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2019年11月22日 (金)

日本型人事の花いちもんめ

小峰隆夫さんが「帰ってきた経済白書」というエッセイを書かれています。

https://www.jcer.or.jp/j-column/column-komine/20191118-4.html

冒頭、鶴光太郎、前田佐恵子、村田啓子『日本経済のマクロ分析 低温経済のパズルを解く』(日本経済新聞出版社)の著者3人がいずれも内国調査課の課長補佐経験者だと話を振っておいて、

・・・良い仕事をするコツは、良い人を得ることである。経済白書は補佐クラスの3~4人が原案を書く。この原案執筆者に人を得ることが、良い白書を作る上で決定的に重要である。

 では誰がその補佐クラスの人事を決めるのか。役所の人事の決め方にはいくつかの方法がある。一方の極端は「人事当局(秘書課)が一方的に通告してくる(Aタイプ)」というやりかたであり、もう一方の極端は「現場(課長)の方が特定の人を指名する(Bタイプ)」というやりかたである。ただしこれは両極端だから、現実にはこの中間の形を取る。つまり、ある程度の候補者の中から、人事当局と現場の課長が話し合って決めるということになる。・・・

役所という極めてメンバーシップ型の組織の中で、経済白書を執筆するというかなり特定のスキルを要求されるジョブに誰を充てるかという、日本の組織では結構見られるシチュエーションを、自らの経験に即して絵解きしています。

・・・例えば、私にはこんな経験があった。一つは、私自身が最初に内国調査課の補佐になった時のことである。当時私は、経済研究所で計量モデルの仕事をしていたのだが、突然内国調査課の補佐への異動を伝えられた。当時研究所で上司であったA氏は私に、「君を取られると我々も困るんだが、内国調査課長が是非君を補佐に欲しいと言ってるんでねえ。それに君にとってもこれは良い話だからね」と言った。つまり、私が補佐になったのは、当時内国調査課長であった横溝氏が私を指名したからであった。また、その人事案にA氏が反対しなかったのは、A氏自身がかつて内国調査課補佐を勤めた経験があるので、そのポストの重要性を良く知っていたからなのだった。 もう一つは、その1年後の話である。私が内国調査課補佐になった時、筆頭補佐は大来洋一氏(故人)であった。大来氏の任期が近づいたある時、守屋課長が私のところに来て「今、大来君の後任を誰にするか考えているのだが、新保さん、Bさん、Cさんの中で誰が適当だと思いますか」と訊ねたのだった。私は迷わず「それはもちろん新保さんでしょうね」と答えた。そしてその通り、新保氏が補佐になった。これは、守屋課長が私のアドバイスも参考にして新保氏を指名し、人事当局もその希望どおりにしたということである。

 こうした経験があったので、私も普段から「次の補佐を誰にしようか」ということを考えていた。補佐交代の時期が近づいてきたとき、私はかねてから考えていたD氏を人事当局に申し入れた。D氏は当時、エコノミスト的な仕事ではなく、行政的な仕事に従事していたのだが、私はその人物の人柄やエコノミストとしての素質を高く評価していたのだ。人事当局は「いいんじゃないですか。相談してみましょう」ということだったのだが、この人事は実現しなかった。その時D氏が所属していた課の課長が「今、当課は重要な業務の真っ最中であり、この時期にD氏を動かすことはできない」と強く拒否したからである。

 「現場がD君を離さない」と聞いた時、私は「こうして人の運命が分かれるのだな」とため息をついた。かつて私が補佐に指名された時、研究所の上司は「困ったな」とは思いながらも、私の将来を考えて、反対はしなかった。私は内国調査課の補佐となり、3回の白書を書く中でエコノミストとしての力を磨き、最初の著作を出すことができた。今日の私があるのは、この時補佐として内国調査課に配属されたからだとさえ言える。

 D氏はその後、行政的な分野でさらに実績を積み、かなり重要なポストにまで上り詰めている。それはそれで一つの人生だ。しかし、もしこの時、D氏が内国調査課の補佐になっていたら、D氏はエコノミスト的な分野で実績を積み、全く異なる人生を歩んでいた可能性があったのだ。

個人名がぞろぞろ出てきてリアル感たっぷりですが(旧経企庁の方なら、アルファベットの人名も全部わかるのでしょう)、日本型組織における人事メカニズム(少なくとも組織にとって枢要なポストについての)が、人事センターと現場管理者とのネゴシエーションであるという、誰もがうすうすわかっているけれども、人事管理の教科書なんかではあんまり明示的に書かれていないことが、非常にくっきりと浮かび上がってくるエッセイです。

 

2019年11月21日 (木)

パワハラ指針ほぼ確定?

もめていたパワハラ指針ですが、昨日の労政審雇環分科会でいったん出した案をもう一度修正したのを出しなおすなどして、ようやくほぼ確定したようです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000568623.pdf (当初案)

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000568624.pdf (修正案)

イ 身体的な攻撃 (暴行・傷害
(イ)該当すると考えられる例
①殴打、足蹴りを行うこと。
②相手に 物を投げつけること。
(ロ)該当しないと考えられる例
①誤ってぶつかること。
ロ 精神的な攻撃 (脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言
(イ)該当すると考えられる例
①人格を否定するよう な 言動を行うこと。 (例えば、 相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
(ロ)該当しないと考えられる例
①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して 一定程度 強く注意をすること。
② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、 一定程度 強く注意をすること。
ハ 人間関係からの切り離し (隔離・仲間外し・無視
(イ)該当すると考えられる例
①自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
(ロ)該当しないと考えられる例
①新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に 別 室で研修等の教育を実施すること。
②懲戒規定に基づき 処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その 前に、 一時的に別 室で必要な研修を受けさせること。
ニ 過大な要求( 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制 ・ 仕事の妨害)
(イ)該当すると考えられる例
①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
②新卒 採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底 対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
(ロ)該当しないと考えられる例
①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。
ホ 過小な要求( 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(イ)該当すると考えられる例
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
(ロ)該当しないと考えられる例
①労働者の能力に応じて、 一定程度 業務内容や業務量を軽減すること。
ヘ 個の侵害( 私的なことに過度に立ち入ること)
(イ)該当すると考えられる例
①労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
②労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
(ロ)該当しないと考えられる例
① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
② 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

