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2022年12月10日 (土)

『季刊労働法』279号(2022年冬号)

279_h1 労働開発研究会のサイトに『季刊労働法』279号(2022年冬号)の案内がアップされたようなので、こちらでもご紹介。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/10385/

特集:解雇の金銭解決をめぐる議論と各国の動向

●2022年4月、「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」報告書が公表されました。これを契機に、今号では解雇の金銭解決に関する特集を掲載します。同報告書の評価、課題を論じ、それに続いて、この10年程度の間で解雇法制改革のあった国(フランス、イタリア、スペイン、韓国)において、改革後の影響がどのようなものであったか、直近の動向を注視します。

解雇無効時の金銭救済制度に関する検討会報告書の意義と今後の課題 日本大学法科大学院非常勤講師 小宮 文人

フランスにおける解雇の救済―近年の動向を踏まえて― 宮崎産業経営大学専任講師 古賀 修平

揺れるイタリアの解雇法制―憲法裁判所は何を問題としたのか 神戸大学大学院教授 大内 伸哉

スペインの2012年解雇規制改革とその後の動向 東海大学講師 高橋 奈々

韓国における解雇法制改革と最近の動向について―金銭的解決制度を中心に― 韓国外国語大学/ロー・スクール教授 李?

いま解雇の金銭解決といえば、先日日本労働法学界の奨励賞を受けた山本陽大さんのドイツ法研究が一番手になりますが、今回の特集はそれ以外のフランス、イタリア、スペイン、韓国といった諸国を取り上げていますね・

■論説■

建設アスベスト訴訟に関する最高裁判決等を踏まえた安衛省令改正の課題 東洋大学准教授 北岡 大介

交渉ルールをめぐる協議と団交法理―オンライン交渉紛争にそなえた覚書― 神戸大学大学院教授 大内 伸哉

アメリカにおける団体交渉法制の困難と労働協約締結への課題―米Amazon 社における労働組合の組織化から 帝京大学助教 藤木 貴史

諸外国におけるハラスメントへの法的アプローチ―セクシュアル・ハラスメント、「差別的ハラスメント」と「いじめ・精神的ハラスメント」の横断的検討―(二・完) 山形大学講師 日原 雪恵

■書評■

早津 裕貴 著『公務員の法的地位に関する日独比較法研究』評者 早稲田大学教授 島田 陽一 早稲田大学教授 田村 達久 大阪公立大学教授 渡邊 賢

■要件事実で読む労働判例―主張立証のポイント 第2回■

不更新条項等が定められた有期労働契約の雇止めに関する要件事実―日本通運事件・東京地判令和2・10・1労判1236号16頁を素材に 常葉大学講師 植田 達

■労働法の立法学 第66回■

(公立学校)教師の労働法政策 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口 桂一郎

■イギリス労働法研究会 第42回■

イギリスにおける「ゼロ時間契約(zero-hours contract)」の停止期間中の権利義務と契約解釈 ―賃金からの控除を受けない権利の適用をめぐって 九州大学准教授 新屋敷 恵美子

■アジアの労働法と労働問題 第50回■

インドにおける企業別組合の系譜(1) 神戸大学名誉教授 香川 孝三

■判例研究■

トランス女性の性自認に基づくトイレ使用に対する制限等の違法性 国・人事院(経産省職員)事件・東京高判令和3年5月27日労判1254号5頁 山口大学准教授 井川 志郎

使用者の差別的文書配布の職場環境配慮義務違反該当性と文書配布行為差止めの可否 フジ住宅事件・大阪高判令和3年11月18日労旬2002号36頁 法政大学兼任講師 浅野 毅彦

資格外就労を契機として離職を余儀なくされた技能実習生による損害賠償請求が認容された例 千鳥ほか事件・広島高判令和3年3月26日労判1248号5頁、原審・広島地判令和2年9月23日労判1248号16頁 東京農業大学非常勤講師 山田 哲

就労継続支援施設(A型)における整理解雇が無効とされた例 ネオユニットほか事件・最三小決令和3年11月9日判例集未登載、控訴審 札幌高判令和3年4月28日労判1254号28頁、一審 札幌地判令和元年10月3日同43頁 東京経済大学准教授 常森 裕介

■重要労働判例解説■

地方公務員の懲戒処分に関する手続と退職手当不支給 堺市(懲戒免職) 事件( 大阪地判令和3・3・29労判1247号33頁)EX/DB25569661) 全国市長会 戸谷 雅治

わたくしの「労働法の立法学」は、今回は「(公立学校)教師の労働法政策」です。給特法の話が中心ですが、ややひねった議論を展開しています。

 

 

 

2022年12月 9日 (金)

EUのプラットフォーム指令案に閣僚理事会合意ならず

Marianjureka_20221110 昨日から今日にかけて開かれているEUの雇用社会相理事会で、プラットフォーム労働指令案に対する議長国の妥協案に合意はならなかったようです。

https://www.consilium.europa.eu/en/meetings/epsco/2022/12/08/

Despite negotiations that continued throughout the day and several attempts of the presidency to present a compromise there was no qualified majority in support of a general approach.

一日中交渉が続けられ、議長国の妥協案が何回も試みられたにもかかわらず、一般的アプローチに特定多数の支持は得られなかった。

Better working conditions for food delivery workers, ride-hailing drivers and all those who work through a digital platform are a must. The platform economy is a booming sector and we need to make sure that people performing platform work have the employment position they deserve.

Marian Jurečka, deputy prime minister and minister of labour and social affairs

フードデリバリー労働者やライドシェアリングのドライバーなど、デジタルプラットフォームを通じて就労するすべての人々によりよい労働条件を確保しなければならない。プラットフォーム経済は勃興する分野であり、我々はプラットフォーム労働を遂行する人々がそれにふさわしい雇用上の地位を持てるように確保する必要がある。

 

 

 

日本型雇用が残した負の遺産@『WORKS』175号

W175 リクルートのワークス研究所が出している『WORKS』175号が「女性活躍推進から、ジェンダー平等へ」という力の入った特集を組んでおりまして、

https://www.works-i.com/works/no175/

■特集
女性活躍推進から、ジェンダー平等へ[3.9 MB]

はじめに “女性活躍” 中心の施策が日本に後れをもたらした

●Section1 世界の潮流、ジェンダー平等。日本社会と企業の課題は
女性活躍とジェンダー平等は本質的に異なる
投資家はこう見ている
Column 仮想空間で起こるジェンダー問題
ジェンダー平等を評価される企業はこう取り組む
日本型雇用が残した負の遺産
Column 男性中心主義が組織にもたらすもの

●Section2 ジェンダー不平等を本気で乗り越える
1 ジェンダーによる賃金格差をなくす
出産による所得減少を解消する
ステップアップ選択制度でパートの多様なキャリアを実現する/イトーヨーカ堂
未経験のシングルマザーをIT人材へ育成/MOM FoR STAR

