フォト
2021年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

2021年8月 1日 (日)

アンシャンレジームの法の支配は人権の敵か?

ある憲法学者のこのツイートが炎上しているようですが、

https://twitter.com/sansabrisiz/status/1421471058930982914

一番簡単な例え話しようか。法の支配からすれば、契約は守らねばならないはず。
でも、強欲な社長が、劣悪な条件で労働させようとしたらどうする?
契約という法を守れというのか?

https://twitter.com/sansabrisiz/status/1421472367381938183

刑罰謙抑性を主張して労基法の罰則を廃止しろというのか。もう少しこの世の中のありようを考え直してもらいたい。

この方が、自ら実定法学の一つである憲法学者と名乗って呟いている以上、これが炎上するのはあまりにも当然です。

(この法律違反の契約)
第十三条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

 労働基準法は単なる刑罰法規であるだけではなく、それに違反する労働契約を無効とし、その中身を労働基準法によって置き換えるという民事法規でもあるというのは、少なくとも法学部の労働法の授業の最初に叩き込まれるはずのことであって、それを忘れ果てている憲法学者が炎上するのは当然です。

 なんですが、それだけで済ませるにはややもったいない面もあります。

実定法学は現在効力を有する実定法の範囲内でだけ議論を完結させがちですが、そもそもなんでそんな法律が作られたのか、という歴史的な場面に踏み込めば、労働基準法ができる前には、あるいはむしろその前身の工場法ができる前には、まさに「法の支配からすれば、契約は守らねばならないはず。でも、強欲な社長が、劣悪な条件で労働させようとしたらどうする?契約という法を守れというのか?」という状況が現にあったわけです。

その状況下においてはまさに「アンシャンレジームの法の支配は人権の敵」であり、かかる悪法を修正して、あるべき方に置き換えるべきという議論は、運動論として存在しうるし、まさに存在したし、それによって現に工場法や労働基準法が生み出されてきたことも確かです。

そういう次元の違う話が、実定法学者の解釈論であるかのごとき誤解を招く仕方で呟かれたというのが、この炎上の原因なんでしょうね。

ついでにいうと、こういう話のネタとしては、労働基準法よりも労働組合法の方がより適切です。世界中どこでも、産業革命の開始時期には団結禁止法ないしそれに類する弾圧立法により、そもそも労働者が集まって権利を主張すること自体が犯罪扱いされていたわけで、それに従ったりすることなく、それに逆らってその当時の実定法に違反して運動を繰り広げたから、多くの先進国に今あるような労働組合立法が存在するようになったわけです。

とはいえ、このツイートは立派に炎上するだけの値打ちのあるものであることは確かですが。

 

 

 

 

 

『ジョブ型雇用社会とは何か』予告

すみません、出るのはまだだいぶ先ですが、新著の予告をさせていただきます。

『ジョブ型雇用社会とは何かー正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)2021年9月刊行予定

間違いだらけの「ジョブ型論」を一刀両断!

「ジョブ型雇用」の名づけ親である著者が、巷にはびこる誤解を正し、この概念の意味を基礎から解説。さらにジョブ型とメンバーシップ型の対比を駆使して日本の様々な労働問題を分析、隠された真実を明るみに出す。

Iwanami

 はじめに

序章 間違いだらけのジョブ型論
1 氾濫するおかしなジョブ型論
2 ジョブ型の毀誉褒貶
3 メンバーシップ型の矛盾

第1章 ジョブ型とメンバーシップ型の基礎の基礎
1 ジョブ型契約とメンバーシップ型契約
2 入口と出口とその間
3 賃金制度と「能力」
4 対照的な労使関係
5 非正規労働者と中小企業労働者
6 法律と判例の複雑な関係

第2章 入口と出口
第1節 入口-就職と採用
1 採用の自由と採用差別禁止
2 試用期間の意味
3 学歴詐称の意味
4 入口の年齢差別禁止法
5 周縁地帯の中途採用
第2節 入口以前の世界
1 教育と職業の密接な無関係
2 日本型雇用の収縮に取り残される教育
3 アカデミズムの幻想と職業訓練の世界
4 学び直しというけれど
5 学習のフォーマルとインフォーマル
第3節 定年と高齢者雇用の矛盾
1 定年退職は引退に非ず
2 根っこにある中高年問題
3 矛盾に矛盾を重ねる高齢者雇用対策
第4節 解雇をめぐる誤解
1 ジョブ型社会で最も正当な整理解雇
2 誤解だらけの「能力」不足解雇
3 現実社会の解雇の姿
4 移る権利・移らない権利

第3章 賃金-ヒトの値段、ジョブの値段
第1節 生活給を「能力」で説明した年功賃金の矛盾
1 職務評価による固定価格がジョブ型賃金
2 生活給から「能力」主義への曲がりくねった道
3 下がらない「能力」の矛盾とご都合主義の成果主義
第2節 日本版同一労働同一賃金という虚構
1 非正規労働者の均等・均衡処遇政策
2 同一労働同一賃金という看板を掲げた政策過程の裏側
第3節 家族手当と児童手当の間
1 家族手当の展開
2 児童手当の曲がりくねった細道
3 矛盾に充ちた家族手当

第4章 労働時間-残業代と心身の健康のはざま
第1節 残業代とエグゼンプションの迷宮
1 労働時間とは残業代と見つけたり
2 適用除外制度をめぐるねじれた経緯
3 月給制と時給制の一体化
4 管理職は職種か処遇か
第2節 本当のワーク・ライフ・バランス
1 夫と妻のワークライフ分業
2 迷走するワーク・ライフ・バランス
3 転勤という踏み絵
第3節 過労死防止のパラドックス
1 残業規制の源流は過労死裁判
2 健康とプライバシーのはざま
第4節 メンタルヘルスの迷宮
1 メンタルヘルスのパターナリズムとプライバシー
2 メンバーシップ型はパワハラの培養土

