債権の物権化と社員権化

そうか、法律の初歩を齧った人向けには、雇用契約というまぎれのない債権が、物権化したのが「ジョブ型社会」であり、社員権化したのが「メンバーシップ型社会」であると説明すればいいのかな。

賃貸借契約という債権契約は所有権には負けるけど、物権化して地上権になれば、所有者が変わってもその土地に住む権利は維持される。同様に、会社の持ち主が変わっても、そのジョブをする権利は維持される。契約の相手方次第という弱い債権から、相手が誰であろうが貫ける強いジョブの権利へ。まさに債権の物権化。

これに対して日本社会は全く逆の方向に、弱い債権の権利を強化する道を選んだ。文字通り社員権。その土地に対しては権利はないけれども、その社団の一員としてどこかの土地を使う権利は必ずあるという方向。契約の相手方がいる限り、権利はなくなることはない。まさに債権の社員権化。

 『法律時報』の6月号が「実定法による労働契約締結強制法理」を特集するみたいだけど、ジョブという感覚がなく、逆にメンバーシップという感覚が強い日本社会では、まさにもっとも不当性の強く感じられる「締結強制」になるのですな。

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazines/latest/1.html#

特集=実定法による労働契約締結強制法理
当事者の意思の合致がなくとも、要件を満たせば労働契約の成立を認める立法が目立つ。こうした現代の労働契約締結法理を検討する。
労働契約の法による形成の意義……大内伸哉(神戸大学)
労働契約法18条……新屋敷恵美子(九州大学)
会社分割における労働契約の承継……成田史子(弘前大学)
事業譲渡と労働契約の承継……土田道夫(同志社大学) 
派遣先企業と派遣労働者との労働契約の成否……本庄淳史(静岡大学)
不合理な労働条件の禁止と労働契約内容の創設……野川忍(明治大学)

 

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通常の労働者@『労基旬報』5月25日号

『労基旬報』5月25日号 に「通常の労働者」を寄稿しました。

全然議論が深まらない同一労働同一賃金ですが、そのコア概念でもある「通常の労働者」について、歴史的にその経緯を探り、問題を提起しています。

 去る4月6日にようやく国会に提出された働き方改革関連法案では、柱の一つである同一労働同一賃金関係の改正として、労働契約法第20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)が削除され、同趣旨の規定であるパート法第8条(短時間労働者の待遇の原則)に吸収合併され、若干の修正を加えて短時間・有期雇用労働者に係る「不合理な待遇の禁止」となっています。また、パート法第9条(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)や第10条(賃金の努力義務)、第11条(教育訓練)、第12条(福利厚生施設)にも有期雇用労働者が加わります。さらに、労働者派遣法第30条の3(均衡を考慮した待遇の確保)も現行の配慮規定から「不合理な待遇の禁止等」に格上げされることになっています。ただ、改正法の条文をじっくり読んでいくと、この吸収合併により、均等待遇にせよ均衡待遇にせよ、誰と比べるのかという点で微妙な違いが生じていることがわかります。

 現行労働契約法第20条は、「期間の定めのある労働契約」に関する規定の一つです。第18条では反復更新した有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転換するのですし、第20条では有期労働契約と期間の定めのない労働契約との労働条件の不合理な格差が問題になっています。対立軸は有期契約と無期契約です。そんなことは当たり前ではないかと思うかもしれませんが、現行パート法はそうなっていないのです。EUのパート指令はパートタイム労働者とフルタイム労働者という対立軸であり、有期労働指令が有期契約労働者と無期契約労働者であるのと全く同型ですが、日本のパート法にフルタイム労働者という概念はありません。あるのは「通常の労働者」という法律用語としていささか意味不明な言葉なのです。

 「短時間労働者」と「通常の労働者」を対立させている現行パート法の規定に「有期雇用労働者」を挿入することにより、現行労働契約法第20条とは異なる土俵に入り込んでしまう可能性があるように思われます。実はそもそも、現行パート法第8条は、2012年の労働契約法第20条に倣って2014年に追加された規定なのですが、そのときからこの両者の規定ぶりの微妙な違いは問題を孕んでいました。それが今回合体されることでより表面化したということもできます。

 しかし、まずはパート法が1993年に成立したときから存在する「通常の労働者」という概念の中身を確認しておきましょう。この時は、第3条(事業主等の責務)の中に、「事業主は、その雇用する短時間労働者について、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して、適正な労働条件の確保及び教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善(以下「雇用管理の改善等」という。)を図るために必要な措置を講ずることにより、当該短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるように努めるものとする。」と、努力義務のさらに考慮規定に過ぎませんでした。しかも、この「通常の労働者との均衡等を考慮して」というのは、国会で野党の主張により修正されて付け加わったもので、政府の原案にはなかったのです。制定時の解説書(松原亘子『短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律』労務行政研究所)では、「通常の労働者」についてこう解説しています。

 「通常の労働者」とは、いわゆる正規型の労働者をいい、年功序列的な賃金体系のもとで終身雇用的な長期勤続を前提として雇用される者がこれに該当する。具体的には社会通念に従い、当該労働者の雇用形態、賃金体系等を総合的に勘案して判断するものである。その際には、例えば、機関の定めなく雇用される者であって、長期雇用を前提とした処遇を受けるものであるかどうか、賃金の主たる部分を時給により受けるものであるかどうか、賞与、退職金の支給、定期的な昇級又は昇格があるかどうかといったことが判断材料として考えられる。

 見ての通り、これは日本型雇用システムにおいて「正社員」と呼ばれる労働者のことであって、フルタイム労働者よりはずっと狭い概念ですし、無期契約でかつフルタイムであっても中小零細企業では終身雇用も年功序列もいわんや退職金もないような労働者などいくらでもいますから、少なくとも法的概念としては「短時間労働者」の対立軸にするにはいかにもふさわしくないものに思われます。それがこの当時何の疑いもなくまかり通ったのは、日本型雇用システムにおいては成人男子を主とする正社員とその妻や子供からなるパートタイマーやアルバイトという二分法が常識化しており、それ以外の存在が脳裏から失われてしまっていたからとしか言いようがありません。

 ところがその後、バブル崩壊や就職氷河期を経過する中で、それまでであれば正社員就職していたはずの若者たちが大量に非正規労働者として労働市場に流れ出しました。彼らフリーターに対する対策が21世紀に入って政策課題となり、その一環として2007年のパート法改正が行われたことは周知の通りです。この時に第8条として設けられたのが、現在第9条になっている「通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止」です。この規定ぶりは込み入っていてわかりにくいのですが、「通常の労働者」との差別待遇が禁止される短時間労働者をあれこれと限定することによって、逆に「通常の労働者」が何者であるかが浮かび上がってくるようになっています。すなわち、差別してはいけないのは短時間労働者のうち①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一」であって、②「当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結して」おり、③「当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる」ものです。②は有期と無期の対立軸が入り込んでいますが、重要なのは③です。ここには、日本型雇用システムにおける「正社員」の定義が裏側から規定されているのです。すなわち、職務の内容や配置が定年までぐるぐると変わっていくのが「正社員」なのだと。そうすると、多くの中小零細企業の無期フルタイム労働者は「正社員」ではないことになります。

 もっとも、法律の規定ぶりは裏側からなので、ある企業の無期フルタイム労働者がみんな職務内容も配置も変わらないのであれば、それが「通常の労働者」ということになり、③の要件は意味がなくなります。細かく規定しているようで融通無碍な相対的な概念なのですね。このように矛盾は生じないようにしているとはいえ、制定時からの「通常の労働者」概念を維持するために、大変わかりにくい規定になってしまいました。その後、有期と無期という明快な対立軸の2012年労働契約法ができたにもかかわらず、それと同様の規定を持ち込んだ2014年改正では、やはり短時間労働者と「通常の労働者」という枠組みを維持しています。しかも、この時新第9条から上記②の要件を外しています。有期であっても職務内容や配置がぐるぐる変わるのであれば差別禁止となっていたわけです。そこに、今回有期契約労働者が入ってくるというわけで、この込み入りようは尋常ではありません。しかも、労働者派遣法の改正においても、これまでは「同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者」と素直だったのが、「派遣先に雇用される通常の労働者」になり、職務内容や配置の変更といった要件が入り込んでいます。日本の非正規労働法制は、「通常の労働者」という不思議な概念を中心としたものにほぼ完全に統一されてしまうかのようです。

 ここで話の流れを逆転し、この「通常の労働者」という言葉の由来を法制定以前に遡って探っていきましょう。1989年の「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべき事項に関する指針」(告示第39号)でも、「労働条件は、パートタイム労働者の就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して定められるべき」とあります。1993年制定時の国会修正はこの指針の文言を持ってきたものだったのです。その前の1984年の「パートタイム労働対策要綱」(次官通達)でも「通常の労働者」という言葉が出てきますが、労働条件の明確化や労働時間管理の適正化などが書かれているだけで、処遇の問題は出てきません。同年の労働基準法研究会報告が、「我が国の雇用慣行を背景に、パートタイム労働者の労働市場が需要側、供給側双方の要因に基づき、通常の労働者のそれとは別に形成され、そこでの労働力の需給関係によりパートタイム労働者の労働条件が決定されていることによる」ので「行政的に介入することは適当とは考えられ」ないと述べていたことを反映しています。

 このように「通常の労働者」という用語法は、内部労働市場志向の労働政策の全盛期に、日本型雇用システムの「正社員」を所与の前提とする形で生み出されたものであることがわかります。というのは、それよりもっと以前の政策文書を見ると、パートタイムの対概念は「通常の労働者」ではなくフルタイムだった時代があるのです。1970年の「女子パートタイム雇用に関する対策の推進について」(局長通達)は、「現状では、パートタイム雇用についての概念の混乱が、近代的パートタイム雇用の確立の上で問題となっているので、パートタイム雇用は、身分的な区分ではなく、短時間就労という一つの雇用形態であり、パートタイマーは労働時間以外の点においては、フルタイムの労働者と何ら異なるものではないことを広く周知徹底する」と、大見得を切っています。

 残念ながら、周知徹底するどころか、労働行政自身がパートタイムを「正社員」と身分(雇用区分)が違う存在として位置づけ、労働時間以外の点で大いに異なるものであることを大前提にその後の政策を形成してきたわけです。そして、欧米型の近代的労働市場を志向していた半世紀前の労働行政がその後日本型雇用の維持強化に舵を切り、さらにその後再びEU型の非正規労働政策を徐々に導入する中で、少なくとも有期契約労働については有期対無期というごく普通の対立軸で立法したにもかかわらず、パートタイムについては1980年代以来の「通常の労働者」概念を基軸とする発想が中心のままであり、そして今回、その枠組みに有期や派遣まで巻き込む形で立法が行われようとしているわけです。いったん確立した思考の枠組みというのは、なかなか変わりにくいことがよくわかります。

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OECDとILOの報告書が労使関係を激推

OecdiloILO(国際労働機構)はそもそも100年前から労使関係を基軸とする機関ですが、OECDと言えば過去20年以上にわたってどちらかというと新古典派エコノミストを中心に労働市場の柔軟化を主唱してきた機関という印象が強いので、ここに来てILOと一緒になって労使関係を激推しているのを見ると、やや不思議な感もあります。

http://www.oecd.org/tokyo/newsroom/strong-labour-relations-key-to-reducing-inequality-and-meeting-challenges-of-a-changing-world-of-work-oecd-ilo-japanese-version.htm(日本語プレスリリース)

強い労働関係が不平等を削減し変化する労働環境の課題に対処する鍵を握る-OECD & ILO

アンヘル・グリアOECD事務総長は、本報告書の発表会見で次のように述べました。「より多くの質の高い雇用を生み出すことが、包摂的経済成長を達成する鍵を握っている。雇用が不安定で賃金が低迷し、デジタル革命がもたらす新たな課題を抱える現代では、建設的な労働関係がかつてないほど重要である。」この発表会見には、スウェーデン外相Margot Wallström氏、フランス労働相Muriel Pénicaud氏、ITUC事務総長Sharan Burrow氏、ILOフィールドオペレーション&パートナーシップ担当事務局次長Moussa Oumarou氏が同席しました。

この報告書は適正な労働と包摂的成長のための国際合意 (Global Deal for Decent Work and Inclusive Growth)という、2016年にスウェーデン首相Stefan Löfven氏が着手し、OECDとILOが協力して開発したイニシアチブの一環として出版されました。この多角的な利害関係者間のパートナーシップは、持続可能な開発目標に沿って、雇用の質の向上、公平な労働環境、グローバル化の恩恵の浸透を促す手段の1つとして、社会的対話を促進することを目的としています。この国際合意には約90のパートナー諸国政府、企業、経営者団体及び労働者団体、その他労働問題に関する対話と合意形成を有効にすることに寄与するべく自発的な関与を行う団体が参加しています。

