フォト
2026年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

2026年6月11日 (木)

島耕作再考

C6h2xnfusaasuzc なにやら、島耕作が話題になっているそうですが・・・、

「日本企業のダメな部分を煮詰めた作品」技術流出の話題から、日本の失われた30年と悪しき企業風土を読み解く例として『島耕作』に注目集まる

島耕作、あそこまで日本企業のダメな人材とダメな行動を煮詰めた作品はなかなかないと思う。
しかもおそらくは作者本人はそう思ってない可能性が高い。

そういえば、、拙著や拙論でも日本型雇用システムの典型例として何回か島耕作は使わせていただきましたな。

たとえば、もう12年前にWEB労政時報に寄稿したこのエッセイとか

「ミドル」という言葉
 
 日本では中高年労働者の問題が論じられるときには、「管理職」の問題として論じられることが少なくありません。なぜ中高年労働者の問題と管理職の問題が重なって現れるのでしょうか?
 というと、そんなのは当たり前ではないか、と思われる方が多いでしょう。若いうちは平社員として働き、年をとるにつれてだんだんと昇進して、中高年になると管理職になるというのが普通の職業人生というものだろう、と。しかし、日本以外のジョブ型労働社会の諸国では、そんなことは全然当たり前でもなければ普通でもありません。むしろ、管理職は若いうちから管理職であり、非管理職は中高年になってもずっと非管理職というのが普通です。つまり、管理職の存在形態がまるで違うのです。日本における管理職をめぐるさまざまな労働問題の根源は、つまるところここに由来します。
 この日本独特の感覚を示す言葉が「ミドル」という言葉です。最近はあまり使われませんが、かつてはよく使われた言葉です。ミドルというのは中くらいという意味ですが、何が中くらいなのか、そこには三つの意味が重ね焼きされていたようです。中高年リストラが進んでいた1979年に出された岩崎隆治『われら中高年サラリーマン』(日本労働協会)では、
 
・・・こうした“いやーぁな感じ”の時代状況を、わたしは「ミドル・パニックの時代」ということばで表現してみた。この言葉が適切かどうかは別にして、いま、ある種の“受難”を受けているのが、俗に「ミドル」という言葉に象徴される人たちだからである。ちなみに、ここでいう「ミドル」には、次の三つの意味を込めて使っている。
 第一の「ミドル」というのは、「ミドル・マネジメント」-つまり「中間管理者」という意味での「ミドル」なのだ。
 ここ数年来、経営合理化の矢面に立たされているのが、ほかならぬ部長や課長といった中間管理職にある人たちだ。ちなみに、マスコミの表現を借りると、とくに、ここ1,2年というものは、“肩たたき”による「部課長追い出し時代」が続いている。・・・
 第二の「ミドル」というのは、「ミドル・エイジャー」-つまり「中高年齢者」という意味での「ミドル」なのだ。・・・
 ところで、第三の「ミドル」というのは、「ミドル・クラス」-つまり「中流階級」という意味での「ミドル」なのだ。・・・
 
 外国人からすれば、ミドル・マネジメントとミドル・エイジとミドル・クラスをまとめて「ミドルと呼ばれる人々」などというのは、だじゃれ以外の何物でもないでしょう。経営学上の中間管理層と年齢階級上の中年層と社会学上の中間階層という、それぞれまったく異なる概念を混ぜ込みにして話が通じるのは、戦後日本くらいのものだと思われます。
 
 国勢調査や労働力調査などで国民の職業を分類するときに用いられるのが日本標準職業分類です。現在、12の大分類、74の中分類、329の小分類に分けられていますが、そのうち「管理的職業従事者」とは、「事業経営方針の決定・経営方針に基づく執行計画の樹立・作業の監督・統制など、経営体の全般又は課(課相当を含む)以上の内部組織の経営・管理に従事するもの」と定義されています。これは、専門的・技術的職業従事者や事務従事者、販売従事者等々と、まったく同じ水準で存在する職種概念ですね。
 そして、職業安定法第5条の7に定める適格紹介の原則とは、この職種単位での労働能力に着目した求人と求職者との結合の適格さを求めるものです。私は旋盤操作という「仕事」のできる人です、私は経理事務という「仕事」のできる人です、私は法務という「仕事」のできる人です、というレッテルをぶら下げているのとまったく同じ水準で、私は管理という「仕事」のできる人ですというレッテルをぶら下げているのが管理的職業従事者、つまり管理職のはずなのです。
 ところが、日本でそんなことをいえば笑い話になります。おそらく読者もどこかで耳にしたことがあると思いますが、大企業の部長経験者が面接に来て、「あなたは何ができますか?」と聞かれて「部長ならできます」と答えた・・・という小咄です。
 これのどこが笑い話なのか?と欧米人なら聞くでしょう。ビジネススクールを出て管理職として働いてきた人が「部長ならできます」というのは、メディカルスクールを出て医師として働いてきた人が「医者ならできます」というのと、ロースクールを出て弁護士として働いてきた人が「法務ならできます」というのと、本質的に変わりはないはずです。しかし、日本では変わりがあるのです。なぜなら、日本の労働社会では、管理職というのはいかなる意味でも職種ではないからです。
 では日本型雇用システムにおいて管理職とは何なのか?その答えは読者の方が重々ご承知です。少なくとも、上の笑い話をみておかしさがわかった人は知っています。それは、長年平社員として一生懸命働いてきた人にご褒美として与えられる処遇であり、一種の社内身分なのです。だから、その会社を離れた後で、面接で「部長ならできます」というのが笑い話になるわけです。
 こうした管理職に対する感覚をよく示しているのが、ベストセラーコミックの『課長島耕作』シリーズです。企業主義の時代まっただ中の1984年に初芝電器の係長として始まり、長く課長を勤めた後、90年代には部長に昇進、21世紀には取締役、常務、専務、社長を経て、会長になっていくというサラリーマンのサクセスストーリーです。回想編として近年「ヤング島耕作」「ヤング島耕作主任編」「係長島耕作」もあります。法律的には単なる労働者から管理職を経て労働者ではない経営陣に至るまでが一本のキャリアパスとして描かれているところが、いかにも日本型雇用システムを体現しています。日本の「正社員」は管理職でなくても企業のメンバーとしての性格を分け持っており(「社員」!)、平社員から中間管理職、上級管理職に至るまで、連続的に管理職的性格が高まっていくのです。
 こういう感覚を前提とすれば、ヤング島耕作=平社員、ミドル島耕作=管理職、シニア島耕作=経営陣という年齢と社内身分の対応はあまりにも当たり前なのでしょう。3つの「ミドル」が重ね焼きできる感覚の源泉がここにあります。そして、「部長ならできます」が笑い話として消費される理由も。管理職がいかなる意味でも職種ではあり得ない世界です。

 

 

 

2026年6月 9日 (火)

「研修生」契約は労働契約に該当するか?--ユーロピアノ事件

この4月から山形大学に赴任された石黒駿さんが、こんな呟きをしていたので、

新入生向けオムニバス講義で、濱口桂一郎『外国人労働政策』にあった日本における研修の位置付けに触れた。ちょうど労働法の講義ではKLM航空事件(東京地判令4・1・17労判1261号19頁。準拠法選択ではなく訓練契約の労働契約該当性の方)をレポート課題の題材にしていたので、意図せず話題が重なった。

この事件、なかなか興味深いと思っているのだが、評釈がほとんど見当たらなくて悲しい。そのうちEUにおけるトレーニー周りの動きも勉強したうえで考えてみたいなあとは思っている。

研修生の労働者性というのは、まさにEUで指令案が審議されているホットな話題であるんですが、日本でも外国人労働政策の歴史の中で論じられてきたテーマであることは、拙著でも述べたとおり。

でも、外国人問題とは別に、そもそも研修生の労働者性という論点は存在し、それを扱った裁判例もあるんですね。

というか、実はわたしが『ジュリスト』で初めて判例評釈を書いたのは、もう22年前になりますが、『ジュリスト』2004年5月1/15日号に載せた「「研修生」契約は労働契約に該当するか?--ユーロピアノ事件」だったのです。

https://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/014875

この問題、掘れば掘るほどけっこう深いんですよ。

労働判例研究
「研修生」契約は労働契約に該当するか?
--ユーロピアノ事件
 
東京地裁平成14年12月25日判決
(平成14年(ワ)第12150号、賃金等請求事件)
労働経済判例速報1838号3頁
〔参照条文〕労働基準法9条、民法623条
 
[事実]
Ⅰ 原告XはYの「研修生」であった。Yは楽器の輸出入卸売・小売業を営む会社である。
Ⅱ 1  平成12年1月、音楽大学ピアノ調律科学生であったXはYの採用面接を受けた。YはXを「営業社員としては不的確(ママ)」であるが「出身大学と今後良好な関係を保つ必要」から、導入を検討していた「ピアノ調律技術者研修生」として「採用」した。平成12年3月1日、YはXを研修生として採用する旨告知し、「研修生(社員)採用規則」と題する契約書を交付した。研修生として他に2人採用された。
 2 本件契約は「研修を要するピアノ技術者に適用」され、「研修期間中は、本人の技術の向上と会社の利益に貢献することのバランスをとる前提で業務に従事する。ピアノ販売に関する総合的な知識・経験の修得も目的とする」。「給与は6か月間は、初級技術習得後はアルバイト料を支給することはあるが原則無給、その後は時給を支給し、一定技術習得後は月給を支払う」。研修期間は最長2年間で、「研修生の採用は研修開始後1か月に1次判断をし、その後3か月ごとに試験を実施して進級を判断することを原則とする。正社員として採用する場合は、一通りの課程修了後、試験を実施する。終了後は優先的に正社員採用を考慮するが、期間中に将来社員としてふさわしくないと考えられる場合は、直ちに当契約を解除できる」。なお、契約中には「給与・休暇等の規則は、・・・この雇用契約を締結する上で、現行の労働基準法に当てはまらないことを了解する」「労働時間」「労働契約書」等の記載がある。
 3 XはYにおいて3月3日から4月11日まで、ピアノの運搬、出荷作業を含む「研修」に従事した。YはXに対して(時期に争いあり)、3月は事前研修で4月から研修を開始すると告知した。Xの主張では、この間、Yの作業主任者KによるXに対する精神的苦痛を与える行為や言動が行われた(Yは否定)。4月11日、Kに「営業がやりたいなら、Yで技術研修するのではなく、他社に就職活動した方がいい」と言われ、Xは研修を「辞めた」(Xは解雇と主張)。
Ⅲ XはYを相手取って、賃金請求、解雇予告手当及び付加金の請求、債務不履行(正社員として採用する約束)による損害賠償、不法行為(トイレ掃除や朝礼での痛罵等)による損害賠償、を求めて提訴した。また訴訟中、Xの請求に、Yの不法行為として、在籍期間証明書不交付、調停での虚偽説明、タイムカードの破棄、長期の試用期間を定めた公序良俗違反、契約書の不当表示・説明義務違反、面接時説明義務違反等を追加している。なお、本件は原告の本人訴訟である。
 
