堀川祐里編著『労働環境の不協和音を生きる 労働と生活のジェンダー分析 』(晃洋書房)をお送りいただきました。
https://www.koyoshobo.co.jp/book/b655072.html
生きるために働いているはずが、
労働によって日々の生活やいのちが脅かされる実情がある。
耳を澄ませて不協和音を聴けば、不協和音が我々に問いかけてくる。
社会学、文学、社会福祉学、歴史学、経済学といった多角的なアプローチから社会政策に迫る試み。コロナ禍が顕在化させた「労働環境の不協和音」を、社会政策の両輪である「労働」および「生活」という切り口から描き出す。
コロナ禍という未曾有の事態は「労働環境の不協和音」を響かせた。社会政策の初学者とともに〈生きるために働く〉ことをジェンダー視点から理解し再構築したい。歴史縦断的、領域横断的なアプローチが労働と生活を切り結ぶ、社会政策とは何かを考えるきっかけとなる一冊。
私の関心からすると、編者の堀川さんの「ジェンダー平等は健康の権利を放棄しなければ得られないか――労働力の再生産から考える生理休暇の意義」が興味深かったです。
まだ一週間ほど先ですが、12月15日刊行予定の『季刊労働法』287号(2024冬号)の案内が労働開発研究会のサイトに既にアップされているので、こちらでも紹介しておきます。
季刊労働法287号(2024/冬季)2024年12月15日発売
特集:フリーランス新法に残された課題
11月1日から施行されたフリーランス新法。企業等発注者側とフリーランスとの間で報酬やハラスメント等をめぐるトラブルが問題となるなか、同法では、契約の適正化やハラスメント防止等の就業環境整備に向けた対策を発注側に求めています。そもそもフリーランス保護の規制原理はどこにあるのか、また労働法、経済法、それぞれの視点から見た同法の意義と課題は何か、こうした論点に迫ります。
第2特集では、2023年8月に逝去された道幸哲也先生の個別労働関係法に関する業績を振り返ります。特集 フリーランス新法に残された課題
フリーランス政策はどうあるべきか―フリーランス法の規制原理の検討からみえるもの― 神戸大学教授 大内 伸哉フリーランス法における就業環境整備に関する規制の概要と問題点 弁護士 山田 康成
フリーランス法第2章(取引の適正化)の解説と検討―経済法の視点からみた意義と課題― 青山学院大学教授 岡田 直己
「特定フリーランス事業の特別加入」の業務遂行性と特別加入団体―「特定フリーランス事業の特別加入」関連3通達を踏まえて― 東洋大学講師 田中 建一
【第2特集】道幸哲也先生と個別的労働関係法
本特集の解題 北海学園大学教授・弁護士 淺野 高宏労働者の自立と権利主張の基盤整備法理~労働契約法理の見直し論を中心に~ 北海学園大学教授・弁護士 淺野 高宏
権利実現のためのワークルール教育 早稲田大学名誉教授 島田 陽一
道幸法学における人格権法理―労働者の自立とプライヴァシーを考える視点 福岡大学教授 所 浩代
道幸哲也先生の判例分析と研究手法 東京農業大学非常勤講師 山田 哲
【特別企画】公務員集団的労働関係法をめぐる分野横断的検討(後編)
公務員の団体交渉権保障・再考 金沢大学准教授 早津 裕貴公務員勤務条件決定システムの制度設計の捉え方―憲法の観点から― 甲南大学教授 篠原 永明
公務員勤務条件決定システムに関する行政法上の諸論点 名城大学教授 北見 宏介
■論説■
スペインのライダー法の意義と課題―アルゴリズミック管理の規制を中心に― 神戸大学法学研究科助手 劉 子安■要件事実で読む労働判例―主張立証のポイント 第10回■
事業場外労働のみなし制に関する要件事実―協同組合グローブ事件(最三小判令和6・4・16労判1309号5頁)を素材に 弁護士 岸 聖太郎■イギリス労働法研究会 第45回■
フリーランス新法における期間的要件の解釈方法―イギリス法におけるumbrella contract 概念を参考に― NTT 社会情報研究所 岡村 優希■アジアの労働法と労働問題 第56回■
解雇紛争処理をめぐるアセアン10か国間の比較 神戸大学名誉教授 香川 孝三■労働法の立法学 第72回■
教育訓練給付の法政策 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口 桂一郎■判例研究■
公立学校教員の過労死事案におけるいわゆる労災民訴の判断枠組み滑 川市事件(富山地判令5・7・5判時2574号72頁) 信州大学准教授・弁護士 弘中 章(コメント)岡山大学教授 堀口 悟郎■重要労働判例解説■
同性カップルに対する扶養手当支給の可否 北海道扶養手当請求事件(札幌地判令和5・9・11労経速2536号20頁) 立正大学教授 高橋 賢司違法行為を強要する命令の不法行為(パワハラ)該当性 大津市事件(大津地判令和6・2・2判例集未登載) 全国市長会 戸谷雅治
わたくしの「労働法の立法学」は、教育訓練給付を取り上げます。
皆様のお陰で拙著『賃金とは何か―職務給の蹉跌と所属給の呪縛』(朝日新書)に2刷がかかりました。7月の初刷からほぼ半年ですが、まあまあロングセラーの道を歩み始めたと言っていいのでしょうか。
日本の賃金の歴史を過不足なく解説した本が長年にわたってなくなっていたことを考えると、そろそろこういうたぐいの本が求められていたのかもしれないな、という気もします。
ちょうど数日前に、ラスカルさんがブログで「今年の10冊」を挙げておられて、その中にこの拙著も入れていただきました。
2024年7月刊。本書を読むと、1954年の中労委調停における定期昇給の登場、日経連の生産性基準原理、さらに経済整合性論に基づく賃上げの抑制(1975年)や内外価格差解消に向けた労使協調(1989年)を経て、その後の長期デフレに関係する日本経済の「低賃上げ体質」が形成された実情がみえる。2000年代半ば頃、団塊引退に伴う賃金原資の余裕が一人当たり賃金上昇に寄与する、との分析をしたことがあったが、思えば、これも平均賃金を(大きくは)上昇させない定期昇給、「内転」論理の陥穽であろう。 ・・・・
この人何を言ってんだろ?
