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2020年9月26日 (土)

休業手当が給与の半額以下になる理由(再掲)

Cbd3b803dd73a1ee706985dbcdf5ec67_1 東京新聞に「「休業手当6割以上」なのに実際は4割 70年前の政府通達が影響も」という記事が載っていて、

https://www.tokyo-np.co.jp/article/57079

新型コロナウイルスの感染で飲食店の休業が長期化する中、休業手当の金額が少ないとの声が相次いでいる。一般に給料の「6割以上」として知られるが実際は4割程度にとどまり、生活保障の役割を果たせていないからだ。70年以上前の政府通達に基づいた計算方法が原因で、不合理だとの批判が強い。(渥美龍太) 

記事を読んでいくと、指宿昭一弁護士やPOSSEの今野晴貴さんや日本総研の山田久さんまで出てきて論評していますが、肝心のなぜそうなっているのかについては、

1949年に出た政府通達で「休日は休業手当を支給する義務はない」とされた。70年余りたった今、長期の休業が続出する前例ない事態が起き、制度の盲点が浮かび上がった。厚生労働省の担当者は「法定の水準はあくまで最低水準。金額は労使で話し合って決めて」と言うにとどまる。 

というにとどまっていて、なぜ70年以上も前の通達でそんなことになっているのかというメカニズムが読者にはわからない記事になっています。これ、実は労働基準法の規定ぶり、制定時には想定していなかったある意味では規定ミスに淵源する結構根深い問題なのです。

この問題、本ブログで先月にかなり詳しく説明していて、おそらく法理論的にこれ以上きちんと説明しているのはほかにないのではないかと思われますので、1か月後ですが、そのまま再掲しておきたいと思います。この問題を論ずるのであれば、せめてこれくらいは頭に入れてから論じていただきたいところです。

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http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-1631c4.html(休業手当が給与の半額以下になる理由)

今回のコロナ禍で、雇用調整助成金や直接給付と絡んで、労働基準法上の休業手当にも注目が集まりました。その中には、法律の文言上は給与の60%と書いてあるのに、実際はそれより低くて半額以下になるという批判もありました。たとえば、POSSEの今野晴貴さんのこの記事には、

https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200503-00176665/(休業手当は給与の「半額以下」 額を引き上げるための「実践的」な知識とは?)

実は、労基法が定める「平均賃金の100分の60」は、それまでもらえていた月収の6割という意味ではない。実際には月収の6割すらもらえないのだ。どういうことか説明していこう。
 1日当たりの休業手当の額は「平均賃金×休業手当支払率(60~100%)」で算出される。
 平均賃金の原則的な算定方法は、「休業日の直近の賃金締切日以前3ヶ月間の賃金の総額をその間の総日数で除す」というものだ。
 勤務日数ではなく暦日数で割るため、算定される平均賃金の額は低くなる。単純な話でいえば、月に20日働いて30万円の収入を得ていた場合、平均の賃金は15,000円になりそうだが、そうではなく10,000円程度になってしまうということである。 

とありますし、毎日新聞もこう報じています。

https://mainichi.jp/articles/20200603/k00/00m/040/170000c(休業手当、規定は「平均賃金の6割」なのに…? 支給は「給与の4割」のなぞ)

新型コロナウイルスの影響で、緊急事態宣言の解除以降も、一部の業種では休業が続く。気になるのが休業中の手当だ。労働基準法では、休業手当の支払いを定めているが、現実には支払われないケースや極めて低額のケースもある。金額は「平均賃金の6割以上」と規定されているが、実際に算出すると「月収の4割ほど」にしかならないとの嘆きが聞こえてくる。一体、どういうことなのか。 

これ、まず法律の文言を確認すると、第26条の休業手当は、

(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

とあり、その平均賃金を規定する第12条は、

第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額

大事なのは「賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額」というところです。1月30日のうち出勤日が20日、休日が10日だったら、月給ウン十万円を20日で割るんじゃなくて30日で割っちゃうので、賃金日額が3分の2になってしまいますね。

なんでこんなやり方をしているのかと疑問に思う人もいるかも知れません。日本の労働法政策の密林に分け入って見ましょう。

この平均賃金というのは、労働基準法の特定の部分でしか使われていません。今回の休業手当以外で使われているのは、解雇予告手当と(労災の)休業補償です。

(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
3 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。

解雇予告手当というのは、もちろん、解雇予告期間30日の代わりに支払うものです。解雇予告期間というのは、もちろん、出勤日であろうが休日であろうが全部含めて暦日で30日ですね。その暦日30日のすべてについて、賃金日額を支払わせたら、休日分余計に払うことになってしまいますね。だから、暦日で計算する解雇予告期間に対応する解雇予告手当の1日あたりの金額は、分母を総日数として割った1日あたりの賃金額にしなければなりません。はい、これはよくわかりました。

次に労災の休業補償です。

(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。 

こちらも、労災で療養している期間ですから、やはり出勤日だろうが休日だろうが休業補償を払わなければなりません。なので、やはり1日あたりの賃金額は、分母を総日数として割った金額、即ち平均賃金となるわけです。これもわかりました。

そこでおもむろに、今回問題となっている休業手当です。もういっぺん条文を確認してみます。

(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

休業期間中」とありますね。解雇予告手当や休業補償の規定を見てきた目で見ると、これは、出勤日だけではなく、休日も含めた暦日計算としての「休業期間中」であるように見えます。

しかし、労働基準法施行後の極めて早い時期に、労働省労働基準局はこれを休日を除いた日数であるという通達を出しています。これは、地方局からの質問に対して回答したもの(昭和24年3月22日基収4077号)で、質問はむしろ暦日計算するのではないかと聞いており、本省がそれを否定するという形になっています。

問 使用者が法第26条によって休業手当を支払わなければならないのは、使用者の責に帰すべき事由によって休業した日から休業した最終の日までであり、その期間における法第35条の休日及び就業規則又は労働協約によって定められた法第35条によらざる休日を含むものと解せられるが如何。

答 法第26条の休業手当は、民法第536条第2項によって全額請求し得る賃金の中、平均賃金の100分の60以上を保障せんとする趣旨のものであるから、労働協約、就業規則又は労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。

この通達が出る以前には、これについて明確に論じたものは見当たりません。寺本広作『労働基準法解説』にも、松本岩吉資料にも、特に記述はありません。とはいえ、総日数で割る平均賃金を使う場所が、解雇予告手当や休業補償のように休日も含めた総日数を対象とする制度であることからすると、それらと同様に休日も含めて休業手当を支払う制度として想定していたのではないかと推測することも不可能ではありません。

ところが、終戦後のどたばたで労働基準法を作って動かしてみると、いろいろと想定外のことが発生してきます。恐らくその一つがこの休業手当で、使用者側から「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」というけど、そもそも休日は始めから休みなんであって、別に「使用者の責に帰すべき事由による休業」じゃねえだろう、と文句がついたのでしょう。

これはまったくその通りであって、この条文の書き方からすれば、休日はどうひっくり返っても「使用者の責に帰すべき事由による休業」ではないのですね。

ところがその結果、おそらくは解雇予告手当や休業補償と同様に休日も含めた期間全日数を想定して平均賃金を使うことにしていた休業手当について、分母には休日も含めた平均賃金を使いながら、休日は除いた正味の「使用者の責に帰すべき事由による休業」日数分だけを支払わせるという、なんだか変な制度が出来上がってしまったというわけでしょう。

平時であればトリビアに類するような細かな労働法知識ですが、今回のコロナ禍で突然多くの人が注目する土俵の上にのぼってしまったようです。

 

 

2020年9月25日 (金)

教職員組合が、なぜ労働問題に口を出すんですか?

