム再考」(2008年3月31日)

第1章 労働者派遣システムを再考する(1)-偽装請負と日雇い派遣の再検討(『時の法令』2008年5月15日号)

朝日新聞-関根秀一郎との対談「日雇い派遣 禁止は有効?」(2008年5月29日)

第1章 労働者派遣システムを再考する(2)-登録型派遣の本質(『時の法令』2008年6月15日号)

第1章 労働者派遣システムを再考する(3)-労働者派遣法の構造転換(『時の法令』2008年7月15日号)

日雇い派遣禁止は見当外れ(インタビュー)(『Logi-Biz』2008年7月号)

いわゆる偽装請負と黙示の雇用契約(『NBL』2008年7月15日号)

労働者派遣法改正の動向について(『NBL』2008年10月15日号)

労働者派遣法の経緯と動向について(『中央労働時報』2009年1月号)

EU労働者派遣指令と日本の労働者派遣法(『大原社会問題研究雑誌』2009年2月号)

派遣法をどう改正すべきか(『世界』2009年3月号)

日本の雇用のあり方を考える(『ものづくりサービス』2009年5月号)

請負・労働者供給・労働者派遣の再検討(『日本労働法学会誌』114号)

問題多い労働者派遣法の改正(『人材ビジネス』2009年10月号)

労働者派遣法改正論議で今検討すべき事(『労働者派遣法改正問題に対する提言』)

日刊工業新聞インタビュー「緩和と保護両立重要」(2010年1月27日)

「登録型派遣」続行を阻む派遣会社のモラルハザード(『エコノミスト』2010年2月8日号)

三共アクア事件(東京大学労働判例研究会2010年2月12日)

労働市場法制-歴史的考察と法政策の方向(水町勇一郎・連合総研編著『労働法改革 参加による公正・効率社会の実現』(日本経済新聞出版社)(2010年2月発行))

2010派遣・請負問題勉強会「派遣法改正をどう読み解くか」(2010年5月27日)

労働者派遣法改正の動向と今後の課題(『季刊労働法』2010年春号(228号))

業界対策に固執、派遣労働者を救う道筋は見えず(『人材ビジネス』2010年7月号)

事務職派遣の虚構(『労基旬報』2010年7月25日号)

労働者派遣法自体の問題点を直視せよ(『人材ビジネス』2010年8月号)

事務処理派遣とは何だったか?(『労務事情』2010年9月1日号)

派遣労働者の保護を最前面に事業規制は最低限に(『VISTAS ADECCO』20号)

派遣法の行方(インタビュー)(『人材ビジネス』2011年4月号)

業務限定方式の問題点(『コンプライアンスニュース』2011年7月号)

派遣法改正をどう読み解くか(『東日本大震災の雇用への影響と対応策』2011年9月)

「現実」からのスタート(インタビュー)(『人材ビジネス』2011年11月号)

世界の派遣業界はディーセントワークとソーシャルパートナーシップを掲げる(『情報労連REPORT』2012年4月号)

人材派遣業の旗印はディーセントワークと労使パートナーシップ(『労基旬報』2012年4月25日号)

国・地方公共団体で働く派遣労働者の労働基本権(『労基旬報』2012年5月25日号)

有識者に聞く改正労働者派遣法(『人材ビジネス』2012年9月号)

〔座談会〕労働者派遣法改正法をめぐって(『ジュリスト』2012年10月号)

基調講演「労働者派遣法から考え直す!」(2012年10月16日派遣問題フォーラム )

常用代替防止法の賞味期限切れ(『労基旬報』2012年10月25日号)

労働者派遣法を根本から考え直す(『人材ビジネス』2012年11月号)

本当の意味での派遣労働者の保護とは何か(『情報労連REPORT』2012年11月号)

ILO勧告は派遣法に何を求めているのか(『情報労連REPORT』2013年1・2月号)

世界標準の派遣労働規制へ(『WEB労政時報』2013年8月13日)

常用代替防止という虚構にしがみつく人々(『WEB労政時報』2013年12月17日)

世界標準に近づく派遣労働規制(『損保労連GENKI』2014年2月号)

外部労働市場と派遣法の流れ(『POSSE』第22号(2014年3月))

特殊日本型派遣法を正道に戻す時期(『2013年派遣・請負問題勉強会講演集-派遣法再改正をめぐる動き』2014年4月)

