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2025年1月16日 (木)

「東スポnote」で『賃金とは何か』紹介

Asahishinsho_20250116131901東京スポーツ新聞社の紙面で過去に掲載された連載がまとめて読めたり、ココだけしか読めないコンテンツがあったりします」という「東スポnote」で、拙著『賃金とは何か』がかなり詳しく紹介されています。

「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」ってどういうこと

・・・そもそも給料とは何かを一から考え直すべく、『賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛』という本を読みました。ベア(ベースアップ)を身をもって知らない私にとっては、この奇妙な和製英語が1950年に初めて使われた、意外と古い言葉なんだと知っただけで読む価値がありました。当時の日本はまだ占領下で、GHQによる緊縮政策が進められる中、賃金抑制の手段に対する呼び名であった「賃金ベース」という言葉が、労働組合運動によってそれを突破していつしか賃金引き上げを図るための言葉として使われるようになったというのは数奇な話でしょう。また、ジョブ型雇用をめぐる議論が60年前に行われていて、まったく実現しないまま終わったというのも皮肉めいたものを感じます。

一番膝を打ったのが、タイトルにも入れた「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」という文言です。一読したときにはまるで意味が飲み込めず、お笑いコンビ「かまいたち」のUFJ・USJ漫才の中に登場する魔のフレーズ、「もし俺が謝ってこられてきてたとしたら絶対に認められてたと思うか?」を思い出してしまいました(笑)。漫才はさておき、どういうことなのかを見ていきましょう。・・・

と、このフレーズの意味を解説したうえで、

賃金の世界と歴史は想像以上に複雑怪奇でしたが、これは実にわかりやすくて面白いですね!給料のために働いていますが、私は面白いことを面白く伝えるために働いている気がしないでもないでも過言ではないような気がしています(笑)。(東スポnote編集長・森中航)

私のこの本も、そういう意味で言えば、「面白いことを面白く伝えるために」書いたという面があるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

2025年1月15日 (水)

日雇労働被保険者数6,408人@『労務事情』2024年1月1/15日号

B20250115 『労務事情』2024年1月1/15日号に「日雇労働被保険者数6,408人」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20250115.html

 厚生労働省が毎年公表している『雇用保険事業年報』令和5年度版によると、2023年度末における日雇労働被保険者数は6,408人であったそうです。・・・・

 

2025年1月13日 (月)

濱口桂一郎は労働法の研究者にすぎないのに

先日の、リクルートワークス研究所のインタビュー記事に対して、

https://www.works-i.com/research/project/globalcareer2024/koyou/detail004.html

こんなつぶやきが付けられたようなんですが、

濱口桂一郎は労働法の研究者にすぎないのに、ときとして、日本企業の経営へコンサル的意見を述べるのはなぜなのか、理解に苦しむ。この種の人間は、「日本の強み」と、まさに、まさに、財界オヤジが使うタームを疑いもなく使えてしまう部分で、やはり「官僚」のくそ意見でしかないのである。

確かに、私は「労働法の研究者にすぎない」し、その意見が「やはり「官僚」のくそ意見でしかない」のも否定しませんが、少なくとも私が「日本企業の経営へコンサル的意見を述べ」たりしているというのは、どこを捉えてそう言うているのでしょうかね。

どうもこの方は、わたしが「日本の強み」とかを褒め称える財界オヤジみたいなことを言うていると思い込んでいるみたいなんですが、このインタビュー記事をちゃんと読めばわかるように、その逆なんですけどね。

日本はもう駄目だ、駄目だと言われながら、日本には人事異動とOJTの強みがあって、この良さをちゃんとうまく使っていけばやがて復活するだろうという、恐らく唯一の希望が、今回のこの調査で、見事に粉々にたたきつぶされた(笑)。 

今まで日本の強みだとほめそやされてきたのが実は嘘だった、というのがこのワークス研の調査のコアであって、それを素直に表出しているだけなんですが、なぜかこれが、「日本の強み」をほめそやす財界オヤジの発言みたいに見えてくるようです。

脊髄反射という言葉がありますが、脊髄までも行ってないんじゃないのかな。ひとつのセンテンスの途中で思い込んだらもうそれだけで反応しちゃうというのは。

 

 

2025年1月10日 (金)

「日本の強みは人事異動とOJT」は嘘。幻想を捨て、一から日本型の能力開発を@リクルートワークス研究所インタビュー

リクルートワークス研究所が最近立て続けにアップしている「 日本の雇用のあり方を考える」インタビューに、わたくしの番も回ってきました。

「日本の強みは人事異動とOJT」は嘘。幻想を捨て、一から日本型の能力開発を

日本と海外の雇用システムに詳しく、政策や企業実務に影響を与えてきた濱口氏に、Global Career Survey(GCS)2024 の報告書『「日本型雇用」のリアル』についての感想や解釈を伺うとともに、OJTや人事異動を中心にした日本の能力開発の課題に関して示唆をいただいた。

歯に衣を着せずに相当にズバズバ発言しておりますので、心してお読みください。

——Global Career Survey 2024の結果をご覧になって、率直にどう思われましたか。
 
一番おもしろかったのが、皆さんもそうだと思いますがOJTに関してです。これぞ日本の特徴だ、強さだと言ってきたのが全然そうじゃなかったじゃないか、というのがおもしろくて。・・・・・
——ホワイトカラーの人たちは、何をもってOJTと感じているのでしょうか。
 
はっきり言って、皆さん薄々感じているんじゃないですか。2年か3年おきに人事異動で新しい職場に飛ばすのをOJTと称しているだけじゃないかって。・・・・・・
——先ほど先生がおっしゃった人事異動も、実際に経験がある人が非常に少なかった。頻繁な配置転換を通してジェネラリストを育成しているという日本の特徴が実際には見られなかったことは、どのように受け止められますか?
 
これもおもしろいデータでした。パート有期法第8条に、“通常の労働者”という概念があります。正社員として業務や配置が転々と変わっていくのが通常の労働者で、そうでないのが短時間労働者とか有期労働者と書いてあります。企業の方に人事権があるかどうかの違いを言っているわけです。でも実際には異動していなかった。・・・・・・
——先ほど、ホワイトカラーには能力評価システムが存在しないという話がありました。なぜないのでしょうか。
 
厚生労働省でも、繰り返し作っていますが、全部失敗してきています。企業で使われないのです。役に立たないから使わないのでしょうね。・・・・・・
——最後に、日本企業にとってここからどういう道があるのか、希望があるとしたらどんなことなのか、伺いたいです。
 
日本はもう駄目だ、駄目だと言われながら、日本には人事異動とOJTの強みがあって、この良さをちゃんとうまく使っていけばやがて復活するだろうという、恐らく唯一の希望が、今回のこの調査で、見事に粉々にたたきつぶされた(笑)。・・・・・・

 

 

 

 

 

2025年1月 9日 (木)

大庭伸介『レッド』

9784784592258206x300 ネット上では「希流」と名乗っている服部一郎さんから、大庭伸介『レッド 先人たちの闘いの成功と失敗に学び現在(いま)に生かそう』(社会評論社)をいただきました。

https://www.shahyo.com/?p=13741

私たちの大先輩たちは、とりわけ戦前については、現在では想像もつかないような困難な状況下で、さまざまな闘いを展開してきました。ときに勝利することはあっても、ほとんどの場合は敗北に終わっています。しかし、その闘いを我が身に引き寄せてとらえかえせば、実に多くの教訓を引き出すことができる。・・・労働運動の歴史を総括し、私たちの共有財産として継承・発展させることが、今ほど求められているときはないのではないでしょうか。

昔は多くの本が出されていたけれども、昨今はほとんど見ることのない近代日本の労働争議の歴史です。著者の大庭さんが一冊本を書いている戦前の日本楽器争議がやや詳しく書かれていますが、あとはどちらかというと概説書です。

