『最新 労働者派遣法の詳解』

6370_m第一東京弁護士会労働法制委員会『最新 労働者派遣法の詳解』(労務行政)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.rosei.jp/products/detail.php?item_no=6370

さてこの本、右の書影でも分かるように、編集執筆に多くの弁護士の皆さんが関わっています。

編集代表には、安西愈、木下潮音、石井妙子、小林譲二といった大御所級、編集には倉重公太朗さんら中堅、執筆は中堅から若手クラスの弁護士です。

内容は、

第1章 これまでの派遣法の歴史と変遷

派遣法の歴史

平成24年改正と平成27年改正の関係

第2章 平成27年派遣法改正について

平成27年派遣法改正の概要

平成27年派遣法改正における派遣可能期間規制

労働契約申込みみなし制度

均衡処遇の推進/雇用安定措置・キャリアアップ措置

間接雇用であることと派遣労働者の保護

第3章 「派遣先の団交応諾義務」をめぐる諸問題

第4章  全体討議

平成27年改正をめぐる諸問題

労組法上の派遣先の使用者性

といったところですが、やはり読み物として面白いのは最後の全体討議です。ここで白熱しているのはやはり第3章で裁判例をもとに検討されている「派遣先の団交応諾義務」をめぐる諸問題です。

実は、表紙に大御所として名を連ねている山口浩一郎さん(第一東京弁護士会所属の弁護士でもあります)が、そもそも原則として派遣先に団交応諾義務はなく、派遣法が用意している苦情処理手続で対応すべきものだと論じていて、これをめぐって白熱した議論の様子が読めます。

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「労働者性に関する大審院判例」@『労基旬報』2017年3月25日号

『労基旬報』2017年3月25日号に「労働者性に関する大審院判例」を寄稿しました。

 最近また「雇用類似の働き方」という名称で、非雇用労働者に関する政策が注目を集めています。この問題は労働法サイドからは「労働者性」の問題としてさまざまに議論がされてきたものですが、現在までのところ1985年に当時の労働基準法研究会がまとめた「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という報告書がその拠り所となっています。

 しかしこの問題はおよそ労働法という特別の保護法が成立して以来常に付きまとう問題であり、既に戦前にも労働基準法の前身である工場法という法律の適用をめぐって大審院(戦前の最高裁判所)にまで持ち込まれた事案があるのです。今回は、労働法の歴史秘話ヒストリアの一環として、この今ではほぼ完全に忘れられた判例を紹介しておきましょう。

 これは昭和8年4月14日大審院判決(昭和7年第1720号)で、三重県の浴布製造業者山田豊を被告とする工場法違反事件です。彼はもともと工場法の適用を受ける浴布工場を経営していたのですが、昭和6年まず自分の妻子や旧職工を社員とする合資会社という形をとり、これが工場法違反の疑いで取り調べを受けると、今度は妻子や旧職工を組合員とする共同浴布製造組合(民法上の「組合」)を設立し、工場法の適用を受けないと主張していました。これに対し三重県当局は工場法違反として安濃津区裁判所に告発したのですが、同区裁判所は「本件ノ如ク組合契約ヲ原因トスルモノニ対シテハ工場法ノ適用ナキモノト言ハザルベカラズ」として昭和7年5月10日無罪を言い渡しました。控訴審の安濃津地方裁判所も同年10月19日、「縦令事実上ハ前記ノ如キ関係ニアリトスルモ法律上ハ他組合員ハ被告人ニ対シ組合契約ニ因ル組合員タル地位ニ在ルモノニシテ雇傭契約ニ基ク職工ノ地位ニ在ルモノニ非ザル」を以て「被告人ト他組合員トノ関係ニ付キ工場法ヲ適用スベキ限リニ非ザルモノ」としてやはり無罪の判決を下していたのです。労働の実態よりも契約形式を重視したがる裁判官の感性は戦前にも強かったわけですね。

 これに対する上告審の判決は、原判決を破棄し、有罪を言い渡しました。そのロジックを見ていきましょう。同判決は同「組合」で就労している職工たちの証言をいくつか引用しています。「自分ハ十五歳ノ時ヨリ山田浴布工場ニ通勤シ居レルガ同工場ハ其ノ後組合トナリ自分等モ組合員ト為リタル故金十五円ヲ以テ出資スルコトト為リタルモ自分等ハ金ナキ故山田ガ立替ヲキ呉レタルコトゝナリ居レリ而シテ従来自分ハ飯代ヲ差引キ月六円宛月給トシテ貰ヒ居リタルガ同工場ガ組合ト為リタル後モ月給ハ従来通リニシテ少シモ変リナシ」(谷口はる)など、就労の実態を垣間見せてくれます。

 それを踏まえて大審院は、「本件組合ニ於テハ・・・該組合ノ事業遂行ノ為被告人ガ其ノ業務執行代表者ト為リ総事業ノ執行監督利益分配並組合員ノ加入脱退除名ニ関スル全般ノ事務ヲ掌リ爾余ノ組合員ハ総テ被告人ノ指揮監督ノ下ニ組合ノ工場ニ於テ工業的作業ノ労働ニ従事シ其ノ労務ニ応ジ月給日給及製品出来高等ノ標準ニ依リ毎月其ノ報酬ヲ受ケ之ヲ各人生活ノ資ト為シ因テ以テ右組合員タルト同時ニ一面組合ニ従属シテ傭使セラレ居ル事実ヲ観取シ得ベシ然リ而シテ工場法ニ所謂職工トハ鉱業主ニ対シ従属的関係ニ於テ有償ニ工業的作業ニ従事スル工場労働者ヲ云フモノト解ズベキヲ以テ叙上被告人以外ノ組合員ガ各自該組合ノ一員タルト同時ニ一面同組合ノ職工ニ該当スルコト勿論ナリ然レバ被告人ヲ其ノ一員トスル本件組合ガ被告人以外ノ組合員ヲ職工トシテ同組合ノ工場ニ使用シ以テ常時十名以上ノ職工ヲ使用セル事実ハ其ノ証明十分ナリ」と判示しました。

 大審院は、この企業体が民法上の組合として適法に設立され、運営されていることを否定していませんし、そこで就労する労働者たちがその民法上の組合の組合員であることも否定していません。民法上の組合の組合員だからといって工場法の適用を受ける職工でなくなるわけではなく、後者の判断は契約上の地位如何ではなくて就労の実態から判断するのだというのが、この大審院判例のもっとも重要なところであり、今日においても熟読玩味すべき点であろうと思われます。

 今日、労働法の適用は就労の実態で判断すべきということは、司法関係者にもある程度共有された認識になっていることは確かでしょう。しかし、その意味については必ずしも的確に共有されているとは限らないように思われます。つまり、契約形式は雇用契約ではなく請負や本件のように組合契約であっても、就労の実態が雇用であれば、その契約を雇用契約であると性格認定すべきであるという風に理解している場合が多いのではないでしょうか。しかしそういう風にものごとを考えていくと、双方の合意で成立している契約形式をあえて否定するだけの根拠が必要ということになり、労働者性の認定が難しくなってしまうのではないでしょうか。

 民法上の契約類型としては雇用契約ではなく請負契約や場合によっては組合契約であるかも知れないが、そうであると「同時ニ一面」において、労働法上の労働者であるということは十分あり得るのであり、むしろこういった限界事例においては積極的にそういう判断をしていくべきなのではないか、といったことを、この80年以上も前の大審院判例はわれわれに考えさせてくれます。

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『POSSE』34号

Hyoshi34『POSSE』34号をお送りいただきました。特集は「ポスト電通事件の過労死対策」です。

http://www.npoposse.jp/magazine/no34.html

2016 年、電通で働いていた24 歳の女性社員が
過労自死した事件が大きく取り上げられた。
この事件をきっかけに「過労死」が改めて社会問題として注目され、
その対策が急がれている。
そこで本特集では、過労死対策に取り組む様々な現場の最前線を取り上げている。
過労死をなくしていくためには何が必要なのか。
現場の取り組みから現状を捉え直し、
「ポスト電通事件」の過労死対策を展望する。