近畿大学教職員組合さんのツイートに、「実際に言われた衝撃的なクレーム」というハッシュタグ付でこんな台詞が

https://twitter.com/unionkin/status/1308256840254324736

「教職員組合が、なぜ労働問題に口を出すんですか?」

いやもちろん、まっとうな常識からすれば何をひっくり返った馬鹿なことをいっているんだということになるはずですが、それが必ずしもそうではないのは、戦後日本では日教組という団体が労働者の権利利益のための労働組合であるよりは、何かイデオロギーをかざす政治団体か思想団体であるかのように思われてきた、場合によっては自らもそう思い込みがちであったという、奇妙な歴史があるからです。

最近もちらりと触れましたが、たとえば広田照幸編『歴史としての日教組』(上巻)(下巻)(名古屋大学出版会)でも、日教組という団体はほとんどもっぱら路線対立に明け暮れる政治団体みたいに描かれていて、学校教師の超勤問題への取組みや、あるいは『働く女子の運命』で取り上げた女性教師の育児休業問題といった、まさに労働者としての教師の労働組合たる所以の活動領域がすっぽりと抜け落ちてしまっているんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-9b3560.html(内田良他『迷走する教員の働き方改革』)

この話は、もう10年以上も前から折に触れ本ブログで取り上げてきているんですが、なかなか認識が進まないところではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1afe.html(日教組って労働組合だったんだあ。ししらなかった)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/vs_eccf.html(プリンスホテルvs日教組問題の文脈)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_f1e4.html(プリンスホテルの不使用呼びかけ 連合)

この問題を、思想信条の自由の問題とか、政治活動の問題だとか、日の丸君が代がどうとか、ウヨクとサヨクがどうしたとか、そういう類の話だと理解するのであれば、それにふさわしい反応の仕方があるのでしょう。そういう理解のもとにそういう反応をすること自体を否定するつもりはありません。

しかし、日本教職員組合という、教育に関わる労働者の労働組合の大会を拒否したと言うことは、何よりも働く者の団結権への攻撃なのであり、そうである限りにおいて、同じ労働者である以上思想信条の違いを超えて、ボイコットという手段を執ることは労働組合の歴史からして当然のことと言うべきでしょう。

残念ながら、マスコミも日教組をあたかも政治思想集団であるかの如くとらえて、今回の件の是非を論ずるかの如き歪んだ傾向がありますが(まあ、日教組の中にそういう傾向があることも否定できませんが)、労働組合の当然の活動への否定なのだという観点が世間から欠落してしまうことは、やはり大きな問題だと思います。その意味で、さまざまな政治的立場の組合が属する連合が、こういう姿勢を示したことは重要な意味があるでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-4ed1.html(日本教職員組合の憲法的基礎)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2336.html(労働者と聖職の間)

 

 

 

 

 

浜田陽太郎『「高齢ニッポン」をどう捉えるか』

528819 朝日新聞の記者浜田陽太郎さんの『「高齢ニッポン」をどう捉えるか 予防医療・介護・福祉・年金』(勁草書房)をお送りいただきました。

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b528819.html

新聞記者として長年社会保障報道に携わり、社会福祉士としても活動する著者による「高齢ニッポンの捉え方」。予防は日本を救うのか?公的年金はどこが大切なのか?テクノロジーは介護現場の人手不足を解決するか?正しいデータと事実関係を踏まえて、単なる問題点の指摘や批判にとどまらない建設的な議論のアリーナを開くために。

本書の値打ちは、ややもすればそうなりがちなメディアの世界の浜田さんが、上の写真のオビにあるように「悲惨なエピソードの消費に流れがちな「高齢ニッポン」の話題をどう捉え、建設的な議論につなげるか」を考え、「社会保障のメディアリテラシー」を諄々と説くところにあります。その爪の垢を煎じて飲んで欲しい人がいますねえ。

まあ、マスコミってのは因果な商売なのかもしれません。犬が人間に噛みついてもというはなしですが、序章のこの一節には思わず噴きました。

・・・・一方、「今日のロンドンの穏やかな天気を、気象学者が昨日正確に予測」というニュース記事を書いても没になる。とロスリングはいう。同じように、年金が滞りなく払われたとか、病院で医療が1-3割の自己負担で受けられたというニュースが新聞やテレビで報じられることはない(もし米国でこれが実現したら世紀の大ニュースになる)。

で、浜田さん曰く、

・・・社会保障に関しても「悪い出来事」「足らざるところ」を報じる意義を否定するつもりは毛頭ない。でもその前提として、私たちが築いてきた支え合いの仕組みを適正に評価した上で、批判をしなければ、それは単にネガティブイメージを振りまき、場合によっては、ポピュリズム政治への途を開く片棒を担ぎかねないと、私は思う。

まさしく、昨今の、共助としての社会保障を完全に無視して、自助か公助かばかりにヒートアップした挙げ句、消費税廃止だの、ベーシックインカムだのという戯言の世界にばかり迷い込んでいく、やたらに意識の高いりべらるっぽい方々の惨状を見るにつけ、浜田さんのこのマスコミ人らしからぬ(失礼)沈着な言葉の意義は重いというべきでしょう。

おわりにから、浜田さんのスタンスをよく示す台詞を:

・・・この世の中は「対立」が溢れているように見えるけれど、それを「煽る」のではなく、立場の違う人の話をよく聞き、「つなぐ」ことが必要だ。これが私の原点であり、そして今に至る目標となりました。・・・・

なお中身は以下の通りです。

はじめに

序 章 コロナ禍をどう転じさせるか

第1章 誰でも介護が必要に
 第1節 八〇歳まで働くはずが……。六九歳警備員の誤算
 第2節 人手不足と介護の「質」
 第3節 派遣で働くのは、なぜ「コスパ」がいいのか?
 第4節 テクノロジーは人手不足を解決するか
 第5節 「いい加減」は「よい加減」? 日本の介護職と一緒にスウェーデンで実習
 第6節 家族と地域の責任とは

第2章 予防は日本を救うのか?
 第1節 テクノロジーと医療
 第2節 永田町・霞が関で経産省主導の「予防医療」
 第3節 予防医療の「聖地」、広島・呉を訪ねる
 第4節 「葉っぱビジネス」の町で 高齢者が活躍でも医療費減らない?
 第5節 生活習慣病は「自己責任」なのか