服部さんが本に挟んでいたメモによると、「在野の労働運動、社会運動研究史家としては日本でもっともすぐれた人物の一人」と絶賛していますが、確かに大変読みやすくいい本だとは思いますが、ここまで手放しで左翼労働運動を称賛できるのかなという疑問は、今日読む多くの人は感じるでしょうね。共産党が日和ったから失敗したんだとか、三鉱連が日和ったから負けたんだとか、そういう歴史観でいいのかな、と。

第Ⅰ部 先人たちの歴史を現在に生かそう【戦前篇】
⑴ 資本の横暴に抗う女性たち─「泣きの涙」から闘う主体ヘ
⑵ ストライキ時代が到来─日本経済の心臓部に闘いの炎
⑶ 左翼労働運動が登場─全戦線を牽引して大活躍
⑷ 在日朝鮮人労働者が奮闘─劣悪な環境、差別と虐待に抗して
⑸ 全国で米よこせ運動─「満州事変」下で左翼が柔軟に対応

第Ⅱ部 先人たちの歴史を現在に生かそう【戦後篇】
⑴ 怒濤の如き労働者の進撃─悔やまれる〈革命の逸機〉
⑵ 延べ六〇〇万人がゼネストに決起 破防法の団体適用を実質不可能に
⑶「あれっ!?  キャディーが消えた」─川奈ホテルのリレー式ストライキ
⑷「革命の子」をめぐる総労働と総資本の対決─戦後労働運動の分水嶺・三池争議

第Ⅲ部 米騒動から百年、日本史上最大の民衆蜂起に学ぶ
⑴ 井戸端会議から全国一〇〇万人の内乱へ
⑵ 軍隊の鎮圧に抗する虐げられた人々
⑶ 内閣を倒した民衆の歴史的な大勝利
⑷ 民衆の力で〝冬の時代〟に終止符を打つ
⑸ 怒りを行動に組織した地域社会の連帯
第Ⅳ部 岸本健一著『日本型社会民主主義』についての覚書

 

 

 

 

 

エマニュエル・トッド『西洋の敗北』@『労働新聞』書評

71tzv7pjh6l276x400 4年目に突入した『労働新聞』の書評欄、今年も月1回で進めて参りますので、よろしくお願いします。

さて、今年最初の「書方箋 この本、効キマス」は、エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』(文藝春秋)です。

https://www.rodo.co.jp/column/189325/

 本欄でエマニュエル・トッドを取り上げるのは約2年ぶりだが、前回(参考記事=【書方箋 この本、効キマス】第4回 『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』エマニュエル・トッド 著/濱口 桂一郎)の本がトッド人類史の総括編であったのに対し、今回の本はロシア・ウクライナ戦争について世の常識と正反対の議論をぶちかまし、返す刀で米英をはじめとする西側諸国をめった斬りにするすさまじい内容である。なにしろ、ロシアは勝っているというのだ。ウクライナに対してだけではない。ウクライナを支援しているアメリカや西洋諸国に対して現に勝ちつつある。むしろ崩壊の寸前にあるのは米英の方であり、それに巻き込まれているヨーロッパ諸国だというのだ。

 トッドは別にプーチンが正義だなどといっているのではない。トッド流の家族構造による世界各国の絵解きからすると、ロシアは中国と同じ共同体家族だが、ウクライナは東欧では数少ない核家族型社会であって、ウクライナがロシア支配を嫌がるのは当然だ。しかし、地政学的にウクライナをロシアから引き剥がそうとする企てはウクライナに悲劇をもたらす。

 そこから話は西洋諸国への批判に向かう。西側の政治家や知識人はロシアの専制主義に対して西洋の自由民主主義が闘っていると思い込んでいるが、実は西洋のリベラル寡頭制とロシアの権威主義的民主主義との闘いなのだ。そして今崩壊の危機に瀕するのは西側諸国の方だ、というのが彼の主張である。彼が描き出すアメリカの姿は、不正義の勝利、知性の崩壊、そして能力主義の終わりによる寡頭制とニヒリズムの世界である。

 それゆえに、とトッドはいう。西洋(west)ではないその他(rest)の世界はみんなこの戦争でロシアの側に立っている。正義の西側ではなく大悪党のはずのロシアを支持しているのは、正義面している西洋が今までさんざんぱらその他の諸国を搾取してきたからだ。そして世界的には少数派に過ぎない家族構造の米英仏が、LGBTQなどの思想を強制することに苛立っているからだ。西側から見ればスキャンダラスに見えるプーチンの反LGBTQ政策は、世界の大部分の諸国にとってはあまりにもまっとうな考えであり、これこそがロシアの「ソフトパワー」だという。共産主義のソビエトが敵に回していたユーラシアの大部分の諸国にとって、プーチンの保守主義ロシアは何の心配もなく仲良くやれる「いい国」というわけだ。いや直系家族の日本でも、ラーム・エマニュエル駐日米国大使によるLGBTQの押しつけが保守主義の反発を生み出しているではないか、と。

 本書の原著は2023年7~9月に執筆されたが、邦訳はそれから1年以上経って刊行された。「日本語版へのあとがき」の中で彼は、本書は「未来予測の書」として書かれたが、今やウクライナの敗北は明確になり、本書はより古典的な意味で「歴史を説明する書」となったと語っている。これに反発する人も多いであろうが、喧伝された反転攻勢はうまくいかず、遂にアメリカでプーチンに親近感を隠さないトランプ大統領が再選した今、彼の本はいかに不愉快であろうが読まれなければならないはずである。

 

 

2025年1月 6日 (月)

2025年のキーワード:家事使用人@『先見労務管理』2025年1月10日号

Image0-002_20250106120301 『先見労務管理』2025年1月10日号に「2025年のキーワード:家事使用人」を寄稿しました。

なお5つのキーワードは、わたくしの「家事使用人」のほか、原昌登さんの「カスタマーハラスメント」、永田幸江さんの「ジョブ型人事指針」、平田未緒さんの「年金制度改革」、岸健二さんの「スポットワーク」です。

なお、岸さんのスポットワーク論は、人材紹介業界からの興味深い視点が見られ、是非読まれることをお勧めします。

 「家事使用人」などという古めかしい言葉が今年のキーワードであること自体に違和感を感じる人もいるかもしれない。しかし、現在厚生労働省の労働基準関係法制研究会で議論されているさまざまな論点のうち、この「家事使用人」への労働基準法適用問題については、既に一定の方向性が打ち出されている。なぜ今家事使用人なのか?そこには古い話と新しい話とが混じり合っている。さらに、筆者はこの問題について独自に研究した結果、他の誰も論じていない歴史に埋もれた真実に到達している。本稿では、まず家事使用人をめぐる労働法問題について一般的な立場から概括的な説明を行った上で、政府も労使も裁判所も気がついていなかった側面について論じていきたい。
 
1 労働基準法の適用除外とその推移
 
2 労働基準法制見直しの中の家事使用人
 
3 ILOとEUの動向
 
4 家政婦は家事使用人ではなかった
 
 最後にちゃぶ台をひっくり返すような話をするが、最近家事使用人の適用除外の見直しの議論に火をつけた家政婦についていう限り、歴史的には適用除外されるべき家事使用人には当たらず、労基法が適用されることが予定されていた存在なのである。その証拠に、1947年、労働基準法と同時に施行された省令(労働基準法施行規則)の冒頭には、労働基準法の適用事業として「派出婦会の派出の事業」が明記されていた。その直前の国会審議でも、上記女中に関する答弁とは対照的に、派出婦については「この法律を適用するようにいたしたい」と答弁しており、その結果がこの省令規定であった。労働基準法の出発点においては、家事使用人とは住み込みの女中のことであり、派出婦会から派遣されてくる家政婦は家事使用人ではなかったのである。・・・・