グリア事務総長は、「我々は、この国際合意がより多くのより良い社会対話を刺激し、全ての労働者に強い意見と保護、公平な労働環境、雇用主との良い信頼関係を与えることができると確信している」とも述べています。

ガイ・ライダーILO事務局長は次のように述べました。「この新報告書から、社会的対話を強化することでより包摂的な労働市場と経済成長をもたらす機会が生まれ、社会経済的成果が向上し、労働者の幸福が高まり、企業の実績が改善し、政府への信頼が回復するということがわかる。」

http://www.theglobaldeal.com/app/uploads/2018/05/GLOBAL-DEAL-FLAGSHIP-REPORT-2018.pdf(英文報告書)

Building Trust in a Changing World of Work

The Global Deal for Decent Work and Inclusive Growth Flagship Report 2018

ざっと眺めた感じでは、仕掛け人のスウェーデンの北欧型労使関係システムへの激推が背後にあるのかなという印象です。

私の観点からの注目はもちろん、第4章の「LOOKING AHEAD – PROMOTING GOOD PRACTICES AND REBUILDING TRUST」、特にその第2節の「Looking ahead - The role of social dialogue in the future of work.」です。

ちょっと引用しておきますと、

The rise of the platform economy and the new forms of work associated with it are creating additional challenges for labour relations, on top of those that already exist. These trends are putting increased pressure on the traditional employer-employee relationship and the associated rights and protections which had been strengthened over time in advanced but also in emerging countries.While these new forms of work can expand choice in terms of where and when people work, they also raise concerns insofar as they may be shifting risks and responsibilities away from employers and onto workers. Many gig and on-call workers are not covered by standard labour regulations and institutions (including minimum wages, health and safety, and working time regulations) and this carries potential negative consequences in terms of job quality and inequality. These developments in the world of work also pose new challenges for freedom of association and the right to collective bargaining. Many workers in the platform economy are considered to be self-employed, meaning their collective organisation and negotiation may be seen as breaching competition laws.

プラットフォーム経済とそれに伴う新たな就業形態の興隆は労働関係にさらなる課題を作り出しており、そのトップは既に存在している。これらの趨勢は伝統的な使用者-労働者関係と先進国と途上国でも発展してきたそれに伴う権利と保護に圧力をかけてきている。これら新たな就業形態はいつどこで働くかという選択肢を拡大する一方、リスクと責任を使用者から労働者にシフトするという懸念を生み出している。多くのギグ、オンコール労働者は(最低賃金、安全衛生、労働時間規制など)標準的労働規制や機構によってカバーされておらず、これが仕事の質や不平等にマイナスの影響を与えている。これら仕事の世界における展開は結社の自由や団体交渉権に対しても新たな課題を提起している。多くのプラットフォーム経済の労働者は自営業者だと見なされ、彼らの団結体や団体交渉は競争法違反だと見なされてしまう。

本ブログや最近の小論で何回か述べてきたことですが、この問題こそがこれから労働法、労使関係が立ち向かっていかなければならない最大の課題です。それがなかなかできないのは、今までのツケがたまりに貯まっているから。

本当はこれまでの失われた20年の間にさっさとやってしまっとかなければならなかった「働き方改革」がこの期に及んで未だに高度成長期の亡霊のような残業代ゼロ法案云々ですったもんだしている極東某国の亡国ぶりが今更のように情けなくなります。

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在留資格「特定技能(仮称)」を創設

201805210002_001_m去る2月20日の経済財政諮問会議で打ち出され、その後官邸の外国人材タスクフォースで検討されていた中間技能レベルの外国人労働者の導入政策が、いよいよ来月には骨太方針に盛り込まれるようです。なぜか西日本新聞というローカル紙にリークされているのですが、

https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/417749/(外国人就労、拡大に方針転換 新資格の創設着手 政府、骨太に明記へ)

政府は、人手不足が深刻な分野の労働力を補うため、外国人の受け入れ拡大へ大きくかじを切る。最長5年間の技能実習を終えた外国人が、さらに5年間働ける新たな在留資格「特定技能(仮称)」の創設に着手。高い専門性があると認められれば、その後の長期雇用を可能とすることも検討している。従来の技能取得という名目から、就労を目的とした受け入れ施策に転換する。6月に決定する「骨太方針」に外国人との「共生」を初めて盛り込み、日本語学習教育の支援などにも取り組む方針だ。・・・

政府が検討する新たな在留資格「特定技能(仮称)」は就労を目的とする制度。農業、介護、建設、造船などの分野が対象となる。現行の技能実習の修了者だけでなく、各業界団体が実施する日本語能力や専門技能に関する試験に合格すれば資格が与えられる。

 政府は新たな在留資格の導入を前提に、目標とする外国人労働者数を試算。介護分野は毎年1万人増、農業分野では2017年の約2万7千人が23年には最大10万3千人に大幅に拡大すると試算。建設分野で17年の約5万5千人を25年時点で30万人以上に拡大、造船分野は25年までに2万1千人を確保することが必要としている。

具体的な数値まで出てきているところを見ると、時期的に当然かもしれませんが、相当煮詰まってきていることが窺われます。

この記事にはこういう解説もついていて、

https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/418041/

政府が「労働開国」に踏み切る背景には「外国人をどれだけ受け入れるかではなく、どうすれば来てもらえるかという時代になってきた」(官邸筋)との危機感がある。人口減と少子高齢化が進む日本だけでなく世界各国で人手不足が深刻化し、人材の争奪戦が過熱しているためだ。

 これまで安倍晋三首相は「いわゆる移民政策は取らない」と繰り返してきた。現実は「裏口からそっと入れて人手不足を補うのが国策」(与党議員)だった。

https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/418040/

政府が新たな在留資格を設け、外国人就労の拡大に大きくかじを切るのは、留学生や技能実習生が技術の習得を名目としながら、実際は人手不足の業界を支える重要な労働力となっている現状に「限界」が生じているからだ。外国人を「労働者」として正面から受け入れることで、慢性的な人材不足を補う効果が期待されるが、事業者側が「安価な労働力」として活用する懸念は残り、人権上の配慮も重要な課題となる。

一方で、日弁連は5月15日に「 新たな「外国人材の受入れ」制度の創設に関する会長声明」を公表しています。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2018/180515.html

現在、タスクフォースで受入れの対象として検討されている職種は、農業、漁業、水産加工業、建設業、造船業、製造業、介護など、技能実習の対象職種と同様の非熟練労働を対象とするものが多く含まれている。これらの職種について、人手不足を解消するための新たな「外国人材の受入れ」制度の設計は、かねて当連合会が提言してきたとおり、端的に、技能実習制度を廃止し、これに代わることとなる受入れ制度を検討するべきである。当連合会は、人手不足解消の手段として技能実習制度を存続させたまま、その修了者に更に5年程度の就労を認めることができるという制度設計には、反対する。

この問題については、ほんの少し前の去る3月末に、『労基旬報』に「外国人労働政策の転換?」」を寄稿したばかりですが、来月にはまたもう少し突っ込んだ解説を書く必要がありそうです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2018325-937f.html

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中国の不思議な事件

Img_d96d93665d34f60fbb9251e6e386c8eやや、というか相当にネタですが、AFPの記事にこんなのが:

http://www.afpbb.com/articles/-/3174952?pid=20133812(社内で奇妙な現象相次ぐ…面接に落ちた若者、会社に半年住みついていた)

【5月20日 東方新報】中国・浙江省(Zhejiang)杭州市(Hangzhou)上塘(Shangtang)派出所に、管轄内のある会社から通報があった。「半年も会社に住みついていた男を捕まえました」

・・・昨年にこの保険会社の面接を受けたが、不採用だった。だがある日、この会社の管理が甘かったことをふと思い出した。社員は施錠もせずに帰宅することもあったほどだ。そこで、運試しのつもりで同社に行ってみたところ、やはり鍵が開いていた。

 始めのうちは寝泊りに使うだけで、社員の出勤前に会社を離れていた。社内にある物に触れることもなかったが、空腹になれば食べ物を少し拝借。きちょうめんなことに、ゴミは朝出る時に持って出ていた。

 会社で「暮らす」時間が経つにつれ、この会社を自分の家だと感じるようになった章容疑者。自分のスーツが汚れたら、ちょうど目に入った誰かのスーツを着たり、机の上に記念コインが飾ってあれば自分の物のであるかのように持って行ったり。ほかにも、必要が生じると会社にある物を持ち出すようになった。章容疑者は借りていたスーツを何か月も着続け、汚れたら元の場所に返してしまったという。

 章容疑者の存在を知った社員たちは、一様に驚いた。面接したことがあったとはいえ、誰も覚えていなかった。まさか半年も社内に住みついていたとは。章容疑者は現在、警察に拘留されている。(c)東方新報/AFPBB News

虚構新聞かと思うような噺ですが、いろんな意味で面白い。一方で共産党一党独裁がますます強化され、デジタル・レーニン主義と言われるような情報通信の中央集権的統制が行われる中国社会が、他方でこういう中間レベルの集団が穴だらけというか、すかすかというか、この犯人が「この会社を自分の家だと感じるようになった」のとは対照的に、この会社の従業員たちはあんまり「この会社を自分の家だと感じるようにな」っていなかったんだなあ、という感想が。じぶんがそのメンバーである家だったら、ちょっと変だったらすぐに気がつくでしょうが、単なるジョブの束であり、それ以上ではない会社に対しては、半年間会社に変なやつが住み着いていても気にならないくらい本質的には無関心ということなのでしょうか。

考えてみれば、かつて孫文は中国を「流砂の民」と呼び、だからこそ、国民党政権も共産党政権も極めて強面の上から押さえつけるような政治をやってきたという説がありますが、その一つの例証になる噺なのかもしれません。

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ヨーロッパ型法学部の上にアメリカ型ロースクールを乗っけた帰結

7 毎日新聞に「政府 法学部「3年卒」検討 法科大学院「失敗」に危機感」という記事が載っていますが、

https://mainichi.jp/articles/20180518/k00/00e/040/223000c?fm=mnm

裁判官や検察官、弁護士を志す法学部の学生は3年で卒業--。政府・与党は、司法試験の受験資格取得期間を短縮するため、法曹教育の大胆な見直しに着手した。背景には、法科大学院の淘汰(とうた)が進み、一連の司法試験改革は失敗だったという批判が広がることへの危機感がある。・・・・

この問題の根源には、そもそもヨーロッパ型の法学部、つまり大学が専門職業教育機関であり、大学法学部をきちんと卒業すれば一応法曹と認められることを前提にした仕組み(でありながら、現実はそれとはかけ離れたものですが)の上に、アメリカ型の大学自体は教養教育機関であり、その上に専門職業人育成のためのロースクールがある仕組みをを、システムが全然違うということを無視して安易にのっけたことの必然的な帰結という感じがします。

私が今から20年以上前に、EU日本政府代表部に勤務していたころ、ベルギー労働省に勤務する若手職員の人としゃべっていて、彼がこう語ったことを今でもよく覚えています。曰く、私は大学法学部を出て当然のように弁護士になったけれど、なかなか顧客が出来ず、商売にならないので、ベルギー労働省に就職して、今法務の仕事をしているんだ、と。

日本では役人になってから司法試験を受けて弁護士になるのはいるけれども、逆はいないなあ、というと、不思議そうな顔をしていましたな。

日本に帰ってからこの話をしても、逆になかなか分かってもらえないので、日本だって医学部は学部出たら(医師国家試験に合格して)医者になるでしょ、そして選考採用で厚生官僚になるのもいる、といったら、ようやくわかってもらえた。で、アメリカではそれもメディカルスクールという大学院レベルが職業教育機関なんですね。

だから、そもそも日本にいっぱいある法学部ってそもそも何のためにあるのかという根本問題抜きに、3年にするとか言ってもその理屈がよくわからないということになります。

ぶっちゃけ、ロースクールで2年みっちりやる前提なら、その予備門的存在として、教養課程2年だけでいいのではという議論だってありうるかもしれない。いや、これは労働市場問題は抜きの議論ですけど。

(追記)

この話、実は昨年11月にも本ブログで取り上げていました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/l-54fb.html (L型専門職大学としての法学部?)