第5章 メンバーシップの周縁地帯
第1節 女性活躍というけれど
1 女子は若いのに限る-花嫁候補のOLモデル
2 ジョブの平等、コースの平等
3 ジョブなき社会の女性活躍
第2節 障害者という別枠
1 メンバーシップ型になじまない障害者雇用
2 発達障害と躁鬱気質のパラドックス
第3節 ローエンド外国人-サイドドアからフロントドアへ
1 サイドドア型外国人労働者導入政策
2 サイドドアからフロントドアへ
第4節 ハイエンド外国人の虚実
1 ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾
2 専門職はどこまで高度か

第6章 社員組合のパラドックス
第1節 企業別組合-労働組合だけど従業員代表
1 ジョブ型社会の労働組合と従業員代表
2 事業一家の覇者交替
3 戦後日本社会の設計図
4 労働争議の蔓延と絶滅
第2節 従業員代表制は転機になるか?
1 企業別組合から排除された人々
2 1949年改正の隠れた意図
3 企業別組合と従業員代表制の複雑な関係

2021年7月30日 (金)

コロナ禍で労働争議はちょびっと増えたが

令和2年労働争議統計調査が公表されましたが、

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/14-r02-08.pdf

労働争議件数、争議行為を伴う争議件数とも、2019年よりちょびっとだけ増えています。前者は268件から303件、後者は49件から57件。とはいえ、その中身はものすごく希薄化しています。リンク先の表を見ていただければ分かるように、参加人数が激減しているんです。そして労働損失日数はほぼ一桁下がっています。コロナ禍で微細な争議は増えたけれども、社会的な影響力は極小化している感じです。

 

 

 

ちっぽけでかわいそうな私の国症候群

358231873e15868453049901600x900 クーリエ・ジャポンにトマ・ピケティのインタビューが載ってて、

https://courrier.jp/news/archives/254975/(ピケティさん、「奴隷制」に関心を持ったのは何がきっかけですか?)

話のメインストリームではないんですが、思わず目を惹き付けられたのはこの台詞でした。

・・・私は1971年生まれですが、その頃の子供たちが抱くフランスという国のイメージは、アステリクスとオベリクス(フランスの有名なコミックシリーズの登場人物)の国でした。要するに、強大な帝国(ローマ帝国やドイツの第三帝国、あるいは冷戦の二大国など)につねに脅かされてきた小国というイメージです。 

どこの国も侵略したことがなく、どこの国も支配したことがない国という印象がありました。私自身がそうだったのですが、学校の勉強をしているだけでは、フランスの植民地帝国の歴史について、その横を素通りしてしまうところがあります。・・・ 

おいおい、イギリスと並ぶ近代帝国主義の二大双璧の国が何を言ってんだよ、という感じですが、でもフランス国民自身はそういう自己認識なんですね。

この落差って、実は結構いろんなところに見られるような気がします。先の習近平の演説に見られるように、今の中国の自己認識も、欧米やその尻馬に乗る日本などのいじめっ子にいじめられているちっぽけなでかわいそうな国なんでしょうね。

そして、思うに日本のネトウヨ諸氏の日本という国に対する自己認識もわりとそれに近いのではないかという気がします。客観的には図体もでかくて力も強い国がちっぽけでかわいそうな私の国症候群に陥ると、主観的には弱者の必死の反撃のつもりで、客観的には強者の傲岸不遜な暴走になる。

 

 

 

2021年7月29日 (木)

桝本純さんの二つの顔

希流さんが本ブログでも紹介した桝本純さんのオーラルヒストリーを読んだようで、

https://twitter.com/kiryuno/status/1419073067905474560

桝本純のオーラルヒストリー、労働運動に関心のある人にとっては非常に参考になる。連合はナショナルセンターにあらず、単なる圧力団体だ、というのも一理ある話。その原因を全民労協、政策推進労組会議などJC系の運動に見る視点も妥当だろう。ここが労線統一の主流となったことが決定的だったわけで。

https://twitter.com/kiryuno/status/1419074422988709891

これだけ面白い人がルネサンス研究所に来ていたのだが、話を聞く機会がなかった。本人がどうでも良いことばかり話していたし、周囲も無関心だった。僕も、同盟書記?まあどうでも良いか、と思ってしまっていた。

https://twitter.com/kiryuno/status/1419075321303748609

ルネ研に来る人たちは基本的に思弁的なおしゃべりをしたい人たちなので労働運動には関心がないし、ましてその組織運営の実態などは全くどうでも良いことで興味などまるでなかった。当然桝本さんに話を聞こうということにもならなかった。何を聞いたら良いのかもわからないのだから当然ですが。

こういうのを見ると、交わることにない二つの世界の両方に桝本さんは顔を向けていたんだなあ、と。

私は、桝本さんが若いころブントの活動家でペンネームでいろいろ書いていたということは、何となく風の噂で知ってはいたけれど、でもけっこうちょくちょく会って長々と話をしていた割に、そういう話題に触れることは全然ありませんでしたね。もちろん、そういうことに触れなくても彼の話はどれもこれもとても面白いのですが、でもそっち系のことには触れることはなかったな。

逆に、昔の新左翼系の人々の世界からは、労働運動界隈の話はそんなに関心がなかったというのもやや意外ですが、そんなものかもしれませんね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-570d52.html(桝本卯平@ILO第1回総会のその後)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-6e841b.html(桝本純さんのこと)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-ba9276.html(総同盟的なるものと民同的なるもの@桝本純オーラル・ヒストリー)

 

 

 

 

 

 

 

