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2021年10月18日 (月)

『唯物論研究年誌第26号 コロナが暴く支配と抑圧』

590787 大月書店の角田三佳さんより、その編集になる『唯物論研究年誌第26号 コロナが暴く支配と抑圧』をお送りいただきました。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b590787.html

補償なき時短や休業はては解雇を迫られる非正規労働者、障害児・者とその家族‥‥‥コロナ禍は、さまざまな領域に存在する矛盾や抑圧をあぶりだしている。「社会的弱者」に牙をむく現状を見据え、抵抗と変革の基盤を探る。

私にはよく理解できない哲学的な論文も盛り込まれていますが、特集の中では首都圏青年ユニオンの栗原耕平さんの「新型コロナ禍における非正規労働者の抵抗とその基礎」が、シフト制アルバイト問題をその労働過程を細かく分析することによって浮かび上がらせており、大変興味深く読めました。

あと、植上一希さんらによる「コロナ禍が突きつける大学・若者の教育と社会・政治変革の課題」という座談会の終わりの方で、ジョブ型雇用をめぐってのやりとりが、教育現場の感覚をよく示しています。

小谷 ・・これから日本でジョブ型雇用が増えていくのかが気になっています。例えば日本の学校の先生は、授業とか生徒のケアとか、ゼネラルな能力を求められていますが、ヨーロッパではそういうことはあり得なくて、ちゃんと分業しているわけですよね。日本の場合は、専門性を保った人でも、専門外のことに関わらなければならない。でもオンラインになってくると、ジョブ型で「この仕事をするために雇います」という話になってくる。そうすると、同じように「授業以外に関しては、ほかの人がやるので、しっかり専門性を高めることに自分の時間を使って下さいね」という流れになってくることも考えられるかなと。

蓑輪 公共サービス労働について言えば、ジョブ型にすると公共サービスの機能が本当に崩壊するから、実際、やりたくてもできないんじゃないでしょうか。例えば、虐待介入でも、学校や保育園で日常的に子供たちと接している教師や保育士が果たしている役割は、ほかでは代替できない固有のもので、その人たちを虐待対応の現場から引き上げるのは、現実的にあり得ないし、あってはいけないという気がします。全体として、、公共サービスについて言えば、やっぱりゼネラルが残ってしまう。

小谷 ただ、それが例えば教員志望の人が教員になりたがらない理由にもなっている。

・・・

蓑輪 確かに公共サービス労働は、ジョブ型にしていくとサービスがきちんと提供できないという問題が起きる。ただ、日本はゼネラルな能力が求められすぎて過重労働になっているので、責任や職務を整理しつつ、仕事を評価していく発想は恐らく必要だとは思うんです。ただそうすると、労働者が行う業務を限定して、階層的な職場構成にすべきだという話になって、今度、それでいいのかという話が出てきて本当に難しい。・・・

階層的なジョブ型で仕事を限定することを嫌がり、平等なメンバーシップ型でへとへとになることが歴史的に労働者自身の選好でもあるという日本社会の姿が浮かび上がってくる座談会です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林雅彦さんの拙著書評@『週刊東洋経済』

2171651_p 『週刊東洋経済』10月23日号のブックレビューコーナーで、林雅彦さんが『ジョブ型雇用社会とは何か』の書評を書かれています。曰く「誤解により悪用される危うさ 名付け親が自ら正す」

https://premium.toyokeizai.net/ud/magazine/pubdate/20211023

最後のところが、わたしの秘かな思いを汲んで頂いております。

・・・対象となる事象は不変であるためこれまでの焼き直しにならないかとの評者の心配は杞憂であった。職場での定期健診で使用者側に健康に関する情報を握られることをどう考えるか、障害者雇用とジョブ型雇用の親和性など、この両者を軸にして見直してみることによる新たな気づきは多い。

ちなみに、同号の大特集は例のみずほ銀行ですが、そもそも銀行業務の神経系にあたるシステム開発がこういう状況になっていることについても、ジョブ型とメンバーシップ型でもって分析するといろいろと見えてくるものがありそうな気はします。

 

 

 

 

2021年10月17日 (日)

流行りの「ジョブ型雇用論」が間違いだらけの理由 濱口桂一郎氏に聞く@弁護士ドットコム

弁護士ドットコムにインタビュー記事が全編後編の二段構えで載っています。インタビュワは新志有裕さんです。

https://www.bengo4.com/c_5/n_13676/ (流行りの「ジョブ型雇用論」が間違いだらけの理由 濱口桂一郎氏に聞く)

新たな人事制度の仕組みとして、職務内容(ジョブ)を特定して、必要な人員を採用・配置する「ジョブ型雇用」という言葉がブームになっている。
これまでの日本の大企業の正社員は、新卒一括採用で職務内容を限定せずに採用し、定期的に職務内容を替えていく「メンバーシップ型雇用」が主流だった。賃金の値札も、ジョブ型はジョブに貼り、メンバーシップ型はヒトに貼るものであり、両者は概念的に大きく異なる。
メンバーシップ型雇用は人事評価の難しさから、年功序列に陥りやすく、いわゆる「働かないおじさん」を生み出してしまうことや、会社都合の異動などでキャリアの自律性が乏しくなる、などの理由でこの数年、「ジョブ型雇用」を推進する流れが強まってきた。
しかし、「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」の名付け親でもある労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎研究所長は新著「ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機」で、「おかしなジョブ型論ばかりが世間にはびこっている」と批判している。濱口氏のインタビューを前後編に分けてお届けする。(編集部:新志有裕) 

https://www.bengo4.com/c_5/n_13677/(なぜ人事査定があるのに「働かないおじさん」が生まれるのか? 濱口桂一郎氏に聞く)

14623_2_1  新卒一括採用で職種を限定せずに「就社」した人たちが、若い頃は馬車馬のように働かされながらも、中高年になってから、上がった賃金にみあった仕事をしていないと批判される「働かないおじさん」問題が長年指摘されている。
最近、日本の大企業が、職務内容を特定して、必要な人員を採用、配置する「ジョブ型雇用」を導入しようとしている背景には、組織の一員としてみんなで出世を目指す「メンバーシップ型雇用」が、結局は年功序列になりがちであるため、新制度で歯止めをかける狙いもあるようだ。
しかし、なぜ、多くの企業で人事査定をしているにもかかわらず、「働かないおじさん」が出てくるのを止めらないのか。新著「ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機」を上梓した労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎研究所長のインタビュー後編では、この問題を扱いたい。(編集部:新志有裕)

 

 

 

 

 

 

2021年10月16日 (土)