・・・少なくとも、大型二種免許を取るための法学部よりは、ずっとまっとうな職業教育機関のイメージではありましょう。

 

 

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セクハラ罪もパワハラ罪もいじめ罪もない、が・・・

あまりにもばかばかしいのでわざわざ取り上げる必要すらないと考えるのがまっとうな人の判断でしょうが、それにしても・・・。

https://mainichi.jp/articles/20180519/ddm/041/010/051000c (「ない」「ない」答弁 「セクハラ罪ない」閣議決定)

政府は18日、「現行法令において『セクハラ罪』という罪は存在しない」との答弁書を閣議決定した。財務省の福田淳一前事務次官のセクハラ問題を巡り、麻生太郎副総理兼財務相が「『セクハラ罪』という罪はない」と繰り返し発言したことに批判が相次いでおり、逢坂誠二氏(立憲民主党)が質問主意書で見解をただした。
 答弁書は、セクハラの定義について、職場や職場外での「他の者を不快にさせる性的な言動」と人事院規則が定めているとし、「これらの行為をセクハラとして処罰する旨を規定した刑罰法令は存在しない」とした。
 一方、逢坂氏が「セクハラが強制わいせつなどの犯罪行為に該当することがあるのでは」と問うたことに対し、答弁書は「その場合に成立するのは強制わいせつなどの罪であり、『セクハラ罪』ではない」とした。【野口武則】

わかっている人にはいまさらな話ですが、セクハラであれ、パワハラであれ、いじめであれ、その中には刑事法上の犯罪行為に該当するようなものもあれば、刑事罰の対象にはならないけれども民事法上の不法行為として損害賠償請求の対象にはなるものもあり、さらに民事法上の損害賠償請求には至らないけれども会社等の組織運営上、とりわけ労務管理上好ましくなく、使用者としてきちんと対処すべきようなものまで、さまざまであって、むしろその程度性質に適切に対応しなければならないわけです。

というようなことは、およそ法学入門の第1ページを齧った程度の人であればだれでもわかるはずのことですが、ここで言いたいのはそれよりもむしろ、こういうあきれた記事を平然と書き散らすマスコミこそが、実はこういう何でもかんでもごっちゃにする用語法の最大の加害者ではないか、ということです。

そう、同級生を殴る蹴る(暴行罪)怪我を負わす(傷害罪)金を巻き上げる(恐喝罪)といったれっきとした刑法典に書かれている犯罪行為を、わざわざ「こどものいじめ」だと穏やかに免責するような表現をしてきたのは、あんたらマスコミじゃないのか、と。

現行法令に「いじめ罪」という罪は存在しない。しかし、あんたらマスコミが「いじめ」「いじめ」と軽々しく書いてきたその中身が暴行罪や傷害罪や恐喝罪であれば、それは立派な犯罪だ。それを犯罪じゃないかの如く印象操作してきたのは、マスコミ自身だろうが。

そういえば、男女雇用機会均等法で以前から禁止されているに妊娠を理由とした解雇を、わざわざその時にはまだ法律上に何ら規定もされていない「マタハラ」とかいう言葉で報道したマスコミもけっこうあったし。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0136.html (妊娠を理由とする解雇の公表)

明日の新聞が「初のマタハラ公表」とか見出しを打ったら、「ハラスメントじゃないよ、解雇だよ」と言ってやりましょう。
なんでもハラスメントといえばいいわけじゃない。

 

 

 

 

 

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今月末からのILO総会で職場の暴力とハラスメントが議題に

100年前のILO第1号条約すら批准できない悲惨な日本の労働時間法制がようやく時間外労働に上限ができるまっとうなものになろうというこの重要な時期に、そんなことには何の関心も払わず、残業代ぼったくりばかりを騒ぐというこれまた悲惨な政治やマスコミの状況ですが、その中でかろうじて希望が持てる動きとして本ブログで紹介したのが、国民民主党が参議院に提出した労働安全衛生法改正案で、いわゆるパワハラや顧客によるハラスメントに対する措置義務が規定されたことでした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-2148.html (国民民主党と立憲民主党の働き方改革法案対案)

この問題、厚生労働省の検討会ではいくつかの案が併記されるという形でいったん収まっていますが、世界レベルではILOで今月末から開かれる第107回ILO総会における第1回目の討議がされる予定になっています。

ILO駐日事務所の案内から引用すると、

http://www.ilo.org/tokyo/events-and-meetings/WCMS_625576/lang--ja/index.htm

日本を含む187の加盟国から政府、使用者、労働者の代表が出席して開かれるILOの年次総会。今総会では、持続可能な開発目標とILOの開発協力のあり方や社会対話と三者構成原則、労働時間といった事項に関する検討に加え、仕事の世界における暴力と嫌がらせ(ハラスメント)に関する新たな基準の設定に向けた議論が開始されます。

2回討議手続きに基づく基準設定の第1次討議-仕事の世界における男女に対する暴力とハラスメント
 職場における暴力やハラスメントは、全ての人間が有する「自由及び尊厳並びに経済的保障及び機会均等の条件において、物質的福祉及び精神的発展を追求する権利」を促進するというILOの任務の根幹に係わる問題であるものの、これを直接取り上げた基準は存在しません。このディーセント・ワークと相容れず、許容できない問題に取り組む緊急の行動を求める声に応え、新たな基準の採択を目指す2回討議手続きの1回目の討議が行われます。
 『仕事の世界における男女に対する暴力とハラスメントに終止符を打つ』と題し、仕事の世界における暴力とハラスメントの現状を、その内容、関係者、発生場所、影響、推進要素、リスク要因、危険度が特に高い職種や集団などの切り口から解説し、国際・国内の取り組みをまとめた報告書(Report V(1) )と、これに関する基準設定についての加盟国政労使の見解を記した報告書(Report V(2) )の2冊の討議資料をもとに、2年越しの検討が開始されます。

うまくいけば、来年にはILOのパワハラ条約・勧告ができるということになるかもしれません。

 

 

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連合は「時間外労働の上限規制の早期実現」を求める

843520b930e094019278b730035f97ca 連合のホームページに、菅官房長官への要望事項がアップされています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/news_detail.php?id=1374

要請の冒頭、神津会長が菅官房長官に要請書を手渡し、「経済財政運営と改革の基本方針2018(骨太の方針)」や予算の概算要求基準等への反映を求めました。その後、連合・平川総合政策局長より4本10項目からなる要請内容から、長時間労働是正に向けた法整備と労働者保護ルールの堅持・強化、医療・介護・保育で働く職員の処遇・勤務環境の改善をはじめとする人材確保対策の強化、待機児童の早期解消のための財源確保と質の担保された受け皿の整備に向けた政策の推進などについて、ポイントを説明、意見交換を行いました。

要請書の具体的内容はこちらにあります。

1.持続可能で健全な経済の発展に向けた産業政策および税制改革の推進
・第4 次産業革命の進展に伴いすべての産業に起こり得る様々な変化への対応について検討するための、労使が参画する枠組みを構築する。
・サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正な分配を実現するため、「働き方」も含めた企業間における公正かつ適正な取引関係の確立に向けて、下請法をはじめとする関係法令の周知とその遵守を徹底する。
・個人所得課税における人的控除の抜本見直し、金融所得課税の強化、低所得者対策としての給付付き税額控除(勤労税額控除、軽減税率導入の代わりとしての給付措置)の導入により、税による所得再分配機能を強化する。

2.長時間労働是正に向けた法整備と労働者保護ルールの堅持・強化
・長時間労働是正に向け、時間外労働の上限規制を早期に実現する。労働基準監督官の増員および監督強化に向けた根拠規定の整備を含め、労働行政を充実・強化する。非正規雇用労働者の処遇改善に向け、労働契約法、パートタイム労働法お
よび労働者派遣法の3 法の改正を早期に実現する。
・外国人労働者の受入れは、国内雇用や労働条件に好影響を及ぼすような「専門的・技術的分野」の外国人を対象とし、安易かつなし崩し的な受入れは行わない。
・職場のパワーハラスメントの予防・解決に向け、職場のパワーハラスメント防止対策の実効性確保に加え、使用者責任を明確化するための法整備を行う。

3.すべての世代が安心できる社会保障制度の確立とワーク・ライフ・バランス社会
の早期実現
・医療・介護・保育で働く職員の処遇改善と勤務環境を改善し、人材の離職防止をはかるほか、復職や新たな担い手をめざす人への支援を充実するなど、人材確保対策を強化する。
・生活援助サービスを含め介護等を必要とする人が地域で安心して暮らし続けられるとともに、仕事と介護が確実に両立できるよう、良質な介護保険給付を確保する。
・希望するすべての子どもが保育所や放課後児童クラブ等を利用できるよう、待機児童を早期に解消する。そのため、財源を確保し、職員配置の改善や安全面の強化など質の担保された受け皿の整備をさらにすすめる。

4.「子どもの貧困」の解消に向けた政策の推進
・高等教育における対GDP公的教育支出を他の先進国並みに拡大し、大学などの授業料を引き下げるとともに、貸与型奨学金をすべて無利子とし、給付型奨学金の支給対象および支給額を拡充する。

私の最近の関心からすると、1の「持続可能で健全な経済の発展に向けた産業政策および税制改革の推進」にこそ注目したいところですが、そのまえに、いまさらながら2の「長時間労働是正に向けた法整備と労働者保護ルールの堅持・強化」について一言だけ。

いまだに100年前に制定されたILO第1号条約すら批准できない日本の異常な労働時間規制、専門的でも裁量性もなく、高度でもプロフェッショナルでもない、入ったばかりの一年目の新入社員が過労死しても労働基準法違反にならないような、時間外労働に上限規制のない日本の法律を、ようやくまともな労働時間規制という名に値するものにしようという法律案が、労働基準法制定70年にしてようやく成立しようとしているこの時期に、それを平然と無視して、「残業代ぼったくり法案絶対反対」と叫ぶだけの人々と同列に並ぶことが出来ないのは、日本の労働組合の代表としてはあまりにも当然のことでしょう。

この点については、もう10年以上にわたって口が酸っぱくなるくらい、そして聞いている人の方も耳に胼胝ができるくらい同じことを言い続けてきましたが(下記参照)、聞く気のない人々には百万回道理を説いてもなかなか通じないという思いはいや増すばかりです。

なんにせよ、連合は日本の労働時間法制が単なるゼニカネ規制からようやくまっとうな物理的時間規制に転換するこの法改正を(中には若干言いたいことがあるにしても)しっかりと実現に向けて頑張ってほしいところです。

さて、本題。

「第4 次産業革命の進展に伴いすべての産業に起こり得る様々な変化への対応について検討するための、労使が参画する枠組みを構築する」。

これは、最近のAIとかクラウドとかプラットフォームとかまあそういう話ですが、「労使が参画する枠組み」とわざわざ言っているのは、最近、三者構成原則が揺らいできており、とりわけこの第4次産業革命話をやっている労政審の基本問題部会が、あえて三者構成でない「有識者」だけにしていることに対する危機感があります。

その危機感には同感するものの、実は第4次産業革命で今までの労働者概念には収まりきらない新たな就業形態がどんどん拡大していくことを考えると、そういう法律的には独立自営業者などだが、労働者に類似した人々の利益を、集団的にどのように代表していくのか、という問題にぶち当たらざるを得ません。「有識者」と称する人ばかりが好き勝手に議論して済む話ではないとともに、まさにその利害当事者をどう代表するかというステークホルダー民主主義の根幹にかかわる問題を改めて真剣に考えていく必要があるのだと思います。

「<サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正な分配を実現するため、「働き方」も含めた企業間における公正かつ適正な取引関係の確立に向けて、下請法をはじめとする関係法令の周知とその遵守を徹底する」

これもいま世界的に大変注目されている論点ですが(なぜか日本では、本来もっと騒ぐべき人々の関心が薄いですが)、こういう観点からも、労働法の研究者はもっと経済法、産業法との連携を図っていかないといけないのだろうと思います。特に若い人々は、あまり狭く閉じこもらないで、広く関心を広げていってほしいところです。

 

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銀行の人材紹介業兼業に金融庁が戒め

今年1月、本ブログで「銀行が有料職業紹介事業可能に?」というベタ記事を取り上げたことは、ほとんどの方が覚えていないと思いますが、この件がその後いろいろあって、金融庁が銀行に対して指導していたということです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-e65e.html(銀行が有料職業紹介事業可能に?)