Column 職業選択におけるジェンダーバイアス

2 女性のリーダーシップを開発する
女性のキャリアこそ“ 前倒し”に
数の追求から個のサポートへ進化する多様性施策/キリンホールディングス

3 男性にとってのジェンダー平等を考える
男性の“ 生きづらさ”を解消する
男性の育休1カ月取得率100% 自社のみならず社会を変える/積水ハウス

4 ジェンダー視点でイノベーションを目指す
企業の競争力を回復させ得るジェンダード・イノベーション

Column 明治から昭和、ジェンダー平等に尽力した女性たち

編集長まとめ:ジェンダー平等の達成は誰もが働きやすい組織への近道である/浜田敬子(本誌編集長)

https://www.works-i.com/works/item/w_175.pdf

そこに私もインタビュー記事で登場しています。「日本型雇用が残した負の遺産」というタイトルです。

 日本企業における“ジェンダー不平等 ”の問題は、堅固な性別役割分業意識に起因し、その根幹には、新卒一括採用・年功序列・終身雇用という日本型雇用システムと、勤務時間・勤務地・職種が無限定の総合職の働き方があると指摘される。実際に、企業内における性別役割分業はどのように形作られ、強化されてきたのか。これを変えていく方法はあるのか。労働研究における第一人者、濱口桂一郎氏に聞く。

「日本では、イデオロギーと現実が、逆方向に進んできました」と、濱口氏は指摘する。現実の社会では、1950年代から1960年代にかけて女性の多くは専業主婦だったが、1970年代以降、さまざまな職場で活躍する女性が徐々に登場した。「逆にイデオロギーでは 1960年代まで、欧米型のジョブに基づく雇用システムを目指すべきだと認識されていました。それが 1970年代には大きく変わります」。1960年代の高度経済成長を経てオイルショックで世界的な景気後退を経験したとき、欧米諸国よりも日本のほうが立ち直りが早かったことで、それによって“Japan as No.1”に代表される、日本型雇用のほうが優れているという感覚が一般化した。「これが、女性をエンパワーメントしながら、伝統化を進めるという非常にちぐはぐな政策につながっていきました」
 日本では、1967年に ILO(国際労働機関)の同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約を、その後 1979年に採択された国連の女子差別撤廃条約を1985年に批准した。この流れで同年には男女雇用機会均等法も成立させた。「しかし皮肉なことに、女子差別撤廃条約の制定と同じ1979年に出された自民党の研修叢書『日本型福祉社会』では、主婦が『家庭長』として外で働く男性を支え面倒を見、余った時間はせいぜいパートとして働くというモデルを称揚しました」
 均等法と同じ1985年には、第3号被保険者制度が創設された。「国連の条約に従って機会均等に向けて精一杯努力した官僚がいる一方で、女性が家庭にいることを推奨する法律が同じ年に誕生したのです」
 その後、40年近くが経過した今も、日本型雇用を強化するために推進してきた制度や、それによって培われた慣習や価値観はジェンダー平等を阻む要因となっている。・・・・


 

 

 

2022年12月 8日 (木)

労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型@連合総研「日本の未来塾」

連合総研の「日本の未来塾」で、8月4日に「労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型」という話をしたのですが、その講演録が連合総研のサイトにアップされたようなので、紹介しておきます。

https://www.rengo-soken.or.jp/info/ad5a26f82bc2f53ab1f17a10c07096e32ad6aa94.pdf

(1)ジョブ型は古い
 本日はジョブ型雇用についての講演依頼をいただいたのですが、あえてこれに「労使関係思想から見た」という形容詞を付けさせていただきました。
 なぜかといいますと、この 2 年半の間、ちょうど新型コロナウィルス感染拡大が始まった2020 年の初めぐらいから、新聞や雑誌、ネットでもジョブ型という言葉を目にしない日がない、毎日のようにいくつもジョブ型を論じたと称する記事が山のように出ておりました。こういうこともあって、私もこの 2 年半の間、あちこちでジョブ型について講演する機会が多かったのですが、正直言ってもう飽きました。
 毎回同じことを話すのですが、この 2 年半ほど、日経新聞をはじめとするメディア、あるいは人事コンサルタントや評論家の方々は、「ジョブ型だ、日本の仕組は古い、世界はジョブ型に向かっている」と言っていますが私は「それは全部インチキだよ、うそだよ」、ということをあちこちで言い続けてきたのです。毎回同じことばっかり言っていると、正直、こんなことばかり話していていいのか、という気がしないでもありません。
 もう一つ言うと、毎回ジョブ型についてお話をする際に冒頭、どう話をするかというと、ジョブ型は古い、日経新聞やインチキコンサルタントがこれからはジョブ型だ、最新の新型商品だ、と言っているが、それはうそだと一生懸命話してきたのですが、どのように古いのかということをきちんとまとまって話したことが実はあまりないのです。
 先ほど、私の著作の話がでましたがその本でも、最初のほうに「ジョブ型は古臭い」と、書きましたが、その話はその点について細かく突っ込んでおりません。それより今、世に氾濫している議論をいかに根本的に修正するかを一生懸命やっているわけですが、しかし、考えてみると、日経新聞を見て、あるいはコンサルタントの話を聞いて、これからはジョブ型だと思っている人には、まさにそういうレベルの話をする必要があります。
 『日本の未来塾』にお集まりの皆さんには、「実はジョブ型は古臭い」ということ、こちらの本では省略したその話こそが本当はふさわしいのではないか、と思ったのです。

(2)ジョブ型を語るなら労使関係の歴史から

Ⅰ.トレードからジョブへ

1.出発点は集合取引(collective bargaining)

2.「労働は商品じゃない」の本当の意味

3.ジョブ型労働運動の哲学

Ⅱ.パートナーシップ型労使関係という奇跡

4,共同決定というもう一つの産業民主主義

5.労使は経営共同体のパートナーシップ

Ⅲ.パートナーシップなき企業内労使関係の苦悩

6.労使パートナーシップへの淡い夢

7.パートナーシップなきイギリスの職場

8.ジョブ・コントロール型労使関係は崩壊の一途

9.メンバーシップ型アメリカ企業の雌伏、栄光、挫折

Ⅳ.自主管理思想の理想郷は

10.労働者自主管理という理想像の逆説

V.片翼だけの労使関係

11.事業一家の覇者交替

12.戦後日本社会の設計図

13.従業員組合のアンビバレンツとその帰結

<質 疑>

 

2022年12月 6日 (火)

エレファントカーブが変わった!?