 

 

G型L型と英語4技能と「身の丈」

「東大はグローバルに活躍する人材を輩出するところなんだろう、英語で発信する能力が絶対に必要じゃないか、だったらしっかりと英語4技能を測る試験をするべきではないか」というのは全く正しい。ただし、「東大独自の二次試験でな」と付け加えておく必要がある。

東大だけではなく、同様にグローバル人材を目指すG型大学にも同じことを言っていいし、言うべきだろう。国際会議で黙りこくるような「受験エリート」は要らないんだ、と。

とはいえ、そんなたいそうなことは考えず、ローカルに活躍する人材を育てようと思っているようなL型大学にまで、同じことを要求するのは無理無体というもの。

そう、求められる英語の技能水準も当然「身の丈に合った」ものである必要がある。

問題の根源は、「身の丈」を無視して、全国一律に、G型もL型もひっくるめて、大学共通テストといういわば最低要件的な性格の試験に、4技能を測ることを求めようとしたことにあるはず。

ところが、悪しき平等主義が、その技能が求められるべき者と求められるわけではない者とを無差別に扱うことを要求したために、中途半端な民間試験を活用せざるを得なくなり、その不完全さが露呈するという事態になった。

なのに、それが国民レベルでの問題となったのは、「身の丈」発言によって平等主義に反するものと受けとられてしまったからだというのが、今回の経緯の最大の皮肉。

政治家も官僚もマスコミも国民もみんな、どういう技能がどういう人に必要で、どういう人に必要ではないのかという次元に立ち戻った議論が全然できなくなっている。

まあ、そもそも日本社会における英語教育というのはいかなる意味でも「職業技能」ではなかったということの論理的帰結かもしれない。

2019年11月20日 (水)

労基法の管理監督者とは異なる女活法の『管理職』@『労基旬報』2019年11月25日号

『労基旬報』2019年11月25日号に「労基法の管理監督者とは異なる女活法の『管理職』」を寄稿しました。

 今年の5月に成立した女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律は、タイトルにある女性活躍推進法(女活法)よりもパワハラを規定する労働施策総合推進法の方が遥かに注目されました。現在も労政審の雇用環境・均等分科会でパワハラ指針をめぐって熱い議論が闘わされています。確かに女活法の改正は事業主行動計画の作成義務が300人超企業から100人超企業に拡大されるということなので、あまり注目されないのも仕方がありません。とはいえこの女活法、じっくり読んでいくと労働法上議論のネタになりそうな概念が潜んでいるのです。
 それは、女活法第8条第3項で一般事業主行動計画に記載しなければならない「管理的地位にある労働者に占める女性労働者の割合」の「管理的地位にある労働者」という概念です。これを受けた女性の職業生活における活躍の推進に関する法律に基づく一般事業主行動計画等に関する省令第2条第1項第4号では、これを「管理職」と呼んでいます。
(女性の職業生活における活躍に関する状況の把握等)
第二条 法第八条第一項に規定する一般事業主が、一般事業主行動計画を定め、又は変更しようとするときは、直近の事業年度におけるその事業における女性の職業生活における活躍に関する状況に関し、第一号から第四号までに掲げる事項を把握するとともに、必要に応じて第五号から第二十五号までに掲げる事項を把握しなければならない。・・・
四 管理的地位にある労働者(以下「管理職」という。)に占める女性労働者の割合
九 管理職、男性労働者(管理職を除く。)及び女性労働者(管理職を除く。)の配置、育成、評価、昇進及び性別による固定的な役割分担その他の職場風土等に関する意識(派遣労働者にあっては、性別による固定的な役割分担その他の職場風土等に関するものに限る。)
十七 各職階の労働者に占める女性労働者の割合及び役員に占める女性の割合
 この「管理職」概念はまた、女活法第9条に基づく一般事業主の認定基準にも顔を出します。
(法第九条の認定の基準等)
第八条 法第九条の厚生労働省令で定める基準は、次の各号のいずれかに該当することとする。・・・・
(4) 直近の事業年度における管理職に占める女性労働者の割合が産業ごとの管理職に占める女性労働者の割合の平均値以上であること又は直近の三事業年度ごとに当該各事業年度の開始の日に課長級より一つ下の職階にあった女性労働者の数に対する当該各事業年度において課長級に昇進した女性労働者の数の割合を当該三事業年度において平均した数を直近の三事業年度ごとに当該各事業年度の開始の日に課長級より一つ下の職階にあった男性労働者の数に対する当該各事業年度において課長級に昇進した男性労働者の数の割合を当該三事業年度において平均した数で除して得た割合が十分の八以上であること。
 このように、「管理職」に占める女性の割合は女性の活躍ぶりを測る重要な指標とされているわけです。そのこと自体は特に異とする必要はありません。ただ、この「管理職」という言葉、ややもすると労働法の他の法律で用いられている似たような響きの言葉とごっちゃにされてしまいかねない危険性を孕んでいます。いうまでもなく労働基準法第41条第2号の「事業の種類にかかわらず監督又は管理の地位にある者」、いわゆる「管理監督者」です。通常の日本語感覚から言えば、女活法は「管理」だけで、労基法は「管理」んに加えて「監督」も入っているのだから、後者の方が広いのだろうと考えてしまいかねません。そうでなくても、「管理職」の方がずっと広くて「管理監督者」は厳密にはとても狭いのだという認識を持つのはなかなか難しいところでしょう。
 いうまでもなくこれは、女活法の「管理職」がその概念を労働法の世界からではなく別のところから持ってきたからなのですが、それはなんだかお分かりでしょうか。女活法の通達(平成27年10月28日雇児発1028第5号)を見てみましょう。
ウ 省令第2条第1項第4項の「管理職」とは、「課長級」及び課長級より上位の役職にある労働者の合計をいうこと。
「課長級」とは、次のいずれかに該当する者をいうこと。
①事業所で通常「課長」と呼ばれている者であって、その組織が二係以上からなり、若しくは、その構成員 が 10 人以上(課長を含む。)のものの長
②同一事業所において、課長の他に、呼称、構成員に関係なく、その職務の内容及び責任の程度が「課長級」に相当する者(ただし、一番下の職階ではないこと。)
 「課長級」の「級」に示されているように、この「管理職」概念は「組織を管理する」という機能からは切り離された職能資格制度における「偉さ」の程度です。確かに、会社組織の中で女性がどれくらい「偉い」地位に到達しているのかが重要なのであれば、実際に管理しているかいないかにかかわらず管理職クラスの人数を数えればいいでしょう。その意味では、女活法の世界ではこの「管理職」概念はそれなりに合理的といえます。
 とはいえ同じ労働法の世界で、いわゆる「名ばかり管理職」という形で、世間で言う「管理職」には該当するかも知れないけれども、労基法上の「管理監督者」には該当しないのだ、といった議論を展開しているそのすぐそばで、堂々とその世間で言う「管理職」を用いて事業主に行動計画を作らせているというのも、なかなかにシュールな世界ではあります。