今世界の注目を集めるピョンヤンの同名新聞と異なり、ほとんど注目を集めない日本の『労働新聞』ですが、

https://www.rodo.co.jp/news/46281/(「優越的地位」不当利用を戒め 金融庁が全銀行へ)

金融庁が行った監督指針の改正により、人材紹介業を兼業する銀行本体の出現が見込まれる状況となったなか、融資先企業に人材の受入れを迫ったりしないよう、主要行や地銀など全ての銀行に同庁が文書指導したことが分かった。3月末日から改正監督指針の運用が始まっており、「債権者」という優越的地位を不当に利用する行為を未然に戒めている。融資を受ける企業側としても覚えておきたい。同文書の注意書きでは、職業安定法に基づく「許可」を受ける必要性について強調している。…

この件、実は今年2月26日の労政審需給調整部会で、連合の村上陽子さんからあえて発言があり、厚労省サイドから金融庁に伝えますと言っているので、それが影響したのかもしれません。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000204387.html

○村上委員 本日資料は提出されておりませんが、 1 点要望です。

先月、金融庁が「主要行等の総合的な監督指針」と「中小地域金融機関向けの総合的な監督指針」の一部改正について、パブリックコメントの募集を行いました。先週 22 日が締め切りだったので、連合としてパブリックコメントの意見提出をしたところです。監督指針の変更内容としては、現在、銀行は職業紹介に関する兼業規制が職業安定法上は掛かっていないわけですが、監督指針においては、「その他の銀行業に付随する業務」として職業紹介は明記をされていませんでした。これを明記する改正であり、つまり銀行が職業紹介業務をできることを明確化するという改正が行われるということです。

 連合として提出した意見としては、融資を通じた影響力を背景として、自行が行う職業紹介による人材の受入れを迫る行為や、自行の職業紹介と合わせて、融資先企業の人員削減を求める行為が懸念されるのではないかという点、また、貸金業と異なるとは言っても、個人顧客で、資金貸付けなどを行っている人を対象にして、自行の職業紹介によって、強制的に職業のあっせんなどを行うということが懸念されます。そのため、こうしたことが起こらないようにするということを、監督指針の中で明記するべきであるし、何かあった場合は、きちんと指導するべきであるという意見を提出しました。

また、職業紹介にも関わるところですので、先般、労働移動支援助成金の際に、職業安定法に基づく指針の中の、再就職支援を行う職業紹介事業者に関する事項において、職業紹介事業者が労働者の権利を違法に侵害すること、違法な侵害を助長すること、若しくは誘発することは許されないということも明記されていますので、こういったことも、今般、銀行が職業紹介事業を行うということになるのであれば、きちんと周知するべきです。また、何かあった場合には、金融庁と厚生労働省で連携をして対処すべきと考えております。こういった意見を提出したところでありまして、今後金融庁はどのように考えていくのかということもあるかもしれませんが、いずれかの時点で、どのようになったのかということを、是非部会において御報告いただきたいと思っております。こういうことを起こらないようにするためにも、こういうことをやっては駄目なんだということは、なるべく明示的にしていただきたいと思っております。以上でございます。

○鎌田部会長 連合としての御意見ということで、今述べられました。それについては事務局のほうから何かコメントはありますか。

○牛島課長 今日、特段案件には挙がっていませんで、資料はお配りしておりませんけれども、村上委員御紹介のとおり、金融庁の方で、銀行業が兼業業務として、人材紹介業を行うことができるということを、指針の中で明確化したと。それについてパブコメを実施して、 2 月 22 日までで意見を募集しているという話は聞いております。

 一方で、銀行業が、やはり個人の方もそうですし貸付先企業もそうですが、どうしても優越的な地位に立つということが、実態としては生じうるところはありますので、そこが職業紹介事業の実施において見えない影響力という形で、本意ではない就職でありますとか、本意でない人材の移し替えというようなことが起こらないようにすることは、非常に重要な御指摘だと認識をしております。金融庁と具体的に、どのようにそこら辺の懸念を払拭するために仕組みを作れるかというのは、相談をしながら、他のところから出たパブコメもあろうかと思いますので、調整をしながら進めていきたいと思っております。問題認識は私は共有しておりますが、この部会の場にどのようにお返しするかということについては、部会長の御意向も確認しながら御報告させていただくような形で準備をしておきたいと思っておりますが、いずれにしても、これから金融庁と私どもの方で適切に調整をしていきたいと考えております。以上です。

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多重請負関係における「労働者性」と「使用者性」の齟齬

本日、東京大学の労働判例研究会で、わいわいサービス事件控訴審判決(大阪高判平成29年7月27日)(労働判例1169号56頁)の評釈をしてきました。

本件、既に地裁判決については橋本陽子さんが『ジュリスト』2017年4月号に評釈を書いているのですが、地裁とは逆に原告の労働者性を認めながら、被告との雇用契約を認めないというやや奇妙な判断をしており、かなり突っ込んでみました。

労働判例研究会                                                        2018/5/18                                                                      濱口桂一郎
多重請負関係における「労働者性」と「使用者性」の齟齬
わいわいサービス事件控訴審判決(大阪高判平成29年7月27日)
(労働判例1169号56頁)

Ⅰ 事実
1 当事者
原告X:Y社から配送業務を請け負っていた者
被告Y:軽車両等運送事業及び引越荷役事業等を行う会社

2 事案の経過
・Xは平成24年12月からY社の下請として、自己所有車両を使用して配送業務を行った。この配送業務の多重請負構造はA社→B社→Y社→Xであり、これが請負契約であることは当事者間に争いがない。XはA社の倉庫でB社従業員の指示に従い配送業務を行っていた。配送業務の報酬は走行距離に応じて、B社の請求明細書をもとに15%の帳合料を控除して支払われていた。
・Xは平成25年1月頃、B社従業員からA社の豊中倉庫で、倉庫の内勤業務をやらないかと打診され、同月16日から同業務を開始し、平成27年3月26日まで休みなく従事した。
・この作業は、午後8時から翌日午前8時まで、元請物流会社が発行した注文書の内容に従い、倉庫内にある部品を1カ所に集め(ピックアップ作業)、並行してB社従業員に電話連絡し、当該部品を豊中倉庫から搬出するために必要な車両の手配(車両手配)を行うものであった。倉庫作業に関して、X・Y間に契約(以下「本件契約」という。)が成立していることは当事者間に争いがない。
・勤怠管理はA社の設置したタイムカードに打刻する方法で行われていたが、タイムカードはB社が管理し、Yに提示されることもなかった。
・Xは豊中倉庫の1階から3階までを一人で担当しており、携帯電話を所持するようB社従業員から指示されていた。倉庫作業に当たっては特に休憩時間は設定されておらず、倉庫外に出ることも禁止されていなかった。Xが倉庫作業に従事していた間、Yから勤務時間や業務内容について指示されることは一切なかった。
・Xは、休日が一切取れないことについてA社従業員に対して何度も苦情を言ったものの、Yに対して休日を与えるように申し入れたことはなかった。Xは、Yに来ることもなく、他の従業員との接点もなかった。
・Xは平成26年9月10日以降は配送業務を行わなくなり、倉庫作業のみを行っていた。
・平成27年3月27日、XはYの代表者から、豊中倉庫に行かなくてよいと言われたため、同日以降出勤していない。
・同年4月15日、YからXに対し、①BY間の請負契約が解除されたため、XY間の契約が平成27年3月27日に終了したこと(口頭通知済みだが、念のため書面で通知)、②予備的に、平成27年3月27日付で解雇する旨の通知が行われた。
・Xは平成26年12月2日、枚方公共職業安定所長に対し、雇用保険被保険者となったことの確認請求を行い、同所長は平成27年3月16日、職権で、平成25年3月16日に遡ってXの被保険者資格を確認した。Yはこの確認処分の取消を求める再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成28年9月26日、再審査請求を棄却した。
・日本年金機構理事長は、平成27年4月22日、Xに係る厚生年金保険法及び健康保険法による被保険者資格確認及び標準報酬決定処分をし、これに対しYはその取消を求めて審査請求をしたが、近畿厚生局社会保険審査官は、平成28年5月19日、審査請求を棄却した。
・Xの倉庫作業に関して、Yに対し、北大阪労働基準監督署労働基準監督官は平成27年2月27日、労働基準法違反で是正勧告を、大阪労働局長は平成27年7月30日、労働者派遣法違反で是正指導を行った。
・XはXY間の契約が雇用契約であるとして、本件解雇の無効確認及び割増賃金を含む未払い賃金の支払いを求めて提訴した。
・大阪地方裁判所は、平成28年5月27日、請求を棄却する判決を言い渡した。Xは控訴した。判旨は下記3の通り。
・大阪高等裁判所は、平成29年7月27日、請求を棄却する判決を言い渡した。結論は同じだが、Xの労働者性の判断が大きく変わった。

3 原審判決
・「Xは、倉庫業務の内容や遂行方法について、A社及びB社から指示を受けており、Yからは一切指示を受けていない。
 そもそも、Yは平成25年2月中旬までの約1ヶ月間、Xが倉庫作業を行っていたことすら把握しておらず、そのことを把握した後も、何ら業務指示も出していないのであり、業務遂行上の指揮監督を認めることはできない。
 ・・・Xは、Yが自ら雇用したXをB社に派遣していたのであるから、派遣先から指示を受けていれば、派遣元から指示を受けていないからといってXの労働者性は否定されないと主張する。
 しかしながら、労働者性の判断に当たっては、契約当事者であるXY間において、YによるXへの指揮監督の有無を実質的に検討すべきであり、YがXに対し、B社やA社の指示に従って業務を行うよう指示していたような特段の事情も認められない。」
・「本件契約は、豊中倉庫における業務を予定しており、場所的拘束は業務の性質上当然生ずるものであるし、勤務時間についても、A社やB社の指示によるものであり、Yの指揮命令によるものではない。
 かえって、Xは、B社らと調整さえ行えば、Yの意向と関係なく、勤務時間を自由に変更することやXの代わりの者に倉庫業務を行わせることも可能であったと認められるのであり・・・、このことは、Xの立場が、使用者によって労務提供の時間を指定され、管理されることが通常である労働者の立場とは異なるものであったと評価できる事情といえる。
 ・・・そうすると、Xによる豊中倉庫における午後8時から翌日午前8時までの就労について、時間的拘束性を認めることはできない。」
・「B社は、倉庫作業をXだけで行わればならないと考えていた訳ではなく、Xは、A社やB社と調整さえすれば、代わりの者に倉庫作業を行わせることで勤務時間を変更したり、休んだりすることが可能であったといえる。
 そして、勤務時間の変更や休日の取得については、Yの許可を必要とするものではなく、Xは、業務従事の指示等に対する諾否の自由を有していたと考えるのが相当である。
 ・・・実際に、Xは、倉庫業務に関し、休日の取得について、A社の従業員とは何度も話をしながら、Yに対しては、休日を与えるよう申入れを行っていない。・・・
 ・・・さらに、B社がX以外の者が倉庫作業を行うことを許容していたことに照らせば、代替性も認められる。」
・「Xの報酬は、時給計算されており、一定時間労務を提供したことに対する対価といえる。
 しかしながら、本件契約に関する報酬は、XとB社との間で取り決められたものであるし、本件契約の締結に至る経緯等に照らせば、報酬が時間給を基礎に計算され、労働の結果による格差がないといった事情を過度に重視することは相当でない。」
・「本件契約は、本件配送業務請負契約を前提として、倉庫業務について新たに締結されたものである。また、B社からYに送付される請求明細書も配送業務に関するものと一体のものとして送付されているし、Yも、Xに対し、配送業務と区別なく報酬を支払い、請求証明書を交付している。
 そもそも、本件契約の締結については、Yは一切関与しておらず、締結の事実を把握した後も、B社から支払われる金銭の一部を本件配送業務請負契約における帳合料(手数料)と同様に控除して、残額を支払っているのであり、Yにおいては、本件契約は、本件配送業務請負契約においてB社の指示の下で配送業務をXに請け負わせていたのと同様に、倉庫業務についてもXに請け負わせるものであるとの認識を有していたと認めるのが相当である。」
・「Yにおいては、Xのように倉庫業務を行う従業員はおらず、Yの他の労働者(従業員)の勤務の実態とも異なっている。」
・「上記の各事情に照らせば、本件契約について、XがYの指揮監督下において労働し、その対価として賃金の支払いを受ける旨の雇用契約であったと評価することは困難であり、Xは、労働基準法及び労働契約法上の労働者には該当しないというべきである。」
・(枚方職安所長の)「認定は、雇用保険の被保険者資格の取得に関するものであり、当裁判所の判断を拘束するものではないし、同事実を踏まえても上記判断を覆す事情とはいえない。」
・「したがって、本件契約が雇用契約であるとするXの主張は理由がない。」