Pics3150x150 例によってソーシャル・ヨーロッパの記事ですが、今回はブランコ・ミラノビッチ。あのエレファントカーブの人ですが、なんとそのカーブの形状が大きく変わってるんだそうです。

https://socialeurope.eu/global-income-inequality-time-to-revise-the-elephant

Picture1

有名なエレファントカーブは、このグラフの1988-2008のグラフですね。先進国の大金持ちと途上国の大勢が豊かになって、先進国の中間層が貧しくなった。

でも、リーマンショック以後の10年間はそれとは全然違う様相を呈しているんですね。

 

 

 

 

 

日本の賃金が上がらないのは「美徳の不幸」ゆえか?@『世界』2023年1月号

617922 『世界』2023年1月号に「日本の賃金が上がらないのは「美徳の不幸」ゆえか? 」を寄稿しました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b617922.html

これは「経済停滞 出口を見つける 」という特集の一本ですが、特集の冒頭私の前にでんと載っているのが玄田有史さんの「黙っていても実質賃金は上がらない」という発破をかけるような文章で、それに続くのが「美徳の不幸」てんですからね。

 近年、「日本の賃金が上がらないのはなぜか」がホットな話題になっている。玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』というそのものズバリのタイトルの本が出たのはもう5年前だ。そこに展開される経済学のさまざまな観点からの分析も、なるほどとは思わせるがいま一歩腑に落ちない。かつて、高度成長期の日本では『国民所得倍増計画』の掛け声に乗って、賃金は急激に上昇していた。物価も上がっていたが、それ以上に賃金の伸びは大きかった。それがいつから変わったのだろうか。歴史を振り返ってみよう。

石油危機の成功体験が裏目に

「安い日本」の原因は「高い日本」批判

生産性向上の誤解

ではどうすべきか?

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家政婦の労災保険特別加入と紹介手数料@『WEB労政時報』

『WEB労政時報』に「家政婦の労災保険特別加入と紹介手数料」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/84061

 去る9月29日に東京地裁が下した国(渋谷労働基準監督署長)事件判決は、労働基準法の適用されない家事使用人という存在をめぐって議論を巻き起こしています。それはそれで重要ですが、法制度史の観点からすると、ここには大きなねじれが存在します。というのは、既に『労基旬報』11月25日号所載の「家政婦は女中に非ず・・・のはずが・・・」で詳しく述べたように、そもそも1947年9月に労働基準法が施行された時点においては、本件のような、家政婦紹介所から紹介されて個人家庭で就労している家政婦というものは、労働基準法が適用除外している「家事使用人」に該当しなかったからです。正確に言えば、当時はまだ1938年職業紹介法に基づいて労務供給事業規則が存在し、許可を受けた労務供給事業は立派に合法的に存在していたのです。そして・・・・・

 

生活保護と大学教育のレリバンス(再掲)

世の中に同じような問題が生じ、同じような話題が論じられると、昔書いたエントリがそのまま使えるということが繰り返されるわけですが、今回もまた、同じ議論に同じエントリを再掲する必要があるようです。

https://www.asahi.com/articles/ASQD563J6QCYUTFL016.html(大学生の生活保護、認めぬ方針継続 理由「一般世帯でもアルバイト」)

2022120500000059asahi0005view 生活保護を受けながら大学に進学することは認めない――。約60年前から続くこのルールを厚生労働省は見直さない方針を決めた。生活保護世帯の大学進学率が4割にとどまっている「貧困の連鎖」の一因とも指摘されるが、アルバイトで学費や生活費を賄う一般世帯の学生とのバランスなどにもとづく従来の考え方を踏襲するとしている。・・・ 

生活保護の見直しを検討する社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会で近く、この方針を盛り込んだ報告書をとりまとめる。
 国のルールは原則、夜間をのぞいて生活保護をうけながら大学や短大、専門学校に通うことを認めていない。1963年に出された旧厚生省の通知が根拠だ。
 大学などに進学する場合は、生活保護の対象から外す「世帯分離」をすることを想定している。ただ、世帯を分けると、子ども自身はアルバイトなどで生活費などを賄う必要がある。その世帯も抜けた子どもの分の保護費が減額される。
 大学生に生活保護を認めない理由について、厚労省は一般世帯でも高校卒業後に就職する人や自分で学費を稼ぎながら大学に通う人もいて、大学進学を「最低生活保障の対象と認めるのは困難」としている。しかし、こうした国の考えには見直しを求める意見が繰り返し出されてきた。

ここに再掲するエントリは2017年にみわよしこさんの書かれた文章に触発されたものですが、そこで引用している拙著はもう13年前に出した『新しい労働社会』です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-6e86.html(生活保護と大学教育のレリバンス)

ダイヤモンドオンラインにみわよしこさんが「生活保護で大学に通うのは、いけないことなのか?」を書かれています。

http://diamond.jp/articles/-/135883

厚労省は、大学等(以下、大学)に進学する生活保護世帯の子どもたちに一時金を給付する方向で検討を開始している。金額や制度設計の詳細はいまだ明らかにされていないが、2018年度より実施されると見られている。

 現在、生活保護のもとで大学に進学することは、原則として認められていない。家族と同居しながらの大学進学は、家族と1つ屋根の下で暮らしながら、大学生の子どもだけを別世帯とする「世帯分離」の取り扱いによって、お目こぼし的に認められている。・・・

もちろん、これは生活保護制度のあり方の問題ですが、その背後にあるのは、大学教育をどういうものととらえているかという、日本人の意識の問題でもあります。

131039145988913400963実は、この問題は、今から8年前に出した『新しい労働社会』(岩波新書)で採り上げた問題でもあります。

教育は消費か投資か?

 後述の生活保護には生活扶助に加えてそのこどものための教育扶助という仕組みがあります。これは法制定以来存在していますが、その対象は義務教育に限られています。実は1949年の現行生活保護法制定の際、厚生省当局の原案では義務教育以外のものにも広げようとしていたのです。高校に進学することで有利な就職ができ、その結果他の世帯員を扶養することができるようになるという考え方だったのですが、政府部内で削除され、国会修正でも復活することはありませんでした。

 これは、当時の高校進学率がまだ半分にも達していなかったことを考えればやむを得なかったともいえますが、今日の状況下では義務教育だけで就職せよというのはかなり無理があります。実際、2004年12月の社会保障審議会福祉部会生活保護制度の在り方に関する専門委員会報告は、高校への就学費用についても生活保護制度で対応することを求め、これを受けた厚生労働省は法律上対象が限定されている教育扶助ではなく、「生業に必要な技能の修得」を目的とする生業扶助として高校就学費用を認めることとしました。これは苦肉の策ともいえますが、考えてみると職業人として生きていくために必要な技能を身につけるという教育の本質を言い当てている面もあります。

 現在すでに大学進学率は生活保護法制定当時の高校進学率を超えています。大学に進学することで有利な就職ができ、その結果福祉への依存から脱却することができるという観点からすれば、その費用を職業人としての自立に向けた一種の投資と見なすことも可能であるはずです。これは生活保護だけの話ではなく、教育費を社会的に支える仕組み全体に関わる話です。ただ、そのように見なすためには、大学教育自体の職業的レリバンスが高まる必要があります。現実の大学教育は、その大学で身につけた職業能力が役に立つから学生の就職に有利なのか、それとも大学入試という素材の選抜機能がもっぱら信頼されているがゆえに学生の就職に有利なのか、疑わしいところがあります。