特殊日本型派遣法からの脱却(『全国労保連』2014年11月号)

派遣労働の紆余曲折(『HRmics』第20号)

派遣法改正 3度目の正直(『生産性新聞』2015年1月15日号)

ようやく普通の法律になった労働者派遣法(nippon.com(2015年11月5日掲載))

「常時雇用」と「無期雇用」の間(『労基旬報』2015年11月25日号)

日本の請負労働問題-経緯と実態(『ビジネス・レーバー・トレンド』2015年12月号)

2015年派遣法改正で残された課題-日雇派遣の矛盾(『WEB労政時報』2016年1月18日)

新しい「ハケン」の未来像(『人材ビジネス』2016年3月号)

日雇派遣規制の矛盾(『生産性新聞』2016年3月15日号)

 

 

労使折半の謎(再掲)

最近、社会保険の労使折半が妙に騒ぎになっているようですが、そもそも社会保険の労使折半というのはどういう経緯で設けられたのかをちゃんと分かって議論している人は絶無のように見えるので、もう9年近く前のエッセイですが、WEB労政時報に2016年9月5日付で寄稿したものを再掲しておきます。

 社会保険は労使折半になっていますが、よく考えると、何故そうなっているのかよくわからないところがあります。今回はあまりにも当たり前になっているこの労使折半の謎について考えてみます。
 まず、社会保険と言っても全部労使折半というわけではありません。労使折半になっているのは健康保険や厚生年金のような被用者保険であって、自営業者を対象に設けられた国民健康保険や国民年金のような非被用者保険は労使折半ではありません。非被用者保険は折半しようにも「使」がいないのだから(あるいは本人が「使」なのだから)、本人だけが拠出するしかない・・・という建前ですが、実際には非正規労働者の多くが健康保険や厚生年金から排除され、被用者なのに被用者保険に入れて貰えず、つまり使用者拠出をして貰えず、本人拠出だけにされてしまっていることは周知の通りです。今では国民健康保険被保険者の4割近くが雇われて働いている人であり、自営業者は2割未満という状況なので、本来の趣旨とはまるで逆転してしまっているわけです。
 だから健康保険や厚生年金の適用拡大を図るべき云々という話になると、これはまさに政策論になるわけですが、ここではそちらの方面ではなく、その非正規労働者たちが被用者であるにもかかわらず剥奪されている使用者拠出って一体何なの?ということについて突っ込んでみます。使用者拠出がない非正規労働者に着目するよりも、それがある正社員の方に着目して見るわけです。
 その前に準備として労働保険にも目を配っておきましょう。雇用保険も労使折半(正確には雇用保険事業分だけ使用者拠出が多い)ですが、これは、失業という保険事故が労使いずれの責任でもあるという考え方からです。つまり、失業には倒産、解雇その他使用者の責任によるものもあれば、自己都合退職のように本人の意思で退職した結果のものもありますが、そのいずれに対しても失業給付が支払われるので、労使折半になっているわけです。これに対して、アメリカの失業保険は自己都合退職の場合には払われず、使用者都合の失業の場合だけなので、保険料を拠出する責任は使用者のみに課せられています。一種の解雇保険みたいなものです。
 そのアメリカの失業保険と同様、使用者拠出のみなのが労災保険ですが、これは理由ははっきりしています。そもそも労働基準法で労働災害には使用者の補償責任があり、それを担保するために労災保険があるのですから、全額使用者が負担すべきなのは当たり前です。
 この一番わかりやすい労災保険と健康保険が、戦前は一緒だったというとびっくりする人がいるかも知れません。1922年に成立し、1926年に施行された健康保険法は、現在は労災保険法が担当している業務上の傷病も対象にしていました。ところが、実はその前に1911年に工場法が成立し、1916年に施行されていたのですが、そこにはちゃんと使用者による職工の労災への扶助責任が規定されていました。おかしいじゃないか、と当時の労働組合は抗議したそうです。
 これに対して当時の政府はこういう説明をしていました。「業務上の疾病負傷に付ては事業主に全部の負担を負はしめ業務外の疾病負傷に付ては労働者に3 分の2、事業主に3 分の1 を負担せしめ而して業務上の疾病負傷と業務外の疾病負傷との比は1 と4 との割合なるを以て此の両者を平均するときは事業主労働者各2 分の1 宛負担すべきこことなるなり」(内務省社会局保険部『健康保険法施行経過記録』1935年)。ややこしいですが、つまり工場法等により使用者に全責任がある労災部分については全額使用者負担なんだ、それは全体の4分の1だ、残りの4分の3は私傷病だが、その負担割合は(なぜか)労働者2に対して使用者1の割合なのだ、だから式にすると、
使用者側:1/4+3/4×1/3=1/2
労働者側:3/4×2/3=1/2
はい、めでたく労使折半になりました。
 ちょっと待ってください。ということは、業務外の私傷病については、本来労使折半ではなくて、2対1の負担割合だったと言うことですか?ということは、戦後労働基準法とともに労災保険法が制定され、それまで健康保険に間借りしていた業務上傷病を担当する労災部分の保険がめでたく独立した暁には、残された業務外のみを担当する健康保険は当然2対1の負担割合になったんでしょうね。いやいやそうじゃないんですね。業務外だけの健康保険になってもやはり労使折半のままでした。なんだかよくわかりませんね。
 そもそも、上の説明の業務外傷病は2対1の負担割合というのも実は根拠が不明です。なぜ業務外なのに使用者が拠出しなければならないのでしょうか。健康保険法施行当時の解説書(熊谷憲一『健康保険法詳解』厳松堂書店、1926年、森荘三郎『健康保険法解説』有斐閣、1924年)を見ると、いくつかの理由が並んでいますがその冒頭に「業務上の事由によらない傷病についても、労働状況、工場設備その他の事由により健康を損し疾病に罹りやすい素質を作る原因となること」とあります。
 ちょっと待ってください。「労働状況、工場設備その他の事由により健康を損し疾病に罹りやすい素質を作る」って、それって当時はそういう概念はなかったかも知れませんが、いわゆる作業関連疾患のことですよね。そして、確かに当時の工場法や戦後の労働基準法が出来た頃は、そういうのは私傷病とみなされて労災の対象には含まれていませんでしたが、いろんな経緯の結果、過労死とか過労自殺だとか言われるようなものも労災認定されるようになってきたわけじゃないですか。もしこれらが(当時は3分の1と説明された)使用者拠出の理由だとしたら、今では使えない理屈というしかありません。
 それ以外の理由としては、「被保険者の健康保持、速やかな傷病の回復のため労働能率を増進し産業上好影響を来たすこと」とか、「被保険者は安んじて労働に従事し、その結果労使間の円滑な協調を保ち得ること」とか、さらには「従来においても事業主は共済組合を組織して2 分の1 程度の補助を行い労働者の救済を行っていたこと」が挙げられています。しかし、これらはいずれも使用者が任意で拠出する分には大いに結構なことですが、法律で拠出を強制する理屈としてはいささか物足りないという感じです。
 そういうよくわからない根拠で正社員の健康保険は労使折半で使用者拠出が行われ、なぜかそこから排除された非正規労働者は使用者拠出がないまま本人拠出だけで賄わなければならないというのは、よく考えるとおかしな状況です。 