 

 

日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?@『情報労連REPORT』11月号

1911_cover 『情報労連REPORT』11月号が届きました。今号の特集は「日本の賃金・人事評価の仕組みはどうなっている?」です。

http://ictj-report.joho.or.jp/1911/

冒頭に来るのは今をときめく小熊英二さんで、「職務の平等より社員の平等」等と、例の分厚い新書のエッセンスを語っています。

http://ictj-report.joho.or.jp/1911/sp01.html

次は『POSSE』でその小熊さんと木下武男さんの対談に割って入った今野晴貴さんで、「職業の再建」を訴えています。

http://ictj-report.joho.or.jp/1911/sp02.html

その中身はリンク先を読んでいただくのがいいですが、こんな興味深い図が使われています。

1911_sp02_01

続く遠藤公嗣さんは企業横断的な職務給を唱道していますが、一方後ろの方の金子良事さんは賃上げのための労働組合の課題を論じていて、いささか雑多な印象を与えてはいます。

我らが常見陽平さんの連載は、今回は「労働組合役員の「働き方改革」「おまいう案件」にならないために」というタイトルで、「おまいう」すなわち「お前が言うか!」というのはあちこちにいっぱいありますね。そういえば、私がその昔労働省労働基準局労働時間課で労働時間短縮がどうとかこうとかいう文書を山のように作成していたのも、概ね深夜だったなあ。

 労組幹部は、労働者の権利を守るため、拡大するために日々、闘っている。しかし、熱が入るあまりに、本人自身が過労気味になっていないか。さらには、プライベートを犠牲にしていないか。自らが労働者、生活者として過酷な日々を送っていたとしたら、感謝されるどころか「ああはなりたくない」と言われるかもしれない。「おまいう案件」そのものである。・・・・

 

2019年11月19日 (火)

児童手当の雇用システム的意味

財務省が誤ったデータをもとに児童手当の削減を主張していたということで、そのデータ元の厚生労働省もろとも批判されています。データミスが批判されるのは当然ですが、むしろ、この件の背後には、会社がそのぶんまで年功賃金を支払ってくれているんだから、国の児童手当なんてそもそもまともに役立っているはずないだろうという、ある時期までの日本社会ではかなり一般的であったであろう発想が濃厚にあるように思われます。だからこそ、財務省の担当者はデータは間違いだったとしても見直しの議論は進めるといっているわけで、そこのところの問題の根っこを議論せずにデータミスの問題だけにしてしまうのは、むしろもったいない論点であるように思われます。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/child-allowance_jp_5dce036ce4b0294748146e14

26184472_1 この問題については、『日本の雇用と中高年』の最後の章でやや詳しく論じていますので、そこのところを部分的に引用しておきます。

・・・1960年代までは経営側も政府も日本型雇用システムに対しては批判的で、職務給への移行を唱道していました。労働側が程度の差はあれそれにためらいがちであった最大の理由は、それが「特に中高年齢層の賃金を引き下げ」るものだったからです。年功制による中高年の高賃金を引き下げて困るのはなぜでしょうか。子供の養育費や教育費、住宅費など家族生活を営む上で必要なコストをまかなえなくなるからです。しかし、考えてみれば、欧米諸国でもそうした費用は同じようにかかるはずです。職務給の国では、いったいそれらをどのようにまかなっているのでしょうか。・・・・・ 

 この年齢別賃金と生計費とのギャップはどのようにして埋められているのでしょうか?白書は当時のフランスの児童手当についてやや詳しく説明しています。・・・・・ 

 このほか住宅費用についても詳しく説明していますが、これらを裏返していえば、欧州諸国では公的な制度が支えている子供の養育費、教育費、住宅費などを、日本では賃金でまかなわなければならず、そのために生計費構造に対応した年功賃金制をやめられなくなっているということが窺われます。
 こうしたことは、実は1960年代には政労使ともにほぼ共通の認識でした。それゆえに、ジョブ型社会を目指した1960年代の政府の政策文書では、それにふさわしい社会保障政策が高らかに謳いあげられていたのです。
 例えば、1960年の国民所得倍増計画では、「年功序列型賃金制度の是正を促進し、これによって労働生産性を高めるためには、すべての世帯に一律に児童手当を支給する制度の確立を検討する要があろう」と書かれていますし、1963年の人的能力開発に関する経済審議会答申でも、「中高年齢者は家族をもっているのが通常であり、したがって扶養手当等の関係からその移動が妨げられるという事情もある。児童手当制度が設けられ賃金が児童の数に関係なく支払われるということになれば、この面から中高年齢者の移動が促進されるということにもなろう」とされていました。
 しかし、ようやく1971年に児童手当法が成立したころには時代の雰囲気は変わりつつあり、その後は日本型雇用システムを望ましいものと評価する思想が強くなる一方でした。その中で児童手当は、「企業に家族手当があるのにそんなものいらない」という批判の中で細々と縮んでいくこととなります。高度成長期の問題意識も失われ、教育費や住宅費は賃金でまかなうのが当たり前という社会が強化されていったのです。

