『労務事情』2023年10月1日号に「男性の育児休業取得率 17.13%」を寄稿しました。
◎数字から読む 日本の雇用 濱口桂一郎 第17回 男性の育児休業取得率 17.13%
かつて本誌に「気になる数字」を連載していた頃、2017年8月1/15日号に「「男性の育児休業取得率3.16%」を執筆しました。2016年度に男性の育児休業取得率が始めて3%を超えたと話題になっていた頃です。それから6年経った2022年度には、男性の育児休業取得率は17.13%と激増しています(令和4年度雇用均等基本調査)。・・・・
例によって月1回の労働新聞書評、今回は メアリー・L・グレイ、シッダールタ・スリ『ゴースト・ワーク』(晶文社)です。
https://www.rodo.co.jp/column/166499/
2018年に当時リクルートワークス研究所におられた中村天江(現連合総研主幹研究員)のインタビューを受け、日本ではジョブ型で騒いでいるが、世界ではむしろ安定したジョブが壊れてその都度のタスクベースの労働社会になるのではないかという危惧が論じられていると語ったことがある(https://www.works-i.com/column/policy/detail017.html)。2023年になっても状況は変わっていないが、タスク型社会の明暗をそれぞれ強調する翻訳書が出た。(日本支社はジョブ型の売り込みに余念のない)マーサー本社のジェスターサン&ブードロー『仕事の未来×組織の未来』(原題:「ジョブなきワーク」)(ダイヤモンド社)が,伝統的なジョブ型雇用社会の駄目さ加減をこれでもかと徹底批判するのに対し、今回取り上げる『ゴースト・ワーク』は、タスク型労働社会の絶望的なまでの悲惨さを、アメリカとインドの底辺労働者の現実を克明に描き出すことによって訴える。「ゴースト・ワーク」とは何か?世間ではAIによって多くの仕事が失われると騒ぐ声が喧しいが、失われるのはまとまった安定的なジョブであって、AIが繰り出す見事な技の背後には膨大な量の隠された人間労働があるのだ。印象的な数字がある。AIをトレーニングするためには膨大な量の画像にラベルを貼る必要がある。最初は学生たちを雇ってやらせたがそれでは作業完了には19年かかる。機械学習でやらせたが間違いが多すぎて使い物にならない。そこで、クラウドワーク大手のアマゾン・メカニカル・タークを使い、167か国4万9千人のワーカーを使って320万の画像に正確にラベル付けできたという。メカニカル・ターク(機械仕掛けのトルコ人)とは、人が中に入っていかにも機械仕掛けのように振る舞うチェス自動(実は手動)機械のことだ。なんと皮肉なことか。そう、人間がやってないような顔をしているAIは膨大な人間労働によって支えられているのだ。ただしそれは、一つ一つのタスクを瞬時に世界中で奪い合う苛酷な社会である。彼らは画面上でアルゴリズムに従って作業するだけで、お互いに何のつながりもない。彼らの労働の融通性とは極度の神経集中であり、自主性とは孤独とガイダンスの欠如であり、技術的不具合や善意の努力のせいで不正行為と判断されアカウントを停止され、報酬をもらえないこともしばしばだ。彼らAIを支えるゴースト・ワーカーたちを著者は「機械の中の幽霊」(ゴースト・イン・ザ・マシン)と呼ぶ。アーサー・ケストラーの有名な本のタイトルであるこの言葉が、これほどに似合う人々もいないだろう。著者は,2055年までには今日の全世界の雇用の6割が何らかの形のゴーストワークに変わる可能性が高いと警告する。自動化対人間労働というのは偽りの二項対立だ。ジョブという確立した社会安定装置が崩壊し、そのときそのときの見えざる「機械の中の幽霊」労働が世界を覆うだろうと。最後に著者が並べ立てる解決策には、ポータブル評価システム、ゴーストワークのサプライチェーンの責任の所在を明らかにするグッドワークコード、新たな商事改善協会としての労働組合、国民皆保険制度、そして成人労働者全員に被雇用者として基本給を支払う一種のベーシックインカムなどがある。しかし、これで未来は安心だというのはなかなかない。人間の未来は機械の中の幽霊なのだろうか。
前浦穂高著、全日本自治団体労働組合・衛生医療評議会監修『コロナ禍の教訓をいかに生かすか―医療従事者の働き方の変化から考える』(ぎょうせい)を、著者の前浦さんよりいただきました。
コロナ禍の教訓をいかに生かすか ―医療従事者の働き方の変化から考える
・コロナ感染者に対応した経験のある医師(5人)、看護師(8人)、救命救急士(5人)、保健師(6人)にインタビュー調査を実施し、コロナ以前からの働き方の変化、コロナ禍での苦労話などを聞き出しまとめた一冊。・インタビュー調査の結果を基に、今後の感染症対策、医療従事者を含めた地方公務員の人材確保など、次のパンデミックへの出口戦略を解説しています。
前浦さんはJILPTの研究員ですが、この調査研究はJILPTのものではなく、自治労衛生医療評議会の協力の下で独自に行ったものです。スタイルはいつもの前浦さんと同様の丁寧なヒアリングですが、最後の第7章では公務員制度の在り方について自らの考えをかなり明確に提示しています。
まえがき
第1章 はじめに
1.本書の概要
2.コロナ禍の時期区分
3.調査概要
第2章 コロナ禍における働き方の変化
1.コロナ前の医療従事者はどのような働き方をしていたのか
2.コロナ禍で職場の人員はどのような状況になったのか
3.コロナ禍の変化にどのように対応したのか
4.小括
第3章 コロナ禍の医療従事者の苦労・職場での無理解・風評被害
1.コロナ禍の苦労にはどんなものがあるのか
2.職場での無理解にはどんなものがあるのか
3.風評被害にはどんなものがあるのか
4.小括
第4章 医療従事者の意識の変化
1.満足度はどのような変化を見せたのか
2.なぜ満足度は低下したのか
3.エピソード:満足度低下の背景
4.小括
第5章 感染リスクと離職の間(はざま)で
―医療従事者を支えるもの
1.医療従事者の離職の状況
2.医療従事者は何に支えられているのか
3.エピソード:医療従事者を支えるもの
4.小括
第6章 コロナ禍の課題と要望・提言
1.行政内に見られた諸問題とは何か
2.行政によるサポートのあり方の問題とは何か
3.受け入れ態勢の問題とは何か
4.コロナ禍の業務負担とは何か
5.資器材の確保に関わる問題とは何か
6.次の感染症の感染拡大に向けて何が必要か
7.小括
第7章 次の感染症の感染拡大に向けて
1.コロナ化で医療従事者の就業実態はどうなったのか
2.なぜ医療従事者は離職を選択しなかったのか
3.地方公務員の役割の大きさと業務量の変化
4.減り続ける地方公務員
5.地方公務員の人数はどのように決められるのか
6.医療従事者を含めた地方公務員確保の必要性
あとがき
刊行に寄せて
本書の読みどころの一つは、医療従事者の肉声が多く収録されているところでしょう。
ある救急救命士はこんな感慨を語っています。
【O氏】一番ピークは、真夏の暑いときに、感染防護衣を着て電話を何十件も受けていた時は、「コロナにかかった方が楽ではないか」というのはありましたね。コロナにかかって2週間か3週間休める方がいいんじゃないかということは、自分の中でちょっとありましたね。
もちろん選挙運動の一環なんですが、それにしても現職大統領が現在進行形のストライキに「参加」するというのは初めてのことではないかと。
Biden Joins Autoworkers on Picket Line in Michigan
President Biden grabbed a bullhorn and joined striking autoworkers in Michigan on Tuesday, becoming the first sitting president to join a picket line in an extraordinary show of support for workers demanding better wages.
