2017年10月18日 (水)

浅井隆『戦略的な人事制度の設計と運用方法』

51dje1dlyel__sx350_bo1204203200_浅井隆さんの『戦略的な人事制度の設計と運用方法』(労働開発研究会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/book-list/5424/

■「企業が事業目的を達成するために、いかに制度を見直して従業員と共有するか」
■時代の変化やボーダレス化が進む中で永続的に反映し続けるための就業規則改定について具体的に解説。
 筆者の豊富な経験と積み重なった裁判例を参考に,制度と運用に分け,各労働条件毎に分析した就業規則改定の最新・決定版!

一言で言えば、就業規則をどう作るか、そしてそれを日常の中でどう運用するかについての詳しい解説書です。

第1編 人事労務管理の目的

1.企業にとって人事労務管理は不可欠

2.人事労務管理の工夫の仕方

3.人事労務管理は制度設計と運用の両面があることを強く意識する

第2編 制度

第1章 就業規則の効力

Ⅰ 就業規則の意義

Ⅱ 就業規則の内容と形式

Ⅲ 労働条件を規律する法的規律の順位

Ⅳ 就業規則の効力

Ⅴ 就業規則による労働条件の不利益変更

第2章 狭義の就業規則

Ⅰ 服務規律

Ⅱ 採用及び試用

Ⅲ 人事異動

Ⅳ 休職

Ⅴ 退職

Ⅵ 労働時間・休憩・休日

Ⅶ 時間外・休日労働

Ⅷ 出退勤

Ⅸ 年次有給休暇

Ⅹ その他の法定休暇・法定休業

Ⅺ 任意の休暇・休業

Ⅻ 安全衛生

XⅢ 災害補償

XⅣ 表彰及び制裁

第3章 賃金規程

Ⅰ.賃金制度を設計することの戦略的意義

Ⅱ 給与の計算等

Ⅲ 基準内給与

Ⅳ 基準外給与

Ⅴ 昇給

第4章 賞与

第5章 退職金規程

第6章 有期労働者の就業規則

第3編 運用

第1章 日常の人事労務管理

Ⅰ.服務規律

Ⅱ.採用及び試用

Ⅲ.人事異動

Ⅳ.休職

Ⅴ.退職

Ⅵ.労働時間・休憩・休日

Ⅶ.時間外・休日労働・出退勤

Ⅷ.年次有給休暇

Ⅸ.その他の法定休暇・休業・任意の休暇・休業

Ⅹ.安全衛生

Ⅺ.災害補償

Ⅻ.表彰および制裁

第2章 賃金制度の運用

Ⅰ.当該労働条件の運用における戦略的意義

Ⅱ.給与の計算等

Ⅲ.基準内給与

Ⅳ.基準外給与

Ⅴ.昇給

第3章 賞与制度の運用

第4章 退職金制度の運用

第5章 有期労働者の人事労務管理

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

長時間労働は「三つ子の魂百まで」

東京大学中原淳研究室のサイトに、「長時間労働は「三つ子の魂百まで」」という記事が載っていて、いや全くその通りだなと思った人も多いのではないでしょうか。

http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/8197

 「長時間労働とは学習の結果である」
  
 とりわけ、学習は「新入社員」のときからはじまっています。
  
 新入社員の時に求められた働き方がテンプレートになり、かつ、新入社員の頃の職場メンバーや上司の働き方を「観察学習」し、長期に学び取った結果、「長時間労働をなんとも思わない身体」が完成されてしまうのだ

自分の新入社員時代を思い出して、そうだそうだと思い返している中年世代の方が山のようにいるのではないか、と。

とりわけ、

「ここからは残業時間になるよ」という「境界」を、そもそも一度も「意識せず」に働いている人々がいる

言葉の正確な意味での「時間無限定」正社員の生き方が、あたかもひよこが卵から孵ったその時に見た先輩の生き方を丸写しにするように吸い込んで体現していくという永遠のミームの連鎖が・・・。

この深層心理のラーニングをアンラーニングすることが容易ではないのはよくわかります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年10月17日 (火)