絶妙のタイミングで『日本大学の研究』

9784791774180 なんという絶妙のタイミングで『日本大学の研究』なんていう本を出すんだろう、と思いましたが、いや橘木さんにはそんなつもりは全くなく、これまで陸続と出してきた『早稲田と慶応 名門私大の栄光と影』、『東京大学 エリート養成機関の盛衰』、『京都三大学 京大・同志社・立命館-東大・早慶への対抗』、『三商大 東京・大阪・神戸 日本のビジネス教育の源流』等々といった大学シリーズの延長線上のはずだったんでしょうね。

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3604

国内最大の学生数をほこり、旧制大学として長い伝統を持つ日本大学。戦前・戦後・現在へと続くその軌跡から、教育方針と経営理念の特徴を探り、時代の節目における改革の実態、そして多彩な人材をいまなお輩出し続ける理由を、異色の経済学者がその独自のまなざしで明らかにする。画期的な書。

 

 

 

 

自治体は雇用契約を結べないけれど、偽装請負だと雇用になってしまう件について

こういう増田が話題になっていて、

https://anond.hatelabo.jp/20211014160920(埼玉県ワクチン接種センターで働いていたのに労働者ではないと言われた話)

謝金扱いだから労働契約がないとのことだったが、時間や勤務場所が拘束されていること・この仕事をしろと指示されていることなどから、「使用従属関係」が発生するのではないか。 

こういう応答がされているのですが、

https://anond.hatelabo.jp/20211015101356

自治体が人を雇う場合、一般的な雇用契約をすることができない。少し前までは曖昧にされてたが、総務省が古い解釈を今更示したせいで、一時的であれ短時間であれ、明確に公務員として任用せねばならなくなった。令和2年度4月から施行された会計年度任用職員てやつだ。 

いや、それは教科書レベルの回答であって、も少しディープな話があるんだな。

確かに、使用者が労働者に指揮命令する雇用契約については、自治体は民法上の雇用契約を締結することはできず、正規であれ非正規であれ任用による公務員という形で使用しなければならない。それは確かなんですが、一方で、契約上は雇用契約じゃなく請負だの準委任だといった非雇用契約の形をとっていても、その実態が指揮命令していれば契約の文言に関わらず雇用とみなされるという法理もちゃんとある。問題は、これが自治体にも適用されるのか、それとして締結することはできない雇用契約が、偽装請負だという理由で結果的にできてしまうことがあるのか?という点にあるわけです。

そして、この点について「然り」と判断した裁判例がちゃんとあるのですよ。私が昨年6月に東大の労働判例研究会で評釈した浅口市事件判決です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-e462a4.html(浅口市事件評釈@東大労判)

御多分に漏れず、東大の労働判例研究会もリモート開催となっていますが、昨日は私の番が回ってきて、浅口市事件(岡山地倉敷支判平成30年10月31日)(判例時報2419号65頁)を評釈しました。

・・・このように、地方公共団体は自ら意図的に雇用契約を締結することはできないのであるが、本判決は労働者性に関する判断基準を用いることによって、その主観的意図としては労務参加契約という名の請負契約を締結したはずであったYが、客観的には雇用契約を締結していたことになるという筋道によって、結果的に雇用契約を締結することができる回路を付与したような形になっている。

 これは公務員法が想定していない帰結ではあるが、労働者性に関する判断基準を素直に解する限り回避することはできない理路である。なぜなら、公務員法が明示ないし黙示に禁止しているのは、雇用契約を雇用契約として締結することに限られるのであって、厳密に労働者性判断基準に照らせば雇用契約になりうる個人請負契約を締結することは自由であるし、それが結果的に雇用契約であることが判明したからといって、主観的に個人請負契約として締結された契約関係が無効になることもあり得まい。その意味では、法理的にはこれはもともと雇用契約であったものがその性質通りに判明したものではあるが、現実社会における存在態様からすれば、個人請負契約として締結されたものが労働者性判断基準という操作をくぐらせることによって雇用契約に転化したものと認識されることになろう。・・・

・・・以上から、地方公共団体が締結した個人請負契約がその実態に即して雇用契約であると判断されることを制度的に回避することは不可能であり、従って地方公共団体が個人請負契約を利用する限り、法律上存在しないことになっている公務員としての地位を有さず地方公共団体と雇用契約に基づいて労務を提供する者は常に生じうることになる。かかる存在が法理上存在可能であることは、国家公務員法上に外国人との雇用契約が明記されていることからも明らかであり、地方公務員法が想定していないからといって、法理上その存在を否定することもできない。

 本判決は、樹木伐採作業に従事する労務参加契約というやや特殊な地域性のある事案であったが、今後フリーランス等の雇用類似の働き方が増加し、国や地方公共団体においてもそうした人々を個人請負契約の形で活用することが増えるならば、その労働者性の判断を通じる形で、結果的に国や地方公共団体との雇用契約で就労する者が増加していく可能性もあり得る。これに対していかなる法政策的対応があり得るのか、検討をしておく必要もあるのではなかろうか。

この事件のインプリケーションは結構大きいものがあり、その後今年5月に刊行された『日本労働法学会誌』134号では、弁護士で信州大准教授の弘中章さんが、この判決にも触れながら、この問題を論じています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-17206c.html(『日本労働法学会誌134号』)

Isbn9784589041586_20211016202501  さて、学会誌には大会の記録以外の論文も載っています。その中でいささかびっくりしたのは、弁護士で信州大准教授の弘中章さんの「公共部門における「委託型就業者」に関する一考察」です。何にびっくりしたかというと、私が東大の労働判例研究会で報告したまま活字にすることなくひっそりとホームページに乗っけておいた評釈を引用されていたのです。浅口市事件((岡山地倉敷支判平成30年10月31日)(判例時報2419号65頁))という、市との労務参加契約の雇用契約該当性が問題になった事案です。・・・ 

 弘中さん曰く:
・・・しかし、最近の裁判例では、個人が行政主体と業務委託等の契約を直接に締結した場合において、その就労実態から当該契約を「雇用」と評価したものが見られ、注目される。また、研究者からも、個人請負契約によって公務に従事する者の存在に注意を促す指摘がなされるようになってきている。・・・
 まだほとんどだれも本格的に議論を始めていないテーマではありますが、これから結構出てくる可能性もあるように思われ、こういう形で正面から議論をする論文が学会誌に載ったのは大変うれしいことでした。 

 

 

 

 

 

 

 

新しい資本主義実現会議は紅7点だけど労1点

昨日、岸田新内閣の目玉政策機関として新しい資本主義実現会議が設けられました。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/honbu.pdf

「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、内閣に、新しい資本主義実現本部(以下「本部」という。)を設置する。