 

国立国会図書館デジタルコレクションがなければ書けなかった本@『国立国会図書館月報』2025年1月号がアップされました

Geppo2501hyosi 昨年末にご紹介しておきました「国立国会図書館デジタルコレクションがなければ書けなかった本」@『国立国会図書館月報』2025年1月号が、国会図書館のサイトにアップされました

国立国会図書館デジタルコレクションがなければ書けなかった本

 2023年7月、文春新書から『家政婦の歴史』という本を出しました。これまでジョブ型だのメンバーシップ型だのといった雇用システムの話ばかり書いていたので、「妙な本を書いたなあ」と思われたようです。でも、読まれた方からはX(旧twitter)上で、「これはめちゃくちゃ面白い」とか「法の盲点を突く著作で面白かった」といった感想もいただき、ほっとしていました。とりわけ、労働研究者の本田恒平さんが「濱口さんの圧倒的な文献研究で、労働者供給の歴史の点と点が繋がり、霞が晴れていくような感覚。一見地味なテーマだけど、濱口作品の中で一番好きだった。一番震えた」と書いていただいたときは、うれしいと同時にこそばゆい思いが駆け巡りました。というのも、褒められた「圧倒的な文献研究」というのは、私が勤務する労働政策研究・研修機構(JILPT)の労働図書館の蔵書と、なによりも国立国会図書館のデジタルコレクションのおかげだったからです。・・・・・・

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20250106112101 本稿では、本書(『家政婦の歴史』)がいかに国立国会図書館デジタルコレクションのおかげに負っているかをいくつもの事例を挙げて述べております。

これを読んだ方々が、「なんだ、濱口みたいな奴でもデジコレを使えばもっともらしい本がかけるのか!そうだ、僕も私もデジコレを駆使して論文を書こう、本を書こう!」と思って頂けるなら、こういう楽屋話的なエッセイを書いた甲斐があるというものです。

 

 

 

 

2025年1月 2日 (木)

2024年ベスト経済書、2位と3位はこの書籍だ!@『東洋経済』

昨年12月23日に発行された『週刊東洋経済』で発表された2024年ベスト経済書の記事がアップされました。わたくしの『賃金とは何か』(朝日新書)は第2位ということで、わたくしのインタビューとお二人の方の推薦文が載っています。担当は東洋経済編集部の山本舞衣さんです。

2024年ベスト経済書、2位と3位はこの書籍だ! 賃金と日本経済に関する書籍がランクイン

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多くの国で賃金が上がる中、なぜ日本の賃金は停滞し続けたのか。カギは「定期昇給」のシステムにあると著者は指摘する。

▼著者に聞く 

歴史を見ていくと、日本の賃金が上がらなかった理由は明らかだ。メンバーシップ制の中で、「定期昇給」の仕組みが非常にうまく運用されていたのである。会社員個人は何もしなくても毎年給料が上がる。しかしそれを全部足し上げると、企業が支払う給料の総額は大きく変動しない。企業にとって使い勝手がよく、労働者個人もそれなりに満足できる仕組みだったから、本当の意味での賃上げ、「ベースアップ」なしでもやってくることができた。

昨今、マスメディアで繰り広げられる賃金に関する議論は表層的で、最近のことしか見えていない印象があった。例えば職務給にしても、60年ほど前、池田勇人政権時代に同様の議論が行われており、日本の賃金を考えるなら当時の話は不可欠だ。しかし、それを語る人はいない。まだ「歴史」になってはいないけれども今はもう顧みられない「昔話」を、一度まとめておこうとこの本を書いた。

時に誤解されるのだが、私には「世の中を変える提言をしたい」などというたいそうな発想はない。歴史書として楽しんでほしい。

▼推薦コメント

「ジョブ型雇用」というフレーズが楽観的思考と共に乱用される昨今だが、本書は日本の雇用・賃金情勢について、現状と展望を的確に示す。明治以降の歴史を踏まえつつ日本の賃金制度の現在地を説いており、歴史的、国際的な視点からの学びが多い。(唐鎌大輔)

2024年の春闘で大幅賃上げが実現し、今後もベースアップが期待されている。だが、「それだけで万々歳というわけにはいかない」とする著者の主張は、春闘前の今、傾聴に値する。(宮嶋貴之)

ちなみに、書評サイトの「ブクログ」でも、12月にいくつかの本書の書評が載っていたので、こちらに紹介しておきます。

https://booklog.jp/item/1/4022952741

12/8:bakumon17. 賃金問題を深く考えたことは今までなかった 定期昇給は 人件費を一定に保つため制定されたとは思わなかった 現状のメンバーシップ型雇用を ジョブ型に変更することは並大抵の努力では なしえないと理解できた
 
12/13:masa. 新聞で「ベア、定期昇給」が用語解説に載るほど、賃上げにはとんとご無沙汰だった日本。 先進各国の賃金伸び率を比較すると日本の賃金は全く上がっていないが、個人ベースでは上がっている。だから「上がるから上がらない」。 欧米では賃金表を改訂しない限り同じ仕事をしていれば賃金は上がらないので、ストでもなんでもやって賃金を上げる。「上がらないから上げる」。 言葉遊びの巧みさもあって、賃金のからくりがよく分かる。 また本書では、職務給や職能給などの議論の変遷が興味を惹いた。働き方や賃金体系なんで理屈で説明しても現実の力が圧倒的に強くて、いつの間にか雲散霧消したり、後付けでの理屈になったりの連続だったんだ。 ジョブ型など○○型は言わずもがなだが、分かりやすい賃金論にはこれからも眉に唾して聞かないと。
 
12/30:chocofunk. 賃金に焦点を当てて、戦前から現在までの制度を解説しつつ、賃金を上げる方法を紹介して、最後になぜ日本の賃金が上がっていないのかを解説している。 最低賃金の設定など政府主導で行われる部分もあり、法文が出てくる箇所などはすらすらとは読めなかった。 賃金制度の話の際には日本の伝統的な年功序列のメンバーシップ型と海外のジョブ型との比較がされるが、本書でも取り扱いわかるやすくそれぞれの違いなど解説されていた。 印象的だったのはジョブ型では人事査定がない点、人事異動がない点など。 たしかにその人のその時点でのスキルで給与が決まるのであれば査定はしないし、使用者の都合で業務が変わることもおかしい。 こういった解説部を読めば読むほど現代社会と年功序列による賃金決定が乖離していることを思い知らされる。 また、名目賃金の推移を各国と比較できる図表が挿入されていて日本の変化のなさに驚く。 いくら他国と事情が違うといったって30年でここまで変化がないことがよいことなわけがない。 それでも賃金が上がっていると感じる労働者は多いが、上がっているのは定期昇給によってであり、個々人が働く年数が上がっていることに過ぎないということ。 つまり図表が示すとおり労働者全体で賃金が上がっていることはないのだが、それでもベースアップという仕組みで賃金を積極的に上げていこうとしない国には正直不信感を覚える。 本書では、「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」と表現していて、定期昇給で個人の賃金は上がるからわざわざ苦労してベースアップをしなくなったため、結果的に日本全体の賃金の上昇が滞ってしまっているとのこと。 労働者自身も、働き続けることで上がる賃金によって勘違いしていると思うので、国が主導してくれるなんて楽観的な考え方はやめて自ら積極的に声を上げていく必要があるだろう。
 
2025/1/1:fujine. 賃金の歴史について勉強。日本の年功序列や長期雇用は、明治以降の重工業発展に伴う熟練工の育成や転職抑止から形成された雇用文化だと知って納得。ベースアップの仕組みは朝鮮特需から産まれたりと、今では合理的ではない賃金の仕組みも当時は有効だったことが窺える。 一方、現代の企業は生産性が重視される傾向にあるも、職能基準の給与体系はまだまだ普及していないのが現実。だが、世界の変化に追随するためには、日本の雇用もドラスティックに変えていく必要があると思う。