もしかして、北朝鮮が増税派だって?
いやいや、かつて消費税を目の敵にしていた日本社会党が心から親しくしていた朝鮮民主主義人民共和国のことを、こんな風に絶賛していたんですよ。
「『北朝鮮はこの世の楽園』と礼賛し、拉致なんてありえないと擁護していた政治家やメディア」
と言われても実感が湧かない皆さんに、証拠を開示しよう。これは日本社会党(現社民党)が1979年に発行した「ああ大悪税」という漫画の一部。北朝鮮を「現代の奇蹟」「人間中心の政治」と絶賛している。その文脈はそういう政治話が好きになひとに委ねて、ここでは違う観点から。と言っても、本ブログでは結構おなじみの話ですが。よりにもよって「ジャパン・ソーシャリスト・パーティ」と名乗り、(もちろん中にはいろんな派閥があるとはいえ)一応西欧型社民主義を掲げる社会主義インターナショナルに加盟していたはずの政党が、こともあろうに金日成主席が税金を廃止したと褒め称えるマンガを書いていたということの方に、日本の戦後左翼な人々の「憎税」感覚がよく現れているなぁ、と。そういう意味での「古証文」としても、ためすすがめつ鑑賞する値打ちがあります。
とにかく、日本社会党という政党には、国民から集めた税金を再分配することこそが(共産主義とは異なる)社会民主主義だなんて感覚は、これっぽっちもなかったということだけは、このマンガからひしひしと伝わってきます。
そういう奇妙きてれつな特殊日本的「憎税」左翼と、こちらは世界標準通りの、税金で再分配なんてケシカランという、少なくともその理路はまっとうな「憎税」右翼とが結託すると、何が起こるのかをよく示してくれたのが、1990年代以来の失われた30年なんでしょう。
昨日の雇用社会相理事会の結果が理事会サイトに載っていますが、
Combatting unfair traineeships
The Hungarian presidency sought agreement on the Council’s negotiating position (‘general approach’) for the ‘traineeships directive’, which aims to improve working conditions for trainees and prevent employers from disguising employment relationships as traineeships.
Although a number of member states were ready to support the text as it currently stood, others felt that more time was needed to discuss outstanding issues. As a result, the Council will continue to work on the proposal under the Polish presidency.
The presidency also presented a progress report on the Council recommendation on a reinforced quality framework for traineeships, which calls for all trainees to be paid fairly, have access to adequate social protection and be given a mentor.
多くの加盟国が提示されたテキストに同意したが、他の諸国は、全研修生に公正な賃金支払や十分な社会保護とメンターへのアクセスといった問題解決にはなお時間が必要と感じた。
というわけで、昨日の段階で一般的アプローチには達せず、継続審議となったようです。
今年3月に、欧州委員会が「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案したことは、本ブログでご紹介したところですが、明日(12月2日)に予定されている雇用社会相理事会でこの指令案についての一般的アプローチ(昔の「共通の立場」で、ほぼこういうことで合意したというもの)に合意される予定の案文というのが、理事会のサイトにアップされています。
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-16136-2024-INIT/en/pdf
このテキストをざっと見たところ、第5条の研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストが丸ごと削除されていることが分かりました。
第4条の偽装研修を是正させろという規定は残っていますが、どういうのが偽装研修なのかというリストが消えてしまっているんですね。
Chapter III Employment relationships disguised as traineeships
Article 4
Measures to combat employment relationships disguised as traineeships
Member States shall provide for effective measures in accordance with national law or practice,
including where appropriate controls and inspections conducted by the competent authorities, to
combat practices where an employment relationship is disguised as a traineeship whereby trainees
are not considered as employees by the traineeship provider but should be, in accordance with the
law, collective agreements or practice in force in the Member State, with consideration to the case
law of the Court of Justice.Article 5
Assessment of employment relationships disguised as traineeships
1.For the purposes of Article 4, Member States shall ensure that an overall assessment of all
relevant factual elements of the traineeship is performed in accordance with national law or
practice.
(a)[deleted]
(b)[deleted]
(c)[deleted]
(d)[deleted]
(e)[deleted]
(f)[deleted]
2.For the purpose of the assessment referred to in paragraph 1, Member States shall ensure
that traineeship providers provide, upon request, the competent authorities with the
necessary information, which may include the following:
(a)the number and employment status of trainees and the number of persons in an
employment relationship hosted by that traineeship provider;
(b)the duration of traineeships;
(c)the tasks and responsibilities of trainees and of comparable employees.