で、その有識者構成員のリストがこちらですが、

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/rist.pdf

翁 百合 株式会社日本総合研究所理事長
川邊 健太郎 Zホールディングス株式会社代表取締役社長
櫻田 謙悟 経済同友会代表幹事
澤田 拓子 塩野義製薬株式会社取締役副社長兼ヘルスケア戦略本部長
渋澤 健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
諏訪 貴子 ダイヤ精機株式会社代表取締役社長
十倉 雅和 日本経済団体連合会会長
冨山 和彦 株式会社経営共創基盤グループ会長
平野 未来 株式会社シナモン代表取締役社長CEO
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科教授
三村 明夫 日本商工会議所会頭
村上 由美子 MPower Partners GP, Limited. ゼネラル・パートナー
米良 はるか READYFOR 株式会社代表取締役CEO
柳川 範之 東京大学大学院経済学研究科教授
芳野 友子 日本労働組合総連合会会長

これ、ジェンダーバランスという観点からは男性8名、女性7名でうまく釣り合いがとれているとはいえますが、属性で分けると、経営者側11名、労働者側1名、研究者3名という色分けで、労1点という意味では安倍内閣時の働き方改革推進会議と同じです。

連合会長に就任したばかりの芳野さんは、場合によっては神津さんの時みたいに一人で頑張らないといけない局面もあるかもしれません。

あと、渋沢栄一翁の玄孫の方がさりげに入っているのは、高祖父が「日本資本主義の父」なので、「新しい資本主義」にふさわしいということなのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

フリーランスの安全衛生規制

昨今注目を集めているフリーランス問題ですが、白熱する議論から零れ落ちがちな話題として安全衛生問題があります。もちろん、安全衛生と表裏の関係にある労災保険については近年特別加入が陸続と拡大しているのですが、労働安全衛生法の適用自体の議論は、フリーランス問題の枠組みではあまり取り上げられていないようです。

しかし一方、今年5月の建設アスベスト最高裁判決により、一人親方に対する安全衛生対策について国の権限不行使が違法と判断されたことにより、労働安全衛生法の適用範囲を一人親方に、あるいは一人親方に限らず下請事業主に拡大すべきではないかという議論が提起されてきます。

実はさっそく今週月曜日(10月11日)の労政審安全衛生分科会に「建設アスベスト訴訟に関する最高裁判決等を踏まえた対応について」という資料が提示されており、そこでは安全衛生法22条、57条に基づく省令の規定を労働者に限らず一人親方等にも拡大する改正をすべきかという議論が提起されているようです。

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000841259.pdf

Freelance_20211016102501

2021年10月15日 (金)

酔流亭さんのやや長めの書評

71cahqvlel_20211015000601 酔流亭さんが、『ジョブ型雇用社会とは何か』に対して、やや長めの書評を書かれています。

https://suyiryutei.exblog.jp/30755224/(日本版「同一労働同一賃金」の深相)

「深相」という言葉は、私の本に出てくる用語ではありませんが、とてもいいたいことを一言で表している二文字ですね。

先月出たばかりの『ジョブ型雇用社会とは何か』(濱口桂一郎著 岩波新書)は教えられるところが多い本ではある。なかでも、日本版「同一労働同一賃金」を実現しようとした労働法学者・水町勇一郎氏(東大教授)の真意は何であったかへの洞察には「あっ、そうだったのか」と思った。・・・

・・・濱口桂一郎氏の洞察によれば、水町教授はそのこと(現状では日本では同一労働同一賃金は実現しないこと)を百も承知で、しかし政府が同一労働同一賃金を謳うのを衝いて、その名の下に、せめて非正規雇用労働者の賃金を正規雇用の職能給(人に値札の付いた賃金制度である)に統一しようとしたのではないか。同一賃金は実現できなくとも、正規と非正規を同一の基準では処遇せよ、と。・・・ 

・・・それだけに濱口桂一郎のこの問題について推測を含めた洞察は、水町への敬意と友情も感じられて腑に落ちるものである。 

念のためにいえば、この「深相」はあくまでも「私の想像に想像を重ねた解釈」に過ぎないので、本人はそんなことはおくびにも出していません。

この書評の最後には、私の労働組合へのスタンスがあまりにも冷ややかではないかとの苦情が書かれています。

・・・ただ『ジョブ型雇用社会とは何か』という本全体については、冒頭に書いたように勉強になったけれど、違和感もまた残る。労働運動に対する著者の突き放したような冷ややかな視線だ。なるほど日本の労働組合運動は、それが生み出された労働社会の歪みを反映しておおいに歪んでいる。いい加減にせい、こいつら、とEU諸国の労働社会と運動を熟知する著者が吐き捨てたくなるのもわからぬではない。しかし、その歪みを糺すのは職場から労働運動を強めていくこと以外には無いのではなかろうか。 

冷ややかと言えばそうかも知れませんが、冷静さを失って妙に熱っぽく叫び出すとだいたい足を踏み外して転げます。

冷ややかにではあってもそれなりにシンパシーを示しているつもりではありますし、特に最後の提言は、労働組合を愛していないとああいうのは出てこないですよ。

 

 

 

 

キャバクラは労働者性問題の宝庫

こういう記事がありましたが、

https://www.bengo4.com/c_5/n_13675/(キャバクラの女性従業員は「労働者」、さいたま地裁で和解成立 店が残業代含む「解決金」支払い)

14621_2_1 キャバクラ店で働いていた女性が、店に対して残業代などを請求していた裁判は、さいたま地裁で和解が成立した。

店側はこれまで「業務委託契約のため、残業代等は発生しない」という主張を続けたが、女性の「労働者性」を認める内容を和解条項に盛り込み、未払い分を解決金として支払うことが定められた。

女性側は10月14日、都内の会見で「キャバクラ店で働く女性は、労働者としての待遇を受けられないことが多い。労働者性が認められたことで、残業代や、深夜割増賃金なども会社が支払うべきだと明確にされた」とした。・・・・・

判例集だけ見てるとあんまり気が付きませんが、このキャバクラをはじめとする風俗営業適正化法において「接待飲食等営業」と呼ばれているような事業において歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすタイプの接客職というのは、一人親方や運転手と並んで労働者性問題が一杯詰まっている分野なんですね。

Kantoku_20211015084501 これは、私が今年2月に発表した報告書『労働者性に係る監督復命書等の内容分析』において明らかにしたことですが、全国の労働基準監督官の皆さんは結構この手の問題を取り扱っています。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2021/documents/0206.pdf

(イ) 労働者性ありと判断した事案

・監6 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):週1-2回、20時-25時勤務の接客サービスで、出退勤管理はタイムカード形式で行い、賃金は時間給で、指名料は5割、ドリンク代は2割という取り決め、特に契約書を交わすことなく、厚生費(10%)と呼ばれる事務手数料を控除している。申告人から解雇予告(手当)違反の申告があり、被申告人は、「解雇したことは間違いない」と言いつつ、申告人は労働者ではなく個人事業主であると主張。名目上は個人事業主であったとしても、労働者性が否定されるものとは認められないと判断し、解雇予告手当の支払いについて是正勧告。

