倉重公太朗さんとの対談その3

というわけで、倉重公太郎さんとの対談「労働法の未来」は3回目に入ります。テーマは「新時代の集団的労使関係の在り方」です。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20190122-00111497/

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ヴィクトリア・ヴァントック『ジェット・セックス』

377381 今年に入って、いくつかの地方新聞に、共同通信からの配信記事として、ヴィクトリア・ヴァントック『ジェット・セックス』(明石書店)の書評がぼちぼちと掲載され始めているようです。

http://www.akashi.co.jp/book/b377381.html

 スチュワーデスの歴史を描いた本という言葉に、若い人々はいささか時代遅れの感を抱くだろう。中高年の人々は、かつて見た「アテンション・プリーズ」や「スチュワーデス物語」といったテレビドラマを思い出すかもしれない。・・・・・・

地方在住の方の目にはすでにいくつか入っているのではないかと思います。

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水島治郎『反転する福祉国家』(岩波現代文庫版)

431806水島治郎さんの『反転する福祉国家』(岩波現代文庫版)をお送りいただきました。単行本をお送りいただいたのが6年前ですが、この間の世界の動きはますます水島さんの議論の素材を膨れあがらせてきたように見えます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b431806.html

見てのとおり、表紙の絵はレンブラントの夜警で、変わっていません。

6年前の本ブログで述べたように、

ここで述べられているのは、世界が賞賛するオランダの「光」こそが「影」を産み出している最大の要因なのだ、というまことに皮肉な話であり、そしてそれは程度の差はあれ、どの先進国でも共通の現象、云うまでもなくこの日本も含めて・・・、という冷徹な認識なのです。

オランダという材料を使いながら、日本も含めた世界共通のメカニズムを浮き彫りにしていく手際は、改めて読み直してみてもさすがです。

今回書き加えられた「現代文庫版あとがき」では、その後の各国における動きなどにも触れつつ、とりわけ近年の外国人材の受入れ政策についてから口のコメントをしています。

・・・「人の開国」は、どこかの段階で必要なことだろう。しかし現下の日本では、問題も大きい。受入れ対象となる外国人材は、一部を除き定住・永住が前提とされておらず、いつかは帰国する存在として想定されている。「移民」ではない、というのである。

しかし、「いつかは帰るだろう」という目論見通りに事が進まないことは、オランダを初め欧米諸国の先例を見れば明らかである。働きに来る外国人の多くは、これから長きにわたってホスト国で生活していく人間なのだ。だがその現実から目を背け、「本来帰国するはずの外国人」が「帰国せずにとどまっている」ことへの社会的な違和感が次第に募り、それが日本人の側の経済的な困難と結びつけて解釈されるならば、それが排外的な政治運動の温床に転化するのは、なんら不自然なことではない。まさにオランダやヨーロッパが歩んできた同じ道であり、またしてもデジャブ(既視感)の出番である。しかしそうだとすれば、いったい私たちはなにを学んできたのだろうか。・・・

ワークシェアリングだ、フレクシキュリティだと、かっこよさげな「様々な意匠」の輸入販売に余念のない出羽の守諸氏が、しかしその輸入元の「影」の部分をどれだけしっかりとつたえてきたのだろうか、というこれは私自身も含めた反省材料のはずです。

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『情報労連REPORT』1-2月号

190102_cover『情報労連REPORT』1-2月号をお送りいただきました。特集は「政治とのつながりを見つめ直すいくつかのメッセージ」ですが、

http://ictj-report.joho.or.jp/special/

ここでは最近富山県褒め殺しで話題の井手英策さんの本来の議論から、

http://ictj-report.joho.or.jp/1901-02/sp06.html(「弱者救済」に怒り出す人々 新しい利害関係こそが必要)

190102_sp06_face財政とは本来、誰かのために存在するのではなく、自分も含めたみんなのために存在するものです。専門的には共同需要の共同充足と呼びますが、みんなが必要とするものだから、みんなが受益して、みんなで汗をかいて税を払う。これが元々の仕組みです。

ところが日本では、この20年間、財政危機と無駄を省けの大合唱が繰り返された結果、財政が私たちの暮らしのために何かをしてくれるという発想が弱まりました。税は誰かに取られるもので、自分には返ってこない。人々がそう感じれば、財政への関心が薄れるのも当然です。