Ⅱ 判旨
1 Xの労働者性
・「Xは、・・・業務遂行における時間及び場所の拘束を受けていたものである。また、Xは、倉庫作業において、自己の所有する機械や部品を使用することもなく、報酬も時給計算されており一定時間労務を提供したことに対する対価といえるものであった。
 そうすると、倉庫作業において、Xは使用者による指揮監督下で労務を提供し、当該労務提供の対価として報酬を受けていたものと認められるから、労働基準法及び労働契約法上の労働者に当たると解される。」
・「Xにおいて、倉庫作業の勤務時間を変更することやXの代わりの者に倉庫作業を行わせることが可能であったとしても、それらは上記各法律上の労働者であることと必ずしも矛盾するものではないから、これらの事実は上記認定を左右しない。」
2 X・Y間の雇用契約関係の存否
・「本件配送業務請負契約が請負を仮装した労働者派遣に当たるものでないことが明らかであって、真正な請負契約であると認められるから、Xが本件配送業務請負契約のもとにおいてYの雇用する労働者に当たると解することができず、本件配送業務請負契約から直ちにXとYとの間の雇用契約の成立を認めることができないことは明らかである。」
・「倉庫作業の開始に当たり、・・・XとYとが、業務内容や労働条件など雇用契約の要素となる事項を協議し合意した事実は何らうかがえず、また、YがB社らにXとの雇用契約締結のための代理権を予め授与した事実も証拠上何ら見当たらない。
 そうすると、Xが倉庫作業を開始するに当たって、XとYが、倉庫作業を業務内容とする雇用契約を締結したものと認めることもできない。」
・「他方、・・・XとYとの本件配送業務請負契約が真正な請負契約であることに照らすと、XとB社らが別途雇用契約を締結することが妨げられるものではなく、・・・①XとYが倉庫作業開始時点で同作業を業務内容とする雇用契約を締結したとは認められないこと、②Xに倉庫作業に従事させるべく働きかけたのはB社らであったこと、③倉庫作業の報酬額を決定したのもB社らであること、④倉庫作業に関して、Yが配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度であっても決定しうる地位になかったことに照らすと、・・・労働基準法及び労働契約法上の労働者に該当するXと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある・・・。そうすると、・・・倉庫作業においてXが労働基準法及び労働契約法上の労働者であると認められ、かつ、A社、B社、Y、Xという順次請負関係が存在するからといって、単純にXと雇用契約を締結したのがYであると認定することはできない。」
・「Yは、Xが平成25年1月から、B社らの指揮監督の下に豊中倉庫で労働者として倉庫作業に従事していることを平成25年2月中旬頃に認識できた可能性が全くないとまでいうことはできない。
 しかし、仮にYが平成25年2月中旬頃にXが労働者として倉庫作業に従事していることを認識したとしても、そのことから遡及して、Xが倉庫作業を開始した平成25年1月からXとYとの間の雇用契約の成立が認められるものではない。」
・「Yは、終始、倉庫作業におけるXの立場が請負人ではなく労働基準法及び労働契約法上労働者であり、倉庫作業が本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約に基づくものであることを正解しておらず、倉庫作業も本件配送業務請負契約に附属するXの事業者としての請負として行われているものという誤った認識をしていたと推認することができる。」
・その他の事情も考慮すると、「Yが請負人と労働者や多重請負と労働者派遣の各相違の法理を適切に本件に当てはめて判断することができずに、上記のような誤った認識をしていたことは無理からぬところといえ、それ自体を不自然ということはできない。」
・「なお、Y代表者が行政官署に対し、倉庫作業がXとの請負契約に基づくものと述べた旨の記録が存在するが、これは上記のような誤った認識のもとに述べられたものであって、倉庫作業が請負契約に基づくものではなく、労働基準法及び労働契約法上の労働者との雇用契約に基づくものに当たるとした場合に、直ちにXとYとの間に雇用契約が成立したことを認める趣旨のものと解することはできず、本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約の成否を問題にする以上、これがXとYとの間で締結されたものであるか否かを改めて検討する必要があり、Y代表者の上記の供述から直ちに倉庫作業がXとYの直接の契約関係に基づくものと認定することはできない。」
・「Xは、倉庫作業にかかる作業報酬をYから受領しているが、これはXとB社との間でされた倉庫作業にかかる報酬の支払方法の合意に基づき、B社の支出する金銭がYを介してXに渡されているのであって、Yにおいて独自の計算をしているものではな」いので、「YがB社から帳合料(手数料)としてXの勤務時間1時間あたり100円を受け取っていることを考え合わせても、Yの認識が上記のようなものである以上、これらの事実からYがXとの雇用契約の成立を認めたものと評価することはできない。」
・「Xが倉庫作業の初月分としてB社の支給した報酬額の不満を述べたことを受けて、YがB社に打診し、B社の提示により倉庫作業1時間当たりの報酬額が1100円とされた経緯も、B社、Y、Xという順次請負関係にあるとのYの認識と矛盾するものではなく、かえって、倉庫作業に係る作業報酬額を決定したのがYではなくB社である点は、雇用契約の雇用者であれば発注者と無関係に独自に定めることのできる賃金の決定権がYに属していなかったことを示す事情ともいえるのであり、Yが上記報酬相当額をB社から受領して同額から帳合料を控除してXに交付していたという事情を考慮しても、この点をXとY間の雇用契約の成立を認めるべき事情ということはできない。」
・「他方、B社は、倉庫作業を請負であると認識していたと認められるから、雇用契約の雇用者の地位を意識的にYに引き継がせる意思のなかったことは明らかである。そうすると、いったんXとA社又はB社との間で成立した雇用契約上の雇用者の地位がB社らからYに譲渡されたと解する余地もない。」
・「以上によると、平成25年2月中旬以降においても、Yには、自己がXを雇用する雇用者の地位にあるという認識も、これを他社から引き受けた認識もあったとは認められない。したがって、上記の各事情によっても、平成25年2月中旬以降にXとYとの間に雇用契約が成立したと認めることはできない。」
3 労働者派遣の成否
・「雇用契約は、当事者間の契約の形式にかかわらず成立を認めるべき場合があり、Xが倉庫作業に従事したことが、請負の形式をとったYによる労働者派遣ととらえることができるか否かについて、さらに検討する。」
・「そもそもXは、配送業務に関してYの雇用する労働者ではなかったから、上記法令に照らしても、YがXをB社らの下で本件配送請負契約に基づき配送業務に従事させたことが労働者派遣に当たることはなく、そうすると、その後にXがB社らの下で倉庫作業に従事しても、YがXをB社らの下に労働者派遣したと認めることの形式的前提を欠くというべきである。」
・「また、実質的に検討しても、請負人と労働者は、法律上の取扱いが様々に異なり、そのため注文主と雇用者の責任も大きな相違がある。雇用契約も契約であるから、基本的に雇用者と被用者との間で契約を締結する意思(効果意思)が必要であるところ、元請人、下請人、孫請人と順次、請負契約が成立している状況の下で、孫請人の実態が労働者であるのに下請人との間で請負契約を仮装していたり、下請人において孫請人が元請先で労働者として就労することを予定して孫請人を元請先に差し向けるといういわゆる偽装請負のように下請人が孫請人の雇用者であることを事実上の前提としている場合は別論として、真正な順次請負関係である場合に孫請人が下請人を介することなく元請人の下で孫請業務とは異なる別個の作業に労働者として従事した場合において、下請人の意思とは無関係に、下請人と孫請人との間に雇用契約の成立を認めることは、上記法令の趣旨や労働者の保護を考慮してもなお不当であることが明らかである。そうすると、YがXを本件配送請負契約に基づきB社らの下で配送業務に従事させていたところ、XがYを介することなくB社らの下で配送業務とは異なる倉庫業務に労働者として従事したことによって、Yの意思によらずにXとYとの間に雇用契約が成立することはないというべきである。
 したがって、上記法令によっても、Xが倉庫業務に従事したことが、請負の形式をとったYによる労働者派遣ととらえることはできず、他にXとYの間で雇用契約が成立したことを認めるべき法令上の根拠もない。」
4 行政庁の判断について
・「これらの諸判断は、もともとA社、B社、Y、Xの関係が真正な順次請負関係であったことを適切に評価せず、Yが当初からXを倉庫作業に従事させるためにB社らの下に派遣した事案と同種の見立てをしている点で失当であり、・・・採用することはできない」
5 結論
・「XとYとの間に雇用契約が成立したと認めることはできない。」

Ⅲ 評釈 反対
1 原審と本判決の違い
 原審判決はすでに橋本陽子氏によって評釈され、『ジュリスト』2017年4月号に掲載されている。にもかかわらず、最終結論が同じである本判決を取り上げたのは、原審判決と異なり、Xの労働者性を(正当にも)認めているにもかかわらず、XとYとの間の雇用契約関係を否定するというやや奇妙な判断をしているからである。
 原審判決は、労働者性の判断基準と雇用関係が誰との間に存在するのかの判断基準がごっちゃになった粗雑なものであったが、本判決はそれを的確に分けて考察し、労働者性自体については標準的な判断基準に沿って適切な判断を下しているといえるので、ここではこれ以上論じない。
 しかし、労働法でいう労働者性とは被用者性のことであり、労働者である以上必ず雇用関係の相手方である使用者が存在する。磁石にS極だけ、N極だけというのがあり得ないように、労働者だけ、使用者だけで存在するということはあり得ない。従って、Xの労働者性を認めるということは、Xに労働者性を与えている雇用関係の存在と、その相手方であるXの使用者の存在を論理的前提としているということである。
 にもかかわらず、本判決はYがXの使用者ではないという結論を強調するのみで、では誰がXの使用者であるのかを明示しない。ただ、「Xと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある」と、傍論で曖昧な可能性を示唆するだけである。「解する余地がある」とはどういうことか?「解しない余地も十分ある」ということか?もし、B社やA社をXの使用者と解しないならば、Xは誰かに雇用される労働者であることだけは間違いないが、その誰かは存在しないという、労働者性の定義に反する結論にならざるを得ないが、そういう背理をもたらす可能性を本判決はどこまで意識しているのか不明である。
 本件訴えは、XがYのみを相手取って起こした訴訟であるので、訴外のA社やB社の使用者性について明確にいう必要はないということかもしれないが、仮に本判決を受けてXがA社やB社を相手取って訴訟を起こしたとしても、それでA社やB社の使用者性が否定され、「Xと雇用契約を締結したのは、むしろYであると解する余地がある」と傍論で曖昧な可能性を示唆されてしまっては、両判決を併せて使用者の存在しない労働者だけの存在という背理を実現してしまうことになってしまう。
 従って、かかる背理の可能性を排除するためにも、Yが使用者でないことを論証するためには、A社ないしB社がXの使用者であることを、少なくなくともYよりはXの使用者である可能性が高いことを論証すべきであった。そういう努力を怠って、Xの労働者性を認めながらYの使用者性のみを否定した本判決は論理的に欠陥を有するといわざるを得ない。
 なお、本判決は、職業安定機関、社会保険機関及び労働基準監督機関という3行政機関によるYをXの使用者とする判断を安易に否定しているが、行政機関は裁判所と異なり、Xは労働者であるが誰がその使用者であるかは不明だとか「解する余地がある」といった曖昧な結論でお茶を濁すことは許されず、Xの使用者として労働社会保険料を支払い、使用者責任を果たすべき者を明確にする責務を負っている。かかる責務から逃避したままで、行政機関の判断を表層的に批判して済ませている本判決の態度は無責任といわざるを得ない。