(ロ) 労働者性なしと判断した事案

・監37 その他の飲食店のフロアレディ(定期監督):ラウンジのホステスやボーイについて、雇用契約ではなく個人事業主として接客等の業務を任せているだけであり、シフトに入ってもらいたい時間帯を依頼することはあっても強制はせず、人手不足の時には開店しないこともあり、税務面も個人事業主として確定申告させている。労働者性を高める客観的資料も確認できず、法違反なしと判断。

(ハ) 労働者性の判断に至らなかった事案

 接客職に係る監督復命書事案で、労働者性の判断に至らなかった事例はない。

(7) 申告処理台帳の事案

(イ) 労働者性ありと判断した事案
・申1 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):深夜割増の賃金未払いの申告。事業主は、申告人は個人事業主として演奏や自分の連れてきた客への接客をしてもらい、報酬を払う契約であると主張。ミュージックパブでバンドボーカル兼ホールスタッフとして勤務し、決められたシフトの時間内には一般の来店客の接客、店の開け閉めや掃除、買い出し等の雑務も事業主から命じられて行い、深夜割増込みで時給1000円で契約していることを総合的に考慮して、労働者性が強いものと判断し、是正勧告。

・申4 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):フィリピンクラブのホステスとして勤務。売上ペナルティの控除が違法との申告。事業主は申告人を個人事業主と主張し、過去は会計士の指示通り申告人に請求書を出させ、それに対して報酬支払後、印紙を貼った明細を渡していたが、面倒になったのでやめてしまい、源泉徴収票に報酬と記載している。申告人の売上が基準額に達しなかった場合に報酬額から控除していた。タイムカードを打刻している。個人事業主契約があったことを証明できないため、労働契約として判断せざるを得ないとして、是正勧告を交付。

・申5 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):解雇予告手当未払いの申告。労働者は男性マネージャー1名だけで、接客するキャスト6-7名は全員外注としているが、契約書はない。勤務は21時-24時半で、報酬は時給2300円とドリンクパックと指名料。キャスト同士のトラブルで契約解除。業務指示に対する諾否の自由があまりなく、報酬も時給制で、一定の労働者性が認められると伝え、予告手当の支払いで終了。

・申7 その他の接客娯楽業のフロアレディ(申告監督):キャバクラのホステスが解雇予告手当と罰金及び名刺代の控除の返還を求めて申告。役務提供契約を結び、税金もそう処理しているが、勤務時間は19:30-26:00(又は27:00)で週3-4日出勤、接客時間に対して時給3000円と同伴・ドリンク手当が当日現金払い。接客時間はキャッシャーが手書きで記録。勤務中は店長の指示に従い、接客時に座る席まで指示され、欠勤には許可が必要で、当日連絡の場合は罰金を払う等、個人事業主として業務委託契約であったと認めるのは困難と判断した。ただし退店のいきさつを解雇とは認めず、罰金と控除の返金を指導。

(ロ) 労働者性なしと判断した事案

・申15 一般飲食店の仲居(申告監督):配膳接客をする仲居として勤務してきた申告人が未払いの残業代を求めて申告。事業場側は申告人を芸能人と同じで雇用契約ではなく、「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」という個人事業主に対しての源泉徴収を行っていた。社会保険、雇用保険等の控除をせず、仕事の依頼に諾否の自由があり、勤務時間、出勤日等指定はないことから、労働者ではないと判断し、ただ申告人と同様の勤務形態である仲居については、委託契約書を結び、労働の態様を明らかにするよう指導。

(ハ) 労働者性の判断に至らなかった事案

・申23 その他の接客娯楽業のフロアレディ(申告監督):キャバクラのホステスが解雇予告手当を求めて申告。雇用契約書はなく、就労開始時に日給45000円等の条件を交わしている。事業場側は、店舗という場所を各個人事業主に貸している(「箱貸し」)だけと主張。「来なくて大丈夫ですよ」を断定的に解雇と判断できないため、処理を終了。

・申29 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ラウンジのママが、賃金から売上不足や調整と称して控除されていると申告。事業場側は申告人が個人事業主と主張。臨検監督を行う前に、会社が一部支払うことで申告取り下げ。労働者性は特定に至らず。

・申31 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):接客キャストが解雇に伴う賃金未払いを申告。キャスト契約書には専属請負契約であることが書かれている一方、所定労働時間は20時-翌2時で、時給2250円と労働者性も見受けられるが、労働者であると断定できないことから、処理を終了。

・申32 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ホステスが賃金未払いを申告。時給2000円及び指名料1人1500円。事業場側は申告人が個人事業主と主張。出勤を強要したことはなく、営業日はいつ来てもらってもよいが、開店から2時間後の20時以降は受付せず。タイムカードは打刻させていたが、昼に他の事業場で働くことは妨げていない。ただし本人以外のものが来ることは認めていなかった。契約内容が客観的に分かる書面もなく、労働者性を肯定しかねることから処理を終了。

・申33 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):キャバクラのキャストが賃金未払いを申告。勤務時間は20時-25、26時で、フロアキャスト業務請負支払報酬によれば、時給2300円で指名数に応じた時間給やボトルバック、同伴バック、欠勤控除がある。時間管理や欠勤控除など労働者性を補強する要素も認められるが、事業場から申告に係る給料が振り込まれたので処理を終了。

・申40 その他の飲食店のフロアレディ(申告監督):ホステスから賃金未払いの申告。報酬は時給+ボトル注文による歩合制。労働日1週間ごとに本人から希望させ、勤務の指示はしていない。報酬から個人事業主として10.21%の税金を引き、確定申告は本人が行っている。服は自前で準備。月1回程度本人に対し個人事業主であると説明していた。書面契約はなく口頭のみの契約。以上から労働者性があるとは断定できないため、処理を終了。

 

(8) 分析

 伝統的に労働者性に係る問題の一つの焦点となってきた傭車運転手を含む運転手と同数の事案が接客職に見られるというのは、訴訟に至った事案の裁判例を中心に労働者性の問題を見てきた研究者にとってはやや意外に思われるかも知れない。しかし、以上の各事案を概観しても分かるように、こうした風俗営業適正化法において「接待飲食等営業」と呼ばれているような事業において、歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすタイプの接客職が、今日における労働者性に係る事案の少なからぬ部分を占めているということは、注目に値する発見であろう。
 一人親方や運転手といった他の職種の事案と比較すると、キャバクラやパブといった歓楽的飲食店の店内で夕方から深夜に至るまで接客しなければならないという業務上の必要性からであろうが、報酬を時給で定めているケースがかなり多く、そのことが個別事案によって違いはあるが、労働者性ありと認めるものが相対的に多くなっていることの背景として存在しているように思われる。しかし、時給制であるにもかかわらず労働者性の判断に至っていないケースも少なくない。接客の具体的態様がいちいち事業場側の指揮監督下にないため労働者性の判断に踏み切れないことがその背景にあるようにも見られるが、時間的空間的に拘束された下で客を歓楽的雰囲気で接待しなければならないという従属性の観点がやや軽視されている感もある。