関心が薄れるというか、先日の本ブログのこのエントリの言い方を使えば、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-02b2.html(バカとアホが喧嘩するとワルが得する)

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増税したら経済が破綻するというアホ軍団的な関心か、増税して財政再建すべしというバカ軍団的な関心しかなく、いやそういうねじれた関心だけは異様に高いのに、肝心要の増税して社会保障に、という本来の関心の筋道だけは異様に薄れてしまっているのが、いま現在の日本の特徴なんでしょう。

では、どうすべきでしょうか。僕は財政の原点に帰ろうと訴えています。財政の原点とは「必要主義」です。人間が生きていくために必要なものがある。それは人間であるからにはみんなに配られなければならない。そのためにみんなを受益者にしながら、みんなで汗をかこうということです。これが財政の原点です。

こういう当たり前のことを一から懇々と説いて回らなければならないわけですね。

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中曽根平和研究所設立30周年記念政策論集

Npi30thpp_2一昨年10月に、中曽根康弘世界平和研究所という、いかにも国際政治とか安全保障とかいったハードな領域を研究してそうなところに呼ばれていろいろとお話をしたことがあり、その影響とおぼしき文章がいくつか同研究所の刊行物に垣間見られたりしていましたが、昨年末に出された『設立30周年記念政策論集』には、かなりのページ数を割いて、「従来のメンバーシップ型雇用の良い点を取り込む形でのジョブ型雇用」という一節が書かれています。

http://www.iips.org/research/npi30thpp.pdf

もちろん、なんといっても中曽根康弘世界平和研究所なので、第1部は外交安全保障で、第2部がジョブ型論も含まれる経済社会、そして第3部が教育・科学技術と、まことに全方位をにらんだ作りになっています。

①外交安全保障(価値観を共有する諸国とのパートナーシップ、近隣諸国との関係の維持、より安定した国際環境の構築、我が国を取り巻く安全保障環境の変化への対応)

②経済社会(失われた20年とデフレとの闘い、投資・雇用・社会保障などの中期的諸課題、自由貿易・移民政策などの国際的側面への貢献と対応、人口構造の変化への対応)

③教育・科学技術(高等教育改革、教育機会の均等化、日本型エリートの育成、真の「科学技術創造立国」の実現のために、防災対策先進国、ICTの社会実装向上)

第2部のテーマ1が「テーマ1:失われた20 年とデフレとの闘い」で、テーマ2が「各分野における中期的諸課題」。その3つめに「従来のメンバーシップ型雇用の良い点を取り込む形でのジョブ型雇用」というのが出てきます。

要約するとこうなりますが、

提言4:「従来のメンバーシップ型雇用の良い点を取り込む形でのジョブ型雇用」を日本の転換期における雇用体系として取り入れよ
(趣旨)
これまでの日本の雇用である「メンバーシップ型雇用」は、現在の日本の経済環境およびこれからの労働環境を考えると変化が不可避である。しかしながら一足飛びに欧米で主流の「ジョブ型雇用」に転換するのではなく、これまでの日本企業の強さの源泉であった日本的雇用システムの良さを意識し、転換期の混乱を極力抑えた形での「日本の現状を踏まえたジョブ型雇用」というものをステップの一段階として取り入れよ。