2 雇用契約成立の主観的要件

 まず、本判決が前提としている事実関係を確認しておこう。
①本件配送業務は真正な請負契約であり、A社→B社→Y→Xという順次請負関係にあった。それに対し、本件倉庫作業は雇用関係であり、Xは労働者性を有する。
②本件倉庫作業においてXを指揮命令したのは(A社ないし)B社であるが、両者間に直接明示の契約は設定されていない。
③本件倉庫作業についてYとXの間に直接明示の契約は設定されているが、Yはそれを本件配送業務と同様の真正な請負契約であると認識し、雇用契約と認識していなかった。
 このうち、まず③を抜きにして①と②だけで考えれば、本件倉庫業務について(A社ないし)B社を使用者とする黙示の雇用契約が成立したものと評価しうる状況である。この場合、A社→B社→Y→Xという順次請負関係にある配送業務とは全く別個に、B社から申込みを受けた倉庫業務をB社の指揮命令下に遂行したということになる。
 ただし通常の(個人請負という契約形式をとった)黙示の雇用契約と異なるのは、指揮命令者たるB社が(請負代金という形をとった)賃金の支払主体ではなく、Yを通じた(帳合料を控除した)重層的な請負代金の支払の形をとっていることである。
 仮に、本件倉庫業務についてXとYの間に直接明示の契約関係が存在せず、従前の本件配送業務に係る請負契約しか存在しなかったとするならば、つまりB社とXが結託してYを騙して、配送業務を続けているという契約形式の下で実は倉庫業務を行っていたとするならば、YはXの倉庫業務における労働者性を認識しうる可能性がなく、真正の請負である配送業務の帳合料を差し引いて報酬を支払っているという認識の下で、それとは全く異なる雇用契約である倉庫業務の賃金支払をその認識なく行わされていたに過ぎないことになろう。そうであるならば、YはB社がXとの間で結んだ黙示の雇用契約の使用者たる地位を(派遣元として)引き受けたことにはならず、認識のないまま賃金支払機関の役割を果たしていたに過ぎないことになろう。
 ところが、本件においては原審以来、倉庫作業についてYとXの間に直接明示の契約が設定されていると認定されている。問題は、Yが倉庫作業についても配送業務と全く同様の真正請負関係という法律関係であると認識しているという、いわば法律関係の錯誤をしていたことにある。本件判決は、Yの使用者性を否定する論拠として、この法律関係の錯誤を最大限重視している。
 時系列的に見ていくと、平成25年1月、XがB社の指揮命令下で労働者として倉庫作業を開始したときには、Yはそのことを全く認識していなかったが、翌2月には(労働者性に関する法律認識はともかく)その事実(真正請負契約たる配送業務とは別個の倉庫作業に従事しているということ)については認識し得たと認定されている。この事実に対し、本判決は「そのことから遡及して、Xが倉庫作業を開始した平成25年1月からXとYとの間の雇用契約の成立が認められるものではない」と述べており、それはその通りである。しかし問題は、1月まで遡及せずに、倉庫作業従事を認識した2月中旬以降について雇用契約の成立が認められるか否かである。
 この点について、本判決がいうのは「Yは、終始、倉庫作業におけるXの立場が請負人ではなく労働基準法及び労働契約法上労働者であり、倉庫作業が本件配送業務請負契約とは別個の雇用契約に基づくものであることを正解しておらず、倉庫作業も本件配送業務請負契約に附属するXの事業者としての請負として行われているものという誤った認識をしていたと推認することができる」というYの法律関係の錯誤が、「無理からぬところといえ、それ自体を不自然ということはできない」という主観的事情に過ぎない。かかる主観的事情は、XY間の雇用契約関係の成立を阻却するであろうか?
 一般的に、甲と乙の間で従前真正請負契約で丙業務の労務提供がされており、その後それとは別個に法律的には労働者性を有する丁業務についてやはり請負契約で労務提供がされたという状況がある場合、従前の丙業務が真正請負契約であることは新たな丁業務が黙示の雇用契約であることを妨げるものではない。従前の丙業務が真正請負契約であったことが丁業務の法律的性質を的確に認識することを妨げたことは推測しうるが、だからといって、当事者の誤った主観的認識が法律関係の客観的性質を左右するものではない。おそらくこの点については、本判決は(原審判決と異なり)同見解であろう。それゆえに、やはり同様に本件倉庫作業を請負契約と認識しており、それが雇用契約であるという認識のないA社ないしB社について、B社が指揮命令しているという客観的事実から「労働者に該当するXと雇用契約を締結したのは、むしろB社又はA社であると解する余地がある」と傍論的に述べているのであろう。この場合は、主観的事情が雇用契約の成立を阻却しないことは、本判決も認めている。
 問題はそれが三者間関係になったときに、異なる判断をもたらしうるかである。本判決はそのような立場に立っているようである。しかし、B社であれば請負契約であるという主観的認識が重視されることなく客観的要件に基づいて判断されるにもかかわらず、Yであれば請負契約であるという主観的認識が重視されるというダブルスタンダードを正当化するような条件はないと思われる。
 必ずしも明確に示されている訳ではないが、文章全体から想像するに、本判決は労働者性の判断自体は主観的要件を重視せず客観的要件を主として判断されるべきものであるが、雇用契約の存否はそれが「契約」である以上、主観的要件を重視すべきであるという考え方に立脚しているのではないかとも思われる。「雇用契約も契約であるから、基本的に雇用者と被用者との間で契約を締結する意思(効果意思)が必要である」と述べているのはその現れであろう。そこから、「請負契約を仮装していたり」「いわゆる偽装請負のように・・・場合は別論として」と、問題がありうるのはすべて当事者が悪意の場合であり、あたかも当事者が善意であれば雇用契約の成立はあり得ないかのような叙述が見られる。しかし、それは労働基準法上の労働者概念と労働契約法上の労働者概念を同一と考える以上、間違った考え方である。仮に両者を別物と考え、労働者性は公法たる労働基準法に基づき当事者の善意悪意にかかわりなく客観的要件で判断されるが、雇用契約の存否は私法たる労働契約法に基づき主観的要件を重視して判断するというのであれば、それはそれで一つの理論としてはあり得る議論であるが、本判決自体が繰り返し「労働基準法及び労働契約法上の労働者」と述べているように、そのような区別をしていない。とすれば、「契約」という言葉が出てきてもそれは私法上の法律概念として当事者の主観的認識を重視して判断されるべきものではなく、客観的要件で判断されるべきであろう(問題は「労働者」「契約」という言葉による違いではない。公法と私法で判断基準を分けるというのであれば、労働基準法上の「労働者」「労働契約」と、労働契約法上の「労働者」「労働契約」で異なるということになる。要は、「契約」という文字面に引きずられるべきではないということである)。
 本判決のその後の判断はすべて、Yの主観的認識を根拠に雇用契約の成立を認めがたいということを繰り返している。しかし、B社であれば根拠になり得ない法律的に誤った主観的認識がYであれば根拠になり得るという根本の理由が示されていない。

3 三者間労務供給関係における雇用関係の成否

 本判決は、三者間労務供給関係について、三者間に同時に成立するものとしてではなく、二者間に予め存在する雇用関係を前提に、その使用者の機能が派遣元と派遣先に分配されるものと捉えているように見える。それは、論理的な分析としてそのように考えることは問題ないが、それをあたかも時系列的な順序と考え、三者間関係が成立する以前に二者間関係たる雇用契約関係が存在していなければ、それを前提とした三者間関係は存立し得ないかのように考えるとすればそれは間違いである。
 本判決が「B社は、倉庫作業を請負であると認識していたと認められるから、雇用契約の雇用者の地位を意識的にYに引き継がせる意思のなかったことは明らかである。そうすると、いったんXとA社又はB社との間で成立した雇用契約上の雇用者の地位がB社らからYに譲渡されたと解する余地もない」とか、「そもそもXは、配送業務に関してYの雇用する労働者ではなかったから、上記法令に照らしても、YがXをB社らの下で本件配送請負契約に基づき配送業務に従事させたことが労働者派遣に当たることはなく、そうすると、その後にXがB社らの下で倉庫作業に従事しても、YがXをB社らの下に労働者派遣したと認めることの形式的前提を欠くというべきである」と述べているのは、三者間労務供給関係の成立以前に、時間的に先行して、派遣元と派遣先に分裂する以前の十全たる使用者性を有する使用者と労働者との間の雇用契約関係が存在しなければならないという考え方に基づくものと思われるが、そのような必要は全くない。予めXとA社ないしB社の間に、あるいはXとYの間に雇用契約が存在しなくても、ある一時点で三者同時に三者間労務供給関係が成立することは何ら禁止されていない。三者間労務供給関係の論理的分解は何ら時間的推移を含意するものではない。
 ただし、本件の場合、平成25年1月から2月中旬までは、Yはなお倉庫作業の開始を関知せず、従前の配送業務に係る順次請負関係の認識のもとにいたことから、この間についてはXとB社ないしA社との間に客観的要件に基づき倉庫作業に係る黙示の雇用契約が成立し、Yは三者間労務供給関係の当事者ではなかったと解することが可能であると思われる。この場合、先に述べた「YはXの倉庫業務における労働者性を認識しうる可能性がなく、真正の請負である配送業務の帳合料を差し引いて報酬を支払っているという認識の下で、それとは全く異なる雇用契約である倉庫業務の賃金支払をその認識なく行わされていたに過ぎない」ので、「YはB社がXとの間で結んだ黙示の雇用契約の使用者たる地位を(派遣元として)引き受けたことにはならず、認識のないまま賃金支払機関の役割を果たしていたに過ぎない」という説明が適合する。
 その場合でも、同2月中旬に(請負であるという誤った法的認識で)Xが倉庫作業に従事していることを了知し、(順次請負であるという誤った法的認識で)帳合料を控除してB社から受け取った報酬をXに交付していたのであるから、客観的にXを労働者とする倉庫作業に係る三者間労務供給関係の当事者になったといわなければならない。
 Xを労働者とし、A社ないしB社を指揮命令者とする三者間労務供給関係としては、労働者派遣と労働者供給がありえ、かつそれ以外にはあり得ない。本判決はXの労働者性とA社ないしB社のXに対する指揮命令を認定しているので、本件倉庫作業が(業務請負であれ個人請負であれ)真正の請負である可能性は予め否定されており、Yは派遣元であるか、供給元であるかの二者択一である。XY間に雇用関係が存在し、XとA社ないしB社の間に雇用関係が存在しなければ、この三者間関係は労働者派遣であり、Yは派遣元、A社ないしB社は派遣先となる。XY間に雇用関係が存在しかつXとA社ないしB社の間に雇用関係が存在すれば、この三者間関係は出向型労働者供給である。これに対しXY間に雇用関係が存在せず、XとA社ないしB社の間にも雇用関係が存在しない場合、この三者間関係は本来型労働者供給である可能性が高くなる。ところが本判決は、Xが労働者派遣の主張のみを行い、労働者供給の可能性を何ら主張しなかったからではあるが、労働者派遣の可能性のみを論じ、上述のようにXY間の雇用関係の成立を否定することによって、当該三者間関係の法律的性質をそれ以上吟味していない。もし本判決のいうように、XY間に雇用関係が存在しないにもかかわらず、Xという労働者をA社ないしB社が指揮命令し、かつその対価をB社がYに支払い、そこから名目はともかく一定額を控除してXに支給していたという事実関係が認定されるのであれば、本判決はまさにそう言っているのであるが、この三者間関係は労働者供給以外の何物でもなく、かつ請負という契約形式の元でそれを反復継続してしかも帳合料という名目で利益を上げる営利事業として行っているのであるから、職業安定法の禁ずる労働者供給事業に当たるということにならざるを得ない。ところが、本判決にはそのような認識がほとんど見られない。
 実はここは、労働市場法制の理論的に極めて脆弱な部分であり、出向型でない労働者供給の法律関係の説明がやや破綻しかかっているところでもある。職業安定法上の労働者も基本的に労働基準法及び労働契約法上の労働者と変わらないとすれば、労働者性を認めるということは雇用関係の存在とその相手方である使用者の存在を論理的前提としているはずである。ところが行政解釈や通説では、ここを単に、供給元と労働者の関係は事実上の支配関係であり、供給先と労働者の関係は指揮命令関係であると説明している。素直に聞くと雇用関係も使用者も存在しないかのようである。しかし実はそうではない。職業安定法制定以来一貫して認められてきた労働組合による労働者供給事業においては、供給先が使用者であり、供給先との間に雇用関係が成立することを前提に、事業が運営されている。
 すなわち、本件三者間労務供給関係をもし労働者供給であると考えるならば、A社ないしB社を使用者であると認定してすべての使用者責任を負わせ、かつ、違法な労働者供給事業であるから、供給元たるYも、供給先たるA社ないしB社もともに1年以下の懲役又は100万円以下の罰金を科されるべき罪を犯していると宣言しなければならないはずである。残念ながら(Xがそのような主張をしていないため)本件判決はそのような論理的帰結には全く思い及んでいないように見える。
 とはいえ、このような労働者供給に関する法理論は、労働者派遣法の成立によって極めて例外的な状況下にのみ縮減されたものと考えられる。派遣法成立以前の労働法理論に引きずられがちな論者は、労働者派遣の範囲をできるだけ極小化し、労働者供給の範囲をできるだけ極大化しようとする傾向があるが、原則として違法な労働者供給の中から原則として合法な労働者派遣を概念的に抜き出したという経緯からすると、法律関係の錯誤によって請負であるという誤った主観的認識にあった三者間労務供給関係を客観的な状況に合致する法律関係として再構成する際に依るべき法形式は、その違法性を極端に強調することとなる労働者供給よりも、形式違反の是正にとどまる労働者派遣の方がより適切であると思われる。
 やや皮肉なのは、こういう場合により違法性の低い労働者派遣ではなく違法性の高い労働者供給であるといいたがる議論は、労働者側が主張することが多いにもかかわらず、本件ではXも裁判所もその認識が欠落しているために、結果的に労働者の主張を否定する論拠としてより過激な結論につながりうる議論を無意識のうちに展開してしまった感がある。

正直言うと、原告側の弁護士がもう少し裁判官に労働法のあれこれを勉強させるようなことを持ち出すべきだったんじゃないかという思いが残る事件です。

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EUの公益通報者保護指令案

大内伸哉さんのアモーレブログが公益通報についてあれこれ論じているので、

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-c938.html(公益通報とは)

せっかくなので、先月(4月23日)公表されたばかりのEUの公益通報者保護指令案を紹介しておきます。

https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/placeholder_8.pdf

Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on the protection of persons reporting on breaches of Union law

いうまでもなく、EUが権限を有するのはEU法に関わることなので、EU法の違反を通報した人を保護するという指令案になるわけですが、実は、これ、人的適用範囲がかなり広くて、そこが興味深いのです。

いやまずその前に、物的適用範囲は狭くて、第1条に羅列している分野の中に労働法関係は含まれていません。まあ、逆に普通労働法は労働法の紛争処理システムがあるべきなので、消費者保護のコロラリーとしての公益通報に労働者保護法まで含まれている日本の法が不思議なのかもしれません。

それより、人的適用範囲です。

Article 2
Personal scope
1. This Directive shall apply to reporting persons working in the private or public sector who acquired information on breaches in a work-related context including, at least, the following:
a) persons having the status of worker, with the meaning of Article 45 TFEU;
b) persons having the status of self-employed, with the meaning of Article 49 TFEU;
c) shareholders and persons belonging to the management body of an undertaking, including non-executive members, as well as volunteers and unpaid trainees;
d) any persons working under the supervision and direction of contractors, subcontractors and suppliers.
2. This Directive shall also apply to reporting persons whose work-based relationship is yet to begin in cases where information concerning a breach has been acquired during the recruitment process or other pre-contractual negotiation.