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用はパズルと積み木

ジョブ型とメンバーシップ型についてはいろいろな説明があって、比喩の仕方もいろいろあるんですが、「文系だけどシリコンバレーで働く」というブログで、おそらくアメリカでの実体験を踏まえてパズルと積み木という比喩を使った説明が試みられていて、なかなか興味深かったので紹介しておきます。

http://tobiccosan.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html

・・・メンバーシップ型採用は、積み木。さまざまな大小似たような形の木のピースがあり、それをすべて使って何かを作らなければならない。持っているピースをできるだけ効率的にすべて使わなければいけないので、完成形のイメージは曖昧でおおざっぱ、「城」とか「工場」とか。いくつかのピースには特徴がある(三角形で一番上に乗せられなければならない、丸いので両側を細長いピースで挟まないと安定しない、など)ので、それらを支える形で汎用性の高い四角いピースをたくさん使って何かを完成させる。もしもピースが余ってしまっても簡単に捨てることはできないので、そのときは申し訳程度に横に並べてみたりするしかない。また、もしもピースが足りなくなったとき、新しく追加するにはお金がかかり、また追加したピースは簡単には捨てられないので、使い捨てピースで間に合わせるか、持ち合わせのピースで無理して細長く積み上げたりすることもある。上に置く用の三角形の特殊ピースばかり余ってしまうこともあるが、その場合もどこかに積まないといけないので、余った特殊ピースを乗せるためだけに追加で小さな城を横に作ったりする。

ピース側からすると、一回捨てられてしまうと別の積み木にいつ追加してもらえるかわからないので、できるだけ長く同じ場所で活用されるように汎用型の四角いピースを目指すことが安牌。

ジョブ型採用は、パズル。明確にどのような絵を描きたいかが決まっていて、そのためにできるだけピッタリとハマるピースを探す。どのピースもほとんどが特殊ピースなので、ぴったりはまるかはまらないかが明確で、すぐにピースが余ったり足りなくなったりする。それぞれのピースは捨てることも新しく追加することも比較的かんたんなので、描きたい絵が変わったり、描いてみてあまりうまくいかなくなったらいくつかのピースあるいは絵の一部を構成するピース群を捨てたり追加したりする。

あなたがどのような形のピースで、どのような場所にピッタリはまるのか明確な方が使われやすく、汎用性が高い特徴のない形のピースだと面白い絵が描けないのであまり役に立たない。・・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2017年10月16日 (月)

自分の頭で考えるヒント

131039145988913400963 読書メーターで、もう8年前の本ですが、『新しい労働社会』に対してこういう評をいただきました。

https://bookmeter.com/reviews/67295834

最近は中身も分量も薄い新書が目立ちますが、本書はとても重厚な内容で労働問題を学ぶ人には必須の書ですね。2009年の発刊ですが、ここで指摘されている日本型雇用システムの制度疲労、賃金制度改革の必要性、ただし社会保障制度とセットでといった問題点は何一つ解決していません。日本は企業が育児や教育など本来は政府がやるべき部分までてあてしてきたが、それが限界を迎えている。そんな中、安倍政権がこの総選挙で打ち出した働き方改革がどのような社会につながるのかを、自分の頭で考えるヒントが本書にはあります。

「自分の頭で考えるヒント」との言葉は嬉しい限りです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

労使コミュニケーション再考@『情報労連REPORT』10月号

Johororen小樽での労働法学会から帰ったら、『情報労連REPORT』10月号がとどいていました。特集は「労使コミュニケーション再考」です。「再考」であって、「再興」ではなく、いわんや「最高」でもありません。

http://ictj-report.joho.or.jp/special/

戎野淑子、野田知彦、上田眞士といった研究者に混じって、常見陽平さんも登場していますが、いかにも常見さんらしい切り口になっています。

http://ictj-report.joho.or.jp/1710/sp05.html

1710_sp05_face・・・経営者がこれほど従業員とコミュニケーションを取りたがっている時代はありません。ただ、従業員の意見は聞くのに、それが労働組合の意見だと身構えてしまう。労働組合の代表だとなぜ話を聞こうとしないのかが問われていると思います。

・・・経営者はエース社員の意見は聞きますし、辞めてほしくないから若手の意見も聞きます。経営者が耳を傾けるのは、露骨に言えば「もうかる意見」です。資本主義の権化みたいな話ですが、「もうかる提案」を労働組合もする必要があると思います。

ではどういう話をしろというのかというと、

・・・私は少子化が社会を変えることに希望を持っています。人事担当者向けのセミナーでは、「人を採用できない企業は生き残れないと、経営者にたたきつけろ」とたき付けています。人口減少は実際に始まっていて、地方だと顕著に起きています。労働条件に魅力がないと人が採れません。現場をよく知る労働組合にとって、これは最後のチャンスです。

働きやすい職場とは何か、こうすれば採用できる、早期退職しない。そういうことを労働組合が提案できるかどうかにかかっています。経営者が考えもしなかったような発想の軸を提起することも大切でしょう。これから求められるオフィスのあり方や、優秀な女性を採るための働き方のあり方。労働組合がこうしたポイントで対話している例は少ないと思います。

私なら、賃金や労働時間よりも、採用達成率や早期離職率といったデータを経営者や人事部に突きつけて闘います。ぎくっとするはずですよ。労使コミュニケーションの突破口は人手不足にある。これは揺るぎない結論です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年10月14日 (土)