バイデン大統領は火曜日、拡声器を掴むとミシガン州の自動車産業労働者のストライキに参加し、ピケットラインに加わった史上初の現職大統領となり、労働者達の賃金引上げ要求に驚くほどの支持を示した。
これは、トランプ前大統領がやってくるのを察知してその機先を制したもののようです。
He joined the workers one day before his predecessor and likely 2024 rival, former President Donald J. Trump, is scheduled to visit a nearby county and deliver remarks to current and former union members.
彼は前任者にして2014年選挙のライバルであろうトランプが近隣を訪れて組合員たちに演説する予定であった1日前に労働者に参加したのだ。
つまり、バイデンとトランプの労働者の支持の取り合いというわけです。民主党はバラモン左翼じゃねえぞ、と。
今ごろ官邸では、どこかで賃上げ要求のストライキがあったら、岸田首相が行って「頑張ろう」くらい言わせて、へぼ野党から票をむしり取ろうかとか、誰かが相談しているかも知れないし、いないかも知れない。
希流さんが、拙著に関わってこう呟いていますが、
この日本独特の職場健康診断の問題は、昨年の日本労働法学会でも取り上げられましたが、その堀江正知さんが最近、『労働判例』のコラム「遊筆」で、次のように述べています。
会社の定期健康診断には、医師が驚く2つの特徴がある。労働者に受診義務を課していることと、その結果が事業者に報告され保存されていることである。医師の日常は、患者への説明と同意なしには誰にも伝えられない情報で溢れている。その医療機関を選んだのは患者であり、受診するかどうかも患者の自由である。診察の強制は精神保健福祉法や麻薬取締法が規定する場合に限られるはずである。ところが、労働安全衛生法は、約6000万人の労働者に受診を強制し、その結果を他人に渡している。その理由は、科学的な合理性と国際標準ではなく、歴史的な経緯と保守的な文化である。
1938年、国家総動員法の公布直後に、工場法の省令(工場危害予防及衛生規則)が改正され、工場医による健康診断が規定されたのが発端である。・・・・
この歴史的な経緯については、わたしも最近、『労基旬報』にやや詳しい解説を書いたことがあります。
2022年10月29,30日に開催された日本労働法学会の第139回大会は「労働安全衛生法改正の課題」というテーマで大シンポジウムを開きましたが、そこにただ一人労働法学者以外から登壇していたのが産業医科大学教授の堀江正知氏でした。「産業医制度の歴史と新たな役割」というその報告で、堀江氏は戦時体制下で作られた一般健康診断という制度が他国に例を見ない独特の制度であることに注意を促しました。現在労働安全衛生法第66条以下に規定されている健康診断については、我々ほぼ全てが労働者として毎年受診してきた経験を持つこともあり、違和感を感じることもないまま過ごしてきていると思われますが、その源流は堀江氏が指摘するとおり、戦時体制下の健民政策にあり、それが戦後80年近くにわたってさらに拡大発展してきたという歴史があります。本稿では、労働法学の本流からは軽視されがちな労働安全衛生法制において、日本独特の発展の方向性を根底で形作ってきたものともいうべき職場における健康診断の源流を見ていきたいと思います。現在の労働安全衛生法の出発点は、1911年に制定され1916年に施行された工場法の第13条ですが、これに基づき制定された省令には健康診断規定はありませんでした。現行労働安全衛生法の健康診断規定の直接の原型である規定が初めて設けられたのは、1938年の工場危害予防及衛生規則改正(昭和13年4月16日厚生省令第4号)によってです。この背景には、戦時体制が進む中で、結核対策と国民の体力向上に熱心な陸軍のイニシアティブで厚生省が設置されたことと国家総動員法が制定されたことがあります。厚生省が設置されたのは1938年1月11日ですが、これは支那事変が始まった盧溝橋事件から6か月を経過し、近衛文麿首相が「蒋介石政権を対手とせず」と声明した同年1月16日の直前でした。しかしその動きは陸軍省医務局長・陸軍軍医総監であった小泉親彦が1936年秋頃、国民の体力向上のため強力な衛生行政の主務官庁を作る衛生省構想を提起したことに始まります。小泉はその理由を、「全国から某師団に集まる優良なる壮丁三千五、六百名の中で約二百名が慢性の胸の疾患を有つてゐる。然し是は甲種合格である。甲種にならなかつた乙種の体格者、それから不合格者の者を合せれば、全壮丁中の過半数以上となるが、此等の不良体格者の中に、如何に多数の胸の悪い青年が存在するか想像に難くない。病気でなく、日々仕事に励むで居る青年で、口から結核菌を吐出す人が百人に付二人づゝあるのであるから、此の有疾無息の健康者が全日本にどれ位多数あるか、能く考へて見なければならぬ」と述べていました。そこで陸軍は、近衛文麿に対し内閣支持の条件として同構想の受入れを求めたのです。一方近衛には福祉国家構想から内務省社会局を中心とした新省設置の考えがあり、この両者を合体させて、「国民体力の向上及び国民福祉の増進を図るため」保健社会省を設置することとしたのです。ところが枢密院から、国内情勢に照らして「社会」という文字は不適当という意見が出され、書経の「正徳利用厚生」からとった「厚生」という言葉を用いることとなり、体力局、衛生局、予防局、社会局、労働局の5局プラス保険院からなる厚生省が設置されたのです。新生厚生省の中でも最重要課題とされたのは国民体力の向上でした。体力局は鋭意調査を進め、国民体力管理法案を作成して議会に提出し、1940年4月8日国民体力法として成立に至りました。同法は未成年者に対する体力検査を義務づけるとともに、同局は国民運動として健民運動を展開しました。こうした動向が、健康診断規定の導入発展の背景事情として存在していたことは重要です。1938年工場危害予防及衛生規則改正の主眼は、安全管理者、工場医、安全委員といった、これもまた今日の労働安全衛生法に連なる安全衛生管理体制を義務づけたことにありますが、その工場医の任務として年1回の健康診断が初めて規定されたのです。第三十四条ノ三・・・⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ⑧前項ノ健康診断ニ関スル記録ハ三年間之ヲ保存スベシ工場危害予防及衛生規則は1940年10月7日に改正され、工場医の選任義務が職工500人以上から100人以上に拡張されるとともに、衛生上有害業務従事者に対する年2回の特殊健康診断(という名称ではありませんが)の規定が設けられました。第三十四条ノ三・・・⑦工業主ハ工場医ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ⑧工業主ハ瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ工場医ヲシテ毎年少クトモ二回健康診断ヲ為サシムベシ⑨其ノ年ニ於テ国民体力法ノ体力検査ヲ受ケタル者ニ付テハ一回ヲ限リ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ国民体力法ニ基キ体力検査ヲ行ヒタル工業主以外ノ工業主ハ国民体力法ノ体力検査票又ハ精密検診票ノ写ヲ作製スベシ⑩前三項ノ健康診断ニ関スル記録又ハ体力検査票若ハ精密検診票ノ写ハ三年間之ヲ保存スベシこのように創設拡充されてきた健康診断規定が、大東亜戦争中の1942年に大きく再編拡充されましたが、これは規定の置かれる省令がそれまでの工場危害予防及衛生規則から工場法施行規則に移行する形を取りました。それまでは安全衛生管理体制の一環として工場医の任務という位置づけであったのが、正面から工業主が職工に対して実施すべき義務として位置づけられたわけです。