(d)[deleted]
(e)[deleted]
3.[deleted]
第5条第1項の全面削除されてしまった各号列記は、欧州委員会の原案ではこうなっていました。
(a) the absence of a significant learning or training component in the purported traineeship;
(b) the excessive duration of the purported traineeship or multiple and/or consecutive purported traineeships with the same employer by the same person;
(c) equivalent levels of tasks, responsibilities and intensity of work for purported trainees and regular employees at comparable positions with the same employer;
(d) the requirement for previous work experience for candidates for traineeships in the same or a similar field of activity without appropriate justification;
(e) a high ratio of purported traineeships compared with regular employment relationships with the same employer;
(f) a significant number of purported trainees with the same employer who had completed two or more traineeships or held regular employment relationships in the same(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
もちろん、偽装研修を正そうという指令の目的自体は変わっていないのですが、そのための判断基準が削除されてしまったということのようです。
まあ、明日の雇用社会相理事会でどういう議論になるのかもわかりませんが、とりあえず現時点の状況はこういうことのようです。
『労務事情』2024年12月1日号の「数字から読む 日本の雇用」に「過労死と過労自殺の推移 過労死216件で横ばい/過労自殺883件で急増中」を寄稿しました。
https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20241201.html
去る10月11日、厚生労働省は例年通り『令和6年版 過労死等防止対策白書』を公表しました。興味深いデータがいっぱい載っていますが、ここでは最も基本的なデータである過労死と過労自殺の労災認定件数の推移を見てみましょう。・・・・
『労働新聞』といえば、月1回の書評欄【書方箋 この本、効キマス】でのみ登場しているわたくしですが、今回それ以外の欄にも顔を出しました。先月から連載されている【見直すべきは何なのか…労働基準関係法への提言!】というコーナーです。
【見直すべきは何なのか…労働基準関係法への提言!】リレー連載 第7回 労働者性 ガイドライン策定を 監督復命書など参照して/濱口 桂一郎
厚生労働省は2024年1月から労働基準関係法制研究会(学識者10人、座長=荒木尚志教授)を開催し、今日まで主として、労働者概念、事業概念、労働時間法制および労使コミュニケーションといった論点について議論を深めてきており、11月には事務局から「議論のためのたたき台」が提示されている。充てられている時間数から見ると、3回のうち2回は労働時間法制について議論されているので、それが中心的論点なのであろうが、そこでの論点は既に論じ尽くされている感もある。これに対し、今回は労働者性や労働者代表制をめぐる議論が、単なる理論的検討に留まらず具体的な立法につながっていく可能性もあり、筆者もそこに注目したい。
まず古くて新しい「労働者性」の問題である。・・・・
このコーナー、今まで大内伸哉、諏訪康雄、鎌田耕一という大御所が2回ずつ登場していますが、わたくしからはひとり1回ずつになったようです。
WEB労政時報に「日雇労働者のセーフティネット」を寄稿しました。
最近、スポットワークとかスキマバイトと呼ばれる超短期の職業紹介事業が活発になっています。業界団体であるスポットワーク協会が2024年3月に公表した「スポットワーク雇用仲介事業ガイドライン」では、スポットワーク雇用仲介事業を「短時間・単発の就労を内容とする雇用契約の仲介事業」と定義しています。言い換えれば、業務委託契約、請負契約、委任契約は除外され、また労働者派遣事業や労働者供給事業は除外されます。そして「日雇の雇用仲介事業は定義に含まれるが、基本的には、その中でもデジタル技術を用いて「短時間・単発の就労」として時間単位又は1日単位の雇用契約を仲介する事業を念頭に置いている」と述べ、従来の日雇労働者の紹介とは異なることを強調しています。また同協会によると、24年5月末時点でのスポットワーク登録者数は約2200万人で、23年3月末時点(約990万人)に比べて2.2倍となったそうです(JBPress 2024年6月20日記事)。こうした働き方は極めて新しいように見えますが、デジタル技術を使わず、リアル世界で日々雇用契約を結んで就労する日雇労働は、近世に遡る古い歴史があります。今日の労働法政策ではほとんど顧みられることもありませんが、ある時期までは日雇労働対策というのは労働政策の中でそれなりの存在感をもっていたのです。今回は、今ではいささか好事家向きのトピックとすら見なされがちな日雇労働対策の歴史を、とりわけ労働市場のセーフティネットをどう張るかという問題意識に即して振り返って見たいと思います。・・・
『ビジネス・レーバー・トレンド』12月号は、9月に開催された労働政策フォーラムの講演録とパネルディスカッションが載っていますが、
