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2024年7月20日 (土)

賃金の決め方、上げ方、上がり方

なるほどね。経営学と経済学は斯様に異なる、と。

そういう意味で言えば、「賃金の決め方」というのが経営学の一分野たる人事労務管理論の問題意識であり、「賃金の上げ方」というのが同じく経営学の一分野たる労使関係論の問題意識であるのに対して、拙著ではあえて項目として起こさなかった「賃金の上がり方」というのはまさに経済学の一分野たる労働経済学の問題意識ということになるのかな。

「賃金の決め方」の目線が人事部で賃金制度をいじくっている人事屋の目線であり、「賃金の上げ方」の目線が労務部で労使交渉を担当している労務屋やそのカウンターパートの労働組合役員の目線であるのに対して、「賃金の上がり方」の目線はまさに上から下界を見下ろす神さまの目線、というか神さまの立ち位置に座っている経済学者やエコノミストの目線というわけだな。

(参考)

日本型雇用システム論と小池理論の評価(再掲)

・・・・ここで、こういう小池氏の発想の根源を探ってみたいと思います。多くの人は小池氏を実証的労使関係論者だと思っているようです。しかし、小池氏の議論は労使関係論の基本的発想の欠如した純粋経済学者のスタイルです。それも新古典派というよりも宇野派マルクス経済学の直系です。
 労使関係論とは何でしょうか?一言でいえば、労使の抗争と妥協によって作り上げられる「ルール」の体系を研究する学問です。その「ルール」は政治的に構築されるのですから、経済学的に正しい保障はありません。もちろん、政治的に構築されたルールが持続可能であるためには経済学的に一定の合理性を持つ必要があります。
 戦時賃金統制と電産型賃金体系が確立した生活給自体は政治的産物であるので、その合理性を経済学から演繹することはできません。しかし生活給を変形した(厳しい個人査定付き)年功的職能給制度の合理性は経済学的に説明することが可能です。
 いわば、小池理論とは、労使関係論が最も重視する(政治的に決定される)「ルール」をあえて議論の土俵から排除することによって成立しているきわめて純粋経済学的な議論なのです。

 この労使関係論なき純粋経済学ぶりは、賃金の決め方と上がり方をめぐる議論にも明確に現れています。上記『賃金』(1966年)を見てみましょう。小池氏は、当時経営側や政府で流行していた「年功賃金から職務給へ」に反論して、こう述べます。

・・・だが、右の議論には納得できない疑問点が数多く見出される。第一に、賃金率の上がり方と決め方が混同され、区別されていない。決め方とは、ここの賃金率を直接規定する方式のことである。・・・これに対して、賃金率が結果としてどのような趨勢をとるかが「上がり方」の問題である。
重要なのは、この二つが全く次元の異なったものだということである。例えば、決め方が職務給でも、上がり方が年齢に応じて上昇することもあり得る。・・・この両者のうち、より一層重要なのは上がり方である。そこに生活がかかっているからである。ところが右の年功賃金論は、この区別を知らない。職務給をとれば上がり方も緩やかになる、と考えている。だが職務給はもともと決め方にすぎないのであって、決め方を変えたからといって、上がり方がそれによって変わるものではない。・・・だから、そもそも上がり方としての年功賃金を、決め方としての職務給と対立させるのがおかしいのであり、両者は両立しうるのである。・・・

 さらっと読むと一見もっともらしく見えますが、生活給とは「上がり方」そのものを「決め方」で規制する仕組みであり、結果としてこういう上がり方になりましたというものではありません。労使関係論者であれば労使の抗争と妥協の中でどういう「ルール」になったかが最大の関心になるはずですが、小池氏にとっては(当事者が決定した)「ルール」よりも「より一層重要なのは」(当事者ではなく外部の観察者が調査しグラフ化して初めてみえてくる)「上がり方」であるという点に、その純粋経済学者としてのスタンスが現れています。
 とりわけトリッキーなのは、「そこに生活がかかっているからである」という台詞です。「そこに生活がかかっているから」こそ、電産型賃金体系は直接に「ルール」でもって「上がり方」を「決め」ようとしたのです。つまり確実に上がるような「決め方」が大事なのであって、労使当事者が決められる「ルール」の外側の経済学者が観察しグラフ化してはじめてみえてくる「上がり方」などに委ねようとはしなかったのです。

 

2024年7月19日 (金)

奴隷は近代黒人奴隷に限らず

5sy4ret_400x400_20240719150901 いま炎上している話に加わる気は全くありませんが、ShinHoriさんのこの言葉にだけ一言。

「奴隷」というと欧米の黒人奴隷を真っ先に連想させるので「奴婢」とか「奴僕」というと、もう少しニュートラルになるかも?

いやいや、人類の文明史はどこを切っても(程度の差はあれ)奴隷労働が出てきますよ。

81enrd5kosl_sy425__20240719151101 先日『労働新聞』で書評したヤン・ルカセンの『人間と労働』でも、古今東西の奴隷の歴史がちりばめられています。

ヤン・ルカセン『仕事と人間』@『労働新聞』書評

また本書では奴隷労働がかなりのウェイトをもって語られているが、その視野も全世界的に広がっている。近代初期にアフリカからアメリカ大陸に送られた黒人奴隷だけではないのだ。・・・

大体、中世まではヨーロッパの白人奴隷をイスラム商人が売り飛ばすというのがよくあるパターンだったわけだし。

71ec9d7ekxl_20240719151601 そして、我が日本においても、これも昨年書評した本ですが、渡邊大門の『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』に、戦国日本の奴隷売買の有り様がこれでもかこれでもかと描写されています。

渡邊大門『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』@労働新聞書評

国内で奴隷狩り、奴隷売買が盛んな当時の日本は、彼らを外国に売り飛ばす国でもあった。豊臣秀吉は九州征伐の途上で、ポルトガル商人たちが日本人男女数百人を買い取り、手に鉄の鎖をつけて船底に追い入れている様を見て激怒し、イエズス会のコエリョと口論になったという。コエリョ曰く「日本人が売るから、ポルトガル人が買うのだ」。・・・

M90635220707_1  ちなみに、これは新刊書では入手できないので、古本屋か図書館で見て欲しいのですが、日本法制史の大家である瀧川政次郎に『日本奴隷経済史』という大著があります。

第一部 日本經濟史上の奴隷制度
 序說
 第一編 日本中古の奴隷制度
  第一章 中古賤民制度の制定
  第二章 中古賤民の奴隷的性質
 第二編 奴隷の用途
  第一章 奴隷の生產的用途
  第二章 奴隷の不生產的用途
  第三章 奴隷のその他の用途
 第三編 奴隷の價格
  第一章 奴隷の標準價格
  第二章 奴隷の財產的價値
  第三章 奴隷の需要と供給
  第四章 奴隷の價格の差異
 第四編 奴隷の人口
  第一章 奴隷人口と全人口との比
  第二章 奴隷人口の實數
 第五編 奴隷の分布
  第一章 奴隷の地方的分布
  第二章 奴隷の階級的分布
 第六編 奴隷の生活
  第一章 奴隷の衣服
  第二章 奴隷の食物
  第三章 奴隷の住居
 第七編 日本中古の勞働組織
  第一章 總說
  第二章 自由勞働制
  第三章 不自由勞働制
  第四章 半自由勞働制
 結論
第二部 日本奴隷史論考
 第一 奴の字と夜都古の語義
  序說
  第一章 奴の字の說文
  第二章 夜都古の語義
 第二 主と奴
 第三 本邦古代奴隷の待遇を論ず
 第四 大佛は奴隷勞力の結晶に非ず
 第五 東大寺の奴隷
 第六 觀世音寺の奴隷 

 

 

 

 

 

 

米運輸労組チームスターズがトランプ支持?

400x1 ポリコレでウォークな民主党なんかよりもラストベルトの労働者に寄り添うトランプの方がいいというわけか。

トランプ氏が全米運輸労組に秋波、企業寄りだった共和党の立場複雑に

15日開幕した米共和党全国大会で全米運輸労組(通称チームスターズ)のショーン・オブライエン(Sean O’Brien)会長が、 同党の大統領候補に正式指名されたトランプ前大統領を「タフなS.O.B.」と呼んだとき、前大統領は顔をほころばせ、支持者らは歓声を上げた。・・・

同大会におけるオブライエン氏のスピーチは、130万人の組合員がトランプ氏支持にオープンであり、また正式な支持表明さえあり得ることをほのめかした。こうした明確な示唆は、米労働組合指導者としては異例だ。・・・

あれほどバイデンが一生懸命UAWのストライキのピケラインに参加して、親労組ぶりをアピールしても、バラモン左翼から貧困ビジネス右翼への流れはせき止められないのでしょうか。

でも、この記事が続いて書いているように、選挙向けの貧困ビジネスの装いの下には、本物のビジネス右翼の本音が隠されているはずですが、そこのところの葛藤はどう解きほぐしていくのでしょうか。

もっとも演説は労組加入の奨励と企業の強欲に対する非難も伴った。こうしたメッセージは、共和党の大多数に加え、党内がトランプ氏と共にポピュリズムに傾斜しても同党を資金面で支える大口献金者とってなお禁句といえる。・・・

労働者を標的とする「経済的テロ」を批判した同氏の辛辣(しんらつ)な発言に、会場内の共和党員が冷ややかな反応を示す場面もあった。

  共和党指導者や全国大会代表は、一段と広範な組合加入を呼び掛けるオブライエン氏の立場を全面的に受け入れることには抵抗しつつも、ポピュリズムの訴えで、民主党から有権者を引き剝がしていると自信を抱いている。・・・

 

 

 

 

 

2024年7月18日 (木)

賃金は上がらないといけないのか?