 ところが、1970年代以降の年功賃金への高評価は、それがそもそも立脚していた生計費をまかなうための生活給であるという原点を隠蔽する形で進んでいったのです。
 かつて政府や経営側が職務給を唱道していたときには、労働側の反論は「それでは中高年は生活できない」というものでした。そうであればこそ、それなら中高年の家庭生活を維持できるような社会保障制度を確立しなければならないという議論につながり得たわけです。
 ところが、1970年代以降に労働経済学で主流となっていった知的熟練論では、そもそも中高年が高賃金となっているのは生計費をまかなうためなどという外在的な理由ではなく、労働力そのものが高度化し、高い価値のものになっているからだと、正当化理由が入れ替わってしまっていたのです。その意味では、労働の価値自体にはあまり差はないのに、生活のために高い賃金をよこせと言わざるを得ない後ろめたさを感じていた中高年労働者にとっては、大変心地よいロジックを提供してくれるものだったと言えるかも知れません。しかし、好況期にはそのロジックを信じている振りをしている企業であっても、いざ不況期になれば、「変化や異常に対処する知的熟練という面倒な技能を身につけ」たはずの中高年労働者が真っ先にリストラの矛先になるのが現実でした。
 まことに皮肉なことに、生計費ゆえのかさ上げではなく労働力の価値が高いから高い賃金をもらっているはずだったのに、企業からそれだけの値打ちがないと放擲されてしまった中高年労働者は、本人の能力が低かったからそういう目に遭うのだという形で問題が個人化されてしまい、生計費がかかる中高年労働者の共通の問題としてそれを訴える道筋が奪われてしまうという結果になってしまうのです。中高年に心地よいロジックの裏側には罠が仕掛けられていたというべきでしょうか。
 そしてその罠のマクロ的帰結は、1960年代まではあれほど熱心に論じられていた中高年労働者の生計費をまかなうための社会保障制度という領域が、その後はほとんど議論されなくなってしまったことでしょう。

・児童手当の迷走

 1960年代には年功賃金制を是正するための切り札として、国民所得倍増計画をはじめとする累次の政府の政策文書で、児童手当に対して熱いまなざしが注がれていました。ところが、ようやく1971年に児童手当法が成立する頃には、世の中の雰囲気は変わりつつあったのです。
 児童手当は被用者については使用者拠出を主とする社会保険制度として設計されました。ですから制定当時は第5の社会保険と呼ばれたのです。医療、年金、労災、失業に続く第5の社会保険です。しかし、財政当局の姿勢が厳しく、所得制限が付けられた上、第3子以降にのみ月3000円(1975年以降は月5000円)支給されるという形での出発でした。当時は「小さく産んで大きく育てる」と言われたようですが、その後の推移は小さく産まれた子供をさらに収縮させていったのです。対象年齢が義務教育終了までとなった1974年は、日本の雇用政策の方向性が企業主義に大きく転換する潮目でもありました。その後は財政当局や経営側から、児童手当の廃止論が繰り返し叫ばれるようになります。
 たとえば、1979年の財政制度審議会報告は、日本では養育費の社会的負担という考え方はなじみにくい上に、賃金体系が家族手当を含む年功序列型の場合が多く、生活給の色彩が強いので、児童手当の意義と目的には疑問があると述べています。年功賃金をなくすために児童手当が必要と謳っていた60年代とは打って変わり、年功賃金があるから児童手当なんか要らないという議論が大手を振ってまかり通るようになっていたわけです。
 その後の児童手当は、少子化対策の一環として出産奨励的な色彩を強めつつ、対象年齢が引き下げられていきました。1986年からは第2子から、1991年からは第1子から支給されるようになる一方、支給対象年齢は9歳、5歳、4歳、3歳と引き下げられていったのです。子供の養育や教育にお金がかかる時期を公的に支援しようという発想は、もはやなくなっていたと言えましょう。象徴的なのは、1997年に介護保険法が制定されたとき、当時の厚生省はこれを第5の社会保険と呼んだのです。30年近く前に作られた児童手当は、このときにはもはや社会保険の座から失脚していたということなのでしょう。
 2000年代に入ると、再び支給対象年齢が引き上げられていきます。6歳まで、9歳まで、12歳までと徐々に引き上げられていくとともに、2007年には3歳までは月1万円となりました。そして、2009年に政権についた民主党は、そのマニフェストで「中学卒業までの子ども1人当たり年31万2000円(月額2万6000円)の「子ども手当」を創設する」と訴え、2010年にはその半額の1万3000円で中学卒業まで所得制限のない制度となりました。
 当時私は、民主党政権の課題を論じた文章(「労働政策:民主党政権の課題」『現代の理論』21号)の中で、こう述べました。

 まずは、一見労働政策とは関係なさそうに見えるマニフェストの第2「子育て・教育」である。選挙戦でもっとも華々しく論じられた子ども手当の創設は、育児や教育にかかる費用は個別正社員の生活給でまかなうのではなく、公的な給付として社会全体で支えていくという正しい方向性を示している。実はこの方向性は50年近く前の国民所得倍増計画で明確に示されていたものであり、それを受けて1971年に児童手当が創設されていた。ところがその後「企業に家族手当があるのにそんなもの要るのか」という批判の中で細々と縮んでいき、ようやく最近になって拡大の方向に転換したところである。半世紀前に提起されていた課題に、今ようやくスポットライトが当たり始めたというべきであろう。

 ところが、この制度に対して野党の自民党やマスコミからバラマキ政策だという批判が投げかけられると、民主党政権はあっさりと子ども手当を廃止し、2012年からもとの児童手当に戻してしまいました。彼ら自身も、これを選挙目当てのバラマキ政策だとしか考えていなかったことが露呈したわけです。私が「正しい方向性」などと褒めたのは、とんだ見当外れだったようです。

 

2019年11月18日 (月)

経団連は厚生年金保険の適用拡大に賛成

去る11月13日付で、経団連が「経済成長・財政・社会保障の一体改革による安心の確保に向けて~経済構造改革に関する提言~」というのを公表しています。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/098_honbun.pdf

例によってSociety5.0から始まって(個人的にはこの言葉あんまり好きじゃなくて、Industry4.0第四次産業革命という言い方の方がぴったりするんですが、それはともかく)、わりと総花的にあれこれ書かれていて、その中には、こんなちょっと「?」がつくような一節もあったりしますが(なんでジョブ型にしたらエンゲージメントが高まるのかよくわからない。別の軸の話でしょう)、