https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2024/12/index.html
労働政策フォーラム
ICTの発展と労働時間政策の課題 ─『つながらない権利』を手がかりに─
9月に開催した労働政策フォーラムでは、ICT(情報通信技術)の発展によりテレワークなど柔軟な働き方が普及するなかで、労働者の健康確保の取り組みと今後の労働時間政策がいかにあるべきか、研究者、法曹実務家が議論した。(各報告およびパネルディスカッションの概要は調査部で再構成したものを掲載している。)【趣旨説明】『つながらない権利』とは何か?──類型整理と本フォーラムの目的 山本陽大 労働政策研究・研修機構 主任研究員
【研究報告①】働く人々の疲労回復におけるオフの量と質の確保の重要性 ──勤務間インターバルと『つながらない権利』 久保智英 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 上席研究員
【研究報告②】ICTの発展と労働時間法制の課題──働き方の多様化とつながらない権利の意義 細川良 青山学院大学 法学部長・法学研究科長/法学部 教授
【パネリストからの報告①】労働者側弁護士からのコメント 竹村和也 東京南部法律事務所 弁護士
【パネリストからの報告②】使用者側の立場から 木下潮音 第一芙蓉法律事務所 弁護士
【パネルディスカッション】パネルディスカッション「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」 コーディネーター:山本陽大 労働政策研究・研修機構 主任研究員
このパネルディスカッションのはじめの方で、事業場外労働のみなし制について議論されているところがなかなか面白いですが、
https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20240905/houkoku/06_discussion.html
経営法曹の木下潮音さんが語っているこれがなかなか面白です。
私はクライアントにはいつも、出張に行くときは行きは寝て、帰りは、仕事が終わったんだから早くビールを飲んで、電車の中でゆっくり休んで来るようにと言っているのですが、最近はICTの発展のおかげで、みんな新幹線の中でノートPCを広げて仕事をしています。あれはやっぱり問題だと思っています。クラシックな出張に戻って、事業場外みなし制の基本に戻っていただければ、つながらないということとの関係は明らかになってくると思います。
ほんとにね、近頃新幹線の中では背広族はみんなパソコン広げてガチャガチャやってる。あれちゃんと労働時間にカウントしている人は極めて少ないはずです。
来る12月2日に予定されている雇用社会相理事会において、今年3月に欧州委員会が提案した研修生(偽装研修対策)指令案について共通の立場を採択する予定であると、理事会のHPに載っています。
Traineeships directive
The Council will seek to agree its position on the traineeships directive, which aims to improve working conditions for trainees and address employment relationships disguised as traineeships.
この指令案については、今年の4月に『労基旬報』にやや詳しい解説を寄せたので、まずはこれを読んでください。
本紙の昨年8月25日号で、「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」について書きましたが、その後第2次協議を経て、去る3月20日に、欧州委員会は「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案しました。今回はこの指令案の内容を紹介したいと思います。なお、今回からトレーニーを研修生、トレーニーシップを研修と呼ぶことにします。日本でも研修生だから雇用に非ずという偽装問題が存在するので、問題の共通性を明確にするためにも、その方がわかりやすいと思うからです。
研修生をめぐる問題状況については、上記昨年8月の記事でも解説しましたが、スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく研修生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という面では、雇用政策の重要な役割を担っていることも確かなのですが、一方で、研修生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきています。
そこで、EUでは2014年に「研修の上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定され、研修の始期に研修生と研修提供者との間で締結された書面による研修協定が締結されること、同協定には、教育目的、労働条件、研修生に手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、研修期間が明示されること、そして命じられた作業を通じて研修生を指導し、その進捗を監視評価する監督者を研修提供者が指名すること、が求められています。