 

 

 

2025年1月 1日 (水)

新年明けましておめでとうございます

Img_0530 新年明けましておめでとうございます

 昨年は、ロシアのウクライナ侵略やイスラエルのガザ侵攻が長引く中、アメリカではトランプ大統領が再登場し、韓国では一時非常戒厳令が出され、大晦日に尹錫悦大統領の拘束令状が出されるなど、ますます世界中に不穏な空気が立ちこめました。日本でも憎税真理教が猛威を振るい、未来がますます不透明になっています。
 わたくしは七月に調査シリーズ『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』をとりまとめました。また同じ七月には朝日新書から『賃金とは何か―職務給の蹉跌と所属級の呪縛』を上梓しましたところ、幸い多くの方から共感の声をいただきました。今年は資料シリーズ『個別労働関係法ハンドブック』と労働政策研究報告書『労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析』を取りまとめる予定です。

 今年こそは内外ともに良い年となり、皆様にとっても素晴らしい年となりますように心よりお祈り申し上げます

二〇二五年一月一日

2024年12月30日 (月)

公共職業安定署??

社労士の大河内満博さんがこんな疑問を呈しておられますが、

【公共職業安定所は公共職業安定署だった?】 今まで図書館で調べものをしていたのですが、昭和22年4月6日付けの朝日新聞に「公共職業安定署生る」との記事を見つけました。労働基準監督署の「署」も別に深い意味があって「署」と表記したわけではないそうですが、昭和22年11月30日に公布された当初の

職業安定法(添付の第1条参照)を見ても、昭和22年12月1日に公布された当初の失業保険法を見ても「公共職業安定所」となっています。当時の新聞記事では「署」も「所」も気にしない風潮だったのかどうかは知りませんが、仮に「公共職業安定署」の表記が正しかったとすると、職業安定法等の立法過程に

おける審議においては「公共職業安定署」と標記する案があったのかもしれません。 ※「公共職業安定所」という名称は、GHQの強い示唆を受けたもので、“Public Employment Security Office” を直訳したものです。その頃の職業安定行政の関係者たちは、その頭文字(PESO)から「ペソ」と呼んでいました。

国立国会図書館のデジタルコレクションで「公共職業安定署」を検索すると、

https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&fullText=true&includeVolumeNum=true&keyword=%E5%85%AC%E5%85%B1%E8%81%B7%E6%A5%AD%E5%AE%89%E5%AE%9A%E7%BD%B2&displayMode=list&accessRestrictions=inlibrary&accessRestrictions=inlibrary&accessRestrictions=internet&accessRestrictions=ooc

56件ほどヒットしますね。ただし、その多くは単純な間違いのようです。

ただ、初めの方の「社会保障制度への勧告 : 米国社会保障制度調査報告書」における「公共職業安定署」は、もとの英文(Public Employment Security Office )を(既に労働省が分離独立した後の)厚生省が訳したもので、このときに法令上の「公共職業安定所」ではなく「公共職業安定署」という字になってしまったのがそもそもの原因のようです。

なぜ厚生省が「署」の字で訳してしまったのかというと、労働省が分離独立する直前の厚生省にあったのは「国民勤労動員署」改め「勤労署」であり、この「勤労署」のイメージを脳裡に残したまま、上記勧告を訳したので、「公共職業安定署」という実在しない官署名になってしまったのではないかと思われます。

 

 

 

2024年12月29日 (日)

欧州におけるセックス労働者の権利運動と労働組合@欧州労研

C1wp13 欧州労研(ETUI)が「The sex worker rights movement and trade unionism in Europe(欧州におけるセックス労働者の権利運動と労働組合)」という報告書を公表しています。

The sex worker rights movement and trade unionism in Europe

In this paper, we review the European sex worker rights movement and instances of trade unionism that have grown out of it before focussing on three case studies of contemporary sex worker organising: Red Umbrella in Sweden (RUS), the sex worker section (SW-S) of the Freie Arbeiter*innen Union (Free Workers’ Union) in Germany, and the Sex Workers’ Union (SWU) branch of the Bakers, Food and Allied Workers Union (BFAWU) in the United Kingdom. All three organisations demand decriminalisation, destigmatisation and decommodification and engage in social and political strategies to achieve these goals. In addition, SWU and SW-S are engaged in trade unionism in pursuit of decommodification. Read together, these case studies demonstrate that criminalisation, repressive regulation and stigma adversely affect sex workers’ strategies, including the trade unionism that is supposed to decommodify their labour via access to individual and collective labour rights and broader social welfare rights. At the same time, these groups report several successes, from effective peer to peer support networks to growing acceptance within trade unions and legal victories concerning employment status and other workplace issues. European and international labour institutions and national trade unions are uniquely placed to play a key role in supporting the decommodification strategies of the sex worker rights movement. This support must, however, extend to decriminalisation and destigmatisation.

本報告書において我々は欧州のセックス労働者の権利運動とそこから生み出されてきた労働組合運動の事例を概観したうえで、今日セックス労働者を組織している3つのケーススタディに焦点を当てる。すなわち、スウェーデンのレッド・アンブレラ(RUS)、ドイツの自由労働組合のセックス労働者支部(SW-S)、イギリスのパン・食品労組(BFAWU)のセックスる労働者組合(SWU)である。これら3組織は全て脱犯罪化、脱スティグマ化、脱商品化を求め、これら目標を達成する社会的政治的戦略に関与している。さらに、SWUとSW-Sは脱商品化を追求する労働組合運動にも関与している。併せて読めば、これらケーススタディは犯罪化、抑圧的規制およびスティグマが、個別的及び集団的労働権へのアクセスと広範な社会福祉権を通じてその労働を脱商品化しようという労働組合運動を含め、セックス労働者の戦略に悪影響を与えることを示している。同時に、これら集団は、効果的な仲間同士の支援ネットワークから労働運動内部での受容の拡大、雇用上の地位や他の職場の問題に関する法的な勝利に至るいくつもの成功を報告している。欧州オヨに国際的な労働組織と各国労働組合はセックス労働者の権利運動の脱商品化戦略を支持する上で重要な地位にいる。しかしながら、この支援は脱犯罪化と脱スティグマ化に拡大しなければならない。

なかなか興味深い報告書です。

 

 

 

本の要約サービス flier(フライヤー)に拙著『賃金とは何か』登場

Asahishinsho_20241229102101 本の要約サービス flier(フライヤー)に拙著『賃金とは何か』が登場しました。

https://www.flierinc.com/summary/4049

おすすめポイントにはこうあります。

賃金の仕組みについて、どれだけ深く考えたことがあるだろうか。本書『賃金とは何か』は、賃金という私たちの日常に密接するテーマを通じて、日本社会や労働市場の成り立ちを鋭く照らし出す一冊だ。

特に興味深かったのは、日本型雇用システムの本質に切り込んだ分析である。ジョブ型雇用が職務ごとの「値札」を基準に賃金を決定するのに対し、日本では「人」を基準に賃金を設定するメンバーシップ型雇用が採用されてきた。これは勤続年数や年齢といった属性が重視される年功賃金制や定期昇給制度につながり、労働者と企業の長期的な関係を支える基盤となっている。しかし、変化し続ける人口構造や労働市場の課題に直面しているいま、賃金制度が単なる経済的仕組み以上のものであることが浮き彫りになる。

また、賃金制度の歴史的な展開がいかにして日本の賃金制度を特徴づけてきたのか、本書では丁寧に描かれている。その中で、「賃金ベース」の発想が、賃金を抑制する仕組みからベースアップという賃金引き上げのロジックに転じていく流れは、経済状況や労使間の駆け引きが生むダイナミズムを感じさせた。