第3章 公的年金保険はどこが大切なのか
 第1節 お金としての「安定感」
 第2節 「主婦の年金」が導火線 二〇〇〇年代初頭の記録問題
 第3節 「宙に浮いた年金」「消された年金」
 第4節 非正規労働者問題の核心、厚生年金の適用拡大
 第5節 社会保険庁が残した教訓
 第6節 年金「制度」はどう報じられるか
 第7節 二〇〇四年年金改革の表と裏
 第8節 民主党の「年金改革」から学んだこと
 第9節 年金の「複雑さ」と格闘する
 第10節 「老後二千万円不足」問題から考える

終 章 高齢ニッポンをどう捉えるか 社会保障のメディアリテラシー
 第1節 首相官邸取材という異世界
 第2節 メディアが抱える三つの課題
 第3節 デジタル化をどう生かすか
 第4節 普通の現場は取材する現場とは違う
 第5節 「観客」「犠牲者」を脱するために

おわりに
 

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月24日 (木)

日経新聞夕刊の「目利きが選ぶ3冊」に『働き方改革の世界史』が

9784480073310_600_20200924173201 日経新聞の本日の夕刊の最後のページの「目利きが選ぶ3冊」の一冊として、『働き方改革の世界史』の書評が載っています。評者は中沢孝夫さん。自身もちくま新書で何冊も書かれていますが、組合役員から労働研究に入った方だけに、短い中にもぴしりときめた台詞が。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64133630T20C20A9BE0P00/

英国の初期の労組のメンバーは、賃金や解雇を巡り、企業と取引が可能な熟練工(エリート)だった。現代の日本も相対的に恵まれている大企業か公共部門のメンバーが労組の中心だ。
本書は、労働運動の歴史を、関係書物を読み解くことによって辿(たど)っているが、その中身は、時代によって勤労者の働き方と、その意味・役割のルール作成をめぐって大きく揺れている。
揺れの中身は、主に働く者と経営(者)との、賃金や福利、・・・・

 

2020年9月23日 (水)

川人博『過労死しない働き方』

527925 川人博さんの『過労死しない働き方 働くリアルを考える』(岩波ジュニア新書)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b527925.html

IT化、グローバル化、少子化等によって労働強化が進む中、中高年だけでなく若い世代にも過労死や過労自殺に追い込まれる人が増えている。どうしたらこの現状を変えていけるのか。多くの裁判を闘い、各地の高校で過労死防止の講演やワークルールの普及に努める著者が、過労死しない働き方や職場のあり方を実例をもとに提案する。 

川人さんの本を若い人向けにわかりやすくまとめた本です。第1章は、高橋まつりさんはじめ過労死した若者5人、過労死した中高年5人のストーリーから始まります。

第2章の最後の方に、高校生が作った「雨にも負けず」のパロディ版が載っています。

 

2020年9月19日 (土)

髙木一史さんの拙著書評

9784480073310_600_20200919151201 トヨタの人事部を3年で辞めて、いまサイボウズの労務担当をされている髙木一史さんが、『働き方の世界史』についてツイッターでこう評していただいています。

https://twitter.com/kazushi_takagi/status/1306923331581476864

ずっと気になってた『働き方改革の世界史(濱口桂一郎/海老原嗣生)』をやっと読み終わりました! 米英独仏、そして日本の労使関係について象徴的な書籍を紐解きながら概観する大変面白い本でした。改めて実感したのは、労働・雇用システムは歴史的経緯で成り立つ複雑なものだということ。
イギリスで「集合取引(コレクティブ・バーゲニング)」といった「外」の労使関係が発展したのは、産業革命が早く、熟練職人が多くいたため、とか、ドイツで「外」だけでなく「共同経営(パートナーシャフト経営)」という「内」の労使関係も発展したのには、二度の大戦やカトリシズムも絡んでいる、など、普段日本で仕事をしていると直観的には理解できない背景が沢山あるのだなあ、と。そして更に興味深かったのは、多くの国で「日本型雇用こそ、最強の労使関係だ」と称揚された時期が確かに存在していた、ということ。改めて、大切なのは日本の歴史的背景も理解した上で1つずつ選択肢を試し、うまくいった部分、うまくいかなかった部分をオープンに議論していくことなのかな、と。また、コレクティブ・バーゲニングは、ウェッブ夫妻が現実で既に起きていた労働運動を解説し、理論的基盤を得たことで広がっていったことを考えると、既存の仕組みと比べると少し変わったサイボウズの人事労務管理の仕組みを整理して、世に発信することには一定の意義があるのかな、と。幸い、ウェッブ夫妻が『産業民主制論』を上梓した時代とは違い、今はインターネットでオープンに意見をもらうとができます。まだまだ勉強不足なので、引き続きご指導ください! 

さすがにいろいろと悩みながら人事労務を担当されてきた方らしく、目の付け所がシャープ、というか著者として目をつけてほしいところに目をつけていただいているという感じです。

ちなみに、この方の「大好きだったトヨタの人事部を辞めた」話はこちらに詳しく書かれています。

https://note.com/kazushi_takagi/n/nc5076eda7a2f

『週刊ダイヤモンド』2020年9月26日号にインタビュー掲載

20244092620 『週刊ダイヤモンド』2020年9月26日号は「賢人100人に聞く! 日本の未来」だそうで。

https://www.diamond.co.jp/magazine/20244092620.html

コロナの感染拡大は一時よりは落ち着きを見せていますが、経済や社会の先行きははっきりとしていません。
そこで、今回、日本と世界を代表する識者100人に未来を語ってもらいました。 

どんな「賢人」さんが出てくるのかと思いきや、こんなのまで混じっているようです。

雇用の未来 濱口桂一郎●労働政策研究・研修機構労働政策研究所長

どんなことをしゃべっているのかと思うと、

 人に仕事を付けるのが「メンバーシップ型」で、はじめにジョブ(職務)ありきでジョブに人を付けるのが「ジョブ型」です。しかし、経団連や多くの企業の動きを見ていると、そうしたジョブ型への移行を目指しているようには到底思えません。
 少なくとも「はじめにジョブがある」という前提に基づけば、採用の仕方を変えないと本来の意味でのジョブ型とはいえません。ところがコロナ禍の今、新卒一括採用を本気で変えようと思っている会社がどのくらいあるでしょうか。
 私には、今の状態は「成果主義」をジョブ型だと言い換えているだけにみえる。しかし、単に成果主義のように差を付けることをジョブ型だとするのは、完全に間違っています。
 なぜ間違っているかというと、成果主義という考え方では、仕事をした後に差が付くのに対し、ジョブ型は仕事をする前に差を付けるものだからです。
 つまり、ジョブ型では仕事に就く前にポストの値段が決まっていて、大部分はそれで最終的な値段(給与)も決まる。 ・・・・・ 

 

 

2020年9月18日 (金)

さすがに藤田孝典氏に団交応諾義務はないと思うが・・・

フリーター全般労働組合/キャバクラユニオンが藤田孝典氏に団体交渉を申し入れたそうですが、

http://freeter-union.org/2020/09/16/%e8%97%a4%e7%94%b0%e5%ad%9d%e5%85%b8%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ab%e5%9b%a3%e4%bd%93%e4%ba%a4%e6%b8%89%e3%82%92%e7%94%b3%e3%81%97%e5%85%a5%e3%82%8c%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/