 生活給制度の下でこどもに大学教育まで受けさせられるような高賃金が保障されていたことが、その大学教育の内容を必ずしも元を取らなくてもよい消費財的性格の強いものにしてしまった面もあります。親の生活給がこどもの教育の職業的レリバンスを希薄化させる一因になっていたわけです。そうすると、そんな私的な消費財に過ぎない大学教育の費用を公的に負担するいわれはないということになり、一種の悪循環に陥ってしまいます。

 今後、教育を人的公共投資と見なしてその費用負担を社会的に支えていこうとするならば、とりわけ大学教育の内容については大きな転換が求められることになるでしょう。すなわち、卒業生が大学で身につけた職業能力によって評価されるような実学が中心にならざるを得ず、それは特に文科系学部において、大学教師の労働市場に大きな影響を与えることになります。ただですら「高学歴ワーキングプア」が取りざたされる時に、これはなかなか難しい課題です。

で、実はこの本に対してとりわけ大学アカデミズムの方々から寄せられた最大の批判は、まさにこの最後の大学教育を職業的に役立つものにすべきという部分であったことを考えると、大学教育を正々堂々と生活保護上の生業扶助として給付するということに対する最大の障壁は、大学というのはそんな下賤なものじゃないと声高に叫ぶ方々なのかも知れないな、と改めて痛感するところでもあります。

大学教育が年功賃金でまかなえるような、「必ずしも元を取らなくてもよい消費財的性格の強いもの」であると、多くの国民から認識され続ける限り、そんな贅沢品を生活保護で暮らしているような連中にまで与える必要はない、と認識され続けることになるのでしょう。

教育と労働と福祉はかくも密接に絡み合っているのです。大学人の主観的認識はいかにあれども。

 

2022年12月 5日 (月)

日本記者クラブで講演

本日、日本記者クラブで講演しました。

https://www.youtube.com/watch?v=_H8yn8mbf7Y

労働政策に詳しく、ジョブ型雇用の名付け親としても知られる濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構研究所長が、ジョブ型雇用とは何か-期待と誤解を解きほぐす」をテーマに話した。

司会 竹田忠 日本記者クラブ企画委員(NHK)

 

 

「職能給」から「職務給」へ、政府が導入促進 利点と課題は@朝日新聞

 今朝の朝日新聞に、「リスキリングに注目、個人も企業も 「労働移動に必要」政府も支援」というかなり大きな記事が載っており、そのサブ記事として「「職能給」から「職務給」へ、政府が導入促進 利点と課題は」に、私もちらりとだけ出ています。

https://www.asahi.com/articles/ASQD255PLQCXULFA00J.html

・・・一方、課題もある。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・労働政策研究所長は「職務給の割合が増えれば、年代に関わらずフラットな賃金になる可能性はある」として、人材の流動化にもつながりうるとみる。ただ、職務給で賃金を上げるにはより上位のポストに応募することなどが必要で、「何もしなければ賃金は上がりづらくなる」と話す。

As20221202002743_20221205104201

 

2022年12月 4日 (日)

EUプラットフォーム労働指令案に理事会合意文書案

昨年末に提案されたEUのプラットフォーム指令案については、既に結構色々と解説してきているところですが、12月8日に予定されている雇用社会相理事会で一般的アプローチに関する政治的合意に達する見込みになったようです。

EU理事会のウェブサイトの文書検索に、昨日付の「Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on improving working conditions in platform work - General approach」がアップされています。

https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-15338-2022-INIT/en/pdf

62ページに及ぶこの文書の大部分はチェコ議長国による妥協案です。

これを見ると、一番注目されている雇用関係の法的推定の第4条が、5要件のうち2つ満たせばいいという原案から、7要件のうち3つを満たせばいいというふうに変わっていますね。とりあえず原文を貼っておきます。

Article 4
Legal presumption
1. The relationship between a digital labour platform and a person performing platform work through that platform shall be legally presumed to be an employment relationship, if at least three of the criteria below are fulfilled:
(a) The digital labour platform determines upper limits for the level of remuneration;
(b) The digital labour platform requires the person performing platform work to respect specific rules with regard to appearance, conduct towards the recipient of the service or performance of the work;
(c) The digital labour platform supervises the performance of work including by electronic means;
(d) The digital labour platform restricts the freedom, including through sanctions, to organise one’s work by limiting the discretion to choose one’s working hours or periods of absence;
(da) The digital labour platform restricts the freedom, including through sanctions, to organise one’s work by limiting the discretion to accept or to refuse tasks;
(db) The digital labour platform restricts the freedom, including through sanctions, to organise one’s work by limiting the discretion to use subcontractors or substitutes;
(e) The digital labour platform restricts the possibility to build a client base or to perform work for any third party.

内容的には新たな要件を追加したわけではなく、元の第4要件が3つに分割されただけです。時間的空間的裁量性、諾否の自由、再委託の自由それぞれを判断するということですね。

全体はよく読んでからどこかでまとめようと思います。

 

2022年12月 2日 (金)

ジョブ型雇用社会とは何か─ 日本人が抱く誤解と企業に求める覚悟 ─@『改革者』12月号

22hyoushi12gatsu 政策研究フォーラムの『改革者』12月号に、「ジョブ型雇用社会とは何か─ 日本人が抱く誤解と企業に求める覚悟 ─」を寄稿しました。

http://www.seiken-forum.jp/publish/top.html

去る9月、岸田首相はニューヨーク証券取引所で、「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、ジョブ型の職務給中心のシステムに見直す」と語りました。10月の臨時国会の所信表明演説でも、「年功制の職能給から、日本に合った職務給への移行」についての指針をとりまとめると述べています。・・・・

なお、今月号から川上淳之さんによる「副業を持つ意味とその役割」という新連載が始まっています。

 

 

 

2022年12月 1日 (木)

柴原多,湯川雄介,根本剛史『誇れる会社であるために 戦略としてのCSR』

41ca9ew17l_sx343_bo1204203200_ 柴原多,湯川雄介,根本剛史『誇れる会社であるために 戦略としてのCSR』(クロスメディア)をお送りいただきました。

企業は利益追求のための組織であると同時に、社会の中で果たすべき責任もある。従来、人権問題や環境問題といったCSR課題への対応は利益と矛盾するものと捉えられてきた。
しかし今、消費者は社会問題への取り組みを企業に求め、投資家にとってもCSR対応は出資先を選ぶ要件となりつつある。もう、どんな企業も避けては通れない課題だ。
本書では、国内・海外で企業案件を請け負う弁護士3名が、CSRがなぜ必要で、何をどのように対応すればいいのかを説く。

人権デュー・ディリジェンスだの、ダイバーシティ&インクルージョンだの、なんだかよく分からないうるさい話が増えたとお考えの皆さまに、いやいやCSRってのは「善行」なんかじゃないんだよ、うかつに軽視するとリアルなリスクが待っているんだよ、と説き聞かせるような本です。

 

 

 

東京の最低賃金1,072円@『労務事情』12月1日号

B20221201 『労務事情』2022年12月1日号に「数字から読む日本の雇用」として、「東京の最低賃金1,072円」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20221201.html