Asahishinsho_20240718160901 オベリスク備忘録さんが、続いて『賃金とは何か』の第Ⅱ部以降について書評してくださっています。

https://obelisk2.hatenablog.com/entry/2024/07/17/085622

・・・終章で、いわゆる「日本が安い」理由、日本の賃金が諸外国に比べ低くなっている理由が指摘されている。つまり、日本では「定期昇給」があるので一見して(個人の)給料が上がるように思えるが、ベースアップがない限り、時間的にスライドしているだけで、トータルでの給料(それは個人からすれば一生のであるし、また国家全体ではその総和)は、世代的に変わらない。それに対し、諸外国の給料は「実質的に」増加しているので、相対的に「日本が安くなる」というからくりだ。確かにそれは「けしからん」ことであり、日本も外国並みにならなければいけない、御尤もである。
 しかし、ここがわたしの無知というか、バカな疑問で恥ずかしいのだが、なぜ、給料は「実質的に」上がらないといけないのか? なんで、外国では、団体交渉をして、ジョブにくっついた給料を上げるのだろう。そりゃ、給料が上がるとうれしいのはわかる。でも、日本人は、「定期昇給」というからくりに「騙されて」、実質的に上がらない賃金でそこそこやってきたではないか。外国人は、現状に「ガマンできない」のか?・・・

これはなかなか哲学的意味で本質的な疑問です。

外国の労働者は、なんでストライキをやってまでして無理やり賃金を上げようとするんだろうか。賃金なんて上がらなくっていいじゃないか、というのは一つの立派な考え方です。

いや、脱成長とかほざいているインチキマルクス主義者たちは、ハッキリそう言ったらいいと思いますよ。論理的には当然そういうことになるはずなんだから。

でも、そこまではっきり言う人は見たことがありませんね。賃金なんか上がらなくっていいじゃないか、外国の労働者がどんどん豊かになっているのに、日本の労働者が貧しいままでどこが悪いんじゃ。あいつらは下らないことに夢中になっているだけなんだ、と、言えばいいのに、いわないのは卑怯だと思うけど、まあいいや。

これに対して、私がこの本で言っているのは、そんな哲学的に本質論的な話じゃなくって、定期昇給は賃上げだと思い込んで、ここ30年間毎年2%ずつ賃金が上がってきたね、良かったね、と自分を慰めていても、それは内転しているだけで、日本人の賃金は全然上がってこなかったんだよ、と指摘しているだけです。

賃金なんか上がらなくてもいいと達観している人に言ってるんじゃなくって、賃金は上がるべきだと思っていて、実際少しずつでも上がってきていると思っている人に対して、いやいや定期昇給ってのは内転しているだけで、賃金自体は上がってなんかいないんだよ、と指摘して差し上げているだけなんです。まことに本質論的ではない世俗的でみみっちい話に過ぎないんです。

でも、この本はそういう世俗的次元にのみ焦点を合わせている本なので、哲学的にはまことに物足りない底の浅い議論になってしまっているのでしょうね。そこのところは書いた本人が良く承知しております。

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『日本の労働経済事情 2024年版』

E737da351326d1a13ad17312c15e499238628fc4 日本経済団体連合会事務局『日本の労働経済事情 2024年版』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat2/f6a7330ac20fd7b995b55d37005c746b0836d1ee.html

人事・労務全般に関する基本的な事項や、重要な労働法制の概要と改正の動向、わが国労働市場の動向などについて、1テーマ・1頁を基本に、図表を用いてわかりやすく簡潔に解説します。2024年版では、育児・介護休業法、雇用保険法等の重要な法令改正のほか、エンゲージメント向上のための施策、高齢者雇用における課題と対応策、外国人技能実習制度に代わる育成就労制度の創設等、最新の動向を解説しています。人事・労務部門の初任担当者がはじめに学習する際に役立つことはもちろん、新任管理職など、業務等を通じて人事・労務に関心を持たれた方が基本的な事項を理解・確認する手引きとしても、ご活用いただけます。


【おもな内容】
Ⅰ 労働市場の動向・雇用情勢・労働時間と賃金の概況
 失業率・求人倍率、雇用形態別労働者、労働時間、労働生産性 等
Ⅱ 労働法制
 労働基準法(賃金のデジタル払い等)、労働安全衛生法、労働契約法、職業安定法(労働条件明示に関する省令改正等)、障害者雇用促進法(短時間労働者の雇用率算定等)、労働者派遣法、育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法、公益通報者保護法 等
Ⅲ 人事・労務管理
 人事・労務管理における重要テーマ、人材育成、円滑な労働移動 等
Ⅳ 労使関係
 日本の労使関係の変遷、春季労使交渉 等
Ⅴ 労働・社会保険
 医療保険制度、介護保険制度、年金制度の体系、雇用保険制度(求職者給付、財政状況等)、労働者災害補償保険制度 等
Ⅵ 国際労働関係
 グローバル化の進展、ILO(国際労働機関) 等

 

イギリス労働党政権の労働政策

Images_20240718124201 世界中でいろんなことが起こりすぎて、イギリスで久しぶりに労働党政権ができたことにあんまり気が行ってなかったのですが、その労働党の労働政策のマニフェストを見ていくと、労働者概念に関するこれまでの三分法を二分法に簡素化するという政策を提示していたんですね。

LABOUR’S PLAN TO MAKE WORK PAY

これの「片手落ちの柔軟性を終わらせる」(Ending “one-sided flexibility”)には、ゼロ時間契約とか解雇即再雇用といった問題と並んで「労働者の単一の地位」(Single status of worker)ってのがあって、現在のイギリスのemployee,worker,self-employedの三分法をやめて、労働者と純粋自営業者の二分法に簡素化するという一節が盛り込まれています。

Single status of worker

The UK has a three-tier system for employment status, with people classified as employees, self-employed or ‘workers.’

The Taylor Review noted this framework often fails to provide clarity for workers and business. Determining which category you are in – and your access to various employment rights and protections – requires knowledge of complex legal tests and an “encyclopaedic knowledge of case law”. This means many workers find it difficult to get a clear picture of where they sit and what protections they are owed, while business can also struggle to properly place staff and comply with legal obligations.

The rise of new technologies and ways of working has exacerbated this challenge, with workers and businesses struggling to apply the complex legal framework to novel forms of working and operating.

In some extreme cases, the ambiguity has been deliberately used to cut costs and avoid legal responsibilities. Labour believes our three-tier system of employment status has contributed to the rise of bogus selfemployment, with some employers exploiting the complexity of the UK’s framework to deny people their legal rights. The complexity has meant businesses and workers are reliant on lengthy legal processes to resolve issues.

Therefore, we will move towards a single status of worker and transition towards a simpler two-part framework for employment status. We will consult in detail on a simpler framework that differentiates between workers and the genuinely self-employed.

We will consult in detail on how a simpler framework that differentiates between workers and the genuinely self-employed could properly capture the breadth of employment relationships in the UK, adapt to changing forms of employment and guard against a minority of employers using novel contractual forms to avoid legal obligations, while ensuring that workers can benefit from flexible working where they choose to do so. We will also evaluate the way flexibility of ‘worker’ status is used and understood across the workforce and the way it interacts with and is incorporated into collective agreements.

We will also consider measures to provide accessible and authoritative information for people on their employment status and what rights they are owed, tackling instances where some employers can use complexity to avoid legal obligations.