ロボットに法人格を@欧州議会

欧州議会が今年2月16日に採択した「ロボティクスに関する民法ルールに関する欧州委員会への勧告」決議の中に、興味深い項目があります。

http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+TA+P8-TA-2017-0051+0+DOC+XML+V0//EN

European Parliament resolution of 16 February 2017 with recommendations to the Commission on Civil Law Rules on Robotics

59.  Calls on the Commission, when carrying out an impact assessment of its future legislative instrument, to explore, analyse and consider the implications of all possible legal solutions, such as:

f) creating a specific legal status for robots in the long run, so that at least the most sophisticated autonomous robots could be established as having the status of electronic persons responsible for making good any damage they may cause, and possibly applying electronic personality to cases where robots make autonomous decisions or otherwise interact with third parties independently;

ヘ) 少なくとも最も洗練された自律的なロボットが、その引き起こしたいかなる損害を賠償する責任を負う電子的法人格の地位を有し、場合によっては電子的法人格をロボットが自律的な決定を行い、またはさもなければ第三者と独立に相互作用する場合にも適用するように確立されるように、長期的にロボットのための特別の法的地位を創設すること。

「electronic persons」って、「specific legal status」、つまりロボットに法人格を与えるという噺ですね。

欧州議会の議論はそういうところまで既に行っているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年10月13日 (金)

『Works』144号

Worksリクルートワークス研究所の『Works』144号をいただきました。特集は「フリーランスがいる組織図の描き方」です。

http://www.works-i.com/pdf/w_144.pdf

●半数の企業はフリーランスを活用しない―その選択は正しいか
・企業がフリーランスを活用しない、その理由とは
・今後、高度なプロフェッショナル人材を獲得し続けられるのか
・イノベーションは同質性の高い組織で生まれ得るのか

●フリーランスとともに価値を生み出した4つの事例
・工場のブランディングに広報のプロを投入/GE ヘルスケア・ジャパン
・経営企画部門の最強チームをつくる/アカツキ
・新サービス開発でマーケティングのプロを活用/NTTドコモ
・新商品開発にパートナーとして伴走してもらう/パイオニア

●フリーランスと企業が協業できる環境が整ってきた
・ビジネス系職種にもフリーランスが増えてきた
・場所・時間にとらわれない最適な人材の活用が可能になった
・最適なスキルを持つ人材との出会いの場ができた
・規模の大きな仕事も依頼できるようになった

●フリーランスとの協業で成果を上げるために企業がすべきこと
・日本企業はどのようにフリーランスに仕事を任せてきたのか
・日本企業はどうすればフリーランスをうまく活用できるか
・フリーランスと協業し価値が高まる領域とは

●フリーランスという働き方を魅力的にするために社会がすべきこと
・フリーランスという働き方から生活の不安定さを軽減する
・フリーランスの仕事から搾取の構造を取り除く
・フリーランスのスキルアップを担保する

まとめ:個人と、「信頼」に基づく新しい関係を築くために人事がすべきこと/清瀬一善(本誌編集長)

厚生労働省でも「柔軟な働き方に関する検討会」が始まったところであり、雇用類似の働き方をどう考えるかというのは、これからのデジタル社会における大きな論点であることは間違いありません。

ここに登場するフリーランス協会の平田氏は、こう語っているのですが、

・・・ただし、この問題について「フリーランスを一括りにし、すべてに対して過剰な規制をかけることはやめるべき」だと、平田氏は指摘する。「フリーランスは、経済的自立ができていない準従属労働者と、専門性を有し、自営ができているプロフェッショナルに分けられます(右図)。前者には、健康や家庭などの事情があって仕方なくフリーランスになった、という人も少なくありません。準従属労働者には“保護”が必要です」(平田氏)
 一方、後者のプロについては、「立場の強弱を前提とした保護はなじまない」(平田氏)という。それよりも、対等なパートナーシップを組むための取引の公平性や透明性を実現すべきだ。・・・

しかしその線引きをどうできるのかが難問なわけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

『DIO』10月号

Diodio連合総研の機関誌『DIO』10月号をお送りいただきました。

http://www.rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio330.pdf

特集は「生活時間の視点から労働時間を考察する」で、毛塚、長谷川両氏の論考が載っています。

生活時間の確保を基軸に労働時間法制の構造転換を 毛塚勝利 …………………4
生活時間アプローチが労働者の家庭責任に関わる労働時間法にもたらす視角 長谷川聡 …………………8

毛塚理論は最近よく見ますのでご承知の方も多いでしょう。「基本は1日の最長労働時間規制と時間主権=生活主権の確立」とか、「インターバル規制の性格転換-休息時間規制から最低生活時間規制へ」、そして「時間外労働規制の性格転換―賃金清算原則から時間清算原則へ」など、残業代ゼロ論ではなく、労働時間規制の本質からたたみかけるような議論を展開しています。