これをもう少しパラフレーズすると、こういう話になるようです。

3. これからの働き方に関する提言

3.1 新たな雇用体系として「ジョブ型雇用」に転換せよ

 戦後構築された日本的雇用システムは、経済のグローバル化に伴い変質しつつある。この状況下において、労働政策研究所の濱口桂一郎所長は、「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型雇用」という概念を提示した。
 メンバーシップ型雇用では、労働者が従事すべき職務は「雇用契約で特定されているわけで」なく「あるときにどの職務に従事するかは、基本的には使用者の命令によって決ま」る(濱口, 2009, p3)。この職務の範囲や場所が限定されていない「無限定正社員」(≒所謂「総合職」社員)については、採用は新卒一括採用、教育は主にOJT や社内研修、評価は職務遂行能力の高低による。職務範囲や場所に限定はなく使用者の任意で配置転換も行われるが、これは使用者にとって権利である一方義務でもあり、不景気になっても雇用維持のためあらゆる努力をすることが課せられている。ただし定年による一括解雇は認められている。また、従業員が同一企業内・別業務間を異動していき、賃金その他処遇も企業単位で決まるため、賃金も年功・職能給が中心になり、労働組合も企業ごとに結成される。このように、日本型雇用システムの特徴たる「三種の神器」(年功序列、終身雇用、企業別労組)はメンバーシップ型雇用の「コロラリー(論理的帰結)として導き出され」る(濱口, 2009, p4)。
 メンバーシップ型雇用が日本企業に特有の雇用形態なのに対して、ジョブ型雇用は、欧米等の諸外国が主に採用している雇用形態である。「雇用契約でその内容を明確に定めて、その範囲内の労働についてのみ労働者は義務を負」い、「使用者は権利を持つ」のであって、「特定された労働の種類のことを職務(ジョブ)とい」う(濱口, 2009, p2)。企業はジョブの範囲で必要な人材を求め、労働者は自分の専門スキルを活かして適切なジョブを選択する。そのため企業は、社内教育するまでもなく、ジョブの範囲で必要かつ優秀な労働者を確保することができる。年齢・勤続年数や能力向上を理由とした昇給も必要がない。また企業は、合意なく配置転換できないが、ジョブ自体がなくなった労働者は雇用維持の努力をするまでもなく解雇できる。労働者から見ると、ジョブを遂行するスキルがあるかどうかが問題であって、努力してスキルを上げれば、より高賃金のジョブに代わることが可能になる。ジョブの範囲を逸脱した業務を行う義務はないから、同意なく別の業務・場所に異動させられることはないので、ワークライフバランスを図りやすい。
 これまでの日本的雇用システムとはメンバーシップ型雇用であったが、既述のとおりこのシステムを継続することは困難になっている。その上、生産年齢男性を中心としたメンバーシップ型雇用が維持され、処遇も業務内容も周縁に置かれたままで、女性や高齢者の力を活かすことが可能だろうか。現在の労働環境を鑑みると、メンバーシップ型雇用から欧米で主流のジョブ型雇用への転換を進めていくことが必要なのは明らかである。
 私たちは「ジョブ型正社員」という制度の導入に基本的に賛同する。
 ただ、現在のメンバーシップ型雇用は定着するまでに長い年月をかけ、日本社会に適合したシステムであり、その良さを残した雇用形態として、「日本式ジョブ型雇用」といった中間形態を有効なステップとして構築していく必要があろう。
 「日本式ジョブ型雇用」とは、現状のメンバーシップ型雇用をベースに、新規採用ではジョブ型雇用を増やし、既存の正社員に対しては希望者からジョブ型雇用への転換を進めていって、段階的にジョブ型雇用の正社員を増やしていく、という方式である。この場合、例えば既存制度と合わないジョブ型雇用対象の正社員は、いったん別会社に移籍して逆出向という形を採るということも選択肢としてあろう。
 残るメンバーシップ型雇用に対しても、メンバーシップ的要素を順次減らしていき、最終的にはジョブ型雇用に転換していく。最終的に全社がジョブ型雇用になるのか、一定規模のメンバーシップ型雇用を残すかどうかは、企業によって異なることになろう。企業によっては人事・総務部門や経営企画部門に関しては、これまでのようなジェネラリスト養成のキャリアが有効で、こういった部門にはメンバーシップ型雇用の社員を残していきたいという考えもあるだろう。
 ジョブ型雇用を主とする雇用制度に至るには、段階的にでもジョブ型雇用の社員を増やしていく過程から、職業教育の制度を整える必要があること、従来の新卒一括採用から欠員補充型採用に転換すること、賃金体系を年功給・職能給から職務給に変えていくこと等、企業内にとどまらない教育制度、社会制度の根本的な改革が必要になる。それでも現在の労働環境から、ジョブ型雇用への転換が不可避であるなら、できるだけ早くに、国レベルでこのような変革にも取り組んでいく必要がある。
 前述の濱口氏は、「職務範囲や労働時間および就業場所の一つ以上を限定した、期間の定めのない雇用契約を締結する正社員」という「ジョブ型正社員」というものを創出し、現在の日本の労働社会が、無限定の義務を負う「メンバーシップ型正社員」と、家計補助的低労働条件の「非正規労働者」という形で二極分解しつつあることに対し、その間に第三の類型を構築することで、対処しようとする戦略を提唱した。
 これも非常に有効な考え方ではあるが、当研究所では現状のメンバーシップ型雇用をベースに、段階的にジョブ型雇用の社員を増やすと同時に、非正規労働者はジョブ型雇用の社員に転換していくという「日本式ジョブ型雇用」を転換期の雇用形態として提唱する。なお、ジョブ型雇用での不可欠な作業は、ジョブ別の業務内容をできるだけ詳細かつ明確に記述したジョブ・ディスクリプション(職務基準書)を作成することと、個別のジョブに賃金的評価を行うことである。特に管理部門のような定量評価しにくい部門においては作成が難しい。しかしながら、ジョブ・ディスクリプションの徹底をひたすら追求していくことにより、ジョブ型雇用への転換が可能になり、ジョブ型雇用が支配的な雇用形態になっていく。
 更に、労働力の流動性を高めるためには、ジョブ・ディスクリプションを極力標準化し、企業横断的なものにしていくことが重要である。企業の独自性を担保しながらジョブ・ディスクリプションの標準化を進めていくためには、行政のリードも必要不可欠だと考える。