 

 

 

2024年7月17日 (水)

イデオロギー政治と利益政治(再掲+)

P589djcu_400x400 先日の都知事選の余波で、いろいろとめんどくさいことになっているようですが、まあそちら方面には立ち入る気は毛頭ありませんが、それに関連して2C1Pacificさんがこう呟いていたのに対しては、かなりの共感を感じたところです。

連合が共産党とは一緒にできないというのはよく分かるのだけど、民主党政権下で連合傘下労働組合員に良いことがあったとはちっとも思えないので、連合が旧民主党勢力を結集させて何したいのかさっぱり分からない。連合草創期・山岸章時代の「反自民・非共産勢力の結集!」なんて力もないでしょ。

連合系の国家公務員の労働組合(連合系が多数派でないところが多いと思うけど)が旧民主党系を支持するのに至ってはマゾヒストなのかと思ってしまう。いや、その人たち、わしらの給料、思いっきり下げたじゃん。

連合はもう政党政治から一歩引いた方がいいんじゃないですかね。総資本対総労働の時代でもないんで。

そもそも連合と共産党がどうこうという話以前に、連合が立憲民主党を支持するのがよく分からないとしつこく言っていきたい。民主党政権で労働者に何かいいことあったっけ。(まあ、麻生太郎が言ってたような話になっちゃうけど。)

特に公務員の労組ね。立憲民主党って、公務員への労働三権の完全付与と引き換えに公務員人件費削減を主張してたよね。もし、公務員労組のほうで労働三権がもらえるなら給与が下がってもいいなんて考えるなら、組織率の壊滅的な低下も残当でしょ。

連合が反共産党なのはケシカランというおバカなことを言っている人とは全然違う意味で、連合や芳野会長の政治姿勢は意味不明だと思っている。

以前似たようなことを書いた記憶があったので、検索するとこんなのが出てきました。

イデオロギー政治と利益政治

これも本ブログで何回も取り上げてきたテーマですが、

https://www.asahi.com/articles/ASL1G61VCL1GUTFK00C.html(「連合、陳情は自民。選挙は民進。あほらしい」 麻生氏)


企業の利益の割に、(労働者の)給料が上がっていない。給料や賞与を上げてほしいと今の政権が経団連に頼んでいるが、本来は連合や野党・民進党の仕事だ。連合は、陳情は自民党、選挙は民進党。あほらしくてやってられない。

こんなやり方、いつまでやってんだと。私のことですから、会うたびに連合の方やら何やらに申し上げてきています。全然おかしいですよ。何であんたの労働組合は民進党をやっている? 我々の方がよっぽど労働組合のためになっているんじゃないですかね。

これは、この限りでは全くその通りなので、これで腹を立てる人は、おそらく政治というものの理解が違うんでしょう。

要は、、政治というのは自らが抱く信仰やイデオロギー、とりわけ自分や自分たちが属する人々社会的位置に関わる経済的社会的利害得失といった世俗的なこととは切り離された、何か空中をふわふわ漂う、あるべき正義の観念みたいなものに関わるものごとであると思い込んでいる人々にとっては、麻生氏ら自民党政権の方が労働組合のためになることをしようがしまいが、そんなこととは何の関係もなく政党を支持したりしなかったりするべきものなのでしょう。

いや、そういう政治観念というのは立派にあって、それに殉じてきた人々も山のように歴史の中に並んでいるわけですが、とはいえ、(政党じゃない)労働組合がそういう信仰政治、イデオロギー政治をやって良いのかといえばそれはまた別の話で、それはやはり「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体」であって、「主として政治運動又は社会運動を目的とするもの」ではないと法律が明記している労働組合としては、まず何はともあれ、労働者の利益になることをするか否かで支持するか否かを決めるべきものであって、そうでなければそんな団体は労働組合の名に値しない、はずです。労働組合とは徹頭徹尾労働者の利益を追求する団体であり、その意味で世俗的利害に敏感な団体のはず。

その意味からも、労働者にとって大事な労働政策を平然と仕分けしたり、自分たちの仲間を理由にならない理由で平然とクビした政治家たちを真っ先に支持しに行くというのは、少なくともあるべき利益政治の観点からすると、いかがなものであろうかという感想を抱かせるものであることは間違いないと思いますよ。

もちろん、その上で、たまたま今労働者の味方をしているように見えるけれども長年にわたってそうじゃなかった政党よりも、政権を取ればそれよりももっと労働者のためになる政策をやってくれるはずの政党を支持するという判断は十分あり得ます。

でもね、なんだかそうじゃなさそうだからなあ。

政党支持によるロックイン効果


黒川滋さんが

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2012/07/715-dac8.html(多様な政党支持のある労働組合であっても政党支持していけないものか)


話を戻すと、団体が構成員の政党支持の分布にしたがって政党支持を放棄するということは実にナンセンスな話で、団体が政党との間の政策や理念との取引の過程で、特定の政治家や政党を推薦したり支持したりすることを意思決定することは民主主義社会のなかでは当然の行為であろうと思います。むしろ団体に政党を支持してはならないという前提をつくることが、複数政党制を否定するか、政党との協議より役所に陳情することが常態化した官僚支配の国か、アメリカのにようにすべてが経済的な自由競争の論理で説明づけるような社会運営をしている国でもなければありえない現実です。

ヨーロッパの民主主義は社会を構成するさまざまな階層や要求を前提にした団体が政治参加して、その団体ごとの要求や政策を政党間での協議で調整しながら社会を運営していて、これは日本国憲法が否定するような社会体制ではありません。
また団体が特定の政治家や政党を支持することを運動とすることは、団体による運動の思想を啓発する役割もあり、こうした働きかけがなければ、社会を変えていくなどということはありえなくなります。

と述べていて、その趣旨は分からないではないですが、逆に労働者のための政策をちゃんとやってくれるかどうか怪しいような政党をうかつに全面支持してしまうと、支持された方は票が入るのは当たり前と全然感謝もしないままほかの方面からの支持を求めてあらぬ政策に熱中し、支持している方が今更ほかに票を回せないものだから、トンデモな政策を目の前でやられながら効果的にコントロールもできないというロックイン効果が生じるのではないでしょうか。「釣った魚に・・・」なんて思われるようでは、やはり政治的にインテリジェントとはいいがたいように思います。

そうならないためには、へたに「政党」まるごと支持してしまうのではなく、「政策」で支持するか支持しないかを考えさせていただく、という態度を(少なくとも建前としては)取らないと。

(追記)

ついでに、こんなのもありました。

そりゃそうなるよな


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161130/k10010790081000.html(自民と連合が5年ぶりに政策協議)


・・・自民党本部で5年ぶりに行われた政策協議には、自民党から茂木政務調査会長らが、連合からは、逢見事務局長らが出席しました。この中で、連合の逢見氏は、「大きな影響力を持つ自民党との意見交換は大変ありがたい」と述べ、労働者の雇用の安定やすべての世代が安心できる社会保障制度の確立などを要請しました。
これに対して茂木氏は、「連合の政策に最も近いのは自民党ではないかと自負している。労働界を代表する連合との意見交換を通じて、働き方改革などの実現につなげていきたい」と応じ、協議を続けていきたいという考えを伝えました。
このあと連合の逢見氏は、記者団に対し、「相撲でいえば、お互いの感覚が一致して、立ち会いができた。自民党とは政策面での距離感は無く、特に雇用や労働、社会保障の面での問題意識は、自民党も同じであり、来年は、もう少し早く行いたい」と述べました。

ねずみを捕らない、どころか、ねずみをいっぱい引き入れて家の中をしっちゃかめっちゃかにする白猫と、ちゃんとねずみをたくさん捕ってくれる黒猫がいたら、それはもちろんねずみを捕ってくれる猫の方がいい猫なんです。

もちろん、その黒猫は猫をかぶっているだけで、白猫を追い出したらもっと性悪になるかも知れないという議論はあり得るけれども、ねずみを捕らないダメな白猫に「猫猫たらずとも」忠誠を誓えというのは愚かな議論です。

労働組合とは政治団体でもなければ宗教団体でもなく、況んや思想団体でもないのですから。

そこのところが分かっていない議論が多すぎるのが困ったことですが。

 

 


 


 

 

 

オベリスクさんの『賃金とは何か』評

81tj1p4qhol_sy466_ 今まで多くの拙著をブログで書評してきていただいてるオベリスクさんが、今回は『賃金とは何か』に対して、おそらくこの本を読むであろう多くの読者とは異なり、「いわゆる「会社」ってところで働いたことがない」という立場から、素朴で本質的な疑問を提起されています。

https://obelisk2.hatenablog.com/entry/2024/07/16/082830

・・・わたしは「職務給と職能給」などというよりも、個人的に、「同一労働同一賃金」という正論的原則が、日本型雇用形態の中でどう扱われてきたか、という視点で読んだように思う。もともとわたしは、いわゆる「会社」ってところで働いたことがないので、「同一労働同一賃金」って当たり前じゃん、てな素朴な感覚でいたのだが、なかなかそれがどうして、そうはいかなかった、って話なんだよね。派遣であろうがパートであろうが女性であろうが、(男の)正社員と同じ仕事をすれば同じだけのお金がもらえるってのは、当たり前のことに感じていたわけであるが。
 本書を読めば、そういうわたしの(正論的)感覚が、歴史的事実を見るといかにナイーブであったか、わかるわけだ。確かに、父親が働いてそれで一家を養う、なんていう考え方が常識なら、「生活給」、つまり家族を養っていくのに必要なだけの賃金を払う、という考え方(年功序列方式に繋がる)にも、ある程度の合理性を感じる。また、新入社員でもおっさんでも「同一労働同一賃金」っていうと、おっさんがいろいろ困るというのも、まあ感情的にわからないでもない。・・・