会社のトイレ

昨日の労政審安全衛生分科会にかけられた事務所衛生基準規則の改正案は、照度とか更衣室とか休憩室とかと並んで、トイレの規制が主なものです。排泄行為が生き物である人間にとって付きものの生理現象である以上、これはとても重要なものなんですが、今回の改正の主な点は、

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000812629.pdf

(1)基本方針
男性用と女性用に区別して設けることが原則であること。
(2)少人数の事務所における例外
同時に就業する労働者が常時十人以内である場合は、現行で求めている、便所を男性用と女性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
(3)男性用と女性用に区別した便所を各々設置した上で付加的に設ける便所の取扱い
男性用と女性用に区別した便所を設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したもの※として取り扱うことができるものとする。

というもので、一見するとこれまで男女別を要求していたのを男女別でなくてもよいと緩和するように見えます。

この改正の元になった事務所衛生基準のあり方に関する検討会報告書では、

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000812643.pdf

ウ 少人数の事務所における便所の男女別の取扱い
 少人数の事務所においては、建物の構造上1つの便所しか設けられていないことがあり、便所を男性用と女性用に区別して設置することが困難な場合もある。
 少人数の事務所に設けられた便所のうち、独立個室型の便房からなるものについては、男性用及び女性用の便所の機能を兼ねるものとみなす等の柔軟な運用を行うことは、プライバシーが確保されるという前提の下、例外的に認められ得る。

と述べており、現実には男女別になっていない会社トイレがかなりあることがこの背景にあります。

Toilet その現実というのは、実は昨年JILPTが公表した調査結果に示されているもので、

https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/205.html

2.トイレ

男女別トイレの整備状況を全数に尋ねた結果、「男女別」が78.4%、「男女共用」が21.6%となった。全体の2割程が勤務先のトイレが「男女共用」と回答している。

これを事業所規模別にみると、「男女共用」と回答した割合は、「29人以下」(39.5%)が4割程と高くなっている。男女共用トイレは小規模事業所に多いことがわかった。

一方、トイレが「男女共用」と回答した者(n=1,514)に対して、男女別トイレの必要性を尋ねた結果、「そう思う」が37.6%、「やや思う」が23.9%で、「思う・計」は61.5%となる。勤務先のトイレが「男女共用」と回答した者の6割超が、男女別トイレの設置を求めていることがわかった(図表2)

これを性別にみると、男性と比べて女性のほうが、男女別トイレの必要性の「思う・計」の回答割合が高くなっている(男性56.8%、女性64.9%)。性年齢別にみると、「思う・計」の回答割合は、女性20代以下、女性30代で7割程と高くなっている(それぞれ72.1%、72.3%)。

この実態を踏まえた上で、男女共用であってもできるだけ(特に女性の)プライバシーを守れるようにするにはということで、考えた末の案なのでしょう。

 

 

 

 

典型的にメンバーシップ型の「退職処分」

Img_top_business03 数日前からネット上で騒ぎになっていたようですが、『ホビージャパン』という雑誌の編集者がSNSで転売について書き込んだことが炎上したため、「退職処分」とやらになったようです。

http://hobbyjapan.co.jp/news_release/detail.html?id=6

 お客様ならびに関係者各位
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
表題の件につきまして、弊社社内規定に基づき下記の通り処分致します。
           記
当該社員
月刊ホビージャパン編集部 編集担当  退職処分
管理監督者
常務取締役編集制作局長        譴責の上取締役に降格
月刊ホビージャパン編集部 編集長   譴責の上副編集長に降格
月刊ホビージャパン編集部 副編集長  譴責の上デスクに降格

「退職処分」というのは意味不明ですが、「処分」というのは相手方の意思の如何を問わない一方的行為を指す言葉ですから、少なくとも本人の一方的意思に基づく辞職でもなければ、双方の意思の合致に基づく合意退職でもなく、会社側の一方的意思に基づく雇用終了である解雇であることは間違いなく、かつ「弊社社員のSNS等での不適切発言に関する社内処分」として、他の解雇以外の懲戒処分と並んでいることからも、(退職金の支給の如何といった非本質的なことに一切関わらず)これは懲戒解雇であることは明らかです。

そして、こういう会社外部での個人の言動が(他のいかなる根拠にもまして)懲戒解雇のもっともな対象になるということに、ジョブ型ではないメンバーシップ型の日本の姿が良く現われていると言えましょう。

最近の間違いだらけのジョブ型論でも、メンバーシップ型では解雇がきわめて困難で、ジョブ型になったら解雇し放題であるかのようなおかしな議論が横行していますが、こういう事例を見ても、そういう単純なものではないことがよく分かると思います。

ジョブがはじめにあり、そのジョブに人をはめ込むジョブ型社会では、そのジョブがなくなるという整理解雇が最も正当な解雇ですが、ジョブがちゃんと存在し、かつそのジョブをそれなりにこなしていいる人を好き放題に解雇できるなんてのは、アメリカ以外にはありません。

ジョブ型社会の解雇規制とは、ジョブを前提とし、ジョブがある限りヒトに着目した不当な解雇を制限しようとするものだからです。

それに対して、ヒトがはじめにあり、そのヒトに仕事をあてがうメンバーシップ型社会では、仕事がなければ、あるいは仕事ができなければ、何か見繕ってできる仕事をあてがうのは会社の責任なので、その面では解雇がより制限されますが、逆に会社の一員たるにふさわしくないと会社側が判断するような行為をしたら、たとえば残業を拒否するとか、転勤を拒否するというような不逞の輩は懲戒解雇しても良いと最高裁がお墨付きを出しています。

解雇規制のあるジョブ型社会の人が見たらびっくりして、日本は解雇自由の国なのかと思ってしまうような、ケシカラン奴の解雇が堂々とまかり通るのが、メンバーシップ型社会の一つの特徴でもあるのです。