目次は次の通りです。

◆特集「ポスト電通事件の過労死対策」

15分でわかる過労死問題と近年の過労死対策
本誌編集部

電通事件後、労働基準監督行政はどう変わったのか
現役労働基準監督官×坂倉昇平(本誌編集長)

36協定の上限規制だけではなく労働時間の適正把握を
松丸正(弁護士)

ルポ
過労死に直面した遺族はどのようにして声を上げられるか

本誌編集部

昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました。
汐街コナ(イラストレーター)

◆単発

川崎鶴見臨港バス、36年ぶりのストライキ
小山國正(臨港バス交通労働組合執行委員長)×田端正幸(臨港バス交通労働組合書記長)×髙橋廣康(相模鉄道労働組合執行委員長)×青木正之(相模鉄道労働組合書記長)

労働問題の刑事事件化の意義と問題点
戸舘圭之(弁護士)×青木耕太郎(ブラックバイトユニオン)

介護技能実習生はどのように受け入れられるのか
安里和晃(京都大学大学院文学研究科特定准教授)

給付型奨学金制度創設による影響
本誌編集部

小田原市「ジャンパー事件」はなぜ起きたのか?
渡辺寛人(NPO法人POSSE事務局長)

新しい求人詐欺対策は前進か、後退か
本誌編集部

ルポ
「留学生ビジネス」の闇

本誌編集部

◆新連載

My POSSEノート page1 反バッシングセンターについて
谷沢ゆい(POSSE ボランティアスタッフ)

意外な労働の世界 その1 アニメ業界
本誌編集部S.I

キーワードで読むゼロ年代の労働問題 No.1 「フリーター・ニート」
本誌編集部

ブラックバイトでわかる業界の裏側 その1
本誌編集部

◆連載

いまどきの大学生 第6回

労働問題NEWS vol.8
職業安定法の改正案/雇用保険制度の見直し/「混合介護」導入


知られざる労働事件ファイル No.8
民間語学学校ECCに対するストライキ闘争で非正規雇用労働者の賃上げを実現

山原克二(ゼネラルユニオン・執行委員)×エルサ・バドザウスキー(ゼネラルユニオン副委員長(民間語学学校担当))

ブラック企業のリアル vol.19 放送業界

若者の貧困のリアル vol.8
利用者に精神的な苦痛を与える生活保護行政の不適切な対応


文化と社会 第3回
「諦め」の常態化に抗う―『資本主義リアリズム』の邦訳に向けて

セバスチャン・ブロイ(東京大学大学院博士後期課程在籍)/河南瑠莉(ベルリン・フンボルト大学文化科学研究科修士課程在籍)

労働と思想34
カール・ウィリアム・カップ―社会的費用論と制度派経済学

羽島有紀(一橋大学大学院博士課程在籍)

ともに挑む、ユニオン 団交file.15
「若手社員に対する飲み会での50発殴打・暴行傷害事件」〈前編〉

北出茂(地域労組おおさか青年部書記長)

ちなみに最後の『編集長の部屋』では、坂倉さんがせっかくブラックバイト問題で清水富美加さんと共演したのに、彼女の労働問題を自分たちの方にひっぱてこれなかったことを後悔しまくってます。

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『変化する雇用社会における人事権』

Jinjiken第一東京弁護士会労働法制委員会編著『変化する雇用社会における人事権 ~配転、出向、降格、懲戒処分等の現代的再考~』(労働開発研究会)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/book-list/4837/

■変化する雇用社会、現代的な労働契約関係における「人事権」のあり方とは。日本的雇用慣行の特殊性とされている人事権について多面的に検討した一冊。
■Q&A形式で148項目におよぶ充実した解説を掲載!専門家から企業実務担当者までオススメの書籍

この本、真ん中のメイン部分は倉重公太朗さんをはじめとする中堅若手の経営法曹の皆さんがQ&A方式で個別論点を様々に論じていて、それがメインではあるのですが、読み物としてははじめの部分に載っている安西愈、山口浩一郎といった錚々たる大御所のエッセイと、そもそも本書の趣旨を語っている最後の木下潮音さんの論考がとても面白いです。

巻頭言 人事権と人生

安西 愈

労働組合関連の人事権行使

山口浩一郎

変更解約告知と正社員・限定正社員・有期契約労働者

小林譲二

「転勤」を考える―裁判官の論理と心理―

相良朋紀

管理職と降格 辛い中間管理職を考える

奥川貴弥

終章

人事権の展開と企業の実務

木下潮音

たとえば安西さんのエッセイでは、

・・私の場合も、高卒初級職で何も分からないまま採用された香川労働基準局を振り出しの職業生活において、今日の状況といったことはまったく予想もされず、それには配属された職場においてキャリア形成について覚醒されたり、その後人事権の行使で指導教育や支援を得た各配転先職場での上司に恵まれたからであり、そのような上司に恵まれなかったら、今日の私はなく、定年もはるかに過ぎた今ごろは、実家で片手間の農業をしている生活ではなかったかと思われる。・・・

と、まさに人事権の行使こそがキャリアを切り開いてきたことを想起されていますし、相良さんのエッセイでは冒頭、こういう一節が連ねられます。

裁判官には転勤が付き物である。裁判官として裁判所に任用された以上、日本国の裁判所がある限りどこへでも行く、そういう建前で裁判官となる。・・・そうなると、長い裁判官生活の間には意に沿わない転勤を命ぜられ、やむなく従うことをほとんどの裁判官が経験する。

裁判官のこの経験は、転勤の可否が問題となる労働事件を担当したとき、その判断に微妙な影を落とす。われわれは耐えがたきを耐えながら転勤して苦労してきている。それなのにこの程度の辛抱もできないというのは贅沢ではないか。元来雇用関係では転勤は当然に甘受すべきではないか。裁判官も人の子であるというわけで、自ら体験した苦労は他人も受け入れて当然という心理状態が無意識のうちに判断の根底に芽生えてくるのである・・・

というわけで、今話題の人事権を正面から取り上げた本書ですが、そもそもなぜ今この本を?といういきさつについては、最後で木下潮音さんが、近年の無限定正社員論、限定正社員論への違和感から始まったのだと述べています。

・・・私は労働法を実務家として長年にわたり取り扱ってきて、この「正社員は無限定である」という言葉に著しく違和感を覚えました。・・・

しかし、何故それを限定正社員との対比の上で正社員とは無限定であるということがいわれるようになったのか、あるいはそれをいわれたことをあまり批判もなく社会があたかも受け入れるような対応をしているのか。このような社会の動きに対して、労働法を実務家として行うわれわれは、この人事権というものをもう一度学び明確に定義し、そして正社員とは何か、正社員以外の雇用形態とは何か、ということについて検討を深めるべきだと考えました。・・・

決して人事権が企業にとって万能な権限であるということを再確認するためにこのテーマを取り上げたわけではありません。むしろ正社員であれば人事権が広範にとはいいますが、無限定にあるいは無制限に人事権の下にあるというような一方的な議論に対する批判的な検討をするつもりで今回のテーマを取り上げました。

ここでいわれていることはまさに正しいのですが、とはいえ、木下さんが日本の労働者の圧倒的大部分は中小零細企業や大企業でも広範な人事権の下にない人々が多いことを適確に指摘しながらも、同時に

・・・常に裁判の実務家である労働法を取り扱う弁護士が過去の裁判例の検討などの形で見ている人事権の行使というのは、実は大企業つまりごく少数の労働者の事例を見ているに過ぎないのではないか・・・

といわれているように、まさに実務家自身がそういうマイノリティにフォーカスした法理論のただ中で意識形成してきたことも確かなのだと思うのです。

その意味では、「無限定正社員」というのは、本当のナマの現実レベルではかなりの程度空疎な虚構に近いかも知れないけれども、裁判所の判例レベルで浮かび上がってきてしまう知的空間では(とりわけ上述の裁判官自身のバイアスもあり)それなりの現実性を具有してしまうように思われます。このあたり、きちんと論じるためには、恐らくバーガーなんかの現実の社会的構成の議論が必要なのかも知れませんが(よくわからずにいってます)、確立した判例理論が必ずしもそれに適合していない現実にも一般論として適用されていくということがまさに判例理論の確立ということであってみれば、法律家だけではない複層的な議論が求められるのではないかな、という感想も持ちました。

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左翼の文化闘争?