また、企業が生産性を向上させ、持続的に活力を生み出していくためには、働き手のエンゲージメント25を高める必要がある。そのために、個々人が能力を一層発揮しながら働けるよう、雇用システムの変革が重要となる。今後、企業においては、従来のメンバーシップ型雇用26に加えて、ジョブ型雇用27のさらなる活用に向けた検討が求められる。政府においては、個々人の能力の発揮や希望の一致につながる形で、柔軟な働き方の拡大や人材移動の円滑化を推進すべきである。 ・・・

ここではそっちじゃなく、社会保障の話から:

①年金制度改革
現在でも、多様な人材がそれぞれの選択に基づく様々な働き方を行っているが、今後ともこの傾向は続くことに加え、高齢者の就労期間の延長も進んでいる。こうした中、公的年金制度として、年金財政への影響を中立的にすることを前提に、まずは受給開始年齢の選択67をより弾力化していく必要がある。あわせて、高齢者に限らず、働き方や家族のあり方が大きく変化し、働きたい人が就労調整を行うことを意識しないで働くことができる環境を整える必要性が高まっていることから、企業規模要件の見直しをはじめ、被用者保険の適用拡大を進めるべきである68。その際、中小企業の生産性向上に関する支援策を講じることが求められる。
なお、在職老齢年金制度69の廃止によって、高齢者の就業促進を図るという意見がある。しかし、その単純な廃止は、過去の提言で述べてきたとおり、平均的な現役世代に比べ恵まれた年金受給者の給付を増やすことを意味し、真に必要な人への給付の重点化には相反する。65 歳以上において本制度を廃止した場合、これまでのところ、就業抑制効果は限定的といわれており、また、将来世代の年金給付水準(所得代替率70)が低下することに留意する必要がある。 ・・・

おっと、経団連は明確にパートタイム労働者への適用拡大(中小企業への拡大)を掲げてますね。パート・アルバイト多用型ビジネスモデルをいつまでも擁護しきれないという判断でしょうか。

また、在労の見直しにも大変否定的な態度であることがわかります。

2019年11月15日 (金)

副業・兼業で議論されている問題点@『月刊人事労務実務のQ&A』2019年12月号

1281691969_o 『月刊人事労務実務のQ&A』2019年12月号に「副業・兼業で議論されている問題点」を寄稿しました。

政府の「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日「働き方改革実現会議」決定)で盛り込まれた副業・兼業の促進問題。厚生労働省はモデル就業規則にあった「許可制」の規定を「届出制」に改定するなど新たな動きもみられました。また、副業を許可制から届け出制にして認める企業の動きも見え始めました。その一方で、副業・兼業がもたらす長時間労働やそれに伴う健康管理の確保などの懸念が議論される中、この8月8日には、厚生労働省の「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」が検討結果の報告書を公表しました。ただし、この報告書は、健康確保措置に関しては、労働者の自主申告を前提に労働時間を通算して把握し、措置を講ずることや自主申告を前提にしても通算せずに措置を講ずることなど複数の選択肢を提示するという複雑な内容となっています。そのため既に副業・兼業を認める決定をした企業や検討中の企業には戸惑いが生まれています。こうした副業・兼業をめぐる様々な問題について、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎労働政策研究所長に解説してもらいます。

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 ここ2年余りにわたって、政府は副業・兼業の推進に大変前のめりの姿勢を示し、労働社会保険制度やとりわけ労働時間規制のあり方の見直しを進めています。今回は、この動きがどうして始まったのか、制度の見直しの方向性はどうなのか、そしてそもそもこの問題をどう考えるべきなのか、といった諸点について、包括的に概観したいと思います。・・・・・

 

『POSSE』vol.43

9784906708819_600 『POSSE』vol.43をお送りいただきました。今号の第1特集は「拡大する中高年の貧困問題」、第2特集は「外国人労働者とともに」です。後者には、台湾で外国人労働者のために活動している青年ユニオンの人も登場していて、興味深いのですが、ここでは特集以外の記事で、『日本社会のしくみ』の小熊英二さんとジョブ型論者の木下武男さんの対談を紹介しておきましょう。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784906708819

「日本型雇用崩壊」の内実から格差社会への処方箋を問い直す――ジョブ型労働運動はどんな労働者層を救うのか?
木下武男(労働社会学者)×小熊英二(慶應義塾大学教授)

ただこの対談、途中で今野晴貴さんが見かねて介入しているんですが,確かにいささか噛み合っていないところがあります。職種別労働運動を掲げる木下さんに対して、小熊さんは、欧米みたいに職種別にしたって、格差はなくならないんじゃないか、はじかれる人は変わらないんじゃないか,と問いかけています。それはまったくそうなんですが、問題点が少しずれている感はありますね。

◆第一特集「拡大する中高年の貧困問題」
子どもの貧困からワーキングプアへ――貧困を拡大再生産するシステムのループから脱出するために
渡辺寛人(本誌編集長)

女性の視点から考える中年フリーター問題――保育労働市場の改善と地域拠点としての保育所の必要性
小林美希(ジャーナリスト)

「男性世帯主依存モデル」の歪みの総決算としての中高年女性の貧困
竹信三恵子(ジャーナリスト)

仙台発の「大人食堂」――ワーキングプアの集まる場の創出
森進生(仙台けやきユニオン代表)

賃金低下がもたらす中高年世代の困難と社会的危機――ワーキングプア論をアップデートして新たな運動の構築を
後藤道夫(都留文科大学名誉教授)

◆第二特集「外国人労働者とともに」
私から見た、ふるさと日本のいま
ナディ

「失踪」した外国人労働者はどこにいったのか?――外国人が「逃走」ではなく「闘争」できるために
巣内尚子(ジャーナリスト)

外国人技能実習生を守るための新たな試み――SNSを駆使した「相談室」の取り組みと支援の輪
榑松佐一(愛知県労働組合総連合(愛労連)前議長)