第八条 工業主職工ヲ雇入レタルトキハ雇入後三十日以内ニ医師ヲシテ其ノ職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ但シ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケ三月ヲ経過セザル者ヲ雇入レタルトキハ此ノ限ニ在ラズ第八条ノ二 工業主ハ医師ヲシテ毎年少クトモ一回職工ノ健康診断ヲ為サシムベシ②瓦斯、蒸気又ハ粉塵ヲ発散シ其ノ他衛生上有害ナル業務ニ従事スル職工ニ付テハ前項ノ健康診断ハ毎年少クトモ二回之ヲ為サシムベシ③其ノ年ニ於テ前条ノ規定ニ依ル健康診断又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ヲ受ケタル者ニ付テハ其ノ受ケタル回数ニ応ジ前二項ノ規定ニ依ル健康診断ハ之ヲ為サシメザルコトヲ得第八条ノ三 前二条ノ健康診断ニ於テハ左ノ項目ニ付計測、検査又ハ検診ヲ行フベシ但シ其ノ年二回以上ノ健康診断ヲ行フ場合ニ於テハ身長、体重及胸囲ノ測定並ニ視力、色神及聴力ノ検査ハ之ヲ一回行フヲ以テ足ル一 身長、体重、胸囲二 視力、色神、聴力三 感覚器、呼吸器、循環器、消化器、神経系其ノ他ノ臨床医学的検査四 「ツベルクリン」皮内反応検査②前項第四号ノ検査ハ其ノ反応陽性ナルコト明カナルモノニ付テハ之ヲ省略スルコトヲ得③「ツベルクリン」皮内反応ガ陽性若ハ疑陽性ノ者又ハ医師ニ於テ必要ト認ムル者ニ付テハ「エツクス」線間接撮影又ハ「エツクス」線透視ヲ行フベシ④ 前項ノ検査ニ依リ結核性病変又ハ其ノ疑ヲ認ムル者ニ付テハ「エツクス」線直接撮影赤血球沈降速度検査及喀痰検査ヲ行フベシ⑤地方長官ハ前二項ノ検査ノ実施ヲ困難トスル工場ニ付テハ之ヲ免除スルコトヲ得⑥業務ノ種類又ハ作業ノ状態ニ依リ厚生大臣必要アリト認ムルトキハ第一項、第三項及第四項以外ノ項目ニ付テモ検査ヲ行ハシムルコトヲ得第八条ノ四 工業主第八条又ハ第八条ノ二ノ規定ニ依リ職工ノ健康診断ヲ為サシメタルトキハ健康診断ノ結果ニ関スル記録ヲ作成スベシ②第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ場合ニ於テハ工業主ハ国民体力法ノ体力検査ノ体力検査票若ハ精密検診票又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ヲ作成スベシ③前二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果ニ関スル記録、体力検査票若ハ精密検診票ノ写又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果ニ関スル記録ノ写ハ各三年間之ヲ保存スベシ第八条ノ五 工業主ハ職工ノ健康診断ノ結果注意ヲ要スト認メラレタル者ニ付テハ医師ノ意見ヲ徴シ療養ノ指示、就業ノ場所又ハ業務ノ転換、就業時間ノ短縮、休憩時間ノ増加、健康状態ノ監視其ノ他健康保護上必要ナル処置ヲ執ルベシ第八条ノ六 工業主ハ毎年一回第八条又ハ第八条ノ二第一項若ハ第二項ノ規定ニ依ル健康診断ノ結果(第八条ノ二第三項ノ規定ニ依リ健康診断ヲ為サシメザリシ者ニ付テハ体力検査又ハ厚生大臣ノ指定スル健康診断ノ結果)ヲ様式第七号ニ依リ地方長官ニ報告スベシ第八条ノ七 工業主其ノ他健康診断ノ事務ニ従事シ又ハ従事シタル者ハ其ノ職務上知リ得タル職工ノ秘密ヲ故ナク漏洩スベカラズ第二七条ノ二 第八条ノ七ノ規定ニ違反シタル者(工業主ヲ除ク)ハ百円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス②前項ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ズこの改正により、健康診断を実施する義務は工場医選任義務のある職工100人以上工場だけではなく、工場法の適用される職工10人以上工場の工業主に課せられます。それゆえ、健康診断を担当するのは工場医に限らない「医師」とされています。また、年1回の定期健康診断と年2回の特殊健康診断に加えて、雇入時の健康診断も義務づけられました。さらに、検査項目にもツベルクリン検査やエックス線撮影など結核対策が前面に打ち出されています。この前年の1941年7月18日、陸軍軍医中将の小泉親彦は第3次近衛文麿内閣で厚生大臣に就任しており、同年10月18日の東条英機内閣でも留任して、1944年7月18日の総辞職までその職を務めました。この省令改正は、「結核は亡国病である」という小泉の信念を実現しようとするものであったと言えましょう。戦後になって制定された労働基準法は、労働時間規制をはじめとしてさまざまな分野で戦前の水準を遥かに超える労働者保護を達成した法律ですが、よく見ると戦時下の諸法令で導入されていたいくつもの規定がほぼそのまま、あるいは若干形を変えて盛り込まれていることが分かります。労働安全衛生管理体制や健康診断に関わる領域はその最も顕著な分野です。労基法には第5章として「安全及び衛生」が置かれ、危害の防止(第42~45条)、安全装置(第46条)、性能検査(第47条)、有害物の製造禁止(第48条)、危険業務の就業制限(第49条)、安全衛生教育(第50条)、病者の就業禁止(第51条) といった規定に続いて、次のような規定が設けられました。(健康診断)第五十二条 一定の事業については、使用者は、労働者の雇入の際及び定期に、医師に労働者の健康診断をさせなければならない。②使用者の指定した医師の診断を受けることを希望しない労働者は、他の医師の健康診断を求めて、その結果を証明する書面を、使用者に提出しなければならない。③使用者は、前二項の健康診断の結果に基いて、就業の場所又は業務の転換、労働時間の短縮その他労働者の健康の保持に必要な措置を講じなければならない。④第一項の事業の種類及び規模並びに定期の健康診断の回数は、命令で定める。法律の文言上は特殊健康診断と一般健康診断がまとめて規定されてしまっていますが、省令レベル(労働安全衛生規則)ではより詳細な規定が設けられています。まず雇入時健康診断は労働者50人以上事業と各号列記されている有害業務の常用労働者に義務づけられます。前者は安衛則第11条により医師である衛生管理者と医師でない衛生管理者の選任義務が課せられている事業と同じですが、1942年規則が工場法の適用される職工10人以上工場に雇入時健康診断を義務づけていたのに比べると小規模工場が対象から外れています。一方定期健康診断については、年1回型と年2回型があるのは1942年規則と同じですが、労基法の適用範囲が工場法よりも大きく拡大したこともあって、規定ぶりが複雑になっています。まず、年1回の定期健康診断が義務づけられるのは、上記雇入時健康診断の対象労働者に加えて、農林水産業と金融広告業、官公署等を除く大部分の業種の常用労働者です。これらには規模要件はありません。言い換えれば事実上ほぼすべての事業の労働者に一般定期健康診断を義務づけたことになります。これに対し、規模に関わりなく雇入時健康診断が義務づけられる各号列記の有害業務については、年2回の定期健康診断が義務づけられています。こうしてほぼ戦時下の法令をベースにして作られた健康診断規定が、1972年には労働安全衛生法上により詳細に規定され、その後も累次の改正によって次々と膨れあがっていったことは、読者もよくご存じの通りです。今や労働安全衛生法の第66条から第66条の10までの計13か条、労働安全衛生規則の第43条から第52条の21までの計40か条に及ぶ膨大な健康診断関連規定の原点は、戦時体制下の国民体力向上の必要性にあったという事実は、関係者によってもっと知られてもいいことだと思われます。
つまり、戦時体制下で、国家的メンバーシップの観点から、天皇の赤子としてやがて出征すべき労働者を預かる企業に義務づけられた健康診断規定が、戦後企業的メンバーシップの文脈に読み代えられて、今日まで脈々と継続されてきたわけです。