今、消費者庁で検討している公益通報者保護法の改正では、労働者以外にも拡大しようかという話になっていますが、EUの指令案はそもそも労働者だけではなく、自営業者、株主や経営者、ボランティアや無報酬の訓練生なども含まれています。

思わずのけぞったのは、第d号の「請負業者、下請業者及びサプライヤーの指揮命令の下で就労するすべての者」というのまで入っていて、うむ、こちらの方では、労働法上の議論がかなりできそうです。

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日本は正社員を指名解雇できないのか?

労働問題を論じ始めて10年以上もすると、ほとんど大部分のことは、「そういえば、これもかつて一生懸命論じたなあ」という話ばかりになりがちですが(もちろん、AIだの、プラットフォームだの、クラウドだの、新しいネタも次々にやってきて、そちらはそちらで大変ですが)、これもその一つ。

いやあ、未だにこういうレベルの議論なのか、という嘆息も漏れますが、まあそういうのを取り上げつつ、昔の文章をサルベージしていくのも一興ではあります。

http://blog.btrax.com/jp/2018/05/14/work-style-japan/(日本の働き方改革を阻む5つの悪習慣)

外国企業のCEOということなので、日本の雇用システムがどう入り組んでいるかに詳しくないのはやむを得ないのですが、それにしてもトップバッターがこれですか。

1. 正社員を指名解雇できない

おそらく最大の原因がこれ。例え仕事で成果が出せなくても容易に解雇ができないため、プロセスではなく成果中心の働き方の仕組みを作りにくい。言い換えると、結果を出せないスタッフに合わせたマイクロマネージ型の仕組みづくりをしなければならなくなる。・・・

企業側としても、採用をして機能しなかった場合に解雇というオプションが簡単に取れない。おのずと、なるべく採用を抑えて、既存のスタッフでどうにか仕事をこなそうとする。そうなると、無理な仕事が増え、仕事量とリソースのバランスがおかしくなりがちで、結果的に一人当たりの労働時間も長くなってしまう。

その昔某氏に「一知半解」という言葉を使って、イナゴさんが山のように飛んできて大変だったこともあるので、あまりこの言葉を使わない方がいいのですが、重要なのは、こういう言説は必ずしも全く間違っているわけではなくて、確かにある側面からはそうである(だから「一知半解」)のは確かなんだけれども、それはものごとの半面に過ぎないという微妙なところをどう説明するかなんですね。

201402_no71まず、今から4年前に『Business Law Journal』誌に寄稿した割と短文を。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/business-law-jo.html(『Business Law Journal』2月号に「解雇規制の誤解」を寄稿)

 最近、解雇規制をめぐる議論がかまびすしいが、非常に多くの人々が誤解していることがある。それは、日本は他の欧米諸国より解雇規制が厳しいと思われていることだ。経済学者や一部法学者までそういう誤った認識で語る傾向があるのは嘆かわしいことである。
 日本の労働契約法16条は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇を権利濫用として無効としているに過ぎない。解雇できるのが原則であり、権利濫用は例外である。ところが、その例外が非常に広くなっている。特に、欧米では最も正当な解雇理由である経済上の理由による整理解雇が、日本では最も不当な解雇とみなされているし、能力不足を理由とする解雇もなかなか認められない。しかし、それは解雇規制のせいではなく、企業の人事労務管理が鏡に映っているだけなのである。
 この問題を考える出発点は、日本の「正社員」と呼ばれる労働者の雇用契約が世界的に見て極めて特殊であるという点である。諸外国では就職というのは文字通り「職」、英語で言えば「ジョブ」に就くこと、つまり職務を限定して雇用契約を結ぶことであり、通常勤務地や労働時間も限定される。それに対して日本の「正社員」は、世間で「「就職」じゃなく「就社」だ」といわれるように、職務を限定せずに会社の命令次第でどんな仕事でもやる前提で雇われる。また勤務地や労働時間も限定されないのが普通である。こういう「無限定」社員を、われわれ日本人はごく当たり前だと思っているが、実は世界的には極めて特殊なのである。
 そういう日本型「正社員」は、たまたま会社に命じられた仕事がなくなったからといって簡単に解雇されない。なぜなら、どんな仕事でも、どんな場所でも働くという約束なのだから、会社側には別の仕事や事業所に配転する義務があるからである。社内に配転可能である限り解雇は正当とされないのだ。これを労働法の世界では解雇回避努力義務というが、それは「就職」ではなく「就社」した人々だからそうなるのである。
 欧米で一般的な「ジョブ」型の雇用契約では、同一事業場の同一職種を超えて配転することができないので、労使協議など一定の手続を取ることを前提として、整理解雇は正当なものとみなされる。それに対して日本型「正社員」の場合は、雇用契約でどんな仕事でもどんな場所でも配転させると約束しているため、整理解雇はそれだけ認められにくくなる。
 日本は解雇規制が厳しすぎるのではない。解雇規制が適用される雇用契約の性格が「なんでもやらせるからその仕事がなくてもクビにはしない」「何でもやるからその仕事がなくてもクビにはされない」という特殊な約束になっているだけなのだ。ヨーロッパ並みに整理解雇ができるようにするためには、まず「何でもやらせる」ことになっている「正社員」の雇用契約のあり方を見直し、職務限定、勤務地限定の正社員を創り出していくことが不可欠の前提であろう。

わかる人にはこれで十分だろうと思いますが、なかなか分かろうとしない人も居るので、もう一つ、先日サルベージした2013年の産業競争力会議雇用・人材分科会の有識者ヒアリングの議事録から。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou_hearing/dai1/gijiyousi.pdf

(濱口総括研究員)
  私からは若干広く今後の労働法制のあり方について、雇用システムという観点からお話をさせていただく。
 ここ半年近くの議論について感じていることを申し上げる。雇用というものが法律で規制されている、その法規制が岩盤であるといった言い方で批判をされているが、どうも根本的にその認識にずれがあるのではないかと感じている。
 むしろ私が思うのは、現代の日本では特にこの雇用・労働分野については法規制が乏しい、ある意味で欠如しているがゆえに、慣行というものが生の形で規制的な力をもたらしている。そのメカニズムを誤解して、法規制が諸悪の根源であるという形で議論をすると、かえって議論が混迷することになるのではないかと思っている。それゆえ、まずは問題の根源である日本型の雇用システムからお話をしたい。
 本当はこれだけでも1時間や2時間かかる議論だが、ごくざっくりとお話をすると、雇用のあり方を私はごく単純にジョブ型とメンバーシップ型とに分けている。日本以外は基本的にジョブ型。日本も、法律上ではジョブ型。
 ジョブ型とは、職務や労働時間、勤務地が原則限定されるもの。入るときも欠員補充という形で就「職」をする。日本は、就「職」はほとんどせず、会社に入る。「職」に就くのだから、「職」がなくなるというのは実は最も正当な解雇理由になる。欧米・アジア諸国は全てこれだし、日本の実定法上も本来はジョブ型。
 ところが、日本の現実の姿は、メンバーシップ型と呼んでいるが、職務も労働時間も勤務地も原則無限定。新卒一括採用で、「職」に就くのではなく、会社に入る。これは最高裁の判例法理で、契約上、絶対に他の「職」には回さないと言っていない限りは、配転を受け入れる義務があり、それを拒否すると懲戒解雇されても文句は言えないことになっている。
 それだけの強大な人事権を持っているので、逆に、配転が可能な限り、解雇は正当とされにくくなる。一方、残業を拒否したり配転を拒否したりすれば、それは解雇の正当な理由になる。日本の実定法は、そのようにしろと言っているわけではなく、むしろ逆である。にもかかわらず、いわば日本の企業が、もう少し正確に言うと人事部が、それを作り上げ、そして、企業別組合がそれに乗っかり、役所は雇用調整助成金のような形で、端からそれを応援してきたというだけのこと。しかしながら、法規制が欠如していることによって、これが全面に出てくる。
 実は1980年代までは、メンバーシップ型のシステムが日本の競争力の源泉だと称賛をされていた。ところが、1990年代以降は、いろいろな理由でメンバーシップ型の正社員が縮小し、そこからこぼれ落ちた方々は、パート、アルバイト型の非正規労働者になってきた。とりわけ新卒の若者が不本意な非正規になってきたことが社会問題化されてきた。一方、正社員はハッピーかというと、いわゆるメンバーシップ型を前提に働かせておきながら、長期的な保障もないといういわゆるブラック企業現象が問題になってきている。
 したがって、求められているのは規制改革ではない。規制があるからではなく、規制がないからいろいろな問題が出ている。雇用内容規制が極小化されるとともに、その代償として雇用保障が極大化されているメンバーシップ型の正社員のパッケージと、労働条件や雇用保障が極小化されている非正規のパッケージ、この二者択一をどうやっていくかというのがまさに今、求められていることだろう。一言で言うと、今、必要なのはシステム改革であって、それを規制改革だと誤解すると、いろいろな問題が生じてくる。
 以下、規制改革であると誤解することによる問題を述べる。
 まず、一番大きなものが解雇規制の問題である。非常に多くの方々が、労働契約法第16条が解雇を規制していると誤解し、人によってはこれが諸悪の根源だと言う方もいるのだが、これは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇を権利濫用として無効とすると言っているだけである。つまり、これは規制をしておらず、それまでの判例法理を文章化しただけである。
 本来、権利濫用というのは、権利を行使するのが当たり前で、例外として権利濫用を無効とするというだけなのだが、その権利濫用という例外が、現実には極大化している。なぜかというと、裁判官が何も考えず勝手に増やしたわけではなく、そこに持ち込まれる事案がメンバーシップ型の正社員のケースが圧倒的に多いため。彼らは職務も労働時間も勤務地も原則無限定だから、会社側には社内に配転をする権利があるし、労働者側にはそれを受け入れる義務がある。そうであるならば、例えば会社から「濱口君、来週から北海道で営業してくれたまえ」と言われれば受けなければならない人を、たまたまその仕事がなくなったからといって整理解雇することが認められるかと言えば、それはできないだろう。つまり規制の問題ではなく、まさにシステムの問題。
 日本よりヨーロッパの方が整理解雇しやすいと言われている。それは事実としてはそのとおりだが、法体系、法規制そのものはヨーロッパの方が非常に事細かに規制をしている。それではなぜヨーロッパは、整理解雇が日本に比べてしやすいと見えるのかというと、それはそもそも仕事と場所が決まっており、会社側には配転を命ずる権利がないから。権利がないのに、いざというときにしてはいけないことをやれと命ずることができないのは当然。逆に日本は会社にその権利があるから、いざというときにはその権利を行使しろということになる。
 そうすると、この法律はどうできるのかという話になる。単純に労働契約法第16条を、例えば客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない権利濫用であっても有効であるとするのは、だめなものはだめと書いているのをだめなことはいいと書きかえろと言っているだけの話なので、それは法理上不可能。気に食わないからこれを削除してしまったらどうなるかと言えば、これは2003年以前の状態に戻るだけ。まさに八代先生が、その規定が全くない状態でどうするかということを議論されていたときに戻るだけなので、実はそんなものは何の意味もない。逆に皮肉だが、欧州並みに解雇規制を法律上設ければ、その例外、すなわち解雇できる場合というのも明確化される。これは別にこうしろという意味ではなくて、例えばこんなことが考えられるだろう。
 使用者は次の各号の場合を除き、労働者を解雇してはならない。
 一 労働者が重大な非行を行った場合
 二 労働者が労働契約に定める職務を遂行する能力に欠ける場合
 三 企業経営上の理由により労働契約に定める職務が消滅または縮小する場合
 当然、職務が縮小する場合は対象者を公正に選定しなければならないし、また、組合や従業員代表と協議しなければならない。実はこれは今とあまり変わらない。何が違うかというと、労働契約に定める職務というものが定められていなくて何でもしなければならないのであれば、要するに回せる職務がある限りはこれに当たらないということが明確化するということ。すなわち、規制がない状態から規制を作るというのも、1つの規制改革であろうというのがここで申し上げたいこと。
 解雇についてはもう一点。いわゆる金銭解決という問題があるが、これもまた多くの方々がかなり誤解しているのは、日本の実定法上で解雇を金銭解決してはならないなどという、そんなばかげた法律はどこにもない。かつ、現実に金銭解決は山のようにある。金銭解決ができない、正確に言うと金銭解決の判決が出せないのは、裁判所で解雇無効の判決が出た場合のみ。判決に至るまでに和解すれば、それはほとんど金銭解決しているということだし、あるいは同じ裁判所でも労働審判という形をとれば、それはほとんど金銭解決をしていることになる。行政機関である労働局のあっせんであれば、金銭解決しているのが3割で、残りは金銭解決すらしていない。いわば泣き寝入りの方がむしろ多い。そこまで来ないものもあるので、現実に日本で行われている解雇のうち金銭解決ができないから問題であるというのは、実は氷山の一角というよりも、本当に上澄みの一部だけ。
 むしろ問題は、私は労働局のあっせん事案を千数百件ほど分析したが、3割しか解決していないというのも問題だが、解決している事案についても、例えば解決金の平均は約17万円であるということ。労働審判の方は大体100万円であることを考えると、金銭解決の基準が明確になっていないために、非常に低額の解決をもたらしているか、あるいは解決すらしていないことになる。大企業の正社員でお金のある人ほど裁判ができるが、そうではない中小零細企業になればなるほど、あるいは非正規になればなるほど裁判はできない。弁護士を頼むということもできず、低額の解決あるいは未解決になっていることに着目をして、まさに中小零細企業あるいは非正規の労働者の保護という観点から、解雇の金銭解決を法律に定めていくことに意味があるのではないか。
 ドイツの法律を前提として解雇無効の場合にも金銭解決ができるという書き方をしても、そんなものは解雇の判決の後だけの話なのだから、その前には役に立たないということを言う人がいるが、ドイツでは、労働裁判所に年間数十万件の案件が来ているが、圧倒的大部分は実は判決に至る前の和解で解決している。なぜ解決できるかというと、法律で金銭解決の基準が定まっているから。
 もう一つ言うと、日本の場合、金銭解決というと必ずドイツ式が議論される。ドイツは、社会的に不当な解雇は無効であるとした上で、無効であっても金銭解決はできるとなっている。しかし、実はイギリスやフランスなどヨーロッパの多くの国々は、もちろん不当な解雇がいいなどという法律はないが、不当な解雇だから必ず無効になるというわけでもなく、その場合、金銭解決をすることがむしろ原則となっており、また、悪質な場合には裁判官が復職、再雇用を命ずることができるという規定もある。不当な解雇の効果、法的な効果をどうするかということについて、既存の判例をそのまま法律にしなければいけないと思えば別だが、そうではなく、新しく作るということであれば、実はヨーロッパのいろいろな国々の法システムの中には参考になるものがあるのではないか。以上が解雇についての誤解を解くお話。