[判旨]すべて棄却
Ⅰ 1 「労働者とは、労働の対償として契約に定められた賃金を支払われる者をいうから(労働基準法9条、11条)、同法にいう労働契約とは、使用者が労働者に労務の提供の対償として報酬を支払うものをいうと解される。また、民法623条によれば、雇用契約とは、雇用者が被用者に対し、労務に服することに対する報酬を与える約束をするものをいうと解される」。
2 本件契約書には「労働の対償としての賃金を支払うことやその金額、賃金支払開始の具体的時期についての記載はなく、報酬ないし賃金の支払いが当事者の合意の内容となっていないことが認められる」。従って、「本件契約には労働契約の不可欠の要素である労働の対償として支払われる賃金についての合意がないから、本件契約は労働契約ではないというべきであるし、同様の理由で雇用契約ではないというべきである」。
3 本件契約書に「雇用契約」「労働契約」等の記載があることに対して、「当該契約が労働契約か否かは、契約書の個々の文言に捕らわれることなく、その実質により決せられるべきであるから前記判断を左右しない」。
4 本件契約は労働契約ではないとの判断から、「その余の点について判断するまでもなく」、賃金請求並びに解雇予告手当及び付加金の請求は理由がないとして棄却。
Ⅱ 債務不履行による損害賠償請求については、「2年以内に正社員として採用する旨の合意は本件契約の内容となっていない」として棄却。
Ⅲ 不法行為による損害賠償請求については、トイレ掃除や痛罵等については「事実を認めるに足りる的確な証拠はない」として棄却。また在籍期間証明書不交付やタイムカード破棄等については「本件契約は労働契約でないから」「被告において在籍期間の証明書を交付すべき義務はな」く、また「原告のタイムカードを保存すべき義務はな」いとして棄却。
 
[評釈]判旨に反対。ただし結論は概ね一致。
Ⅰ 本件の主たる争点は、本件「研修生」契約が労働契約に該当するか否かであり、その余は事実認定の問題であるので、以下この問題に絞って論ずる。
Ⅱ 1 本件判決は、「労働契約か否かは、契約書の個々の文言に捕らわれることなく、その実質により決せられるべき」と労働者性に関する実質判断原則を引きながら、その「実質」の内容を「賃金についての合意はない」ことにのみ求めている。通常、労働者性の判断基準としては、指揮監督下の労働という労務提供の形態と報酬の労務に対する対償性が挙げられる(昭和60年12月19日労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』)が、これらについて検討された跡はない。
2 しかしながら、本件の場合、むしろ「賃金についての合意がない」との認定に問題がある。本件契約書では「給与は・・・原則無給」とされており、「原則0円」という「賃金についての合意」があると認定すべきであったと思われる。仮に契約書に「給与は6ヶ月間で1円とする」と書いてあったとすれば、(法違反の問題は格別)労働契約でないとの認定はあり得まい。それが「0円」であれば自動的に労働契約ではなくなると考えるのは著しく不均衡である。しかも、0円というのは「原則」であって、「アルバイト料を支給することはある」のであるし、6か月後は時給に移行することが予定され、これらを含めて「給与は・・・」と規定しているのであるから、これは0円であることを含め金額不確定の「賃金についての合意」があると認定すべきであった。
3 さらに、労働基準法及び民法においては、金額が完全に0円であっても「賃金」ないし「報酬」に該当しないわけではない。労働基準法及び民法の立法者意思を確認すると、労働基準法9条について「ある種の接客業に従事する女子の如く、唯単に客より報酬を受けるに過ぎない者」であっても、「客より報酬を受けうる利益」も賃金に含まれるとされ(寺本広作『労働基準法解説』)、また「労働の対償として一定の営業設備の使用が認められておれば、それもまた賃金」としており(『日本立法資料全集労働基準法(第53巻)』)、0円の賃金合意は想定している。また民法623条については、穂積陳重が「此報酬ハ金銭ニハ限リマセヌコトハ勿論言フヲ俟チマセヌ前ニ申シマシタ習業者ニ対スル世話ト云フヤウナコトデモ宜シイノデアリマス」(『法典調査会民法議事速記録四』)と述べている。穂積の言う「習業者ニ対スル世話」はまさに本件における研修に相当しよう(明治23年の旧民法では「習業契約」として独立の契約類型であった)。
4 従って、「賃金についての合意がないから、本件契約は労働契約ではない」し「雇用契約ではない」との判断には疑問がある。本件契約は労働契約であり、雇用契約であるというべきであろう。
Ⅲ 1 しかしながら、現行法上本件のような契約が正当と認められるかどうかは別である。民法上は明らかに予定されている雇傭契約類型の一種であるといえるが、労働基準法上はこのような労務の提供と「習業者ノ世話」との双務契約は、通貨払いの原則(24条)及び最低賃金法に違反する可能性が高い。通貨払い原則は「法令若しくは労働協約に別段の定め」があれば適用除外が可能であり、また最低賃金法は、試の試用期間中の者及び認定職業訓練受講者については、都道府県労働局長の許可を受けて適用除外とすることを認めている(8条)が、本件には該当しない。さらに、そういう契約類型自体、「徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の修得を目的とするものであることを理由として、労働者を酷使してはならない」(69条)に違反する可能性もある。
2 そうすると、通常の労働法学の考え方では、本件労働契約においては「原則無給」との合意は無効であり、Xは少なくとも就労期間について一定額(少なくとも最低賃金額)の賃金請求権を有するという結論になりそうである。これはこれなりに筋の通った考え方ではあるが、現実妥当性に問題があると思われる。労働経済学的に言えば、通常の企業内訓練においては、訓練期間中の訓練コストや生産性の低い労務提供と(相対的に高い)賃金水準との差は企業側の持ち出しとなるが、訓練終了後の生産性の高い労務提供と(相対的に低い)賃金水準との差によって埋め合わされると考えられる。この場合、訓練終了後も長期継続雇用することへの期待がこのような長期的な取引を可能にしているが、労働力が流動化してこのような期待が一般的に持てなくなるとすれば、別途の訓練コスト負担方式を考える必要が出てくる。今後の労働市場の動向を考えると、その必要性は高いと考えられる。しかも、本件はピアノ調律師という高度の(芸術的センスを含む?)技能を要する職種であり、訓練終了後に生産性の高い労務提供が可能であるとは必ずしも言えないことも考慮に入れる必要があろう。原則無給の「研修生契約」を禁止してしまうことは、当初から有給で採用することは困難な限界的労働者に対して、雇用の道を閉ざしてしまうことにもなりかねない。
3 現行法解釈上、本件のような契約が正当と認められる余地はないであろうか。第1に、採用内定と同様の法的地位にあると考え、解約権留保付き就労始期付き労働契約(大日本印刷事件(最二小判昭54・7・20))が成立しているが、労務提供とこれに対する賃金支払いは発生していないと構成することが考えられる。内定期間中に研修への参加を求める例は多いことから、本件「研修生」契約もこれに当たると考えるのである。この場合、ピアノの運搬、出荷作業も調律技術の研修の一環であったとする必要があり、やや無理がある。第2に、さらに技巧的であるが、Xの労務提供に対する賃金債権とYの研修サービス提供に対する代金債権を相殺する合意があったと構成することが考えられる。これは当事者の明示の意思に反するように見えるが、そもそも当初6か月を原則無給とした趣旨は労務提供と研修実施を対価関係に置くことにあったと考えられる。
4 以上のような解釈が可能であれば、本件における主たる請求である賃金請求及び解雇予告手当等の請求は棄却されることになるが、労働契約の存在は肯定されるため、本件判決が「労働契約でない」との理由で棄却している在籍期間証明書不交付、タイムカードの破棄等については、事実認定によっては異なる結論があり得る。
 しかしながら、実は労働契約の存在を肯定する意義は、本件ではXの請求に含まれていないが、Yの側からの研修契約の解除を解雇として地位確認や慰謝料の請求を認めたり、「研修」中の事故を労働災害と認定しうる点にある。
Ⅳ その意味では、これは本来、立法的解決を図るべき問題であろう。現行民法上認められている労務の提供と「習業者ノ世話」との双務契約は、昭和47年の労働基準法では一定の技能職種について「技能者養成契約」として構成され、契約期間、賃金の支払い、最低賃金、危険有害業務等について別段の定めをすることができることとされ(70条)、これが職業訓練法(現在の職業能力開発促進法)に基づく認定職業訓練(同法24条)に変わって現在に至っている。しかしながら、認定職業訓練の基準は公共職業能力開発施設における職業訓練基準と同一であり(同法19条)、製造業を主に念頭に置いたもので、ピアノ調律技術のようなものは含まれていない。
 公共職業訓練の存在を前提としてそれと同等の訓練を使用者が行う場合にのみこういった契約を認めるという法的枠組みを前提とすると、公共職業訓練の手に負えない技能についての技能者養成は、①完全な労働契約として一定期間使用者側のコスト負担を求めるか、②労働契約ではないとして本来与えられるべき労働者保護を失わせるか、という選択にならざるを得ない。①が労働法学的には正しい解決であっても、労働経済学的には問題があること、労働力が流動化すれば①がますます困難になることは前述の通りである。その意味でも、公共職業訓練とは切り離した形での一般的な「研修生」契約を概念化する必要性が高まってきていると思われる。
Ⅴ 本件は一音楽大学卒業生による本人訴訟であり、それ自体としてはほとんど世人の関心を呼ばない小事案であるが、立法政策に対して含意するところは意外に大きいものがある。