今回の数字は統計数値ではなく、法律に基づく最低賃金額そのもので、本誌の読者であれば周知の数値です。この1,072円という数値自体というよりも、過去15年にわたってそれが急激に上昇してきたこと、そしてそれがさらに続くであろうことが、日本の雇用にいかなる影響を与えるかがここでの問題です。まず、21世紀になって以来、全国最高の東京、全国最低の沖縄、そして全国加重平均の推移を見ておきましょう。・・・・

 

 

 

 

柄谷行人『力と交換様式』@『労働新聞』【本棚を探訪】

31950063_2 『労働新聞』の書評コラム【本棚を探訪】で、柄谷行人『力と交換様式』を取り上げました。

https://www.rodo.co.jp/column/142042/

 台湾のデジタル発展担当大臣オードリー・タン(唐鳳)が強い影響を受けたという柄谷行人の交換様式論。2010年の『世界史の構造』(岩波現代文庫)で展開されたその理論を、改めて全面展開した本だ。今回は柄谷の本籍地であるマルクスの原典に寄り添いながら、彼が世の中で思われているような生産力と生産関係に基づく唯物史観ではなく、交換様式に着目して理論を組み立てていたのだと繰り返し力説する。多くのマルクス主義者が冗談だと思って顧みなかった交換が生み出す「物神」(フェティッシュ)の力こそが、人類の歴史を形作ってきたのだと彼は説く。でも、エコロジー絡みもそうだが、マルクスの真意など我われにはどうでも良いことだ。

 彼が言う4つの交換様式のうち交換様式A(互酬:贈与と返礼)、交換様式B(略取と再分配:支配と保護)、交換様式C(商品交換:貨幣と商品)までは、カール・ポランニーやケネス・ボールディングらの3類型とも共通する考え方で、すっと頭に入る。評者も2004年に出した『労働法政策』の第1章「労働の文明史」で、似たような歴史観を展開してみたことがある。

 問題は彼が4つ目の、そしてこれこそめざすべき理想像だといって提起する交換様式Dだ。正直言って、『世界史の構造』を読んだときも全然納得できず、こんなものは余計ではないかという感想を抱いた。似たような感想を持った者が多かったのだろう。そうではないのだ、交換様式Dとはかくも素晴らしいのだと力説するために本書が書かれた。残念ながらそれが成功しているようには思えない。少なくとも評者は依然として疑問だらけだ。

 原始的な交換様式Aの高次元での回復というモチーフはよく理解できる。実際、古典古代のギリシャは、先進的かつ専制的なアジアの亜周辺として氏族社会的な未開性があったからこそ民主主義を生み出したのだし、中世封建制のゲルマンも専制化したローマの亜周辺としての未開性が自由と平等の近代社会の原動力となったのだ。本書では触れられていないが、中華帝国の亜周辺の日本のその辺縁から生まれた関東武士も似た位相にあるだろう。この歴史観はほぼ100%納得できる。

 だが、第4部「社会主義の科学」で熱っぽく論じられる交換様式Dは空回りしているように思える。マルクスの弟子達が作り上げた交換様式Bによる最兇最悪のアジア的専制国家に対し、交換様式Aを復活させようとするユートピア社会主義には限界がある。だから交換様式Dだというのだが、それはキリスト教などの世界宗教が根ざしているものだという説明は繰り返されるけれども、具体的なイメージは遂に最後まで与えられない。もし本書を読んでそれが理解できた人がいるなら教えて欲しい。

 率直に言って、人類は3つの交換様式の間で右往左往していくしかないのではないか。むしろ、この交換様式こそ絶対に最高最善と信じ込んで、その原理のみに基づいて社会を構築しようとしたときにこそ、我われは地獄を見るのではないか。共同性と権力性と市場性をほどほどに調合して騙し騙し運営していくことこそ、先祖が何回も地獄を見てきた我われ子孫の生きる知恵ではないのだろうか。

 

 

 

 

ギグワーク・クラウドワークが作る未来@『JAICO 産業カウンセリング』11-12月号

Image0_20221201093201『JAICO 産業カウンセリング』11-12月号に、「ギグワーク・クラウドワークが作る未来」というインタビュー記事が載りました。

●ジョブ型は産業革命以降のスタンダードな働き方
私なりの理解では、産業革命以降の労働のあり方、人の働き方というものは、基本的に企業という組織の中で人が働く「雇用労働」という形を取ってきました。そこでの世界共通のやり方は、業務を細かく分けて、その業務を構成する個々のタスク、具体的な仕事をジョブとして切り出して、ジョブ・ディスクリプション(職務 記述書)として書き出す。その上で「あなたの仕事はこれですよ」と示してやってもらうというものです。一挙手一投足すべてを指揮命令することはできませんので、管理者という役割があり、ジョブ・ディスクリプションに書かれた通りのことをきちんとしているかどうかを見張る。そういう仕組みで、産業革命以降、100年から200年ぐらい企業は回ってきた。それがジョブ型です。・・・
●ギグワークとはなにか
●雇用も管理職もいらない未来?
●産業革命以降の仕組みが崩れるとき
●様々な課題とその対応
●中世回帰する世界?
●キャリアの再定義
 

 

2022年11月30日 (水)

宮台真司氏の奇妙な議論たち

東京都立大学の社会学者である宮台真司氏が正体不明の男に襲撃され大怪我を負ったとのことです。断じて許されない事件であり、宮台氏の一刻も早い回復を心よりお祈り申し上げます。

と同時に、せっかくの機会ですので、本ブログでこれまで宮台氏の議論を取り上げて批評してきたエントリを拾い上げておきたいと思います。色々と批判的なことを言っておりますが、いうまでもなく宮台氏個人に対する攻撃を如何なる意味でも正当化するものではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_b921.html(非社会性?)

宮台真司氏が「公共機関のために準備中の文章」の中で、イギリスやEUの社会的排除/社会的包摂について論じているのですが、

http://www.miyadai.com/index.php?itemid=652

イギリスやEUの政策動向については、おおむね正しい情報を得ていると見えて、変なことは書いていないのですが、(たとえば:

>我が国では「自立」できない若者への「自立支援」という問題の立て方が専らだが、「ニート」という言葉を生み出した英国では、「個人の不全」personal imperfectionの問題より「社会の不全」social imperfectionの問題として議論され、各国の政策に大きな影響を与えてきた。

>かくして報告書は、悪循環を解消するには社会的包摂social inclusionの回復こそが必要だと結論づける。一口でいえば、「個人に問題が生じているので政治や行政が個人を支援せよ」ではなく、「個人に問題が生じているのは、社会的包摂が失われているのが原因だから、社会が包摂性を回復できるように政治や行政が支援せよ」という図式なのである。

>日本でニート概念が誤解され、「社会の問題」というより「若者の問題」として理解された背景に、二つの要因を指摘できよう。第一は、日本においてはニート問題が議論される直前まで、フリーター問題がいわば「怠業批判」として議論されていたこと。

その宮台氏が、紹介を超えて自分の言葉で語り始めると、こういうあらぬ方向に漂い出します。

>我が国でも若者が社会性を失う現象--非社会性--が名指され、社会問題になっている。

>英国の社会的排除局が着目した「ニート」も含めて、「従来の社会システムが明に暗に前提としてきた社会性を、社会成員が持っていない事態」を、「非社会性」non-socialityという言葉で指し示すことにしよう。加えて、社会成員がそうした状態に立ちいたる過程を、「脱社会化」de-socializationという言葉で指し示すことにしよう。

はあ?非社会性?なんでそういう俗流社会学ふうの方向に行っちゃうの?