ここんとこ、ソーシャル・ヨーロッパ・マガジンはこの手の記事を繰り返しよく載せていますね。

https://www.socialeurope.eu/2017/03/kulturkampf-left-extremes-gone/

Blaha_bio 17日付のこれは「Kulturkampf Of The Left? Extremes, Be Gone!」(左翼の文化闘争?極端派よ、去れ)です。クルトゥールカンプフ?

Kulturkampf Of The Left? Extremes, Be Gone!

With ongoing hyper-globalisation, but especially since the beginning of Europe’s migration crisis, European society as a whole, including the Left, has seen the emergence of two extreme camps engaging in a philosophical trench warfare. The ultra-liberals and the ultra-conservatives. Socialist concerns have been suppressed. And that is a mistake.

進行するハイパーグローバル化とともに、しかしとりわけ欧州の移民危機の始まりから、左翼を含む欧州社会全体が哲学的塹壕戦を戦う二つの極端な陣営に分かれてきた。ウルトラリベラルとウルトラ保守だ。社会主義的関心は抑圧されてきた。これは間違っている。

A culture war has erupted in Europe, and it’s happening even amongst left-wingers. On the one hand, we have the liberal cosmopolitans who “welcome” refugees, advocate supra-national identities, consider borders obsolete, and have an inclination to label working-class people with some conservative prejudices as pure fascists. On the other hand, there are the traditional socialists who distrust globalisation, supra-national projects and individualistic liberal values. They consider the post-material “New Left” ridiculous and they blame it for the fact that working-class voters are leaving the Left and beginning to vote for the far-right. In their extreme, both these attitudes are dangerous – one leads to neoliberalism, the other to nationalism.

欧州に文化闘争が勃発し、それは左翼勢力の中でも起こっている。一方には、難民を歓迎し、国家を超えたアイデンティティを唱道し、国境を時代遅れとみなし、保守的な偏見を持つ労働者階級の人々を真性のファシストとレッテル張りしたがるリベラルなコスモポリタンがいる。もう一方には、グローバル化、国家を超えたプロジェクトや個人主義的なリベラルな価値観を信用しない伝統的な社会主義者がいる。彼らは脱物質主義的な「新しい左翼」を馬鹿げているとみなし、それ故に労働者階級の投票者が左翼を離れて極右に投票し始めているのだと批難する。これらの立場はその極端においては危険だ。一方はネオリベラリズムに他方はナショナリズムに至る。

The ultra-liberal part of the Left is gradually changing to a more social version of liberal globalism, and it fights hand-in-hand with right-wing neoliberals for a world without borders. In this kind of world, transnational capital can exploit people all over the planet without any constraints from the nation states, but the social globalists add to this grim neoliberal picture a promise of a brighter tomorrow in the form of a global welfare state and transnational regulatory bodies.

左翼のウルトラリベラルな部分は次第にリベラルグローバリズムの社会的バージョンに変わっていき、右翼ネオリベラリズムと手に手を取って国境なき世界のために戦う。この種の世界では、超国家的資本は国民国家によるなんの制約もなしに地球上のどこでも人々を搾取できるが、社会的グローバル主義者はこの不気味なネオリベラルな絵にグローバルな福祉国家や超国家的規制機構といったより明るい将来像を付け加える。

The problem is that, in reality, even the strongest one of these transnational bodies – the European Union – sometimes behaves like a neoliberal tank that crushes the social achievements of the post-war era. Look at the neoliberal rape of Tsipras´s Greece or the Americanization threat of TTIP. And there is nothing else besides the EU that would even begin to look like a more progressive and cosmopolitan order. Whether we like it or not, the cosmopolitan “brighter tomorrow” is nowhere in sight. In the meantime, we live in a cruel neoliberal reality, in which the cosmopolitan Left loses out, and transnational capital takes all. That is why liberal cosmopolitanism is not just a utopian concept, but also a dangerous one. It is useful for transnational capital, which wants to get rid of the socially protective measures of nation states.

問題は、実際にはこれら超国家的機構の一番強力なもの-EUでさえ、時々戦後期の社会的達成を踏みにじるネオリベラル戦車のように振る舞うということだ。チプラスのギリシャに対するネオリベラルな強姦を見よ。EU以外にはより進歩的でコスモポリタンな秩序はない。好むと好まざるとに関わらず、コスモポリタン的な「明るい未来」はどこにも見当たらないのだ。その間、我々は残酷なネオリベラルな現実の中に暮らし、そこではコスモポリタンな左翼は全てを失い、超国家的な資本が全てを得る。これこそが、リベラルなコスモポリタン主義が単にユートピア的な概念であるにとどまらず、危険なものである理由である。それは、国民国家の社会的な保護措置を剥ぎ取りたい超国家的資本にとって役に立つ。

It looks even worse when we look at cosmopolitanism through the prism of electoral mathematics. Paradoxically, despite the decades-long progress of hyper-globalisation, a somewhat compact cosmopolitan identity has been achieved mainly amongst the higher middle class – amongst businesspersons, artists, scientists and elite students of global universities who regularly travel across the world and their place of birth is nothing for them, but a banal data point in their CVs. On the other hand, the social groups that the Left traditionally stands up for generally don’t have a cosmopolitan identity. They are integrally connected to their homelands, because they don’t have the resources, the education, nor the real freedom to travel around and enjoy the magic of living as a global citizen.

選挙数学のプリズムを通してコスモポリタン主義を見ると事態はもっと悪い。逆説的だが、何十年にわたるハイパーグローバル化にもかかわらず、なにがしかコンパクトなコスモポリタンなアイデンティティが主として上層中間階級の間で、とりわけ世界中を定期的に旅行し、出生地は何の意味もなく履歴書の平凡なデータに過ぎないようなビジネスマン、芸術家、科学者、グローバル大学のエリート学生の間で広まっている。他方では、左翼が伝統的に寄り添ってきた社会集団にはコスモポリタンなアイデンティティはない。彼らにはグローバル市民として生きる魔法を享受する資源も教育も旅行する真の自由もなく、その生まれ故郷と密接に繋がっている。

The political consequences are grim. At the end of day, this kind of globalised liberal Left turns its back on the Left’s traditional electorate, and, if anything, appeals mostly to an educated, reasonably wealthy, globalised and mobile middle class. The problem with this is that these people don’t seem to care about left-wing economics. They are willing to advocate some limited form of welfare state at best, but their priorities lie elsewhere. They care about lifestyle or the recognition of minorities – in short, post-material topics. Their material needs are, after all, already met, so they don’t need to care about questions of poverty and exploitation of the working class. They would rather have a fine raw cake in their favourite café than go out and fight against transnational capital.

その政治的帰結は恐るべきものだ。日の終わりに、この種のグローバル化したリベラル左翼は左翼の伝統的な支持基盤に背を向け、高学歴で結構裕福でグローバル化した流動的な中間階級に主として呼びかける。問題は、この種の人々は左翼の経済学には関心がなさそうに見えることだ。彼らはせいぜい限られた形の福祉国家は唱道するが、その優先順位はほかのことにある。彼らはライフスタイルやマイノリティの認知、つまり脱物質主義的なトピックに関心がある。彼らの物質的な必要は結局既に間に合っており、それゆえ貧困だの労働者階級の搾取なんて問題にかかずりあう必要はないのだ。彼らは外へ出かけて超国家的資本と戦うよりもお気に入りのカフェでおいしい生クリームケーキでも食べてる方がいいのだ。

This brings the more radical alter-globalist Left to a stalemate – it is quite problematic to fight for socialism if your allies are the people who are comfortable in global capitalism. Thus, the priorities and the electorate of the liberal Left have been changing – no more are they working-class people and poor employees, nowadays more of them are urban liberals, minorities, the LGBT community, the NGO activists and so on. The Left is becoming a kind of postmodern liberalism, in which social and economic radicalism finds no home. Farewell, socialism.