(9) 労働基準監督行政への示唆

 労働基準監督官が労働者性の判断基準としている1985年の労働基準法研究会報告は、「報酬が時間給を基礎として計算される等・・・報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合には、「使用従属性」を補強する」としており、これが接客職に対するやや積極的な労働者性判断をもたらしているようである。一方、事業特性からか、申告者本人や事業場との連絡が必ずしも円滑にいかないケースがまま見られ、労働基準監督官としてはいささか扱いにくい分野なのかも知れない。その意味で、労働者性の紛争がこれだけの事案数に上る職種でもあり、労働基準法研究会報告における傭車運転手等のように、具体的事案として取り上げて当該職種特有の観点も含めて判断基準を示すことも考えられよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

労務屋さん、くろかわしげるさんの拙著評

71cahqvlel_20211015000601 労務屋さんに『ジョブ型雇用社会とは何か』を評していただいてます。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2021/10/14/171429

一昨日に久々に出社した際にピックアップしたのですが調べてみたところその前に出社したのは8月30日であり、この本も奥付をみるとほぼ1か月前には刊行されていたようで、お礼が遅くなり申し訳ありません。

実は、何人かの方々からぼつぼつとお礼のメールをいただきつつあり、やはり昨年来のコロナの中で、しっかりテレワークが確立してたまに職場に出てくるという行動パターンを続けておられる方は結構いるんだな、と感じています。当方は、コロナでテレワークがどうたらこうたらと書いたり喋ったりしている割に、自分の行動パターンはほぼ毎日出社組で、zoomで授業したり講演したりはしているものの、メインは全然テレワークしてませんな。

閑話休題。いかにも労務屋さんらしく、やんわりとした言葉の後ろ側でさりげに向こうの方を皮肉るという高度な書評になっておりますが、この最後の一文は、まあ私もそう思いますが、「言ってる向き」じゃなくて、「そう聞いてそう思い込んでる向き」に読んでもらえば本望なので。

「評価」に関する所論に対しては異論があるので無条件にお薦めすることができないのが残念なのですが(一部はこのブログでも過去に書きましたし、できれば時間のある時にまとめて書きたい)、人それぞれ、どこかどうかで「なるほど、そういうことだったのか」という発見があると思われる、非常に啓蒙的な一冊となっています。まあ「時間ではなく成果で評価」とか言ってる向きはたぶん読まないでしょうけど。

もひとつ、くろかわしげるさんもツイートで連投しています。

https://twitter.com/kurokawashigeru/status/1448635466413010947

 遅れていますが、濱口桂一郎「ジョブ型雇用社会とは何か」を読み進めています。
 メンバーシップ型の正社員雇用を人にやさしい雇用として思い込まれている逆説と、そのことで起きている今の時代の矛盾がこれでもかこれでもかと書かれています。
 ドライに、労働力の交換で働きたいという人が、安定して正当な対価を払われて働くことのできる職が、二極化する雇用のなかでなくなっている問題は大きいと思います。
 ジョブ型雇用の概念は、役所の非正規労働を考える補助線として非常に有効でした。役所には専門職というメンバーシップ雇用にそぐわない職種が山ほどありますが、正規職員の人事制度とそれによる職員ガバナンスが、専門職に適合しなくてアウトソーシングや非正規化の対象にされやすいものです。
 ジョブ型雇用として一般職非常勤職員制度の運用変更を画策していましたが、「会計年度」という専門性も職もない、ただの雇用期間だけの定義をガチンとはめられた制度になって、取れたものは取れたけども、おかしなことになったなぁと思うばかりです。
 濱口先生の本では、児童手当も出てきて、戦後生活給として賃金が育ちすぎて、子どもの数で賃金が決まるようなものを児童手当に置き換えようとして失敗した歴史と。
 非正規労働者が増えて、家族手当がない労働者が増えて、初めて児童手当の意味が理解されつつあるという時代なのだろうと思います。かといって企業が家族手当を全廃してその分法人税として払ってくれるかというと微妙。

話が二重三重にねじれていて、ほめる側もけなす側も、ほんとは厳しいメンバーシップ型を優しいと思い、ほんとはぬるいジョブ型を成果主義でビシビシだと思い込んでいるのを、その事実認識が間違っているよ、逆なんだよと言ってるのに、価値判断を責められていると思い込んで、ほめるにせよけなすにせよますます間違った認識に閉じこもるので困っちゃうのですね。

 

 

 

2021年10月13日 (水)

「女性」さんの短評

71ttguu0eal_20211013120701 以前、桝本純さんのオーラルヒストリーに関心を持って「今世紀最高の本」とまで絶賛していた「女性」さんという方(一人称「俺」のこの方の生物学的な雌雄の別は存じ上げませんが)が、『ジョブ型雇用社会とは何か』について、あまりほかの方がつっこまないところで、しかし私としては秘かにつっこんで欲しいなと思っていたところに、うまい具合につっこんでいただいています。

https://twitter.com/ssig33/status/1447750147375435778

濱口桂一郎さんの新刊読みました。一番よかったの国がハイエンド外人を水増しする話で、もしメンバーシップ雇用のOJTでハイエンドになれるなら、そこに後からハイエンド外人でもはまるはずだけどそうなってない、つまり日本の労働者はほぼ全てノースキルローエンドであることが示唆されている。
では日本のハイエンド人材がどこに消えてるかというと、これは学位が資格として日本でも機能してる医師と士業なんだよな。あとごく一部の外資。大多数の産業はやる気だけある能力のない人の気合いで維持されてる。
別にたぶんこんなこと言いたくて濱口さんがジョブ型雇用社会とは何かという本を書いたわけではないんでしょうが、労働者のスキルが完全崩壊している様子が本に現れてる感じはありますね
UAゼンセンは非正規受け入れてるってチラッと触れてたが、ゼンセンの話はもっと詳しく一般書にあるといいと思うんだよな。俺は濱口先生が紹介してくれた渋いオーラルヒストリーでだいたい満足しましたが。
最後の方で労働者代表制に触れてるあたり、濱口さんの問題意識は"中小企業の労働者および大企業の非正規雇用の人"という圧倒的大多数の労働者は事実上無権利状態で働いている、という部分にあるんですかね、というかだからこそ日本の雇用終了とかを書いてたのか 

 

 

本田由紀『「日本」ってどんな国?』

9784480684127 本田由紀『「日本」ってどんな国?─国際比較データで社会が見えてくる』(ちくまプリマ-新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。タイトル通り、サブタイトルも含めてタイトル通りの本です。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684127/

家族、ジェンダー、学校、友人、経済・仕事、政治・社会運動について世界各国データと比較し、日本がどんな国か考えてみよう。今までの「普通」が変わるかも!?