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経済学は政治の僕、政治は経済学者の陣取りゲーム

Kenjo東洋経済オンラインに、今はアゼルバイジャン大使になっている香取照幸さんが「経済学を学ぶ人が絶対に知っておくべきこと 無意識にあなたの価値観を支配する怖さ」というエッセイを書かれています。冒頭に本ブログでもおなじみの権丈善一さんの『ちょっと気になる政策思想―社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房)が出てくることからも分かるように、社会保障の観点から世にはびこるケーザイ学のもろもろの論をぶった切っているんですが、そのなかに、言っている中身は結構おなじみとはいえ、なかなか表現が斬新で使えるじゃん!的なフレーズがいくつかあったので、紹介しておきたいと思います。

https://toyokeizai.net/articles/-/260784

・・・経済学における「理論」とは、要するところ「価値判断が1つの理論的体系にまとめられているもの」です。そしてその価値判断の出発点は個々の研究者の問題意識(=彼が追い求める「答」)であり、ゆえにその数だけ「経済理論」が同時に存在しうるし、現に存在しているのです。
言い換えれば、すべての経済学派は皆それぞれに「思想性」を持っていて、私たちはその「思想性」も一緒に経済学を学んでいるのです。そしていつしか、知らず知らずのうちにその経済学が私たちの物の見方・思想を支配するようになります。
このことをよくよく自覚すべき、と著者はいいます。「右側にせよ左側にせよ、経済学者の政策論は余裕を持って眺めるべし。一段高いところから俯瞰するような目線で見なさい」と。
経済学の根底には思想がある、ということは、経済学は「政策思想」を内包しているということです。なので、経済学の系譜はそのまま「政策思想―経済政策―の系譜」でもあります。
すなわち、経済学とは、実際の経済政策を支える理論的・思想的根拠として機能する「使える学問」なのです。このことが経済学を「社会科学の王者――現代における万能の政策ツール」たらしめた大きな理由です。・・・

これは権丈節そのものですね。

これに続くパラグラフが、このエントリの標題になります。

・・・政策をつかさどる人たちは、自分が目指す社会の実現のために政策を考えます。そのためには、自分の政策を基礎づけてくれる政策思想、価値観を共有し、方法論を提供してくれる理論的枠組み――ロジックが必要です。
彼らは、自分の考えを支えてくれる経済理論を「学派」の中から選び取り、それを学び、身にまとい、武器にして政策を立案し、遂行します。
他方、そういう「政治の行動様式」を知る世のエコノミストたちは、自分の経済理論(とそれに基づいて構築した自分の「政策提言」)を世に問い、広め、それぞれ一生懸命に政治家に働きかけます。
その姿を評して、クルーグマンは「政策を売り歩く人々」と言いました。
こうして、政治と経済、政治家と経済学者の共生関係が生まれます。
経済学は政治の僕(しもべ)となり、政治は経済学派(学者)の「陣取りゲーム」の場となる。言ってみればそういうことです。
・・・