これは、よりラディカルなオルタ・グローバリストの左翼を手詰まりに追い込む。グローバル資本主義が快適な人々がキミの同盟者だとしたら、社会主義のために戦うというのはまったく問題だ。それゆえ、リベラル左翼の優先順位と支持基盤は変わってきた。それはもはや労働者階級でも貧しい従業員でもなく、都会的なリベラルとかマイノリティとかLGBTとかNGO活動家とかそういうものだ。左翼はある種のポストモダンなリベラリズムになり、そこでは社会的経済的なラディカリズムは住みかがない。さらば社会主義だ。

The opposite element among socialists, the more conservative and nationalist one, however, is no better, either. It sometimes adopts the far right’s nationalistic, xenophobic and Islamophobic attitudes.

とはいえ、社会主義者の中の反対側、より保守的でナショナリスト的な方も良いところはない。そっちは時々極右のナショナリズム的で排外主義的で反イスラム的な態度をとる。

The Left has to fight against fascism and racial hatred. But we must not express contempt for people of lower social classes with their fears and prejudices. This is crucial. Without them, there is no Left to speak of. That is also why we must not overlook the real security, economic and cultural risks that might stem from the migration crisis. Be it terrorism, protection of progressive European values against religious irrationalism, global pressure on employment and social standards or the loss of national identity, all of these are important and sensitive topics for the working class.

左翼はファシズムや人種的憎悪と戦わなければならない。しかし我々は恐怖と偏見を持った下層社会階級の人々に対して侮蔑を表してはならない。これは枢要だ。彼らなくして、左翼は語るべき人々はないのだ。これ故にまた、我々は移民危機から生ずる真の安全、経済的、文化的なリスクを見過ごしてはならない。テロリズムであれ、宗教的非合理主義に対する進歩的な欧州価値の保護であれ、雇用と社会基準へのグローバルな圧力であれ、ナショナルアイデンティティの喪失であれ、これら全てが労働者階級にとって重要でセンシティブなトピックなのだ。

True leftists do not view the dilemma between liberalism and conservatism as a key issue. They know that the Left’s job is, first of all, to advocate the social and economic interests of working people – our topics are the fight for democratic socialism, the welfare state and social protection and against exploitation, poverty and inequality. The Left can – and should – be politically moderate when it comes to cultural questions, it can adjust its progressive priorities according to the level of cultural development of our own communities. However, when it comes to economics, the Left must be radical and search for socialist alternatives to neoliberal global capitalism.

真の左翼はリベラリズムと保守主義の間のジレンマを最重要問題とは考えない。左翼の仕事はまず何よりも、労働者階級の社会的経済的利益を唱道することであり、我々のトピックは民主社会主義と福祉国家と社会保護のための、そして搾取と貧困と不平等に対する闘いである。左翼は文化的な問題については政治的には穏健であるべきであり、我々自身のコミュニティの文化的な発展のレベルに応じて進歩的な優先順位を調整すればいい。しかしながら経済問題に関しては、左翼はラディカルであり、ネオリベラルなグローバル資本に対して社会主義的な代替策を求めなければならない。

というわけで、「ソーシャル・ヨーロッパ」というタイトルのサイトに載っているのですから当たり前ではありますが、その中に出てくる「liberal Left 」(リベラル左翼、「リベサヨ」ですな)が、日本のネット上で圧倒的に用いられているような奇怪な意味ではなく、まさに言葉の正確な意味におけるリベラル左翼という意味で使っているのは、改めて同じ使い方をしている同志を見つけた感がありますな。

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ロバート・パットナム『われらの子ども』

Mb36001m_2 ロバート・パットナムの『われらの子ども』をお送りいただきました。お送りいただいたのは、出版元の創元社の浅山太一さんです。

https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3715

浅山さんは、紀伊國屋書店におられた時に、拙著『若者と労働』を「紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30「キノベス!2014」」に選んでいただいたことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-a0c7.html (エライ人たちはみんな読んでるのに、なぜか一般の人たちには知られていない研究者)

その後、同じ本に関わる仕事でも書店から出版社に移られていたようです。

その浅山さんが、添付されたお手紙で

・・・トランブ現象を生んだアメリカ社会の現実を克明に描き出し昨今子どもの貧困が叫ばれる日本の未来にも警鐘を鳴らす一作・・・

と称している本書は、確かに時宜に適した本であることは確かです。

でも、それだけではなく、本書は確かに社会学の研究書ではあるんですが、それ以上の何かになっている感があります。少なくとも私には、一冊の文学作品を読み上げた時と同じような読後感を残す本でした。

子どもたちにはもう、平等な成功のチャンスはない!

米国の社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の衰退を論じ、≪朝日新聞 ゼロ年代の50冊2000~2009≫にも選ばれた『孤独なボウリング』の著者が再び世に問う、アメリカン・ドリームの危機。世代・人種・社会階層の異なる市民へのインタビューと、緻密な統計分析を通して、成功の機会格差の固定化を実証し、未来の世代への警鐘を鳴らす全米ベストセラー。

この「世代・人種・社会階層の異なる市民へのインタビュー」が、定量的な分析だけでは浮かび上がってこないアメリカ社会の肌触りの鮮烈な変化を雄弁に浮かび上がらせているんですね。

ブレイディみかこさんが、こう評していますが、

チャールズ・ディケンズは小説家として、ロバート・パットナムは社会学者として、貧困と格差の固定が社会的危機の根元にあることを警告している。

本書に現れる人々の姿は、ディケンズの小説を彷彿とさせます。

第1章 アメリカンドリーム:その神話と現実

第2章 家族

第3章 育児

第4章 学校教育

第5章 コミュニティ

第6章 何をすべきか

第1章は、1941年生まれのパットナム自身の若い時代(1950年代末)の同世代の人々の姿がまず描き出され、彼らがある者は豊かな家庭の子であり、ある者は貧しい家庭の子であったけれども、同じコミュニティで暮らし、あまり格差を目立たせずお互いに付き合いを深め、そして貧しい若者たちもさまざまな「ウィーク・タイズ」のおかげでそれぞれに社会の階段を上っていくことができたことを示します。

このあたりは、出版元が太っ腹に立ち読みPDFとして公開しているので、ごちゃごちゃ言う前に読んでみてください。

https://www.sogensha.co.jp/tachiyomi/3715

ところがそれから半世紀以上経った21世紀の同じ町では、町が金持ち階級と貧乏人階級に真っ二つに分断され、そして何よりも後者の若者にはそこから脱却する道筋がまったく見えなくなっている姿が描き出されます。

・・・1950年代のポートクリントンにおいては、裕福な子どもも貧しい子どもも互いに近くに住み、一緒に学校に通い、ともに遊びまた祈り、さらには一緒にデートすらしていた。・・・子ども(とその親)は階級の線を越えて知り合いであり、さらには親友ですらあった。今日ではそれとは対照的に、ポートクリントンにおいてもどこにおいても、自身の社会経済的環境の外側の人々と日常生活の中でふれあう者はますます少なくなっている過去40年間の間に、階級の線に沿ったアメリカ社会の分裂がいかほどに広がってしまったのか・・・・・

この間に一体何があったのか。

それを、第2章から第5章まで、観測地点を変えながら、くっきりと描き出していくのですが、いやあパットナムすごいなと思ったのは、わざわざ同じ人種、エスニックグループに属する上流階級と下層階級を対比させていくところです。

第2章では、オレゴン州の小都市に住む白人の若者とその親たち、第3章ではアトランタに住む黒人の若者とその親たち、第4章ではカリフォルニア州オレンジ軍に済むヒスパニック計の若者とその親たち、第5章はフィラデルフィアに住む再び白人の若者とその親たち。