以下のように広範な領域にわたっていろんなデータを並べつつ、日本は「スゴイ国」じゃなく「相当やばい国」であることを説いています。

第1章 家族

第2章 ジェンダー

第3章 学校

第4章 友だち

第5章 経済・仕事

第6章 政治・社会運動

第7章 「日本」と「自分」

ただ、こういう若者向けの本でどこまできちんと伝えられるかは分かりませんが、その「スゴさ」が「ヤバさ」の元であり、「ヤバさ」が「スゴさ」の元であるという両義的な関係にあるということも伝えられればよかったという気がします。

 

 

 

 

2021年10月12日 (火)

育児休業、最初の導入企業どこ@日経新聞

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo1128217007 日経新聞の10月11日夕刊に、かなりでかく「育児休業、最初の導入企業どこ」という記事が載っています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD163P50W1A910C2000000/

2020年度に育児休業を取った人は42万人(給付金受給者)と、過去最高を記録した。同年度に生まれた赤ちゃんが82万人だから、いまや育児休業は子育てになくてはならない存在だ。いったいいつ、どこの会社が始めたのだろうか。

「さぁ、わかりませんね」。育児・介護休業法を管轄する厚生労働省職業生活両立課に尋ねれば、すぐ分かるだろうという甘いもくろみはいきなり挫折した。・・・

というわけで、記者は育児休業法制定時に担当補佐だった伊岐典子さんに聞きに行き、「電電公社がルーツだと思う」と聞いて、そのいきさつを調べます。

41g9c5v8cjl このミステリ仕立ての叙述は記事を読んでいただくとして、このあたりは『働く女子の運命』でもちょびっと触れたところです。

先駆的な育児休業制度
 日本で初めて育児休職制度を導入したのは、影山裕子氏がまだ男女差別に悩まされていた当時の電電公社でした。彼女は自伝『わが道を行く:職場の女性の地位向上をめざして』(学陽書房)の中で、この制度導入は自分が言い出したことであるかのように書いていますが、萩原久美子氏の『「育児休職」協約の成立』(勁草書房)によれば、そういう事実はなさそうです。同書は、当時の電電公社の労働組合、全電通の近畿地本執行委員だった松葉頴子氏のアイディアから、電話交換手の就労継続のための育児休職構想が労働組合の要求として打ち出され、1965年に協約として確立していく過程をビビッドに描き出しています。
 法制度としては1975年に議員立法で成立した「義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律」が最初です。この法律の出発点は、1963年の日教組定期大会で、「これから婦人教師はどんどん増加するのだから、既婚婦人もさらに増加するし、従って育児休職制度が必要だ」と提起されたことにあります。出産育児を理由に退職を余儀なくされた女性教師たちが、復職を希望してもきわめて困難という状況下で、日教組婦人部が本格的に検討を開始し、1966年には法制化を求める決議を行い、同年にはILOとユネスコの「教員の地位に関する勧告」という国際的な追い風も吹いたこともあり、翌1967年に当時の日本社会党から法案が提出されました。こうした活動には前例があります。日教組婦人部の運動により、産休補助教員を取り入れるための「女子教育職員の産前産後の休暇中における学校教育の正常な実施の確保に関する法律」を、議員立法により1955年に成立させていたのです。ちなみに、日教組といえば政治団体だと勘違いしている人もいますが、確かに政治活動に熱心な活動家もいましたが、こういうまっとうな労働組合としての活動にも熱心に取り組んでいたのです。閑話休題。社会党案の審議未了が3回繰り返された後、与野党間で参議院文教委員会に小委員会が設置され、自民党も合意して1972年に法案にまとめ、参議院本会議で可決し、衆議院に送付するところまで行きましたが、衆議院では審議未了廃案になってしまいました。
 一方、看護婦等の育児休業を求めたのは労働組合からではなく、国立病院の看護婦不足に悩む厚生省サイドでした。1969年斎藤昇厚生大臣が人事院総裁に看護婦の育児休職制度を検討するよう要望し、自民党内部で検討が進められたのです。これが1974年頃、看護婦・保母人材確保法案としてまとめられましたが、国会に提出するに至らず、野党側が対抗法案を出しています。結局1975年に、厚生族の橋本龍太郎議員と文教族の西岡武夫議員を中心に両者統合した法案が準備され、成立に至りました。
 重要なのは、労働組合主導であれ政府主導であれ、この時期に女性のみの育児休業制度といえども確立したのは、出産育児で退職されては困るような特定職種の女性たちだけだったということです。そうでない普通の女性の場合はどういう扱いだったかというと、1972年の勤労婦人福祉法にあるように「必要に応じ、育児休業の実施その他の育児に関する便宜の供与を行うよう努め」ればよかったのです。そして、この点は1985年の男女均等法でもほとんど変わりはありませんでした。


 

2021年10月11日 (月)

ノーベル経済学賞のニュースに合わせて「クルーグマン on 最低賃金」(再掲)

ノーベル経済学賞をカード氏らが受賞したというニュースをみて、そういえば本ブログで彼の最低賃金に関する研究に言及したことがあったよな、と検索してみたら、こういうのが出てきました。せっかくなので再掲しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/on-da7a.html

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別段目新しい話でもありませんが、ネット上で威勢の良い特殊日本的な「りふれは」(「リフレ派」ではなく)には最低賃金を目の敵にして、雇用を失わせるに決まっているという方々が多数いることもあり、そういう彼らがなぜか(自分らの政治的立場とは異なるにもかかわらず)引用したがるポール・クルーグマンの昨日のコラム「Liberals and Wages」から、最低賃金に言及した部分を引いておきます。全然目新しい話ではありません。

http://www.nytimes.com/2015/07/17/opinion/paul-krugman-liberals-and-wages.html?rref=collection%2Fcolumn%2Fpaul-krugman&action=click&contentCollection=opinion®ion=stream&module=stream_unit&contentPlacement=1&pgtype=collection&_r=1


Meanwhile, our understanding of wage determination has been transformed by an intellectual revolution — that’s not too strong a word — brought on by a series of remarkable studies of what happens when governments change the minimum wage.

More than two decades ago the economists David Card and Alan Krueger realized that when an individual state raises its minimum wage rate, it in effect performs an experiment on the labor market. Better still, it’s an experiment that offers a natural control group: neighboring states that don’t raise their minimum wages. Mr. Card and Mr. Krueger applied their insight by looking at what happened to the fast-food sector — which is where the effects of the minimum wage should be most pronounced — after New Jersey hiked its minimum wage but Pennsylvania did not.