ちなみに、制度上は労使折半と言ってるけれども、使用者負担部分も実は労働者が負担しているんであり、実質的には賃金なんだという、近頃都に流行る議論は、ある種の経済学者がよくやりたがる種類の議論であり、ある種の評論家類がそれを鬼の首を取ったように持て囃したがる類いの議論ではあるんですが、そういう議論が流行るのを一番苦虫を噛み潰したように聞いているのは、「使用者負担部分は我々使用者側が負担しているんだ、だからその使い道については我々の言うことをちゃんと聞け」といつも言っている使用者側の団体幹部でしょうね。だって、もし使用者負担部分といえども実際は全て労働者が負担しているんだということになってしまえば、全てを負担している労働者側のみがその使い道に意見を言うことができ、何にも負担していない(と評論家諸氏が公言する)使用者側があれこれ指図する根拠はなくなってしまうのですから。経団連は内心「この莫迦どもが、余計なことばっかり言うんじゃない」と思っているはずです。

 

2025年1月25日 (土)

党専従職員は労働者に非ず…ってのは

日本共産党の田村委員長が、例の紙屋高雪さんこと神谷貴行さんの件について、こう語ったそうですが、

共産・田村智子委員長「専従職員の地位はいわゆる労使関係と異なる」 労働法令違反で見解

共産党福岡県委員会の労働法令違反を巡り、田村智子委員長は24日、党機関で働く専従職員の地位は一般の労働者とは異なると主張した。田村氏は国会内で記者団から専従職員の地位について問われ、「いわゆる労使関係というものとは異なると考える」と語った。