まことに、経済学は政治の僕となり、政治は経済学者の陣取りゲームの場となっていますね。

その次は権丈さんの「右側の経済学」「左側の経済学」の解説ですが、

・・・右側の経済学は、供給サイドが経済規模を決める、と考えています。ここからは、投資が足りず、供給サイドが弱いがゆえに経済が停滞している、という判断になります。労働市場はその柔軟性を高めるべきだし、所得分配については社会全体で貯蓄=投資が効率的に行われるように分配されるべきで、その限りでは所得分配の不平等はある程度甘受されるべき、(要するに「効率を公平に優先させる」)と考えます。
そして低所得者の生活向上は、経済全体が成長してその結果として恩恵が低所得者にも及ぶ(=トリクルダウン理論)で対応する、という流れになります。
他方で左側の経済学は、需要(有効需要)の側面から物事を考えますから、不況は「過少消費」の状態ととらえます。なので、需要創出という観点からの付加価値の分配の側面を重視して、高所得者から低所得者へ、中央から地方への所得再分配などを通じて、「社会全体の消費性向を高め、需要(有効需要)を創出すること」が大事だと考えるわけです。
この考え方からは、富の増加をもたらす政策は、所得再分配、安定的な需要を生み出す自立した中間層を創出する政策、という流れが生まれますし、社会保障はそのための政策ツールとして積極的に位置付けられることになります。・・・

これはあくまでも欧米の経済学派の見取り図なので、最近の日本のような訳の分からない世界では、需要重視だ、ケインズだと自称する「りふれは」が、社会保障による所得再分配を目の敵にするという天下の奇観が観察されるわけですが。

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倉重公太朗さんとの対談その2

先週金曜日から始まった倉重公太朗さんの「労働法の未来」の私との対談シリーズの2回目は、引続き「『日本型』同一労働同一賃金の欺瞞」です。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20190121-00111494/

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話はいつしか集団的労使関係につながっていきます・・・。

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倉重公太朗さんとの対談始まる

昨年末、荻野勝彦さんとの対談が載った倉重公太朗さんの「労働法の正義を考えよう」のシリーズ、満を持してか持さないでか分かりませんが、本日からわたくしとの対談シリーズが始まりました。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20190118-00111491/

話は先ず同一労働同一賃金から始まります。

その後、高齢者やら若年者やら、解雇法制やら、最後は労働の未来といった話題にまで跳んで行きますので、最後までお楽しみ下さい。

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暴力団員であることを隠して就労して得た賃金は「詐取」なのか?

こういう記事が話題になっていますが、

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190116-00020480-tokaiv-soci

暴力団組員であることを隠して郵便局からアルバイト代を騙し取ったとして、60歳の男が逮捕されました。
 逮捕されたのは六代目山口組傘下組織の組員の男(60)です。男は、2017年11月29日、実際には暴力団組員であるのにもかかわらず、愛知県春日井市の郵便局で反社会勢力ではないと誓約書に署名したうえでアルバイトし、給料として現金7850円を騙し取った疑いが持たれています。
 警察によりますと、男はこの日だけ「ゆうパック」の集配アルバイトとして働きましたが、その後暴力団関係者であることを明かし、わずか4日後に自主退職したということです。
 警察が別の事件で男の組事務所を捜索したところ、男の口座に郵便局から給料が支払われていたことがわかり、犯行が発覚しました。
 調べに対し男は容疑を認めていて、警察は、男がアルバイトを始めた経緯などを調べています。

記事はこれだけで、これ以外に何か書かれていない事情があるのかどうかはわかりません。しかし、この記事の情報だけからすれば、当該暴力団員は虚偽の誓約書を書いて、さもなければ雇用されなかったであろうアルバイト雇用で就労したことは確かですが、雇用契約に定める労務を提供し、それに相当する賃金を稼得しただけであって、その賃金が「騙し取った」という表現がされるべきものであるかには、かなりの疑問を感じます。

採用時に正直に申告すべき事情を申告せず、虚偽の情報を提供することによって採用されるという事態は世の中には結構存在します。それが問題になるのは、そのことがばれて解雇されるという事態になって、その解雇が正当な理由のあるものかそうでないかという民事上の紛争として現れることが多いのですが、虚偽の申告に基づいて誤って採用してしまったからと言って、現に契約上の労務を提供したことに対して既に支払った賃金を詐取されたから返せ、というような訴訟は見たことがありません。