Until the Card-Krueger study, most economists, myself included, assumed that raising the minimum wage would have a clear negative effect on employment. But they found, if anything, a positive effect. Their result has since been confirmed using data from many episodes. There’s just no evidence that raising the minimum wage costs jobs, at least when the starting point is as low as it is in modern America.

さて、賃金決定に関する我々の理解は、政府が最低賃金を変えたら何が起こるかについての素晴らしい一連の研究によってもたらされた知的革命によってーこれは言いすぎじゃないよ-大転換しているんだ。

20年以上も前に、経済学者デービット・カードとアラン・クルーガーは、ある州が最低賃金を引き上げたら労働市場にどういう影響を与えるかを実験的に明らかにした。実験というのは、隣接する州が最低賃金を引き上げないという自然のコントロールグループが提供されていたからだ。カードとクルーガーは、ニュージャージー州が最低賃金を引き上げたけれどもペンシルベニア州は引き上げなかった時に、ファーストフード業界-最低賃金の影響を一番受けると言われている業界だ-で何が起こったかを観察することで彼らの洞察を適用した。

カードとクルーガーの研究まで、多くの経済学者たちは-僕自身も含めて-最低賃金を引き上げたりしたら雇用に明らかなマイナスの影響を与えると思い込んでいた。ところが彼らは、それどころかプラスの影響があることを発見したんだ。この結果は多くのエピソードからのデータによって確認されてきている。最低賃金を引き上げたら雇用が失われるなんて言う証拠は全くないんだ。少なくとも、(最低賃金の引き上げの)出発点が現代アメリカのように低い国ではね。

(追記)

https://mobile.twitter.com/yeuxqui/status/625455548427689984?p=p


というか「経済学者」、最賃引き上げや、賃上げの批判しなくなったなw。都構想とかは突然擁護してみたりはするが。

というか、「りふれは」ケーザイ学者ね。

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も一つついでに、このエントリの本体じゃなくて「追記」の部分を

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-d8c7.html(最低賃金引き上げに意欲)

(追記)

例によって、3法則氏が全開ですが、

https://twitter.com/ikedanob/status/624257385834528768

内閣府は「賃金が上がると雇用が減る」という法則を知らないのか。

さすが、20年前のカードとクルーガーの研究も知らずに、居丈高に「法則」とか口走る経済評論家の面目躍如といったところです。いや、躍如としてめ面目ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理科系は文科系よりもジョブ型?

拙著へのツイートで、

https://twitter.com/TyePass/status/1446838357820985354

そういやこれ買って半分読んだけど面白い
「ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機」
工学系には分からないところがちらほら。そこが新鮮で面白い。大学と職業訓練の在り方とか。それなりに大学で職業訓練を受けたと思うし高校理数系科目も仕事に直結している。

https://twitter.com/TyePass/status/1446841437228658696

工学系だとジョブローテーションは比較的少なくある程度ジョブ型ですし、新卒時に即戦力的に働ける人も少なくないと思っていましたが、そうではない世界(新卒一括採用で教育しなおすのが都合が良い社会)について書かれてあるので面白いと思います。あと単純に雇用について考えさせられます。

もちろん、初めにジョブありきの本来的な意味でのジョブ型ではないのですが、文科系の典型的なメンバーシップ型に比べれば理科系にはかなりジョブ型っぽい要素があるのは確かでしょう。

この点を企業の採用基準において大学の選抜度(つまり入試時の偏差値)と大学での学習内容のどちらが重視されているのかによって分析したのが、『キャリアデザイン研究』17号に載っている中尾走・平尾智隆・梅崎修「大学での学習内容は新規学卒労働市場で評価されているのか?-全国学生調査と機関データを結合した実証分析」です。

その結論は、ある意味で常識的ですが、

・・・本稿では、大学生の内定獲得に対して、大学の選抜度、専攻分野、及びその交互作用の影響を見てきた。大学の選抜度は、どの専攻分野でも内定獲得に正の効果を持つが、その効果は専攻分野間で一様ではないことが明らかになった。

具体的には、人文科学、社会科学、教育で大学の選抜度の効果が大きく、自然科学ではその効果が小さかった。専攻分野の主効果(大学の選抜度が最小値の時の切片)に直目すれば、自然科学や保健で人文科学よりもその効果が大きい。つまり、大学の選抜度が低い場合には、人文科学よりも内定獲得の確率は高いが、自然科学では大学の選抜度が上がったとしても、人文科学ほど内定獲得確率が上昇しないということが分かった。

・・・つまり、自然科学では大学の選抜度以上に、大学での学習内容によって蓄積された人的資本が評価されるため、選抜度による差異の効果が相対的に小さく出ていると言える。一方、自然科学と比べたときに、人文科学では大学での学習内容よりも大学の選抜度が新卒労働市場で評価されているために、大学の選抜度によって内定獲得確率が大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

字体の話

8e7ezxpr_400x400 常見陽平さんのところに拙著が届いたようなのですが、

https://twitter.com/yoheitsunemi/status/1447378662139916296

出勤したら、『ジョブ型雇用社会』(濱口桂一郎 岩波書店)が届いていた。感謝。実はすでに買っていた。「一刀両断!」という帯に、通算二度斬られたことになる。勉強しろ、ということだ。「45歳定年制」や「今日の仕事は、楽しみですか。」を語る上でもこの本は役に立つ。今読まれるべき本である。

ちなみに、日経電子版では濱口桂一郎先生が浜口桂一郎と表記されているのは、日経の致命的なミスか、アニマル浜口ジムに入門したからなのか。そして、プロレスラーはメンバーシップ型と、ジョブ型とフリーランスがまだら模様の世界である。

2009年に出た『新しい労働社会』(濱口桂一郎 岩波書店)は長く読まれる本であり、ずっと引用されていた。大学の労働社会学のゼミでも課題図書になっていた。これも、長く読まれることだろう。

すみません、ご自宅用と職場用にしていただければ。

ちなみに、「浜口」表記は、メディアによって「濱口」でいいと言ってくれるところと、なぜか強硬に「浜口」でなければダメというところがあって、結局字体がばらばらになってしまいます。

芸能界とスポーツ界でも違うようだし、よく分かりません。

 

このままでは国家財政は破綻する@矢野康治

411h2flqr2l_sx341_bo1204203200_ 『文藝春秋』2021年11月号に現財務事務次官の矢野康治さんが

財務次官、モノ申す
「このままでは国家財政は破綻する」

誰が総理になっても1166兆円の〝借金〟からは逃げられない。
コロナ対策は大事だが人気取りのバラマキが続けばこの国は沈む
矢野康治

というのを寄稿してかなり話題になっています。

が、例によって減税(憎税)バラマキ派と増税緊縮派の不毛な対立図式ばかりで盛り上がって、「しっかり税金を取ってしっかり必要なところに配ろう」という本来のまっとうな議論がどこかに吹っ飛んでしまうという哀しき現実が繰り返し演じられ続けるようです。