また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日など研修生の権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、研修協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、また研修期間が原則として6カ月を超えないこと。さらに研修期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、研修提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり研修生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおける研修に関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、研修生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、同年7月11日に、欧州委員会は「研修の更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。その内容は昨年8月の本連載記事で紹介した通りですが、その後同年9月28日には第2次協議に進み、法的拘束力ある指令という手段を用いるべきではないかと提起しました。そして今回、指令案の提案に至ったわけです。
第2条の定義規定で、「研修」とは「雇用可能性を改善し正規雇用関係への移行又は職業へのアクセスを容易にする観点で実際の職業経験を得るために行われる顕著な学習及び訓練の要素を含む一定期間の就労活動」をいい、「研修生」とは「欧州司法裁判所の判例法を考慮して全加盟国で効力を有する法、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する研修を行ういかなる者」をいいます。ここで注意すべきは「正規雇用関係」と訳した「regular employment relationship」です。この訳語は日本の「正社員」を想起させるのでまことにミスリーディングなのですが(なので、今後より良い訳語を見つけたら変更したいと思っていますが)、同条では「研修ではないいかなる雇用関係」と定義されており、パートタイム、有期、派遣等の非典型雇用関係その他もろもろの、研修でないあらゆる雇用関係がこれに該当します。ここは是非ともきちんと頭に入れておいて下さい。
第3条は研修生の均等待遇、非差別原則を規定しています。すなわち、賃金を含む労働条件に関し、課業の違い、責任の軽さ、労働負荷、学習訓練要素の重み等の正当で客観的な理由がない限り、同じ事業所で比較可能な正規雇用の被用者よりも不利益な取扱いを受けないことを求めています。
第4条は研修を偽装した正規雇用関係と戦う措置と題し、正規雇用関係が研修であると偽装されることによって、労働条件と賃金を含む保護の水準がEU法、国内法、労働協約又は慣行により付与されるよりもより低いものとなる効果をもたらすような慣行を探知し、これと戦う措置を権限ある機関が採るよう有効な監督を行うことを求めています。これが本指令の最重要規定です。
続く第5条は、研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストです。これは、研修をめぐる労働者性の判断基準という意味で、大変興味深いものです。
(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如
(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間
(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性
(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること
(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること
(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
これらの判断のために、使用者は必要な情報を権限ある機関に提供しなければなりません。また加盟国が、研修の長すぎる期間の上限ないし反復更新の上限を定めることや、研修生の募集広告に課業、賃金を含む労働条件、社会保護、学習訓練要素を明示するよう求めることも規定されています。
以下、本指令案には施行や救済、支援の措置等の規定が並んでいますが、枢要な部分は以上の通りです。3月11日に合意されたプラットフォーム労働指令が、元の指令案にあった5要件のうち二つを満たせば労働者性ありと推定するという規定が削除され、国内法、労働協約、慣行で判断するという風になったことを考えると、この指令案がどうなるか予断を許しませんが、研修という特定分野における労働者性の判断基準を立法化しようという試みとして、日本にとっても大変興味深いものであることは間違いありません。
JILPTの『日本労働研究雑誌』12月号は、「労働移動」が特集テーマで、sansan( 松重豊部長が「それ、早く言ってよ~」というコマーシャルの奴)の名刺データを使った移動の分析なんていう「へぇ、そんなの使う手があったんだ」という論文もあったりしてなかなか面白いですが、ここでは毎年恒例の労働関係図書優秀賞のコーナーを紹介。
受賞作は鈴木誠さんの『職務重視型能力主義 ―三菱電機における生成・展開・変容』と吉田誠さんの『戦後初期日産労使関係史 ―生産復興路線の挫折と人員体制の転換』で、既に本ブログで紹介していますが、それぞれについて、首藤若菜さんと梅崎修さんの「受賞理由について」と、鈴木さん、吉田さんの「受賞の言葉」が載っています。
鈴木さんは仁田道夫先生への感謝の言葉です。
拙著は,仁田道夫先生が実質的な指導教官として面倒を見てくださらなかったら,完成させることができませんでした。元になっている論文の多くは仁田先生のご指導によって公にできています。草稿を郵送して研究室にうかがい,コメントをいただいて書き直しを繰り返した結果,一つひとつの論文を公にするのに時間がかかり,拙著のとりまとめも大幅に遅れましたが,それは仁田先生も私も妥協を許さなかったからです。私の周りでは,『日本労働研究雑誌』『大原社会問題研究所雑誌』『日本労務学会誌』(ないしは『社会政策』)に査読論文を載せることが一人前の労働研究者になるための鉄則だと言われています。現在,曲がりなりにも研究者として独り立ちすることができたのは,『日本労働研究雑誌』『大原社会問題研究所雑誌』『社会政策』に査読論文を載せられたことが大きいと考えています。もちろん,それらのジャーナルに査読論文を掲載できたのは全て仁田先生のおかげです。仁田先生の懇切丁寧なご指導には感謝の気持ちでいっぱいです。