党側の労働法令違反を巡っては、党福岡県委員会が労働基準法で義務付けられている労働基準監督署への就業規則の届け出を怠っていたなどとして、当局から是正指導を受けていた。

田村氏は専従職員の地位について「結社の自由の下で、自主的、自発的な意思のもとで活動していることが一番の根本にある。結社の自由の下で、私たちは国民の切実な要求と社会進歩の促進のために活動するということだ」と説明した。

入門書レベルでいいから労働法の教科書をちゃんと読んでね、というようなことは誰でもいうので、ここでは別にそんなことはいいません。

それって、「わが社はみんな家族みたいなもんじゃ、アカの他人がごたごたいうんじゃねえ、おめえはアカか?」とうそぶく中小企業のオヤジとどこが違うのか、というようなことも誰でもいうので、わざわざそんな当たり前のことも言いません。

こういう理屈が下手をしたら通ってしまいかねない世界というのも実はありまして、ボランティアっていうんですね。革命を目指す政党と同じように、その目的はさまざまですが、「結社の自由の下で、自主的、自発的な意思のもとで活動していることが一番の根本」であるような組織です。

実はこれで思い出したのが、これだったんですね。

ボランティアといえば労働じゃなくなる?

同じ問題がボランティアにもあって、これは『季刊労働法』222号の鎌田先生、島田先生、池添さん、水口さんの座談会で紹介されていたものですけど、例の堀田力さんのさわやか福祉財団が、4年前に、こういう法案みたいなのを作っていたんですね。

http://www.sawayakazaidan.or.jp/news/2004/20041013.html

>第一条  労働関係を規制する法令における労働その他の用語、職業を規制する法令における事業その他の用語、及び税について規定する法令における収益事業その他の用語であって、有償性もしくは無償性、報酬性(対価性、対償性その他、提供される財の市場価値を、これとの交換において支払う性質を表すすべての用語を含む)、または、収益性の有無を要素とするものの解釈は、この法律による。

>第二条  ボランティアとは、雇用契約によらず、他者のために、自発的に、無償でサービスを提供する者をいい、ボランティア活動とは、ボランティアによるサービスの提供をいう。
2  ボランティア活動は、労働と区別される。
3  サービスの受益者またはボランティア活動を組織しもしくは支援する者が、サービスに対して金品を提供した場合において、サービスに対する報酬としてではなく、その実費の負担またはこれに対する謝礼として提供したときは、そのサービスは無償で提供されたものとみなす。
4  サービスに対して提供された金品の価格が当該サービスの市場価格の五分の四以下であるときは、当該金品は謝礼として提供されたものと推定する。その価格が最低賃金額以下であるときは、謝礼として提供されたものとみなす。ただし、サービスを提供する者が、ボランティア活動としてではなく、労働としてこれを提供したときは、この限りではない。

もちろん、ボランティア活動はたいへん崇高なものではありますが、とはいえ親分が「おめえらはボランテアなんだぞ、わかってんだろうな」とじろりと一睨みして、子分がすくみ上がって「も、もちろんあっしは労働者なんぞじゃありやせん」と言えば、最低賃金も何も適用がなくなるという法制度はいかがなものか、と。

2025年1月24日 (金)

NHK連続テレビ小説「風、薫る」の学習指定文献(笑)として「派出看護婦とは何だったのか?」再掲

Kazekaoru0124_main 2026年前期のNHK朝の連続テレビ小説は「風、薫る」に決まったそうです。

https://www.nhk.jp/g/pr/blog/ij5s3-jcuec/

文明開化が急速に進む明治。さまざまな西洋文化や新しい学問とともに、西洋式の看護学が日本に伝わりました。まだ女性の職業が確立されていない時代に、この看護学を学んだ人たちは【トレインドナース(正規に訓練された看護師)】と呼ばれ、医療看護の世界に新たな風を起こしました。