ただ歴史を追うだけではなく、読者に今後を考えさせる余地を残している点が本書の魅力だ。長期雇用慣行が揺らぎ、非正規雇用の拡大が続く中で、賃金制度はどこへ向かうべきか。賃金の形を問い直すことは日本社会の未来を考えることであるという、静かな訴えを感じた。

労働や雇用について考えるすべての人にとって、自分自身の働き方や賃金観についても再考したいと感じさせる、多くの示唆に富んだ一冊だ。

ちなみに、要約した石渡翔さんは、ほかにもハラリの『サピエンス全史』やアレントの『人間の条件』、オルテガの『大衆の反逆』などを要約しているようです。

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2024年12月27日 (金)

『ジュリスト』でカスハラ特集

L20250529301 昨日、労政審雇均部会がカスハラを含む建議をしたのに合わせたわけではないでしょうが、『ジュリスト』がカスハラ特集を組んでいます、」

労働政策審議会建議「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について」を公表します

ジュリスト 2025年1月号(No.1605)

【特集1】カスタマーハラスメント

◇〔座談会〕カスタマーハラスメント対策の現状と展望…山川隆一(司会)/中井智子/新村響子/原 昌登……14

◇カスタマーハラスメントに関する現状と法的課題――労働法の視点から…日原雪恵……35

◇インターネット上の誹謗中傷とカスタマーハラスメント…板倉陽一郎……41

◇条例によるカスタマーハラスメント対策…川端倖司……47

大体は今まで見てきた話ですが、板倉さんのネット上の誹謗中傷は、ある面でカスハラを超える問題でもありますが、いろいろと面白い論点が示されていて興味深かったです。

また、川端さんの論文では、民事法との関係や給付行政との関係など、今まであまり目に入ってこなかった論点がいくつも並んでいて、目を開かされる感がしました。

なお、同号は判例評釈でも、例の滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決を竹内(奥野)寿さんと志水美雪(龔敏)さんが取り上げていて、読み比べても面白いです。

 

 

『人口問題研究』第80巻第4号に「子育て世代の労働時間と労働法政策」とパネル討論記録

Jinkoumondai 国立社会保障・人口問題研究所の『人口問題研究』第80巻第4号に、昨年12月に開催された第28回厚生政策セミナー「時間と少子化」 の記録が載っています。わたくしの報告「子育て世代の労働時間と労働法政策」とパネル討論記録も読めます。

https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/sakuin/jinko/331.html

・司会: それでは続きまして,『子育て世代の労働時間と労働法政策』と題しまして,独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長濱口桂一郎様よりご発表をいただきます.濱口様,よろしくお願い致します.

・濱口氏: はい,ご紹介いただきました労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口でございます.JILPTというのは,社人研と同じく厚生労働省関係の研究機関なのですが,社人研が厚生系であるのに対して,私のところは労働系ということになります.大石さんは労働経済学者でもありますので,そういう意味ではその話の続きということになりますが,私からはこのタイトルにあるように労働法政策・法制度のあり方に注目します.ただし法制度を解説することはいくらでもできるのですが,それを説明しただけではなぜ現実がこうなっているかということは全然わかりません.法制度はこういうふうになっているのだけれども実態はこうなっているのはなぜか,というところが実は大きな問題であります.時間が乏しいのできちんとした説明はできないかと思いますが,雇用システムという問題があるということを踏まえながらお話をできればと思っております.・・・

 

 

 

 

2024年12月26日 (木)

25年年金法改正の論点@『労基旬報』2025年1月5日号

『労基旬報』2025年1月5日号に「25年年金法改正の論点」を寄稿しました。

執筆時点ではまだ最終決着していなかったところもかなりあり、昨日取りまとめられた「社会保障審議会年金部会における議論の整理」よりも若干古い情報になっているところがあります。

社会保障審議会年金部会における議論の整理

 今年の通常国会に提出される予定の年金法改正案は、短時間労働者への適用拡大を始めとして労働法政策と関連する論点が多く、年の初めに若干整理しておきたいと思います。実は、ちょうど5年前の『労基旬報』2020年1月5日号に「2020年年金法改正の論点」を寄稿していますので、5年ぶりの年金法改正に合わせて5年ぶりの年金解説ということになります。
 直接に法改正に向けた審議は昨年7月3日から社会保障審議会年金部会(学識者19名、部会長:菊池馨実、部会長代理:玉木伸介)で開始され、2024年財政検証結果を確認した上で、被用者保険の適用拡大、いわゆる「年収の壁」問題、在職老齢年金等について議論を重ねてきました。本稿執筆時点ではまだ部会報告に至っていませんが、今後改正法案を作成して今年の通常国会に提出される予定です。ただしこのうち最重要事項である適用拡大については、2024年2月から「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」(学識者17名、座長:菊池馨実)が開催され、2024年7月3日に議論の取りまとめがされていました。
 以下では、各問題の歴史的経緯にさかのぼって今日の問題を考察し、改正の方向性を論じていきます。なお年金財政の問題などマクロ的論点には触れません。
 