『はなえみ』というのは、公益社団法人日本看護家政紹介事業協会の広報誌です。つまり、家政婦紹介所の連合体ですね。
そこに、連合総研の中村天江さんがインタビューを受けていて、その中で拙著もご紹介いただいています。
Special Interview 経営する側も働く人も社会変化に合わせ大変革が求められる時代 連合総研 主任研究員 中村天江 氏
・・・ 「ジョブ型雇用」という考えを提唱したことでも知られている、濱口桂一郎さんが『家政婦の歴史』(文春新書)という本を今年の7月に出版しています。この本の中で、家政婦がなぜ労基法の適用対象外となってしまったかの経緯をつまびらかにしています。
この本を読むと、今の法律や制度のひずみが歴史のどこに端を発しているのかがよくわかります。業界関係者の方にはぜひご一読いただきたいです。
『日本労働研究雑誌』10月号は、「公務員の職務と働き方」が特集です。
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/10/index.html
特集:公務員の職務と働き方
提言
非正規地方公務員=会計年度任用職員制度の抜本的改善を! 早川 征一郎(法政大学名誉教授)解題
公務員の職務と働き方 編集委員会論文
国家公務員の職務概念─職階制の形骸化から見える現状と課題 岡田 真理子(和歌山大学准教授)公務員の職業倫理─長時間労働との関係を探って 中谷 常二(近畿大学教授)
公務員の働き方と労使関係 松尾 孝一(青山学院大学教授)
「非正規」公務員をめぐる「改革」と課題 早津 裕貴(金沢大学准教授)
公務員の人事異動と人材形成─大卒ホワイトカラーの公民比較からの分析 圓生 和之(神戸学院大学教授)
地方自治体における採用活動の現状と課題─採用試験の見直しを中心に 大谷 基道(獨協大学教授)
国家公務員の幹部供給源に関する変化─国際比較の視点も交えて嶋田 博子(京都大学教授)
いろんな観点からの論文が並んでいますが、人事院出身で『職業としての官僚』という著書のある嶋田博子さんの論文の冒頭のこの台詞には、思わずそうそうと口走ってしまいました。
「日本の国家公務員人事は、1948年から2007年まで米国と同様のジョブ型・公募型だった」という文章の正誤を問われれば、×と即答する人が大半だろう。しかし、法律上はこれが正解である。一方、「キャリア官僚」と俗称される上級・Ⅰ種試験合格者が幹部ポストのほとんどを独占してきたことも間違いない。日本の官庁人事の最大の特徴は、法律と運用の大きな乖離にあると言えよう。・・・
さらに言えば、職階制こそ2007年改正で廃止されたとはいえ、フーバー以来のジョブ型の母斑は公務員法のここかしこになおいっぱい残っています。しかしその運用の実態たるや、恐らく民間のどの企業よりもメンバーシップ型が強固に作動しています。
その帰結は様々な箇所に矛盾として表出していますが、あまり人が指摘しない点として、ジョブ型社会でないが故にブルシットジョブのジョブディスクリプションをこまごまと作成するという究極のブルシットジョブがなくて済んでいるこの日本社会において、
デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ-クソどうでもいい仕事の理論』
・・・という本格的な批判はいくらでも出てくるのだが、ここではややトリビアな話題を。近年流行の「ジョブ型」論で言えば、ブルシット・ジョブといえどもジョブ型社会の「ジョブ」なので、ジョブ・ディスクリプションが必要なのだ。本書88ページ以下には、中身のない仕事の職務記述書をもっともらしくでっち上げるという究極のブルシット・ジョブが描写されている。日本にも山のようにブルシットな作業やら職場やらがあるのだろうが、ただ一つ絶対に存在しないのは、ブルシット・ジョブのジョブ・ディスクリプションを事細かに作成するというブルシットな作業であろう。なぜなら、日本ではそんなめんどくさい手続きなど一切なしに、もっともらしい肩書き一つで「働かないおじさん」がいくらでも作れてしまうのだから。もっとも、それがいいことなのか悪いことなのかの評価はまた別の話ではある。
法の基本設計がジョブ型でできている公務員に関する限り、「働かないおじさん」用のブルシットジョブのジョブディスクリプションをこまごまと作成し、曼荼羅図の如きポンチ絵でもって組織増員要求をするという究極のブルシットジョブから逃れることはできません。
また、この特集でも早津さんが取り上げている非正規公務員問題の根源も、なまじ終戦直後に官吏身分概念を廃棄し、ジョブに着目して末端の作業員まで悉く公務員であるという建前で法制度を作ったにもかかわらず、その後実質的に身分概念を復活させて、しかも法律上はそうじゃないふりをし続けたことの帰結とも言えましょう。
いろんな意味で興味をそそるテーマがいっぱい詰まっています。
WEB労政時報に「建設業の標準労務費」を寄稿しました。
国土交通省の社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会(学識者・業界団体関係者等20名、委員長:小澤一雅氏)は、2023年9月19日に中間とりまとめ「担い手確保の取組を加速し、持続可能な建設業を目指して」を公表しました。同中間とりまとめは、請負契約の透明化による適切なリスク分担と並ぶ大きな柱として「適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」を掲げ、適切な工事実施のために計上されるべき標準的な労務費を中央建設業審議会が勧告するとともに、労務費を原資とする廉売行為の制限のため、受注者による不当に低い請負代金での契約締結を禁止し、指導、勧告等の対象とすることを求めています。これは、建設業という産業政策の観点からの明確な賃金底上げ政策ということができ、大変興味深いものです。・・・・
裁判所HPに、人材紹介会社が人材紹介会社を訴えためずらしい事件の判決が載っています。令和4年12月22日の東京地裁判決で、原告は医師の紹介事業等を目的とする株式会社リンクスタッフ、被告はグローバルで人材紹介事業を行う企業の日本法人であるAllegis Group Japan 株式会社です。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/383/092383_hanrei.pdf
本件は、原告が、原告とその従業員の退職をめぐるトラブルに関連して、被告従業員が、被告の指示の下、原告に無断で原告事務所内に立ち入り、また、上記原告従業員を教唆して同人の退職に伴う業務の引継ぎを拒絶させ、原告の業務を妨害したと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権(民法 709 条又は 715条)に基づき、原告に生じた損害の一部である 140 万円の賠償及びこれに対する不法行為の日である令和 3 年 5 月 21 日から支払済みまで民法所定の年 3%の割合によ25 る遅延損害金の支払を求める事案である。
原告人材会社の従業員が退職したいというのを原告会社が認めようとせず、退職したら500万円払わせるぞという書類にサインさせようとしたトラブルに、その従業員の退職を進めている人材会社の従業員が関わって原告会社にやってきて、退職する権利はあるぞと叫んでますますトラブったという事件です。普通だったら事業会社と合同労組の間でよくありそうなトラブルですが、その当事者がどちらも人材会社というあたりが、何だか今風で面白いですね。
結論は常識的で、「以上のとおり、Aらによる原告事務所立入り及びDの引継ぎ拒絶のいずれの点においても、被告の原告に対する違法な業務妨害行為は認められない。したがって、その余の争点について検討するまでもなく、原告は、被告に対し、不法行為(民法 709 条又は 715 条)に基づく損害賠償請求権を有しない」というものですが、これ、分類は「不正競争・民事訴訟」に分類されていて、労働事件だと思われていないようです。でも、これは当事者がやや特殊なだけで、典型的な労働事件なんですよね。でも、『労働判例』に載るかな。