報道によると、この編集者は

https://news.yahoo.co.jp/articles/b260356e1c40bb7a425ffa04e9a64335a57eee9f

「転売を憎んでいる人たちは、買えなかった欲しいキットが高く売られているのが面白くないだけ」「頑張って買ったひとからマージン払って買うのって、普通なのでは」などと転売ヤーの存在を肯定的に書き込んでいた

のだそうですが、そんなことで懲戒解雇だというのもまた、解雇規制のあるジョブ型社会の人に見せたらびっくりするような一事例であることは間違いないと思われます。

ちなみに、この問題は、9月に刊行予定の『ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)でも詳しく突っ込んで取り上げておりますので、その節は是非ご一読いただけますと幸いです。

第2章 入口と出口
四 解雇をめぐる誤解
1 ジョブ型社会で最も正当な整理解雇
2 誤解だらけの「能力」不足解雇
3 現実社会の解雇の姿
4 移る権利・移らない権利 

 

2021年7月28日 (水)

同一労働同一賃金は正義か@日経新聞の大機小機

昨年来、(間違いだらけの)ジョブ型の旗を振り続けてきた日経新聞の昨日の大機小機に「同一労働同一賃金は正義か」という、ものごとをよく分かっていないことは同様ながら、日本的に(自分流に)理解した「じょぶがた」に対して、これはもういかにも日本的な(自分流の)批判を繰り広げていまして、なんだかなあ、という気分にさせられます。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74199590W1A720C2EN8000/

ジョブ型雇用の世界では、同一労働同一賃金の原則が貫かれることが多い。

労働の質を考えれば、労働が同一かどうかを判断するのは難しい。同じ職務を遂行しても、労働の質には違いがある。人によって勤労意欲や能力に違いがあるからである。・・・

・・・にもかかわらず、同一労働同一賃金の原則がいわれるのは、弱い労働者を保護するためである。・・・

このいかにも典型的な誤解。この「猪突」さんは、同一労働同一賃金ということばを、ジョブ型の本来の趣旨通りに「異なる労働には異なる賃金」という意味ではなく、「異なる労働にも同じ賃金」というとんでもない平等主義だと理解してしまっているようです。

いや確かに、メンバーシップ型社会では同じ雇用区分で同じ年次である限り「異なる労働にもほぼ同じ賃金」という原則が貫かれ、格差は雇用区分が違うとか年功が違うということでしか正当化されないので、そういうジョブ型では通用しない観念を無意識裡に持ち込んで、自分流の「じょぶがた」を妄想してしまうのでしょう。

ジョブ型社会とは、いうまでもなく、ジョブが違うということが(それだけが)格差を正当化する社会です。職務評価に基づく高給のジョブと低給のジョブの格差が大きい社会です。だからこそ、社会的に高いと評価されているジョブが実はクソだぜという「ブルシット・ジョブ」論が、そうだそうだと受けるのです。

これほどまでにジョブ型を完璧に誤解している「猪突」氏ですが、最後のところでメンバーシップ型のメリットを説くところは、(価値判断はともかく)少なくとも事実認識としては正しい。

・・・定められた職務を超えて追加報酬なしで遂行する仕事の範囲を無差別圏と呼ぶ。この無差別圏の広さが賃金水準を決める。無差別圏が広い方が会社にとっては使い勝手が良いので、給料が高いというのが合理的になる。

例えば、残業を命じた際、積極的に受ける人の方が自分の都合を優先したい人より給料が高くて良いという考え方につながる。無差別圏の概念は、ジョブ型雇用の単純な原則にとらわれるのを防いでくれる。

ものすごくカチンと来る人が多いでしょうが、この言説自体は事実認識としてはまさに正しいし、30年前までは日本の競争力の高さを説明する原理として世界中でもてはやされていた議論です。

職務、時間、空間の限定のない無限定正社員がなぜ給料が高いのかを経済学的に説明するとまさにこうなります。これまた誤解している人がやたらに多いですが、メンバーシップ型というのは、経済学的には合理的なんですよ。

ただ、女性活躍だのワークライフバランスだのという言葉の飛び交う2021年の今日、この議論がそのまま(価値判断としても)通じると思っているとすると、いささかアナクロニズムの感は免れませんが。

 

 

 

 

 

Labor-management Relations in Japan Part III: Systems for Resolving Individual Labor Disputes@『Japan Labor Issues』Vol.5 No.33

Jli33JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』Vol.5 No.33がアップされました。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2021/033-00.pdf

Trends
Key topic: The MHLW Study Group Proposes the Direction of Employment Policy for Post-COVID-19
Key topic: The Fifth Basic Plan for Gender Equality “Toward a Reiwa Society Where All Women and Girls Can Thrive and Achieve Their Full Potential”

Column: Accommodation and Food Services Workers amid the COVID-19 Crisis in Japan TAKAHASHI Koji

Research Article: Working from Home and Work-life Balance during COVID-19: The Latest Changes and Challenges in Japan TAKAMI Tomohiro 

Judgments and Orders
Judgment Declaring Fixed Overtime Pay Illegal and Upholding a Worker’s Claim for a Solatium for Excessive Overtime Work despite No Resulting Health Damage The Karino Japan Case Nagasaki District Court, Omura branch (Sept. 26, 2019) 1217 Rodo Hanrei 56 HOSOKAWA Ryo

Japan’s Employment System and Public Policy 2017–2022 Labor-management Relations in Japan Part III: Systems for Resolving Individual Labor Disputes HAMAGUCHI Keiichiro

というわけで、コロナ関連の論文は例によって高橋康二さんと高見具広さんというツートップです。どちらも大変読み応えがあります。

判例評釈は細川良さんによる狩野ジャパン事件。ちなみに、この会社、「かりのじゃぱん」と読むんですね。今まで勝手に「かのうじゃぱん」と読んでいましたが、間違いだったようです。