その上で、最後の「監督行政まかせからの脱却―社会的モニタリングの構築」については、いやしかしだれがそれを実際にやるのか?という疑問が湧いてくるのを禁じ得ませんでした。

・・・しかし、生活時間を確保することは、労使はもとより、国・自治体を含む、すべての関係当事者の責務と考えた場合、ある企業の労働時間の有り様は、単に企業内労使の問題ではなく、地域住民、学校、取引先等、当該企業のすべてのステークホルダーの関心事でもあることを認め、当該企業の労働時間の実情をモニタリングすることが考えられてよい。・・・

・・・そのうえで、労働組合が地域レベルのNPOやNGOと連携をとりながらモニタリングを行う10とともに、市町村レベルに、労使団体、学校教育関係者、福祉施設関係者、ボランティア関係団体等の代表者で構成されるモニタリング機関を設け、労働時間の実情把握と評価を行うことである。社会的モニタリングは、長時間労働の多くが顧客や消費者の「我儘」によることを自ら認識し、生活時間の侵害を防止する社会的規範の形成にも寄与するはずである。

趣旨はまったくその通りと思いつつ、それが可能なような地域レベルのつながりが一体あるのか、労働組合がそことどれくらいつながりを持ち得ているのか、等々。

あまりにも内部労働市場に最適化してしまった日本の労働組合にそのようなイニシアティブを取れる能力が失われてしまったからこそ、今の状態になってしまっているわけでしょうから。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2017年10月11日 (水)

hontoのブックツリーで拙著が

hontoという本のサイトに、ブックツリーという「本に精通したブックキュレーターが独自のテーマで集めた数千の本を、あなたの;関心・興味や気分に沿って紹介するサービス」があり、そこに拙著が挙げられていました。

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbd_2 まず、河野真太郎さんが選んだ「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在」というツリーには、斎藤環さんの『戦闘美少女の精神分析』、斎藤美奈子さんの『紅一点論 アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』、河野さん自身の『戦う姫、働く少女』など、いかにもそうだろうなという本と並んで、拙著『働く女子の運命』が挙がっています。

https://honto.jp/booktree/detail_00004582.html?cid=ip_item_bt_1

本書は女性の雇用慣行の変遷を辿り、男女雇用均等法以後においてさえも働く女性の苦境が解消しない理由を説得的に論じる。所属を基礎とするメンバーシップ型の雇用慣行は、いまだに仕事に人間を貼り付けるジョブ型雇用へと転換していない。そこから生じるのが『戦う姫、働く少女』が見据える、女性化された流動的労働力の現在だ。

うーーむ、本書に出てくる働く女子たちは「戦闘美少女」だったのでしょうか。

さらに、「私の会社はブラックか・・・?不安になったら読みたい、働き方を考える本」というツリーには、5冊のうち拙著が2冊入っています。

https://honto.jp/booktree/detail_00002840.html?cid=ip_item_bt_1

112483 一つは『日本の雇用と労働法』

理論的な労働法制と現実の労働社会の結びつきが簡潔にまとめられた本です。会社には労災や安全への配慮義務、福利厚生、労働組合など司法に支えられた体制がきちんと存在しています。たとえば仕事に追われ思わぬケガをしたとき、残業代が出ないとき、自分を助けてくれる実用的な知恵を明確な根拠とともに与えてくれる一冊です。

うーーむ、「実用的な知恵」の本ではないのですが・・・。

Chuko もう一つは『若者と労働』でした。

実際の労働環境や労働条件など、会社に入ってみてわかることは多いです。しかし、度を越えた労働時間やパワハラといった問題がどのように生まれたか、わからないままでいる人も多いでしょう。その成り立ちを解き明かし、現在の働き方の異常さを白日の下にさらすことで、読み手にそれを変えるヒントを授けてくれる一冊です。

うーーむ、「変えるヒントを授ける」かどうかはわかりませんが、少なくとも「その成り立ちを解き明か」そうとした本です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

工藤眞由美さん@阪大の拙著評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 大阪大学生協の「<教員>10月のおすすめ本」というコーナーに、拙著『働く女子の運命』が取り上げられていました。

http://www.osaka-univ.coop/event/book/review/201710/professor/professor.html

取り上げていただいたのは、大阪大学の理事・副学長の工藤眞由美さんで、5冊のうちの一冊です。その5冊というのは、原田マハ『楽園のカンヴァス』、須賀敦子『遠い朝の本たち』 、石牟礼道子『苦海浄土』、拙著、そして高橋源一郎『読んじゃいなよ!』 でした。こういう名著と並べて取り上げていただいたことに感謝します。