どうも、「エクスクルージョン」とか「インクルージョン」という言葉を、素直に社会政策をやってる人間のように解釈するんじゃなくて、気の利いた風な言葉をちりばめた今様迷宮社会学風に解釈してしまっているからじゃないかと思われるんですが。

これこそまさに、「社会」を問題にすべき地点で「個人」を問題にするという、一番駄目な議論そのものじゃないですかね。

もちろん、宮台真司氏という社会政策とは何の関係もない社会学者がそういうことをお喋りになること自体は全くご自由ではありますが、この文章の悪質さは、イギリスやEUの(そういう俗流社会学とは何の関係もない)社会政策としてのエクスクルージョン、インクルージョンという議論を、そういうやくたいもない議論の一種であるかのように見せてしまうという点にあると思います。

ヨーロッパで社会政策の文脈で論じられている社会的排除とは、いかなる意味でも「社会システムが前提とする社会性を社会成員が持たないという非社会的な事態」などとは関係ありませんから。

やや詳しめの紹介は:

http://homepage3.nifty.com/hamachan/exclusion.html(EUにおける貧困と社会的排除への取組み )

この中で引用している社会政策グリーンペーパーのこの一節が簡にして要を得ています。

>貧困は昔からある現象であるが、ここ15年間、社会的排除という構造的問題が注目されている、問題は単に社会の上層と下層の不均等にあるのではなく、社会の中に居場所のある者と社会からのけ者にされてしまった者との間にあるのだ。社会的排除は単に所得が不十分だということではない。職業生活への参加ということだけでもない。それは住宅や教育、医療、サービスへのアクセスといった分野で顕著である。単なる不平等ではなく、分断された社会という危険を示唆しているのである。排除された者の怨恨は暴力や麻薬、ひいては人種差別主義や政治的過激派の温床となる。所得維持はもはや社会政策の唯一の目的ではない。社会政策は人々が社会の中に居場所を見出せるよう援助するというもっと野心的な目的を追求しなければならない。その主たるルートは(もちろんただ一つのルートではないが)報酬のある仕事である。そしてそれがゆえに雇用政策と社会政策はもっと密接に連携しなければならない

 

 

 

2022年11月29日 (火)

職業安定法は偽装求人を禁止するようになった

9_20221129160501 こういうニュースが話題を呼んでいますが

https://mainichi.jp/articles/20221128/k00/00m/040/179000c(求人サイトより月給10万円減 洋菓子のマダムシンコに支払い命令)

インターネットの求人サイトに掲載された待遇よりも実際の月給が10万円以上少なかったとして、人気洋菓子店「マダムシンコ」の従業員だった男性(46)が、運営会社に未払い賃金約200万円の支給を求めた労働審判で、大阪地裁が約90万円の支払いを命じた。命令は25日付。男性が毎日新聞の取材に明らかにした。・・・ 

この記事でおもしろいのは、会社側の言い分がこうだったことです。

一方、運営会社側は答弁書で、求人サイトの広告が実態と異なっていたことを認めたうえで、「インディードの広告は閲覧者を増やすためで、給与額を高く表示しただけに過ぎない」と反論。「雇用契約の労働条件にあたらない」として争う姿勢を示していた。

これ、実はホンの数年前まではそれなりに通用しないわけでもない理屈だったんですね。労働基準法は労働条件明示義務を課しているけれど求人広告の中身は関係ない。

一方、職業安定法は長らく職業紹介事業などの労働市場仲介事業者を猜疑心で見てあれこれ規制するけど、求人者、募集企業自体の求人内容は手がつけられていなかったのです。閲覧者を増やすため給与額を高く表示しただけ、とうそぶいても許される状態でした。

こういう問題が大きく取り上げられるようになったのはほぼここ十年ばかりのことで、はじめに青少年雇用促進法の審議の中で取り上げられ、その後2017年改正で求人情報規制の考え方が導入され、今年10月に施行されたばかりの2022年の職業安定法改正により、求人情報に対する包括的な規制が盛り込まれるに至ったのです。

(求人等に関する情報の的確な表示)
第五条の四 公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者、募集情報等提供事業を行う者並びに労働者供給事業者は、この法律に基づく業務に関して新聞、雑誌その他の刊行物に掲載する広告、文書の掲出又は頒布その他厚生労働省令で定める方法(以下この条において「広告等」という。)により求人若しくは労働者の募集に関する情報又は求職者若しくは労働者になろうとする者に関する情報その他厚生労働省令で定める情報(第三項において「求人等に関する情報」という。)を提供するときは、当該情報について虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならない。
 労働者の募集を行う者及び募集受託者は、この法律に基づく業務に関して広告等により労働者の募集に関する情報その他厚生労働省令で定める情報を提供するときは、正確かつ最新の内容に保たなければならない。
 公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、募集情報等提供事業を行う者並びに労働者供給事業者は、この法律に基づく業務に関して広告等により求人等に関する情報を提供するときは、厚生労働省令で定めるところにより正確かつ最新の内容に保つための措置を講じなければならない。
この記事の背後には、事業規制法から情報社会立法に大きく変貌した職業安定法の姿も映し出されているのです。

 

2022年11月24日 (木)