この本は、誰かを糾弾している本ではありません。本書の中でパットナムが言っているように、

・・・おそらく意外なことだろうが、この本に上層階級の悪役は登場しない。我々のストーリーにいた上層中間階級の親の中に、一族の資産頼みでのんびりとくつろいでいるような、暇をもてあました巨万の富の相続人など事実上一人も登場しなかった。むしろそれとは反対に、アールとパティ、カール、クララとリカルド、マーニーはそれぞれの家族の中で初めて大学に行った人間だった。彼らのうちおおよそ半数は片親家庭の出身だった。誰もがひどく苦労してはしごを登り、また子育てにおいては多くの時間と金銭をつぎ込み、そして配慮を尽くしていた。

そういう努力して上に上がった世代の子供らが、気がつけばもはやそれと同じサクセスストーリーを演じられない世界に放り込まれてしまって板というのが、本書の描き出す最大のアイロニーなのでしょう。

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EU労働法研究の次代を担う人

51x7oy647al__sx351_bo1204203200_さて、先日遠藤公嗣さんの論文を紹介した『季刊労働法』256号ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/ilo100256-b316.html(遠藤公嗣さんの「ILO100号条約の審議過程と賃金形態」@『季刊労働法』256号)

実はこの号に、ある若手研究者の論考が載っています。

集団的整理解雇の局面における手続的規制の在り方

―EU集団的整理解雇指令上の被用者関与制度との比較法的研究―

同志社大学大学院博士後期課程 岡村優希

同志社大学の博士課程におられる岡村優希さんの論文ですが、これが、EU労働法それ自体に真正面から取り組んだ意欲的な論文です。

Ⅰ 問題の所在

Ⅱ EU集団的整理解雇指令序説

 1 EU集団的整理解雇指令の概要

 2 EU集団的整理解雇指令の立法背景・立法史

Ⅲ 指令の適用範囲

 1 集団的整理解雇の定義

  (1) 概要

  (2) 整理解雇概念

  (3) 事業所概念

  (4) 使用者概念・労働者概念

 2 適用除外

Ⅳ 使用者の義務

 1 労働者代表との協議義務

  (1) 協議義務の発生時期

  (2) 協議事項

  (3) 労働者代表概念

  (4) 合意に達する目的の保持

 2 情報提供義務

 3 管轄機関への通知義務

Ⅴ 国際的企業グループにおける整理解雇

Ⅵ 義務違反に対するサンクション

Ⅶ 日本法への示唆

日本の労働法研究者はどうしてもそれぞれ自分のお得意先の国をもって、その国の労働法制の動きをあれこれ紹介するというのが中心になりますが、そうするとEUみたいなどこの国とも言えない鵺みたいな存在は常にどこかの国の分析に付け加えられるものみたいな扱いになります。いやもちろん、それが悪いというのではありませんが、EU労働法はそれ自体のロジックで展開してきた面もあり、EU加盟諸国との様々な相互作用の中で、影響したりされたりしてきたことを考えると、特定の国の労働法との関係だけで論じられるのはいささかもったいない面もあります。

そういう意味では、岡村さんのような若手研究者が、正面からEU労働法を研究対象としてぶつかっていく姿は、ようやくここまできたか、という感があります。

半ば冗談で、「私はEU労働法の第一人者だ、なぜなら第二人者も第三人者もいないからだ、いるというなら連れてこい」といってきた私ですが、去る1月に今までのまとめの本を出したこともあり、そろそろより意欲的で優秀な若手に第一人者の席を譲るべき時期が来つつあるのかも知れません。

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反動的労働者階級?

さて注目されていたオランダの下院選挙は、右翼の自由党は議席を伸ばしながらも第2党にとどまり、与党の自由民主党が議席を減らしながらも第1党に踏みとどまった、と報じられていてその通りなのですが、選挙結果を良く見ると、最大の敗者は38議席を一気に9議席に激減させた労働党であることが分かります。

https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/eu170316.pdf

オランダ労働党といえば、労働組合出身のウィム・コックがむしろ福祉国家の見直し路線を進め、EUレベルではフレクシキュリティの唱道役を務めたことで記憶が鮮烈ですが、むしろ足下の労働者の支持を失い、その票が右翼に流れたという面があるようです。

Asbjrnwahl例によって、ソーシャル・ヨーロッパ・マガジンには、「反動的労働者階級?」(Reactionary Working Class?)という刺激的な論考が載っています。

https://www.socialeurope.eu/2017/03/reactionary-working-class/

Large parts of the western working class now seem to congregate around right-wing populists, demagogues and racists. They vote for reactionary and fascistic political parties. They helped to vote the UK out of the EU, to make Trump US president, and they give such massive backing to far-right political parties that these have power in sight in several of Europe’s most populous countries.

西洋労働者階級の大部分は今や右翼ポピュリスト、デマゴーグ、人種差別主義者のまわりに結集しているようだ。彼らは反動的でファシスト的な政党に投票している。・・・

Since working people are traditionally expected to vote for the left, this creates unrest, insecurity and confusion among experts as well as commentators and mainstream politicians – particularly in the labour movement. There is no lack of moralizing condemnation of those who go to the far right. An increasing number of commentators, however, are now beginning to suspect that this shift may be an expression of protest against the prevailing state of society. Not all have benefitted from the globalization success story, they say.

働く人々は伝統的に左翼に投票すると期待されてきたので、これは専門家やコメンテーターや主流政治家、とりわけ労働運動の中に不安と混乱をもたらしている。極右に走った人々を道徳的に非難することに不足はない。しかしコメンテーターの多くは今や、このシフトが広がりつつある社会状況に対する抗議の表明なのではないかと疑い始めている。グローバル化のサクセスストーリーでみんなが利益を得たわけじゃないのだ。

Many politicians and activists on the left have great difficulties orienting themselves on this new political terrain. People who otherwise would have been for Britain’s withdrawal from the authoritarian, neoliberal EU, for example, have told me that they voted to stay, “not to be made cannon fodder for the racists and anti-immigration forces in the Brexit camp.” Thus, they left it to the far right to voice the necessary opposition to the anti-social, anti-union policies of the EU.

左翼の多くの政治家や活動家はこの新たな政治的地勢に対応するのが困難なようだ。・・・それゆえ、彼らは反ソーシャルで反組合的なEU政策への反対を極右に委ねたのだ。

Maybe it would have been more important and more helpful if the left had taken a somewhat more self-critical look at their own role and policies. Could it be that they have failed their constituencies, that left parties are not seen as dependable tools to defend the interests of those who have the least power and wealth in today’s society? Perhaps there has been too much identity politics and very little class politics. Can it even be that the left’s social analysis fails to grasp the essential reality of the current economic and political state-of-play?

多分、もし左翼が自分たち自身の役割や政策をもっと自己批判的に見ていたら、もっと有用だったろう。これは左翼が自分たちの支持基盤を失った、つまり今日の社会でもっとも力と富に乏しい人々の利益を守る頼れる手段とはみなされなくなったということじゃないのか?多分、アイデンティティ政治がありすぎて階級政治がほとんどなかったのだ。左翼の政治分析は今日の経済と政治の状況の本質的実態をつかめていないということじゃないのか?

What most people on the left can agree on is that the situation is serious, even dramatic. In Europe, the level of unionization has almost halved over the last 30 years, and labour rights, labour laws and collective agreements have systematically deteriorated and/or been completely abolished. Most things are worse than here in Norway, but that does not mean that we are unaffected by this development. There is no doubt that Norway is still on the upper deck of the global welfare ship, but much indicates that it is the upper deck of Titanic.

左翼の多くの人々が同意するだろうが状況は深刻で劇的ですらある。組合組織率は過去30年にほぼ半減し、労働権、労働法、労働協約は体系的に劣化し、完全に廃棄された。・・・

In short, inequalities in society are increasing here too, more authoritarian relations are emerging at the workplaces, including through an Americanisation of organisational and management models. Wage growth for those at the bottom of the ladder has stagnated.