晴山一穂・早津裕貴編著『公務員制度の持続可能性と「働き方改革」あなたに公共サービスを届け続けるために』(旬報社)をお送りいただきました。
国家公務員は、憲法15条で「全体の奉仕者」として規定されている。 一部の政治家や「特権階級」のために奉仕するものではない。
まえがき 【晴山一穂】
第Ⅰ部 公務員とはなにか
第1章 公務員の全体像 【秋山正臣】
第2章 日本国憲法と公務員 【晴山一穂】
第3章 国の行政のしくみと国家公務員 【秋山正臣】
第Ⅱ部 公務員の役割と公務労働のあるべき姿
誰のためにどこを向いて仕事をしているのか 【日本国家公務員労働組合連合会】
労働者の権利を守るための労働行政を担う 【全労働省労働組合】
人や物の移動から災害対策まで担う 【国土交通労働組合】
日本の情報通信インフラを担う 【全情報通信労働組合】
国民のための「人権の砦」を担う 【全司法労働組合】
安全・安心な社会の実現を担う 【全法務省労働組合】
国民のいのちを守る医療体制を担う 【全日本国立医療労働組合】
県民のための沖縄開発を担う 【沖縄総合事務局開発建設労働組合】
税務行政の民主化をめざして 【全国税労働組合】
国民の人生に寄り添った公務・公共サービスを担う【全厚生労働組合】
国民のための経済・産業・エネルギー政策を担う 【全経済産業労働組合】
第Ⅲ部 公務員の働き方・あり方を考える
公務・公共サービスの現在 【早津裕貴】
第1章 非正規公務員をめぐる現状と課題 【西口 想/安田真幸】
第2章 公務の市場化・民間化 【萩尾健太/三澤麻衣子/恒川隆生】
第3章 行政・公務の民営化・市場化が
公務労働者(公務員制度)に及ぼす影響 【永山利和】
第4章 多様な公務・公共サービス、また、その担い手の
持続可能な発展に向けて 【早津裕貴】
労働法の観点から読む値打ちがあるのは第Ⅲ部の非正規公務員をめぐる問題を論じているところでしょう。この問題については自治総研の上林陽治さんが地方公務員法上の諸問題を精力的に訴えてきていますが、実は地公法と国公法とでは制度の仕組みが若干異なり、本書を読むとそのあたりの感覚がわかります。
水町勇一郎さんより、メガリスの如き巨大なるテキストブック『詳解 労働法 第3版』(東大出版会)が送られてきました。2年前の第2版からさらに50ページ近く増えて、36+1534ページに達しています。物理的な分厚さでいえば、年刊の川口美貴テキストや最近のピケティの『資本とイデオロギー』とそれほど変わりませんが、恐らく紙の薄さでページ数を極大化しているのでしょう。
https://www.utp.or.jp/book/b10033288.html
働き方のルールを定めた労働法制のすべてが分かる概説書。法令や告示・通達など制度の枠組みを分かりやすく解説するとともに、裁判など実際の紛争事例を数多く採り上げ現在の基準を鮮やかに示す。障害者雇用促進法の改正やフリーランス保護法の制定など法令の新たな動向や、名古屋自動車学校事件(最高裁)判決など近時の裁判例を踏まえた、待望の改訂版。
この2年刊の立法や判例を取り入れているだけではなく、細かなところでいろいろと書き込んでいるところがあります。たとえば、p34では工場法の「職工」の意義について注でやや詳しく論じています。
ただ、ここでの水町説には若干異論もあって、以前季労に書いたように、昭和8年5月24日発労第52号は「近時工場法ノ適用ヲ免レンカ為ニ職工間接雇傭ノ方法ニ依リ或ハ職工ヲシテ社員若ハ組合員タラシムル等工場経営ノ組織形態ヲ変更シテ工業主ト職工トノ間ニ使用関係ナシト為スモノ有之候処工場法ニ所謂職工トハ工業主ニ対シ従属的関係ニ於テ有償ニ工業的作業ニ従事スル労働者ヲ謂フ義ニ有之如上ノ場合ニ於テモ法規適用ノ対象タル工業主及職工間ノ使用関係ヲ否定スルコトヲ得ス従ツテ当然工場法ヲ適用スヘキ次第ニ有之候条御了知相成度」と言っていて、職工概念そのものを明確にしていたと思います。
なお、昨年の家政婦過労死事件については3箇所で触れていて、p59の注104では、「しかし、事業として組織的に編成され定型的な指示を受けて家事業務に従事している者の「家事使用人」性を肯定した点で、同判決には疑問がある」と述べていますが、その趣旨がいささか判然としません。そもそも家政婦はもともと派出婦会の派出の事業に雇用される者であったので、労基法が予定する家事使用人ではない、という私の考えとどう異なるのかもよく分かりません。
『労基旬報』2023年9月25日に「欧州労使協議会指令の改正に向けた動向」を寄稿しました。
今年(2023年)に入ってから、2月2日に欧州議会が欧州労使協議会指令の改正提案を含む欧州委員会への勧告を決議し、4月11日に欧州委員会がEUレベル労使団体への第1次協議を開始し、7月26日には第2次協議に進むという風に、同指令の改正に向けた立法の動きが加速化しています。今回はこの指令のこれまでの歴史を概観するとともに、今回の改正に向けた動向を概説したいと思います。EUの欧州労使協議会指令は、長期にわたる労使間及び加盟国間の鬩ぎ合いの結果、いまから30年近く前の1994年9月に成立したEU労使関係法制の要石ですが、その鬩ぎ合いの副産物として異様に複雑怪奇な仕組みとなってしまいました。指令の適用対象は、EU全域で1000人以上かつ2以上の国で各150人以上雇用する多国籍企業ですが、設立手続として本則の特別交渉組織による自発的設立のほかに、経営側が6か月交渉に応じないか労使が3年間合意しない場合に附則の補完的要件に基づいて強制設立されるというムチの規定、そして指令の施行日(1996年9月22日)までに欧州労使協議会に相当する協定を結んだ場合には指令を適用しないというアメの規定がありました。これはつまり、先行して労使協議会みたいなものを作っておけば、指令の細かい規定に拘束されずに済むというもので、30年近く経った現在でも大部分はこのレガシー協定です。同指令は2009年5月に改正されていますが、文言整理のための「recast(再制定)」指令と位置づけられており、あまり内容に関わる改正はありません。ただ、1994年指令が特別交渉組織について「自ら選択した専門家の援助」とのみ規定していたのが、「権限ある認知されたEUレベル労働組合組織を含む」と明記され、さらに「かかる専門家及び労働組合代表は特別交渉組織の依頼により諮問的地位をもって、交渉会合に出席することができる」と付け加えられました。これが現行の欧州労使協議会指令です。今回の動きの出発点は、欧州労連が2014年10月に採択した「職場のさらなる民主主義のための新たな枠組に向けて」という決議です。これは、情報提供と協議に加えて役員会レベルの労働者参加までをEU指令で規定すべきというものでした。欧州議会は2021年12月16日の決議「職場の民主主義:被用者の参加権の欧州枠組及び欧州労使協議会指令改正」において、下請連鎖やフランチャイズを含めたあらゆる欧州企業における情報提供、協議及び参加の枠組を導入するとともに、先行設立企業の適用除外(レガシー協定)を終わらせることを求めました。その後、欧州議会は2023年2月2日の決議「欧州労使協議会指令の改正に関する欧州委員会への勧告」において、同指令案の改正案を勧告として添付しつつ、2024年1月31日までに指令改正案を提案するように求めました。具体的には、情報提供と協議がされるべき「国境を超えた事項」概念の拡大、「協議」の定義を修正して欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めることやその意見が経営側によって考慮されるべきことも規定すること、情報提供と協議がなされなかった場合に企業の意思決定が保留され、2千万ユーロないし売上げの4%の罰金を科し、公共調達から排除すること、欧州労使協議会に機密事項かどうかを判断する客観的な基準を示し、企業活動を著しく阻害するとみなす情報へのアクセスを制限する際に事前の司法当局の認定を求めること、欧州労使協議会設置の交渉期間を18か月に短縮すること、そして先行設立企業の適用除外を終わらせること、などが挙げられています。