というか、いかに採用判断の根拠に錯誤があったからと言って、提供された労務とそれに支払われた賃金は少なくとも民事上は決済済みの話で、根っこに戻ってすべて無効になるわけではなかろうともいますし、もし万一元に戻って無効になるというのなら、無効な雇用契約に基づいて4日分の労務を受領しているのだから、その分の不当利得を返還しなければならないようにも思えます。

法律上の根拠をざっと見ても、少なくとも国家法である暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律には、暴力的要求行為の禁止として多くの行為が列挙されていますが、当然ながらその中に雇用契約を締結して労務を提供し報酬を得ることなどというのはありませんし、おそらく逮捕の根拠となっているであろう愛知県暴力団排除条例には、他の都道府県の条例と同様、事業者に「当該契約の相手方に対して、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるものでない旨を書面その他の方法により誓約させること」の努力義務を課しているにとどまり、その誓約書に違反して締結された雇用契約を無効にしたり、いわんやその(それ自体は契約に従った)労務に対する報酬の支払いを無効にしたりする効果はないように思われます。

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副業・兼業に関わる諸制度の見直し@WEB労政時報

WEB労政時報に「副業・兼業に関わる諸制度の見直し」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=824

 本連載の第83回「副業・兼業と労働法上の問題」(2016年7月25日)でこの問題を取り上げてから、事態は急展開しました。2017年3月の働き方改革実行計画は、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」の中で、雇用型テレワーク、非雇用型(自営型)テレワークと並んで、副業・兼業の推進を挙げ、「労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・兼業の普及促進を図る」と明記したのです。
 厚生労働省はこれを受けて、まず2017年10月に「柔軟な働き方に関する検討会」*1を設置し、同年12月に報告を取りまとめるとともに、「副業・兼業の促進に関するガイドライン(案)」と、その趣旨に添った「モデル就業規則改定(案)(副業・兼業部分)」を示しました。そして2018年1月には、副業・兼業促進ガイドラインと改定モデル就業規則を公表しました。
 同ガイドラインは、「原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当」とし、・・・・

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医師の時間外労働の上限は2000時間

本日、第16回医師の働き方改革に関する検討会に注目の医師の時間外労働の上限などが提案されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_03209.html

ただ、「とりまとめ骨子(案)」はこちらですが、

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000467707.pdf

こちらでは、

○ 医師についても、こうした一般則が求めている水準と同様の労働時間を達成する ことを目指しつつ、1. (2)に掲げた医療の特性・医師の特殊性を踏まえ、時間 外労働の上限規制の適用が開始される 2024 年4月時点から医療機関で患者に対 する診療に従事する勤務医に適用される上限水準として、休日労働込みで年間の 時間、月当たりの時間(例外あり。以下同じ)を設定する。・・・(A) ※ 医療は 24 時間 365 日ニーズがあってそのニーズへの対応が必要不可欠であ り、休日であっても当該医師の診療を指示せざるをえないことがあるため休 日労働込みの時間数として設定。

○ また、同様に 2024 年4月から適用する上限水準として、必要な地域医療が適切に 確保されるかの観点から、(A)より高い別の水準(休日労働込みの年間の時間、 月当たりの時間を設定)を経過措置として設けて適用する。・・・(B)

○ さらに、同様に 2024 年4月から適用する上限水準として、医療の質を維持・向上 するための診療経験が担保されるかの観点から、一定の期間集中的に技能の向上 のための診療を必要とする医師については、医師養成のための政策的必要性があ るため、 (A)より高い別の水準(休日労働込みの年間の時間、月当たりの時間を 設定)を設けて適用する。・・・(C)