・短時間労働者への適用拡大等
 
 まず、適用拡大の中でも最も重要な短時間労働者の取扱いですが、そもそもの出発点は1980年6月に出された3課長内翰で、所定労働時間が通常の労働者の4分の3未満のパートタイマーには健康保険と厚生年金保険は適用しないと指示したことです(厚生年金保険法の条文上には根拠がありません)。この扱いがその後パート労働者対策が進展する中で見直しが求められるようになり、2007年には法改正案が国会に提出されましたが審議されることなく廃案となり、ようやく2012年改正で一定の短時間労働者にも適用されるようになりました。その適用要件は、まず本則上、①週所定労働時間20時間以上、②賃金月額88,000円以上、③雇用見込み期間1年以上、④学生は適用除外というルールを明記し、附則で当分の間の経過措置として⑤従業員規模301人以上企業という要件を加えたのです。その後、2016年改正でこの⑤の要件について、500人以下企業でも労使合意により任意に適用拡大できるようになりました。
 2020年改正では、上記③雇用見込み1年以上の要件を撤廃するとともに(これにより原則通り、2か月以内の期間を定めて使用される者のみが除外されます)、上記⑤従業員規模要件については、2022年10月から従業員101人以上企業に、2024年10月から従業員51人以上企業に段階的に拡大することとされ、既に昨年10月にこの段階に到達しています。今回の見直しは、この最終段階到達以前に開始されたことになります。
 昨年7月の「議論の取りまとめ」では、まず基本的な視点として「国民の価値観やライフスタイルが多様化し、短時間労働をはじめとした様々な雇用形態が広がる中で、特定の事業所において一定程度働く者については、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険に包摂し、老後の保障や万が一の場合に備えたセーフティネットを拡充する観点からも、被用者保険の適用拡大を進めることが重要である」と、被用者保険の大原則を述べた上で、「労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いの違いにより、その選択が歪められたり、不公平が生じたりすることのないよう、中立的な制度を構築していく観点は重要である」と論じ、この関係で近年政治家によって取り上げられることの多いいわゆる「年収の壁」問題についても、「賃上げが進む中で、短時間労働者がいわゆる「年収の壁」を意識した就業調整をすることなく、働くことのできる環境づくりが重要である」と述べています。
 「年収の壁」には税制上のものと社会保険上のものがありますが、ここでいう「年収の壁」とは、上記②賃金月額88,000円以上要件が年収換算で約106万円となり、これを超えると保険料負担が生じ、手取り収入が減ることから「年収の壁」と呼ばれているものです。いうまでもなく、厚生年金に加入すれば手取りが減る一方で将来の年金額が増えますから、手取りだけでメリットデメリットが判断されるわけではありません。
 それを前提として、短時間労働者については具体的に次のような適用範囲の見直しを提起しています。まず①週所定労働時間20時間以上要件については、雇用保険法の2024年改正で週所定労働時間20時間以上から10時間以上に拡大したこと(施行は2028年度)から検討の必要性も指摘されましたが、「雇用保険とは異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下では、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲をどのように線引きするべきか議論を深めることが肝要」として、「雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある」とかなり否定的なニュアンスの強い先送りとなっています。この点は年金部会の議論でも同様で、今回改正の論点ではなさそうです。
 次が「年収の壁」がらみの②賃金月額88,000円以上要件ですが、「議論の取りまとめ」では両論併記的であったのですが、年金部会ではこの要件の撤廃に舵を切ったようです。そもそもこの賃金要件は、これよりも低い賃金で被用者保険を適用した場合、国民年金第Ⅰ号被保険者より低い負担で基礎年金に加え報酬比例部分の年金も受けられることから、負担と給付のバランスを図るために設定されたものです。一方で、最低賃金の引上げに伴って週労働時間20時間以上であれば賃金要件も充たすようになってきています。また、社会保険関係の「年収の壁」としては、健康保険の被扶養者の年間収入が130万円未満であることも重要です。
 年金部会では、就業調整に対応した保険料負担割合を変更できる特例が検討されています。被用者保険の保険料は原則として労使折半ですが、健康保険法において、事業主と被保険者が合意の上、健康保険料の負担割合を被保険者の利益になるように変更することが認められています。これに対し厚生年金保険法では、政府が保険者とされており、健康保険法のような保険料の負担割合の特例に関する規定はありません。そこで、被用者保険の適用に伴う保険料負担の発生・手取り収入の減少を回避するために就業調整を行う層に対して、健康保険組合の特例を参考に、被用者保険(厚生年金・健康保険)において、従業員と事業主との合意に基づき、事業主が被保険者の保険料負担を軽減し、事業主負担の割合を増加させることを認める特例を設けることが提起されています。
 これに対して④学生適用除外要件については「就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とする意義は大きくないこと、実態としては税制を意識しており適用対象となる者が多くないと考えられること、適用となる場合は実務が煩雑になる可能性があること等の観点から、本要件については現状維持が望ましいとの意見が多く、見直しの必要性は低いと考えられる」と否定的結論ありきです。
 段階的に拡大してきた⑤従業員規模要件が今回改正でも最大の論点ですが、「議論のとりまとめ」は「労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、経過措置である本要件は撤廃の方向で検討する必要があるとの見方が大勢を占めた」と述べ、「他の要件に優先して、撤廃の方向で検討を進めるべき」と、明確に撤廃の方向に舵を切りました。もっとも、新たに適用対象になる中小零細企業に対しては、「必要な支援策を講じ、事業所の負担軽減を図ることが重要」であるとしています。
 年金部会でもほぼこの方向で議論が進められており、これが2025年改正の目玉になることはほぼ間違いないでしょう。
 
・個人事業所に係る適用範囲
 
 短時間労働者の適用除外が1980年の3課長内翰で始まった(相対的に)新しい話であるのに対して、個人事業所への適用問題は1922年の健康保険法制定時にさかのぼります。一定規模以上の特定業種への適用という形で始まった被用者保険は、段階的にその適用範囲を拡大してきたのですが、1985年改正でようやく法人については従業員規模にかかわらず適用されることになったのですが、個人事業所は依然として5人以上でなければ適用されない状態のままです。なお、適用事業が未だに各号列記となっているために、各号列記に当てはまらない飲食サービス業や洗濯・理容・美容・浴場業など非適用業種では、法人でない限り5人以上事業所であっても適用されないという状況でした。これはさすがに問題ではないかということで、前回の2020年改正では、そのうち弁護士や公認会計士など法律や会計に関わる業務を取り扱う士業については、適用業種に追加するという微細な改正が行われています。年金を扱う社会保険労務士もこれに含まれます。
 この問題について「議論のとりまとめ」は、「労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点や、強制適用となる業種の追加が断続的に行われていた 1953(昭和 28)年までと比べると、我が国の産業構造が変化してきたこと、業種については制度の本質的な要請による限定ではなく合理的な理由は見出せないこと等から、まずは、常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種を解消する方向で検討する必要があるとの見方が大勢を占めた」と、非適用業種の解消という方向を明確に打ち出しています。
 これに対して5人未満の個人事業所については、「中立的な制度を構築する観点から本来的には適用するべきとの意見や、事業所の事務処理能力とは切り離して検討し、別途支援策を講じた上で次期制度改正において対応すべきとの意見があった一方、対象となる事業所が非常に多いため、その把握が難しいと想定されること、国民健康保険の被保険者のうち一定の勤労所得を有する者が被用者保険に移行することとなれば、国民健康保険制度への影響が特に大きいこと等から、慎重な検討が必要との意見もあった」と両論併記ながら消極的な姿勢がにじみ出ています。
 「常時5人以上を使用する個人事業所における非適用業種については、5人未満の個人事業所への適用の是非の検討に優先して、解消の方向で検討を進めるべきである」との結論からは、今回は非適用業種の解消に集中するという意図が伝わってきます。
 なおその後には、多様な働き方を踏まえた被用者保険の在り方として、フリーランスやプラットフォームワーカー、複数事業者で勤務する者の問題も論じていますが、なお中長期的な論点という位置づけで、今回の改正ではまだ本格的な論点にはならなさそうです。
 
・在職老齢年金の見直し
 
 かつては、高齢期の就労と年金受給の在り方といえば、年金支給開始年齢の引上げが最大の論点でした。1994年に定額部分の支給開始年齢を段階的に60歳から65歳に引き上げていくという年金法改正がなされ、これを援護射撃するべく同年に65歳までの継続雇用を努力義務とする高年齢者雇用安定法の改正がされるとともに、高年齢雇用継続給付が雇用保険法に規定されました。また2000年に報酬比例部分の支給開始年齢をやはり60歳から65歳に引き上げていくという年金法改正がなされ、労働法サイドでは2004年に65歳継続雇用の原則義務化(労使協定による例外あり)、2012年には65歳継続雇用のほぼ完全義務化がなされています。
 しかし現在は、年金支給開始年齢を70歳に引き上げていくという政策はとられておらず、制度上年金を受給できる60歳代後半層の高齢者の就業を促進するという政策が2020年高齢者雇用安定法改正によってとられるようになっています。もっとも、制度上年金を受給できるからといって、受給しなければならないわけではありません。むしろ2004年改正で導入された繰下げ規定によって、就業し続ける65歳以上の高齢者が受給年齢を繰下げることによって、その年金額を増額することができるようになっており、2020年改正で繰下げの上限年齢が75歳に引き上げられました。この点は今回は論点になっていません。
 一方、2020年改正の検討時に打ち出されていながら、最終的に腰砕けになって改正案から消えたのが在職老齢年金(高在労)の見直しです。これが問題になるのは、上述の繰下げ支給に対する邪魔者になるからです。本来、繰下げ支給とは、受給開始を繰下げた分だけその後の受給額が増えるはずです。ところが、繰下げ支給制度と在職老齢年金制度を掛け合わせると、在労で減らされた分は(本来受給できた分ではないので)受給開始後戻ってこないことになってしまうのです。これでは、受給を繰下げようという意欲が大幅に減殺されてしまいます。
 そこで、11月25日に提示された事務局案では、案1:在職老齢年金制度の撤廃、案2支給停止の基準額を(現行50万円から)71万円に引上げ、案3:支給停止の基準額を62万円に引上げ、の3案を提起しています。しかし、野党の反対が強いことから、今回もその見通しは不透明です。
 