どういうコメントをされているかというと:

唐突ですが、「マミートラック」という言葉を知っていますか?バリバリ働いていた女性が出産・育児休業を経て責任の軽い仕事に変わり、キャリアアップの道から外れてしまう現象のことを言います。子育て期の忙しい女性に配慮した結果であるものの、新たな仕事のチャンスを掴むことができず、仕事への意欲そのものを削がれてしまうのも事実。働きたいと思ったが、こんな働き方ではなかった、と立ちすくんでいるのが女性の現実でしょう。日本では、職場における女性の地位は低迷したままです。なぜ、こんなにも働きにくいのでしょうか?これは女性だけの問題?女性の働き方の歴史的変遷を辿りながら、現在の状況が俯瞰できる本です。

 タイトルの「運命」という言葉に違和感を感じるかもしれません。著者は、それほど働き方を変えるのは難しいことなのだ、というメッセージを込めたそうです。タイトルだけで敬遠せず、女性のみならず男性にも読んでほしい本です。

ありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年10月10日 (火)

EU労働局の創設?

先月、EU委員会のユンケル委員長による所信表明演説(State of the Union Address 2017)があり、その中にちらりとですが、こんな一節がありました。

http://europa.eu/rapid/press-release_SPEECH-17-3165_en.htm

・・・In a Union of equals, there can be no second class workers. Workers should earn the same pay for the same work in the same place. This is why the Commission proposed new rules on posting of workers. We should make sure that all EU rules on labour mobility are enforced in a fair, simple and effective way by a new European inspection and enforcement body. It is absurd to have a Banking Authority to police banking standards, but no common Labour Authority for ensuring fairness in our single market. We will create such an Authority.・・・

・・・平等な者の欧州連合においては、セカンドクラスの労働者はありえない。労働者は同じ場所での同じ仕事には同じ賃金を受け取るべきだ。それゆえ、EU委員会は労働者海外派遣の新たなルールを提案した。我々は、労働移動に関する全てのEUのルールが、新たな欧州の監督・執行機関によって、公正で、簡素で有効なやり方で実行されるよう確保すべきだ。銀行の基準を監督するためには銀行当局を設けているのに、我々の単一市場において公正さを確保するための共通労働当局が存在しないのはばかげている。われわれはそのような当局を創設するつもりだ。・・・

銀行云々のところがよくわからないのを除けば、要はEU域内をあちこち異動する労働者の労働基準監督のために、各国の労働当局とは別に、いわばEU労働局とでもいうべき機関を創設すると、この部分は間違いなく言っているように見えます。

これは結構重大なことを言っているように思われますが、雇用社会総局の方には全然出てきません。これも官邸主導かな?

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2017年10月 7日 (土)

ベーシックインカム異論

9784165030904 なんだか最近再びベーシックインカムが政治課題として論じられてきているようなので、もう8年近くも前の文章ですが、お蔵出しして皆様にお目にかける必要があるのではないか、と。

文藝春秋が毎年出してる『日本の論点』の2010年版に寄稿したものです。

何しろ8年近く前なので、「有効求人倍率が0.4に近い現状において」なんていう台詞も出てきますが(ちなみに現在は1,5以上)、議論の筋道自体は今でもまったく変える必要はないと思っています。

 マクロ社会政策について大まかな見取り図を描くならば、20世紀末以来のグローバル化と個人化の流れの中で、これまでの社会保障制度が機能不全に陥り、単なる貧困問題から社会的つながりが剥奪される「社会的排除」という問題がクローズアップされてくるともに、これに対する対策として①労働を通じた社会参加によって社会に包摂していく「ワークフェア」戦略と、②万人に一律の給付を与える「ベーシックインカム」(以下「BI」という)戦略が唱えられているという状況であろう。

 筆者に与えられた課題はワークフェアの立場からBI論を批判することであるが、あらかじめある種のBI的政策には反対ではなく、むしろ賛成であることを断っておきたい。それは子どもや老人のように、労働を通じて社会参加することを要求すべきでない人々については、その生活維持を社会成員みんなの連帯によって支えるべきであると考えるからだ。とりわけ子どもについては、親の財力によって教育機会や将来展望に格差が生じることをできるだけ避けるためにも、子ども手当や高校教育費無償化といった政策は望ましいと考える。老人については「アリとキリギリス」論から反発があり得るが、働けない老人に就労を強制するわけにもいかない以上、拠出にかかわらない一律最低保障年金には一定の合理性がある。ここで批判の対象とするBI論は、働く能力が十分ありながらあえて働かない者にも働く者と一律の給付が与えられるべきという考え方に限定される。