 

 

フランスとドイツのセックスワーク論議

EUobserver紙に、Léa Marchalさんの「Listen: How should European countries regulate sex work?」(聞け、欧州諸国はセックスワークをいかに規制すべきか?)というポッドキャストが載ってて、その書き起こしが載ってますが、

https://euobserver.com/220257/listen-how-should-european-countries-regulate-sex-work/

これによると、フランスは10年前の2016年に、それまでは合法だった性サービスに対価を払うことを違法化し、客に1500ユーロの罰金を科すこととしたが、現在フランスの議会はセックスワークの非犯罪化の法案を審議しているのだとのこと。

セックスワーカー組合(というのがちゃんとあるんですね、さすがフランス)のストラスによれば、この抑圧的な法律はセックスワーカーに対する暴力の減少や搾取の撲滅に失敗し、彼女たちの不安定な状況と安全に「壊滅的な影響」を与えていると。

一方、ドイツでは全く逆に、2002年から性労働が合法化されており、2017年からは性労働者は当局への登録が義務付けられており、売春宿は営業許可を取得しなければなりません。

ところが最近、連邦議会の議長が「ドイツは欧州の売春宿だ」と言ったとかで、その見直しの議論が起っているそうな。

どの国もこの問題は一筋縄ではいかないようです。

2026年6月 5日 (金)

『季刊労働法』2026年夏号(293号)のお知らせ

293_h1768x1108 労働開発研究会のHPに『季刊労働法』2026年夏号(293号)の予告が載っているので、こちらでもご紹介。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/16241/

特集:過半数代表法制の再構築と国際動向

今号では、過半数代表制の再構築をめぐる制度的課題と国際的動向を取り上げます。日本の過半数代表制の歴史的展開と制度的課題を整理するとともに、労使関係法制としての代表制整備の方向性を検討します。さらに、フランスにおける多数派代表制の意義や、韓国の労使コミュニケーションの現状を紹介し、比較法的視点から代表制のあり方を多角的に考察します。
第2特集では、近時の主要判例を分野別に取り上げ、争点構造と判断傾向を分析します。労働者性、割増賃金、公務員の退職手当不支給処分といった実務上重要性の高い論点を素材に、裁判例の射程と今後の課題を展望します。

特集 過半数代表法制の再構築と国際動向

過半数代表制のこれまでとこれから

小樽商科大学教授 國武 英生

労使関係法制としての過半数労働者代表制の整備のあり方

―労働組合法制と従業員代表法制の調整を中心に

労働法学研究者 毛塚 勝利

フランス労働法における多数派代表制の意味

九州大学名誉教授 野田 進

労使コミュニケーション:韓国の現状

岩手県立大学准教授 徐 侖希

【第2特集】分野別にみる近時判例の主要争点と判断傾向

最近の労基法・労契法上の労働者性に関する裁判例について

―昭和60年労基研報告の見直しに向けて―

学習院大学教授 橋本 陽子

合意に基づく賃金と法律に基づく割増賃金の境界

―出来高払制賃金を参考に―

北海道大学教授 池田 悠

退職手当全部不支給処分と比例原則

立命館大学教授 須藤 陽子

■論 説■

企業価値担保権の創設と事業譲渡における労働者の保護

西南学院大学教授 有田 謙司

EUおよびドイツにおける人工知能をめぐる法

ミュンヘン大学教授 マーティン・フランツェン

訳:立正大学教授 高橋賢司

メリット制による事業主の労災保険料負担の公平性の実現に関する検討

―中小規模事業の視点も含めて

特定社会保険労務士 井寄 奈美

欠格条項違憲最高裁判決(最大判令和8.2.18)についての一考察

帝京大学准教授 青木 亮祐

■集中連載■ 労働者の個人情報保護をめぐる比較法研究(第1回)

AI共生社会における個人情報保護の再考

―比較法研究のための挑発的問題提起

神戸大学社会システムイノベーションセンター・法学研究科教授 大内 伸哉

■集中連載■ 比較法研究・職場における健康と男女の性差(第4回)

フランスにおける女性特有の健康課題と労働法

―月経・更年期をめぐる近年の議論動向を中心に―

弘前大学講師 渋田 美羽

■イギリス労働法研究会 第48回■

公務員労働法を見る視点

―官民の労働法制の違いに焦点をおいたイギリスでの議論を素材として―

信州大学教授・弁護士 弘中 章

■アジアの労働法と労働問題 第61回■

インドにおけるギクワーカー「保護」のための労働法改革

―連邦法に並行して成立する州法の改革

労働政策研究・研修機構調査部主任調査員補佐 北澤 謙

■要件事実で読む労働判例―主張立証のポイント 第16回■

就業規則変更事件の要件事実

―国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター事件・東京高判令和7・3・27労判1333号5頁を素材に

国士舘大学教授 亀田 康次

■労働法の立法学 第78回■

未払賃金立替払制度の法政策

労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口 桂一郎

■判例研究■

1年間の有期労働契約の試用期間該当性

TBWA HAKUHODO事件(東京高判令7・4・10労判1338号5頁)

弁護士 伊藤 昇平

解雇撤回と賃金請求権の帰趨

K’sエステート事件(東京高判令6・12・24労判1327号73頁、原審:さいたま地判令6・4・16労判1327号84頁)

弁護士 溝延 祐樹

■重要労働判例解説■

退職後2年間を限度として有効とされた競業避止義務の効力

シーリス元従業員事件(大阪高判令7・6・25労判1341号128頁)

富山県立大学教養教育センター教授 大石 玄

偽装請負該当性と労働契約申込みみなし制度適用の可否

大陽液送事件(大阪高判令5・8・31労判1336号50頁)

 

 

2026年6月 4日 (木)

大谷享『中国TikTok民俗学』@『労働新聞』書評

81qmduu138l_sl1500_257x400 月1連載の『労働新聞』書評ですが、都合により、先週に引き続き今週もわたくしが担当しました。取り上げたのは打って変わって大谷享『中国TikTok民俗学』です。

https://www.rodo.co.jp/column/219961/

 現代中国の宗教事情といえば、新疆ウイグル自治区でのイスラム教の弾圧とか、共産党直轄でない非公認のキリスト教の抑圧とか、邪教とされて厳禁された法輪功の話など、暗い話がいっぱいだ。60年前には文化大革命で各地の宗教施設が片っ端から破壊されたこともある。なので、伝統的な漢民族の宗教儀礼を研究しようとする者は台湾や香港に向かうというのが通例であった。
 ところがところが、本書はその宗教に抑圧的なはずの大陸中国で、奇怪な神々が跋扈するディープな宗教世界を、これでもかこれでもかと紹介しまくっているのだ。著者はアモイで日本語を教えながら、中国各地を駆け回って宗教儀礼-ほとんど淫祠邪教のたぐい-を観察してきた。その探索手段はなんとスマホである。中国のTikTok(抖音)には、得体の知れない民俗動画が氾濫しており、著者はそれを頼りに外部世界には知られていないが現代中国では熱烈に信仰されているさまざまな「神様」たちを訪ね歩く。
 登場するのは、逆立ちする「張五郎」、やたらにセクシーな「九尾狐」、日本から逆輸入された「大黒天」、そして恐ろしい死神の「無常」といった神々だ。これらの神々は現地の中国人の生活の中にしっかりと根を生やし、日々の儀礼の中に生きている。著者自身の表現を借りれば「おそらく多くの読者は意外に思うだろうが、漢族の宗教の基層にあるのはシャーマニズムである」。その有り様はほとんど淫祠邪教と言いたくなるほどだが、イスラム教やキリスト教のような外部勢力と通謀する危険性のあるまともな世界宗教への警戒感とは打って変わって、中国共産党は寛容なようである。
 さて、宗教儀礼の中身もすさまじいが、本書を読んでもっとも驚かされたのは、著者の研究手法だ。タイトルにあるように、スマホに流れるTikTok動画を頼りに、とにかくその現場に行ってみる。そうすると、思いもよらない出来事が次々に押し寄せてきて、いろんなことが芋づる式に解明されていくのだ。
 これは、現代中国が日本とは比べものにならないくらいスマホ社会になっているからだろう。本当に社会の末端のごくごく普通の市井の中高年齢者たちが、自分たちの日常や非日常の姿をショート動画としてアップする。その膨大な民俗動画の大海には、その地域の人々以外にはほとんど知られていないような宗教儀礼が多数浮かんでおり、著者はまさにスマホ一つでそれらの姿を描き出していくのだ。
 とはいえ、TikTok動画だけを頼りに中国各地を旅行していく著者の行動力もすさまじい。張五郞探索の途次で、彼は張五郎はじめ神々を召喚し、招福と息災を祈願する儀礼の最終盤に立ち会う。生きた鶏の喉が鋭利な包丁でかっ切られ、鮮やかな鮮血がお椀にドボドボと注がれた時、「はよ飲まんかいな」と言われて一気に飲み干した。すると、「根性あんなあ。俺はよう飲まんわ」「鶏の生き血はサルモネラ菌の塊ですからね」。本書は、著者のこの時に無謀な行動力の結晶である。

 

 

 

2026年6月 3日 (水)

大内伸哉さんが『外国人労働政策』を書評

Chukogaikoku_20260603234001 大内伸哉さんがそのブログ「アモリスタ・ウモリスタ」で、拙著『外国人労働政策』に懇切な書評を書いていただいています。

https://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2026/06/post-313d1b.html

面白い企画の本です。外国人労働政策の歴史を扱ったものですが,日本の外国人労働政策が30年も停滞してしまったのはなぜなのかという謎解きの書でもあります。・・・

拙著の意図を的確にとらえていただいておりまして、こういう書評に出会うととても嬉しくなります。

もちろん,一般国民からみれば,いつもの役所間の権限争いかというように思えますが,法務省と労働省の必死の戦いが見事に描かれており,ぐいぐいと引き込まれていきます。しかも,そこにとどまらないところが秀逸でした。日本型雇用システムと結びつけるところがなるほどと思わされました。両省では,「研修」というものの捉え方が違っていたのです。・・・