一方吉田さんは日産争議当事者との邂逅を回想しています。
さて,戦後初期日産の労使関係研究に取り組むきっかけになったのは 2000 年に日産争議当事者の方々と知遇を得たことでした。このとき,念頭にあったのは職場闘争や組合規制に着目した先行研究の枠組みでした。既に日産争議を対象とした立派な研究書が存在していました。容易に新しいことなど出てくるわけがないと思い,最初の数年はただひたすら彼らの話を先行研究の枠組みで理解しようとするばかりでした。今から振り返ると,彼らの言葉の機微に触れられていなかったように思います。
2003 年に手弁当で開催した日産争議 50 周年のシンポジウムを機に,元全自日産分会員の浜賀知彦氏(1926 ~ 2011)の知己を得,氏が同分会の貴重な資料を収集された「浜賀コレクション」を拝借することになりました(現在はご遺族により東京大学経済学部資料室に寄贈されています)。これを活用して本格的な研究へと踏み込んでいくことができました。2007 年に全自の賃金原則(1952 年)を主題とした前著を上梓した後,一次資料を読むなかで生じてきていた種々の疑問に答えるために,それ以前の歴史へと遡っていくことになりました。そのなかで見えてきたのは,1949 年のドッジ・ライン期の人員整理を境に日産の労働組合の方針や人員体制が大きく変転を遂げたのではないかということでした。
資料を何往復もし,小さな発見を積み上げていくなかで,本書の骨格ができてきました。さっと資料を読んで図式を描けるほどのスマートさをもっていなかったため,15 年もの歳月をかけることになりました。そして,ようやく当事者たちから聞きとったことの意味が分かるようになり,彼らの言葉を置くべき場所を見つけたのです。
どちらも泥臭い歴史研究ですが、もっともらしいワードを振り回してきれいな議論を展開する研究とは対極にあるこういう業績が受賞したことを心から喜びたいと思います。
集英社オンラインに、拙著『賃金とは何か』(朝日新書)の一部が抜粋掲載されています。まだお読みになっていない方があれば、リンク先を一読いただき、面白そうだと思ったら、是非お買い求めいただければ幸いです。
〈最低賃金が国政の重要課題化〉リーマンショックや東日本大震災、コロナ後も大幅引き上げされたなかで令和の賃上げは…
なぜ日本の賃金は上がらず、諸外国の賃金は上がっているのか? 背景に、定期昇給ありの日本と、ジョブ型社会の諸外国の違い
元々何年も前から段階的に進んできていた被用者保険の拡大の話が、国民民主党の103万円の壁の話となぜか同期連動して106万円の壁がどうとかいう話になり、例によっていつもの3法則氏が法螺貝を吹き鳴らすという事態になっているようですが、もちろん、物事の分かっている人にはちゃんとわかっているように、この問題は、そもそも被用者保険(健康保険と厚生年金)は被用者、すなわち雇われて働いている人のための制度であり、地域保険(国民健康保険と国民年金)は被用者以外、すなわち自営業者やその家族等のための制度であるという制度の根本原則が、様々な経緯や政治的思惑のために捩じ曲げられ、ずれにずれまくってきてしまったことに、その最大の根源があるわけです。
どうかすると、社会保障のかなりの専門家ですら、パートタイマーは昔から適用除外だったと思い込んでいる向きもありますが、それは1980年の3課長内翰という「おてがみ」で導入されたものに過ぎません。それ以前は、健康保険法上にも厚生年金保険法上にも、短時間労働者を適用除外するなどという規定は一切存在せず、実際にも1956年の通達(昭和31年7月10日保文発第5114号)により、日々契約の2カ月契約で勤務時間は4時間のパートタイム制の電話交換手についても適用するという扱いでした。ところが、1980年6月6日付の「おてがみ」により、所定労働時間4分の3以上という基準が示され、それ未満のパートタイマーは適用除外となってのですが、そもそもこの「おてがみ」は発番号もなく、まともな行政文書であるかどうかも怪しげなものです、大体、行政文書であれば、冒頭に「拝啓 時下益々御清祥のこととお慶び申し上げます」なんて書いたりしないでしょう。限りなく私的な「おてがみ」っぽいこのいわゆる3課長内翰によって適用対象から一方的に排除されたパートタイマーを、再び適用対象に入れ込むために、21世紀初頭から既に20年以上にわたって少しずつ対象拡大が行われ、先月から50人超に拡大し、来年の改正でようやく従業員規模要件をなくすところまでいこうというわけですから、この「おてがみ」の後代に及ぼした影響の大きさには嘆息が漏れます。
もちろん、この「おてがみ」が出された背景には日経連の要望があり、昭和のサラリーマンの扶養家族の奥さんがちょいとパートで働いたからといって社会保険なんぞに加入させられて保険料なんぞ払わされたんでは堪らないという、当時の常識に沿ってそそくさと形式も整えずに対処したわけですが、もちろん短時間で働く非正規労働者はみんながみんなサラリーマンの奥様のパートタイマーというわけではないわけで、扶養家族でない非正規労働者もみんな被用者保険から排除されたために、国民という名のつく地域保険に入って、使用者負担分もなく自分で保険料を全額払わなければならないのに、給付は見劣りするという事態になってしまったわけです。
というような話は、21世紀初頭からさんざんぱら議論されつくしたものだと思っていたのですが、残念ながらそういういきさつも何もかも一切無知蒙昧なまま、れっきとした被用者を本来あるべき被用者保険に戻そうということに対して無上の敵意を燃やして攻撃する人々が出てくるんですね。
『労基旬報』2024年11月25日号に「労働側団体による解雇の金銭救済制度案」を寄稿しました。
先日『中央公論』12月号に寄稿した「政治家もメディアも解雇規制を誤解している-問題は法ではなく雇用システム」の最後近くのところで、
皮肉な話であるが、ヨーロッパ諸国のように解雇を正面から規制する立法をしておけば、その例外としての金銭解決を法律上に規定することも簡単であったろう。実際、日本労働弁護団は2002年に、解雇の原則禁止規定に加えて金銭賠償規定も盛り込んだ「解雇等労働契約終了に関する立法提言」を公表していた。
と触れていたことについて、やや詳しく掘り下げて論じてみたものです。