この「おっさんがいろいろ困る」話は、とりわけ第Ⅰ部第4章の「労働組合は職務給に悩んでいた」という当たりで詳しく描写しています。

なお、オベリスクさんは最後に「付け加えておくと、本書では「給料が上がるというのはどういうことか」という視点が重要なようだ。それは、じつはそれほど自明なことでないのである。」と付け加えておられますが、これは主として第Ⅱ部の「賃金の上げ方」に関わる話です。この第Ⅱ部のタイトルが「賃金の上がり方」(自動詞)ではなくて「賃金の上げ方」(他動詞)であるのには、深い意味があります。

 

 

 

2024年7月16日 (火)

バラモン左翼と貧困ビジネス右翼

もはやアメリカの英雄と化したかに見えるドナルド・トランプが、副大統領候補に選んだヴァンス上院議員というのは、ラストベルトの虐げられた白人労働者の声をこういう本にした人のようです。

トランプ氏、副大統領候補にバンス上院議員を選出…白人労働者層を描いた回想録がベストセラー

オハイオ州出身のバンス氏は、2016年出版の回想録「ヒルビリー・エレジー」で、製造業が衰退した「ラストベルト」の一つである同州の貧困に苦しむ白人労働者層の姿を描いた。同年大統領選で、トランプ氏を白人労働者が熱狂的に支持した現象が理解できるとして、ベストセラーとなった。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

9784334039790 ニューヨーク生まれの富豪で、貧困や労働者階級と接点がないトランプが、大統領選で庶民の心を掴んだのを不思議に思う人もいる。だが、彼は、プロの市場調査より自分の直感を信じるマーケティングの天才だ。長年にわたるテレビ出演や美人コンテスト運営で、大衆心理のデータを蓄積し、選挙前から活発にやってきたツイッターや予備選のラリーの反応から、「繁栄に取り残された白人労働者の不満と怒り」、そして「政治家への不信感」の大きさを嗅ぎつけたのだ。

トランプを冗談候補としてあざ笑っていた政治のプロたちは、彼が予備選に勝ちそうになってようやく慌てた。都市部のインテリとしか付き合いがない彼らには、地方の白人労働者の怒りや不信感が見えていなかったからだ。そんな彼らが読み始めたのが、本書『ヒルビリー・エレジー(田舎者の哀歌)』だ。(解説より)

ポリティカリーコレクトでアイデンティティポリティクスでジェンダーに”のみ”センシティブで文化的に”だけ”マルクス主義的な「ウォーク」ども、ピケティのいう「バラモン左翼」に満ち満ちた民主党の大統領が、UAWのストライキに飛び入り参加して、組合のピケラインに加わった初めての大統領だと自慢してみても、そんなんじゃだまされねえぞ、粗野な田舎者の労働者の怒りを知るがいい、というメッセージを届けるのには一番ピッタリの人材だというわけでしょう。

その巧みさは、これぞ億万長者のトランプが貧しい労働者の味方面をする貧困ビジネスの真骨頂というべきでしょうか。(本来違う意味ですが)ピケティのいう商売右翼と悪魔合体させて「貧困ビジネス右翼」と呼びたい衝動に駆られます。

(追記)

ちなみにトランプが大統領に当選した2016年末にはこんな記事もありました。

明日のメシを満足に食べられる連中


朝日新聞の「Globe」が、「トランプがきた」の特集。

http://globe.asahi.com/feature/2016113000011.html

「中流が溶けていく」など、アメリカ社会の分析はだいたいこの間論じられているところに沿っていますが、興味深いのはあえて橋下徹前大阪市長にインタビューしているところ。

http://globe.asahi.com/feature/article/2016113000007.html?page=3

「負けたのは知識層だ」というタイトルで、インタビュワの突っ込みに対してむしろそれを上回る突っ込みを入れているやりとりが、いろんなことを考えさせます。

国末 かつて政治家の条件だったポリティカル・コレクトネスを、尊重しない人が出てきている。なぜでしょう。

橋下 有権者が政治家のきれいごとにおかしいと思い始めてきたんですよ。口ばかりで本気で課題解決をしない政治に。米国で言えばワシントン、英国で言えばウェストミンスターの中だけで通用するプロトコル(儀礼)できれいごとを言っても、それは明日のメシを満足に食べられる連中だから。ポピュリズムという言葉で自分たちと異なる価値観の政治を批判するのは間違っています。それは自分の考え以外は間違いだと言っているだけ。民主政治の本質は大衆迎合です。重要なのは、社会の課題を解決する力。エリート・専制政治の方が大衆迎合よりもよほど危険なことは歴史が証明しています。今回の選挙の敗北者は、メディアを含めた知識層ですよ。

ポリティカルコレクトネスを大事に考えている(と少なくとも振る舞っている)インタビュー記者に対して「それは明日のメシを満足に食べられる連中だから」という一言は、かなり痛烈なものでしょう。

そのあとのこのやりとりはさらに刺激的です。

国末 失礼な言い方だが、トランプは成り上がり者。橋下さんも庶民の出身。ポピュリストたちはみんなそうです。だからこそエリートの嫌な面が見えるのでしょうか。

橋下 明日のメシに苦労せず、きれいごとのおしゃべりをして、お互いに立派だ、かっこいい、頭がいいということを見せ合っているのが、過度にポリティカル・コレクトネスを重視する現在の政治家・メディア・知識人の政治エスタブリッシュメントの状況じゃないですか。そんな連中に社会の課題が分かるはずがない。政治なんて、もっとドロドロしたものなんです。僕はポピュリズムというものは課題解決のための手段だと思ってます。メディアの仕事は、下品な発言の言葉尻を批判することではなくて、政治家のメッセージの核を見つけて分析し、有権者にしっかりと情報提供することですよ。

実を言えばこの「明日のメシ」という台詞は、橋下氏だからこそ切実さを感じられる言葉になるので、トランプ氏が言っても空疎な感じがするだろうと思いますが、彼らに投票した人々の気持ちというレベルに降りてみれば、やはり重要なファクターであることは間違いないと思います。

そして、そもそも産業革命以来の200年の歴史を振り返ってみれば、「明日のメシを満足に食べられる連中」の中だけで通用する「プロトコール」に則った「立派」で「かっこいい」「頭がいいということを見せ合っている」政治、貴族やブルジョワジーの(当時の支配イデオロギーからすれば)政治的に正しい政治に対して「ノー」を突きつけてきたのが、社会主義運動や労働運動であったということは、高校世界史の教科書レベルでもちゃんと書いてあるわけです。

彼ら、それまでの上流の政治家たちから見れば眉をひそめるような低俗な要求、喰わせろだの金寄こせだのというドロドロした野卑な政策を掲げる、まさに当時の支配感覚からすれば低劣なポピュリズムが、やがて数にものをいわせて先進国の政治に地歩を獲得していくというのが、とりわけこの100年間の政治の歴史だったのではないか、と振り返ってみると、その人々の流れの果てがトランプやルペンに対してポリティカルコレクトしか対抗軸がなくなってしまったかに見えるこの事態はなんと皮肉なんだろうか、と思わざるを得ません。

(追記)

http://b.hatena.ne.jp/Yoshitada/20161204#bookmark-311098240


Yoshitada                                つーても、トランプは別に「富裕層寄りの政策をしない」とは言ってないし、経済閣僚はウォール街のもろエスタブリッシュメントで固めてるわけで。割と早い段階で貧困層の願望は裏切られるかと思うが。

私もそう思いますよ。つか、これは別にトランプ本人が「明日のメシを満足に食べられる連中」かどころか、億万長者であるかどうかとは別の話で、「明日のメシを満足に食べられる連中」のポリティカルコレクトを憎む人々の感情をうまいこと煽り立てたということに過ぎないので。

アメリカに限らず、かつては貧しい人々の本音を代弁していたはずの社会民主主義ないし米流「リベラル」な勢力が、そうやって鳶に油揚をさらわれるような状況になっているということについて、なにがしでも反省するかどうかということだと思いますが。

ご覧の通り、ウォークな人々に反省の気配はかけらもないようです。

 

2024年7月12日 (金)

「外交員の営業手当は事業所得」の原点

Booklet03220315_20240712151901 コロナ禍でそれまで露呈しなかったことがいろいろ露呈して、それを講演で喋り、それをまとめたこの本の中でちらりと論じたことがありますが、

フリーランスの労働法政策

12 税法上の労働者性

  このように、一方では、なかなか持続化給付金の対象であるフリーランスとして認めてもらえないという話がある一方で、逆の方向の問題も発生したようであります。たとえば、20206月、日本郵便とかんぽ生命保険は、新型コロナとは直接関係がないのに給付金を申請した社員が計約120人いたと明らかにしたのです【資料16】。これは、かんぽ生命の不正販売を受けた営業自粛による収入減を給付金で補おうとしたもので、両社は申請取り下げや給付金返還の手続きを促していると報じられました。