そう、労働省と法務省の仁義なき争いはとても分かりやすいし、本書も意図的にそれを前面に出してはいるんですが、それがこういう方向になったのは、労働省がメンバーシップ型にどっぷり漬かっていた時期に、法務省はジョブ型を堅持していて、その認識のずれはまさに「研修」に集約されていたという雇用システム論的な絵解きであって、そこがどれだけ読者に伝わるだろうかというのが、書きながら悩んだところでした。

その先のところで、規制改革会議が登場するあたりについて、本書を先日書評していただいた八代尚宏さんが大内さんにこう言ったそうです。

実は,制度・規制制度改革学会の雇用分科会(分科会の名称は不確定)で,毎月,オンラインで顔を合わせている八代尚宏先生から,1月のミーティングのとき,濱口さんのこの本を読みましたか,と早速聞かれました。役所が,いろんな業界のしがらみから本来の政策を展開できないときに,正論を述べて政策を論じるというのが,この学会の主たる役割だと思いますが,濱口さんのこの本は,八代先生たちが,この学会の精神をはるか昔に実現していた会議の意義を再確認させられたような気がします。・・・

この規制改革会議の(意外な)役割の指摘も、本書に込めたメッセージの一つでした。

 外国人労働政策そのものに関心がある人はもちろんですが,政策はどのように形成され,なぜ歪み,ときに長い時間をかけて迷走するのかという問題に関心がある人にも,ぜひ読んでもらいたい一冊です。私のような労働法屋の立場からも楽しめますし,同時に,優れた政策史・行政史としても読むことができます。

有難い言葉です。「政策はどのように形成され,なぜ歪み,ときに長い時間をかけて迷走するのか」のケーススタディとして読んでいただければ幸いです。

 

 

 

 

岩堀佳菜「フランスにおける労働者のリスキリング法制」

Iwahori_k JILPTのホームページに、リサーチアイとして、岩堀佳菜さんの「フランスにおける労働者のリスキリング法制」がアップされました。

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/092_260603.html

岩堀さんは先日、『フランスにおける自営業者の職業能力開発法制』というディスカッションペーパーをまとめたところですが、その前提になる雇用される労働者の方はどうなっているのかをごく簡単にまとめたものです。

近年、労働者のリスキリングに対する実務的・学術的関心が高まりをみせている。その背景には、働き方の多様化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展といった構造的変化があり、こうした傾向は諸外国においても広く共通している。このような中で、日本においては、人材開発支援助成金制度や教育訓練給付金制度など、労働者のスキル向上およびキャリア形成を支援する既存の制度の充実が図られてきた。

他方で、諸外国に目を向けると、それぞれの雇用システムや労働市場の状況に応じた多様なリスキリング(継続職業訓練)制度が設けられている。中でもフランスは、労使代表による協議を基礎としつつ、国家が主導的な役割を果たしながら職業訓練[注1]政策を展開してきた国として位置づけられる。また、同国においては職業訓練が一種の「市場」を形成している点にも特徴があり、その制度的・実務的意義は極めて大きいものと評価できる。

このような問題意識のもと、筆者はこれまでフランスにおけるリスキリング制度に関する検討を進めてきたところであり、このたびJILPTから、ディスカッションペーパー26-03「フランスにおける自営業者の職業能力開発法制」(以下、DP26-03という。)を取りまとめ、公表した。DP26-03では、フランスにおいて、自営業者が職業能力を維持・向上させるための法制度としていかなる制度が設けられており、各制度が対象とする自営業者層およびその政策的意義がいかなるものであるかについて明らかにした。

しかしながら、自営業者を対象とした当該制度は、いわばリスキリング制度における「応用問題」といえる。すなわち、雇用労働者を対象とする制度の仕組みを理解することで、自営業者に関する制度も把握しやすくなるものと思われる。

そこで本稿は、フランスにおけるリスキリング制度のうち、DP26-03の理解に資すべく、雇用労働者を対象とする法制度について、その概要と特徴を示すこととしたい[注2]

 

 

 

 

2026年6月 2日 (火)

障害者実雇用率 2.41%@『労務事情』2026年6月1日号

40215db63ea34292a3c26f9ac6647e0b 『労務事情』2026年6月1日号に「障害者実雇用率 2.41%」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10170748.html

 昨年12月に公表された「令和7年障害者雇用状況の集計結果」によると、法定雇用率が2.5%に設定されている民間企業の実雇用率は2.41%で・・・・・・

 

 

保守主義 vs 原理主義

Photo_20260602122801 かつての進歩派がほとんど道化の類いに退化していく中で、こういう記事を読売新聞で読むと、いまやまっとうな保守主義といかがわしげな原理主義が対峙しているらしいということが窺われます。

皇族として長く国民に親しまれている方が皇位継ぐべき、女性天皇も議論を…東大名誉教授・北岡伸一氏

たぶん、半世紀前には『諸君』や『正論』に出てきていた保守派の論客たちもそうだったんでしょうが、保守主義というのは日々の繰り返しとか近さや慣れ親しみといったまさに保守的な感覚を大事にする思想であって、皇室であれば、毎年新年の一般参賀で日の丸の旗を振る国民に手を振る皇族の方々の姿や、全国を訪問して国民と言葉を交わす姿、等々こそが大事にすべき皇室のイメージであって、だからこそ「皇族として長く国民に親しまれている方が皇位継ぐべき」と北岡氏は言うのでしょう。これこそ、言葉の正確な意味での保守的感覚であり、それを思想と呼ぶならば保守の思想なのでしょう。

ところが、そういうまっとうな保守主義では売れなくなったからなのか、それとはある意味で真逆の思想、すなわち日々の繰り返しとか近さや慣れ親しみといった保守的感覚を愚劣なものと見下し、それらとは対極にある観念的な原理主義的なイデオロギーが、「ホシュ」といういささか詐欺商法的な商標を纏って、熱心に売りつけられるようになってきたようです。原理主義とは、昨今はイスラム原理主義やキリスト教原理主義が流行ですが、戦前の日本でも蓑田胸喜の「原理日本」みたいに、保守と対極的な、当時の言い方で言えばまさに「革新的」な右翼思想が流行したこともあったわけで、その意味では別に不思議ではありませんが、保守的感覚を蔑視して人の心のあり方を自分の脳内の観念でもって全面的にたたき直そうという発想は、近現代史をひもとくまでもなく、あんまり素晴らしい結果をもたらしてこなかったのも事実でしょう。

いや、そんなことはソ連や共産中国の歴史を見れば分かることですが、でも不思議なのは、ここにきて、天皇というまさに日本の保守思想の中心に位置するであろう問題に対して、右翼原理主義の方々が、国民の多くが自然に胸中に抱いているはずの日々の繰り返しや近さや慣れ親しみといった保守的感覚を頭ごなしに否定し、南北朝時代の北朝の天皇の子孫の方々をいきなり天皇や皇族にしても、国民がその人を天皇や皇族として親しみを感じ、新年参賀で日の丸を旗を振ると思い込んでいるらしいことです。保守的感覚というものを失ってしまった原理主義者には、その辺が見えてこないのかも知れません。

 

2026年5月29日 (金)

日本成長戦略会議労働市場改革分科会とりまとめ

昨日、日本成長戦略会議労働市場改革分科会の「とりまとめ」という文書が一応取りまとめられました。

https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/001704959.pdf

「一応」というのは、最大の注目事項であった労働時間規制緩和問題が各論併記で先送りされておいるからですが、

(1)柔軟で多様な働き方の実現に向けた労働時間法制等

○ 柔軟で多様な働き方の実現に向けた労働時間法制等の在り方の検討については、本分科会の第2回においては、運用の見直しについて、第3回においては、労働力供給制約が強まる中で、労働参加の促進や労働生産性の向上を図る観点から、労働時間規制の在り方について集中的な議論が行われた。

○ 時間外労働の上限規制については、業種・業態や規模によっては対応が厳しい、月45 時間・年6回までの上限規制の一部例外措置が必要であるとの意見があった。また、ヒアリングでは、もっと働きたいのに働けない従業員がいる、都市と地方で温度差がある、労使協議の機会設定や労働時間管理の負担が大きいとの意見があった。

○ 他方で、労働者の健康確保や生活時間保障を基本とすべきであり、長時間労働が助長されるような働き方は結果的に多様な人材の労働参加の妨げになる、無限定・無制約な働き方を選択できる労働者は減少している、より長く働きたいとする一般労働者の割合は限定的で上限近傍で働いている労働者も少ない等の観点から、上限規制を緩和すべきでないとの多くの意見があった。

○ また、長時間労働の原因となっている業界慣行の見直しも必要、労働者の健康確保の実効性を高める等の観点から、集団的労使関係の基盤を整える必要があるとの意見があった。

○ 裁量労働制は、柔軟で自律的な働き方を可能にする、ワーク・ライフ・バランスに資する面もある等の観点から、適正に運用されれば労使双方にとってよい制度であるとして、制度の濫用防止策とセットで拡充の議論を進めるべき、実際の裁量の程度や業務量によって長時間労働となる確率等に影響があり、まずは 2024 年度改正後の状況把握が必要、適正に運用されるためにどうあるべきか労働政策審議会で慎重に議論を深めるべきとの意見があった。

○ 他方で、長時間労働になりやすく、裁量や適切な処遇が必ずしも確保されていない実態がある中で、制度拡充を行うべきではなく、2024 年度改正を踏まえた厳格な導入手続や定期的なモニタリングなどの適正運用を徹底すべき、柔軟で多様な働き方はフレックスタイム制度など現行制度の活用によっても可能であるとの意見があった。

○ 変形労働時間制は繁閑に応じて労働時間の配分を可能にする制度であり、労使の話合いにより労働時間短縮や法定労働時間枠の有効活用につながりうるが、天候の変化や取引先との関係等によって繁忙が大きく左右されることに十分対応できず、「30 日前」要件の短縮や特定後の勤務日変更を認める等の見直しを検討すべき、現場の実情に合わせた柔軟な設計の検討が必要であるが、労働者の予見可能性や健康確保が最優先であり、その客観的要件を明確化するなど限定的であることを前提に議論すべきとの意見があった。

○ 他方、原則の法定労働時間を超過することも可能となる例外的な制度であり、労働者保護の観点から様々な要件が課されている趣旨を踏まえれば、長時間労働の常態化や労働者のリカレント教育、リ・スキリングを含む生活時間設計を損なう要件緩和などは行うべきでないとの意見があった。

