岩波書店と新卒採用問題

なにやら、岩波書店の新卒採用募集が話題になっているようで、労務屋さんも取り上げています。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20120203#p1

世間ではやや情緒的な取り上げ方が多いようですが、率直に言えば労務屋さんのこの指摘に尽きるでしょう。

>まあ従業員数200人の企業が若干名を採用するということなら十分ありうる話でしょう。

思うに、岩波書店(に限らず出版社一般に言えることかと思いますが)について、情報の非対称性が著しいということなのでしょう。

ふつうの業種で従業員規模200人の中小企業であれば、最近は崩れてきたとはいえ、かつてなら県立職業高校と密接な実績関係を持ち、そこの先生から間違いのない生徒を数人送り込んでもらうというのが一般的なやり方であったと思われます。

それくらい労働市場をセグメント化することで、労働供給側も労働需要側も、あまり無駄なコストをかけることなく、それぞれに応じた労働需要者、労働供給者を見つけることができていたわけで、そんな中小企業までみんなリクナビだのマイナビだのという膨大な大海に漕ぎ出さなければならなくなったら、そのコスト負担に悲鳴を上げてしまうでしょう。

実をいえば、近年の就活問題の深刻化は、猫も杓子も大学に進学するようになり、セグメント化された労働市場が縮小し、みんな大海に漕ぎ出さなければならなくなったことに一つの原因があるわけで、ある種の「実績関係」というのは、労働市場で決して強い立場にない中小企業やそこに就職する人々にとっては有用な仕組みでもあったわけです。

ただ、そこが情報の非対称性で、岩波書店(に限らず出版業界)というのは、規模では中小企業であるけれども、とりわけ大学生にとってはきわめて「有名」企業になってしまうんですね。だから、たった数人の募集に千人以上がドット押し寄せてくる。

トヨタから見れば、子会社ですらなく、孫請けくらいの規模でしょうが、著名度ではトヨタと並ぶ。「有名」企業だと思って、猫も杓子も応募してこられた日には、タダでさえ足りない従業員を対応に割かねばならず、仕事にならない、というのは、いかにもありそうなことではあります。

世間を見ていると、こういう醒めた労働市場的な眼で論じているのは労務屋さんくらいで、皆さんそれぞれに岩波書店に思い入れがあるんだなあ、ということがよく分かりました。

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事実に反する誹謗中傷がされているようです

ツイッター上で、「k049118(元官僚R.S.)」なる人物により、以下のような事実に反する誹謗中傷が行われているようです。

この記述の限りでは、誰が誰に対して何を言ったのかは分かりませんが、少なくとも私の名前を出して事実無根の誹謗中傷を行っていると認められますので、このままそれが取り消されないのであれば、法律上の措置をとる用意があります。

これは池田信夫氏が良くやるような、言ってる中身がどうこうと言うことではありません。わたくしが「地下猫」なる名前でこの「k049118(元官僚R.S.)」氏に対して何かを述べたという事実そのものが、全く事実無根であるということです。

そもそも、わたくしはいつも、「濱口桂一郎」という名前とその属性を明らかにした上で発言しています。わたくしが匿名で何事か批判したかのように述べること自体、許し難い誹謗中傷と言わなければなりません。

その上で、中身についても私に対する誹謗中傷がありますので、適切な措置をとりたいと思いますが、まずは、「地下猫」なる者がわたくしであるという事実無根の風評を流したことについて、明確な謝罪を求めます。

http://twitter.com/#!/k049118/status/165273452880723968

>先日、私に対して、罵詈雑言・誹謗中傷ツィートを送り続け嫌がらせをした「地下猫」なる奴は濱口桂一郎なる労働省出身の研究者であることが判明した。この男は、東大教養学部卒の後、東大法学部に学士入学、そして三流官庁の労働省に拾ってもらったそうである。

なお、読者の中に、この「k049118(元官僚R.S.)」なる人物が誰であるか、情報を提供していただける方がいれば、コメントでもメールでも結構ですので、お知らせ下さい。

(追記)

さる「中の方」から「非公開で」ということで、この、「k049118(元官僚R.S.)」と称する人物が自らを「総務庁出身の」「元官僚です」というのは「偽装」ではないかとのコメントいただきました。該当しそうな人はいないと。

その可能性は高いように思われますが、そうすると下劣な闇討ちヤクザのたぐいなので、正体を突き止めるのは困難ですね。

ちなみに、「地下猫」氏のツイッタで引用されていたわたくしの論文は、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/chihoukoumuin.html

総務省自治行政局公務員部公務員課の依頼に基づき、同課編集の『地方公務員月報』に掲載され、同省の公務員関係部局や地方自治体の人事担当者にはほとんど配布されているはずなので、それを読んでこういう誹謗中傷を行う人物が、「総務庁出身の」「元官僚です」というのは、かなり疑わしいなとは思いました。

「元官僚」という自称を、一瞬でも信じかけて、まともに反応しようとしてしまったわたくしが愚かであったということかも知れませんね。

いずれにしても、ネット上は偽装でいっぱいのようです。

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高校野球部監督の労働時間性

も一つ、こちらは山梨の高校の野球部監督の過労死事案ですが、

http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20120201ddlk19040124000c.html

>06年3月にくも膜下出血で急死した県立白根高教諭の山形功さん(当時40歳)が公務災害と認定されなかったことを不服として妻真弓さん(40)が地方公務員災害補償基金に不認定の取り消しを求めた訴訟の判決が31日、甲府地裁であり、林正宏裁判長は請求を棄却した。訴状によると、山形さんは公民科を担当し、生活指導副主任や野球部監督も務めていた。死亡前6カ月間の平均時間外労働は週29時間34分に及び、休日は年末年始を除き年7日間だったとされる。

 判決は、野球部監督としての時間外労働について「高校が了承した部活動の時間を超える時間は、勤務時間と評価できない」とし、時間外勤務を月平均最大で77時間53分と認定。過労死の危険が高くなるとされる80時間以下とした。また、死亡前4カ月間は野球のオフシーズンで指導上の負担も軽く、「発症と公務に因果関係は認められない」とした。

 判決後、真弓さんは取材に「教師として野球部監督としての過重性を認めてもらえると思っていた。判決は残念で納得できない」と控訴する姿勢を示した。元同僚の手塚正彦さん(58)は「クラブ活動を熱心に指導されている先生たちのセーフティーネットを広めてほしい」と話した。

記事だけでは事案の中身がよく分からないので、野球部監督の仕事の過重性自体の判断はつけにくいところはありますが、

>高校が了承した部活動の時間を超える時間は、勤務時間と評価できない

というのは、一般民間労働関係における労働時間性の判断からするとかなり硬直的で、問題がありそうです。少なくとも、ふつうの民間企業なら

>会社が了承した残業時間を超える時間は勤務時間と評価できない

なんていう判断にはならないでしょう。

このあたり、教育の世界の特殊性が表れているのかも知れません。

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都労委:八王子市に団交応じるよう命令

まだ、都労委のサイトに命令がアップされていないので、事情がよく分からないのですが、

http://mainichi.jp/life/edu/news/20120203ddm041100224000c.html

>東京都八王子市が、夜間や休日に学校内を管理する「学校施設開放員」の労働組合の団体交渉に応じないのは不当労働行為にあたるとして、都労働委員会は2日、市に対して団交に応じることを求める救済命令を出した。申立人の弁護人は「自治体への命令は極めて異例。同じように契約形態の変更を考えている自治体への歯止めになる」と評価している。