 働く能力があり、働く意欲もありながら、働く機会が得られないために働いていない者-失業者-については、その働く意欲を条件として失業給付が与えられる。失業給付制度が不備であるためにそこからこぼれ落ちるものが発生しているという批判は、その制度を改善すべきという議論の根拠にはなり得ても、BI論の論拠にはなり得ない。BI論は職を求めている失業者とあえて働かない非労働力者を無差別に扱う点で、「文句を言わなければ働く場はあるはずだ」と考え、働く意欲がありながら働く機会が得られない非自発的失業の存在を否定し、失業者はすべて自発的に失業しているのだとみなすネオ・リベラリズムと結果的に極めて接近する。

 もっとも、BI論の労働市場認識は一見ネオ・リベラリズムとは対照的である。ヴァン・パリースの『ベーシック・インカムの哲学』は「資産としてのジョブ」という表現をしているが、労働者であること自体が稀少で特権的な地位であり、社会成員の多くははじめからその地位を得られないのだから、あえて働かない非労働力者も働きたい失業者と変わらない、という考え方のようである。社会ははじめから絶対的に椅子の数の少ない椅子取りゲームのようなものなのだから、はじめから椅子に座ろうとしない者も椅子に座ろうとして座れなかった者も同じだという発想であろう。

 景気変動によって一時的にそのような状態になることはありうる。不況期とは椅子の数が絶対的に縮小する時期であり、それゆえ有効求人倍率が0.4に近い現状において失業給付制度を寛大化することによって-言い換えれば働く意欲を条件とするある種の失業者向けBI的性格を持たせることによって-セーフティネットを拡大することには一定の合理性がある。いうまでもなくこれは好況期には引き締められるべきである。

 しかしながら、景況をならして一般的に社会において雇用機会が稀少であるという認識は是認できない。産業構造の変化で製造業の雇用機会が空洞化してきたといわれるが(これ自体議論の余地があるが)、それ以上に対人サービス部門、とりわけ老人介護や子どもの保育サービスの労働需要は拡大してきているのではなかろうか。この部門は慢性的な人手不足であり、その原因が劣悪な賃金・労働条件にあることも指摘されて久しい。いま必要なことは、社会的に有用な活動であるにもかかわらずその報酬が劣悪であるために潜在的な労働需要に労働供給が対応できていない状況を公的な介入によって是正することであると私は考えるが、BI論者はネオリベラリストとともにこれに反対する。高給を得ている者にも、低賃金で働いている者にも、働こうとしない者にも、一律にBIを給付することがその処方箋である。

 ある種のBI論者はエコロジスト的発想から社会の全生産量を減らすべきであり、それゆえ雇用の絶対量は抑制されるべきと考え、それが雇用機会の絶対的稀少性の論拠となっているようである。しかし、これはいかにも顛倒した発想であるし、環境への負荷の少ない生産やサービス活動によって雇用を拡大していくことは十分に可能であるはずである。

 上述でも垣間見えるように、BI論とネオリベラリズムとは極めて親和性が高い。例えば現代日本でBIを唱道する一人に金融専門家の山崎元がいるが、彼はブログで「私がベーシックインカムを支持する大きな理由の一つは、これが『小さな政府』を実現する手段として有効だからだ」、「賃金が安くてもベーシックインカムと合わせると生活が成立するので、安い賃金を受け入れるようになる効果もある」、と述べ、「政府を小さくして、資源配分を私的選択に任せるという意味では、ベーシックインカムはリバタリアンの考え方と相性がいい」と明言している*1。またホリエモンこと堀江貴文はそのブログでよりあからさまに、「働くのが得意ではない人間に働かせるよりは、働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが大好きなワーカホリック人間にどんどん働かせたほうが効率が良い。そいつが納める税収で働かない人間を養えばよい。それがベーシックインカムだ」、「給料払うために社会全体で無駄な仕事を作っているだけなんじゃないか」「ベーシックインカムがあれば、解雇もやりやすいだろう」と述べている*2。なるほど、BIとは働いてもお荷物になるような生産性の低い人間に対する「捨て扶持」である。人を使う立場からは一定の合理性があるように見えるかも知れないが、ここに欠けているのは、働くことが人間の尊厳であり、社会とのつながりであり、認知であり、生活の基礎であるという認識であろう。この考え方からすれば、就労能力の劣る障害者の雇用など愚劣の極みということになるに違いない。