○ 勤務間インターバル制度や連続勤務規制は、労働者の休息や生活時間を確保するために重要な制度であるが、現行の努力義務の下や現行の変形週休制の下では労働者の健康確保の観点から限界があり、勤務間インターバル制度の義務化や長期の連続勤務の制限などについて、例外措置や代償措置も含め検討を進めるべき、つながらない権利の導入も検討すべきとの意見があった。

○ 勤務間インターバル制度について、年・月単位の対応に加えて更に日単位での規制を課すことは業務への柔軟性を欠く、各社の実態に応じた柔軟な制度設計が可能となる方向で検討することが重要であるとの意見があった。

○ 副業・兼業は、自己の判断で行うものであり、割増賃金の通算管理を見直すべきとの意見があった。

○ 実態として非正規雇用で働く者が生計維持や収入増を目的として副業・兼業を行っている割合が高いことを踏まえれば、割増賃金規制も含めた労働時間の通算規定の堅持が必要、健康確保の点から一定の配慮が必要であるとの意見があった。

○ フレックスタイム制は、働き手の働きやすさや働きがいを高めるために有用であり、フレックスタイム制と通常勤務日の組み合わせを可能とするべきとの意見があった。

○ 事業主や労働者が置かれている個別の事情に合った支援を、労働基準監督署と働き方改革推進支援センターが連携して実施することについては、

・ よろず支援拠点や商工会議所を含めて連携することで、中小企業の経営の視点も含めた労務支援というものが期待され、有効な方策であると考える

・ 時間外労働の上限規制の範囲内であっても、時間外労働を推奨する方向での制度・運用の見直しを行うべきではない

といった意見があった。

○ 労働基準監督署における指導については、
・ 指導が画一的・硬直的なものとなっているとの声もある
・ 時間外労働時間が 45 時間を超えた場合には適法の範囲内でも指導がなされていると承知しているが、法制度の違反という観点での指導とすべき
・ 労働者の命と健康を守るための最低基準である労働基準法の趣旨を踏まえた厳格な対応を堅持するべき
といった意見があった。

● 労働時間法制等に係る政策対応の在り方については、労働政策審議会でも議論されてきたとおり、柔軟で多様な働き方の推進の観点や労働者の一層の健康確保の観点から様々な論点が存在している。

● 本分科会の議論では、いずれも簡単に結論が得られるものではないが、日本成長戦略会議で取り上げた趣旨も踏まえ、労働参加率や労働生産性向上の必要性に鑑み、労働者の健康維持やワーク・ライフ・バランスを前提とするとの認識を共有しつつ、柔軟で多様な働き方を含む労働時間法制等に係る政策対応については、夏以降の労働政策審議会において、議論を行う必要がある。

・ 時間外労働の実態との間に「隙間」がある中で、上限規制は過労死認定ラインであり、上限規制を維持し、労働者の健康確保やワーク・ライフ・バランスの確保の観点から長時間労働の是正を図るとともに、労働生産性向上を促し、併せて多様な人材の労働参加を可能とすることが重要である。

・ 裁量労働制については、適正に運用されれば労働者にとっても良い制度であるが、長時間労働になる、裁量や適切な処遇が確保されない実態があることが指摘されている。 現場の実態や労使双方の立場を十分に踏まえて、健康確保、長時間労働防止、適切な処遇確保などの濫用防止措置を前提に、裁量労働制の対象の在り方について、見直しの検討を行う必要がある。また、変形労働時間制については、他律的な要因に十分対応できていない現場の実態や、労働者の生活時間や予見可能性の確保にも留意しつつ検討を進める必要がある。

・ 労働者の健康確保や生活時間の確保が重要であり、これらは多様な人材の労働参加に当たっても重要であることから、連続勤務規制や勤務間インターバル制度の法的位置付け、「つながらない権利」の在り方、副業・兼業に当たっての健康確保、テレワークの活用促進などについて、現場の実態や労使双方の立場を十分に踏まえて、検討を進める必要がある。

● また、運用については、時間外労働の実態を踏まえた、36 協定の締結や柔軟な労働時間制の活用について、よろず支援拠点等との連携を強化しつつ、「働き方改革推進支援センター」や労働基準監督署による相談支援の充実を速やかに実施するとともに、必要な体制整備については 2027 年度以降も着実に実施を図る必要がある。労働基準監督署において、重大・悪質な事案に対しては厳正に対応しつつ、労働時間や労働者の健康確保措置に関する労使の合意に則った指導が行われるよう速やかに見直す必要がある。

● さらに、運輸業における荷主対策、建設業における適正な工期の確保など、業種・業態の特性に応じた働き方改革推進の取組について、業所管官庁との連携を着実に進める必要がある。

夏以降の労政審に先送りではあるのですが、さりげなく変形労働時間制の見直しの話が顔を出していたり、労働基準監督署の「相談」とかソフト面の対応が出てきていたり、頭に留めておくべき事項がそれなりにありそうです。

ちなみに最後の項目の運輸業の荷主対策などといった話は、本日午後の労働政策フォーラムのテーマでもあります。

 

 

 

 

2026年5月28日 (木)

山下麻衣『「看護婦」の近代社会史』書評@『労働新聞』

81wewqv6xpl_sl1500_266x400 月イチの『労働新聞』書評。今回は山下麻衣『「看護婦」の近代社会史』(朝日選書)です。

https://www.rodo.co.jp/column/219552/

 4月から、NHKの朝の連続テレビ小説で『風、薫る』が放送されている。主人公の一ノ瀬りんと大家直美のモデルは大関和(おおぜきちか)と鈴木雅(すずきまさ)だ。
 ドラマにおける設定は歴史的事実とはかなりかけ離れているようだが、実在の2人は看護婦養成所を出て帝国大学医科大学附属医院に勤めた後、派出看護婦会を設立して、日本の看護婦の歴史を切り開いていった。本書はこの2人を中心に据えながら、明治初期から今日に至るまでの看護婦の歴史を描き出している。
 ただ筆者にとって、本書が描く派出看護婦会の誕生、発展、衰退、そして消滅と復活に至る有為転変の歴史は、人ごとは思えないところがある。というのも、派出看護婦会からすると資格のない女性たちによる商売敵に当たるのが、拙著『家政婦の歴史』で描きだした派出婦会であったからだ。
 大関和や鈴木雅に倣って続々と派出看護婦会が設立され、やがて大関の直訴によって東京府看護婦規則が制定され、遂に内務省令で看護婦規則が公布され、試験による免許制により質の悪い看護婦を排除することをめざした。しかし、派出看護婦に対する世間の目は冷たく、「社会の暗部」とまで見られていたという。資格のない見習看護婦を女中代わりに派出するという実態もあったようだ。そこで東京府は看護婦会取締規則を制定し、経営者に5年以上の看護婦経験を要求し、等級査定制度と見習看護婦の派出禁止が規定された。
 そういう中で、女中代わりの家事・介護労働力を臨時に派遣するニュービジネスとして派出婦会を立ち上げたのが、大和俊子(おおわとしこ)であった。彼女のビジネス・ヒストリーは拙著で詳しく書いたのでここでは省略するが、派出看護婦会の立場から見れば、これは自分たちが禁止しようとしている看護婦の資格なき付添婦の派出事業そのものであった。拙著では大和俊子は颯爽たる女性ヒーローだが、商売敵からは悪役(ヒール)に見えたであろう。
 本書はそこから戦後の職業安定法により派出看護婦会が解散に追い込まれ、その後看護婦家政婦紹介所として復活する姿を描いていくが、労働史の観点からすると若干注文をつけたいところがある。拙著で述べたように、戦前の派出婦会と派出看護婦会はいずれも1938年改正職業紹介法により労務供給事業と位置づけられ、それゆえに1947年職業安定法により労働者供給事業として禁止された。拙著で紹介した地方労働委員会でのいざこざも、派出看護婦会が中心であった。そして本書のいう「復活」も、本来のビジネスモデルたる労働者供給事業ではなく、派出先が使用者責任を負う職業紹介事業という「仮面」をかぶらざるを得なかったために、今日まで労働法上の問題を引きずっている。
 医療史の一部としての看護婦の歴史としては、労働法上の位置づけ如何というのは枝葉末節に属するのかもしれないが、筆者からすると、そこはもう少し緻密に論じてほしかったという思いが残る。

2026年5月27日 (水)

『中央公論』5月号掲載の裁量労働制論が、読売新聞の「思潮」で取り上げられました

148a35d9be0b71e08be32fc62ee9287_20260527090301 先月発売された『中央公論』5月号に寄稿した「日本型雇用システムと労働時間規制、40年の相克 「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は実現するか」が、読売新聞5月25日号の文化面の「思潮opinion」欄で、高久玲音一橋大学教授により「私の3編」の一つに挙げられていました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-9b1d4d.html

あとの二つは、吉川洋「日銀は『物価の番人たれ』」と佐藤主光「消費税減税よりも社会保障改革を」という堂々たるマクロ経済論で、この二つの間に労働時間問題を論じた拙稿が入るというのは、誠に嬉しい限りです。

裁量労働制か上限規制か、経団連と日商で異なる「緩和」策

管理職兼専門職兼事務職の日本型サラリーマン

管理職とスタッフ管理職

日本型サラリーマンは裁量的であり裁量的でない

ホワイトカラーエグゼンプションと高度プロフェッショナル制度

健康確保のための「上限規制付き裁量労働制」という選択肢

この最後のところでわたくしが提起している選択肢を、高久さんはこうとりあげてくださいました。

・・・一方、労働者ごとに仕事が明確に分かれていない日本では、裁量労働制が長時間労働に直結するという懸念があった。こうした議論の着地点として、筆者は健康確保のための上限規制付きの裁量労働制を提案している。・・・

 

 

 

 

 

 

 

2026年5月25日 (月)