今年の4月、7月と急に欧州委員会が労使団体への協議を開始したのは、これを受けてのことでした。4月の第1次協議文書はこれまでの本指令をめぐる経緯を長々と述べた上で、各項目ごとに現状と欧州議会の改正案を示し、最後にEU行動の必要性について問うています。これに対して欧州労連は5月22日付の回答で、欧州議会の改正提案が問題を的確に捉えていると述べ、特に情報提供・協議義務違反の場合に企業意思決定を一時的に保留する権利の提案を支持し、違反が繰り返される場合には企業意思決定を無効にすることすら提起し、このため行政ないし司法機関が無休かつ短時間で決定できるようにすべきとしています。また、労働組合の関与を特別交渉組織だけではなく欧州労使協議会の日常業務自体にも拡大するという欧州議会の提案を支持し、欧州委員会の協議文書がこの点に注意を払っていないことに不満を表明しています。機密情報規定についても欧州議会の提案を支持するとともに、このためやはり無休かつ48時間以内に決定を下せる機関が必要だとしています。欧州労使協議会設置の交渉期間については3年のままでかまわないとしつつ、特別交渉組織の設置と第1回会合のデッドラインを6か月とすべきだとしています。一方欧州経団連は5月25日付けの回答で、欧州労使協議会のあり方は自社のことを最もよく知る企業レベル労使に委ねるべきであり、指令改正の必要はないと強調して、欧州議会の直近の動きを批判しています。そして欧州労使協議会の発展のためには、画一的な規制強化ではなく、欧州委員会勧告や行為規範の形が望ましいと述べています。これらを受けて7月に出された第2次協議文書は、ほぼ欧州労連や欧州議会の提案に沿った形で、指令改正の方向性を提示しています。すなわち、①国境を超えたレベルでの労働者の情報提供と協議の権利について正当化されない相違を避けるため、すべてのEUレベル企業に一定の規則を適用し、現行の適用除外をなくすこと、②効率的かつ効果的な欧州労使協議会の設置のため、被用者による設置要求後の手続を簡素化し、交渉期間中の不必要な遅延や被用者側資源の不足のリスクを解消すること、③欧州労使協議会の情報提供・協議の手続をより効果的にするため、「国境を超えた事項」概念の明確化、機密事項や非開示条項の明確化、欧州労使協議会運営経費に関する規則の強化、④指令のより効果的な施行のため、特別交渉組織や欧州労使協議会の被用者代表による行政・司法手続へのアクセスの改善、などです。ここから、恐らく本年中に提案されるであろう欧州労使協議会指令の改正案の内容がほぼ透けて見えます。すなわち、まず1994年指令以来の先行設立企業の適用除外の段階的廃止です。ただし、既に改正指令の要件を充たしているものは経過措置で維持するようです。また企業グループにおける「支配企業」概念について、構造的には独立の企業だが契約上の取決めによって他企業の運営に影響を及ぼすものにも拡大することを示唆しています。特別交渉組織の設置と第1回会合の明確なデッドライン(欧州労連は6か月)を設定すべきとするとともに、特別交渉組織の法的援助に係る経費も経営中枢が負担すべきこと等の明確化も示されています。なお、欧州労使協議会の男女バランスのため、より少ない性の代表を増やすような仕組みを考慮すべきとも述べています。「国境を超えた事項」概念については、欧州議会勧告が「潜在的効果」を有するものに拡大するとしているのに対し、欧州委員会は「精査する」と述べるにとどまっています。「協議」概念については、欧州労使協議会の意見に対して理由を附した回答を求めるという欧州議会勧告の考え方を示しつつ、国内法や慣行との整合性にも言及しています。欧州労使協議会の利用できる資源については、基本的には経営中枢と被用者代表の決めるべき事トしつつ、専門家、訓練、法的助言及び訴訟の費用についてはより詳細を明確化することが必要としています。機密事項に関しては、欧州労使協議会が共有した機密情報を国レベルや地域レベルの労使協議会で機密保護ルールに従いつつ共有することを促進しうること、共有した機密情報の保秘義務の期間を特定すること、関係情報の開示が企業運営に深刻な被害をもたらすかどうかに関する客観的な基準を示すこと、さらには、特定の情報を非開示とすること自体を事前の行政・司法の認可に係らしめるという可能性すら検討しています。指令による情報提供・協議義務を遵守しない場合の制裁や司法手続については、①欧州委員会勧告、②指令中に加盟国が関係規定を設けるよう定める、③指令中により具体的な規定を定める、といった選択肢を提示しています。このように、欧州委員会は明確に欧州労使協議会指令の改正に舵を切っており、恐らく年内にも上記内容の改正案を提案することになると思われます。なお、第2次協議文書附属作業文書によると、現在全欧州労使協議会1001のうち、本社が日本に所在するものは計31社となっています。一方欧州労研のデータベースで日系企業を検索すると、設置年順にホンダ、住友ゴム、ソニー、富士通、パナソニック、東芝、リコー、東レ、花王、パイオニア、キヤノン、三菱電機、トヨタ自動車、TDK、日立製作所、ブリジストン、シャープ、三洋電機、コマツ、セイコーエプソン、日産自動車、日本たばこ、AGC、ダイキン、ヤマハ、武田製薬、ユーシン、イオン、ジェイテクト、ヤンマー、ヤザキ、アサヒビール、ムサシ、NTTと34社が出てきます。設置年を見ると先行設立企業もかなりあるようです。これらには今回予定されている改正はかなりの影響を及ぼす可能性があります。
新会社を設立し、全タレントを移籍させて、現会社は補償会社として存続させるというのは、まさにジャニーズ清算事業団方式ということかな。
昨日、ココナツ・チャーリイさんの拙著評を紹介するとともに、若干のコメントをしたところ、さっそくそれへのお返事がありました。
私が改めて指摘した労基法9条と10条が「事業」を適用の前提としていることについて、
本書中でももちろんこの点は指摘しており、私ももだえながら読んだところです。「事業」に使用される者を対象にするという点は、労基法の根幹に当たる部分です。条文はもちろんのこと、解釈や運用の変更となっただけでも一大事ですから、まず手を付けられない規定だろうと思います。
ゆえに法改正も、法の解釈や運用の変更も必要ない形での落とし所として、濱口さんは派遣事業化を訴えたわけであり、その趣旨はよく理解できます。
と認めつつも、
それでも、一般的に非正規労働への印象が悪い中で「派遣に転換せよ!」という主張が分かりにくいのは否めません。「家事使用人除外規定は憲法違反」のような「正義」のほうがまだ、直感的には分かりやすい。「派遣じゃだめだ! 正社員じゃないと意味がない!」のようなハードルの上がり方さえあり得そうな気もします。コレット的な態度というのはかくまでに、魅惑的で困ったものなのですね。
と、世間一般の労働問題に対する価値判断の方向性を真っ向から逆向きであることへの当惑感を示しています。
そう、まさにそこがこの問題の一番ねじれていて収まりにくいところなんでしょう。
労働者供給事業という極悪非道の事業を、まっとうな職業紹介事業にしてやったんだ、それのどこが悪い、という素朴な感覚と、いやそのために労働基準法や労災保険法の保護がはぎとられてしまったんだ、という法理の筋道とが、なかなか脳内で整合しないからこそ、そういう難しい問題に向き合いたくない人々によって70年以上も放置されてきてしまったわけです。
ココナツ・チャーリイさんがnoteで、拙著『家政婦の歴史』についてたっぷり紙幅をとって書評されています。
https://note.com/charlieinthefog/n/n3e6516af13a3