と、具体的な数値は書き込まれていません。

新聞に報道されているあの数字はどこにあるんだと探すと、もう一つ別の資料に書かれていました。

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000467709.pdf

(診療従事勤務医に2024年4月に適用される上限時間案) 医療機関で患者に対する診療に従事する勤務医の時間外労働規制における上限水準(以下「診療従事勤務医に2024 年度以降適用される水準」という。)は、休日労働込みの時間外労働について年960時間以内・月100時間未満(月 について追加的健康確保措置②が実施される場合の例外あり)としてはどうか。【P2一般則の③に当たるもの】 ※その上で、一般則と同様に、36協定に規定する時間数の上限水準についての整理も必要。【P2一般則の ①・②に当たるもの】
(考え方) 年間時間数については、脳・心臓疾患の労災認定基準における時間外労働の水準(複数月平均月80時間以内、 休日労働込み)を考慮して12月分とし、月当たり時間数については、同基準における単月の時間外労働の水準 (単月100時間未満)を考慮したものである。 ※これは、毎月平均的に働くとした場合には月80時間以内の労働となり、一般労働者の休日労働込み時間外労働 についての上限である「複数月平均80時間以内」と同様の水準となる。
月当たり時間数については、休日労働込みで100時間未満を原則とする。しかしながら、医療の不確実性、公共性 にかんがみ、時間外労働時間が960時間以内である場合であっても、患者数が多い、緊急手術が重なった等により 月の時間外労働が100時間以上となることも想定されるため、過労により健康状態が悪い医師が長時間労働を続け ることのないような措置(追加的健康確保措置②)を講ずる場合に、例外的に超過を認める

一般労働者については例外のそのまた例外になる年960時間、月100時間未満が原則になるというわけです。

これが原則ということは、例外はもっと長いわけで、

2024年4月においてすべての診療に従事する勤務医が(A)の適用となることを目指し、労働時間の短縮に取 り組むが、地域医療提供体制の確保の観点からやむを得ず(A)の水準を超えざるを得ない場合が想定される。 そのため、対象となる医療機関を限定し、 ・ 最低限必要な睡眠時間の確保のために強制的に労働時間を制限する、連続勤務時間制限及び勤務間イン ターバル確保の義務づけ、 ・ 個別の状況に応じた健康確保措置としての面接指導、結果を踏まえた就業上の措置、 を実施することによって過労により医師が健康を害することを防止した上で、地域での医療提供体制を確保する ための経過措置として暫定的な特例水準(以下「地域医療確保暫定特例水準」という。)を設けることとしては どうか。

(暫定特例水準の上限時間案) 地域医療確保暫定特例水準は、休日労働込みの時間外労働について年1,900~2,000時間程度以内で検討、月 100時間未満(月について追加的健康確保措置②が実施される場合の例外あり)としてはどうか。【P2一般 則の③に当たるもの】 ※その上で、一般則と同様に、36協定に規定する時間数の上限水準についての整理も必要。【P2一般 則の①・②に当たるもの】
現状では、病院常勤勤務医の勤務時間を見ると、年間1,920時間を超える医師が約1割、年間2,880時間を超 える医師も約2%存在している。勤務時間が年間1,920時間を超える医師が一人でもいる病院は、全体の約3 割、大学病院の約9割、救急機能を有する病院の約3割(救命救急センター機能を有する病院に限っては約 8割)である。
こうした現状の中、上限水準は「罰則付き」かつ「一人ひとりの医師について絶対に超えてはならない」も のであり、医療機関が上記「1,900~2,000時間程度以内」という水準を遵守するためには、医療にかかる国 民の理解も得て、医師の労働時間の短縮策を強力に進める必要がある。

この「年1,900~2,000時間程度」が新聞で過労死水準の2倍と報じられている数字ですね。

それでも、

なお、仮に年間1,900~2,000時間程度の時間外労働の上限いっぱいまで労働した場合には、月平均すると約160 時間程度の時間外労働(週約40時間に相当)となるが、これは、例えば、概ね週1回の当直(宿日直許可な し)を含む週6日勤務(当直日とその翌日を除く4日間は14時間程度の勤務、当直明けは昼まで)で、月に6、 7日程度(年間80日程度)の休日を確保するというような働き方の水準。前ページの「2,300時間程度」 「2,100時間程度」よりもさらに時間が短縮された働き方となっている。

まだ現在の状況に比べればましなんだよ、と言い訳しています。

まあ、この検討会は労働基準局ではなく医政局が開催しており、医療政策全般をにらみながら、とりわけ地域医療を何とかだましだまし動かしていかなくてはいけないというダブルバインド状況の中で何とかひねり出した案というわけなのでしょう。