 命令書によると、八王子市は休日や夜間に学校を警備する「学校管理員」制度を、10年度から「学校施設開放員」に変更。管理員は市の非常勤嘱託として固定給だったが、開放員は市と個人契約を結ぶため、時間給になるなど収入が減少したり労災保険への加入がなくなったりした。開放員は組合を作り、団体交渉を申し入れていた。市教委は「命令書の内容を精査して今後の対応を考える」と話している。

公共機関への派遣労働者の場合、派遣先責任がある限り労組法上の使用者となることは繰り返し述べてきましたが、この件では、公共機関の直接雇用であっても公務員ではなく民間の雇用契約となるということなのでしょうか。

上の記事だけでは何とも分からないところがありますが、公務労働法制の根本に関わる問題を提起しているようにも思われ、興味深いです。

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理系高学歴人材の人事労務管理

『大原社会問題研究所雑誌』1月号に、平尾智隆さんの「理系高学歴人材の人事労務管理――博士卒の処遇プレミアム」という論文が載っています。

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/639/639-05.pdf

学歴と就職率の関係を分野別に見ると、

Gakureki

文科系ははっきり、学部卒>修士卒>博士卒ですが、理科系は学部卒<修士卒>博士卒と、修士が一番良くて、博士は学部卒より良くない。

そこで、「理系高学歴人材(理系の博士課程修了者)の企業内での人事労務管理およびその処遇プレミアムを実証的に明らかにする」ことで、「人事労務管理の視点からこの問題の解決への示唆を探」ろうとする論文です。

結論のところだけ引用しておきますと、

>本研究で得られた知見をまとめると次のようになる。第1に,博士卒の初任給が勤続3年の修士卒の賃金よりも高い企業においては,その後の賃金上昇率も博士卒の方が高いことが有意に確認された。博士卒の賃金カーブの切片の高さが修士卒のそれよりも高い場合,傾きも急である。
第2に,博士卒の初任配属が専攻に近い場合,その後の賃金上昇率も博士卒の方が高いことが有意に確認できた。博士卒の採用は必ずしも多くないということはあるが,博士卒に専攻に近い仕事が配分されれば,OJTを通じて無駄なく生産性を高めることができ,その後に賃金上昇プレミアムが発生するということができる(14)。
第3に,しかし,初任配属と昇進の関係はなかった。博士卒の生産性の高まりの結果は,賃金上昇プレミアムとしては発生するが昇進プレミアムとしては発生しない可能性がある。それは,理系高学歴人材が企業内ではマネジメント層ではなく専門職として期待され,そのように処遇されているからと推測される

教育と労働の交錯する領域の中でも、いろんな意味で興味深いところです。

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労働政策フォーラム「経営資源としての労使コミュニケーション」配布資料がアップされました

去る1月24日に行われた労働政策フォーラム「経営資源としての労使コミュニケーション」の資料がJILPTのサイトにアップされました。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20120124/resume/index.htm

かなりの人気のため、申し込んだ時に既にしめきりになっていた方もおられるようですが、せめてこれら配付資料をご覧いただければ、と。

基調報告 我が国の労使関係の過去・現在・未来(2.9MB)
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員

研究報告 労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤(2.4MB)
呉 学殊 労働政策研究・研修機構主任研究員

事例報告 資生堂労働組合の取り組み~イキイキと活力ある職場づくり~(2.1MB)
赤塚 一 資生堂労働組合中央執行委員長

連結経営下、労組もグループ化へ~個別最適から全体最適へ~(753KB)
恩田 茂 ケンウッドグループユニオン中央執行委員長

好ましい企業風土づくりは、経営者の経営姿勢の確立から(1.3MB)
山田 茂 株式会社山田製作所代表取締役社長

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山口二郎氏の反省その2 参加や直接政は必ずしも民主主義を増進させないのか!?

雑誌『月刊マスコミ市民』2月号で、山口二郎氏が今さらのように「参加や直接政は必ずしも民主主義を増進させないのか!?」と語っています。

>大阪の動きを見ていて私たちが反省しなくてはいけないと思ったのは、参加とか直接政といった概念が、決して自動的に民主主義をもたらすわけではないということです。憎悪や怨念など人間の感情を基にした参加は、極めて破壊的な効果をもたらすことがあるのです。

立派な政治学者が今頃になってそんなことを言い出さないでよ!!といいたくなりますね。

実は、山口二郎氏と私は同年齢。同じ年に同じ大学に入り、同じような環境にいたはずですが、私がその時に当時の政治学の先生方から学んだのは、まさに歴史が教える大衆民主主義の恐ろしさであり、マスコミが悪くいう自民党のプロ政治のそれなりの合理性でした。

>今までは、自民党一党支配という大きな構造や霞ヶ関の官僚支配といった強固な枠組みがありましたので、これを崩すためにはローカルな参加や直接政が有効であると考えてきました。しかし私は、それらが必ずしも民主主義の増進に寄与するわけではないことを痛感しました。

今ごろ痛感しないでよ!と言いたいところですが、山口氏の同業者には未だに痛感していない、どころかますます熱中している方もおられるようなので、それ以上言いませんが。

ついでに言うと、政治学者と同じぐらい罪深いのは政治思想学者じゃないかと思ってます。「熟議」とかなんとか、横のものを縦にしただけの薄っぺらな議論をやってると、その言葉をポピュリストにうまいこと流用されるだけ。

大向こう受けだけを狙った朝まで生テレビ的超浅薄な議論が「熟議」にされちゃって、あんた等がさんざん悪く言っていたその分野に精通した自民党プロ政治家の利害関係者の利害得失をとことん突き詰めた「熟議」は、利益政治の名の下にゴミ箱に放り込まれてしまっていますよ。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_46a5.html(山口二郎氏の反省)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c012.html(山口二郎氏と竹中平蔵氏の対談)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-54bc.html(政治とは悪さ加減の選択)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-c357.html(こりゃだめだ)

(一応念のため)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-28b3.html(「熟議」は「維新」)

>まあ、下世話な話といえばそうかも知れませんが、向こう三軒両隣にちらちらするフツーの人々は、むつかしげな政治思想の本なんかそうそう読むわけではありませんから、「熟議」とかいう新しげな言葉は、橋下さんちの「維新の会」みたいなやり方のことをいうんだろうなぁ、とたぶん何の違和感もなく思うんだと思いますよ。

>>大阪府の橋下徹知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が府と大阪市の再編に向けて7月以降、市民参加型の公開討論会「熟議(じゅくぎ)会」を府内数カ所で開催することが7日、分かった。・・・維新は今秋にもダブル選が予想される知事選と市長選を視野に、熟議会を「大阪都構想」実現に向けて市民を巻き込む新戦略にしたい意向だ。

>なるほど、「熟議」ってのは、守旧派の既成政党がぐだぐだ言って動かないのをむりやり動かすために、なにやら「市民」さまを持ち出して言うこと聞かせることなんだなぁ、と、ここ十年ばかりの物事を見てきたフツーの人々は思うのでしょうね。名古屋方面でも、そんな感じだったようだし。

>>熟議会は維新にとってはこうした手詰まり感を打開する一手ともいえ、「これまでのタウンミーティングの進化形」(幹部)と話し、市民側の議論の活発化を狙っているとみられる

>いやぁ、「市民側の議論の活発化」ですか。まさに、「市民」主義の皆様方がここ十年ばかり目指してきた路線ではありませんか。涙がこぼれるくらい素晴らしいです。これぞ「市民維新」でしょうか。