フリーター全般労働組合/キャバクラユニオンは、こ反貧困ネットワーク埼玉代表・特定非営利活動法人ほっとプラス理事である、藤田孝典さんに、性風俗労働者の労働環境などについて話し合いを求める、団体交渉の申し入れを発送しました。
藤田さんは、この間、反貧困に「取り組む」立場でありながら、性産業労働者をおびやかす発言を繰り返してきました。このことは、性風俗労働に就労している当組合の組合員をはじめとした労働者の生存を直接に脅かしているものです。
藤田さん、団体交渉に応じ、性風俗労働についての話し合いをしてください。

もちろん、藤田氏は特定非営利活動法人ほっとプラス理事として使用者としての地位に立つ人でもありますから、その立場としては団体交渉の申入れに応じるべき立場にある人でもありますが、これはさすがに無理筋でしょう。というか、それが分かった上で、わざと藤田氏を引っ張り出すために、団体交渉の申入れという形をとってみたのかもしれません。

当組合は、1人から加入できる法律上の労働組合です。反貧困運動にも参画し、貧困と差別のない世界のために微力ながら活動を続けています。
 貴殿は、本年7月以降、主にツイッターにおいて、「性風俗・水商売を即時営業停止せよ」「全廃せよ」との主張を繰り広げてきました。さらには、性風俗産業に従事する労働者からの反論を、すべて「性風俗は構造的な暴力」「性風俗労働者は搾取されている被害者」との論拠により全否定してきました。
 貴殿の発言は、性風俗産業において今現に存在する労働問題や職場環境の安全配慮にいっさい資さないだけでなく、性風俗産業労働者の自己決定権や尊厳を傷つけるものです。
 また、COVID-19において「性風俗産業が営業することは包丁を振り回すことである」と主張した上で「補償なしでの営業停止」を求めたことは、性風俗産業労働者の生活を直接に脅かす重大な言動であり、また政府や自治体による「夜の仕事」への差別扇動に積極的に加担するものです。
 性風俗産業労働者も加入している当組合は、貴殿の発言に対し、以下の項目について話し合う、団体交渉の開催を要求します。
1.性風俗産業で現に就労している労働者の職場環境の安全確保について
2.性風俗産業労働者の自己決定権について
3.性風俗産業に対する補償なしでの休業要請を主張し、性風俗産業労働者の貧困をいっそう進めようとした問題について
4.前3項に付帯する一切について
 参加者は、貴殿および貴殿を代理する者、当組合組合員および当組合が委任した者、とします。
 場所は当組合会議室、または任意の開催場所を求めますが、開催会場が有料である場合、その費用は貴殿が負担するものとします。
以上につきまして、開催可能な、本年10月末日までの日時および場所を、来る10月1日必着で、当組合まで郵送により、お知らせください。 

一般論としていえば、昨今藤田氏がツイッター上等で発言している内容は、反貧困ネットワークやほっとプラスと言った組織における地位とは一応別の藤田氏個人の独自の考え方であり、労働組合法が想定する団体交渉になじむようなものではないと思われますが、恐らくそれは重々承知の上で、あえて世間向けの意味も込めてこういう申入れをして見せているのでしょう。

労働法クラスタとしては、この団体交渉に応じないことを不当労働行為として、フリーター全般労働組合/キャバクラユニオンが労働委員会に申し立てるような事態になると、大変興味深いな、労働委員会命令集にまた一件類例のない事案が追加されることになるな、という感想です。

2020年9月17日 (木)

テレワークとみなし労働時間制@『労基旬報』2020年9月25日

『労基旬報』2020年9月25日に「テレワークとみなし労働時間制」を寄稿しました。

 去る6月25日号で「テレワークの推進が問い直すもの」を寄稿し、コロナ禍でテレワークが注目を集める中、事業場外労働のみなし労働時間制の適用をめぐる問題に触れました。この問題は過去20年弱の経緯がやや複雑であり、あまり知られていない面もあるようなので、今回簡単に振り返っておきたいと思います。

 出発点は2004年3月の通達「情報通信機器を活用した在宅勤務に関する労働基準法第38条の2の適用について」(平成16年3月5日基発第0305001号)です。これは京都労働局から稟伺のあった件についての回答ですが、①当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。②当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。③当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと、のいずれの要件をも満たす形態で行われる在宅勤務については、原則として、労働基準法第38条の2に規定する事業場外労働に関するみなし労働時間制が適用されるとしています。ただし、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在することのないような措置が講じられていれば、労働時間を算定し難いとは言えず、事業場外労働に関するみなし労働時間制は適用されないとしています。

 またこの2004年在宅勤務通達と同じ日付で、「情報通信技術を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(基発第0305003号)が策定されていますが、そこでは在宅勤務について、事業主が労働者の私生活にむやみに介入すべきではない自宅で勤務が行われ、労働者の勤務時間帯と日常生活時間帯が混在せざるを得ない働き方であるため、一定の場合には、労働時間を算定し難い働き方として、事業場外労働のみなし労働時間制を適用することができるといいます。ここは実は極めて重要な論点です。事業場外労働のみなし労働時間制は、法律上「労働時間を算定し難い」ことが要件ですが、それはかつての外勤営業職におけるように、単に通信手段が限られているために技術的に労働時間を算定しがたいという場合だけに適用されるのではなく、技術的には労働時間を算定することは可能であったとしても、それが労働者の私生活にむやみに介入することになりかねないために、いわば社会的に労働時間を算定し難い、あるいはむしろむやみに私生活に介入して労働時間を算定すべきでない場合があるのだ、という価値判断を、やや黙示的に行っていると解されるからです。上記在宅勤務通達の但書の記述は、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在しないようにすれば算定し難いとは言えず、みなし制が適用できないといっていますが、逆に言えば勤務時間帯と日常生活時間帯が混在するようにしていれば算定し難いので、みなし制が適用できると言っているわけですから、技術水準によってではなく、仕組みの設計によってみなし労働時間制の適用の有無を操作することができると述べているにも等しいのです。

 さて、この在宅勤務通達が政策論議の焦点となったのが2007年、経済財政諮問会議に設けられた労働市場改革専門調査会(会長:八代尚宏)においてでした。同調査会では7月の第11回会合で厚生労働省労働基準局の担当官が出席し、在宅勤務通達への批判に答えています。このやりとりの結果、9月の同調査会第2次報告では厚生労働省担当官が答弁した内容に即して、その旨を通達に明記するよう求めています。細かな表現の違いはありますが、ここは2008年通達に盛り込まれました。同報告はさらに、「同じ事業所内で同一時間帯に働く労働者を使用者が管理することを前提とした労働基準法等の労働関係法令を在宅勤務にもそのまま適用しなければならないとすれば、多様な働き方の選択肢を拡大することができない」と通常の労働時間制度の適用に否定的な態度を示し、深夜労働や休日労働の規制が免れないことにとどまらず、そもそも論として「現行の事業場外労働に関する労働時間のみなし制度は、あくまでも労働時間の算定が困難であることを前提とした例外的な制度であり、仕事と生活時間の配分の決定等が大幅に労働者の裁量に委ねられている在宅勤務については「便法」の域を出ないものとなっており、こうした在宅勤務の特色に即したより柔軟な労働時間規制が求められる」と、労働時間法制の見直しを求めています。