『ジョブ型雇用社会とはなにか』(2021年、岩波新書)のヒットが記憶に新しい著者が、なぜ家政婦の歴史?と思いながら手にとった。
「はじめに」を読むと、なるほど「家政婦」という職業が、労働行政上、宙に浮いた存在であることがわかる。
そしてさらに読み進めると、家政婦というビジネスモデルが戦前には法的にもその独自性を認められたにもかかわらず、戦後の混乱の中でさまざまな似て非なるものと同一視され、無理な当てはめを受けざるを得ず、現代に至るまでその矛盾を引きずっていることが分かる。・・・・・
以下、本書の内容を詳細に追いかけて行って、
・・・・社会正義の実現を志すコレットの大鉈振るいにより、家政婦という近代的なビジネスモデルが、行政上さまざまな制度に無理に当てはめられ、とりあえずその当てはめが落ち着くと、まもなく官僚も関心を失う。そして当てはめの無理がたたって、長時間労働規制の対象から漏れてしまう。
そんな悲しい状況が、長きにわたり放置されてきたことに驚く。制度の網から抜け落ちる弱者、というのは他にもさまざま指摘されているが、まさか家政婦がそのような存在だったとなぜ気付き指摘する人がこれまでそういなかったのだろうか。
本書ではそこまで書いてはいないが、放ったらかしにされた一因に、家事労働、あるいはケア労働そのものの地位の低さがあることは直感せざるを得ない。
ところで著者は労働法政策の研究者であり、法やその運用、解釈の積み重ねに一定の重要性を認める立場である。家事使用人は適用外という労基法の規定にはいろいろと問題があるが、制定の経緯をたどればそう簡単に否定できるものでもない。この重みを踏まえた議論をしている点が真摯である。
ただ、家政婦という先進的なビジネスモデルの元の在り方に即する形で、堂々と派遣事業化すればいいという著者の提唱は、理屈としてはそうなのだろうが、そもそも実際に派遣が解禁されても派遣事業へ移行しなかった家政婦紹介所が、今もなお存在し、結果、悲劇が起こり裁判にまでなったという帰結ではないのだろうか。あまり処方箋としての筋が見えないのが残念だ。
もちろん、現実に存在する家政婦紹介所がそう簡単に派遣事業に移行するとは思っていません。下記のように、むしろ労基法に縛られずに長時間労働したいという家政婦が多いこともあるでしょう。
ただ、本書にもちらりと書きましたが、世間でこの問題に憤っている人々が考えているほど、この問題の解決は簡単ではないということがあります。
たぶん、世間の圧倒的に多くの人々は、労基法116条2項の家事使用人の適用除外規定を削除すれば、現在の家政婦たちに労基法や労災保険法がめでたく適用されることになると思っているのでしょう。
しかし、残念ながらそうは問屋が卸さないのです。なぜなら、家事使用人であろうがなかろうが、労基法の適用対象は「事業」に限定されているからです。本書の241ページから242ページに引用してあるように、労基法の第9条と第10条は、「労働者」の定義においても、「使用者」の定義においても、「事業」であることを要件としています。
(定義)第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
第十条 この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。
「事業」に使用されなければ、労基法上の労働者ではありません。
かつて労基法施行時には、派出婦会の派出の事業というれっきとした「事業」に使用される者だから、家政婦は労基法の適用対象だったのです。
それが紹介所に紹介されるだけで事業ならざる一般家庭に使用されるようになったため、家事使用人であろうがなかろうが、労基法の適用から外れてしまったのです。
なので、そこを改めるためには、家事使用人の規定を削除しても仕方がないので、家政婦の使用者を「事業」にしなければならないのです。
なので、私は「だったら派遣事業にしたら?」と言っているわけです。
POSSEの人をはじめ、この問題で運動している人々は、ここのところの構造がどこまで理解されているのか、いささか懸念されるところです。
なお、チャーリーさんは最後に、これにも言及されています。
余談だが、著者の所属組織、労働政策研究・研修機構が最近「家事使用人の実態把握のためのアンケート調査」の結果を公表している。
長時間労働規制を忌避したくてわざわざ、家庭に雇用されることを望む人も少なくないようで、これはこれで悩ましい。
これは、こちらに全文が載っています。
https://www.jil.go.jp/institute/research/2023/230.html
東京新聞にこんな記事が載っているようですが、
地方銀行に「水増し」が横行? 「職員3人に2人以上が管理職」にして女性管理職比率が増 各行に聞いた
有価証券報告書(有報)への記載が求められる女性管理職比率を巡り、複数の地方銀行が、厚生労働省の原則では管理職に当てはまらない「課長代理」や「部下なし社員」を含めて算定していたことが分かった。これらの銀行の多くが、全行員に占める管理職数が半数近くまたはそれ以上だったことも判明。企業開示の専門家は「管理職数を水増しし女性比率の高さを取り繕っていると思われても仕方ない」と批判する。
本紙が女性管理職比率の高い地銀を中心に取材した。池田泉州銀行(大阪市)は女性管理職比率23.5%で、管理職の範囲を「課長代理 調査役以上」と有報に記載。管理職比率は68.4%に上り、行員1人に対して2人以上の管理職がいることになっていた。・・・
いやいや、もう9年も前になりますが、女活法が作られようとしていた時に、ちゃんとこう警告(?)しておいたはずで、今ごろそんなこと言うてもね・・・。
・・・・・それに、余り多くの方が指摘しない点ですが、日本型雇用システムの下では、数合わせがやりやすいという面があるのです。
そもそも欧米で一般的なジョブ型労働社会では、募集・採用も昇進も同じことであり、「あるジョブディスクリプション(職務記述書)で記載されているポストが空席になったときに、それに応募してきた男女から適格な人を選び出す」ということを意味します。そのため、「ジョブディスクリプションに適合しているにもかかわらず差別的に排除すること」が差別になるのであって、それが男女均等の出発点です。
次に、応募者の複数名がいずれも当該ジョブに相応(ふさわ)しい資格を有しているときに、より少ないほうの性(普通は女性)を優先的にそのポストに付けようというのが、ポジティブアクションとかアファーマティブアクションとか言われるものですね。欧米の裁判例ではよく出てきます。男女どちらも昇進する資格がある場合、オレのほうが優秀なのに何であの女を昇進させるんだ――といった事案です。
欧米社会では女性活用の数値目標を議論する際にも、このジョブ型ルールを大前提にしています。例えば、ある病院で医者が男性ばかりだから、看護師から女性を昇進させて数合わせをしよう――なんてことはあり得ないわけです。そういう性別職務分離(ジョブセグレゲーション)を解消するためには、まずは女子が医学部にどんどん進学して資格のある女性をたくさん作らないといけません。日本も医療界はジョブ型社会ですから、そういうことになります。
ところが、そういうジョブ型ルールで動いていない日本のメンバーシップ型社会では、話がまったく違う様相を呈します。そもそも「同じ職業資格を持っているのに差別される云々(うんぬん)」というところが不明確です。日本ではそんなもので採用したり昇進させたりしているわけではないので、判断基準は結局はなはだ一般的な「人間力」になってしまい、仮に差別があってもそれを差別だと立証しにくいという面が間違いなくあります。
その一方で、とにかく数合わせさえすればいいというむちゃな要求でも、そもそもそのジョブに相応しい資格があるか否かというような基準で採用したり昇進させたりしてきていないので、何でもありでやれてしまう面があるのです。実際には暗黙のルールとして年次昇進があり、今までは「いやいやまだまだ女性が育っていませんので……」というのが言い訳になっていたわけですが、そもそも論としてこれは女性を管理職に付けないことの絶対的な理由ではありません。ジョブ型社会で「当該ジョブに応募できるだけの資格がない」というのとは話が違います。