 最後に、BI論が労働中心主義を排除することによって、無意識的に「“血”のナショナリズム」を増幅させる危険性を指摘しておきたい。給付の根拠を働くことや働こうとすることから切り離してしまったとき、残るのは日本人であるという「“血“の論理」しかないのではなかろうか。まさか、全世界のあらゆる人々に対し、日本に来ればいくらでも寛大にBIを給付しようというのではないであろう(そういう主張は論理的にはありうるが、政治的に実現可能性がないので論ずる必要はない)。もちろん、福祉給付はそもそもネーション共同体のメンバーシップを最終的な根拠としている以上、「“血“の論理」を完全に払拭することは不可能だ。しかし、日本人であるがゆえに働く気のない者にもBIを給付する一方で、日本で働いて税金を納めてきたのにBIの給付を、-BI論者の描く未来図においては他の社会保障制度はすべて廃止されているので、唯一の公的給付ということになるが-否定されるのであれば、それはあまりにも人間社会の公正さに反するのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

労働市場を無視した大学論は無意味@川端望

拙著に丁寧な書評をいただいたこともある東北大学の川端望さんが、いわゆる低レベル大学の存立根拠について、箇条書きながら丁寧に解説しているページがありました。

「ゼミ生討論用のノート」とのことですが、世の多くの人の討論用にこそとても有用だと思われます。以下は抜き書きですが、是非リンク先で全体を一覧いただきたい内容です。

https://plus.google.com/111914211653276243730/posts/BGg3nT86NBZ (大学の学力問題と労働市場)

・・・学力が低い大学が成り立つ理由は,需要側と供給側の双方にある。

・まず需要側。「とにかく大卒の肩書を手に入れないと不安」という親及び学生本人のニーズ。この不安は,高卒と大卒で生涯賃金の格差が依然としてある上に,高卒でつける安定した正社員の職が縮小していることに由来する。日本社会において「一定の専門的知識・能力」でなく「大卒の肩書」が求められる理由は後述する。

・次に供給側は二つに分かれる。一つは,「学生を獲得できれば良い」というオーナー。研究や学力水準は関係ない。授業料など学生納付金を得て経営の帳尻が合えばよいという傾向。もう一つは,「とにかく四年制大学を自分の傘下に持ちたい」というオーナー。こちらは採算を度外視し,学生が集まりそうもなくても大学を設立したり,甘い見通しの下で短大を四年制に衣替えしたりする。

・この両者の利害が一致したところで,教育内容よりも「とにかく大卒である」という人材を作り出す大学が成り立つ。こうした大学が,入学のハードルを異常に下げて学生を集めている。入学のハードルを異常に下げていることが,大学にふさわしい授業を不可能にすることは自明である。

Chuko さらに、こうした低レベル大学をチェックする仕組みが働かない理由を説明した上で、上の「後述」が語られます。ここは基本的に、拙著『若者と労働』等で述べているメンバーシップ型雇用システムに適応したという話です。

・低レベル均衡の根源は,就職活動時に「とにかく大卒である」ことの限界効用が高いという,大卒者の労働市場,とくに文系卒の労働市場にある。

・なぜ「大卒である」だけで価値があるか。それは,とくに企業が大卒者,とくに文系の卒業者を採用して企画・管理・事務系の正社員とする場合にはなはだしいが,企業が職務を指定せずに,学歴と,ばくぜんとした能力チェックで採用し,以後,企業内訓練をしながら職務に配置するというしくみをとっているからだ。そして,年に一度一括採用した上で,入社年度別に管理し,競争させる。

・社員にはもちろん能力や業績が求められる。しかし,それは職務を達成することではなく,長い目で見て会社に貢献することによって評価される。そのため評価基準は会社ごとにばらばらであり,あいまいになる。給与や昇格・昇進は年功的になり,競争は同期間競争という狭い範囲のものになる。転職できないことはないが,その際に自らの能力や業績を証明するのがたいへんである。

・つまり,企業は大学に,とくに文系については,学校ブランドと「会社の一員として働く能力」育成を求めているのであり,専門的な職務を遂行する能力育成を求めているわけではない。求められていないのだから,大学にも育成するインセンティブがない

ところがその前提が徐々に変わってきているために、話が複雑になります。

・「とにかく大卒である」ことにより正社員になって一定の生涯賃金を得るというコースは,まだ存在しているもののやせ細りつつある。大学生のうち,このコースに乗ることのできる割合は小さくなり,また乗ったところで不確実性が高まりつつある。

・だから,大学の定員割れが著しいことは,大学だけの問題ではない。「とにかく大卒である」卒業者を送り出す事業が,労働市場によって求められなくなりつつあることを示しているのだ。労働市場を無視した大学論は無意味だ

話がねじれてくるのは、この「とにかく大卒である」ことへの膨張された需要のおかげで、一定のアカデミック雇用機会が創出されていたという構図です。

・教員やその候補者たる大学院生,ポスドクは,できればそのような大学には就職したくない。しかし,大学院重点化で院生の数が激増したために教員労働市場は供給過剰であり,職を選ぶ余裕はないので,そのような大学にも応募は集まる。

ではこれからどうなるか?