台湾における若者の労働運動と外国人労働者の組織化――台湾青年ユニオン95と桃園市家事労働者労働組合
周于萱(台湾青年ユニオン95)×黃姿華(桃園市家事労働者労働組合)

グローバリゼーションと低賃金移民労働者――21世紀における人の移動が抱えるジレンマ
伊豫谷登士翁(一橋大学名誉教授)

◆単発
書評 斎藤幸平 編
『資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐』
本誌編集部

とあるIT企業の面接へ行ったらラブホに連れ込まれそうになった話
笹川めめみ(コミックエッセイスト)

「日本型雇用崩壊」の内実から格差社会への処方箋を問い直す――ジョブ型労働運動はどんな労働者層を救うのか?
木下武男(労働社会学者)×小熊英二(慶應義塾大学教授)

プラットフォーム型労働に対する法的保護のあり方をめぐって――ウーバーイーツユニオンの結成を支えた弁護士に聞く
川上資人(弁護士(早稲田リーガルコモンズ法律事務所))

「スト破り」に負けずに闘おう!――佐野SAの闘争から考えるストライキ権の行使
本誌編集部

地域社会に根ざした労働運動とは――富山県農業協同組合労働組合と地域の連携
篠島良幸(富山県農業協同組合労働組合書記長)

育児のモヤモヤから労働と社会をとらえ直す
常見陽平(千葉商科大学国際教養学部専任講師)

沖縄におけるブラックバイト――解決事案を通して考える深刻な実態
ブラックバイトユニオン

◆連載
My POSSE ノート page7

貧困研究の視点から社会を探る 第2回
女性の貧困と性搾取
岩田正美(日本女子大学名誉教授)×仁藤夢乃(女子高生サポートセンターColabo代表)

[新連載]現代韓国フェミニズム 第1回
#MeToo ムーブメント前夜・ミソジニーへの抵抗
古橋綾(東京外国語大学非常勤講師)

[新連載]映画のなかに社会を読み解く 第1回
天気の子
西口想(文筆家・労働団体職員)×河野真太郎(専修大学教授)

社会を変えるのは私たち 第4回
大学を、社会を、変えるために何ができるのか?――学生アクティビスト座談会(上)
大澤祥子(一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション共同代表理事)

知られざる労働事件ファイル No.16
川崎の自動車製造下請2社でフィリピン人労働者を組織化
ジェローム・ロスマン(東ゼン労組) 

この最後のロスマンさんは、アメリカではSEIUのオルグをしていたんですが、日本に来て英会話教室の講師をした後東ゼン労組のオルグとして活躍しているそうです。オルグの血が騒いだんですね。

この東ゼン労組、聴いたことがあると思った方、そう、JIL雑誌9月号を紹介したときに、奥貫妃文さんが委員長をしている全国一般東京ゼネラルユニオンのことに触れましたが、その東ゼン労組ですね。

ロスマンさんは川崎の大手自動車メーカーA者の下請二社でフィリピン人労働者を組織し、労使交渉によっていろいろと勝ち取ってきています。しかし彼の目標は高く、

・・・私の戦略は、この二つの支部でストライキを行うことで、B社に対する交渉力を高めるというものです。川崎地域で自動車部品の梱包業務をしている労働者全員が労働組合に加入して大きなストライキを行えば、B社からの請負料金を高くすることができるはずです。・・・・

と、述べています。

2019年11月14日 (木)

研究者の「働き方改革」と自由な研究時間確保の両立についての日本学術会議幹事会声明

Scj 11月7日付で「研究者の「働き方改革」と自由な研究時間確保の両立についての日本学術会議幹事会声明」が出されています。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-kanji-3.pdf

これ、本ブログでも8月にNHKニュースウェブと白井邦彦さんの論文をネタにちょっと考えてみたことですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-32b896.html (大学教授の労働時間概念)

・・・白井さんはかなり幅広く労働法の文献を読まれた上で(参考文献にはジンツハイマーまで出てきます)、大学教員に今回の働き方改革関連法で義務づけられた「労働時間の状況の把握」をそのまま適用するのは無理があると主張しています。

今回は日本学術会議という学者先生の本丸が乗り出してきています。

一般労働者向けの働き方改革を下手に我々研究者に適用されたりしたら、自由な研究時間確保ができなくなる!という危機感に溢れています。

ここでは、その本論部分を要約せずにそのまま引用しておきます。

・・・学術研究は、いうまでもなく研究者の自由な意思に基づく活動であって、組織的な指揮命令によって遂行される業務とは性格を異にしている。研究者の自由な学術研究活動が阻害されるようなことがあっては学術研究の停滞を招くのみならず、誰もが生きがいを持ってその有する能力を最大限に発揮できる社会を創るという「働き方改革」の趣旨にも反することとなる。
 研究者には、既に裁量労働制の活用が進められている。その趣旨は、研究状況に応じて労働時間を研究者自身が自由に設計することにある。研究時間は、週や月単位で一律に管理されるべきものではなく、学術研究の性格や進捗状況に応じて研究者自身によって自由に設定されるべきである。しかし、労働行政による裁量労働制の運用が必ずしも学術研究活動の実態に即していないという指摘が多くの大学等の関係者からなされている。
 学術研究活動の自由は最大限尊重されなければならず、勤務時間管理についても学術研究の特性に配慮した取り扱いが望まれる。学術研究の拠点である大学には、自由な学術研究を支えるために大学の自治が認められている。むろん、大学には自治に伴う責任があり、制度を適切に運用しなければならないことは言うまでもないが、自由な学術研究活動として行われる活動に割り当てられる時間を労働時間に入れるかどうかの判断は、大学や研究者の判断を尊重するべきである。大学の自治を尊重し、学術研究の当事者の納得性を基本とした制度の運用が望ましい。
 今般の法改正で導入された高度プロフェッショナル制度については、厚生労働省の通達で大学の学術研究が対象業務から外されている。大学の研究者は最も高度なプロフェッショナルということができるが、現行の高度プロフェッショナル制度についてはその是非を含め様々な議論がある。今後の検討においては、裁量労働制との関係を含め、大学の研究者の自由な学術研究活動に資する方向での検討を求めるものである。
 学術研究を活性化し研究環境のダイバーシティーを確保するためには、女性、外国人、障がい者が活躍することのできる研究環境を整えることが必要である。我が国の研究者が欧米の研究者に比べて長時間労働である傾向も指摘されるところであるが、「働き方改革」の観点からも、短い労働時間で高い研究力を獲得する仕組みを大学等の研究機関が組織として整えていかなければならない。・・・