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読書メーターでの拙著短評

読書メーターで、拙著『日本の雇用と労働法』への短評が連投されました。

http://book.akahoshitakuya.com/b/4532112486

ハンギ

ちょっと左派的なのかな、と感じたけど好著だと思うし、労作だろう。記述はどちらかというと繰り返しが多く、もうちょっとまとめたり説明が必要なところがあったように感じた。戦前といっても明治の解雇自由の時代から説かれており、紆余曲折をへて現在の制度になった経緯がそれなりに分かります。1969年から年功序列が見直されているということが、個人的には衝撃的でした。ジョブ型かメンバーシップ型の雇用どちらが大事かというと、簡単には結論できないが、それなりに公平感を醸成するには年功制は見直しもやむなしだと思う。

かつばやし

ゼミの輪読用文献。入門書ながら取り扱う領域は幅広く、日本の労働制度全体を俯瞰的に見る上で良書だ。新規学卒採用、退職・解雇、人事異動、教育訓練といった日本的雇用システムに特徴的な制度や、女性労働、非正規雇用、中小企業労働の変遷などを戦前までさかのぼり丁寧に解説している。「メンバーシップ契約」をキーワードに日本的雇用のほとんどが説明できることを改めて実感。変容しているといわれる日本的経営だが、その根本は今後も長く維持されていくだろう。東大の秋入学など教育機関の新たな試みは日本的経営を崩す起爆剤となりうるのか。

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本日の産経抄

本日の産経抄から:

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120201/trd12020103320001-n1.htm(2月1日 「年金生活」に入る団塊世代)

>・・・その「一年生」たちが昨年あたりから今度は「年金生活」に入りつつある。日本の人口が50年後には4千万人以上減るというショッキングな厚生労働省の推計が発表された中、年金などその社会保障の問題は深刻だ。人口的に突出しているだけで、何かと揶揄(やゆ)されることも多い。

>むろん団塊世代はいつも過酷な競争を強いられながら経済成長を支えてきた。「そろそろ年金でゆっくりしたい」という気持ちはわかる。一方で今、2・8人で高齢者1人を支えている若い人たちが「なぜ上の世代のために」と言いたくなるのも理解できる。

>だがそんな不毛な世代間論争をしているときではない。団塊世代はなるべく年金の世話にならない道を考えたい。社会もその長年の経験を生かす仕事の場を用意すべきだ。そうしない限り日本の明日はないと思う

全く同感です。

ちなみに、明日朝4時20分放送のNHK「視点・論点」でわたくしがお話しするのも、突き詰めればこの産経抄さんと同じ趣旨であります。

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個人の権利は、最終的に必ず衝突する

yellowbellさんの名言。

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/299899616928107319

個人の権利は、最終的に必ず衝突する。
個人の集合たる社会は、ゆえに個人の権利の調整機能を持つ必要がある。
社会を社会たらしむ不可欠の要素は権利の調整であると自覚する個人は、個人の権利の調整に対して優先を主張し、
個人を個人たらしむ不可欠の要素は権利そのものであると自覚する個人は、個人の権利の尊重に対して優先を主張する。
個人の存続という目指す方向は同じでも到達点の異なる両者は、社会において常に相対する。
そして、その常に相対する両者の存在が、社会の健全な成り立ちである。
その常に相対する両者の織り成す喧騒が、社会が健全に営まれている証である。
 
だから、僕は思う。
個人の権利の調整を優先すべしと言っても、個人の権利を尊重しなくてよいわけではない。
個人の権利の尊重を優先すべしと言っても、個人の権利の調整をしなくてよいわけではない。
個人の権利は最終的に必ず衝突する。ゆえに、そのどちらを選んでも、全くの正解などありえない。
主義ということばで他人を、あるいは自らを固定して、意固地であろうとしない者でありたい。
優先順位の異なる誰かと出会ったときは、そのもっと根源の目指すところに立ち戻って振舞う者でありたい。
これがなかなか、難しい。

付け加えるべきことは何もないので、そのまま読んで味わってください。

とりわけ、「個人の権利の調整を優先すべし」と言うあまり「個人の権利を尊重しな」い人々や、「個人の権利の尊重を優先すべし」と言うあまり「個人の権利の調整をしな」い人々に読んで欲しいのですが、まあ、そういう人に限って、こういう台詞は目に入らないものですが。

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國學院大學経済学部・労供研究会共催シンポジウム「労働組合による労働者供給事業の可能性-非正規労働問題の解決へ向けて-」

2月23日の夕方から開かれる國學院大學経済学部・労供研究会共催シンポジウム「労働組合による労働者供給事業の可能性-非正規労働問題の解決へ向けて-」の案内がアップされていますので、こちらでも宣伝しておきます。

http://www.kokugakuin.ac.jp/event/kouho0300233.html

日時2012年2月23日(木)16:00~20:30(休憩:17:30~18:30)
内容16:00~17:30
第1部 労供事業とは何か
 (1)報告:労供事業の実態 本田 一成 氏(國學院大學経済学部教授・労供研究会事務局長)
 (2)報告:労供事業をめぐる法的諸問題   武井 寛 氏(甲南大学法学部教授)

18:30~20:30
第2部  労働組合による労働者供給事業の可能性-非正規労働問題の解決へ向けて
 (1)基調報告 橋元 秀一  氏(國學院大學経済学部教授・労供研究会座長)
 (2)パネルディスカッション
    パネリスト
     伊藤 彰信 氏(労供関連労働組合協議会議長)
     山根木 晴久 氏(日本労働組合総連合会中央執行委員・総合組織局総合局長)
     濱口 桂一郎 氏(労働政策研究・研修機構統括研究員)
     橋元 秀一 氏(國學院大學経済学部教授・労供研究会座長)
会場國學院大學渋谷キャンパス 学術メディアセンター1階 常磐松ホール
参費無料(事前申し込み不要、当日会場にお越しください)

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他人の経験

賢者は他人の経験に学ぶとやら。

とはいえ、2世代、3世代前の過去は、なかなか他人の経験としても認識しにくいのでしょうか。

今はもう、誰も読まなくなったシュトルムタールの『ヨーロッパ労働運動』から、

>大不況が1929年に始まったとき、前述と同様な矛盾した事態が起こり、それは一層大きな重要性を有し、いっそう広範な結果をもたらしたのである。ヨーロッパの大手労働者団体は、不況を処理する政策を持っていなかった。まさに、労働組合のみが明確な方針を有していたのである。即ち、それは賃下げ反対、失業給付切り下げ反対ということであった。しかし、これは経済政策ではなく、労働者に対して、恐慌の結果をできるだけ緩和する一つの試みに過ぎなかったのである。労働者政党は、それ自身の経済政策を有していなかったので、自己の哲学と隣接していると伝統的に考えられた運動から政策を借りてこざるを得なかった。それは、イギリスでは急進主義、大陸では民主主義的自由主義であった。その原則とは、均衡予算、安定した兌換通貨制、自由貿易であった。労働者政党は、経済恐慌というものが好況時に行われた不確実な投資を清算する手段として必要であると確信していた。・・・

>以上の見解のいくつかは、労働運動の最近の経験から支持されていた。労働運動が均衡予算や安定通貨をいっそう良いと考えたことは、インフレの恐れで強化された。労働者政党は、インフレの悲惨な結果-低実質賃金、労働組合資金の破産、労働条件悪化への無抵抗-を最近になって認めたため、そういった社会的破滅を繰り返してはならないと決心していた。また、消費者の利益の擁護者としての労働者政党は、伝統的に保護関税に反対し、それを実質賃金の切り下げの試みと見なしていた。・・・