 この第2次報告を受けて、第11回会合で約束した通達の趣旨明確化を実現するため、翌2008年7月に厚生労働省労働基準局は2004年在宅勤務通達を改正しました(平成20年7月28日基発第0728002号)。これにより、①「使用者の指示により常時」とは、労働者が自分の意思で通信可能な状態を切断することが使用者から認められていない状態の意味であること、②「通信可能な状態」とは、使用者が労働者に対して情報通信機器を用いて電子メール、電子掲示板等により随時具体的指示を行うことが可能であり、かつ、使用者から具体的指示があった場合に労働者がそれに即応しなければならない状態(即ち、具体的な指示に備えて手待ち状態で待機しているか、又は待機しつつ実作業を行っている状態)の意味であり、これ以外の状態、例えば、単に回線が接続されているだけで労働者が情報通信機器から離れることが自由である場合等は「通信可能な状態」に当たらないものであること、③「具体的な指示に基づいて行われる」には、例えば、当該業務の目的、目標、期限等の基本的事項を指示することや、これらの基本的事項について所要の変更の指示をすることは含まれないものであること、④自宅内に仕事を専用とする個室を設けているか否かにかかわらず、みなし労働時間制の適用要件に該当すれば、当該制度が適用されるものであることが示されました。さらに同時に発出された2008年ガイドラインでは、深夜業・休日労働につき、事前許可制・事後申告制をとっていて事前許可・事後申告なき場合は労働時間に該当しないと明言しています。これらは後述の2018年事業場外労働ガイドラインにも受け継がれています。

 これが大きく改正されるきっかけは2017年3月の働き方改革実行計画でした。その中で「雇用型テレワークのガイドライン刷新と導入支援」という項目が立てられ、「近年、モバイル機器が普及し、自宅で働く形態だけでなく、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務といった新たな形態のテレワークが増加している」という「実態に合わせ、これまでは自宅での勤務に限定されていた雇用型テレワークのガイドラインを改定し、併せて、長時間労働を招かないよう、労働時間管理の仕方も整理する」とされたのです。その際、「育児や介護などで仕事を中抜けする場合の労働時間の取扱や、半日だけテレワークする際の移動時間の取扱方法が明らかにされていない。このため、企業がテレワークの導入に躊躇することがないよう、フレックスタイム制や通常の労働時間制度における中抜け時間や移動時間の取扱や、事業場外みなし労働時間制度を活用できる条件などを具体的に整理するなど、その活用方法について、働く実態に合わせて明確化する。また、長時間労働を防止するため、深夜労働の制限や深夜・休日のメール送付の抑制等の対策例を推奨する」ともされました。

 これを受けて2017年10月、厚生労働省に柔軟な働き方に関する検討会が設置され、6回にわたる検討の結果、同年12月に報告書をまとめました。これに基づき、翌2018年2月に「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平成30年2月22日基発0222第1号、雇均発0222第1号)が策定されました。このガイドラインは事業場外みなし労働時間制の適用にはやや消極的となり、通常の労働時間制度の適用をデフォルトとする考え方に傾いています。

 まず、在宅勤務に加えてサテライトオフィス勤務とモバイル勤務が対象に加えられています。これ自体は世界的なテレワークの進化に対応していますが、このことが2008年ガイドラインに存在したある認識を欠落させることになります。それは、テレワークが「業務に従事する場所が、労働者の私生活にむやみに介入すべきでない自宅である」点や「労働者の勤務時間帯と日常生活時間帯とが混在せざるを得ない働き方である」点です。これらは私生活の場所である自宅で勤務する在宅勤務の特徴であって、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務には当てはまりません。そのため、2008年ガイドラインにおいては、外勤営業職のように単に通信手段が限られているがゆえに労働時間が算定しがたいというだけではなく、技術的には算定可能であったとしても、それが労働者の私生活への介入になりかねないために、社会的に労働時間を算定し難いという観点から、事業場外労働のみなし労働時間制を適用するという考え方があったのに対して、2018年ガイドラインではそうした考慮はきれいさっぱり消え去ってしまっています。

 事業場外労働のみなし労働時間制を適用する場合の要件自体は、2008年ガイドラインに若干書き加えられている程度でほとんど変わってはいませんが、そもそも私生活への介入の回避という出発点の考慮が失われているため、なぜそのような細かな要件をつけて、情報通信技術だけからすれば十分労働時間が算定可能であるにもかかわらず、あえて即応義務の有無という社会的要件を加味することで算定困難ということにしてみなし労働時間制を適用できるようにしているのかが、却ってわかりにくくなっています。そして、私生活への介入回避のためにあえてみなし労働時間制を選択するという発想がなくなれば、通常の労働時間制を適用することがデフォルトルールとされるのは当然のことです。

 2008年ガイドラインと異なり、2018年ガイドラインの労働時間の項は「使用者は、原則として労働時間を適正に把握する等労働時間を適切に管理する責務を有している」という認識から始まります。そして、例外的なみなし労働時間制適用者等を除き、2017年労働時間把握ガイドラインに基づき適切に労働時間管理を行わなければならないと宣言します。ここでは、少なくとも原理的レベルにおいて、職場における勤務と事業場外勤務になんら差はありません。そして、私生活への介入の問題がありうる在宅勤務と、それが希薄なサテライトオフィス勤務やモバイル勤務との間にも、なんら差はつけられていません。等し並みに(私生活に介入してでも)労働時間を適正に把握せよという命題が適用されます。

 こうして、通常の労働時間制度を適用することが大前提とされるために、その下でテレワーク特有の事象にいかに対処するかが2018年ガイドラインでは特記されることになります。それがいわゆる中抜け時間と移動時間の扱いです。いずれも、事業場外みなし制の適用がデフォルトであった2008年ガイドラインでは取り上げられなかったトピックです。これらのうち、移動時間の扱いは私生活との関係は希薄で、情報通信技術の発達によって移動時間中にもいくらでも作業をすることができるようになったことへの対応として、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務といったテレワークに限らず、従来型の外勤営業職についても斉一的な扱いをすべきものでしょう。しかし、そちらはいかに情報通信技術が発達しても、依然として事業場外労働のみなし労働時間制が使われ続けています。平成31年就労条件総合調査によると、事業場外みなし労働時間制の採用企業は12.4%、適用労働者7.4%で、専門業務型裁量労働制のそれぞれ2.3%、1.3%、企画業務型裁量労働制のそれぞれ0.6%、0.4%を圧倒しています。また、通勤時間や出張旅行中に作業ができるというのも、今やおよそすべての通勤や出張をする労働者に言えることのはずです。これに対し、在宅勤務中の中抜け時間というのは私生活との関係で慎重な扱いが必要とも思われますが、休憩時間とか時間単位年休といったややもすると過剰介入とも思われるような対応を要求することとなっています。