家政婦は女中に非ず・・・のはずが・・・@『労基旬報』2022年11月25日号

『労基旬報』2022年11月25日号に「家政婦は女中に非ず・・・のはずが・・・」を寄稿しました。

 去る9月29日、東京地裁はある判決を下しました。訴訟類型は遺族補償給付等不支給処分取消請求事件。よくある労災認定訴訟ですが、普通と違っていたのは、死んだ原告の妻が家政婦だったということでした。当日の東京新聞の記事を引用しますと:
 家事代行の長時間労働の末に亡くなった女性=当時(68)=が過労死だったとして、労災を認めなかった国の処分取り消しを女性の夫(75)が求めていた訴訟の判決で、東京地裁(片野正樹裁判長)は29日、請求を棄却した。労働基準法は家事労働者に適用しないと同法が規定しており、女性が家事をしていた時間は、過重労働かを判断する上での労働時間の算定から省いた。家事サービスのニーズが増える中、多くの担い手が法で守られない状況が放置される。
 労基法は家事労働者には「適用しない」と明記。労働時間の上限規制や死亡時補償などの対象外になっている。ただ、厚生労働省は業者に雇われて家庭に派遣されている場合は対象になるとの通達を出している。
 女性は2015年5月、訪問介護・家事代行サービス会社の斡旋あっせんで、寝たきり高齢者のいる家庭で24時間拘束され、1週間働いた後に急死した。地裁は女性が働いた時間のうち、介護業務は同社に雇われ派遣されて担ったが、家事については家庭との直接契約になっていたと判断。待機時間などを含む1日19時間の業務中、労働時間は家事の時間を算入せず介護業務の4時間30分のみとして、「過重業務していたとは認められない」と結論付けた。
 原告側は裁判で「家事労働者が労基法で守られないのは憲法の『法の下の平等』に反する」として、労基法の規定自体が憲法違反に当たるとも主張したが、地裁は判断を示さなかった。
 原告の夫の代理人の明石順平弁護士は「長時間働いた実態を見ず形式的に介護の時間だけを労災対象と判断した」と批判。夫は「高齢者のため献身的に働いた妻を労働者と認めてほしかった。これからも闘う」として控訴の考えを示した。
 同紙は翌日もこの問題を追及しています。
 長時間の家事労働の末に亡くなった高齢女性について、東京地裁は労災認定をしなかった国の決定を容認し、女性は過労死と認められなかった。全ての労働者を保護するはずの労働基準法の例外規定が、厚い壁となって立ちはだかる。国は問題の放置を続け、現場の働き手から改善を求めて切実な声が高まっている。
 同紙を始めとして、多くの人々はみな、この問題を労基法116条2項の適用除外規定の是非の問題だととらえています。その問題が重要であるのはその通りで、労基法制定時にもその是非が問題になりましたし、1993年5月の労基法研究会報告「今後の労働契約法制等のあり方について」でも、次のようにその見直しが提起されていました。
・・・これについては、近年発展してきたシルバーサービス産業に雇用されるホームヘルパーなど家庭における介護業務を企業が請け負い、その企業に雇用される労働者が家庭において就労する場合については労働基準法の適用があることとの関係等から、現状において、家事使用人であることを理由として、労働条件の基本法である労働基準法を全体として適用除外とするまでの特別の理由は乏しくなってきたと考えられる。・・・労働基準法の適用除外はできる限り少ないことが望ましいことから、家事使用人についての適用除外の規定は廃止することが適当である。その際、就業の場所が家庭であることを踏まえた履行確保のあり方及び家事使用人に係る労働時間に特例を設けることの是非について検討すべきである。
 今後この問題が議論される際にも、それは専らこうした文脈で議論されることになるのでしょう。もちろんそれは間違っているわけではありませんが、実はこの問題には、圧倒的に多くの人々の視野からこぼれ落ちているある側面があるのです。それは、本件のような、家政婦紹介所から紹介されて個人家庭で就労している家政婦というものは、そもそも労働基準法が適用除外している「家事使用人」に該当するのか?という根本問題です。
 意外に思われるかもしれませんが、この適用除外規定がもともと念頭に置いていた「女中」タイプの家事労働者と、今回の方のような「家政婦」タイプの家事労働者とは、もちろんやっている作業自体はほとんど共通ではあるものの、その法的性格は明確に違っており、実は労働基準法は家政婦に対してまで適用除外しようとはしていなかったのではないかと考えられるのです。
 労働基準法の制定過程については詳細に明らかになっていますが、今の家事使用人の適用除外規定の原型は、一番最初の第1次案に既に現れています。ただし、その表現はだいぶ違いました。
第1次案:本法は左の各号の一に該当する事業にして同一の家に属せざる者を使用するものにこれを適用する。
第1次案修正:ただし同一の家に属する者のみを使用する事業についてはこの限りに非ず。
 表から書くか裏から書くかの違いはあれ、要するに「同一の家に属する者」であるかどうかで線引きしようとしていました。この時代にはまだ、住み込みの女中といわれる人々が結構いましたが、彼女らはまさにこの意味での「同一の家に属する者」でした。前近代には下男、下女と呼ばれていたそういう人々と、血縁関係のある家族を一緒にしたカテゴリーが、この「同一の家に属する者」であったと考えられます。
 この用語法が変わるのは、第7次案からです。
第7次案(修正):ただし同居の家族のみを使用する事業及び家事使用人には適用しない。
 この流れから判断すると、それまでの「同一の家に属する者」が、「同居の家族」と「家事使用人」に分割されたと考えられます。それまで入っていなかった同一の家に属していないような他人が「家事使用人」としていきなり入り込んできたわけではないのです。
 この規定ぶりが制定当時の労働基準法第8条柱書に(「家族」が「親族」になりますが)ほぼその形で盛り込まれ、現在は附則に移行してそのまま生きているわけです。
 そして、この「家事使用人」という言葉が、一般家庭と直接雇用契約を締結してその指揮命令を受ける「家政婦」にも適用されるのは当たり前だという理解のもとで、今回の判決に至っているわけです。
 しかし、本当にそうなのか、労働基準法の第1次案から第6次案まで存在していた「同一の家に属する者」というカテゴリーに、女中は当然含まれるとして、家政婦は本当に含まれるのか、というのは、実は疑問の余地があるのです。
 なぜなら、労働基準法とともに施行された労働基準法施行規則第1条には、法第8条の「その他命令で定める事業又は事務所」として、「派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業」というのがあったからです。
 労働基準法施行規則(厚生省令第二十三号)
第一条 労働基準法(以下法という)第八条第十七号の事業又は事務所は、次に掲げるものとする。
一 弁護士、弁理士、計理士、税務代理士、公証人、執行吏、司法書士、代書、代願及び獣医師の事業
二 派出婦会、速記士会、筆耕者会その他派出の事業
三 法第八条第一号乃至第十五号の事業に該当しない法人又は団体の事業又は事務所
 派出婦というのは家政婦のことです。え?家政婦は適用除外される家事使用人じゃないのか?
 つまり、施行当時の労働基準法担当者は、自分らが作った条文に書かれている適用除外の「家事使用人」には、派出婦会から派出(=供給、派遣)されてくる家政婦は含まれていないと認識していたとしか考えられないのです。
 そして、それは労働基準法施行時点では何ら不思議なことではありませんでした。
 今から見れば終戦直後のどさくさで労働組合法やら労働基準法やら職業安定法やらが続々と作られたように見えますが、でもその間には時差があり、労働基準法が施行される直前までは戦前来の工場法が生きていたのであり、職業安定法が施行されるまでは戦前来の職業紹介法が生きていたのです。
 労働基準法の施行は1947年9月です。職業安定法の施行は1947年12月です。その間の3か月間は、労働基準法と職業紹介法が併存していました。つまり、職業紹介法に基づいて労務供給事業規則が存在し、許可を受けた労務供給事業は立派に合法的に存在していたのです。
 そして、1938年に制定された労務供給事業規則の別表1の所属労務者名簿の備考欄には、供給労務者の職種の例として、大工、職夫、人夫、沖仲仕、看護婦、家政婦、菓子職といったものが列挙されていたのです。
 そう、家政婦というのは、労務供給事業者である派出婦会に所属する労務者なのであって、派出される先の一般家庭に所属しているわけではないのです。似たような作業をしているからといって、女中と家政婦をごっちゃにしてはいけないのです。女中は働いている家庭の「同一の家に属する者」、つまり一般家庭に所属する者と認識されていたからこそ、労働基準法が適用除外されているのに対して、家政婦はあくまでも派出婦会から派遣されてきて家事労働に従事しているだけの「他人」なのであって、それゆえに、派出婦会から派遣されてくる家政婦は第8条柱書きの適用除外ではなく、各号列記の一番最後の第17号に基づく省令で定める事業として、立派に労働基準法の適用対象事業になっていたわけです。
 これは何ら問題のない法体系でした。1947年9月から同年11月までの3か月間は。
 ところが、1947年12月から職業安定法が施行され、GHQのコレットさんの強い主張により、弊害のあった労働ボス型の労務供給事業だけではなく、こういう派出婦会みたいなタイプのものも一律に禁止されてしまいました。そうすると、家政婦を使っていた家庭は大変困ってしまいます。
 これは実は職業安定法案を審議する第1回国会でも懸念されていたことでした。そもそも、8月15日の労働委員会で、米窪労働大臣の提案理由説明に続いて、上山顕職業安定局長が説明する中で、自分からこんなことを喋っています。
 次に第四十四條以下に勞働者供給事業について規定がございます。これはただいまの大臣の説明にもございましたように、いろいろ弊害を起しやすい仕事でございますので、原則的には全面的に禁止をいたしておるわけでございます。ただ關係者が自主的な組合をつくりましてやつてまいりたいという場合には、勞働組合の許可を受けさせまして、弊害がないと認めました場合には、無料の勞働者供給事業を認めたいつもりでございます。ことはたとえば、家政婦なんかも勞働者供給事業ということになつているわけでございますが、ただいまのように、営業的にやります家政婦會というようなものは認められないことになります。しかし現在家政婦であつた人たちが集まりまして、組合組織でやつてまいりたいというような場合には、勞働者供給事業ということにはなりますが、特に勞働大臣の許可を受けて認めていこう。こういう考えでございます。なおこの勞働者供給事業が廢止されますと、ただいま關係者が相當おりまして、現にこういう仕事をやつておる際でございますので若干影響は考えられるのでございますが、私たち對策といたしましては、一つはただいま申しました勞働組合法による組合をつくつてやる場合を認めております。
 当時の労働省職業安定局は、派出婦会はみんな労働組合にしてしまえば問題は解決すると思っていたようですが、実際には田園調布家政婦労働組合のように労働組合化したケースも若干はありましたが、大部分は組合化しなかったのです。この問題は尾を引いて、色々揉めたあげく、最終的に特定の職種についてのみ認められていた有料職業紹介事業として認めることで決着しました。
 この結果、ビジネスモデルとしてまごうことなき労務供給事業、すなわち現在でいうところの労働者派遣事業以外の何物でもなかったはずの派出婦会が、職業紹介をしているだけであって、使用者責任はすべて全面的に紹介した先の一般家庭にあるというおかしなことになってしまいました。
 やっている作業は似たようなものであっても、もともと家庭のメンバーである女中とは全く違い、派出婦会のメンバーとして家庭に派遣されてくるはずの家政婦が、女中と何ら変わらないことにされてしまったのです。「他人」だと思っていたらいつの間にか「家族」まがいにされてしまっていたわけですね。
 そして、おそらくこういうやり方で何とか片を付けた人々は全く意識していなかったのでしょうが、その結果として、職業紹介法とそれに基づく労務供給事業規則が存在した時代には、労働基準法施行規則第1条に基づき立派に労働基準法の適用対象であった派出婦会から派遣されてくる家政婦たちが、その派出婦会というのが職業安定法で非合法化されてしまった後は、女中と同じ家事使用人扱いされ、労働基準法の適用から排除されるという憂き目をみることとなってしまったわけです。
 大変皮肉なことに、職業安定法施行規則の有料職業紹介事業の対象職種の各号列記に「家政婦」が追加されたときの通達には、こう書かれていました。
しかして、ここにいう家政婦とは、従来家政婦、派出婦、派遣婦、付添婦等と呼ばれていた家事雑役、患者の雑事世話の仕事に臨時的に雇用される婦人労働者をいうのであって、会社、工場、商店、官署等の雑役、小使及び女中は含まないものである。
・・・看護婦と称して免許のないものを紹介し、あるいは家政婦の職業について許可された者が女中を紹介する等不正な紹介・・・と認める者は直ちに許可を取消し、悪質の違法に対しては告発する。
 家政婦は女中ではないぞ、家政婦と称して女中を紹介したら許さないぞ、と強硬に脅しつけていながら、その実は、それまで雇用上の身分が明確に異なっていた家政婦と女中とを全く同じ法的カテゴリーに放り込んでしまっていた、というこの皮肉が、70年以上経った今日において、ようやくその矛盾を露呈し始めたということかもしれません。
 ちなみに、法的地位ではまったく同じになってしまった女中と家政婦ですが、政府の統計上は全く異なる扱いになっています。5年ごとに行われる国勢調査において、女中に相当する「住込みの雇人」は雇い主の世帯の世帯員であり、まさに「同一の家に属する者」であるのに対して、実質的に家政婦紹介所に属して派遣されてくる家政婦はそうではなく、「民営の職業紹介機関やシルバー人材センターなどの紹介による場合」は「労働者派遣事業所の派遣社員」に当たらないという注意書きの対象です。