>このようにして、ヨーロッパ大国の労働運動は、自由放任経済政策の守護者となった。そして、労働運動は、自由放任と明らかに矛盾する労働組合の要求と、自由放任経済政策とを関連づけた。賃金は、有効需要の縮小が物価を下げた不況前の水準を維持できなかった。税収入が減少し、失業が増大するにつれて、もし失業給付が不変に保持されるならば、予算の均衡は図られないであろう。労働運動は、組合の圧力や自由放任の圧力のいずれかを受けて、依然として仮死状態であった。他方、その運動を取り巻いている世の中は、崩壊しつつあった。・・・・・・・

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ロナルド・ドゥオーキン『原理の問題』

0227860 ロナルド・ドゥオーキン『原理の問題』(岩波書店)を、編集を担当された伊藤耕太郎さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/6/0227860.html

>英米法思想・政治哲学界に絶大な影響を及ぼしているドゥオーキンの法理論のエッセンスを示す,「現代リベラリズムの古典」ともいうべき重要著作を訳出.法の解釈とはどのような営みであるか,法と政治とはどのような関係にあるか,リベラリズムの基礎にあるものは何か――.これらの問いをめぐって,独創的な議論が力強く展開される.

正直いうと、ここまで原理的に哲学的な議論を展開する分野は、あまり得意分野ではないこともあって、ロールズにせよ、ドゥオーキンにせよ、やや敬遠気味に過ごしてきたもので、あんまり正面からのコメントはできるだけの素養はないのですが、それにしても、とりわけ後半の応用問題的な部分は、いろんな意味で興味深く読めました。

第3部「リベラリズムと正義」における平等の問題は、訳書からは落とされている教育や職業訓練におけるアファーマティブアクションとの関係でも興味深いですし、特に第10章の「リベラルな国家は芸術を支援できるか」は、最近大阪方面で起こった問題なども思い浮かびます。

>・・・第2に、高尚なアプローチは傲慢なパターナリズムだと思われる。正統的なリベラリズムの主張するところでは、政府は公金の使用を正当化するためには、何らかの生き方が別の生き方よりも立派である、テレビのフットボール中継よりも壁に掛かったティツィアーノの絵を見る方が価値がある、といった想定に依拠すべきではない。おそらく後者の想定は正しいのだろうが、そのことは問題ではない。この判断に賛同する人々よりも反対する人々の方が多い。だから民主的であるはずの国家が、その徴税・警察権力の独占を用いて、少数派しか受け入れないような判断を強制するとしたら、それは不正であるに違いない。・・・

さあ、この問いにどう答えるのがいいと思いますか?

次の第4部は「法についての経済学的検討」で、ポズナー流の「法と経済学」に対する徹底した論駁です。ここは、じっくり読む必要がありますね。

最後の第5部は「われわれはポルノグラフィーへの権利を持つか?」というくせ球。

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毒がありすぎて・・・

旧拙著への短評ですが・・・、

http://twitter.com/#!/santa_MixCosy/status/164105860048629761

>hamachanの「新しい労働社会」を授業で使うのは毒がありすぎて難しいだろうなぁ。ゼミできちんとフォローしながらでないと、とんでもない勘違いが頻発しそうな予感。

はぁ、そんなに毒がありますかねぇ。

自分では大変素直な記述のつもりではあるんですが・・・。

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職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告

本日、職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告がとりまとめられたようです。

厚労省のサイトには「案」付きの資料がアップされていますが、これで報告になったということなのでしょう

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021gfm-att/2r98520000021gh3.pdf

内容は、1回前の資料の時に本ブログで取り上げていますので、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-cf6d.html(職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告(案))

>職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。

というパワハラの定義規定についての卑見も、そちらをご覧下さい。

なんにせよ、最後のパラグラフで引用されているある人事担当役員のこの言葉がとても大事です。

>全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう。

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花街を継ぐ「会社員芸妓」

産経の面白い記事。

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120125/biz12012507230003-n1.htm(花街を継ぐ「会社員芸妓」)

>今も各地に残る花街のなかで、古町の特徴は、若い芸妓さんたちが固定給で、賞与もあり、厚生年金にも加入する「会社員」であることだ。自宅通勤可。個室の社員寮もある。

 北前船でにぎわったこの地には、明治後期から昭和初期にかけ、400人ほどの芸妓さんがいたという。それが昭和51年に110人、今はわずか30人弱。世の中が変わり、芸妓さんのスポンサーとなる「旦那様」がいなくなり、置屋で芸妓を養成する力がなくなっていったのだ。

 伝統文化の衰退に危機感を持った地元の有力企業約80社が出資し、62年に“株式会社版置屋”となる「柳都(りゅうと)振興株式会社」(「柳都」はかつて市内の縦横に堀がめぐり、堀端に柳があったことに由来する新潟市の別称)を設立した。

20~30代の10人がここに所属している。一人前とされる「留袖さん」が3人、修業中の「振袖さん」が7人。夜遅くまでお座敷を務め、翌朝は唄や踊りのけいこに励むから拘束時間の長いハードな業務だ。新潟市の観光PR役も担い、国内外への出張もこなす。

 旧来の常識を打破したシステムが存続している理由の一つは、昔ながらの置屋に所属する「お姐(ねえ)さん」と呼ばれるベテラン芸妓さんたちが時代の変化を受け入れ、花柳界全体で若手を育てようという発想に立って、芸の伝承に協力を惜しまないからだという

労働者を労働者でなくする方向ばかりが話題になりますが、逆に一つの伝統的な職業を維持するために今まで労働者と見なされてこなかった人々を労働者として扱おうという方向性も、当然ながらあるわけです。

目先の利益だけでなく、一つの職業を将来にわたって持続可能なものとして維持していくためにはどういうことが必要なのか、ということをまじめに考えれば、当然出てくる選択肢なのでしょうね。

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最近の労働政策@『全国労保連』1月号

Kaihou1201s 全国労働保険事務組合連合会の機関誌『全国労保連』の2012年1月号に、昨年11月10日の全国労働保険適正加入促進会議における講演の記録の第1回目が載っています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/rouhoren1201.html

全4回の分載で、1回目は雇用保険制度関係。ちなみに2回目は求職者支援制度、3回目は高齢者対策、4回目は非正規関係です。

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雇用構築学研究所『NEWS LETTER』No.37

旧青森雇用・社会問題研究所時代から刊行されている『NEWS LETTER』、日本の北(青森)と南(鹿児島)を縦断して出るようになってからはや数年、石橋はるか編集長から「ブログで取りあげて」というメッセージつきで、37号が送られてきました。

今号の興味深い論考は、岡本祐二さんの「派遣労働の縮小は若年雇用にいかなる影響を与えたか?」。岡本さんは都立大の修士で社会学をやった後現在は“大手人材派遣会社勤務”ですが、理論派と実務派の複眼性の感じられる文章が、わたくしにはとても好感が持てます。