 2018年ガイドラインでは、通常の労働時間制度をとらない場合でも、フレックスタイム制、裁量労働制といった制度の適用を従来デフォルトだった事業場外見なしと同列に並べています。ただ、フレックスタイムはあくまで始業・終業時刻を労働者に委ねるだけなので、2017年労働時間把握ガイドラインに基づく労働時間管理が必要であることには変わりはありませんし、裁量労働制は専門業務型と企画業務型に該当しなければ適用できないので、在宅勤務だから裁量労働制にできるわけではありません。つまり、在宅勤務における私生活への介入の危険性に着目した過度な労働時間把握に対して抑制的なスタンスというのは、形式的に2008年ガイドラインから受け継いだ事業場外みなし労働時間制の要件に残されているだけで、基本的な考え方としてはむしろ失われたと言っていいように思われます。

 また2018年ガイドラインは、通常の労働時間制度の適用を前提に「テレワークを行う労働者は、業務に従事した時間を日報等において記録し、使用者はそれをもって当該労働者に係る労働時間の状況の適切な把握に努め、必要に応じて労働時間や業務内容等について見直すことが望ましい」とした上で、2008年ガイドラインで(事業場外みなし制の適用を前提に)深夜労働、休日労働について示していた労働時間該当性の要件を、時間外労働についても拡大して記述しています。これは、労働市場改革専門調査会で主に深夜労働を念頭に厚生労働省担当官が答弁した内容がそのまま時間外労働一般に拡大される形で記述されていますが、そのため時間外労働一般に事前許可制や事後報告制が必要であるかのような印象を与えるものとなっています。職場で通常の労働時間が適用される場合には通常そのようなものは不要なので、テレワークについてのみ時間外労働が厳しく規制されるという印象を与えることは避けられません。

 さらに、その次の「長時間労働対策」の項では明示的に、テレワークでは「労働者が使用者と離れた場所で勤務をするため相対的に使用者の管理の程度が弱くなるおそれがあること等から、長時間労働を招くおそれがあることも指摘されている」という理由付けに基づき、次のような対策をとることを勧めています。「勧めています」というのは、日本語表現の上ではあくまでも「考えられる」とか「有効である」と言っているだけで、「求められる」とか「すべきである」と言っているわけではないのですが、ガイドラインをここまで読み進めてくると、あたかも強い勧奨を受けているかのような印象を与えることは避けられないからです。

① メール送付の抑制
 テレワークにおいて長時間労働が生じる要因として、時間外、休日又は深夜に業務に係る指示や報告がメール送付されることが挙げられる。
 そのため、役職者等から時間外、休日又は深夜におけるメールを送付することの自粛を命ずること等が有効である。
② システムへのアクセス制限
 テレワークを行う際に、企業等の社内システムに外部のパソコン等からアクセスする形態をとる場合が多いが、深夜・休日はアクセスできないよう設定することで長時間労働を防ぐことが有効である。
③ テレワークを行う際の時間外・休日・深夜労働の原則禁止等
 業務の効率化やワークライフバランスの実現の観点からテレワークの制度を導入する場合、その趣旨を踏まえ、時間外・休日・深夜労働を原則禁止とすることも有効である。この場合、テレワークを行う労働者に、テレワークの趣旨を十分理解させるとともに、テレワークを行う労働者に対する時間外・休日・深夜労働の原則禁止や使用者等による許可制とすること等を、就業規則等に明記しておくことや、時間外・休日労働に関する三六協定の締結の仕方を工夫することが有効である。
④ 長時間労働等を行う労働者への注意喚起
 テレワークにより長時間労働が生じるおそれのある労働者や、休日・深夜労働が生じた労働者に対して、注意喚起を行うことが有効である。
 具体的には、管理者が労働時間の記録を踏まえて行う方法や、労務管理のシステムを活用して対象者に自動で警告を表示するような方法がある。

 こうした労働時間規制色の強い2018年ガイドラインに対して、規制改革サイドから反発が出てくることになります。

 2016年9月に新発足した規制改革推進会議は、2019年3月から働き方の多様化に資するルール整備に関するタスクフォース(主査:八代尚宏)を開催し、3回にわたって副業・兼業とテレワークに関して議論を行い、同年6月の規制改革推進に関する第5次答申にその一部が盛り込まれました。このタスクフォースの議論を見ると、ある意味で2007年に経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会(これも八代氏が会長でした。)で提起されながらそのままになっていた問題が再度土俵に登ってきた感もあります。

 もっとも、第5次答申で直接求められているのは、①時間外・休日・深夜労働について、テレワーク労働者のニーズ調査を実施する、②同調査も踏まえつつ、2018年ガイドライン)で長時間労働対策として示されている手法において、所定労働時間内の労働を深夜に行うことまで原則禁止と誤解を与えかねない表現を見直す、という2点です。

 今回コロナ禍でテレワークが注目を浴びたこともあり、2020年8月、厚生労働省雇用環境・均等局は「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」(座長:守島基博)を設置して議論を開始したところであり、その検討課題としては、テレワークの際の労働時間管理の在り方、テレワークの際の作業環境や健康状況の管理・把握、メンタルヘルス、テレワークの対象者選定、その他労務管理上の課題が挙げられていますが、法政策上の課題としては上述のような経緯があることも知られておいていいと思われます。

 

 

WEBちくまで『働き方改革の世界史』の第1講(ウェッブ夫妻『産業民主制』)がためし読みできます

9784480073310_600_20200917091001 筑摩書房のサイトの「WEBちくま」というところで、『働き方改革の世界史』の一部がためし読みできるようになっているようです。

http://www.webchikuma.jp/articles/-/2142

労働者の団結や団体交渉、労使協調、経営参加など、現代の労使関係の理論はどのように生まれたのでしょうか。英米独仏そして日本で模索され、実践されてきた労使関係の理想と現実をえぐる、ちくま新書『働き方改革の世界史』の第1講を公開します。

ここには、第一講の「出発点は集合取引(コレクティブ・バーゲニング)」が全文アップされていますね。

第一章 トレードからジョブへ

欧米と日本の労使関係で象徴的に異なるのが、労働組合のあり方です。企業内もしくは事業所内で一緒に働く労働者が団結して組合を作る日本型に対して、欧米(とりわけ欧州)では労働組合は企業内に閉じておらず、横断的に広く同職や同業を結んで成立しています。この根源的な違いはどこから来たのか。その大元にある「コレクティブ・バーゲニング」について考えることにしましょう。

 第1講 出発点は集合取引(コレクティブ・バーゲニング)
 シドニー&ベアトリス・ウェッブ、高野岩三郎監訳『産業民主制論』
 大原社会問題研究所、一九二七年(復刻版:法政大学出版局、一九六九年)

【受講準備  海老原嗣生】

†会社を超えた広い連帯

 日本人からすると度肝を抜くような同書中の言葉を引っ張りだして、まずは、頭の中をシャッフルして頂くことにします。
「自分は各々(おのおの)の職工にその必要または働きに応じて報酬を与ふるのであつて自分自身の使用人以外何人とも交渉するを肯(がえん)じない」と云(い)う言葉は、もはや今日は、主要産業に於ては、或は片田舎の地方とか又は格別に専横なる固主の口よりする外、殆(ほとんど)耳にしなくなった」・・・・・