職業教育重視の方向性についても、必ずしも薔薇色には描いていません。むしろやや懐疑的なスタンスを持ちつつ、ほかに道はないだろうというニュアンスを醸し出しています。

・裏返すと,文系を含めて,大卒者に特定の能力や知識を求める動きも,少しずつだが出てきている。この労働市場のニーズにこたえる大学が増えることにより,大学が,現在よりも有効に機能する可能性がある。つまり,大学において職業教育をより重視する方向によって,である。

・地域貢献型大学や専門職大学が,この可能性をひらくものになるかどうか,注視しなければならない。こうした動きは,労働市場の変化に対応して教育内容を変化させるという意味では「大学」の大学としての改革になり得る。しかし,入学のための学力基準を切り下げることをやめなければ,実質的に「大学」と呼びえない,新たな形の専門学校になるかもしれず,その専門学校としても機能しないのかもしれない。新しい需給が生まれて低レベル均衡が質のより高い均衡にとってかわられるのか,それとも新たな低レベル均衡に移行するだけなのか,それはまだわからない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

AIによる人事評価や被解雇者選定

Rougaku 来週末の10月15日、小樽商科大学で第134回日本労働法学会が開かれますが、

http://www.rougaku.jp/contents-taikai/134taikai.html

大シンポジウムの統一テーマは「雇用社会の変容と労働契約終了の法理」で、その当日レジュメが会員専用ページにアップされました。

司会:中窪 裕也(一橋大学)

司会・趣旨説明:野田 進(九州大学名誉教授)

報告:

(1) 野田 進(九州大学名誉教授)

「雇用社会の変容と労働契約終了の法理~~3つの視角」

(2) 山下 昇(九州大学) 

「雇用終了のルールの明確化とその紛争解決制度の課題」

(3) 龔 敏(久留米大学)

「労働者の適性評価と雇用終了法理」

(4) 柳澤 武(名城大学)

「雇用終了における人選基準法理」

(5) 所 浩代(福岡大学)

「雇用終了過程における説明・協議義務」

(6) 川口 美貴(関西大学)

「労働契約終了と合意」

解雇やその他の雇用終了というのは労働法のペットテーマで、これまでも何回も取り上げらて来ていますが、今回のレジュメをざっと見たら、AI(人工知能)による人事評価とか、それによる被解雇者の選定というようなトピックがいくつかのレジュメに出てきて、そうか、そっちの問題もあるのだなあ、と改めて認識しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2017年10月 6日 (金)

日仏労働シンポジウムのお知らせ

Aotslogo_90_2海外産業人材育成協会というところが、来る10月31日に、「働き方改革に向けて~フランスの労働法改正と日・仏の労使関係の相違~ 」という国際シンポジウムを開催するとのことです。

http://www.aots.jp/jp/project/eocp/171031/index.html

フランスでは2016年に労働法が改正され、現在も更なる改正に向けて議論が続いています。一連の改正は経営者側の要望を取り入れる形での改正となるため労働者側から反対意見が出ているものの、概ね合意に至り可決する見通しです。
日本では働き方改革として、労働者の多様な働き方を認めていこうとする動きが活発です。フランスでは今までは労働者の権利が他国と比べ守られてきていましたが、今回の労働法改正により労働者の権利を多少ながらも制限することとなり、日本とは逆の動きになっていると見ることも出来ます。
本シンポジウムでは今回のフランス労働法改正の概要およびフランスの労使関係・労働事情を知り、日本との違いを認識した上で、日本とフランス両国の動きから今後日本が進むべき道を探ります。その中でフランスへ進出を検討している企業が知っておくべき点についても事例を交えて紹介します。

10月31日の午後1時から、場所はベルサール神田。

【第1部】
13:00–15:00
1. 基調講演 『フランスの労働法改正と今後の労働事情の展望』 パリ第1大学 教授(労働法) Jean–Emmanuel Ray 氏
2. 講演 『フランスと日本の労働事情・労使関係の相違点』 独立行政法人労働政策研究・研修機構 労使関係部門 研究員 細川 良 氏

【第2部】
15:20–16:30
パネルディスカッション 『日仏の労働事情の相違点・今後の展望』
[ パネリスト ]
パリ第一大学 教授(労働法) Jean-Emmanuel Ray 氏
早稲田大学名誉教授 鈴木 宏昌 氏
TMI総合法律事務所 外国法事務弁護士(フランス法)・パリ弁護士会所属弁護士 Davy Le Doussal 氏
[モデレーター]
独立行政法人労働政策研究・研修機構 労使関係部門 研究員 細川 良 氏

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

«L型専門職大学としての法学部?