裁量労働制については、実は今の大学教授たちの大部分は本当は適用できないのが実情でもあり、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-cce81a.html (研究時間が3割の大学教授は専門業務型裁量労働制が適用できない件について)

本気で見直そうとすれば、結構大変な話でもあります。

日本学術会議としては、せっかく昨年の改正で作られた高度プロフェッショナル制度が、企業部門では不人気のようなので、それなら自分らのために使えるようにしてくれというのが本音の要求のようです。

客観的な事情を考えれば気持ちはよくわかるところではありますが、猛然と高プロに反対していた方々はどうされるのか、いささか興味深いところではあります。

 

 

 

2019年11月13日 (水)

「働かないおじさん」視線 おびえる記者が専門家に聞く@朝日新聞デジタル

As20191112004348_comm 朝日新聞デジタルに、浜田陽太郎記者による私へのインタビュー記事が掲載されています。曰く:「働かないおじさん」視線 おびえる記者が専門家に聞く・・・・ときたもんだ。

https://www.asahi.com/articles/ASMBV3V8KMBVULFA002.html

昨日の「動けぬ「会社の妖精さん」」という記事の延長線上なので、リンク先のてっぺんには中年の妖精さん?らしき変なのが宙を舞っていますな。

「働かないおじさん」として若者から冷たい視線を感じてしまう53歳の記者が、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)研究所長の濱口桂一郎さんに聞きました。 

――私は昔のような体力はありませんが、健康である限り働き続けたい。でも、それがかなうような社会になるんでしょうか。

 「まず聞きたいのですが、あなたはいま、給料に見合うような仕事をしていますか」

――(しばし沈黙)。この質問に胸を張って答えられないところが……。

「そうでしょうね。年功で賃金が上がっていく日本の制度だと、中高年になれば貢献よりも報酬が高すぎる状況が生まれやすい」

「でも、勘違いしないでください。私は『若者に比べて、日本の中高年サラリーマンは既得権にしがみつき、いい目を見ているからけしからん』と言っているわけではありません。世代間の対立や分断をあおる言説は非生産的です」・・・・・

 

2019年11月12日 (火)

動けぬ「会社の妖精さん」@朝日新聞

今朝の朝日新聞の3面に、「老後レス時代」という連載記事の「動けぬ「会社の妖精さん」」というタイトルの記事の中で、ちょびっとだけコメントしています。

ちなみに、会社の妖精さんというのは、「メーカーに勤める50代後半で、働いていないように見える男性たち」のことだそうです。

 

2019年11月11日 (月)

野川忍・水町勇一郎編『実践・新しい雇用社会と法』

L24319 野川忍・水町勇一郎編『実践・新しい雇用社会と法』(有斐閣)を、執筆者の一人である長谷川珠子さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243194?top_bookshelfspine

働き方改革関連法により,長時間労働の是正や多様な働き方実現のための新たな施策等が導入される。本書では,実務に精通した研究者が,契約締結から終了にいたるプロセスの中で実際に問題となりうるケースを用いて,労働法実務の今後を描き出す。

というわけで、以下のような内容と執筆陣です。

第1章 労働契約の成立と若者・高齢者雇用(小西康之・山下 昇)
第2章 パート・有期雇用(野川 忍・水町勇一郎・北岡大介)
第3章 派遣労働(橋本陽子)
第4章 雇用平等・障害者差別の禁止(長谷川珠子)
第5章 人事制度(土田道夫)
第6章 労働関係の変動,企業における人格的利益,ハラスメント(水町勇一郎・大橋 將)
第7章 労働時間(山本圭子)
第8章 労働者の傷病,労働災害・メンタルヘルス(北岡大介・鎌田耕一)
第9章 労働契約の終了・退職金・年金(原 昌登・渡邊絹子・北岡大介)
第10章 国際化への対応(早川智津子)
第11章 今後の労使関係(野川 忍)
鼎談:雇用社会における労使関係の将来展望(菅野和夫・逢見直人・荻野勝彦)  

この目次を見たら、なんと言っても最後の鼎談に興味をそそられるでしょう。我らが労務屋こと荻野勝彦さんが、各方面にわたってやや慎重な言い回しながら持論をぶちかましています。

荻野 日本の正社員は、組織中枢から末端に至るまで、企業業績にコミットしているという意識を持っています。・・・そのためには、勤務地変更、職種変更、時間外・休日労働にも無限定で応じるわけです。・・・欧米でそうした無限定な働き方をしている人は、恐らくトップ10%程度のエリートだけで、そういう人は高い賃金と賞与を受け取る。残りの9割は決められた仕事を決められた通りにやって決められた賃金を受け取る。職務記述書と職務給の世界で働いていて、企業業績にコミットしているとは思っていない。・・・同一労働同一賃金も基本的にはこの90%の世界の話でしょう。

日本が特徴的なのは、正社員がすべてそうかは別としても、正社員が6割以上いるところで、欧米との違いは量的な違いに過ぎません。1割と9割だと比べようと思わないけれども、6割と4割だと比べたくなるというのは、気持ちとしてわからないではありませんが、やはり無理があるというか、筋が悪いと思います。そもそものスタート地点が悪いので、議論が先に行くほどまずくなる。それが派遣の話ではないかと思っています。・・・・

同一労働同一賃金という看板で進められた政策にはこのように辛口ですが、今後の方向としてはこういうみんながエリート目指して頑張る在り方に疑問を呈しています。

荻野 企業文化、風土については、頑張れば報われる、努力すれば成功するという意識が強すぎるのではないかと感じます。・・・あまりに一般的な価値観として徹底されすぎてしまうと、報われないのは頑張らないから、失敗するのは努力不足ということになってしまう。それがパワハラとか、長時間労働につながっているという面はあるのではないか。・・・