外国人労働政策はなぜゆがんだのか 混迷の30年を検証@NikkeiBizGate

日経新聞系列のNikkeiBizGateというネットメディアに、わたくしのインタビュー記事が載っています。「外国人労働政策はなぜゆがんだのか 混迷の30年を検証」という、拙著『外国人労働政策』のごくごく端的な要約ですが、一気に読めるので、中身をやや誤解されている方にも有用ではないかと思います。

https://bizgate.nikkei.com/article/DGXZQOLM112SI011052026000000

人手不足が深刻化するなか、外国人材の受け入れは企業経営にとって大きな課題だ。これまで日本の外国人労働政策は、一貫した理念のもとで整えられてきたわけではなかった。霞が関の権限争い、日本型雇用の慣行が絡み合い、外国人を「労働者」として正面から受け入れる制度の導入は長く先送りされ、研修や技能実習という迂回的な仕組みが続いた。なぜ制度はゆがみ、いま何が変わろうとしているのか。労働政策研究の第一人者で『外国人労働政策』(中央公論新社)の著者である、労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長の濱口桂一郎氏に聞いた。

 

 

 

2026年5月22日 (金)

労働政策フォーラム「物流における労働問題を考える─トラック業界の人手不足等を中心に─」

先日ご案内した労働政策フォーラム「物流における労働問題を考える─トラック業界の人手不足等を中心に─」のオンデマンド配信が、本日から始まりました。是非、リンク先からお申し込み下さい。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20260529/index.html

Forum_20260522133701

 

日本の外国人労働政策――育成就労制度に焦点を当てて@『ジュリスト』2026年6月号(No.1624)

L20260529306 『ジュリスト』2026年6月号(No.1624)が「育成就労制度の展望」という特集を組んでおりまして、

https://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/021769

【特集】育成就労制度の展望

◇〔座談会〕育成就労制度の導入と外国人労働法制の課題…山川隆一(司会)/指宿昭一/早川智津子/山脇康嗣……14

◇日本の外国人労働政策――育成就労制度に焦点を当てて…濱口桂一郎……38

◇育成就労制度とは何か?――労働移民政策としての視点からの評価…是川 夕……44

◇育成就労と労働法…斉藤善久……50

◇外国人と社会保障制度…島村暁代……56

その中で、わたくしも1本書いております。中身は、1月に出した『外国人労働政策』のうち、研修から技能実習、育成就労に至る流れのところを抜き出して要約したようなものですが、他のごちゃごちゃしたことがなしにすっと読めるので、頭の整理によいのではないかと思います。

Ⅰ はじめに

  日本の外国人労働政策は長らくフロントドア型ではなくサイドドア型であった。本音では人手不足を補うために外国人労働力を導入したいのに、建前上はそうではなく、労働者ではなく身分として在留を認める日系人が、入国後は労働者として自由に働けるという仕組みと、労働者ではなく学生のような立場である研修生として在留を認め、実際には労働者と同じ作業をさせるという仕組みが、1989年の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)改正で設けられた。前者はほぼそのまま維持されたが、後者は後述のような経緯で少しずつ労働者性を認め、労働者として在留を認める方向にシフトしてきた。本稿は主としてこの後者の流れを概観し、その中で2024年の入管法及び「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(以下「技能実習法」)の改正(以下「2024年改正」)により導入された育成就労制度を位置づけたい。なお、本稿は大部分が拙著『外国人労働政策』の内容の要約であり、具体的な典拠等は全て同書を参照されたい。

Ⅱ 霞が関の権限争いと日本型雇用イデオロギーの影響

Ⅲ 非就労在留資格としての研修

Ⅳ 研修と技能実習の無原則的結合

Ⅴ 技能実習の確立

Ⅵ 特定技能の前段階としての育成就労へ

Ⅶ 残された諸問題

  最後に育成就労制度に限らず日本の外国人労働政策全般にわたる残された諸問題をいくつか指摘しておこう。

1 職種単位か業種単位か

2 労働者保護規定の散在

3 労働力需給調整システムの問題

 

 

障害者雇用率制度の見直し検討@『労基旬報』2026年5月25日号

『労基旬報』2026年5月25日号に「障害者雇用率制度の見直し検討」を寄稿しました。

去る2026年2月6日、厚労省に設置された「今後の障害者雇用推進制度の在り方に関する研究会」(学識者14名、座長:山川隆一)は報告書をとりまとめました。そこでは、障害者雇用の「質」の問題やいわゆる障害者雇用ビジネスの問題も取り上げられていますが、法令改正事項たる論点として挙げられているのは障害者雇用率制度の在り方についてです。一つ一つはやや小粒の論点に見えますが、いずれも障害者雇用率制度の本質に関わるような問題を孕んでおり、その問題のよってきたるゆえんをきちんとみておく必要があります。
 まず障害者雇用率制度の歴史をごく簡単に振り返っておくと、1960年7月の身体障害者雇用促進法により官民の事業所に身体障害者雇用率が設けられましたが、民間事業所は努力義務でした。これが法的義務(民間企業1.5%)になるとともに、雇用率未達成事業所に身体障害者雇用納付金(1人当たり月額3万円)の負担を課す制度になったのは、1976年5月の改正(同年10月施行)によってです。なおこの時、中小企業の負担能力にかんがみ、当分の間、300人以下企業からは納付金を徴収しないものとされました。また、身体障害者福祉法の身体障害者の範囲に合わせる形での身体障害者の範囲の変更が行われ、具体的には身体障害者手帳の交付を受けた者に限定されました。また、事業所単位から企業単位への変更、障害者の就業が一般に困難な業種について労働者数を控除する除外率制度、重度身体障害者を2人分にカウントする制度なども導入されました。なお、以下では民間部門のみをみていきます。
 1987年6月の改正(1988年4月施行)により、特例子会社制度を設けるとともに、精神薄弱者(後の知的障害者)について雇用義務は課さないが実雇用率の算定にカウントすることとし、法定雇用率は1.6%となりました。1997年4月の改正(1998年7月施行)により、知的障害者も雇用義務の対象とするとともに、法定雇用率は1.8%となりました。2002年4月の改正では精神障害者の定義規定を置き、特例子会社制度を企業グループに拡大し、除外率制度を本則で廃止するとともに附則の経過措置で段階的に縮小することとしました(2004年4月に一律10ポイント引下げ)。
 2005年6月の改正(2006年4月施行)により、精神障害者について雇用義務は課さないが実雇用率の算定にカウントすることとし、その場合短時間労働者は0.5人分にカウントすることとしました。法定雇用率はそのままです。また在宅就業する障害者に仕事発注する事業主に特例調整金を支給することとしました。2008年12月の改正では身体・知的障害者についても短時間労働者を0.5人分にカウントするとともに、納付金の支払義務を300人超企業から100人超企業に段階的に拡大しました(2010年7月に200人超企業、2015年4月に100人超企業)。また除外率を2010年7月に一律10ポイント引き下げました。なお2012年5月の政令改正で法定雇用率は2.0%となりました(2013年4月施行)。
 そして2013年6月の改正により、障害者差別の禁止と合理的配慮の規定が導入されるとともに、精神障害者にも雇用義務が課されることとなりました。ただし精神障害者の雇用義務の施行期日は2018年4月と5年先に設定されました。そして法定雇用率は2018年4月から2.2%、2021年3月から2.3%、2024年4月から2.5%と順次引上げられていき、2026年7月からは2.7%となる予定です。なお、雇用率の対象となる精神障害者は精神保健福祉法による精神障害者保健福祉手帳所持者に限られますが、障害者雇用促進法の対象としてはそれ以外の精神障害に加え、発達障害やその他の心身の機能の障害も明記されました。これらは同改正による差別禁止や合理的配慮の対象にはなるのですが、雇用義務がかからないだけでなく、雇用しても実雇用率にカウントされないのです。
 2019年6月の改正はいわゆる水増し報告問題を受けた公的部門の義務強化が主でしたが、週所定労働時間10~20時間未満の障害者を雇用する事業主への特例給付金やもにす認定制度が創設され、2022年12月の改正により週所定労働時間10~20時間未満の精神障害者、重度身体障害者、重度知的障害者について0.5人分にカウントする特例制度が設けられました。ただし、雇用義務はかからず、雇用率の算定式にも含まれません。2025年4月には除外率がさらに10ポイント引き下げられました。
 