 

2022年11月18日 (金)

佐藤厚『日本の人材育成とキャリア形成』

9784502438417_430 佐藤厚さんより『日本の人材育成とキャリア形成―日英独の比較』(中央経済社)をお送りいただきました。

https://www.biz-book.jp/isbn/978-4-502-43841-7

教育制度(職業教育訓練)と労働市場との関係に注目しながら、人材育成とキャリア形成の仕組みを考察し、さらにイギリス、ドイツとの比較を通じて日本の特徴を明らかにする。日本の特徴をあぶりだしながら、ジョブ型雇用、自律的キャリア、社会人の学び直しや生涯学習といった近年の課題に示唆を与える。

日本のメンバーシップ型と比較対照する相手がイギリスとドイツの二カ国であるという点に、著者のツボがあります。佐藤さんに言わせれば、イギリス(やアメリカ)はジョブ型といえるけれども、ドイツは職業型であって、それらとは違うのです。

例えばホワイトカラーのキャリア形成にしても、日本が「一つの会社に長く勤め、だんだん管理的な仕事になっていくコース」が主流であるのに対し、イギリスは「複数企業を経験して、だんだん管理的な仕事になっていくコース」であり、ドイツは「一つの会社に長く勤め、ある仕事の専門家になっていくコース」であって、ある意味イギリスとドイツが対照的で、それぞれ部分的に日本と共通している面があるというわけです。

なぜ各国がこのようになってきたのかという歴史については、先日『労働新聞』の書評コラムで取り上げたキャスリーン・セーレンの『制度はいかに進化するか-技能形成の比較政治経済学』を引きながら説明しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/11/post-ebf318.html

 

 

 

 

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