まあ、労働市場論的に言えば、なんでこんなひどい状況になるまで医学部を断固として新設せず、医師不足を放置プレイし続けたのか、ということになりますが。

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日本現代話(笑)

日本昔話(むかしばなし)ではなく、現代話(げんだいばなし)だそうです。

 IT企業に勤める若きプロジェクトマネージャー勘助が、数々のトラブルに見舞われながらも、長時間労働是正に向かって奮闘する「働き方改革」の物語です。
勘助が頼りにするのはパソコンの中のヒミツの観音様。
果たして勘助は、観音様が授けてくれる「勘所」なるアドバイスを会得し、大規模プロジェクトを成功に導けるのでしょうか?

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教員身分法案要綱案

427925昨年末にお送りいただいた島田陽一他編『戦後労働立法史』(旬報社)は、その大部分の記述はわたくしの『日本の労働法政策』と重なっており、それほど目新しい話というのはなかったのですが、最後の章になかなかすごいのがありました。

第15章「労働基本権制約理論の歴史的検討」(清水敏執筆)は、大筋は公務員の基本権問題で、大体は知っている話なんですが、その中に、1946年から47年に文部省高官によって作成された「教員身分法案要綱案」なるものが紹介されていて、これがすごい。

どうすごいかというと、

1,本法の目的

教員の身分が特殊なることに鑑み、官公私立学校を通じて、教員の種類、任用、資格、文言、服務、懲戒、給与その他の待遇、団結権、団体交渉権等について一般公務員に対する特則を設けること。

いやちょっと待て、「官公私立学校を通じて」って、れっきとした民間労働者である私立学校の教員をつかまえて「一般公務員に対する特則を設ける」とはそういう了見だ?と思ったら、その次にもっとすごいのが待っている。

2,教員の定義及び身分

右の教員は学校教育法の定める学校の教員いうのであって、官公私立の学校を通じて教員はすべて特殊の公務員としての身分を有する者とすること。

ええ?私立学校の教員が「公務員」だって?「私立」って言葉の意味分かってんのか?と言いたくなりますが、その調子ですから、

18,労働基準法の適用排除

教員については労働基準法の規定は適用されないものとすること。

こうなりますな。

この衝撃たるやなかなかすさまじく、その次に、

20,労働組合法の適用排除

教員は、労働組合法による労働組合を結成し又はこれに加入することができないもとすること。。

というのがかすんで見えてくるくらいです。

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“平成”の労務管理@『労務事情』2019年1/1・15日号

Romujijo_2019_01_01_15『労務事情』2019年1/1・15日号が新年恒例で、「“平成”の労務管理 労働法制、労働行政等のトピックと実務課題への対応」という座談会を載せています。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20190101.html

出席者は、弁護士の伊藤昌毅さん、荻野勝彦さん(中央大学ビジネススクール客員講師という肩書きです)、元労働基準監督官で現在特定社労士の森井博子さんで、なぜかわたくしがファシリテーターと称して要は司会役を務めております。

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建設労働の法政策@『建設政策』183号

J_183b建設政策研究所の『建設政策』183号に、「建設労働の法政策」が載りました。これは、昨年11月22日に、同研究所にお呼びいただき、講演したものです。

http://kenseiken.d.dooo.jp/journal/

 日本の産業に建設業が占める割合は結構大きいのですが、労働研究では建設業分野がまとまった形で論じられることはありませんでした。ここでは、建設労働をめぐる様々な法政策を一望しながら歴史的変遷を中心に概観した私の一昨年の論文をベースに、いくつかのテーマ・論点を加えて述べていきたいと思います。

1 労災補償から始まった建設労働政策
2 その他の戦前・戦中の建設労働政策
3 労働者供給事業の全面禁止
4 労務下請の復活
5 失業対策事業と職業訓練法
6 労働基準法と労災保険法
7 失業保険法・雇用保険法
8 健康保険法
9 災害防止と労働安全衛生法
10 建設業退職金共済組合(建退共)
11 改正建設業法
12 雇用関係近代化への構想
13 建設雇用改善法
14 労働者派遣と建設業務
15 労働時間規制
16 公契約における労働条項
17 外国人労働者の導入

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«同一事業所内「兼業」はそもそも兼業なのか?