私の日本の労使関係は最終回で、個別労使紛争を取り上げました。淡々と解説しているだけですが、実は最終校正段階で2020年(度)の数字を差し込んだので、この表とグラフは現時点で最新のものです。

 

2021年7月27日 (火)

岩波新書9月の新刊

岩波新書9月の新刊がフライング公開されています。

https://twitter.com/nekonoizumi/status/1419653975524085766

Mypictr_280x305_400x400 @岩波新書9月。
濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』
芝健介『ヒトラー 虚像の独裁者』
立石博高『スペイン史10講』
黒木登志夫『知的文章術入門』

 

 

同一労働同一賃金のジョブ型理解と非ジョブ型理解

587880 『労働法律旬報』の7月下旬号(1988号)に、遠藤公嗣さんの「正規・非正規の「同一労働同一賃金」と職務評価について」という講演録が載っています。

https://www.junposha.com/book/b587880.html

中身は、遠藤さんがこれまで繰り返し説き続けてきたことではありますが、その中に、ややトリビア的ですが労働法政策史の観点からコメントしておきたいこともあります。

一つは、日本政府、特に労働省が設置当時から正確な理解をしていたという点です。それ自体はその通りだと思いますが、それを初代婦人少年局長山川菊栄という個人のゆえというのは、間違っていないとしてもややずれているように思います。むしろ、1970年代以降の日本型雇用礼賛時代よりも前の時代には、政府も経営側も素直にジョブ型の枠組みでものごとを考えていたことの現われと見た方がいいのではないでしょうか。

1967年にILO第100号条約を批准するときの国会審議録は、私も何回か引用したことがありますが、まさに素直にジョブ型の枠組みで語っていて、その後のスタンスとはきわめて対照的です。

この時代に、労働運動の国際連帯の都合上、口先では同一労働同一賃金を謳いながら、実際には職務給絶対反対を叫んでいたのが労働運動でありとりわけ総評でした。

その配置状況が、1970年代以降はがらりと、でもなく、ずるりとねじれて一見不可解な対立しているようで実は対立していない訳の分からない対立図式にシフトしていくのです。政労使みんな実は職能給で一致している中で、ハイエンドの成果主義とかローエンドの均等待遇といった局部的なところでだけごちゃごちゃ言っているという世界です。

遠藤さんが批判的に引いている労働法研究者や労働運動研究者の理解というのも、結局はそういう全体の枠組みの中での話なので、それだけを取り出して論じてみてもあまり意味がないように思われます。

今回の働き方改革におけるいわゆる「同一労働同一賃金」も、紆余曲折の結果そういう枠組みの中に相当程度回収されてしまいました。この辺については、再来月刊行予定の『ジョブ型雇用社会とは何か?-正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書)でやや詳しく論じる予定です。

 

 

2021年7月26日 (月)

ビジネスと人権@『ビジネス・レーバー・トレンド』8/9月号

202108_09 『ビジネス・レーバー・トレンド』8/9月号は、今注目を集めつつあるビジネスと人権が特集です。

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/index.html

諸外国の動向 ビジネスと人権――アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取り組みの状況

アメリカ「責任ある企業行動」を支援

イギリス 他国に先がけ2013年に国別行動計画、2015年に現代奴隷法を制定

ドイツ「サプライチェーン・デューデリジェンス法」連邦議会で可決

フランス人権 デューデリジェンス法制化のパイオニア――企業による行動計画の策定とNGOによる告発・提訴

国内の動向 政労使の人権尊重に向けた取り組み

日本政府が2020年10月に行動計画を策定――サプライチェーンでの人権デュー・ディリジェンスなど盛り込む

食品・日用品の流通・製造企業がコロナ禍の従業員健康確保措置を紹介――CHLジャパンレポート「ウィズコロナ時代の食品・日用品のサプライチェーン」

加盟組合の企業の3割以上で取引先への要請で効果あり――7年目に入ったJAMの公正取引慣行に向けた取り組み 

この問題、ウイグル綿だけの話でもありませんよ。世界的にサプライチェーンのデューディリジェンスが重要な問題になってきているのです。

今号の特集は、各国の動向がよくまとまっていて、とても有用だと思います。

あと、今号では、海外労働事情の

ILO100カ国1万2,000人のデータを分析――デジタル労働プラットフォームの成長と課題

に目を通しておく必要があります。

このILOの『世界雇用社会見通し2021』自体は、ここに全文ありますが

https://www.ilo.org/global/research/global-reports/weso/2021/WCMS_771749/lang--en/index.htm

Wcms_771678 World Employment and Social Outlook 2021
The role of digital labour platforms in transforming the world of work [Full report]
This ILO flagship report explores how the contemporary platform economy is transforming the way work is organized, and analyses the impact of digital labour platforms on enterprises, workers and society as a whole. 

280ページを超える分厚いレポートなので、とりあえずこちらでざっと概観しておくといいです。

 

 

 

 

 

 

 

解雇の金銭解決 実は定着@日経新聞

本日の日経新聞16面に「解雇の金銭解決 実は定着」というかなり大きな記事が出ています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74090030R20C21A7TCJ000/

Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo0794015006 労働者の不当解雇が確定しても、労働者本人が同意していれば金銭で労働契約が解消される「解雇の金銭解決」の導入を巡る研究が、厚生労働省の検討会で進んでいる。だが実は労働審判などで年間4500件もの金銭解決が実質的に行われている。法制化を待たない「知られざる定着」は、潜在需要の高さを示す。正式な制度になれば、企業負担が膨張する可能性もある。・・・

厚労省の田村課長から始まって、労働側の田村優介、経営側の峰隆之弁護士が登場したかと思ったら、「労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏らの調査によれば」云々というデータが出てきて、いやこれ取材を受けた記憶はないんですが、まあ報告書は世間に出ているので、使われるのは自由なんですけど。