ただ、どちらが悪いかと言えば、明らかに神聖なる憎税同盟の最右翼たる減税ニッポンの連中が諸悪の根源であって、これだけコロナで財政支出をしながら(もちろんそれらは必要であり、十分とも言えないが)むちゃくちゃな減税論を振り回す連中を目の当たりにして、勘定所の役人(財務次官は勘定奉行か)が、そこまで税金を憎むのならそれに見合って緊縮せよと言いたくなるのは役目柄当然であり、職務に忠実と言うべきでしょう。

31dsj9bb24l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ もちろん、それは本来のあるべき姿からの逸脱なのですが、「しっかり税金を取ってしっかり必要なところに配ろう」というまっとうな議論が欠落している世界では、やむを得ないというか、気持ちは分かる、という気がします。

 

 

 

2021年10月10日 (日)

イタリアで反ワクチン右翼が首相府と労組を襲撃?

Italy これは労働法政策の応用問題でもありますね。イタリアで、職場におけるコロナ証明書の所持義務化に反対する右翼グループが首相府と労働組合(CGIL)を襲撃したようです。日本のメディアではCGILという名前までは見当たらないようですが、向こうのメディアでは結構大きく報じられています。

https://www.reuters.com/world/europe/italian-police-use-water-cannon-push-back-anti-vax-protesters-rome-2021-10-09/

Italian police used water cannon and tear gas on Saturday to push back hundreds of people, including neo-fascist activists, demonstrating in Rome against a government drive to make the COVID-19 "Green Pass" mandatory for all workers.

One group of protesters tried to break through police lines to reach Prime Minister Mario Draghi's city centre office, while a separate group tried to smash their way into the headquarters of Italy's main CGIL trade union.

ヨーロッパでも反ワクチン派はやたらに勢いがあるようですが、政府の政策に賛成した労働組合まで巻き添えを食らうようです。

CGIL, which has accepted the Green Pass system for workers, condemned the attack on its offices.

"The assault on CGIL's national headquarters is an act of fascist thuggery, an attack on democracy and on the world of work," its leader Maurizio Landini said in a statement. "No-one should think that they can return our country to its fascist past."

どういう政策かというと、

Under the pass system, any worker who fails to present a valid health certificate from Oct. 15 will be suspended with no pay, but they cannot be sacked.

コロナのワクチン接種ないし検査陰性の証明書がなければ労働者は10月15日から無給で出勤停止になりますが、解雇されるわけではないと。

 

 

 

2021年10月 9日 (土)

Nさんの連続短評

71cahqvlel_20211009224901 時代の流れなのか、12年前の『新しい労働社会』の時に比べて、『ジョブ型雇用社会とは何か』に対しては、ブログよりもツイッター上での短評が多く寄せられています。その中で本日心に残ったのは、

https://twitter.com/coriolan1807/status/1446757572745187334

濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(2021年9月)税別1,122円 メンバーシップ型、ジョブ型雇用という言葉を人口に膾炙させたの濱口桂一郎(1958-)による新刊。 生半可な理解で中途半端に奨励されつつあるジョブ型論をバッサリ切り捨て、大変痛快。
労基法、労働組合法がGHQ労働課の指導により、ジョブ型雇用を志向しながら制定されていながら、戦後早々からの企業別組合の定着や高度成長期の「職能給」定着によりそれがメンバーシップ型一色に塗り替えられていく描写は明快。
また、現下のメンバーシップ型社会にジョブ型の接木をせんとした労働契約法改定、パートタイム労働法の同一労働同一賃金施策解説は、同施策で何がクリティカルに変わるのかいまいち理解できて居なかった身としては勉強になった。 なるほど、大して世の中が変わらないはずである。
職能資格制度における「職務遂行能力」が何一つ具体的な能力・業績を査定するわけでもなく、「やる気」「忠誠心」のといった情意考課であると喝破してあるのも、「まあ、その通りだろうな」という感想である。 大企業の人事屋さんは、同書読んだ方がいいと思うなあ。
あと、本書は「労働法」畑の学んできたドクトリンとはかなり異なる評価、議論になっており、労働判例ばかりだけ追ってても実態や総論はわからんよと言わんばかりの著者の議論は民間企業に勤める給与所得者には説得的。 

一つ一つ、著者の意図を見事に読み取っていただいていて嬉しい。「労働判例ばかりだけ追ってても実態や総論はわからんよと言わんばかり」って、いや言わんばかりじゃなくて露骨に言ってます。

 

 

 

 

2021年10月 8日 (金)

労政時報の人事ポータルjin-Jour(ジンジュール)に書評

71cahqvlel_20211008230601 労政時報の人事ポータルjin-Jour(ジンジュール)に、『ジョブ型雇用社会とは何か』の書評が載っています。

https://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=80914

■ 2020年以降、多くのメディアで流行した「ジョブ型」という言葉は、もともと著者がつくったものである。元をたどれば、2009年に著者が執筆した『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』において、日本的な「メンバーシップ型」と対比させるために用いられたものであり、現在多くのメディアで使用されているジョブ型の概念は著者が提示したものと大きく異なる。本書は、世間にはびこる間違いだらけのジョブ型論にメスを入れるとともに、雇用システムの基礎をさまざまな項目からひもといていく。

■ 序章は、メディアに掲載されたジョブ型の関連記事を取り上げ、その矛盾点を指摘する。続く第1章では、ジョブ型とメンバーシップ型の「基礎の基礎」を改めて詳細に解説し、第2章以降において問題領域ごとにメンバーシップ型の矛盾点がどう現れているのかを分析していく。第2章はジョブ型論で見落とされがちな採用・定年・高齢者雇用・解雇、第3章は賃金制度、第4章は労働時間――と続いていく。多くの議論において労働時間問題は残業代の問題に偏りがちであるが、本書ではワーク・ライフ・バランス、メンタルヘルス等の観点を含め説明している。

■ 第5章は「メンバーシップの周縁地帯」と題し、短期的メンバーシップとして位置づけられてきた女性正社員や、メンバーシップ型に馴染なじまない障害者雇用、また、出入国管理政策の観点から扱われた外国人労働者について問題提起する。終章となる第6章では労働組合をテーマに、世界的な歴史を踏まえつつ、日本特有の労働組合の状況を説明している。本書は、日本における労働問題を多角的に分析し、正しいジョブ型の理解へと導くためのバイブルといえるだろう。人事担当者であれば一度は読んでおきたい一冊だ。 

 

 

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