去る9月27日に自由民主党の総裁選挙で石破茂氏が総裁に選出され、10月1日の臨時国会で内閣総理大臣に指名され、直ちに石破茂内閣が発足し、その後衆議院の解散総選挙が行われました。今回の自民党総裁選ではさまざまな論点が議論の俎上に上せられましたが、その中でも政治家やマスメディアの関心を惹いたものの一つに、解雇規制をめぐる問題がありました。とりわけ当初は最有力候補と目されていた小泉進次郎氏が、結果的に石破、高市両氏の後塵を拝して3位に終わった原因の一つとして、彼が立候補時に「労働市場改革の本丸である解雇規制の見直し」を掲げたことが指摘されています。また、結果的に9人中8位と惨敗した河野太郎氏も、解雇規制の緩和や解雇の金銭解決を主張していました。このうち河野氏が主張していた解雇の金銭解決制度は、過去20年以上にわたって官邸や内閣府の諸会議体と厚生労働省の検討会、審議会で議論が続けられている案件です。すなわちまず、2000年の総合規制改革会議の答申を受けて、2003年の労働基準法改正時に解雇権濫用法理が同法第18条の2に書き込まれた際に、労政審答申には金銭補償の仕組みも盛り込まれたのですが、法案の国会提出の間際に撤回されました。次に2005年の労働契約法制の在り方研究会報告に基いて、2006年に労政審労働条件分科会で議論されたときも、最終的には先送りとなりました。その後第2次安倍政権下で2013年から規制改革会議や産業競争力会議が議論を再燃させ、『日本再興戦略』の閣議決定を受けて、2015年から厚労省の透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方検討会で議論がされ、さらに解雇金銭救済制度の法技術的論点検討会で細かな議論が詰められ、2022年からは労政審労働条件分科会で何回か審議が行われています。この間、筆者も政府の求めに応じ、労働局あっせん、労働審判、裁判上の和解における金銭解決の実態調査を繰り返してきたので、人ごとではない感覚を持っています。ところで、この解雇の金銭救済制度については、労働組合サイドは絶対反対のスタンスであるというのが、多くの人々の常識でしょう。確かに、連合は繰り返し「不当解雇を正当化しかねない制度は断じて認められない」、「労働者保護のため制度導入阻止に向けて取り組む」と述べています。しかしながら、金銭解決制度が不調に終わった上記2000年代半ば頃までは、連合自体ではないにしても、連合と密接な関係を有する関係団体が、解雇に関する立法提言を行っており、その中では労働者側の請求による金銭救済制度の導入も求めていたのです。現時点ではほとんど忘れられた昔の文書ですが、労働側から見ても解雇の金銭救済制度というのは検討する値打ちのある制度であるということを問わず語りに示している文書ではないかと思われますので、20年ぶりの古証文を掘り返して見たいと思います。まず、労働側弁護士の集まりである日本労働弁護団が、その機関誌『季刊・労働者の権利』2002年夏号(245号)に掲載した「解雇等労働契約終了に関する立法提言及び解説」を見てみましょう。同提言は、まず解雇には正当事由が必要であるという規定を打ち出します。第2(解雇の正当理由)使用者は、労働契約を維持しがたい正当な理由が存在しなければ、労働者を解雇することができない。このように、2003年改正で条文化された解雇権濫用法理ではなく、立法論としては正当事由説に立っていたのです。その理由は、「解雇権濫用法理は、あくまでも立法の不備を補うものであり、また、その内容が一般市民に十分浸透し理解されているとは言い難い。そこで、まず、正当な理由がなければ解雇できないという基本原則を法律上明記することとした」というものです。今では権利濫用説か正当事由説かという論争は忘れ去られてしまっていますが、そもそも論からいえば権利を行使するするのが当たり前で、(宇奈月温泉事件のような)特別な例外の場合だけ権利の濫用として無効とするという法的テクニックを、多くの解雇事案に恒常的に使い続けるという法律的には異常な事態に対する違和感が、少なくともこの時期にはまだ残っていたことがわかります。これを受けて、整理解雇と能力・行為を理由とする解雇についての細かな規定を設けています。第3(経営上の理由による解雇)経営上の理由による解雇が正当となるためには、次の各号のいずれも充足されていなければならない。一 解雇しなければならない客観的かつ合理的な経営上のやむをえない必要性が存在すること二 解雇回避の努力が尽くされたこと三 解雇対象者の人選基準が客観的合理性を有し、かつ、その適用が公平になされること但し、使用者は、被解雇者を選定する際、再就職の難易及び生活上の打撃など労働者の被る不利益をも考慮して、より社会生活上の不利益の少ない労働者を選定しなければならない。四 使用者と労働者、労働者の所属する労働組合があるときは当該労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合があるときは当該労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との間で、説明協議が誠実に尽くされること第4(労働者の労働能力又は行為を理由とする解雇)労働者の労働能力又は行為を理由とする解雇が正当となるためには、次の各号がいずれも充足されていなければならない。一 労働者の労働能力又は行為に関して、解雇しなければならない客観的かつ合理的な理由が存在すること二 警告、再教育、配置転換等の解雇回避の措置によって労働契約を維持できる可能性があるときは、使用者においてかかる解雇回避の努力を尽くしたこと三 使用者が労働者に対し、解雇理由に関する説明を尽くし、弁明の機会を付与したこと四 労働者が所属する労働組合、又は、労働者の過半数を組織する労働組合(これがないときは労働者の過半数を代表する者)から説明協議の求めがあったとき、使用者が誠実にこれを尽くしたこと第3は整理解雇4要件を若干膨らませて条文化したものですが、第4は過去の諸判例に現れた判断要素を類型化したものです。この後、第5(解雇理由の告知)、第6(解雇予告)、第7(退職)、第8(解約通知等の撤回)、第9(みなし解雇)、第10(有期雇用)といった条文案が並んでいますが、その最後にこういう条文案が提起されていたのです。