>・・・日本型雇用システムの再編を考える場合、それが社会保障制度や人々のライフモデルの転換とも密接に関連する問題であるがゆえに、現実の課題を見据えつつも、既存のリソースをベースにして、如何に漸進的な改良を進められるかという着実な思考が求められる。その際、「正社員」の既得権益を切り崩し、職務給制度(同一労働同一賃金)を一斉に移行すれば事足りるというような「急進的」な思考も、非正規雇用を「正社員」並みに保護すれば皆ハッピーになると考える「保守的」な思考も、トータルな社会像とそこに至るまでのステップを欠いているがゆえに、結果的に(その利益に預かるそうとそうでない層との間で)労働者を分断してしまう可能性が高い。それゆえ、新たな日本型雇用システムは、その再編の過程において、綻びを見せつつある旧来の雇用システムからこぼれ落ちた人々をキャッチし、再び段階的に掬い上げていくような柔軟な仕組みが必要とされるだろう。その時労働者派遣制度は、日本の労働市場の中で新たな重要な役割を果たすはずである。

1087_9 ちなみに、岡本さんは『どこか〈問題化〉される若者たち』という本で「第4章 若者労働の現在」という一章を書いています。

http://www.kouseisha.com/05_sociology/1087_9.html

ほかに、興味深い文章としては、黒川恵理菜さんの「更生する元非行少年少女たちへの就労支援」があります。鹿児島の若駒学園という児童支援施設を調査してまとめたものですが、労働系の人の目からこぼれ落ちがちな対象だけに貴重です。

>実際に若駒学園を訪ね、同園の生徒にもあったがとても非行に常習性があったとは思えず、普通の子だという印象を強く受けた。視点を変えれば彼らは環境次第で変わることのできる柔軟性を持ち合わせているとも感じた。近年の不況のために企業は雇用に対して消極的な姿勢をとっており、受け口が少ないのが現実である。この就労支援というプログラムに共感し、協力してくれる事業主がさらに必要である。「歯車は全て噛み合わないとうまく回らない。一つでも欠けるとすぐに壊れてしまう」と大塚さん。・・

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「身を切る姿勢」は泥沼の道@dongfang99

下の欧州労連のようなまっとうな主張と極めて対照的なのが、なぜか極東亡国で繰り返される「増税の前に身を切る姿勢を」という(主観的には善意に敷き詰められた)地獄への道の言葉でしょう。

繰り返し引用するdongfang99さんの日記から:

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20120126「身を切る姿勢」は泥沼の道

>それに、もし増税が社会保障制度の機能強化を目的としているなら、税負担を政治指導者の「身を切る姿勢」との関係で語ることは、その目的を妨げるものでしかない。そもそも、国会議員や官僚やギリギリまで身を削って追い込まれた状態を前提として、はじめて国民が税負担に応じることができるという論理は、今の日本においては増税というのもが、国民全員が国の厳しい財政状況を真摯に受け止めて耐えて我慢することと、ほとんど同義になっていることを示すものである。そうでなければ、国会議員や官僚に対して「増税の前に身を切る姿勢」などを要求する意味がわからない。

 このように、自らの生活や人生をよりよくするための、政府に社会的な支援やサービスを要求するための根拠としての税負担ではなく、「財政危機」の中でみんなが我慢しているのだから「わがまま」は言えない、というネガティヴな同調圧力のなかで行われる税負担は、再分配・社会保障の機能強化へと道筋をつけるものとは決してならない。むしろそれは、増税が社会保障費の抑制(高齢層向け支出を除く)と同時に進行するような方向に向かわせ、貧困者の生活を直撃し、経済に深刻な打撃を与えてしまうような、そういう最悪な形での増税策になってしまう危険性がある。

人に「身を切る姿勢」を要求するということは、それがブーメランのように自分に返ってきて自分の「身を切られる」という当然の摂理が分かっていない人々がそれだけ多いのでしょうか。

自分だけは身を切られないとでも思いこんでいるのか、自分には人から切れと言われるような「身」がないとでも思っているのか。

たぶん、人からは切れる「身」がたっぷりついているような人ほど、なぜか主観的には自分には切られる「身」がないと信じ込んで、人の「身を切る」ことばかりに専念できるのでしょうね。

そういうブーメラン現象を繰り返して20年、そうやって「身を切られ」た人々が、自分の行為を反省するどころか、切られるはずのない自分の「身を切られ」たことに逆上して、ますます人の「身を切る」ことに夢中になるという素晴らしき循環を作り出しているような気もします。

まあ、突き詰めれば、これも本ブログで繰り返してきたことですが、

>やはり問題は、生活・経済上の利害関心や政策理念による政治の争点化が進まず、むしろ「改革へのやる気」「リーダーシップ」「既得権からの脱却」といった、抽象的な精神論が政治の対立軸になってしまったことに求める必要がある。有権者が経済利害や政策理念で支持すべき政治家や政党が決められなくなっているという状況が、政治家や官僚の指導力や道徳性の問題を必要以上に前面化させ、「増税の前に身を切る姿勢を」という世論を生み出しているわけである。

というところに行き当たるわけでしょうが。

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欧州労連の宣言

欧州理事会を前にして、欧州労連(ETUC)が新条約案に対する宣言を発表しています。

本ブログでいつも言っていることですが、ヨーロッパの左派や労働運動は、極東の清貧サヨクと違って、まことに労働者の立場からまっとうなことを主張しています。そのまっとうぶりを良く味わってください。

http://www.etuc.org/a/9591

>1) In the absence of sustainable investments for growth, austerity measures will not lead to the solution of the Euro crisis and to employment; they will not either reassure financial markets.

持続可能な成長への投資なくして、緊縮政策はユーロ危機や雇用に解決をもたらさず、金融市場をも安心させないだろう。

2) Casting in national constitutions or legislation a strict adherence to public deficit rules will only exacerbate the current crisis.

各国の憲法や立法に公的債務ルールの厳格な遵守を書き込むことは、今日の危機を悪化させるだけである。

3) Returning to balanced public accounts requires a long term approach including fair taxation policies, a financial transaction tax, combating tax fraud and tax evasion, a partial pooling of the debt, adequate intervention of the ECB, and strong control over the financial sector.

公的財政に均衡を回復することには、公正な租税政策、金融取引課税、税金逃れとの戦い、債務の部分的プーリング、欧州中銀の十分な介入、金融業界への強力なコントロールを含む長期的なアプローチが必要である。

4) The need for economic governance is being used as a means of restricting negotiating mechanisms and results, attacking industrial relations systems and put downward pressure on collectively agreed wage levels; to weaken social protection and the right to strike and privatise public services. The ETUC actively resists these attacks, which, cumulated over the years, will dismantle a social model which is unique in the world.  The wrong and socially harmful German initiatives such as Agenda 2010 or increasing the retirement age should not be imposed on other European countries.

経済的ガバナンスの必要性は、交渉メカニズムやその結果を制約し、労使関係システムを攻撃し、断定交渉による賃金水準を引き下げ、社会保障を弱体化し、公的サービスを民営化しようとする手段として用いられている。欧州労連は、数年蓄積すれば世界に冠たる社会モデルを崩壊させるようなかかる攻撃に積極的に抵抗する。・・・

5) European integration, if it is to succeed, must be a positive project bringing social progress and more and better jobs. This is why the ETUC reiterates its demand that a social protocol should be integrated into the European Treaties.

欧州統合は、成功するためには、社会進歩とより多くのよりよい雇用をもたらす積極的なプロジェクトでなければならない。それ故に欧州労連は、欧州条約に社会条項を書き込むべきとの主張を繰り返す。

The new Treaty is only stipulating more of the same: austerity and budgetary discipline. It will force member states to pursue damaging pro-cyclical fiscal policies, giving absolute priority to rigid economic rules at a time when most economies are still weak and unemployment intolerably high. It will bring downwards pressure on wages and working conditions, surveillance and sanctions. Governments failing to comply with the fiscal compact will be brought to the European Court of Justice, which may impose sanctions.