 以上のような経緯で展開してきた障害者雇用率制度ですが、今回の研究会報告では6項目もの論点を挙げて論じています。今回はそのうち、現在の雇用率制度が1976年改正以来身体・知的・精神と対象を広げつつ手帳所持者のみを対象としてきたことに関わる問題を取り上げます。これには二つあり、一つはこれらの類型に属しながら手帳を所持していない障害者をどうするかであり、もう一つはこれらの類型に属しない「その他の心身の機能の障害」をどうするかです。上述のように、これら雇用率の対象外の障害者も職業リハビリテーションや差別禁止、合理的配慮の対象にはなります。
 まず後者、すなわち難病による心身の機能の障害についてですが、雇用率の対象となる身体障害者手帳は、身体障害者福祉法別表に掲げる身体上の障害があるものに交付され、そこには①視覚障害、②聴覚又は平衡機能の障害、③音声機能、言語機能又は咀嚼機能の障害、④肢体不自由、⑤心臓、腎臓又は呼吸器の機能の障害、⑥膀胱又は直腸の機能の障害、⑦小腸の機能の障害、⑧ヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能の障害、⑨肝臓の機能の障害は含まれますが、それ以外の様々な難病は含まれません。研究会に出された資料には、全身性エリテマトーデス、バージャー症、皮膚筋炎、重症筋無力症、多発性硬化症、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、もやもや病、特発性拡張型心筋症、自己免疫性肝炎、強皮症、神経線維腫症、チャージ症候群といった難病が列挙されています。
 これらについて、これまでの検討経緯をざっとみておきますと、2012年8月の障害者雇用促進制度における障害者の範囲等の在り方に関する研究会報告書は「対象範囲が明確でなく、公正・一律性が担保されていないことから、職業生活上の困難さを把握・判断するための研究を行っていくことが重要」と述べ、2013年3月の労政審障害者雇用分科会意見書も同様でした。2021年6月の障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会報告書は「障害者福祉サービスについては必ずしも手帳所持が利用要件となっていないことや、生活困窮者等『働きづらさがある方』への支援ニーズも高まる中で、その対象範囲を改めて検討する必要があるのではないかという指摘があった」と述べましたが、2022年6月の労政審障害者雇用分科会意見書は「難病患者については、疲れやすさ、倦怠感など全身的な体調の崩れやすさといった一定の共通する点もある一方で、その症状の有無や程度は、疾病により個別性が高く、さらには治療の状況により個人差も大きい。他方で、適切なマッチング、雇用管理等により、活躍できる例もみられ」、「現状において、手帳を所持していない・・・難病患者について、雇用率制度における対象障害者の範囲に含めることを直ちに行うのではなく、手帳を所持していない者に係る就労の困難性の判断の在り方に関わる調査・研究等を進め、それらの結果等も参考に、引き続きその取扱を検討することが適当」と先送りしていました。
 今回の研究会において、厚生労働省事務局は「手帳が得られていない難病患者については、本人からの申請により、医師の意見書等も勘案しながら、個別の就労困難性(職業生活への「制限」の程度)を判定し、一定水準にある場合、まずは、実雇用率において一定の算定を可能とする。その上で、施行状況を注意深く見ながらさらに雇用義務の在り方を検討していく」という考え方を提示し、個別判定の方法としては、
案1:難病に罹患していることが分かる診断書+就労困難性のアセスメント
案2:難病の医療費助成の重症度判定+就労困難性のアセスメント
案3:難病の医療費助成の重症度判定+就労困難性のアセスメント+国が設置する審査委員会による合議
を提示していました。
 これに対して研究会の委員からは、「今回は方向性を示して具体的な制度設計に入る時期に来ているという認識の下、この方向性で検討を深めるべき」という意見や、「現時点においては具体的な判定基準等の仕組みが明らかでなく、実雇用率の算定の対象者についても、試算によって開きがあるため、個別判定制度を設けることの是非の判断はできず、引き続き慎重な検討が必要」という意見もあり、結論としては「就労困難性の個別判定のための判定基準等の仕組みについて、更なる調査研究等も併せて進めながら、手帳を所持していない難病患者の個別判定制度の創設及び実雇用率算定の妥当性について、引き続き丁寧に議論を進めていくことが必要」と述べています。次項の手帳を所持していない精神・発達障害者については極めて否定的な結論であるのに対して、こちらはかなり意欲をにじませたものにはなっていますが、「引き続き丁寧に議論」とやや先送り的な記述に落ち着いています。この「引き続き丁寧に議論」の意味ですが、今後労政審障害者雇用分科会で審議されることになるのかその先の議論ということなのか、現段階ではなんともいえません。
 もう一つの手帳を所持していない障害者の問題として、手帳を所持していない精神・発達障害者の問題があります。これについて2018年7月の今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会報告書は「障害者雇用率制度の対象となる精神障害者等の範囲について、精神通院医療の自立支援医療受給者証の交付者を対象としてはどうかというもの等、様々な意見が出されたほか、障害者雇用率制度の対象となる身体障害者の範囲について、障害者手帳ではなく就労能力の判定等によることとしてはどうかという意見が出されたところ、制度の公平性等を担保するため、まずは、フランス等の諸外国における就労能力の判定の仕組み等を十分に精査した上で議論することとすべきである」と述べています。また上記2022年6月の労政審障害者雇用分科会意見書は「手帳を所持しない精神障害者について、当分科会では、就労促進等の観点から自立支援医療受給者証の所持者等は雇用率制度の対象にすべきという意見がある一方で、自立支援医療受給者証はその目的が医療費の自己負担額を軽減することであり手帳と同一に取り扱うべきではない、自立支援医療受給者証の提出を事業主に提出することに抵抗を感じる障害者もいるのではないかという意見があった。また、自立支援医療受給者証所持者のうち「重度かつ継続」を雇用率の対象にしてはどうかという意見や、個別の就労困難性を判断することが重要という意見等、様々な意見があった。発達障害者については、比較的早期に診断を受け、手帳を取得する割合も高く、就職に当たっても可能な限り手帳の取得を促す支援が重要という意見があった」と述べた上で、「現状において、手帳を所持していない発達障害者・・・について、個人の状況を踏まえることなく、一律に就労困難性があると認めることは難し」く、「手帳を所持していない精神障害者、発達障害者・・・について、雇用率制度における対象障害者の範囲に含めることをただちに行うのではなく、手帳を所持していない者に係る就労の困難性の判断の在り方にかかわる調査・研究等を進め、それらの結果等も参考に、引き続きその取扱いを検討することが適当である」と先送りしていました。なお、ここで出てきた自立支援医療受給者証とは、心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減するための制度です。
 今回の研究会において、厚生労働省事務局は「精神障害者保健福祉手帳における対象範囲の網羅性や、判定内容(日常生活等における制限の状態を認める)に加え、・・・手帳を所持しない者を別途の基準を用いて雇用率制度の対象とする必要性・合理性は高いとは言えず、雇用率の対象を精神障害者保健福祉手帳の所持者とする現行の仕組みを維持する」という明確に否定的な結論を提示し、「この方向性で概ね意見の一致があった」と書かれているので、先送りではなくここで論点としては終了したものと考えてよいでしょう。
 ただし、精神障害者保健福祉手帳は有効期間が2年とされているため、手帳の更新ができなかった場合における雇用率の扱いをどうするかという問題があります。この点について、厚生労働省事務局は「精神障害者保健福祉手帳の更新が得られなかった場合については、当該労働者が企業に引き続き雇用されており、かつ、今後も雇用される見込みである(障害者雇用率の算定外となったことを理由とした契約の不更新等は行わない)と判断できる場合においては、一定期間(例えば、新規採用に向けた業務切出しや採用プロセスに要する期間を勘案した1年間程度)、雇用率制度及び障害者雇用納付金制度上の取扱を検討する」との考え方を提示し、「一定の場合、一定期間は引き続き対象障害者として取り扱う等制度上の取扱を検討する方向で概ね意見の一致があった」と書かれています。もっとも「一定期間」についてはなお議論を進めるとされています。
 以上のように、障害者雇用率をめぐる諸論点のうち、手帳を所持していない難病患者についてはかなり肯定的なニュアンスのにじんだ先送り、手帳を所持していない精神・発達障害者についてはかなり明確な否定論と方向性が分かれました。今後、労政審障害者雇用分科会でどのような審議が進められることになるのか、注目していく必要があります。
(今回取り上げられなかった雇用率制度に関わる他の論点については、次回以降に取り上げる予定です)

 

2026年5月21日 (木)

極右政党を無害化するたった一つの冴えたやり方@Hanadaプラス

ここ数日の話題をさらった東大五月祭の参政党講演会への爆破予告をめぐる話それ自体は、我らが常見陽平同志に委ねてわざわざ論じるつもりはないのですが、日本における参政党問題に相当するであろうドイツのAfD問題についての本を紹介する書評のタイトルが「極右政党を無害化するたった一つの冴えたやり方」という余りにもドンピシャでありました。

つうか、このタイトルの書評が載っているサイトがHanadaプラスというまさに極右系メディアであることを考えると、この梶原麻衣子さんの書評が自己言及的でありながら余りにも冷静沈着であることがじわじわくるのですが。

https://hanada-plus.jp/articles/1879

東大「五月祭」での参政党・神谷宗幣代表の講演が中止となり、その対応を巡って大学内外で議論が巻き起こっている。

特にSNSを中心に展開されている東大関係者(OB含む)たちの議論は、結論は違ってもさすがと思わされる論理展開のものもある一方、「いくら相手が参政党だからってここまで言うか」と思わされるようなものもあり、それゆえに「参政党をいかに扱うべきか」の難しさを感じさせる状況となっている。

参政党を巡って、大きく見ればリベラル層内、特にエリート層内で侃々諤々の議論が展開されているのは興味深くはあるのだが、問題はそれがやり方によっては参政党支持を後押しするものになりかねない点だろう。

実際に、そうした「予期せぬサイクル」が回っているらしいのがドイツである。

ドイツと言えば日本にとっては「戦前の行いを反省し」「ヘイトスピーチは違法」であり「ナチスの反省から右派には厳しい」はずのお国柄だが、この10年あまりは「極右政党」とも評される政党AfD(ドイツのための選択肢)が躍進を続けている。2025年の連邦議会選挙では、20%の得票を得て第二党となった。

もちろん日本とドイツ、あるいは参政党とAfDはあらゆる点において違うため、比較の際には気を付ける必要がある。だが、なぜAfDはここまで躍進することができ、それを続けているのかは、今後の参政党の行方を占ううえでも、またメディアや世論が対処する際にも一つの参考になるだろう。

そこで参考になるのがユストゥス・ベンダー著、田中辰明訳『なぜAfDは支持されるのか――右派ポピュリズム政党躍進の秘密』(同時代社)だ。

本書は2017年に書かれたものだが、2025年のAfDの躍進を機に再び話題になり、新版として最新状況が書き加えられたものだ。ドイツのある論客に言わせれば、「AfDの現状を言い当て、今後の暗い未来を予測している」一冊だという。

著者はFAZというドイツの高級紙の特派員で、本書は最終的には「2026年にAfDの首相が生まれる」可能性を指摘している。だが本書のキモはそのおどろきの予測ではなく、AfDを取材し、その「躍進」の本質を見極めている点にある。 ・・・

 

 

 

2026年5月20日 (水)

政策研究フォーラム講演の案内

政策研究フォーラムの2026年度・第2回「政研・政策懇談会」として、外国人労働政策について講演をします。案内が出たので、こちらでもご案内。

2026年度・第2回「政研・政策懇談会」

日 時 2026年6月26日(金) 9:30~10:30

場 所 友愛会館9階

講 師 濱口 桂一郎 氏 ((独)労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)

テーマ 「外国人政策と日本的雇用慣行」

 

2026年5月17日 (日)

『日本労働法学会誌139号  労働者の健康とウェルビーイング』

Isbn9784589044921 『日本労働法学会誌139号  労働者の健康とウェルビーイング』(法律文化社)が届きました。

https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-04492-1

昨年11月に、明治大学の中野キャンパスで開催された第142回日本労働法学会の大シンポと個別報告、ワークショップを収録したものです。

https://www.rougaku.jp/contents-taikai/142taikai.html

大シンポは、女性陣による

  1. 大シンポジウム報告統一テーマ:労働者の健康とウェルビーイング~女性の特性に着目して
  2. 会場:5階ホール
  3. 司会:浅倉 むつ子(早稲田大学名誉教授)、橋本 陽子(学習院大学)
    報告:

    1. 所 浩代(福岡大学)「女性の健康上の特性と労働法制~近年の国際動向を踏まえて」
    2.    渋田 美羽(弘前大学)「月経サイクルと労働法~諸外国での新たな動きを参考に」
    3. 志水 深雪(明治大学)「女性の体調変化と雇用平等~更年期をめぐるイギリス法の動向を手がかりとして」
    4. 阿部 理香(九州国際大学)「リプロダクティブ・ヘルスに係る法政策~妊娠プロセスの包括支援とフランスの動向」
    5. 岡本 舞子(北九州市立大学)「女性の体調に関わる情報の共有と自己決定~ドイツ法を手がかりに」
    6. 早川 智津子(佐賀大学)「労働者のウェルビーイング向上と法的規律のあり方~女性の体調変化の観点から」

個別報告は

会場: 5階ホール

  • テーマ:「労働者に対するデジタル技術を活用した監視に関する規制の構築」
    報告者:劉子安(神戸大学)

会場: 311教室(3階)

  • テーマ:「年次有給休暇の付与をめぐる解釈論的検討―法解釈の現状と働き方の多様化による新たな課題―」
    報告者:平木 健太郎(沖縄大学)
会場: 304教室(3階)
  • テーマ:「フランスにおける職業訓練制度の再構築―職業訓練個人口座制度に見る個人主導の制度化と普遍性の追求―」報告者:岩堀 佳菜(労働政策研究・研修機構)

ワークショップは、

  1. ワークショップ 第1部
    会場: 5階ホール
    • テーマ:「間接差別規制と構造的不利益」
      司 会:黒岩 容子(弁護士)
      報告者:石田 信平(専修大学)、長谷川 聡(専修大学)
    会場: 311教室(3階)
    • テーマ:「障害者雇用率制度の法的課題」
      司 会:柳澤 武(名城大学)
      報告者:長谷川 珠子(岡山大学)、植木 淳(名城大学/非会員)
    • コメンテーター:池田 悠(北海道大学)
    会場: 304教室(3階)
    • テーマ:「芸能従事者に対する法的保護のあり方」
      司 会:鎌田 耕一(東洋大学)
      報告者:森崎 めぐみ(一般社団法人日本芸能従事者協会)、佐々木 達也(名古屋学院大学)、水島 郁子(大阪大学)

  2. ワークショップ 第2部
    会場: 5階ホール
    • テーマ:「シフト制労働をめぐる実態と法理」
      司 会:山本 陽大(労働政策研究・研修機構)
      報告者:山本 陽大(労働政策研究・研修機構)、篠原 信貴(駒澤大学)、渡邊 木綿子(労働政策研究・研修機構/非会員)、
    会場: 311教室(3階)
    • テーマ:「人権デューディリジェンス立法の比較法的考察~労働法の観点から~」
      司 会・企画趣旨:井川 志郎(中央大学)
      報告者:井川 志郎(中央大学)、崔碩桓(ソウル大学校/非会員)、西畑 佳奈(岩手大学)
    会場: 304教室(3階)
    • テーマ:「派遣労働者に対する直接雇用申込みみなし制度(労働者派遣法40条の6)をめぐる諸問題」司 会:沼田 雅之(法政大学)報告者:小鍛冶 広道(弁護士)、塩見 卓也(大阪公立大学・弁護士)

なお、ワークショップのシフト制では、JILPTでシフト制の調査を担当した渡邊木綿子さんがその調査結果を報告しておりますが、本書では2ページだけになっていますので、元の調査結果はこちらで読めます。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2023/documents/0227.pdf

 

2026年5月15日 (金)

田村伸子編『ジェンダー法と要件事実』

09697 田村伸子編『ジェンダー法と要件事実』(日本評論社)をお送りいただきました。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/9697.html

裁判実務で磨かれているジェンダー法の領域に、要件事実論がいかに寄与しているのか。「ジェンダー法と要件事実」の現在を探る。

本書は、昨年送っていただいた『労働法と要件事実』と同様、創価大学法科大学院要件事実教育研究所が昨年11月に開いた「ジェンダー法と要件事実講演会」の講演、コメント、質疑応答を収録したものです。

はしがき
ジェンダー法と要件事実・講演会 議事録
[講演1]池田弘乃
ジェンダー法と基本的権利
1 性と法
2 3つの訴訟の検討
3 少数者と権利
[講演2]寺原真希子
ジェンダー関連訴訟において主張立証活動を行ってきた立場から
第1 はじめに
第2 選択的夫婦別姓訴訟の概要
第3 「結婚の自由をすべての人に」訴訟(同性婚訴訟)の概要
第4 実際の主な主張立証活動
第5 立法目的の認定方法について
第6 立法事実の評価要素としての国民の意識/社会的承認について
第7 不利益性の重大性の認定・評価手法について
第8 司法の立ち位置について
[講演3]松田和樹
平等・性別・家族
──自由への制約や、異なる取り扱いへの正当化可能性をめぐって
今日の話の流れ
理論枠組みとしての平等主義的リベラリズム
性別割り当ての行方
婚姻・家族の行方
[コメント1]三浦徹也
[コメント2]吉良貴之
[質疑応答]
[閉会の挨拶]
要件事実論・事実認定論関連文献
要件事実論・事実認定論関連文献2025年版……永井洋士・山崎敏彦
Ⅰ 要件事実論
Ⅱ 事実認定論 

ここで大きく取り上げられている判例は、性同一性障害特例法違憲決定、「結婚の自由をすべての人に」訴訟、「セックスワークにも給付金を」訴訟です。

このうち最後のものについては、本ブログで何回もケチをつけてきたことはご存知の通りです。ただ、それは行政法上の「許可」と「届出」についての警察庁や裁判所の理解が全くひっくり返っているぞという話なので、ジェンダー法的観点からのものではなかったのですが。

許可制は健全で届出制は不健全?

・・・性風俗業がいかなるものであるかについてはここでは論じませんし、持続化給付金の対象にすべきかどうかもとりあえずここでの論点ではありません。

しかし、「本質的に不健全」であるがゆえに許可制ではなく届出制とするのだ、というこの政府が裁判所で論じたてているらしい論理というのは、どう考えてもひっくり返っているように思われます。

そもそも、行政法の教科書を引っ張り出すまでもなく、許可制というのは、一般的禁止を特定の相手方に対して解除するという行政行為です。なぜ一般的に禁止しているかといえば、それはほっとくと問題が発生する恐れがあるからであり、何か問題が起きたら許可の取り消しという形で対処するためなのではないでしょうか。

それに対して、届出制というのは一般的には禁止していないこと、つまりほっといても(許可制の事業に比べて)それほど問題は発生しないであろう事業について、でもやっぱり気になるから、念のために届出させて、何かあったら(届出受理の取り消しなとということは本来的にありえないけれども)これなりにちゃんと対応するようにしておこうという仕組みのはずです。

そして、労働法政策においても、たとえば有料職業紹介事業は許可制ですが、学校や公益法人等の無料職業紹介事業は届出制ですし、派遣も今は許可制に統一されましたが、かつては登録型派遣は許可制で、常用型派遣は届出制でした。これらはどう考えても、前者の方が問題を起こしやすく、いざというときに許可の取り消しができるように、後者はあんまり問題がないだろうから、届出でええやろ、という制度設計であったはずです。

それが常識だと思い込んでいたもんですから、このデリバリーヘルス運営会社の起こした持続化給付金訴訟において、政府が上述のような全くひっくり返った議論を展開しているらしいということを知って、正直仰天しています。

性風俗営業とコロナ給付金

・・・うわぁ、東京地裁の裁判官は、警察庁の言う「このような営業について、公の機関がその営業を営むことを禁止の解除という形での許可という形で公認することは不適当であると考えて、届出制にし・・・」云々というわけのわからない理屈を全くそっくりそのまま認めてしまっているよ。

この裁判官は、法学部で行政法の総論をきちんと勉強したことがあるのかな。そもそもここにあるように、許可制というのは「一般的禁止の解除」なんだが、性風俗でないダンスホールやパチンコ屋のような風俗営業はそんなに悪いものじゃないから一般的に禁止して簡単に許さないけれども、ソープやヘルスのような性風俗産業はそもそもけしからんものだから一般的に禁止しないで誰でも認めるという大前提に立つことになるんだが、日本国の全分野で整合的であるべき法理論としてそれでいいのかな。

許可制は健全で届出制は不健全?(再掲)

・・・大学の法学部で一通り行政法を勉強したはずの霞が関の役人だけではなく、日本国の法律のエキスパート中のエキスパートであるはずの最高裁判所の裁判官たちが揃いも揃って、

そして、本件特殊営業については、風営法において種々の規制がされているところ(第4章第1節第2款)、これは、本件特殊営業が上記の特徴を有することに鑑み、このような規制をしなければ、善良の風俗や清浄な風俗環境を保持し、少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止することができないと考えられたからにほかならない(同法1条参照)。また、風営法が本件特殊営業を届出制の対象としているのは(31条の2)、本件特殊営業については、その健全化を観念することができず、風俗営業(同法2条1項)に対するものと同様の許可制をとること、すなわち、一定の水準を要求して健全化を図ることを前提とした規律の下に置くことは適当でないと考えられたことによるものと解される。

などという訳の分からない屁理屈を並べて満足しているように見えるさまは、些か唖然とせざるをえません。

類似の事業を営む者に対して、一方には許可制をとり、他方には届出制をとるという立法政策を説明するにあたって、行政法には統一的な基準というものはかけらも存在せず、そのときそのときに勝手にやっているのだ、それでいいのだ、と嘯くならともかく、日本国の行政について一般的に通用する許可制と届出制についての共通判断基準というのがあるのであれば、それはここで最高裁が堂々と謳い上げたこの基準ということになるはずですが、それでいいのですかね。

そうすると、最高裁の法理からすると、有料職業紹介事業は「一定の水準を要求して健全化を図ることを前提とした規律の下に置く」ために許可制にしているけれども、学校や公益法人等の無料職業紹介事業は「その健全化を観念することができ」ないから届出制にしているんですかね。思わず、「なるほど!」と言ってしまいそうですが。

 

«山崎憲『ジョブ型の真実とAIと協働』