・労使団体の意見
 
 年金改正に対しては、経団連と連合がそれぞれに意見を公表しているので、ざっと見ておきましょう。
 経団連は9月30日に「次期年金制度改正に向けた基本的見解」を公表し、その中で「働き方に中立的な制度の構築」という観点から、被用者保険のさらなる適用拡大に賛成しています、まずは第1段階として企業規模要件の撤廃や個人事業所の非適用業種の解消を実現し、第2段階として次々回の2030年改正で労働時間要件や賃金要件の見直しを行うとしています。また第3号被保険者を縮小していき、将来的な検討、再構築を求めています。また在職老齢年金については、今回は対象者の縮小にとどめ、2030年改正で廃止に向けて本格的に検討すべきとしています。
 一方連合は10月18日の中央執行委員会確認で、全被用者への被用者保険の完全適用と第3号被保険者制度の廃止を打ち出しています。また「年金部会の検討事項に対する連合の考え方」ではこれに加えて、在職老齢年金について「「厚生年金保険の適用要件を満たさず加入していない人や賃金以外の収入がある人との公平性を確保するため、事業所得、家賃、配当・利子など、総所得をベースに、年金額を調整する制度」や「働きながら年金を受給する人の支給停止分を部分繰下げ扱いとし、一定の増減率を乗じた額を退職時に受給できる制度」などに見直す」と述べています。

 

2024年12月25日 (水)

国立国会図書館デジタルコレクションがなければ書けなかった本@『国立国会図書館月報』2025年1月号

Image0_20241225114001 本日届いた『国立国会図書館月報』2025年1月号に、わたくしの「国立国会図書館デジタルコレクションがなければ書けなかった本」が載っております。

https://www.ndl.go.jp/jp/publication/geppo/index.html (未掲載)

 2023年7月、文春新書から『家政婦の歴史』という本を出しました。これまでジョブ型だのメンバーシップ型だのといった雇用システムの話ばかり書いていたので、「妙な本を書いたなあ」と思われたようです。でも、読まれた方からはX(旧twitter)上で、「これはめちゃくちゃ面白い」とか「法の盲点を突く著作で面白かった」といった感想もいただき、ほっとしていました。とりわけ、労働研究者の本田恒平さんが「濱口さんの圧倒的な文献研究で、労働者供給の歴史の点と点が繋がり、霞が晴れていくような感覚。一見地味なテーマだけど、濱口作品の中で一番好きだった。一番震えた」と書いていただいたときは、うれしいと同時にこそばゆい思いが駆け巡りました。というのも、褒められた「圧倒的な文献研究」というのは、私が勤務する労働政策研究・研修機構(JILPT)の労働図書館の蔵書と、なによりも国立国会図書館のデジタルコレクションのおかげだったからです。・・・・・・

本稿では、本書(『家政婦の歴史』)がいかに国立国会図書館デジタルコレクションのおかげに負っているかをいくつもの事例を挙げて述べております。

これを読んだ方々が、「なんだ、濱口みたいな奴でもデジコレを使えばもっともらしい本がかけるのか!そうだ、僕も私もデジコレを駆使して論文を書こう、本を書こう!」と思って頂けるなら、こういう楽屋話的なエッセイを書いた甲斐があるというものです。

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それは「経済学論壇」というよりもノビー&「りふれは」イナゴだったのでは?

年末になって、拙著『働き方改革の世界史』を読まれてこんな感想を書かれている方が。「映画系ロボット系キャリアコンサルタント」だそうです。

そう、ゴンパーズはそうですね。読めば読むほど面白い人物です。

ちなみに、「経済学論壇の相手を罵倒する態度」ってのは、まっとうな経済「学」論壇ではなく、15年くらい前にネット上だけで流行っていたノビー&「りふれは」イナゴの諸氏だったんではないですか?

(追記)

濵田佳一郎『働き方改革の世界史』。ドイツの労働組合が、マルクス主義から離脱しカトリシズムの影響を強く受けているのが面白い。働き方って国の文化を強く表すよね、歴史学、社会学、人類学的な視野が必要

遂に名前が「濵田佳一郎」になってしまった。5文字中2文字しか合致していない。

2024年12月24日 (火)

労働時間法制の見直し@WEB労政時報

本日のWEB労政時報に「労働時間法制の見直し」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/88334

厚生労働省労働基準局は2024年1月23日から「労働基準関係法制研究会」(学識者10名、座長:荒木尚志氏)を開催してきましたが、年末に予定されている報告書の取りまとめが近づいてきています。去る12月10日に提示された報告書(案)は、労働基準関係法制に共通する総論的課題として、「労働者」「事業」「労使コミュニケーション」について論ずるとともに、労働時間法制の具体的課題について幾つか突っ込んだ議論をしています。今回はこのうち労働時間法制について、今後「労働政策審議会労働条件分科会」に報告され、そこでの審議につながっていくであろう幾つもの論点について、ここで確認しておきましょう。・・・・

 

 

2024年12月23日 (月)

森崎めぐみ『芸能界を変える』

Geacodqbgaa39_a 森崎めぐみさんより『芸能界を変える たった一人から始まった働き方改革』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b654992.html

芸能界、それは自由で華やかな憧れの世界。しかし一歩その中に足を踏み入れてみると、そこは将来への保証など存在せずハラスメントが横行する、無法の世界だ。しかし、このままでいいのだろうか? 俳優でありながら法整備とルール作りに奮闘した著者が、芸能界のこれまでを鋭く批判し、これからのあるべき姿を描き出す。

森崎さんは自ら俳優として活躍しながら、自営業者だからと権利を奪われてきた芸能人のために活動してきた方です。

本ブログでも、もう4年半前になりますが、脇田滋編著『ディスガイズド・エンプロイメント』を紹介した時に、コメント欄でやりとりさせていただきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-99cb38.html

本書でもっとも迫力があるのは、労災保険の特別加入めざして厚生労働省とやりとりする下りですが、その背景には、労働者じゃないからと労災保険の対象にならなかった芸能関係者たちの労災事故の積み重ねがありました。本書の90ページから22件が並んでいますが、

1 1963年 戦争映画の撮影中に俳優O氏が爆薬に直撃し両足が吹っ飛んだ。

2 1964年 川で映画の撮影中に脱獄囚役の女優T氏と俳優A氏が手錠をつないだまま川を渡っていくシーンで行方不明になりふたりとも死亡

3 1984年 オートバイと乗用車二台の併走シーンのリハーサル中に転倒し、14メートルの距離をスリップして倉庫の門に激突しスタッフ一名が死亡

8 1988年 映画『Z』の殺陣のリハーサル中に、出演者の俳優が真剣を小道具の刀と間違え使用し、相手役の俳優が死亡

11 1990年 映画『T』のロケ撮影中に滝で俳優H氏が溺死

・・・・

この方々の思いが森崎さんを駆動してきたのかも知れません。

ところで、芸能人の労働者性の問題は、本ブログでだいぶ前から繰り返し取り上げてきたテーマでもあります。

せっかくなので、いくつか御蔵出ししておきます。

芸人は民法上れっきとした雇傭契約である件について

都内某所で、雇用類似の働き方について議論することがあり、ひとしきり例の吉本興業の件についても話題になりましたが、そもそも社長が「クビだ」と言っているその「クビ」とは、雇用契約を解除するという意味すなわち解雇なのであろうか、とか話は尽きないわけですが、そもそもボワソナードが作成した旧民法では、相撲、俳優、歌手などの芸人は立派な雇傭契約であったということが、必ずしもあまり知られていないことが残念です。