【本講  濱口桂一郎】

†労働思想の必読古典

 労働思想の古典と言えば、一〇〇人中一〇〇人がウェッブ夫妻のこの本を挙げること間違いはありません。それほど有名な本ではあるのですが、例えばちくま学芸文庫とかに収録されているならともかく、戦前、大原社会問題研究所から翻訳刊行され、戦後、法政大学出版局から復刻されたとはいえ、現在絶版状態の一〇〇〇頁をはるかに超えるこの大冊をきちんと読んだ人は、労働研究者の中にもそれほどいないのではないか、とりわけ集団的労使関係が人気薄な昨今の若手研究者の中にはほとんどいないのではないかと、推察しています。
 ところが、見た目の分厚さに気圧(けお)されずに読み進めていくと、この本は日本型雇用システムとまったく異なるイギリス型雇用システムの原型を極めてくっきりと示してくれている本であることに気がつきます。もちろん、原著の初版が一八九七年というまさに一世紀以上昔の本ですから、現在のイギリスの雇用システムとは異なるところがいっぱいあります。むしろ、この間にイギリス労働社会がどれだけ変わったかということがイギリス研究の焦点でもあるのですが、にもかかわらず、極東のこの国から見れば、一九世紀から二〇世紀を貫いて二一世紀に至るイギリスの変わらなさこそが目につくのです。
 それは、私が諸著で「メンバーシップ型」に対比して「ジョブ型」と呼んでいる欧米型雇用の原型であり、労働研究者であれば「ジョブ」(職務)が確立する以前の「トレード」職業)の時代の雇用システムであると言うでしょう。その「トレード」の作る団結体が「トレード・ユニオン」(正確に訳せば「職業組合」)であり、同書はそのトレード・ユニオンの機能を詳細に分析した本なので、いってみれば日本的な(会社のメンバーであることがすべての前提となる)「社員組合」とはまったく異なるトレード・ユニオンの姿が浮き彫りになっているのです。そういう観点から同書を紹介したものはあまり見当たらないので、ここではもっぱら、その観点から見ていきたいと思います。 ・・・・

 

 

 

 

2020年9月16日 (水)

労務屋さんの拙著書評

9784480073310_600_20200916225301 労務屋さんがさっそく拙著(わたくしと海老原さんの共著)『働き方改革の世界史』を取り上げていただいています。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2020/09/16/140944

「会社が最寄り駅から10分のところにサテライトオフィスを準備してくれたので、ますますオフィスには出社しなくなる」と言われていたので、回収されるのはだいぶ先かなと思っていたら、わりと早く回収していただいたようです。

労務屋さんはもちろん、『HRmics』連載時から読んでいただいているので、こういう感じの書評になります。

われらがhamachan先生ことJILPTの濱口桂一郎研究所長が、海老原嗣生さんの編集になる『HRMics』誌に寄せられた「原点回帰」という連載をもとにした本です。この連載は毎回1冊労使関係の古典的著作をとりあげてその内容を紹介し、今日的な意義を解説するという非常に硬派なもので、正直に白状しますと私もこの連載で初めて存在を知った本もありました。本書では連載記事の前後に海老原氏による序説と両氏による対談が加わっています。対談が全体の解題のような役割になっていて全体が一望できるように工夫されています。私としては異論もありますが(笑)、連載部分も含めてあらためて勉強させていただきたいと思います。

まあ、私の選書はかなりひねているので、この12冊、全部知っていたという方はかえって少ないのではないでしょうか。

「私としては異論もある」とのことなので、そこのところを是非こんど。

 

休業手当が給与の半額以下になる理由@WEB労政時報

WEB労政時報に「休業手当が給与の半額以下になる理由」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/login.php

今回のコロナ禍で、雇用調整助成金や直接給付と絡んで、労働基準法(以下、労基法)上の休業手当にも注目が集まりました。その中には、法律の文言上は給与の60%と書いてあるのに、実際はそれより低くて半額以下になるという批判もありました。例えば、NPO法人POSSE代表の今野晴貴さんはこう述べています。・・・ 

この問題を考えるためには、まずは法律の文言を確認しなければなりません。労基法26条はこう規定しています。・・・ 

『労災補償保険制度の比較法的研究』

Rosai 『労働政策研究報告書 No.205 労災補償保険制度の比較法的研究 ―ドイツ・フランス・アメリカ・イギリス法の現状からみた日本法の位置と課題』が刊行されました。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2020/0205.html

「働き方改革実行計画」(2017年3月)においては、雇用型テレワーク、非雇用型テレワーク(雇用契約によらない働き方)、兼業・副業といった「柔軟な働き方がしやすい環境整備」が、柱の一つとして掲げられており、これらの働き方にかかる労災補償保険制度による保護の在り方は、現在ないし今後の我が国における重要な政策課題の一つとなっている。このような動向を背景に、本研究は、ドイツ・フランス・アメリカ・イギリスにおける労災補償保険法制の現状を詳細にフォローしつつ、日本との比較検討を行うことにより、同制度をめぐる日本法の国際的な位置と今後の検討課題と明らかにすることを目的とするものである。
なお、労災補償保険制度をめぐる国際比較研究については、労働政策研究・研修機構(JILPT)の前身である日本労働研究機構(JIL)の時代に刊行された、『調査研究報告書No.148・労災補償制度の国際比較研究』新しいウィンドウ(2002年)があるが、本研究は同報告書のup date版としての意義をも有するものである。

執筆者は以下の通りで、

山本 陽大 労働政策研究・研修機構 労使関係部門 副主任研究員
河野 奈月 明治学院大学 法学部 准教授
地神 亮佑 大阪大学 法学部 准教授
上田 達子 同志社大学 法学部 教授 

山本さんがドイツ法を書くとともに、かなり気合いの入った総括(30ページにも及ぶ)を書いています。これは独立の論文としても読み応えがありますよ。

主な事実発見

兼業・副業を行う労働者について労働災害等の保険事故が生じた場合、ドイツ・フランス・アメリカ(ミシガン州)においては、本業先と副業先の賃金額を合算した額を基礎として、労災保険給付(金銭給付)が算定される(賃金合算)。一方、イギリスにおいては、労災保険給付(障害年金)は、定額(均一)給付となっているため、このような賃金合算は問題とならない。
本研究で比較対象とした諸外国の労災補償保険制度においては、兼業・副業を行う労働者について、本業先と副業先双方での負荷を総合すれば、傷病等との因果関係を肯定できる場合に、これを固有の保険事故として労災保険給付の対象とするといった取り扱い(負荷合算)は、なされていない。
ドイツ・フランス・アメリカ(一部の州)・イギリスにおいては、職業疾病についてリストを作成しているが、かかるリスト中においては長時間労働等による脳・心臓疾患や心理的負担による精神疾患は採り入れられていない。
ドイツ・フランスにおいては、雇用型テレワーク中の傷病等がどのような場合に労働災害等として認められるかについて、近時、判例や立法によって、判断基準の明確化が一定程度図られてきている。
ドイツ・フランス・アメリカにおいては、事業主であっても、いかなる業種に従事しているかに関わらず、個人として労災補償保険制度へ任意加入することが可能となっている。従って、これらの国々においては、雇用契約によらない働き方をしている独立自営業者等についても、少なくとも自身で保険料を負担する限り、かかる任意加入により、同制度による保護を受けることが可能である。更に、フランスでは2016年以降、一定の要件を充たすデジタル・プラットフォームにより就労している独立自営業者が労災補償保険制度へ任意加入した場合、生じる保険料については当該プラットフォーム運営者の側が、これを負担すべき義務を負うこととなっている。