この点、私が結構以前から繰り返し言っていることなんですが、ある面で階級格差を導入せよみたいな面があって、なかなか受け入れられがたいようです。

Hyoshi17 もう7年も前に、『POSSE』17号で今野晴貴さんとの対談で、こう語ったことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-40cf.html

濱口:これはおそらく労働にかかわるいろんな人たちにとって、ややタブーに触れる議論になるんですが、ここに触れないと絶対にブラック企業の問題が解決しないと思っていることがあります。それは、エリート論をエリート論としてきちんと立てろということなんです。つまり、日本では、本当は一部のエリートだけに適用されるべき、エリートだけに正当性のあるロジックを、本来はそこには含まれない、広範な労働者全員に及ぼしています。・・・・ 

あと、この鼎談で連合会長代理の逢見さんがこうはっきりと従業員代表制の立法化に積極的な発言をされているのも、重要なポイントですね。

逢見 ・・・・非正規雇用の処遇改善についても、労使が議論もせず裁判所に丸ごと判断を任せるということではないと思います。むしろ労使で検討して解を求めていかなければいけない問題です。・・・そうすると組合のないところで過半数代表者をどういうふうに選んでいくかということの手続きが必要になります。ゆくゆくは従業員代表法制という方向に行くことになると思います。過半数代表として労働組合が機能していれば、そこは労働組合がやるし、なければそれに代わるものとして従業員代表を選んでいくというそういう枠組みで立法化するということは必要なことではないかと思っています。

 

 

 

 

 

 

2019年11月10日 (日)

労働者と自営業者の社会保護アクセス勧告

Eueu 先週金曜日(11月8日)に、EUの新たな「労働者と自営業者の社会保護アクセス勧告」が正式に成立しました。

https://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=9478&furtherNews=yes

https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-12753-2019-INIT/en/pdf

これは、今年6月に成立した透明で予見可能な労働条件指令と並んで、EUの新たな就業形態への対応を示す法政策の一つです。

その内容については、労使団体への協議の段階で『季刊労働法』260号に載せた「EUの透明で予見可能な労働条件指令案」にちょっと書きましたが、改めて今回成立した勧告の文言を見ていきますと、

3. This Recommendation applies to:
3.1. workers and the self-employed, including people transitioning from one status to the other or having both statuses, as well as people whose work is interrupted due to the occurrence of one of the risks covered by social protection;
3.2. the following branches of social protection, insofar as they are provided in the Member States:
(a) unemployment benefits;
(b) sickness and healthcare benefits;
(c) maternity and equivalent paternity benefits;
(d) invalidity benefits;
(e) old-age benefits and survivors’ benefits;
(f) benefits in respect of accidents at work and occupational diseases.
4. This Recommendation does not apply to the provision of access to social assistance and minimum income schemes.

この勧告は、労働者にも自営業者にも、というだけではなく、その間を行き来する人にも、労働者と自営業者の両方の地位を有する人にも適用されます。

具体的に加盟国がこれらすべての就業者に社会保護へのアクセスを提供するように求められる制度は、(a)から(f)まで6種類並んでいますが、(b)と(d)(e)は日本でも国民健康保険、国民年金として皆保険、皆年金となっていますが、それ以外は労働者向けの制度だけですね。

(a)失業保険、(c)出産給付、(f)労災保険を自営業者にも適用するという議論は、まだまだ日本では大きくなっていません。

もっとも、自営業者もすべて強制適用しろと言っているわけではなく、

(a) all workers, regardless of the type of employment relationship, on a mandatory basis;
(b) the self-employed, at least on a voluntary basis and where appropriate on a mandatory basis.  

労働者である限りは雇用形態にかかわらずすべて強制適用せよという一方、自営業者は少なくとも任意加入制で、できれば強制加入で、とお手柔らかになっています。

 

2019年11月 9日 (土)

『「尊厳ある社会」に向けた法の貢献』

482286 島田陽一・三成美保・米津孝司・菅野淑子 編著『「尊厳ある社会」に向けた法の貢献 社会法とジェンダー法の協働』(旬報社)をお送りいただきました。浅倉むつ子先生古稀記念論集ということで、全30人による力のこもった論集です。

http://www.junposha.com/book/b482286.html

第Ⅰ部 差別・平等と法
第Ⅱ部 雇用社会と法
第Ⅲ部 ジェンダーと法
第Ⅳ部 ハラスメントと法

全30論文のうち、私の『働く女子の運命』と問題意識が大変近かったのは、島田陽一さんの「「同一労働同一賃金原則」と「生活賃金原則」に関する覚書」です。そこで引用されている様々な文書は、私もこの問題を考える中で渉猟したものでした。

「同一労働同一賃金原則」と「生活賃金原則」に関する覚書…………島田陽一
 はじめに
一 「同一労働同一賃金」論の登場とその具体的内容
二 「男女同一労働同一賃金」論と「生活賃金」原則
 むすびに代えて

あと、読みながらものすごく考えさせられたのは、笹沼朋子さんの「業務上の自殺、あるいは精神病者の自己決定について――業務上の自殺を考察する」です。

業務上の自殺、あるいは精神病者の自己決定について――業務上の自殺を考察する…………笹沼朋子
一 問題の所在――自殺の意思
二 判例(「意思」の客観的評価)
三 精神病者の声――躁うつ病を例にして 

これは、これだけではよくわからないかもしれないですね。笹沼さんが言いたいのは、自殺を労災認定するために精神障害に陥っていたと言うことは、自殺に追い込まれた、追い込まれて自殺という決断をした本人の立場からして却っておかしいのではないかという疑問です。加害者に対する怒りに満ちた遺書を、精神障害のため書かれた無意味な文書にしてしまっていいのか、というまことに実存的な疑問なのですが、それをうかつに正面から受け止めてしまうと、意図した自殺は労災にあらずという労災保険の大原則に抵触してしまうという矛盾。自分をいじめた人間に対する復讐としての自殺を、その意図通りに受け取ってしまうと労災にならなくなり、労災認定するためには頭がおかしくなっていたからだよ、遺書は気違いのたわごとなんだよと言わなくてはならないという、この矛盾に、笹沼さんは敢然と立ち向かっていきます。

 

 

 

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