第12章 雇傭及ヒ仕事請負ノ契約

第1節 雇傭契約  

第260条
 使用人、番頭、手代、職工其他ノ雇傭人ハ年、月又ハ日ヲ以テ定メタル給料又ハ賃銀ヲ受ケテ労務ニ服スルコトヲ得  

第265条
 上ノ規定ハ角力、 俳優、音曲師其他ノ芸人ト座元興行者トノ間ニ取結ヒタル雇傭契約ニ之ヲ適用ス

よく読むと、俳優や音曲師その他の芸人と雇傭契約関係にあるのは座元興行者とあるので、芸人を抱えていて様々な興行に送り込む芸能プロダクションは、雇用主自体ではなく労務供給事業に当たるのではないかという説も出てきて、ひとしきり談論風発しました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-dc7b.html (タカラジェンヌの労働者性)


うぎゃぁ、チケットのノルマが達成できないと「タレント契約」打切りですか。

これは、古川弁護士には申し訳ないですが(笑)、歌のオーディションでダメ出しされた新国立劇場のオペラ歌手の人よりもずっと問題じゃないですか。

売り上げノルマ達成できないからクビなんて、まあ個別紛争事例にはいくつかありますけど、阪急も相当にブラックじゃないか。これはやはり、日本音楽家ユニオン宝塚分会を結成して、タカラジェンヌ裁判で労働者性を争って欲しい一件です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-8a7f.html (ゆうこりんの労働者性)


Enn1108161540005p1_2この「実態は異なる」という表現は、労働法でいう「実態」、つまり「就労の実態」という意味ではなく、業界がそういう法律上の扱いにしている、という意味での「法形式の実態」ということですね。

そういう法形式だけ個人事業者にしてみても、就労の実態が労働者であれば、労働法が適用されるというのが労働法の大原則だということが、業界人にも、zakzakの人にも理解されていない、ということは、まあだいたい予想されることではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f75b.html (タレ・スポの労働者性と育成コスト問題)


これは、実は大変深いインプリケーションがあります。芸能人やスポーツ選手の労働者性を認めたくない業界側の最大の理由は、初期育成コストが持ち出しになるのに足抜け自由にしては元が取れないということでしょう。ふつうの労働者だって初期育成コストがかかるわけですが、そこは年功的賃金システムやもろもろの途中で辞めたら損をする仕組みで担保しているわけですが、芸能人やスポーツ選手はそういうわけにはいかない。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html (芦田愛菜ちゃんの労働者性)


20110920_ashidamana_02芦田愛菜ちゃんが労働基準法上の労働者であることには何の疑いもないからこそ、上の労基法61条5項をすり抜けようとして、こういう話になるわけですね。

そして、そうであれば、そもそもの労働時間規制が「修学時間を通算して1週間について40時間」「修学時間を通算して1日について7時間」であり、かつ小学校は義務教育ですから、その時間は自動的に差し引かれなければなりませんから、上の「朝から晩までずっと仕事漬けの日々」というのは、どう考えても労働基準法違反の可能性が高いと言わざるを得ないように思われます。

まあ、みんな分かっているけれども、それを言ったら大変なことになるからと、敢えて言わないでいるという状況なのでしょうか。

ところで、それにしても、芦田愛菜ちゃんのやっていることも、ゆうこりんのやっていることも、タカラジェンヌたちのやっていることも、本質的には変わりがないとすれば(私は変わりはないと思いますが)、どうして愛菜ちゃんについては労働基準法の年少者保護規定の適用される労働者であることを疑わず、ゆうこりんやタカラジェンヌについては請負の自営業者だと平気で言えるのか、いささか不思議な気もします。

ゆうこりんやタカラジェンヌが労働者ではないのであれば、愛菜ちゃんも労働者じゃなくて、自営業者だと強弁する人が出てきても不思議ではないような気もしますが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-6d6a.html (正規AKBとバイトAKBの処遇格差の合理性について)


2040819_201408110738045001407721125ふむ、さすがに労働基準法には違反しないようにと、細かく考えられているようですが、この有期雇用契約による非正規労働者たちの時給1000円という処遇については、正規AKBメンバーとの業務内容等の相違に基づき、合理的な説明がちゃんとできるようになっているんですよね、秋元さん。

なお、『ジュリスト』2024年12月号に掲載した判例評釈「アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性-アダルトビデオプロダクション労働者供給事件」では、昭和29年の最高裁判決を引用しつつ、次のように論じています。多分、タイトルだけ見てアダルトビデオ女優だけの話だと思われているのでしょうが、実は全芸能人に関わる話なんです。

労働判例研究 アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性-アダルトビデオプロダクション労働者供給事件

 確定した判例たる職業安定法違反被告事件(最一小判昭和29年3月11日刑集8巻3号240頁)は、旧遊郭地帯の待合業者に接待婦(売春婦)を紹介した事案について、「[職安法]5条にいわゆる雇用関係とは、必ずしも厳格に民法623条の意義に解すべきものではなく、広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係にあれば足りるものと解するを相当とする」と判示している。
 この拡張労働者概念は、公衆道徳上有害業務への職業紹介という局面について刑事法上の適切な結論を導き出すために作り出されたものという印象を免れないが、最高裁判決が「[職安法]5条にいわゆる雇用関係とは」と大きく論じている以上、職安法の適用全般にわたってそのように解釈されるべきものと理解すべきであろう。おそらく多くの労働法研究者に認識が共有されていないが、最高裁は職安法上の労働者性について「広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係にあれば足りる」と、極めて緩やかな経済的従属性によって判断するという枠組みを70年前の段階で確立していたのである。これは職業安定法違反被告事件(最三小決昭和30年10月4日刑集9巻11号2150頁)でも確認されている。
 その論理的帰結は極めて重大である。職業紹介、労働者募集、募集情報等提供、労働者供給、労働者派遣といった労働市場ビジネスにおける労働者概念が極めて緩やかな経済的従属性によって判断されるのであれば、現在フリーランスの紹介や募集といった形で行われているビジネスモデルについても、「広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係」の仲介である限り職安法が適用され、したがって同法に基づく許可や届出なしに事業が行われているならば同法違反ということになるはずだからである。最高裁は職安法63条2号に限定した労働者概念ではなく、同法の定義規定たる5条(現4条)の解釈として判示しており、これは今日まで変更されていない。・・・・

このように労働者供給元・供給労働者関係該当性を諾否の自由のある弱い拘束性でもよいと広く捉える考え方は、Ⅰでみた職安法上の労働者性を広く捉える考え方と組み合わせるならば、職安法63条2号の公衆道徳上有害業務に限らず、広範な分野に労働者供給の存在を認めることに帰結する。なぜなら、本判決がいうように「他のプロダクションとの間でアダルトビデオ女優の活動が禁止されていたこと」、「違約金条項や損害賠償条項の存在」、「出演料の金額を知らせていなかった」等によって、アダルトビデオ女優の供給労働者該当性が容易に認定できるのであれば、アダルドビデオではない一般の女優や男優も含めて、およそ現在の芸能界における芸能プロダクションと所属芸能人の関係はことごとく労働者供給元と供給労働者の関係であると認定できそうである。本判決のロジックは公衆道徳上有害業務に限った話ではなく、職安法44条違反という一般条項にも関わるのであるから、公衆道徳上有害でないから普通の芸能プロダクションは大丈夫というわけにはいかない。・・・・ 

本判決は供給先との間で指揮命令関係を認定するに当たり、「求められた演技に対する拒否ができた、あるいは演技における裁量の余地があった」としても指揮命令関係があったとしているが、もしそうなら現在の芸能プロダクションに所属する芸能人の演技行為はことごとく指揮命令関係ありといえてしまうであろう。本判決は職安法63条2号に限らず、職安法44条違反として労働者供給一般について上のように判示しているのであるから、上記昭和29年最高裁判例と合わせて考えれば、公衆道徳上有害であろうがなかろうが、厳密な指揮命令関係が認められなくても、現在の芸能プロダクションに所属する芸能人の演技行為はことごとく労働者性ありと判断されるべきという理路になってしまいそうである。・・・ 

残念ながら現在までのところ、この問題に反応した人はいないようです。

 

 

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