新条約は同じことをまたもや規定しようとしているだけだ:緊縮と財政規律。それは加盟国に経済を悪化させる循環増幅的な財政政策を追及させ、多くの経済がなお弱く失業が許し難いほど高い時期において厳格な経済ルールに絶対的な優先順位を与える。それは賃金と労働条件に下方への圧力をもたらす。財政協定を遵守できなかった政府は欧州司法裁判所に持ち出され、制裁を科せられる。

・・・・・

というわけで、ヨーロッパの政治状況は、少なくとも極東のぐちゃぐちゃぶりに比べれば、分かりやすいという点において、一日の長があると言えます。

なにしろ、極東亡国では、マクロシバキ派とミクロシバキ派がケンカしているだけですから・・・。

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そうだよな?そうだと言ってくれ (;´Д`)

「ano_ano_ano」さんのつぶやきから:

http://twitter.com/#!/ano_ano_ano/status/162972544088031232

>朝生みたいな討論番組を見るといつも思うのが、こうした何の役にも立たない不毛な議論とは別のところにテレビには出ない地味な専門家がいて、考え、計画を立て、実行に移してくれているに違いないということ。そうだよな?そうだと言ってくれ (;´Д`)

そうです。少なくとも、

「テレビには出ない地味な専門家がいて、考え、計画を立て、実行に移」そうとしていることは確かです。

でもねえ、やたらにテレビに出てきて「こうした何の役にも立たない不毛な議論」を撒き散らしている手合いと、そういうのに熱狂する人々が優勢で、大衆民主主義というのは、そっちの方が偉いという社会なんですよね。

(という私も今度テレビ(2月1日のNHK「視点・論点」)に出るので、これはブーメランですが(笑))

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自分とは関係のない「国」が悪い・・・

「猪飼周平の細々と間違いを直すブログ」に、「原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理」という大変長い文章が載っています。

http://ikai-hosoboso.blogspot.com/2012/01/10.html

猪飼さんが「昨年7月以来細々と関わってきた原発震災に対する支援活動に関して自分なりに現状を整理しようとしたもの」で、大変興味深い指摘がたくさんあるのですが、その中で、より一般的な、というか、今日の政治の根っこにある課題に関わる重要な指摘があります。

>私の理解では、問題は2点である。1つは、国民が総じて福島の人びとの被曝に対して冷淡であるということである。財源が調達できないということは、結局のところ福島の人びとに対して十分な税金が投入されるということについて、国民的合意ができないということである。原発震災の責任が国にあるということは、国民全体が責任を負うということに他ならない。だが、このような意識は日本人には総じて希薄であり、自分とは関係のない「国」が悪いと思っているようにみえる。除染の責任を取るのも、自分ではない「国」であって、自分は関係ないと思っているようにみえる。そして、このような国民の態度は、結局のところ国が除染のための財源を確保することを不可能にしてしまう。

もう1つの問題は、現在の民主党政権に、福島の人びとに冷淡な態度を取る国民に責任を取ることを呼びかけるだけのリーダーシップが欠けているということである。国の取るべき立場は2正面的なものである。一方では、原発震災の責任者として福島の人びとに対して謝罪し、償いを約束しなければならないが、他方では、その究極的責任が国民にあるということを国民に納得させなければならない。残念ながら、そのような芸当をすることは非常に難しいことであるように思われる。

考えてみれば、現下の課題の税と社会保障の問題にしても、突き詰めれば、「自分とは関係のない「国」が悪い」という国民の意識を正すどころか、むしろそれを煽り立ててきた無責任な政治言説の行き着くところの果てであるように思われます。

「自分とは関係のない「国」が悪い」と煽り立ててきた張本人が、いざ自分自身がその「国」の立場に立ってしまって、「責任が国にあるということは、国民全体が責任を負うということに他ならない」という、本来ごくごくまっとうなことを言い出したら、今度は攻守ところを代えて、新たな無責任勢力から「自分とは関係のない「国」が悪い」と攻撃されて言葉を失っている姿・・・。

さて、この永遠回帰の無間地獄からどうやって抜け出しますかね・・・。

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中町誠編『裁判例にみる 企業のセクハラ・パワハラ対応の手引』

41ulttk2yll__sl500_aa300_中町誠・中井智子編『裁判例にみる 企業のセクハラ・パワハラ対応の手引』(新日本法規)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.sn-hoki.co.jp/shop/product/book/detail_50766_5_0.html?hb=1

執筆は中町さんを中心とする若手の弁護士の方々です。

細かい目次が版元のHPに載っているので、以下それをコピペしますが、

■第1章 セクシャルハラスメント

第1 総 論
第2 セクシャルハラスメントに対する会社の調査
1 会社の調査体制
○病院に勤務する女性看護師らが、上司である男性看護師からセクハラを受けたとして、同病院の経営者に対応を求めた事案において、病院の職場環境配慮義務違反が認められた事例
○被告会社の研修期間中、指定された宿泊先で女性従業員が被告会社店長から、胸を触られるなどのセクハラを受けた事案において、被告会社につき、使用者責任は認めたが、就業環境に配慮し公平な立場で苦情を処理すべき義務に違反したとは認められないとした事例
○女性従業員が男性従業員から性的言動、接触行為を受けたセクハラについて、会社がセクハラ防止のための適切な措置を講じていればセクハラは生じなかったとして、会社に不法行為責任が認められた事例
2 会社の調査方法
○セクハラ行為を受けていることを相談した上司から強制わいせつ行為を受けたとして上司の不法行為を認定した事例
○セクハラの被害者である市の女性職員からの被害相談に対するセクハラ相談窓口の担当課長の対応について、違法があったとして、市に対する国家賠償請求が認められた事例
○セクハラ申立てに対する使用者の対応が二次セクハラには該当しないとされた事例
○会社が従業員のセクハラに関する相談を受けて実施した調査に関する事情聴取書、本社への調査報告書その他の調査資料は、専ら会社の内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていないとして、会社の文書提出義務を否定した事例
○セクハラの存否が不明であるため、セクハラがあったと認められず、したがって、セクハラに対する是正措置を講じなかったことについての慰謝料の請求は理由がないとされた事例