内容は現在までの状況を手際よくまとめたものです。最後の方に川口・大内の「完全補償ルール」が出てきますが、いやこれは現実性はないと思うんですが。

 

2021年7月25日 (日)

数合わせがやりやすいメンバーシップ型社会

4e569bf754dca6eed0dd75c3aae6b044e1601556 『労働新聞』にこんな記事が出ていて、思わず昔書いたエントリを思い出さざるを得ませんでした。

https://www.rodo.co.jp/news/109115/(女性限定で副部長職新設 兼務含め23人を任命 三井住友海上)

 三井住友海上火災保険㈱(東京都千代田区、舩曵真一郎取締役社長)は今年7月、女性副支店長・副部長のポストを新設し、計23人を任命した。兼務のかたちも含めて既存の部長職をサポートする役割を任せ、業務経験を積むことでライン部長への登用を促す。2025年度までの時限的な措置とし、26年度以降は性別を問わず運用する予定。課長以上の女性管理職比率が16.5%まで高まってきているなか、課題となっていたライン長比率、役員比率の向上につなげる。・・・

女性活躍ということで管理職比率を上げるために、ジョブ型社会では考えられないようなやり方が、メンバーシップ型社会では可能になるという話です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-0c48.html(メンバーシップ型社会では数合わせがやりやすい)

 ここらで少し、本質的なことも言っておきましょうか。
そもそも欧米で一般的なジョブ型社会では、募集採用も昇進も同じことであり、あるジョブディスクリプションのポストが空席になったときに、それに応募してきた男女から適格な人を選び出すということですから、そのジョブディスクリプションに適合しているにもかかわらず差別的に排除したりすることが差別なのであって、それが出発点です。
次に、応募者の複数名がいずれも当該ジョブに相応しいときに、アンダーリプリゼンテッドな性(普通は女性)を優先的にそのポストにつけようというのが、ポジティブアクションとかアファーマティブアクションとか言われるものですね。欧米の裁判例なんか見るとよく出てきます。
どっちも昇進する資格があるけれども、オレの方が優秀なのに何であの女を昇進させるんだ、みたいな話ですね。
で、数値目標というのも、このジョブ型ルールを大前提にした上のことであって、ある病院で医者が男性ばかりだから看護師から女性を昇進させて数合わせしようなんてことはあり得ないわけです。
そういうジョブセグレゲーションを解消するためには、まずは女子が医学部にどんどん進学して資格のある女性をたくさん作らないといけない。日本も医療界はジョブ型ですからそういうことになります。
ところが、そういうジョブ型ルールで動いていない社会では、話がまったく違う様相を呈します。
そもそも同じ職業資格を持っているのに差別される云々というところがそんなもので採用しているわけじゃないので、はなはだ一般的な人間力になってしまい、差別を差別と立証しにくいという面が間違いなくあります。
その一方で、とにかく数合わせさえすればいいという無茶な要求でも、そもそもそのジョブに相応しいとか何とかいう基準で採用したり昇進させたりしてきていないので、何でもありでやれてしまう面があります。
実際には暗黙のルールとして年次昇進があり、いやいやまだまだ女性が育っていませんので・・・というのが言い訳になっていたわけですが、そもそも論としてはそれでなければならない絶対的な理由はない。ジョブ型社会で当該ジョブに応募できるだけの資格がないというのとは話が違います。
それに、ジョブ型にするという意図もないまま、年功制解消とかもてはやしている人や新聞もあることだし、そういう流行に素直に乗ってしまうと、女性活躍のためという大義名分で数合わせがやりやすいのです。
そう、かつては何回当選で大臣というそれなりにルールがあった閣僚ポストも、いまや何でもありでしょう。そこに女性登用という至上命題が来ると・・・。
ジョブディスクリプションなきメンバーシップ型社会は、ジョブ型からすれば不当な差別を差別と言いにくい社会であると同時に、ジョブ型からすれば信じられないような数合わせだってやれちゃう社会でもあるのです。
その辺のリスクをわかっているのかな・・・と。

 

 

 

 

 

深夜の子ども出演と労働基準法

一昨日の夜、ちょうどアメリカのテレビ放映に合わせるように深夜のオリンピックの開会式が開催されたようで、その中身についていろいろと議論もあるようですが、ここではやはり『女性自身』が報じているこの問題を。

https://jisin.jp/domestic/2003569/<(五輪開会式 深夜の子ども出演が波紋…橋本聖子が4日前に任命)

7月23日夜に国立競技場で行われた東京オリンピックの開会式。ネット上では、“ある演出”に賛否の声が上がっている。
23時過ぎに行われた聖火リレーでは、宮城・福島・岩手の東北3県の中高生たち6人が最終ランナーの大坂なおみ(23)に聖火を繋いだ。
この演出にネットでは《被災地の子供たちの聖火リレーは胸熱だった》《感動しました》と賞賛の声があがる一方、深夜の子ども出演に批判の声も上がっているのだ。
《この遅い時間に子供が開会式でてるけどええの???》
《子供があんな深夜まで拘束されるのが違和感しかなかったな》
《子供達出すなら時間考えて開会式設定しなきゃ》
そもそも労働基準法では、原則として児童を午後8時及び午前5時の時間帯に働かせてはならないとしている。またボランティアだったとしても、やはり深夜帯での出演には制限がある。 ・・・

本誌は東京2020組織委員会に「労働だったのかボランティアだったのか」など出演経緯について問い合わせたが、「言及できない」とのことだった。

「言及できない」ってのは、そんなどうでもいいことなんも考えてなかったよ、ということなんでしょうか。

本ブログでも何回か取り上げてきたテーマではありますが、改めてこの年少者の深夜業制限の問題について、復習しておきましょう。

まずは、ほぼ10年前の「芦田愛菜ちゃんの労働者性」から。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html