 両社も、報じるマスコミも肝心な点に疑問を持っていなかったようなのですが、まともな労働法の感覚を有する者であれば、日本郵便やかんぽ生命の社員、つまりれっきとした企業に雇用される雇用労働者であるはずの人が、なぜ中小企業や個人事業主が対象の持続化給付金を申請できるのかということに疑問を感じるはずです。

新聞報道によれば、郵便局員らは、給与所得とは別に、保険の販売成績に応じて支給される営業手当を事業所得として確定申告しているというのですが、れっきとした雇用労働者に支払われる労基法第27条にいう「出来高払制その他の請負制」の賃金である営業手当が、なにゆえに事業所得として確定申告できてしまうのかこそ、最大の疑問です。いうまでもなく、労基法第27条の「請負制」は請負契約ではなくて雇用契約の賃金制度だというのは、労働法の初歩の初歩で教わることのはずですが、税法上はそうなっていないようなのです。

 似たような問題はあちこちで露呈しています。20213月には、日本中央競馬会(JRA)が、競走馬のトレーニングセンターで働く調教助手や調教師、騎手ら厩舎関係者が、持続化給付金を受給していたと発表しています。騎手や調教師は個人事業主に該当するようですが、「調教師が雇用する調教助手や厩務員も給与や賞与以外に管理する馬がレースで獲得した賞金に伴う報酬を得ており、個人事業主となる」という訳の分からない説明をしているのです。なんではっきり「雇用されている」調教助手や厩務員が、全く別の個人としての仕事でならともかく、まさに雇用されている当の仕事で馬が稼いだ賞金の分け前をもらったら個人事業主になるのか、持続化給付金がもらえる立場になりうるのか、その辺の理屈がさっぱりわからないのですが、そこのところを突っ込んでいる記事はまったく見当たりませんでした。

今回これによって露呈したのは、労働法や社会保障における労働者概念、自営業者概念と、税法上における給与所得概念、事業所得概念というのは、どうも非常に大きくずれているらしいということだったのではないでしょうか。もっとも、所得税法上の定義は、給与所得は「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」(28)であり、事業所得は「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得」(27)であって、特段不審な点はありません。ところが、後ろのほうに源泉徴収に関わって興味深い規定があります。源泉徴収といえばなじみ深いのは給与所得の源泉徴収ですが、その後に「報酬、料金等に係る源泉徴収」の規定もあり、第204条には、報酬や料金を支払う者が源泉徴収すべき具体的な職業の名前が列記されています。その第1項第4号に「外交員」が出てきます【資料17】。これはどう考えても、いわゆる生命保険のセールスレディのような(少なくとも契約形式上は)非労働者である外交員を指すのであって、雇用される労働者が労働基準法で定義される「賃金」として受け取っているものは当たらないはずです。

 ところがなぜか、「外交員」といえば(給与所得として源泉徴収するのではなく)こちらの事業所得として源泉徴収するという扱いになってしまったようです。実際、国税庁の所得税に係る基本通達を素直に読めば、会社の従業員である外交員でも、固定給とそれ以外の部分が区分されていれば、固定していない部分(つまり、労基法27条の「出来高払制その他の請負制 」による賃金部分)は給与所得ではなく事業所得になってしまいます【資料18】。この国税庁の解釈は、私の眼には、所得税法第204条の本来の趣旨を誤って解釈したものとしか思えませんが、とはいえ現場の税務署はこの通達に従って粛々とやるしかないのでしょうし、日本郵便もその解釈に従って粛々とやっているだけなのでしょう。

 その結果、まったく雇用関係の存在しない完全歩合制の生命保険のセールスレディ向けに設けられたはずの規定が、日本一の大企業でそれなりの基本給を給与所得として受け取っている日本郵便の営業マンたちに適用されるという、非常にゆがんだ状況が作り出されてしまっていたということのようです。

【資料16】グループ社員による持続化給付金の不適切な申請および受給について(2020618)

日本郵政株式会社

日本郵便株式会社

株式会社かんぽ生命保険

 このたび、日本郵便株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長兼執行役員社長 衣川和秀、以下「日本郵便」)および株式会社かんぽ生命保険(東京都千代田区、取締役兼代表執行役社長 千田哲也、以下「かんぽ生命」)の社員が新型コロナウイルス感染症との因果関係がない事業所得の減少を理由に持続化給付金を申請したこと、また給付金を受給したことが判明いたしました。

 新型コロナウイルス感染症の影響によりまして多くの方々が大変な状況に陥っていらっしゃる中、社員がこのような不適切な行動を行っていたことにつきまして、お詫び申し上げます。

 現在、日本郵便およびかんぽ生命において、実態の把握に努めるとともに、持続化給付金制度の趣旨に照らして不適切な申請を行ったことが判明した社員につきましては申請の取り下げを、給付金を受給したことが判明した社員につきましては給付金の返還を促しております。本件につきましては、引き続き、中小企業庁と連携し、グループとして厳正に対処してまいります。

【資料17】所得税法(昭和40331日法律第33号)

(事業所得)

第二十七条 事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。

2 事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。

(給与所得)

第二十八条 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。

2 給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする。

(源泉徴収義務)

第二百四条 居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。

一 原稿、さし絵、作曲、レコード吹込み又はデザインの報酬、放送謝金、著作権(著作隣接権を含む。)又は工業所有権の使用料及び講演料並びにこれらに類するもので政令で定める報酬又は料金

二 弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、司法書士、土地家屋調査士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、測量士、建築士、不動産鑑定士、技術士その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金

三 社会保険診療報酬支払基金法(昭和二十三年法律第百二十九号)の規定により支払われる診療報酬

四 職業野球の選手、職業拳けん闘家、競馬の騎手、モデル、外交員、集金人、電力量計の検針人その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金

五 映画、演劇その他政令で定める芸能又はラジオ放送若しくはテレビジョン放送に係る出演若しくは演出(指揮、監督その他政令で定めるものを含む。)又は企画の報酬又は料金その他政令で定める芸能人の役務の提供を内容とする事業に係る当該役務の提供に関する報酬又は料金(これらのうち不特定多数の者から受けるものを除く。)

六 キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設でフロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者(以下この条において「ホステス等」という。)のその業務に関する報酬又は料金

七 役務の提供を約することにより一時に取得する契約金で政令で定めるもの

八 広告宣伝のための賞金又は馬主が受ける競馬の賞金で政令で定めるもの

2 前項の規定は、次に掲げるものについては、適用しない。

一 前項に規定する報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(次号において「給与等」という。)又は第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等に該当するもの

二 前項第一号から第五号まで並びに第七号及び第八号に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第百八十三条第一項(給与所得に係る源泉徴収義務)の規定により給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人以外の個人から支払われるもの

三 前項第六号に掲げる報酬又は料金のうち、同号に規定する施設の経営者(以下この条において「バー等の経営者」という。)以外の者から支払われるもの(バー等の経営者を通じて支払われるものを除く。)

3 第一項第六号に掲げる報酬又は料金のうちに、客からバー等の経営者を通じてホステス等に支払われるものがある場合には、当該報酬又は料金については、当該バー等の経営者を当該報酬又は料金に係る同項に規定する支払をする者とみなし、当該報酬又は料金をホステス等に交付した時にその支払があつたものとみなして、同項の規定を適用する。

【資料18】所得税基本通達(昭和4571日国税庁長官)

204-22 外交員又は集金人がその地位に基づいて保険会社等から支払を受ける報酬又は料金については、次に掲げる場合に応じ、それぞれ次による。

(1) その報酬又は料金がその職務を遂行するために必要な旅費とそれ以外の部分とに明らかに区分されている場合  法第9条第1項第4号《非課税所得》に掲げる金品に該当する部分は非課税とし、それ以外の部分は給与等とする。

(2) (1)以外の場合で、その報酬又は料金が、固定給(一定期間の募集成績等によって自動的にその額が定まるもの及び一定期間の募集成績等によって自動的に格付される資格に応じてその額が定めるものを除く。以下この項において同じ。)とそれ以外の部分とに明らかに区分されているとき。  固定給(固定給を基準として支給される臨時の給与を含む。)は給与等とし、それ以外の部分は法第204条第1項第4号に掲げる報酬又は料金とする。

(3) (1)及び(2)以外の場合  その報酬又は料金の支払の基因となる役務を提供するために要する旅費等の費用の額の多寡その他の事情を総合勘案し、給与等と認められるものについてはその総額を給与等とし、その他のものについてはその総額を法第204条第1項第4号に掲げる報酬又は料金とする。

このときは、おかしな運用をしているなあ、変な通達を出しているなあ、としか思わなかったのですが、今回の例の内閣府賃上げアイディアコンテストの余波(?)で、どうもその原因らしきものが薄々見えてきたようです。