第3 セクシャルハラスメントの認定方法
1 肯定事例
(1) 事実関係に問題がある事例
○女性従業員(セクハラ被害者)の供述が迫真性にとみ、具体的であることからその信用性が認められ、他方で、セクハラ加害者である会社会長の供述の信用性が否定された事例
○1 記載内容が具体的かつ詳細であったことを理由として、被害者がセクハラ行為について書き留めておいたノート、メモ、便箋の記載内容の信用性が認められた事例
○2 口頭弁論終結期日になって供述内容が変遷した陳述書の信用性が否定された事例
(2) 評価に問題がある事例
○性関係が継続した場合であっても、被害者の合意の存在が否定された事例
○セクハラ行為に対して、抵抗したり、抗議したりしないことは被害者の行動として不自然ではないと判断された事例
○身体的接触はなくとも、性的な発言が、被害者の人格権を侵害し、違法であると認められた事例
○被害者本人の供述に加え、外形的事実を考慮して、被害者の合意があったとはいえないと判断された事例
○軽微と思われる個々の行為が、積み重なって全体として不法行為に該当するとされた事例
○上司の部下に対する性的な内容を含む誹謗中傷する発言が、部下の名誉感情、人格権を侵害し、違法であると認められた事例
○上司が部下に対して性的目的を有さず、肉体的接触を行ったとしても、不法行為に該当するとされた事例
○大学助教授と非常勤講師との性交渉が、非常勤講師の意に沿わないものとは認められたものの、強姦とまでは認められなかった事例
○上司の部下に対する各発言が、部下の性的な行動を非難したものであり、受忍限度を超えた違法なものであるとされた事例
2 否定事例
(1) 事実関係に問題がある事例
○休日出勤の際のセクハラの申告に対し、申告者が当日タイムカードを打刻しておらず、出勤の事実が認められないなどとしてセクハラの存在を否認し、セクハラ行為の主張が被申告者の名誉感情を害したとして、慰謝料の支払が命じられた事例
○会社代表者によるセクハラに関する申告は、従業員が代表者に対し好意を示していたことからすると不自然であり、上司によるセクハラ発言に対する申告も、発言がなされたとする状況の当事者の位置関係や時間経過に照らし当該発言がなされたとは考えにくい、といずれも否定した事例
○同僚によるセクハラの主張について、申告者が行為者とされる従業員を疎ましく思い、辞めさせようとしていたことが明らかな状況で、行為後約半年以上してから被害を申告したのは納得し難いなどの理由で、セクハラの存在を否定した事例
○セクハラの被害を記録した日記は信用できないとして、セクハラを否定した事例
○宿泊施設で開催された小学校の謝恩会に出席した校長が、宿泊客にセクハラを行ったとの主張について、セクハラ及び使用者責任を否定した事例
○セクハラ訴訟で勝訴した被告が、セクハラ訴訟の原告に、虚偽の訴えの提起による損害の賠償を請求し、請求の一部の支払が命じられた事例
○セクハラの申告内容の具体性などから意図的な捏造とは考えにくいが、容易には信用し難いとセクハラの事実を否定した事例
(2) 評価に問題がある事例
○宴席への参加の誘いは強引であったが、セクハラとはいえないとした事例
○会社代表者の酒席の言動がセクハラに該当しないとした事例
○男性が独身と偽って交際をしたことは非難すべきだが、セクハラではなく、女性がセクハラに基づく損害賠償を求める文書を使用者に送ったのは、名誉棄損であるとした事例
○勤務先代表者は性的関係を結ぶに当たり職務上の地位を利用しておらず、原告の性的自己決定権の侵害はないとした事例
○妻が夫の不倫相手に慰謝料を請求したところ、不倫相手がセクハラによる自由意思に基づかない関係であるため責任はないと争ったが、セクハラではなく慰謝料を支払う義務があるとした事例
○上司による好意を示すメールの送付や食事同伴を条件とする経済的支援は外形的にはセクハラであっても、経済的支援を得ることを優先して応じていたため、違法性を否定した事例
○セクハラは認められたが、謝罪して宥恕され、人事異動処分を受けた後に、被害者がセクハラを理由として損害賠償を請求したが、認められなかった事例

第4 セクシャルハラスメントに対する会社の措置
1 懲 戒
(1) 否定事例
○セクハラ行為の態様も考慮の上、これまで特段の懲戒処分を行っていないにもかかわらず、突如として行った減給処分が、裁量を逸脱したものであるとして処分の取消しが認められた事例
○普段からセクハラ言動はあったものの、特段の指導や注意を行っていなかった従業員に対し、社員旅行の宴会席上でのセクハラ行為を契機として行った懲戒解雇処分が権利濫用として無効とされた事例
○セクハラ行為の相手方、発言内容、時期等が特定されておらず、加害者に対し弁明・防御の機会が付与されていたとはいえないとして、懲戒免職処分が認められなかった事例
(2) 肯定事例
○部下の女性従業員らに対するセクハラを理由としてなされた普通解雇が有効とされた事例
○セクハラ行為を行った管理職に対する懲戒解雇について、一応の弁明の機会も付与されており有効と判断された事例
○セクハラを理由とする訓告処分が適法と認められた事例
○セクハラ行為等を理由とする諭旨解雇が適法とされた事例
○セクハラ行為の有無を確かめるための面談において行われた退職勧奨が違法とはいえないとされた事例
2 配 転
○セクハラの被害を受けたと主張する者に対する配転命令が有効とされた事例
3 解 雇
○セクハラ被害を受けたとの主張をした従業員に対し、主張を根拠付ける事実はなく、かえって職場の和を乱したとしてなされた普通解雇が相当と認められた事例
4 会社措置のミス
○セクハラについて当事者から事情聴取を行わないなど十分な調査を行わず、職場環境を調整すべき義務を怠り、適切な措置をとらなかったとして損害賠償責任が認められた事例
○セクハラ行為と自主退職の間に因果関係が認められ使用者の損害賠償責任が認められた事例
○セクハラ被害者である従業員に対し降格処分を行い、最終的に退職にまで追い込んだことについて、会社の責任が認められた事例
○財団法人の総務部長が、常務理事のパワハラ・セクハラ的言動を告発する報告書を理事長に提出したことなどを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例
○セクハラ被害を受けた女性に対する上司の事後の対応が違法であるとして損害賠償責任が認められた事例

第5 セクシャルハラスメントに伴う会社が負う責任
1 責任の主体
○親会社から子会社へ出向している従業員のセクハラにつき、出向先の使用者責任は認めたが、出向元の使用者責任は否定した事例
○派遣従業員に対する派遣先会社の従業員によるセクハラにつき職場環境配慮義務違反は否定したが、解雇は不当だとして、派遣元会社の不法行為を一部認めた事例
○会社の代表者の作為義務違反につき会社法350条により会社の責任が認められた事例
2 事業性の問題
○終業後、職場外の飲み会の二次会における上司の部下に対するわいせつ行為に業務執行性を認めた事例
○外国法人の東京支店の支店長が、支店に勤務する女性従業員に対し、終業後、自宅に呼び寄せ強姦した行為等につき、外国法人に使用者責任が認められた事例
○勤務日以外に勤務先で仕事をしていた部下を上司が会長室に呼び出し行った性的行為、勤務時間終了後に仕事をしていた部下を上司が職場の応接室に呼び出して行った性的行為の事業執行性を認めたが、上司が部下の自宅へ夕食を取りに行った際の性的行為については事業執行性を否定した事例
○三次会からの帰る際のタクシー内で行われた上司の部下に対するセクハラ行為につき使用者責任の成立を認めた事例
○上司が部下に対し、勤務時間後に定期的に開催されていた食事会等で行ったセクハラ行為につき事業執行性が認められるとした事例
3 責任の増大
(1) 過失相殺
○被害者において性交渉を求めていると誤解するような言動があった場合に過失相殺を認めた事例
(2) 素因減額
○もともと内向的で神経過敏な気質を有していることや、セクハラ行為を受けた以降にストレスを生ずる様々な要因が重なったことから、セクハラ行為によるうつ病の発症につき民法722条2項の類推適用が認められた事例
(3) 因果関係
○継続したセクハラ行為及びこれに対する会社の対応との間に相当因果関係が認められた事例
○各セクハラ行為につき基本的には不法行為の成立を認めたものの、うつ病を罹患し、退職を余儀なくされたこととの間の因果関係を否定した事例
○比較的軽微なセクハラ行為と退職に至ったこととの間に相当因果関係が認められないとした事例
4 免責の有無
○上司らの宴席でのセクハラ行為につき、使用者の事後対応から配慮義務違反がないとされた事例