第11(違法解雇等の救済方法)1 この法律若しくは他の法律に反して解雇が行われた場合、又は、解約通知等が撤回若しくは取り消された場合、労働者は使用者に対して、次の各号のいずれかを選択して請求することができる。一 労働契約上の地位の確認、原職又は原職相当職での就労請求、賃金請求、及び、精神的損害等に対する賠償請求二 得べかりし賃金相当額及び精神的損害等に関する賠償請求2 原職又は原職相当職が存在しない等客観的かつ合理的な理由があるとき、使用者は、労働者の原職又は原職相当職への就労請求を拒むことができる。見ての通り、この第1項第1号はこれまでの裁判例に沿って、解雇無効に基づく地位確認とバックペイ請求等ですが、第2号は地位確認なしの金銭賠償のみの請求です。つまり、この時点での日本労働弁護団は、地位確認請求+バックペイ請求等と金銭救済のみの二本立ての救済方法を考えていたのです。その理由について、同提言の解説はこう述べています。「しかしながら、解雇を巡る紛争においては、『解雇は納得できないが、さりとて人間関係が破壊されているので職場復帰したくない。でも、企業に法的責任をとらせたい』という要求が多数存在する。このため、職場復帰を求めなくとも金銭賠償を請求することを可能とする方途を講じる必要があり、かつ、将来の賃金相当額の賠償も認めて、金銭賠償総額の水準を引き上げる必要がある。」そしてドイツの金銭解決制度を紹介しつつ、「日本においても、これらと同様に法律を整備する必要がある。但し、ドイツのように違法な解雇を行った使用者に金銭補償の申出権を認める必要はない」と述べていました。これはまさに、現在厚生労働省の労政審で審議の対象となっている労働者からのみ金銭救済の申立てを認める発想とほぼ同じです。現在の日本労働弁護団は、この考え方に猛反発していますが、20年前には自ら唱道していたのです。もう一つは、連合のシンクタンクである連合総研が、厚労省の労働契約法制の在り方研究会報告が出された直後の2005年10月に公表した『労働契約法試案』です。これは毛塚勝利氏を主査として、労働法学者8名が執筆したものですが、そのうち労働契約の終了に関する規定案は次のようなものでした。基本規定と救済に関する規定を見てみましょう。(解雇理由)第53条 解雇は、就業規則その他の文書において規定した解雇理由に基づくものでなければならない。2 解雇は、客観的に合理的な理由に基づき、社会通念上相当であると認められる場合でなければ、その効力を生じない。(解雇無効の救済)第60条 裁判所が解雇の無効を確認した場合には、使用者は解雇された労働者を原職又はそれと同等の職に戻さなければならない。2 前項の規定にかかわらず、裁判所は労働者の請求に基づき、労働契約を終了させて、使用者に補償金を命じることができる。3 前項にいう補償金は、平均賃金の180日分以上の額であるものとする。ただし、解雇が強行法規又は公序に反してなされたと判断するときは、前項にいう補償金は、平均賃金の360日分以上の額であるものとする。4 第2項にいう補償金は、解雇が無効とされた理由、解雇手続の履行状況、労働者に支払われていた賃金の額、労働者の在職年数、年齢等の事情を考慮して、定めなければならない。5 第2項に基づき、裁判所の命令により労働契約を終了させるときは、労働契約の終了の時点は、当該命令の発令時とする。こちらも、第60条第2項は「労働者の請求に基づき」と、労働者側請求のみを認め、使用者側請求による金銭補償を認めていません。逆に言えば、現在厚生労働省の労政審で審議の対象となっている労働者からのみ金銭救済の申立てを認める発想と同じであり、それをしも否定するような発想ではなかったのです。
もうすぐ刊行される『ジュリスト』12月号は、「日本版DBS法」が第2特集で、神吉知郁子さんが「性犯罪歴の確認と労働契約の締結・変更・解消――労働法の視点から」という興味深い論考を寄せていますが、後ろの方の労働判例研究のコーナーでは、わたくしがある裁判例を取り上げています。多分、他の真っ当な労働法学者であれば取り上げることがないであろう一見キワモノ的な裁判例ですが、いやいやこれが面白いネタの宝庫なのです。先日、京都産業大学で行われた日本労働法学会の大シンポジウムの最後っ屁の質問で取り上げた、職業安定法上の「雇用」概念に関する最高裁判決(最一小判昭和29年3月11日刑集8巻3号240頁)も出てきます。
労働判例研究アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性-アダルトビデオプロダクション労働者供給事件東京高判令和4年10月12日(令和3年(う)第931号 各職業安定法違反被告事件)判例タイムズ1516号142頁〔参照条文〕職業安定法4条8項、44条、63条2号、64条9号(令和4年法律第12号改正前)
RENGO ONLINEに、落合けいさんが「今どきネタ、時々昔話」というコラム記事で、拙著『家政婦の歴史』にも言及されています。
https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2024/11/20/4909/
ケア労働が「家庭の役割」とされている以上両立問題は解決できない。そして「ケア労働も労働である」と考えなければ、有効な過労死防止対策はとれないと思う。
それと関連するように思うのが、東京高裁で逆転判決が出た「家政婦過労死事件」(2024年9月19日)である。事件を知ったのは、濱口桂一郎先生が書かれた『家政婦の歴史』(文春新書、2023年7月)を読んでのことだ。「家事使用人」には労働基準法が適用されないと知って、またそれを理由に1週間泊まり込みで家事・介護にあたった家政婦の過労死が労働基準監督署でも地裁でも認定されなかったと知って、本当に驚き、無知を恥じた。事件の経緯や本質的な問題については、ぜひ『家政婦の歴史』を読んでもらいたいが、濱口先生は「長年の虚構を捨て、家事・介護の労働者派遣事業であると正面から認めることが、彼女たちを救う唯一の道だ」と訴えている。
こういう形で拙著を読んでくださる方がいるのを見つけると、とてもうれしくなります。
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