Hitm3zcy_400x400 先週の『労働新聞』報道で炎上した内閣府のコンテストには、今週に入ってからいろんな人がコメントをしていますが、そのうち労働弁護士の渡辺輝人(通称ナベテル)氏の呟きが、このおかしな扱いの歴史的源泉を語っています。

https://x.com/nabeteru1Q78/status/1811260551219356012

このコンテスト、内閣府(つまり政府内)のものなのに、労働基準法ガン無視が凄いのと、提案者が民間生保から内閣府への出向者の可能性があり、生命保険会社が労基法を守らずに営業職員(昔の生保レディ)に常時やらせているインチキを全労働者に広げるすさまじい提案の可能性があると思っています。

生命保険は戦前から大蔵省(今の財務省)のお庭だったようで、労働基準法ができたとき、大蔵省銀行局長(なお局長は福田赳夫)が労働省ができる前の厚生省に対して「保険外務員に労基法適用すると生命保険募集機構の破壊になるから適用しないで!」と申入をしている(労基法の立法資料に残っている)。

もちろんそんな申入が通る訳はなく、発足後の労働省は大蔵省に対して「雇用契約の人は労基法全面適用、委任契約の人は不適用」と常識的な解答をしている。

しかし、(おそらく)保険会社は、雇用した保険外交員を自営業者として扱う習慣を捨てず、労働契約で賃金を支払っているのに保険外交員に交通費に始まって、顧客に配る飴代、カレンダー代など経費負担をさせ、確定申告をさせる(もちろん本来は違法)ことをやってきたと思われる。

大蔵省の方も所得税法の通達で怪しげなものをつくり、労働者である保険外交員について、本来できないはずの給与所得者による確定申告をずっと見逃して温存してきた。この点、給与所得者が確定申告して実額経費を収入から控除できるのなら、そもそもサラリーマン税金訴訟など起きないのだ。

この案件は、保険業界のブラックな慣行がそれを常識と思い込んだ出向者の口からぽろっと出てしまい、内閣府全体が労基法を知らないので「それ良いじゃん」となった可能性がある案件だということは、念頭に置いた方がよい。

労基法の適用除外の要請を、業界団体ではなく所管する省庁が直接厚生省に言ってくる浅ましい事例は、少なくとも労基法の立法資料の上では、大蔵省-生命保険業界以外にはないことも付言しておきます。なお、当該資料は立法資料4巻下733~734頁に載ってます。

私がこの件になぜ詳しいかというと、今年の重要判例解説に載っている住友生命(費用負担)事件の担当弁護士だからだが、控訴審で「給与所得者に確定申告をさせるのは違法だ」と、所得税法の条文を示して書面に書いたら、高裁判決は「現にできてるから良いじゃん」という驚くべき判決を書いてきた。

これは判決の一端に過ぎなけど、全体的に判決理由が(労使のどちらから見ても)破綻しており、労働者、使用者双方が上告して、舞台は最高裁に移りましたので、これを機にご報告しておきます。

なるほど、そういう曰く因縁があったわけですね。

一点だけ用語を訂正しておきますと、渡辺さんは「確定申告」が問題だといっていますが、別に給与所得者でも確定申告はできるので、問題は雇用される労働者の賃金を「給与所得」ではなく「事業所得」として確定申告できるというのが問題であるわけです。

(追記)

ついでにも一つ非本質的な指摘を。渡辺さんは「労基法の適用除外の要請を、業界団体ではなく所管する省庁が直接厚生省に言ってくる浅ましい事例は、少なくとも労基法の立法資料の上では、大蔵省-生命保険業界以外にはない」と述べていますが、いやいや文部省は教職員の適用除外を申入れてきていましたよ。拙稿「(公立学校)教師の労働法政策」(『季刊労働法』2022年冬号(279号) )参照のこと。

 

当時の厚生省労政局労働保護課が繰り返し作成した法案には、教師という職種に着目した特別扱いの規定は一切含まれてはいませんでしたが、1946年9月11日付で文部大臣官房文書課長から厚生省労政局長宛に出された「労働基準法草案について」は、次のように適用除外を求めていました

 

 本月3日貴省に於て労働基準法草案について関係各省の打合会開催の際、本省係員から申出を致しました意見を左記の通り文書を以てお届け致します。
        記
 労働基準法草案中次のやうに修正をお願ひします。
一、第七条第十二号「教育、研究又は調査の事業」の下に次のやうに加へる。
 「(教職員を除く)」
理由 教育、研究又は調査の事業に従事する者の中教職員は労働条件其の他について質的に本法に依る労働と相違する点があるからこれらの事業に従事する教職員は官吏と同様に本法の趣旨に準じて別途保護、保障の措置を考慮したいからである。

 

 「質的に本法に依る労働と相違する」という主張の中身が不明ですが(教職員でさえなければ、教育、研究、調査に従事しても質的に相違することはないようなので、少なくとも職種に着目しているのではなさそうです。)、自省が所管する教職員に対しては労働法の介入を嫌がっていたことだけはよく伝わってきます。しかしながらこのような意見が受け容れられることはなく、教職員も含む教育、研究又は調査の事業は労働基準法がフルに適用される業種として今日まで続いています。

 

 

 

 

 

 

調査シリーズNo.244『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』

Jilpthukushoku 調査シリーズNo.244『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』が公表されました。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2024/244.html

https://www.jil.go.jp/institute/research/2024/documents/0244.pdf

研究の目的

解雇無効時の金銭救済制度について、地位確認がされた労働者の実際の職場復帰の割合等を把握することが重要であるとの観点から、弁護士へのアンケート調査を行った。

研究の方法

労働問題を専門とする日本労働弁護団、経営法曹会議に加え、日弁連その他の各弁護士会の労働問題に関連する委員会のメーリングリストに登録している会員弁護士を対象に、WEB上の調査票で回答を記入してもらうというやり方を採用した。実査は令和5年10月6日から11月6日に行われた。

図表1 回答者の所属団体別人数

 
日本労働弁護団 101 43.7
経営法曹会議 65 28.1
両団体以外 65 28.1
全体 231 100.0

主な事実発見

  1. 解雇等無効判決後の復職状況

    解雇・雇止め(以下「解雇等」)が無効との判決で終局した事案に係る労働者99人のうち、「再び働いた」(復職)が37人(37.4%)、「再び働くことはなかった」(復職せず)が54人(54.5%)であり、概ね4割弱が復職し、5割強が復職していないことになる。ただし、いったん復職した者のうち復職後継続就業している者は30人(30.3%)であり、7人(7.1%)は復職後、労働者本人は継続就業を望んでいたにもかかわらず、不本意な退職をしている。

    図表2 復職した者(うち継続就業の者、不本意退職の者)と復職しなかった者の人数と割合

     
    労働者数 99 100.0
      復職した 37 37.4
      復職後継続就業 30 30.3
    復職後不本意退職 7 7.1
    復職せず 54 54.5
    不明 8 8.1
  2. 復職しなかった労働者の復職しなかった理由

    解雇等が無効との判決で終局したが労働者が復職しなかった事案(54人)において、復職しなかった理由(複数回答)は、「復職後の人間関係に懸念」が21人(38.9%)、「訴訟で争ううちに退職する気になった」が12人(22.2%)、「労働者の復職に対する使用者の拒否が強い」が11人(20.4%)となっている。

  3. 復職後不本意退職者の退職理由

    解雇等が無効との判決で終局した後労働者が復職した事案(37人)において、復職後労働者が不本意に退職した理由(複数回答)は、「使用者からの嫌がらせ」が6人(16.2%)、「職場に居づらくなった」が3人(8.1%)となっている。

  4. 和解案の拒絶

    判決で終局した労働者数185人中、判決までの過程で裁判所から和解案が示されたものの、和解案を拒絶したのは160人(86.5%)に上り、大部分の事案において裁判所からの和解提案を拒絶することによって判決に至っていることがわかる。そのうち、労働者側が拒絶したケースが72人(45.0%)、使用者側が拒絶したケースが34人(21.3%)、労使双方が拒絶したケースが54人(33.8%)となっている。

    図表3 和解案を労働者側が拒絶したもの、使用者が拒絶したもの、双方が拒絶したものの人数と割合

     
    労働者数 160 100.0
      労働者側が拒絶 72 45.0
    使用者側が拒絶 34 21.3
    双方が拒絶 54 33.8
  5. 労働者側が和解案を拒絶した理由

    このうち、労働者側が和解案を拒絶した理由(拒絶した理由の回答があったもの(121人)。複数回答)としては、「合意退職の和解案だったが、労働者が復職を希望」が42人(34.7%)、「合意退職の和解案だったが、解決金額が低かった」が37人(30.6%)、「合意退職の和解案だったが、解雇無効を確信」が27人(22.3%)となっている。