そ雇用システムをジョブ型にするというきちんとした意図もないまま、ただ表面的に「年功制解消」ともてはやしている評論家や新聞も見られます。そういう流行に素直に乗ってしまうと、女性活躍のためという大義名分で数合わせがやりやすいのです。本連載第37回でも言いましたが、かつては何回当選で大臣というそれなりにルールがあった閣僚ポストも、いまや何でもあり。そこに女性登用という至上命題が来ると、資質はともかく女性大臣を量産することは可能になります。
このように、ジョブディスクリプションなきメンバーシップ型社会は、ジョブ型からすれば不当な差別を差別と言いにくい社会であると同時に、ジョブ型からすれば信じられないような数合わせでもやれてしまう社会でもあるのです。
去る9月11日、最高裁が全日本建設運輸連帯関生支部事件について大阪高裁に差し戻したことについては既に報じられていますが、
逃げた最高裁/憲法第28条はどこへ?/産業労働組合「関生支部」大弾圧事件
その最高裁の判決文が早速裁判所HPに載っています。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/347/092347_hanrei.pdf
しかしながら、人に義務の履行を求める場合であっても、その手段として脅迫が用いられ、その脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える場合には、強要罪が成立し得るというべきであるから、原判決が、Gを雇用している旨の就労証明書を作成等すべきE社の義務の有無について、第1審判決が事実を誤認したことを指摘しただけで、前記第2の1(2)のとおり第1審判決が前提とするその余の事実関係について、第1審判決の認定が不合理であるかどうかを検討しないまま、強要未遂罪の成立を認めた第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしたことは、是認することができない。
この判決文を読みながら、話の本筋とはやや違うことながら、こういう判断が出てくるのは、組合側の喋っている言葉が関西弁、それもいかにも三流やくざ映画に出てきそうな典型的な「われ」「おんどれ」系のやくざ風関西弁であることが影響しているのではないかという感想が湧いてきました。
たとえば、
「何をぬかしとんねん、われえ、おい、こらあ、ほんま。労働者の雇用責任もまともにやらんとやな。団体交渉も持たんと、法律違反ばっかりやりやがって。こら。こんなもんで何ぬかしとんねん、こら、われ、ほんま。」
を標準語に翻訳してみると、
「何を言っているんだ、お前、おい、こら、ほんとに。労働者の雇用責任もちゃんとしないでだな。団体交渉も持たないで、法律違反ばっかりしやがって。こら。こんなもので何を言っているんだ、こら、お前、ほんとに」
なんだか一段か二段ぐらいまともになった感じがします、少なくともやくざが恐喝している感じはかなり薄れます。言ってる中身は全く同じですが。
一昨日(9月14日)欧州議会でEUにおける売春規制に関する決議が採択されたのですが、その元になった報告案を見ると、欧州議会の女性議員たちの間で売春/性労働をめぐる認識に鋭い対立があることが分かります。
この最後に説明的声明(EXPLANATORY STATEMENT)としてつけられているのが多数派議員の認識で、売春とは女性に対する暴力だというものです。
Prostitution is a form of violence and both a cause and a consequence of gender inequality. The gender-specific nature of prostitution reflects the prevailing power relations in our society. Prostitution reproduces and perpetuates stereotypes about women and men. This clearly includes the view that women’s and girls’ bodies must be for sale in order to satisfy the male demand for sex, and the view that men must and have a right to live their sexuality with another person. This also has a clear impact on gender equality and the further realization of women’s rights.
売春は暴力の一形態であり、男女不平等の原因でもあり結果でもある。売春の性別特有の性質は、私たちの社会に蔓延している力関係を反映している。売春は女性と男性に関する固定観念を再生産し、永続させる。これには明らかに、男性の性的欲求を満たすために女性や少女の身体は販売されなければならないという見解と、男性は他者とセクシュアリティを享受しなければならず、またその権利を持っているという見解が含まれている。これは、男女平等と女性の権利のさらなる実現にも明らかな影響を及ぼす。
一方で、その後につけられている少数派意見(MINORITY OPINION)では、全く異なる認識が展開されています。
The terms used in this report, i.e. “prostitution”, “women in prostitution”, denote value judgements, carry connotations of criminality and immorality, and stigmatise a marginalised community; people who sell sexual services prefer the term “sex workers” because the use of “prostitute” contributes to their exclusion from society, including access to health, legal and social services;
We see that the criminalisation of any element of sex work often compromises the safety of people selling sex, leading them to work covertly and preventing them from organising and effectively addressing exploitation in the sex industry.
この報告書で使用されている用語、つまり「売春」、「売春中の女性」は、価値判断を示し、犯罪性や不道徳性の意味合いを含み、社会から疎外されたコミュニティに汚名を着せるものである。性的サービスを販売する人々は、「売春婦」という用語を使用することが、健康、法律、社会サービスへのアクセスを含む社会からの排除につながるため、「性労働者」という用語を好む。
性労働のあらゆる要素が犯罪化されると、性を販売する人々の安全が損なわれることが多く、彼らが秘密裏に働くようになり、性産業における搾取に組織的に対処したり効果的に対処したりすることが妨げられると考える。
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