要するに、社会はますます不平等になり、職場では権威主義的関係が生まれ、・・・下っ端の賃金は上がらない。

At the same time, we experience more and more offensive and aggressive employers, who, among other things, escape an employer’s responsibility through outsourcing and the increasing use of temporary agency workers – weakening trade unions. Furthermore, employers strongly benefit from the ever more anti-trade union policies of the EU/EEA and their courts. Work is increasingly emptied of content in many parts of the labour market. It is becoming more and more fragmented and standardized, employees are being subjected to increased monitoring, control and management – and work intensity is increasing.

同時に、アウトソーシングや派遣労働者を活用し、労働組合を弱体化させて使用者の責任を免れようとする攻撃的な使用者が増えている。さらに、使用者はEU/EEAとその裁判所の反組合的政策から強く利益を得ている。・・・労働はますます断片化され標準化され、労働者たちは監視と管理の下に置かれ、労働密度は高まっている。

In addition, welfare-to-work ideology contributes strongly to shifting attention from organizational structures and power relations to individualization – with moralizing, suspicion and a brutal sanctions regime against individuals.

さらに福祉から労働へのイデオロギーが注意を組織構造や権力関係から個人化へ向け、個人に対するモラル化、疑いの目、暴力的なサンクションをもたらしている。

・・・In Europe, it becomes increasingly clear that important goals of this policy are to get rid of welfare states and defeat the trade unions. This is indeed what is taking place – under political leadership of the EU Institutions. That millions upon millions of workers worldwide become “losers” in this process of globalization should not surprise anyone. Nor that they will eventually react with mistrust, rage and blind rebellion. That part of the working class, given the absence of left political parties with analyses, policies and strategies to address and meet this crisis and offensive of capitalist forces, is attracted by the extreme right’s verbal anti-elitism and anti-establishment rhetoric, is against this background understandable.

欧州では、この政策の目的が福祉国家を廃棄し労働組合を倒すことだということが次第に明らかになってきた。これはEU機関の政治的リーダーシップの元で進められてきた。このグローバル化のプロセスで「敗者」となった世界中の何百万の労働者たちに驚くべきではない。彼らが遂に不審と怒りと盲目的な反逆でもって反応したからといって驚く必要はない。左翼政党にはこの危機と資本主義勢力の攻勢に対処する分析と政策と戦略が欠如している以上、労働者階級の一部が極右の公然たる反エリート主義と反エスタブリッシュメントのレトリックに惹き付けられるのはよく理解できる。

・・・The reality is that worker’s exploitation, increasing powerlessness and subordination now hardly command a voice in public debate. Labour parties have mainly cut the links with their old constituencies. Rather than picking up the discontent generated in a more brutal labour market, politicizing it and channelling it into an organized interest-based struggle, middle class left parties offer little else than moralizing and contempt. Thus, they do little else than push large groups of workers into the arms of the far-right parties, which support all the discontent and do their best to channel people’s rage against other social groups (immigrants, Muslims, gays, people with different colour, etc.) rather than against the real causes of the problems.

労働者の搾取、増大する無力さと従属は今や公的議論の声を動かすことが滅多にない。労働党は古い支持基盤との関係を切ってきた。より野蛮な労働市場で生み出される不満を引っ張り上げ、それを政治化し組織的利益の闘争に流し込むのではなく、中流階級の左翼政党はモラル化と侮蔑以上の何者も提供しなかった。それゆえ、彼らは労働者の膨大なグループを、その不満を全て支持し、問題の真の原因ではなく、人々の他の社会集団への怒りに流し込む極右政党の手に委ねる以外ほとんど何もできないのだ。

・・・In summary, the balance of power at workplaces has shifted dramatically – from labour to capital, from trade unions and democratic bodies to multinational companies and financial institutions. Over a few decades, capitalist interests have managed to abolish the main regulations that made the welfare state and the Nordic Model possible; international monetary cooperation, capital controls and other market regulations. In this situation, social partnership ideology constitutes a barrier to trade union and political struggle.

要するに、職場のパワーバランスは劇的にシフトした、労働から資本へ、労働組合から多国籍企業と金融機関へ。過去数十年間、資本家の利益が福祉国家・・・を可能にしてきた主な規制を廃棄してきた。・・・

The left’s main challenge today is to organize resistance against this development. Only in this way can right-wing populism and radicalism be pushed back at the same time. Once again, we must be able to construct the vision of a promised land – i.e. perspectives of a better society, a society with a radical redistribution of wealth, where exploitation ends and where human needs form the basis for social development. If so, statements, protests and appeals to a tripartite cooperation that is constantly drained of content will not suffice. It is all about power – economic and political power. This will require massive social mobilization – in the way that trade unions built their strength to win power and influence at the beginning of the last century. Are we prepared for that?

今日左翼の課題はこの展開に対する抵抗を組織することだ。このやり方でしか、右翼ポピュリズムと急進主義を追い返すことはできない。・・・・・・・・

タイトルも過激ですが、内容もそれに劣らず過激です。

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麻野進『部下に残業をさせない課長が密かにやっていること』

51npianvj9l__sx338_bo1204203200_麻野進さんより『部下に残業をさせない課長が密かにやっていること』(ぱる出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://pal-pub.jp/?p=4400

「いつもお先に失礼する、残業しない課長」は人の見ていないところで何をしているのか、をズバリ解説。チームの目標達成ができない課長、いつまでたっても時間が足りない課長、なんでも自分で抱えて仕事を手放さない課長は、なぜ会社から「捨てられてしまうのか」。中高年サラリーマンの応援団長の著者が教える、自分の仕事の効率も高めてチームのスピードもアップする方法、最優先課題として浮上した〝残業しない〟ための仕事の任せ方、人を動かして成果も上げるチームマネジメントの手法などなど、厳しい状況下で仕事を進めるプレーイングマネージャーとしての課長の役割、人を動かすスキル、もう一段出世するための人間力の磨き方、新しい時代の最強課長の働き方のすべてを教える『課長の生き残る教科書』。

ということで、時の話題である残業問題をタイトルに掲げていますが、むしろ

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/51-adbb.html(麻野進『「部下なし管理職」が生き残る51の方法』)

と同様、管理職の生き残り戦略を語っている本という面が強いです。

第1章の「なぜ日本の会社は残業が多いのか」は、メンバーシップ型から説き起こしていますが、以下は、

第2章 これまで組織を支えていた「抱え込み課長」は、なぜ生き残れないのか

第3章 課長が「定年まで生き残る」ための特別講座

第4章 部下に残業をさせない課長が密かにやっていること

第5章 残業しない課長の生産性を上げる時間マネジメント術!

第6章 「働き方改革」時代に出世する課長の行動特性を身につけよう!