  6. 使用者側が和解案を拒絶した理由

    また、使用者側が和解案を拒絶した理由(拒絶した理由の回答があったもの(72人)。複数回答)としては、「合意退職の和解案だったが、使用者が金銭支払を希望せず」が14人(19.4%)、「地位確認の和解案だったが、使用者が復職を希望せず」が11人(15.3%)、「合意退職の和解案だったが、解決金額が高かった」が10人(13.9%)となっている。

政策的インプリケーション

労働政策審議会労働条件分科会における解雇無効時の金銭救済制度に関する審議の素材となる。

政策への貢献

令和6年5月、規制改革推進会議働き方・人への投資ワーキング・グループにおいて、厚生労働省より概要を報告。

この最後の規制改革推進会議で厚生労働省が報告したときの資料はこちらです。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_03human/240510/human07_01.pdf

また、この調査の先行調査として、2005年に当時JILPTにおられた平澤純子さんが担当した資料シリーズ No.4『解雇無効判決後の原職復帰の状況に関する調査研究』はこちらです。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2005/documents/05-004.pdf

 

 

近代的市民社会のあるべき姿とその正反対

5sy4ret_400x400_20240712092301 この間色々な政治的イベントがあり、あれこれ論ずる人も多いのですが、(かつて拙著をいくつも論評していただいた)堀新さんがこういうことをつぶやいていたのが目に入り、ちょっと考え込んでしまいました。

自民支持層は自分の推す候補が負けても「有権者は馬鹿だ」とは言わないが、野党支持層は負けると「有権者は馬鹿だ」どころか「有権者は反省すべき」と言うことがある というのは野党支持層は選挙=善悪の戦いと考えているので、悪に投票した有権者は当然、反省しなければならないことになるから。

ただ有権者から見ると、赤の他人から「反省しろ」と言われるのはなかなか理解しがたい 反省も何も、人様の内心や価値観に口出しするのは現代では異様に思われる 一方、自民支持層は選挙=政策や利害の調整としか思ってないので、利害で失ったものは利害で取り返すことしか眼中にないから発想が違う

「野党支持者の方が他人(有権者)の内心に踏み込んだ発言をして『反省しろ』とか『お前らはばかだ』と言ってしまうが、自民支持者は他人の内心には何の関心も示さないし踏み込まないという現象」 については研究してみる価値があるかもしれない

この対比は、それこそいまから80年近く前の終戦直後の日本で、12歳の少年少女に懇々と説き聞かせるが如くに、近代市民社会というのは内心の自由を最も重要と考え、前近代の如きお互いに正義をぶつけ合う「神々の争い」ではなく、対等な市民同士の利害調整や討議によって民主主義を勧めていくんだぞい、と(ひいじいさんやひいばあさんらが)教わったことを考えると、ここでいう「自民支持層」がまさにそういう近代市民社会の理念に合致しており、ここでいう「野党支持者」はまるでそこで批判されていた戦時中に猛威を振るっていた前近代的な考え方そのものであるかのように見えてしまいます。

これはおそらく堀さんの「自民支持者」と「野党支持者」ということばの使い方がアンバランスだからであって、前者は『Hanada』や『WILL』あたりを愛読して、野党どころか自民党の多くの政治家にすら罵詈雑言を浴びせるたぐいの人々を捨象しているからでしょうし、後者はその正反対の位置で全く同様の行動様式をとるたぐいのやたらに目立つ(今次選挙で目立った)人々だけを取り出しているからでしょう。

なので、「野党支持者」がみんな他人の内心の自由を踏みにじっても当たり前だと考え、正義の高みに立って人に反省を押しつけるたぐいの人間だと言われると、憤然とする人も多いのではないかと思いますが、でもまあそういう印象を与えてしまうような行動が目立ったのも確かでしょうね。

近代市民社会のあるべき姿とその正反対の姿とは具体的にはどういうものをいうのか、抽象的な教科書の言葉であればいくらでもお経の言葉がずらずらと出てくるのでしょうが、実践の場に置かれれば、その真贋が露わになるということなのかも知れません。

 

 

 

2024年7月11日 (木)

第134回労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」

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末啓一郎『改訂新版 テレワーク導入・整備の法的アプローチ』

1027638e70b0959fa1ca1ec72807050e17444714 末啓一郎『改訂新版 テレワーク導入・整備の法的アプローチ トラブル回避の留意点と労務管理のポイント』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat3/ce1653c513f5fb45d11d734d30a852ac680ca6f2.html

新型コロナウイルスの感染症の急速な拡大により、多くの企業が在宅勤務などを緊急避難的に推進しましたが、コロナ感染症が収束に向かうと、多くの人は出社勤務へと戻ってきています。しかし、中長期的な視点で見れば、情報通信技術(ICT)の進展にともない、テレワークがさらに普及していくことは間違いありません。
「テレワークにより場所と時間の両方において自由度が高まる」といわれます。通勤の必要がなくなることにより、ワークライフバランスの向上、業務のデジタル化を通じた効率化という面はありますが、テレワーク制度を適切に構築し、導入・整備、そして運用するためには、さまざまな労働関連法規の規制に対する適切な対応が欠かせません。
本書では、まず、ポストコロナ時代におけるテレワーク制度の導入・整備を進める視点、テレワークという働き方を整理し、それらを踏まえてテレワーク導入のメリット・デメリットをあらためて考えました。そのうえで、テレワークの中心となる雇用型テレワークの法的規律を具体的に取り上げるとともに、制度導入・運用・管理の具体的な留意事項および規定例等を詳述しました。雇用型・自営型テレワークの境界についての区分基準、労働者性、就労条件の変更などの課題も整理しています。
ポストコロナ時代の制度整備におすすめします。

 

『賃金とは何か』本日既に店頭に

明日発売だと聞いていたのですが、本日既に店頭に並んだ書店もあるようです。

紀伊國屋書店 梅田本店

【新書】#朝日新書 の新刊が入荷しました

・『始皇帝の戦争と将軍たち』鶴間和幸さん
・『賃金とは何か』濱口桂一郎さん
・『成熟の喪失』佐々木敦さん

新刊コーナー、E25-08 にて展開中ですi.w

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石井保雄コレクションの展示@JILPT労働図書館

JILPT1階の労働図書館の新着図書コーナーの横に、大変古びた本がいくつも並べられています。

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これは、今年獨協大学を退職された石井保雄先生の蔵書の一部です。一昨年先生から連絡をいただき、図書館スタッフの方で既に収蔵済みの図書との照合作業を進めて、ようやくこのたびその一部が公開されました。なかなか目にすることもなさそうな稀覯本が並んでおります。こういう分野に関心のある方々にとっては貴重な資料ではないかと思います。

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石川茉莉「日本における職業能力開発政策の変遷」@『雇用・就業関係の変化と労働法システムの再構築』

Research 労働問題リサーチセンターの報告書『雇用・就業関係の変化と労働法システムの再構築』をお送りいただきました。中身は石崎由希子さん、長谷川珠子さん、神吉知郁子さん、笠木映里さんはじめ東大系の研究者の方々がそれぞれに論文を書かれていますが、いずれもどっしりと重い論文でもあり、お送りいただいたのは連合総研の石川茉莉さんなので、ここでは彼女の「日本における職業能力開発政策の変遷」についてだけコメントしておきます。

これは前半で日本の職業能力開発政策の変遷を概観し、後半では今日の諸課題を検討しています。前半の歴史編はおおむね一般的な認識に沿った歴史叙述だと思うのですが、一点指摘しておきたいことがあります。

それは、1958年職業訓練法、1966年雇用対策法、1969年新職業訓練法までを企業横断的職種別外部労働市場を目指す(いわゆる「ジョブ型」の)法政策であるとした後、項目としてはいきなり1985年の職業能力開発促進法に飛んでいるんですが、実は1978年の職業訓練法改正こそが公共から企業へ、外部から内部へというイデオロギー転換の節目であり、エポックメーキングな改正であったことの指摘がやや希薄なのではないかという気がしました。1985年改正は確かに法律の名前が変わっていますが、それは前年に労働省の内部部局の名前が行革の関連で職業訓練局から職業能力開発局に変わっていたことに平仄を合わせただけであり、政策思想自体は既に転換していた内部指向がより強められただけであって、あまり大きな節目ではないように思われます。

この1978年改正時の役人による解説書(岩崎隆造『これからの職業訓練の課題 職業訓練法の改正の考え方』労働基準調査会(1979年))では、「従来の職業訓練制度は公共職業訓練を中心に考えられてき」たが、「この公共職業訓練優先の考えは、逆に職業訓練制度の社会的評価を矮小化することとな」った。「一方で高度経済成長期において事業主等の行う職業訓練及び民間教育訓練機関の行う教育訓練の発展は著しいものがあり」、「公共職業訓練を主体とする職業訓練施策は、全体の技能労働者の要請のうちわずかの部分においてしか役割を果たすことができない」状況だという認識を述べ、そこでこの改正では、「職業訓練制度は公共職業訓練を基本とするという意識を払拭し、公共職業訓練と事業主等の行う職業訓練とを対等に位置づけ」た。したがって「いやしくも公共職業訓練が職業訓練の本流であるとかの認識があってはなら」ないと、まさにほんの9年前の1969年改正時の公共訓練中心主義イデオロギーをほとんど全面否定するような激烈な企業内訓練優先主義を唱えているのです。