■第2章 パワーハラスメント・モラルハラスメント

第1 総 論
第2 パワーハラスメント・モラルハラスメントの原因
1 上司の立場を利用した問題行動・問題発言
○他の従業員の面前で、名指しで元上司の横領事件に関与した旨発言された行為について、不法行為が成立するとされた事例
○勤務時間外に庁舎外でなされたビラ配布活動に対する、管理職らの中止命令や侮辱的言辞などが問題となった事案について、不相当な態様での注意・指導の違法性が阻却されるものではないとして、国に対して損害賠償を命じた原審を維持した事例
○長時間の過重労働によりうつ病に罹患し自殺したとして、会社に対し安全配慮義務違反に基づいて請求した損害賠償請求が棄却された事例
○上司からいじめや退職強要を受けた上、理由無く退職させられたこと、及び不要な商品を売りつけられたことなどを理由とする、会社や上司に対する不法行為に基づく損害賠償請求が認められた事例
○長時間労働に従事していた従業員が、就業後に上司らと飲食した後、交通事故で死亡した件について、会社は交通事故には責任はないが、違法な時間外労働及び上司によるパワハラについては安全配慮義務に違反し、不法行為が成立するとされた事例
○契約社員であった原告が、業務について満足な指導を受けることができていないことを知り得る状況にありながら、部長らが会議の席上で厳しく仕事ぶりを揶揄するなどしたことは不法行為を構成し、被告会社には、従業員が業務について十分な指導を受けた上で就労できるよう職場環境を保つ労働契約上の付随義務違反が認められるなどとした判断した事例
○C型慢性肝炎に罹患して長期治療を継続していた従業員に対し、転勤後の職場の上司が、転勤直後の入院治療を非難したり、長期のインターフェロン治療を要することにつき退職を示唆したりした言動が、当該従業員のうつ病発症の要因となったとして会社の安全配慮義務違反が認められた事例
2 本人の態度・対応にきっかけがある場合
○上司による暴行や、労災申請手続の担当者の暴言について、それにより妄想性障害を発症したとして不法行為の成立を認めた事例
○人事課長が大きな声を出し、従業員の人間性を否定するかのような表現を用いて叱責したことについて、当該従業員に対する不法行為が成立するとされた事例
3 労働組合・一定の思想を背景とする嫌がらせ
○従業員が共産党員又はその同調者であることを理由として、監視や尾行をしたり、ロッカーを無断で開けて私物を撮影したりする行為を不法行為と認めた原審の判断が相当とされた事例
○職員会議での非難・糾弾による心因反応発症につき、当該職員会議での行為が不法行為に該当し、また、かかる行為が法人の事業の執行についてなされたものであるとして、法人の使用者責任が認められた事例

第3 パワーハラスメント・モラルハラスメントの行為態様
1 いじめの事例
○職員の自殺は、上司らによるいじめが原因であるとして、両親からの損害賠償請求が認められた事例
2 指導かパワハラか
○業務中の過誤について反省書の提出を求めるなどの指導が、部下に対する指導監督権の行使として裁量権を逸脱して違法であるとされた事例
○侮辱的言辞の含まれた職場内でのメールの一斉送信が、不法行為には該当する一方で、パワハラの意図までは認められないとされた事例
○医療情報担当者(MR)の自殺が、会社の業務に起因するものであると認められた事例
○社員のうつ病発症ないしこれに基づく焼身自殺について、業務起因性を認めた事例
○従業員の喫煙や電話応対に対する注意が、上司による嫌がらせではないと認定された事例
○海上自衛隊員の護衛艦乗船中の自殺が、上官の指導により心理的負荷を過度に蓄積させたことが原因であるとして、国の安全配慮義務違反等の責任が認められた事例
○パワハラによりPTSDに罹患したとする従業員の主張につき、パワハラの定義を示した上で、パワハラの事実は認められないとした事例
○上司からの指導の必要性を認めつつ、悪感情をぶつけ、退職を迫る指導が不法行為に該当するとされた事例
○長時間労働により疲弊している従業員が厳しい叱責を受けて自殺した点につき、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた事例
○上司が部下の不正経理の解消等について相当程度の指導・叱責をしても、それが社会通念上許容される範囲内であれば、不法行為には該当しないとされた事例
○病院の健康管理室に勤務する職員に対するミスの指摘等が、パワハラには当たらないとされた事例
○上司が命令口調で職務命令を出したとしても、パワハラではないとされた事例
3 嫌がらせ配転
○適当な配転先を検討する間、一時的にある部署へ配転し、その後、別の部署へ配転した一連の配転行為を適法とした事例
○元管理職であった従業員を退職に追いやる目的でなされた受付業務への配転について、会社の不法行為責任が肯定された事例
○退職勧奨を拒否した従業員に対してなされた配転命令が人事権の濫用に当たるとして無効とされた事例
○降格を伴う配転が人事権の濫用により無効とされた事例
○専門職の中途採用者に対する配転命令が無効とされた事例
4 退職勧奨
○支店従業員による仕事差別、嫌がらせ、暴力行為等につき、行為者ないし他の職員との共謀を肯定し、違法性を認めた事例
○多数回、長時間にわたる面談、従業員の人格を非難する言動を伴う退職勧奨につき、社会通念上許容される範囲を超えるものとして、会社の不法行為責任が肯定された事例
○従業員に対して多数回にわたって退職勧奨を行い、担当業務から外して出勤しても何もやることがない状況に置き、しまいには会社への立入りさえ拒否したという会社の対応につき、会社の不法行為責任が肯定された事例
○上司等の部下に対する複数回の退職勧奨行為等について、個別的にその違法性を判断し、一部について違法性を否定した事例
5 内部告発
○内部告発者に対して行われた不利益取扱いについて、会社の損害賠償責任が肯定された事例
6 その他の行為態様
(1) 暴力まで至った事例
○派遣元従業員らによる派遣労働者に対する暴行等につき、派遣先の使用者責任・安全配慮義務が否定された事例
(2) 「仕事を干す」という態様
○10年以上にわたる仕事外し、職員室内隔離、別室への隔離及び自宅研修が違法とされた事例
○配転を拒否した女性社員に対する仕事の取上げ及び嫌がらせが違法とされた事例
(3) 態様が悪い事例
○糾問的な事情聴取を受けた従業員がうつ病に罹患し自殺した事案について、業務起因性が肯定された事例

もちろんどれも裁判例なのですが、中には「労判」とか「労経速」とか「判タ」といった掲載雑誌名がない裁判例が結構あります。

ということは、これらは本邦初公開の裁判例かも。執筆担当者が担当した事件とかでしょうか。

たとえば、事例82のパワハラ事件。「上司からの指導の必要性を認めつつ、悪感情をぶつけ、退職を迫る指導が不法行為に該当するとされた事例」ですが、上司の発言がなかなか・・。

>「一回ダメだと思ったらダメなんだよ、私。前にも言ったと思うけど」

「もうあんた要らないよ」

「私、いじめるなら私徹底していじめるよ。私。私はジワジワやらないから。はっきり言うから。もう辞めてくれないって」

「もう一緒にやってるとイライライライライライラしてくるのよ」

「医局の方でもいま騒いでいるんだよぉ。あまりにもわからな過ぎるって、3年いて」

「性格直しな」

「私は教え方うまくないから。ほかを歩くのもいいかもしれないよ。就職がなくて、ここに入ったのが善し悪しかも知れない」

そして言われた方が適応障害になり、訴えたようです。

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