と、まざに今現在課長になっている人々へのハウツー本です。

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残業上限と「女性活躍」を同次元で論じる愚@東洋経済オンライン

2017031700163073toyo0001view東洋経済オンラインに「残業上限と「女性活躍」を同次元で論じる愚」を寄稿しました。

http://toyokeizai.net/articles/-/163073

女性の活躍を阻害している日本型雇用システムの特徴に、前回取り上げた転勤(「女性活躍阻む「日本型転勤」はなぜ生まれたか」)と並んで、恒常的な長時間労働があります。

「いつでもどこでも何でもやる」という日本型雇用の柔軟性が、時間という側面に投影されると、会社の必要に応じてどこまでも長時間労働をするという行動様式が規範化されるのです。こちらは、終戦直後に制定された労働基準法の本来の趣旨と、その後日本の労使がつくり上げてきた雇用慣行との落差が極めて鮮烈に現れている領域です。・・・

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IT業界の働き方を変える@『情報労連REPORT』3月号

1703_cover時間外労働の上限規制に労使が合意した直後に、『情報労連REPORT』3月号が届きました、今号の特集は「IT業界の働き方を変える」です。

http://ictj-report.joho.or.jp/special/

冒頭の、ベンダー×ユーザー×労働組合の偉い人による座談会のすぐ後に、

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp01.html([座談会] いまこそIT業界に働き方改革を)

1703_sp02_main中堅企業ITエンジニアによるホンネの覆面座談会が載っていて、これが興味深い。

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp02.html([覆面座談会] 勤務間インターバル「わが社だけ導入するのは難しい」中堅企業ITエンジニアのホンネ)

─単刀直入、皆さんの職場の長時間労働の実態はどうでしょうか。

B 月45時間超の残業がある場合は、労使協議をします。ただ、これもあくまで「紙の上」ですよね。45時間を超えて60時間までと決めても、客先で仕事を振られたら「できない」とは言えないので。

特別条項の年間の上限は999時間です。数年前は1000時間を超えたこともあったけど、ここ数年はそういうことはなくなりました。徹夜で作業という話は最近はないみたいだけど、23時くらいまで毎日やっているとかは聞きますね。

C 現場にいると、トラブルで呼び出されるとか、どうしてもありますよね。公共性の高いシステムだとなおさらです。私も深夜の2時とか3時に電話が鳴って、「こんなメッセージが出たんですけど…」みたいな。一番ひどい時は深夜でも自宅からタクシーで現場に来てくれなんてこともありました。

客先で仕事を振られたら「できない」とは言えない、と。

なぜ長時間労働になるのかというと、

─長時間労働が発生する要因をどう考えていますか?

A マシンは基本的に24時間動いているので、昼も夜も関係ありません。変なメッセージが出れば夜中でも電話がかかってくる。開発もしつつ運用もしつつ、そのどちらでもトラブルが起きて、調査や回答をしないといけない。こういうのが実態なのかなと。

B うちの運用系はシフト勤務なので、極端な長時間労働にはならないですね。つらいのは、開発系だよね。

C 100時間超の残業になった現場は、一次開発がサービスインして、二次開発に進もうとしたら、一次開発でトラブルが起きちゃって。そっちに対応していたら、二次開発のスケジュールはどんどん遅れる。だけど、二次開発の納期を先延ばししてくれるわけでもなく、後から人を増やすこともできずに、一人で二つの作業をやってしまう。で、長時間労働になってしまう。

超勤はみんないけないと思っているのでしょうけど、電話がかかってきたら、やっぱり「行かなくちゃ」と思ってしまう。管理職も「行くな」とは言えない。組合には事後報告、みたいな感じですね。

電話がかかってきたら、やっぱり「行かなくちゃ」、なんですね。

情報労連が一番力を入れて頑張っている、そして今回の労使合意で努力義務化することが決まった例の勤務間インターバル規制ですが、

─情報労連では労働時間の適正化のために勤務間インターバル制度の導入をめざしています。現場の声はどうでしょうか。

B インターバルが翌日の始業時間に重なって、その時間に出社できないというのは、現実的にはどうなのかなと。少人数で客先常駐している職場からすると、他社の社員もいるので現実的には難しいかもしれない。

A 1社だけだと難しいですよね。法律で同時に守るようになれば違うのでしょうけれど。

C 産業別といっても、情報労連に加盟しているIT企業もあれば、電機連合に加盟している企業もあり、そこを説明するのが難しい。勤務間インターバル制度に関しても、現場の第一声は、「じゃあ、この制度を誰がお客さんに説明してくれるんですか」ですね。

誰がお客さんに説明してくれるのか!?

日本の労働社会は「お客様主権」であるということがよくわかります。

「そういう決まりになってます」と言えないと、そもそもそういう決まりを作るのに必要なだけ広まることも難しいというパラドックスですね。

あと、最近『デスマーチはなぜなくならないのか』を書かれた宮地弘子さんの

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp04.html(「デスマーチはなぜなくならないのか」 背景にソフトウエア開発作業への理解不足)

や、POSSEの三家本里実さんの

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp05.html(情報通信業はなぜ長時間「残業」が発生するのか データで読み解く残業の発生要因)

など、特集記事はどれも読み応えがあります。

さらに、最近話題のクラウドワークについても、JILPTの山崎憲さんの

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp07.html(広がるクラウド・ワーキング アメリカのフリーランスの実情は?)

情報労連本部の木村富美子さんの

http://ictj-report.joho.or.jp/1703/sp08.html(ドイツ・スウェーデンの労組は「クラウド・ワーカー」の組織化を開始)

など、興味深い記事があります。

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藤森克彦『単身急増社会の希望』

357283みずほ情報総研の藤森克彦さんより近著『単身急増社会の希望 ―支え合う社会を構築するために―』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/35728/

▼単身世帯が急増している。特に今後、大都市圏を中心に「未婚」の単身者の急増が予想される。未婚者が高齢期を迎えると、配偶者のみならず子供もいないため、老後を家族に頼ることはほぼ不可能になる。これまで家族が担ってきた「支え合い機能」を、誰がどのように担っていくかが大きな課題となる。

▼そこで「地域」に注目して、地域のどの部分(機能)が、どのようにして家族の代わりとなる「支え合い機能」を担っていけるのかという点を考える。具体的には、
1血縁関係のない高齢者同士の同居・多世代同居
2高齢者向けの「生きがい就労」、孤立した現役単身者に向けた「中間的就労」
3高齢単身者が認知症になった場合などの対応。国内外(米国、ドイツ、スウェーデン)の先進事例を紹介。

▼日本はかつて家族の支え合い機能が強かったため、社会保障制度も家族を前提としている。したがって家族機能の代替に関する先進事例はまだ少なく、規模も小さい。しかし、地域社会がこの機能を代替し、しかもそれにより地域自身も強くなる「地域づくりのイノベーション」と呼ぶべき事例が現れ始めた。ほかの地域でも応用できる普遍的な手法を紹介。

▼前作『単身急増社会の衝撃』では、単身世帯の急増の実態を示して「衝撃」と示したが、今回は解決策として社会が取り組むべき方向性を考え、単身急増社会の「希望」を示し、未来は自分たちの力で変えられるというメッセージを込めた。

▼「単身世帯の実態」「いくつかの類型に分けた単身世帯の考察」「単身世帯の抱えるリスクの増大に対する社会の対応」の3部構成で、単身世帯を対象に「支え合う社会」の構築を考え、自助努力できる社会の前提を模索する。

本書は450ページ近い分厚い本ですが、内容的にも実に包括的にいろんな分野に目配りして書かれています。

 第1部 単身世帯の実態
第1章 単身世帯の増加の実態とその要因

第2章 都道府県別にみた単身世帯の実態

 第2部 類型別にみた単身世帯の考察
第3章 勤労世代の単身世帯が抱えるリスク

第4章 高齢単身世帯が抱えるリスク

第5章 単身世帯予備軍--親などと同居する中年未婚者

第6章 海外の高齢単身世帯との比較--米国、ドイツ、スウェーデンと日本の比較

 第3部 単身世帯のリスクに対して求められる社会の対応
第7章 単身世帯の住まいと地域づくり

第8章 単身世帯と就労--「働き続けられる社会」の実現に向けて

第9章 身寄りのない高齢単身者において判断能力が低下した時

第10章 社会保障の機能強化と財源確保の必要性

第1部と第2部(これで全体の半分以上ですが)が詳細なデータを駆使して単身者の急増ぶりとそれがもたらす様々な問題を描き出した上で、第3部がこれも広範な分野にわたる政策提言を繰り出しています。

正直言って、鬼面人を驚かすような目新しい提言はありません。どれもこれも、専門家から繰り返し論じられてきたようなことばかりです。でも、それらをこれだけ広くかつ深くずらりと並べて見せている本は余りないように思います。

本書の中で言えば、第8章の中のいくつかの提言に関わって拙著のいくつかが引用され、ジョブ型正社員をはじめとした提言がされています。その前の第7章ではたとえば平山さんの本などが引用され、住宅手当の必要性が論じられていますし。

ある意味、今日の日本社会における生活保障に関わる問題点とその対策が単身社会という切り口から包括的に描き出されていると言っていいように思います。

100525_tanshinちなみに、2010年に出された前著は『単身急増社会の衝撃』というタイトルでしたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-8566.html

7年経って「衝撃」が「希望」に変わったのか?