これが1990年代に徐々に自発的職業能力開発にシフトしていくわけですが、企業主義への転換の節目は1970年代後半なのであって、1980年代はもう完全に内部市場以外は目に入らないくらいにどっぷりつかっていたのです。

 

 

 

2024年7月10日 (水)

労働政策研究報告書No.231『地方の若者のキャリアの変化と職業意識』

231 労働政策研究報告書No.231『地方の若者のキャリアの変化と職業意識―北海道・長野調査および東京都調査との比較から―』が公表されました。

https://www.jil.go.jp/institute/reports/2024/0231.html

これはタイトルからもわかるように、15年前に行われた地方版若者ワークスタイル調査の最新版です。

2001年より東京都において「若者のワークスタイル調査」を5年ごとに実施するとともに、2008年に地方調査も実施してきたが、本報告書では2022年に約15年ぶりに実施した地方調査も踏まえて分析を行った。なお調査地域の選択に当たっては、求人状況と産業構造により3つの類型にわけ、【類型1】求人状況がよく労働力が流入してくる地域として東京都、【類型2】求人状況がよく、製造業が中心の地域として長野、【類型3】求人状況が悪くサービス業中心の地域として北海道、に位置づけた。さらにその地域の中でも特徴を持つ地域として、長野市・諏訪地域、札幌市・釧路市を選択して調査を実施した。

労働政策研究報告書No.108 地方の若者の就業行動と移行過程

この15年前の調査については、本ブログでこのように紹介しておりました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-79c4.html

今回調査の発見は、

離学直後の正社員比率の変化を見ると、2008年調査においてはいずれの調査地域とも東京都のような学歴による格差は小さく、女性においてはむしろ大学・大学院卒の方がより正社員比率は低かった。しかし今回の2022年調査においては、離学直後の高卒者の正社員比率は東京都よりも高く、東京都ほど学歴の格差は大きいわけではないものの、男性ではより学歴による格差が見えるようになり、女性では明確になった。この背景には、医療、保健、福祉、教育関連分野を専攻した高等教育卒業者が増加し、正社員として地域に定着していることがあると推測される。

もう少し砕いて説明すると、2008年調査では、学校から職業への円滑な移行という面において、東京は学歴が高く親が豊かであれば正社員になりやすいというふうに学歴格差が大きいけれども、長野は高卒も職業への移行が順調であり、北海道は大卒も職業への移行が不調というふうに、地域による若者の就業状況の違いが鮮烈に示されていたのですが、今回の調査結果からは、そうした地域による違いが、少なくとも3都道県の違いでは縮小し、長野や北海道がなんというか「東京化」してきていることが示されています。その背景にあるのは産業構造や教育システムの変化により、女性を中心に医療、保健、福祉、教育関連分野を専攻した高等教育卒業者が増加し、正社員として地域に定着するようになったということです。とはいえ、今回調査では長野県も長野市と諏訪地域、北海道も札幌と釧路というよりミクロな地域レベルの違いも検出しており、長野市や札幌が東京化する一方で、そうした地域との差が開いていることもわかります。

その他、最近の東京の若者はできれば仕事はしたくないという「仕事離れ」が高まり、「堅実性」が弱まっていたのですが、今回調査では、東京都の若者よりも地方の若者の方が「仕事離れ」志向が高く(ただし男性は有意ではない)、「堅実性」も弱く、「自分に向いている仕事がわからない」は地方で高かったという結果も出ています。

読んでいくと色々と発見があると思いますので、ぜひリンク先で目を通していただければと思います。

執筆担当者
堀 有喜衣労働政策研究・研修機構 統括研究員

小黒 恵労働政策研究・研修機構 研究員

小杉 礼子労働政策研究・研修機構 元統括研究員

柳煌碩日本大学 非常勤講師

上山浩次郎北海道大学大学院教育学研究院 講師

中島ゆり長崎大学 准教授 

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月 9日 (火)

経団連の『労使協創協議制』構想は従業員代表制への途を開くか?@WEB労政時報

WEB労政時報に「経団連の『労使協創協議制』構想は従業員代表制への途を開くか?」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/web_limited_edition

 去る1月16日、日本経済団体連合会(経団連)は「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」を公表しました。この提言はざっくり言うと、労働時間規制の緩和を求める今まで繰り返されてきた議論と、集団的労使関係法制の見直しにつながりうる(経営側としては)目新しい議論を結合させたものということができます。・・・

 

2024年7月 6日 (土)

井上定彦『現代社会経済システムの変容と展望』

61rx927jql_sy522_ 井上定彦さんから『現代社会経済システムの変容と展望』をお送りいただきました。

これはISBNのついている市刊本ですが、定価がついていない私家本でもあり、井上さんが前著『社会経済システムの転機と日本の選択』(三一書房)を出されてからの四半世紀あまりの間に書かれた論文やエッセイをとりまとめられたものです。

そのいくつかは掲載時に読んでおり、記憶を新たにしたものも多いですが、今回初めて読ませていただいたものも結構ありました。

井上さんは2000年まで連合総研の副所長として活躍され(労働界では「教授」と呼ばれてましたね)、当時その下におられた鈴木不二一さんとともに、結構談論風発意気投合していたこともありました。

その後島根県立大学に行かれたため、なかなかお目にかかる機会が乏しくなり、たまに書かれたものを拝見するくらいになっておりました。

第一部 現代の経済システムの変化を認識する
第一章 グローバル情報金融資本主義の展開と限界
第二章 不平等と貧困――日本社会の現在と民主主義の中心課題5
第三章 世界の構図の変容――現代史の転換と日本の課題
第四章 「コロナ禍」が人類に突きつけた「問い」
第五章 日本 非西欧世界で最初の福祉国家へ
第二部 日本の社会システムと課題
第一章 「労働の世界」の融解か?
第二章 「個人化」と教育・学習の課題
第一節 個人化と孤立の中の教育
第二節 社会の持続可能性と教育の役割
第三章 高等教育改革論の現在
第四章 行政改革30年を問い直す
第五章 日本の賃金決定方式が持つ二側面
第三部 認識と方法の課題
第一章 日本社会論の「現在」
第二章 総合政策論と政策の方法 客体と主体のダイナミズム
第三章 地域政策の視点と方法
第四章 「日本資本主義論争」の位置
第四部 より良き社会モデルの探索―社会経済システムの変動と人間の主体的役割
第一章 「より良き社会モデル」再考―「持続可能な社会」を求めて―
第二章 日本とステークホールダー型企業の可能性-ハイロード・アプローチ
第三章 論壇展望「エコロジーと親和する社会民主主義」構築へ―21世紀政治(思想)潮流の思考軸を考える―
結びに代えて ~あとがき~

本書の中で今の関心事に近いのは「日本の賃金決定方式が持つ二側面」でしょうが、ここではその次の「日本社会論の「現在」」に一言。

これ、今年の正月にNHKのBSスペシャル 欲望の資本主義2024「ニッポンのカイシャと生産性の謎」でわたしが喋ったことと結構つながっています。

戦後日本の日本社会論の変遷をたどって、終戦直後の「近代化を目指した」時代、高度成長期の「日本的なるものの中に普遍性を発見した時代」、その後の70年代、80年代の「日本的なるものの普遍化モデル」が成立した時代、を経て、90年代の「再び近代主義への回帰か?」と一巡りする。これがそういう社会全体の議論でもそうだし、日本的経営論という一分野でみてもやはり、アメリカ的経営を学ぼうとした時代から日本的経営の合理性に注目され、日本モデルの普遍性が定式化された時代を経て、再び日本的企業統治が批判を浴びる時代に、というわけです。これも書かれたのはもう20年以上前ですが、大きな流れは変わっていないでしょう。

NHKでは、戦時中に「近代の超克」が叫ばれ、戦後「近代化」が叫ばれ、70年代、80年代には再び(大平総理の研究会などにみられるように)「近代を超えて」が叫ばれたかと思うと、90年代にはまたもや逆転して・・・という話をしたと記憶していますが、まあ、大きな流れはそういうことです。

封筒にはもう一冊、こちらは完全な私家版で『第二部(随想ノート) 社会理論の発展とカール・マルクスの位置』という小冊子も入っています。これは、タイトルはマルクスを歌っていますが、出てくるのはシュンペーター、ウェーバー、E.H.カー、ダニエル・ベル、ハバーマス、その他諸々の思想家たちで、一家言ある人たちはいろいろと文句があるかもしれません。

 

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