連続テレビ小説 第114作『風、薫る』は、大関 和(おおぜき・ちか)さんと鈴木 雅(すずき・まさ)さんという二人のトレインドナースをモチーフに描く、考え方もやり方もまるで違う二人の主人公のバディドラマです。
同じ看護婦養成所を卒業した二人が、患者や医師たちとの向き合い方に悩み、ぶつかり合いながら成長し、やがては“最強のバディ”になって、まだ見ぬ世界を切り拓いていきます。

大関 和さん(1858-1932)と鈴木 雅さん(1857‐1940)は、1886年に桜井女学校の看護婦養成所に第1期生として入学し、卒業後は帝国大学医科大学第一医院でトレインドナースになります。しかし、ほどなくして大関さんは職場を追われて新潟県で女学校の舎監をすることに。一方、鈴木さんは日本で初めての個人経営の派出看護婦会を設立し、やがてそこに大関さんも加わることになります。二人は派出看護を行いながら、防疫活動でも大きな成果を残します。

なんと、派出看護婦の創始者!

これは、『家政婦の歴史』で描いた家政婦系の派出婦と並ぶもう一つの派出婦の流れなんですね。

実は、こちらについても今から8年前にこんな小文を書いて紹介したことがあります。

番組が始まるまでの学習指定文献(笑)ということでどうぞ。

派出看護婦とは何だったのか?@『労基旬報』2017年1月25日号

 派出看護婦といっても、今では知らない人の方が多くなったかも知れません。戦後はむしろ「付添看護婦」という言い方のほうが普通ですが、1997年の新看護体制の導入まで、入院患者とともに病院に寝泊まりして身の回りの世話をする女性たちが一個の職業として存在していたのです。民営職業紹介事業として「看護婦・家政婦紹介所」という看板が掛けられていたところの「看護婦」というのがほぼこれに当たります。今では消滅した職業ですが、その歴史をたどるといろいろと興味深いことが見えてきます。

 看護史研究会『派出看護婦の歴史』(勁草書房)によると、そもそも日本における看護婦の歴史は病院看護婦ではなく派出看護婦から始まるのです。1891年、鈴木まさが東京本郷に創立した慈善看護婦会がその出発点で、「医師又は患家より依頼あるとき看護婦並に産婆を派出する」のがその事業でした。その後京都、大阪にも看護婦会が作られていき、派出看護への需要が高まるにつれ、看護婦会が独自に看護婦の養成を始めます。一方、看護婦会が急増し、営利本位に流れていく状況を見て、行政も規制に乗り出し、1900年東京府は看護婦規則を発令、看護婦試験に及第した者のみが免状を得て看護婦の業を営むことができることとしました。それまで看護婦という業務は何ら規制されていませんでした。同規則の理由に「各営業者間に私設せる所謂看護婦会又は看護婦養成所と称する場所に於ては一般に速成を主とし極めて不完全なる養成を為し其大部分は殆ど看護婦の仮名を借るものたるに過ぎず」といわれるような実態があったのです。看護婦会の経営者たちによる同業団体の設立が進められていき、1902年には大日本看護婦協会が設立されました。

 一方東京府を皮切りに他府県でも次々と看護婦規則が発令され、1915年には内務省令として看護婦規則が制定されるに至ります。この看護婦規則は看護婦試験と免許制度を規定するものでしたが、各府県の施行細則の中では看護婦会の取締に関する規定が設けられました。そこでは、看護婦会の開設には許可を要すること、看護婦会の経営者は看護婦会組合に加入しなければならないことなどが定められていました。看護婦会に入会すると、会長自宅の二階や離れの宿舎で生活し、患家や病院からの申込みに応じて、会長の指示に従い派出されました。当時の「職業婦人就業案内」にも派出看護婦が登場しています。一方、大正デモクラシーで労働運動が高まりを見せる中で、派出看護婦のストライキもいくつか起こっています。さらに1922年には労働婦人同盟本部に看護婦同盟が結成されたということです。

 行政による看護婦会の取締も1930年から強化され、同年改正の東京府看護婦会取締規則では、看護婦会でなければ看護婦の派出をしてはならないこと、看護婦会は畳2畳につき会員5人の面積以上の寄宿設備を備えること、看護婦又は准看護婦でなければ派出してはならないことなどを定めました。しかしこれをかいくぐるように派出婦会が登場してきて、家事のみならず病人の付添も行うようになったため、同年内務省衛生局は「付添婦取締に関する件」という通牒を発し、「近時付添婦等と称し病院或は患家に於て看護婦と同様の業務を為す者漸次増加の傾向有之哉に聞及び候処、右は公衆衛生上弊害あるものと認めらるるに付充分取締相成」と指示しています。