(長谷川主査)
 ジョブ型とメンバーシップ型に関して教えていただきたい。ジョブ型であれば地域限定であろうが、職務限定であろうが、それがなくなれば解雇できる。一方、メンバーシップ型の正社員は、人事そのものが無限定で、配置転換、残業、いろいろな裁量権の下にある。したがって、解雇についても、慣行上のものもあるが、いろいろな制約が事実上ついているという話だと理解している。私自身の経験では、ドイツでもアメリカでも働いたが、ジョブ型であっても配置転換がある。
 ただ、日本と大きく違うのは、欧米では、配置転換にはほとんど必ずプロモーションが伴う。そうでないと本人にもインセンティブが全くないから。だから職種が違ったり、本来ここでしか働かない人がどこかに変わるときには、本人の能力をより生かすためのプロモーションを伴ってやることで、ほとんど問題が生じない。ところが、日本では、かつていわゆるローテーションという形で全く必然性もなく配置転換を行っていた。例えば北海道から九州に配置転換をする必然性がなくても、会社のローテーションでやったりしたという事実はある。今はそういうこともおそらく大企業では変わっていっているし、中小企業でも、事業所が辺鄙なところにもあって、その辺鄙なところからまた極端に辺鄙なところに行くということもないだろうから、実態が変わりつつあることに鑑みれば、もう少し実態に合わせた形で慣行でもいいし、法規制でもいいが、変えることが可能ではないか。その辺についてどうお考えになるか。 ・・・

(濱口総括研究員) ・・・
前半の方だが、基本的に企業に一方的な配転の権限はないと私は認識している。プロモーションを伴うというのは、本人が同意している、あるいはむしろ希望しているからそこに就くということだろう。根本的なことを言うと、まず日本は、上から下まで全部同じ労働者だと言われる。これは多分、戦後の平等主義の下で、全部同じ労働者であるという発想。係員島耕作から社長島耕作まで一連のつながりであるという認識の下にいろいろな議論がされるということは、欧米と比較するときの最大の誤解の元なのではないかと思う。
 基本的に企業には配転の権限がない。雇用契約で限られているということが前提。これは少なくともいろいろな労働法でそのようになっている。もちろんプロモーションもあるが、基本的にはそのプロモーションも、この職位が空いた、この課長職が空いたので、やりたい人はいるかというもの。これは外から入れる場合もそうだし、中で内部昇進する場合でも、基本的にはそういう発想。まさにジョブ型の発想でやっているがゆえに、その仕事ができるかという形で物事は動く。その仕事があるのか、ずっと続くのか、それともなくなるのかという形で議論ができる。日本はそれも人事部の胸先三寸で動いていく形になっているので、そこが一番違うのではないか。
 2番目の中小は違うというのは、実はおっしゃるとおり。ジョブ型、ジョブ型と言うが、日本の中小企業なんてそんなに回るところなんてないのだから、実はジョブ型ではないかという言い方をされることがある。これは半分正しくて、半分間違っていると思う。つまり別にこのジョブに限るという意識はどこにもない。
 そういう意味では非常に小さなメンバーシップ型だが、配転の余地がいっぱいあるわけではないので、事実上、その企業自体、中小零細企業自体がその仕事ができなくなれば、会社自体と運命を共にするのはある意味で当たり前だろうと思うのだが、そこがジョブ型という形で明示的に意識されているわけではないというのが1つ。また、先ほど申し上げたように、そもそも弁護士に高いお金を払って裁判所に持ってこられるのは、大体大企業の正社員が中心になるので、中小企業は違うのは確かにそうだと思うが、中小企業が違うというロジックが、それとしてはなかなか確立しにくいという面はあるかと思う。
 ここはどう考えるかだが、やはり中小企業だから違うというロジックは、法の論理としては立てにくいだろう。ただ、まさに実態として回す余地がないのだから、解雇は当然だろうという形で議論がされていけばいいわけで、そこはまさに回す余地があるかどうかということが、法律の中できちんと明示的にわかるようになることが一番重要ではないかと思っている。
 最後に、実態が変わってきているというふうにおっしゃられた。そうかもしれないが、1つは判例法理というのは過去の日本の、特に1980年代までのメンバーシップ型のシステムが猛威を振るっていたというか、非常に誇らしく、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言っていたころに確立したもの。当然のことながら、裁判所も別に固定観念でやっているわけではなく、例えば外資系企業でこの仕事という形で就けたようなものについては、実はフレキシブルにというか、この仕事に就けたのだから、この仕事ができなければアウトだろうという判断をしている。
 ただ、どうしても普通の日本の会社の普通の正社員ということであれば、今までの延長線上で判断することになるので、そこはむしろ実態が変わってきているということが世の中で明らかにというか、裁判官の目にわかるような形になっていないということではないか。あるいはそれが変わってきているとすれば、変わってきているということがその判断基準できちんとすくい取れるような法規制があればすくい取れるが、それがないがゆえに、単に言いわけしていると聞こえるということではないか。

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海老原嗣生『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』

2977海老原嗣生さんより『「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト』(イースト・プレス)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=2977

AIで人の仕事が消滅する…・…。
研究者によって「20年以内に49%の仕事が消える」との予測が出て以来、
「AIで仕事がなくなる」という論説が巷間に溢れだした。AIで仕事から解放されるという楽観視、AIで職にあぶれた貧困者が続出するという悲観視。いずれにせよ、不確実な未来予想をもとにした、煽情的な論が多い。
実際のところ、近い将来の雇用はどうなっていくのか? AIは救世主か?亡国者か?雇用のカリスマがひもとく「足元の未来予想図」。井上智洋准教授をはじめ、専門家や各職種のスペシャリストとの対談を収録

いやちょっと待って。これって、つい数ヶ月前に出た『HRmics』28号のAI特集の再利用じゃないですか?

ぱらぱらとめくると、確かに読んだ記憶のある文章が。ただ、そうじゃないところもあり、確認すると、結構文章が追加されたりしています。その意味では『Hrmics』の増補版ですね。

総論のところで山本勲さんが登場し、実務面の検証で、リクルート人事部の二人とAIBI論者の井上智洋さんが登場するのも同じです。

雑誌の時もそうですが、今回の本の最大のメッセージは、実はタイトルの「AIで仕事がなくなる」は当面嘘だけれども、それよりむしろ重要なのは、「すき間労働社会」になってしまうんだぞ、ということでしょう。

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岸健二編『業界と職種がわかる本 ’20年版』

9613_1526004436岸健二編『業界と職種がわかる本 ’20年版』(成美堂出版)をお送りいただきました。毎年ありがとうございます。

http://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415226910/

就職活動をする学生のために、業界や職種を11業種・8職種にまとめ、業界の現状、仕事内容などを紹介。
就職活動の流れや最新採用動向も掲載。就職活動の基本である業界職種研究の対策書として最適な一冊。
自分に合った業界・職種を見つけ就職活動に臨む準備ができる。

例によって、編者の岸健二さんの最近のエッセイを、労働調査会のコラムから:

http://www.chosakai.co.jp/information/alacarte/20632/(新入社員のみなさん就業規則を読みましたか?)

今月社会人となられたみなさん、混雑の中の通勤、職場の雰囲気に馴染みはじめていますでしょうか?
 筆者が初めて社会人になったころは、入社の時に「就業規則」が冊子で配布されました。今はおそらく多くの会社において社内コンピュータシステムの中に「誰でもいつでも見られるように」あるはずです。これは労働基準法第106条によって皆さんが入社した会社が、みなさんをはじめとした従業員に周知を義務付けられていることによって、システムの中に設置されているのです。
 いわゆる「仕事をするにあたってのルールブック」ですので、必ず目を通してください。可能であればダウンロードして自宅でも見られるようにしておくことをお勧めします。併せて就業規則、賃金規程、退職金規程、慶弔見舞金規程、旅費規程、育児休業規定、介護休業規定などが付属していることも多いです。細かいお金の定めやお休みのルールも大事ですが、まずは就業規則の本文を読んでください。・・・

・・・そして、ずっと今いる企業に勤め続けるとしても、「働き方改革」の波が全く来ないということはありえません。その時に自分の勤務先がどのように人事制度を変え、どのように社員の皆さんに働いてもらおうと考えているのかを知るためにも、今のルールを保管しておいて、その時にどうルールを変えたのかを新旧比較して理解しておく必要があると考えるのです。そのことは単に「働く側」の立場としてだけではなく、将来管理職となって部下を監督する立場になった時にも、起業するなり、入社した会社の社長あるいは関連会社の社長となって「人材を雇う」立場になった時にも必要なことなのです。
 「ルールを明確に示して人材を雇うこと」「公明なルールに従ってビジネスパーソンとして働くこと」双方がますます大事な時代になってきています。そんな時代に社会人になったみなさんが、働くルール、働かせるルールをよく知って社会に貢献することを何より願ってやまないのです。

働き始めた若い人々への思いが感じられるエッセイです。

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«産業競争力会議雇用・人材分科会有識者ヒアリング(2013年11月)