20110920_ashidamana_02さて、とげとげしい話題はしばし横においておいて(笑)、芸能人の労働者性シリーズです。

いや、今のところ、芦田愛菜ちゃんの労働者性に疑問を呈している人がいるというわけではありませんよ。

http://www.officiallyjd.com/archives/56569/

>意外なところでは”天才子役”芦田愛菜(7歳)を不審がる声も。

>年内だけでドラマ・映画の出演本数が10本を超えてしまうほどの芦田愛菜の露出は、「週刊誌の報道で『目の下のクマをメークで隠して』仕事をしているといわれるだけに、朝から晩までずっと仕事漬けの日々。

今年小学校に入学した彼女ですが、週刊誌が”ランドセル姿”を撮影しようと取材を進めるも、学校に行っている形跡がまったくない」(芸能レポーター)と凄まじい働きぶりのようだ。

人気者の宿命なのかもしれないが、裏にはこんな”大人の事情”も。「芸能界の実力者までもが愛菜ちゃんのバックに付いていると言われ、現在では誰も批判できない状態に。また両親も子育て本を出版するなど”愛菜ちゃん利権”にあずかろうと必死。あの屈託のない笑顔には癒されますが、その裏に大人の思惑がうごめいてていて切ない気持ちになります」(芸能レポーター)

>若いうちの苦労は……というけれど、これではあまりに愛菜ちゃんがかわいそうになってきてしまう。出る杭は打たれるという言葉があるが、いろいろ言われているうちが華だと思いこれからも彼女ならではの活動を展開してもらいたい。

この記者には問題意識がないようですが、これは労働基準法上大きな問題であり得ますよ。

>(最低年齢)
第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、別表第1第1号から第5号までに掲げる事業以外の事業に係る職業で、児童の健康及び福祉に有害でなく、かつその労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受けて、満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については、満13歳に満たない児童についても、同様とする。

(労働時間及び休日)
第60条 
2 第56条第2項の規定によつて使用する児童についての第32条の規定の適用については、同条第1項中「1週間について40時間」とあるのは「、修学時間を通算して1週間について40時間」と、同条第2項中「1日について8時間」とあるのは「、修学時間を通算して1日について7時間」とする。

(深夜業)
第61条 使用者は、満18歳に満たない者を午後10時から午前5時までの間において使用してはならない。ただし、交替制によつて使用する満16歳以上の男性については、この限りでない。
2 厚生労働大臣は、必要であると認める場合においては、前項の時刻を、地域又は期間を限つて、午後11時及び午前6時とすることができる。
5 第1項及び第2項の時刻は、第56条第2項の規定によつて使用する児童については、第1項の時刻は、
午後8時及び午前5時とし、第2項の時刻は、午後9時及び午前6時とする。

実際、今年の紅白歌合戦に関して、こういう話も。

http://entameblog.seesaa.net/article/223680247.html

>某テレビ情報誌編集者が語るのは、今年の紅白を前にして喧々諤々だというNHKの内情。現段階で視聴率的な切り札といえるのは人気子役・芦田愛菜ちゃんが歌う『マル・マル・モリ・モリ』。鈴木福くんとのデュエットだが、すでに赤組としての出場が決まっており、和田アキ子からAKBまで女性歌手オールスターズに加え、特別ゲストのなでしこジャパンまでステージにあげての一大エンターテイメントに仕立てあげる予定だという。

「ただ労働基準法の縛りがあって、愛菜ちゃんは7時台にしか出演できない。本当に数字が欲しいのは9時からなので、関係者は頭を抱えているんですよ。なりふり構わないプランも出ていて『海外からの中継なら、向こうは昼だからセーフ』なんてことを大マジメに論議しているそうです」(前出・テレビ情報誌編集者)

芦田愛菜ちゃんが労働基準法上の労働者であることには何の疑いもないからこそ、上の労基法61条5項をすり抜けようとして、こういう話になるわけですね。

そして、そうであれば、そもそもの労働時間規制が「修学時間を通算して1週間について40時間」「修学時間を通算して1日について7時間」であり、かつ小学校は義務教育ですから、その時間は自動的に差し引かれなければなりませんから、上の「朝から晩までずっと仕事漬けの日々」というのは、どう考えても労働基準法違反の可能性が高いと言わざるを得ないように思われます。

まあ、みんな分かっているけれども、それを言ったら大変なことになるからと、敢えて言わないでいるという状況なのでしょうか。

ところで、それにしても、芦田愛菜ちゃんのやっていることも、ゆうこりんのやっていることも、タカラジェンヌたちのやっていることも、本質的には変わりがないとすれば(私は変わりはないと思いますが)、どうして愛菜ちゃんについては労働基準法の年少者保護規定の適用される労働者であることを疑わず、ゆうこりんやタカラジェンヌについては請負の自営業者だと平気で言えるのか、いささか不思議な気もします。

ゆうこりんやタカラジェンヌが労働者ではないのであれば、愛菜ちゃんも労働者じゃなくて、自営業者だと強弁する人が出てきても不思議ではないような気もしますが。

(追記)

まあ、ちょうど幼い千姫の涙とシンクロしたというのもあるのでしょうけど、タカラジェンヌやゆうこりんの話を書いたときより、ぶっちぎりの人気記事になったようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-ae19.html(演劇子役労働規制の国際比較)

ということで、皆さまの関心が高まったあたりで、お役に立つ情報源を。

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2006年に公表した労働政策研究報告書『諸外国における年少労働者の深夜業の実態についての研究― 演劇子役等に従事する児童の労働の実態 ―』は、英米独仏4カ国における児童労働、とりわけ芦田愛菜ちゃんのような演劇子役の労働規制について詳細な比較研究を行っています。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/062.htm