 敗戦後GHQの厳命で労働者供給事業は(労働組合を除き)全面的に禁止されることとなり、戦前来の看護婦会も一切の業務をやめて解散しなければならなくなりました。これに対し、看護婦会経営者らはさまざまな運動を展開しました。まず第1は、従来の看護婦会を職業安定所の「委託寮」に指定し、派出看護婦から下宿料を徴収することで解散を免れるというやり方です。もっとも職安による派出看護婦の紹介はうまくいかず、病院と看護婦会の結びつきが強かったので、制度は変わったといいながら、派出看護婦は今まで通り委託寮主から派出先の指示を受け、ただ形式的に手続のための職安に出かけるという実態だったようです。

 第2は職業安定法で唯一許された労働組合の労働者供給事業として生き残る道です。1948年に名古屋の双葉臨床看護婦労働組合が第1号として許可を受け、続いて東京で田園調布派出看護婦家政婦労働組合が設立されています。ちなみにこの田園調布の組合は今日もなお労働者供給事業として事業を行っています。しかし、政治的な運動の結果1948年に職業安定法施行規則が改正され、有料職業紹介事業の対象職種に「看護婦」が追加されたことから、それ以後有料職業紹介事業として付添看護婦という職種が確立していきます。1950年には「家政婦」も対象職種に追加され、「看護婦・家政婦紹介所」として経営されることが殆どでしたが、その「看護婦」というのはもっぱら付添看護婦のことでした。

 この職業が消滅したのは、冒頭に述べた1997年の新看護体制の導入によってです。厚生省が付添看護の廃止に踏みきったのは患者の保険外負担をなくし、看護の質を改善するためということでした。付添婦を雇用するのは患者個人で、その料金を払った患者にその一部が付添療養費として償還されますが、それが基準看護病院に入院する患者との間で不公平だという論拠です。その時、『看護学雑誌』1996年5月号から1997年1月号まで8回にわたって吉田昌代氏による「付添看護とは何だったのか」という文章が連載されました。彼女は自ら看護婦家政婦紹介所に行き、その紹介で付添婦として働きながら、その就労の実態を生々しく伝えています。床に寝るという劣悪な労働環境、実質24時間体制という労働時間、眠剤に頼る生活で珍しくもない過労死等々とその苛酷さを綴りながら、やはり一番おかしいのではないかと訴えているのは、労働法上家事使用人に分類されるので労働基準法の適用がないという点です。彼女はこう問います。「付添婦の雇用については、実態と法律とがあまりにもちぐはぐである。病院で働く付添婦を見て、彼女たちが家事使用人である、と認識する人は果たしているだろうか「付添婦の労働実態は労基法違反である」労働省に突きつけた矛先は「家事使用人」という屁理屈でかわされてしまった狐につままれた気分で釈然としない。付添婦を守ってくれる労働者保護法は、日本には存在しないのか。付添婦には、最低限の人権さえ保障されていない」と。付添看護の廃止によってこのような劣悪な労働環境は11万人の雇用機会とともに消滅したのです。改めて、この約1世紀にわたって存在していた職業とは一体何だったのかと再考してみるべき時期かも知れません。

 

 

2025年1月23日 (木)