あとがきで藤森さんはこう語っています。

・・・そこには「どうしようもない現実」がごろごろしていた。社会の底が抜けていると思った。胸に突き刺さったのは「孤立」の怖さだ。孤立すると、小さな躓きが、思いがけないような大きな問題になっていく。もっと早く、誰かに声をかけたり、相談していれば、そこまで深刻な状況に追い込まれることはなかったのにと思った。・・・

・・・一方、「世の中捨てたものではない」という思いも強く持った。・・・こうした一つ一つの地道な活動が「希望」だと思った。

450ページ近い本書の大部分はやはり「衝撃」が描かれている本ですが、そのなかにちらほら、藤森さんの思いのこもった「希望」が少しは垣間見せているのかも知れません。

ちなみに、藤森さんは私がブリュッセルにいた頃ロンドンにおられ、ブレア改革の本も出しておられるなど、問題意識をかなり共有してきたと思っています。

いただいた送り状によると、来月から愛知県の日本福祉大学に転職されるそうですが、引き続き精力的な発信をされることを期待しています。

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首藤若菜『グローバル化のなかの労使関係』

28276057_1首藤若菜さんの力作『グローバル化のなかの労使関係 自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b278704.html

国際的な労働規制の可能性を検証する これまで一国内で機能してきた労使関係は、いかにして国境を超えていくのか。

世界中に生産工場と開発拠点を持つ大手自動車メーカー。各社は、本国以外の国や地域でいかなる労使関係を築いてきたのだろうか。海外工場で発生した労使紛争に、本社の労使は、どう対応しているのか。本書は、インタビュー調査をもとに、フォルクスワーゲンやダイムラーなどの巨大な多国籍企業で進む国際的な労使関係の実態に迫る。伝統的に強力な労働組合が存在する自動車産業を対象に、グローバル労使関係の可能性を探る一冊。

首藤さんのこれまでの研究とはがらりとおもむきを変えて、国際労使関係という実に難しいテーマに真っ正面から取り組んだ力作です。第1章の補論以外は全て書き下ろしということで、どこをとっても恐らく誰にとっても初めて目にする論考です。

序章 国境を越えた労使関係の構築
第1章 グローバル化と労働をめぐる議論
第2章 国際労働基準の到達点
第3章 多国籍企業とグローバル・ユニオンの国際協定
第4章 欧州で広がるグローバル・ネットワーク
第5章 日系労組の国際活動の実態
第6章 国際的労使関係の状況
終章 グローバル労使関係への道筋

本書の一番読みどころはもちろん首藤さんがじかに調査された日系企業の活動を描いた第5章ですが、本書全体としては私がEUの労働法制、労使関係の動きをフォローしてきた中身と絡み合っています。

Eulabourlawとりわけ、ヨーロッパで進む多国籍企業との国際協定の動向は、先日刊行した『EUの労働法政策』でも、その立法化の動きを跡づける形で簡単にまとめておいたところですが、本書ではその基盤となる労働組合運動の動きが細かく追いかけられており、読みながら大変興味深かったです。

本書が第6章で指摘している、労使関係は国際化すればするほど企業別化していくというのは、とりわけ一国レベルでは企業を超えた産業別の労使関係による規範設定システムが確立しているヨーロッパ諸国にとって、アイロニカルな側面があります。

企業別化するというのは、巨大な多国籍企業から子会社、下請企業へとトリクルダウン的なルールになっていくということです。

グローバル化に対応して規制を拡げようとすればむしろ企業別化という分権化を進めることになるという逆説。まあ、国内で既に十分すぎるくらい企業別化、分権化している日本とはちょっと文脈が違いますが。

上記拙著の第2章第6節の最後に出てくる欧州労連の多国籍企業協約立法案などには、そのあたりがよく表れているように思います。

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矢野昌浩・脇田滋・木下秀雄編 『雇用社会の危機と労働・社会保障の展望』

07360矢野昌浩・脇田滋・木下秀雄編 『雇用社会の危機と労働・社会保障の展望』(日本評論社)を執筆者の皆様からお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7360.html

雇用保障に関する企業と国の責任の後退が進行する中で「雇用と社会保障の連携」の視点から、「雇用社会」再生への課題と展望を検討。

今年5月労働法学会が開催されるのは龍谷大学ですが、その龍谷大学の労働法・社会保障法の研究者の皆さんによるシリーズの3冊目です。

序章──雇用社会のための規範理論に関する序論的検討/矢野昌浩

第1部 労働・社会保障法理論の再生
第1章 雇用・社会保障における国家・企業・個人の役割/上田真理
第2章 労働権論──反労働権的現実の改善をめざして/脇田滋
第3章 生存権の検討/木下秀雄

第2部 雇用と社会保障の連携をめぐる諸論点
第1章 不安定雇用の防止策
 ──建設業における被用者保険料負担責任の転換策を参考に/川崎航史郎
第2章 若者・学生の移行期における雇用・社会保障法制の課題/濱畑芳和
第3章 高齢者──年金と就労
 第1節 定年・再雇用/矢野昌浩
 第2節 65歳以降の働き方/脇田滋

第3部 外国法研究
第1章 韓国
 第1節 韓国における雇用社会の危機と労働・社会保障の再生/脇田滋
 第2節 韓国の社会保険死角地帯解消政策
    ──零細事業所低賃金労働者への社会保険料支援事業/川崎航史郎
 第3節 韓国生活賃金条例/妹尾知則
第2章 ドイツ
 第1節 失業者・求職者の支援法制/上田真理
 第2節 ドイツにおける被用者の住居保障システム/嶋田佳広
 第3節 ドイツ連邦共和国における障害者雇用/瀧澤仁唱

冒頭で編者の矢野さんが検討の視点として3つを挙げています。第1は自己決定アプローチとセーフティネットアプローチの組み合わせ、第2はディーセントワークとディーセントな失業の組み合わせ、第3が雇用と労働の区別と連関。

上田さんの章が総論として、生活保障における国家と企業というテーマの重要なポイントを押さえていて、まずは必読。

全体は大きな議論とやや細かな議論と外国の紹介という三段構えになっていますが、労働法と社会保障法の交錯領域という点では、川崎さんの建設業不安定雇用の章と濵畑さんの移行期の若者に着目した章が興味深いと思います。

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『海外健康生活Q&A』

51dn0dznlrl__sx350_bo1204203200_例によって経団連出版の讃井暢子さんより濱田篤郎監修 東京医科大学病院 渡航者医療センター編著『海外健康生活Q&A』をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=464&fl=1

仕事や留学で海外に長期滞在する人は年々増加しています。海外で生活するにあたっては、感染症、メンタルヘルスの不調、生活習慣病などへの知識も必要となります。帯同する家族にも、性別や年齢に特徴的な健康問題が生じることもあるため、事前の備えが欠かせません。また、滞在先で病気になり、つらい思いをしたり、どの医療機関にかかったらいいか悩んだり、医療費の支払い方法に戸惑うなど、医療システムの面でも不安材料があります。
 これらに対応するため、本書では海外出国前、滞在中、帰国後の時間軸に沿って、海外で健康な生活を送るために必要な基礎知識をQ&A形式でわかりやすく解説するとともに、2017年時点の地域別の流行疾病などの情報を収録しました。また、世界各地の文化や生活を理解し、健康問題の実情を垣間見ることのできるコラムや写真も随所に配置しています。
 海外で生活する方々が、健康を維持しながら実り多い日々を送るために役立つ一冊です。

という役立ち本ですが、読んで面白いのが「病気の世界地図」というコラム。

「タイ・チェンマイ~インフルエンザは雨期に流行する」から始まって、世界19の都市にまつわる病気の話題が書かれています。

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