政策的インプリケーション

日本では従来、兼業・副業を行う労働者(複数事業労働者)にかかる労災保険給付(給付基礎日額)の算定に当たっては、賃金合算は原則として認められていなかったが、2020年3月の労災保険法改正によりこれを認めるための立法措置(新8条3項)が採られた。これによって、日本法は、この問題に関する国際標準に合致する形となったといえる。
そして、これに加えて、2020年3月の労災保険法改正では、複数事業労働者について負荷合算による労災認定(複数業務要因災害)を行うための立法措置(新7条1項2号等)も講じられている。この点は、諸外国とは異なり、脳・心臓疾患や心理的負担による精神疾患が従来から業務上の疾病(労働基準法施行規則別表第1の2第8号・9号)として認められており、またその認定に当たっては、行政上の認定基準によって、特に時間外労働時間数のような定量的な負荷の指標が重要な役割を果たしてきた日本特有の法制と評価することができる。
雇用型テレワークに関しては、ICTの進展や新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、テレワーカー人口の増大が予想されることから、テレワーク中の傷病等の労災認定について、従来のあるいは今後の認定事例の蓄積を踏まえ、ガイドライン化等の方法により判断基準の明確化を図ることが重要な課題となる。
独立自営業者等の雇用契約によらない働き方をしている者の労災補償保険制度による保護については、現行の特別加入制度の対象範囲の拡大を検討すべきであるとともに、現在の団体加入方式を維持することが妥当かという点についても、併せて検討する必要がある。
なお、上記のうち、特に1、2および4.で挙げた点について立法政策による対応が進むなかでは、いわゆる「労災保険の一人歩き」現象がいっそう顕著なものとなることから、労働基準法が定める使用者の災害補償責任が現代において持つ意義と労災補償保険制度の法的性格付けについても、改めて議論・検討する必要がある。

 

日経ビジネスオンラインにインタビュー記事

P0 日経ビジネスオンラインに、インタビュー記事「世界の潮流は「ギグワーク」へ、「ジョブ型」提唱者の見る近未来」が載っています。

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00189/091500010/

この記事、中身は私の喋ったことがその通りに載っているので文句のつけようは無いんですが、タイトルはやや意外というか、そういう趣旨じゃないんだけど、日経ビジネス的にはそういう売り方になるんだなあ、と。

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに進む、働き方の見直し。以前にも増して耳にするようになったのが「ジョブ型」という言葉だ。連載「どうなる? 働き方ニューノーマル」の第8回はこの言葉の生みの親である、労働政策研究・研修機構の労働政策研究所で所長を務める濱口桂一郎氏に話を聞く。
これまで日本社会では、仕事の内容も勤務場所も労働時間も定めずに、いわば“白紙契約”で正社員として働くのが一般的だった。濱口氏は、企業という共同体の一員となるという意味合いから、こうした人事制度を「メンバーシップ型」と命名。これに対して、欧米など国外では一般的な「ジョブディスクリプション(職務記述書)」を交わして、あらかじめ仕事の内容や報酬などを明確にする雇用の在り方を「ジョブ型」と名付けた。
ジョブ型の提唱者は、コロナ禍によって加速する日本型雇用の変化をどのように見ているのだろうか。 

前半は、近頃はやりの「ジョブ型」論は、ジョブ型をちゃんと理解していませんね、そもそもジョブ型というのは・・・、という話です。

後半は、欧米はむしろジョブ型が壊れてタスク型になることに危機感を持っているという、これも以前にリクルートワークスのインタビューで喋った話ですが、

・・・このように世界的に見ると、ジョブ型が衰退局面に入りつつある中で、日本はジョブ型導入の議論を進めている。そのためにジョブ型と請負という話が混在してぐちゃぐちゃになっている印象です。・・・ 

タイトルをみると、なんだか世界の潮流はギグワークだ!と煽っているみたいですね。

わたしは、やたらに一方向にばかり煽る議論が好きではないのですが、このタイトルはいささか煽りすぎの感があります。

最後のワーケーションのところでも言っていますが、

・・・これはユートピア兼ディストピアなんです。うまくいけばワークライフバランスが最もとれるものであると同時に、下手をするとワークライフバランスがとことんまで破壊され得る仕組みでもある。一方的な立場からユートピアとして描くこともディストピアとしても描くこともできますが、どちらも完全には正しくない。評価は定まりませんが、両義的な問題であるという認識は持つべきでしょう。

両義性を両義性のまま伝えるというのは、なかなか難しいということを痛感します。

 

 

 

 

 

2020年9月15日 (火)

『働き方改革の世界史』にamazonレビュー

9784480073310_600_20200915233901 『働き方改革の世界史』に早速amazonレビューが付きました。星5つと最高点ではあるのですが、どうもかなり注文があるようです。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1EQHAJ18AKGHW/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4480073310

タイトルが「マルクス抜きの労使関係理論の歴史」で、どうもわたしが「あとがきに代えて」マルクスが入っていない理由を延々と書いたことが、あまりお気に召さないようではあります。

題名通りの本ではない。現在、一般の人が思い浮かべる「働き方改革」の話題とは、ほぼ無関係の本。
中身は、マルクス主義抜きの労働運動の仕組みの世界史。つまりマルクス主義抜きの労資関係理論の歴史。
ただの歴史では目立たないと思ったらしく、古典なるものを12冊本棚から引っ張り出してきて、そのキモを解説し、進めていく。
一部を除くと、復刻も再販も文庫化もなく、普通の読者とも普通の労働者ともほぼ無縁の本で、これから読む気にもなれないが、もし読むとなると、一冊につき、数日から数週間はかかりそう。
だが、著者のキモ解説(キモいではない。肝の解説のこと)は数分で読める。
著者のキモ解説が原著の内容を反映しているかどうかは確認は不可能だが、、著者の主張を語るために古典を使っているようなので、反映していなくとも別にかまわない。趣向はグッド。 

「趣向はグッド」といいながら、わたくしのスタンスにはあまり同意しがたいものを感じられているようで、

12番目に出てくるのが、藤林敬三の『労資関係と労使協議制』1963年。1章分使ってこの本を紹介する第4章がこの本のキモ。
労働運動や労働組合の未来を予言し、それがピタリ当たっているといった藤林本への過大な褒め言葉と著者の左翼組合批判が並び、主張にはあまり賛同できないが、話はポピュリズム的に分かりやすい。 

褒めてるような、貶しているような、しかしやはり褒めてるような、曰く言い難い評言です。

結論はこれです。

評価は星5個とした。著者の主張には賛同できないところが多いが、本はユニークでベリグド。 

意見が違う、というかおそらく真反対であるにもかかわらず、本書のコンセプトをここまで高く評価していただいているその評価の公正さには、心から感謝申し上げるしかありません。ありがとうございます。

 

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