非雇用労働者への労働安全衛生政策@『労基旬報』2025年1月25日号

『労基旬報』2025年1月25日号に「非雇用労働者への労働安全衛生政策」を寄稿しました。

 労働安全衛生政策においては、建設業から始まって製造業においても、重層請負構造の中で直接雇用していない下請等の間接雇用労働者についても元請・元方事業者が安全衛生責任を負う体制が作られてきましたが、一人親方のような非雇用労働者についてはその対象には含まれていませんでした。安全衛生と表裏一体である労災補償においては、一人親方等の特別加入という仕組みが設けられていましたが、これは本人が保険料を負担するということからみても、災害予防責任はあくまでも本人にあることを前提にするものでした。ところが、これが近年の法令改正によって大きく転換しつつあるのです。
 大転換の原因は、2021年5月に下された建設アスベスト訴訟の最高裁判決で、一人親方に対する国の責任が認定されたことにあります。建設アスベスト訴訟では、過去に建設業に携わった労働者や一人親方の石綿への曝露を防止する措置が十分だったのかという点が争われましたが、一人親方の安全衛生対策について国が権限を行使しなかったことについて下級審では判断が分かれていました。これについて最高裁は、国の権限不行使は違法であると明確な判断を下したのです。
 この判決を受けて、厚生労働省は2021年10月から労働政策審議会安全衛生分科会(公労使各7名、分科会長:城内博)で、有害物等による健康障害の防止措置を事業者に義務付ける安衛法第 22 条に基づく省令改正の議論を開始し、2022年1月に省令案要綱が妥当と答申され、同年4月に労働安全衛生規則を始め、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、四アルキル鉛中毒予防規則、特定化学物質障害予防規則、高気圧作業安全衛生規則、電離放射線障害防止規則、酸素欠乏症等防止規則、粉じん障害防止規則、石綿障害予防規則、東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則が改正されました。これは、雇用労働者でなくても、請負人への発注者が労働安全衛生責任を負うことを規定した初めての立法です。
 安全衛生分科会では、労働安全衛生法第 22 条以外の規定について労働者以外の者に対する保護措置をどうするべきか、注文者による保護措置のあり方、個人事業者自身による事業者としての保護措置のあり方などについて、別途検討の場を設けて検討すべきとされました。そこで、厚生労働省は2022年5月、個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会(学識者16名、座長:土橋律)を開催し、個人事業者等に関する業務上の災害の実態把握、実態を踏まえ災害防止のために有効と考えられる安全衛生対策のあり方について検討することとし、翌2023年10月に報告書が取りまとめられました。
 そこでは、まず個人事業者等の業務上災害の把握の仕方について、脳心疾患・精神障害以外の伝統的業務上災害については、被災者である個人事業者等に加え、特定注文者(直近上位の者)や災害発生場所管理事業者にも、休業4日以上の死傷災害の報告義務を課し、脳心疾患・精神障害については個人事業者自身が報告する(職種別団体の代行も可)としています。また第22条以外の危険有害作業に係る様々な措置についても、個人事業者等をその対象に含めることとしている一方で、過重労働、メンタルヘルス、健康確保等については、個人事業者自身には「促す」、注文者等には「配慮を求める」等の間接的な措置となっています。
 これは、危険有害業務による災害リスクは労働者も個人事業者も現場で働く者として変りがないのに対し、契約上諾否の自由があり、時間的空間的拘束がないはずの個人事業者の心身の健康は自己責任ではないかという問題があるからでしょう。ただ一方で、2023年4月に成立した特定受託事業者取引適正化法(いわゆるフリーランス新法)では発注事業者にハラスメントに対する措置義務が設けられており、自己責任とはいいきれない面もあります。
 この検討会報告書を受けて、同年11月以降、労働政策審議会安全衛生分科会(公労使各7名、分科会長:髙田礼子)で審議が始まり、同年12月には「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」の基本的な考え方等(案)が事務局から提示され、翌2024年3月に了承され、同年5月に同ガイドラインが策定されました。
 このガイドラインは、まず個人事業者等が、健康管理に関する意識の向上、危険有害業務による健康障害リスクの理解、定期的な健康診断の受診による健康管理、長時間の就業による健康障害の防止、メンタルヘルス不調の予防、腰痛の防止、情報機器作業における労働衛生管理、適切な作業環境の確保、注文者等が実施する健康障害防止措置への協力といった事項を実施することを述べた上で、注文者等に対しても、長時間の就業による健康障害の防止(注文条件等の配慮、注文条件等により長時間就業となり疲労が蓄積した個人事業者から求めがあった場合における医師の面談機会の提供)、メンタルヘルス不調の予防、安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供等、健康診断の受診に要する費用の配慮、作業場所を特定する場合における適切な作業環境の確保といった事項の実施を求めています。なお、個人事業者等がこれら事項の実施を要請したことを理由として、個人事業者に対する不利益な取り扱いをしてはならないとしています。
 さらに2024年2月には、個人事業者等に対する安全衛生対策関係の省令案の概要が示され、同年4月に安全衛生規則等が改正され、危険箇所等への立入禁止、特定場所における喫煙等の火気使用禁止、事故発生時等の退避等の規定における「労働者」が「作業に従事する者」に書き換えられました。
 安全衛生分科会では引き続き、残された課題である危険有害作業に係る個人事業者等の災害を防止するための個人事業者自身、注文者等による対策についての審議が進められてきています。そのためまず総論として、労働安全衛生法上の「個人事業者等」の範囲と、安衛法で「個人事業者等」を保護し、又は規制するに当たっての考え方についての議論から入り、次に各論として、個人事業者等自身でコントロール可能な災害リスクへの対策、個人事業者等自身でコントロール不可能な災害リスクへの対策、その他これらの実効性を高めるための取組等について審議を重ねてきました。そして2024年11月には事務局から「今後の労働安全衛生対策について(報告)(案)」が提示される段階にまで来ました。以下ではそのうち、「個人事業者等に対する安全衛生対策の推進」という項に書かれていることを見ていきましょう。
 まず、安衛法における保護対象や義務の主体となる個人事業者として、「事業を行う者で、労働者を使用しないもの」を同法に位置付けるべきとしています。また、中小企業の事業主や役員についても、個人事業者や労働者と類似の作業を行う実態にあることを踏まえ、個人事業者と同様に、安衛法における保護対象や義務の主体として位置付けるべきとしています。なお、混在作業による労働災害防止を図る際には、混在作業に従事する作業者の属性にかかわらず措置の対象とする必要があるので、以上の者に限らず、当該作業に従事する全ての作業者を保護対象や義務の主体として位置付けるべきとしています。
 次に個人事業者等自身による措置ですが、安衛法第4条の労働者の責務を参考にして、個人事業者についても自身の災害や労働災害を防止するために必要な責務を規定すべきとしています。また上記省令改正で危険箇所への立入禁止等の事業主の措置義務の対象に個人事業者等も含まれることとなったことに対応し、個人事業主にも必要な事項を遵守することを罰則付きで義務付けるべきとしています。機械等の安全確保についても、事業者に課されている構造規格や安全装置を具備しない機械等の使用禁止規定を、個人事業者等にも使用禁止や定期自主検査の実施を義務付けるべきとしています。また安全衛生教育についても、個人事業者等にも危険有害業務につく前に特別教育の修了を義務付けるべきとしています。
 注文者等による措置としては、安衛法第3条第3項の注文者の配慮責務が建設工事以外の注文者にも広く適用されることを明確化するとともに、混在作業による労災防止(第30条、第30条の2)について業種の限定をなくし、元方事業者による連絡調整等の対象に個人事業者を加えること、建設物や化学物質製造設備に由来する労災防止(第31条、第31条の2)や建設機械等を用いる仕事における労災防止(第31条の3)、違法な指示の禁止(第31条の4)についても個人事業者等に拡大することとしています。また、機械等貸与者の措置義務(第33条)や建築物貸与者の措置義務(第34条)を個人事業者に貸与する場合に拡大するとともに、対象をフォークリフトや倉庫等に拡大すべきとしています。
 さらに個人事業者による労働基準監督署等への申告制度を整備し、不利益取扱を禁止するとともに、個人事業者等の業務上災害の報告制度を創設すべきとしています。具体的には、個人事業者が業務に伴って休業4日以上の災害に被災した場合、個人事業者等から見て直近上位の注文者等(ない場合は災害発生場所を管理する事業者)が労働基準監督署に業務上災害について遅滞なく報告することを義務付け、個人事業者等が災害発生の事実を伝達・報告することが可能な場合には注文者等に遅滞なく報告することを義務付けた上でそれを踏まえて必要事項を補足して注文者等が監督署に報告するという仕組みです。また休業4日未満の災害でも監督署に情報提供できる仕組みとすべきとしています。なお脳心疾患や精神障害事案の場合はこれと別に個人事業者自身等が監督署に報告できる仕組みとすべきとしています。
 2024年内にはまとまらなかったようですが、年明けにもストレスチェック制度の対象拡大などと併せて建議がなされ、それを受けて安衛法の改正案が国会に提出されることが予想されます。労働安全衛生対策が広くフリーランスに拡大する大改正になりますので、その行方を注視していく必要があるでしょう。

原稿を書いて送ったのがまだ昨年末だったため、そのときまでの情報に基づき、11月時点の報告(案)で書いていますが、その後今年の1月17日に建議がされていますので、その点だけちょびっと時代遅れになっています。

«「養老保険と退職年金のはざま」(『エルダー』2016年10月号)再掲