>当機構では厚生労働省の要請を受け、演劇子役の健康、福祉等へ影響について諸外国の実態調査を行いました。特に演劇、オペラ、ミュージカル、テレビ番組製作、映画製作、モデル撮影などメディア・文化の領域で子役として就労している児童の労働保護規制のあり方、法規の運用、就労実態及び健康、教育、財産管理などへの影響を調査しています。調査対象国は、年少労働者保護に関するEU指令の影響を色濃く有するドイツとフランス、EU加盟国でありながら両国とは異なった法的原理が支配するイギリス、娯楽産業が最も発達し演劇子役等に関して独自の法制を展開するアメリカとしました。

本書はこの研究の成果をとりまとめたもので、各国の「年少者・児童の労働保護法制の枠組み」と「演劇子役等の就労の実態、教育、家庭生活への影響」に分けて報告しています。各国の法制面の特徴について詳細な比較表も掲載しました

本体はこちらのPDFファイルです。388ページという膨大なものです。

http:www.jil.go.jp/institute/reports/2006/documents/062.pdf

まえがき
総論調査研究の目的と成果1
比較表諸外国における年少者・演劇子役等の就業可能時間に係る法制の概要34
1. 年少者(満18歳未満) 34
2. 演劇子役等(満15歳未満) 54
第1部諸外国における年少者・児童の労働保護法制69
第1章アメリカにおける年少者・児童の労働保護法制71
第1節連邦法上の規制71
第2節カリフォルニア州82
第3節ニューヨーク州109
第2章イギリスにおける年少者・児童の労働保護法制154
第1節イギリスにおける児童・年少者に係る原則的規制155
第2節イギリスにおける児童・年少者の興行における雇用に係る規制168
第3章ドイツにおける年少者・児童の労働保護法制186
第1節ドイツにおける年少労働者保護法186
第2節ドイツにおける満15歳未満の演劇子役等の労働保護に係る法制205
第4章フランスにおける年少者・児童の労働保護法制220
第1節フランスにおける演劇子役等の就労における問題の所在220
第2節フランスにおける年少者保護規制222
第3節フランスにおける演劇子役等に対する規制232
第2部諸外国における演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響269
第1章アメリカにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響271
―カリフォルニア州とニューヨーク州を中心に―
第1節演劇子役等の労働時間規制を規定する州法と実態の関係271
第2節演劇子役等と教育、学習について277
第3節演劇子役等の家庭生活284
第2章イギリスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響291
第1節実演産業の状況291
第2節実演児童の就業に関する制度と運用293
第3節教育と健康・家庭生活306
第3章ドイツにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響314
第1節演劇子役等の就労の実態317
第2節演劇子役等の教育と学習328
第3節演劇子役等の健康・家庭生活333
第4章フランスにおける演劇子役等の就労の実態と教育・家庭生活への影響341
第1節演劇子役等の就労に関する実態―パリ現地調査の結果から― 342
第2節演劇子役等の教育に関する実態359
第3節演劇子役等と家庭生活に関する実態371
参考資料ヒアリング項目375

あと、深夜業規制ではありませんが、労働基準法の年少者規定を取り上げたエントリを並べておきます。時ならぬ4連休の読み物代わりにどうぞ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-97de.html(年少者の不当雇用慣行実態調査報告@婦人少年局)

旧労働省の婦人少年局というところは、むかしは非常に熱心に女性や子どもたちの労働実態の調査をやっていたのです。とりわけ、今ではほとんど忘れ去られているでしょうが、年少者の不当雇用慣行について、1950年代の半ばごろにその実態を暴いた報告書は、東北地方、九州地方、近畿地方、関東甲信越地方の4分冊として、刊行されています。

おそらく今では役所の中でも誰も知らないであろうこの報告書を、ちょっと紹介してみましょう。今ではみんながうるわしく描き出す「三丁目の夕日」のちょっと前の時期の、日本社会の凄絶な実態をちょっとの間だけでも思い出すために。・・・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/akb-f93b.html(AKB握手会は年少者にふさわしい業務か?)

こういうネタはPOSSEの坂倉さんに任せた方が良いのかもしれませんが、世の中にはこういう行為に出て、こういう訴訟を起こす人もいる、ということを考えると、そもそもこの握手会なるイベント自体、年少者にとって有害業務になり得るものなのではないかという疑問も湧いてきます。

この裁判の原告本人のブログに、当該裁判の判決文が全文掲載されているので、裁判所の判断部分を(固有名詞を除き)そのまま載せておきますが、以前のいきなり刃物を振り回すという物理的攻撃リスクもさることながら、こういう性的言動にさらされるリスクも、年少者保護という観点から改めて考える必要がありそうです。

この裁判がこういう行為をした側が自らのサービス購入者としての権利を主張する形で、言い換えればAKB48側が当該サービスを提供すべき債務を負っていると主張する形で提起されているということ自体が、この握手会そのものが年少者労働基準規則第8条に言うところの「特殊の遊興的接客業における業務」に類するものであることを問わず語りに示しているようにも思われないではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-b2de.html(女子高生クラブは労働基準法違反)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-0d4c.html(JKリフレは労働基準法違反)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_5710.html(中学生を違法派遣)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-7e91.html(「トルコ娘」の労働者性)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月23日 (金)

香港言語療法士労組の絵本

朝日の記事によると、香港の言語療法士労組の絵本が弾圧されたそうです。

https://www.asahi.com/articles/ASP7Q7GW4P7QUHBI01X.html(香港、絵本発行で5人逮捕 「子供に反政府的な意識」)

Hongkong01 香港警察は22日、香港政府の対応を風刺して子供を扇動する絵本を発行したとして、発行団体の男女5人を刑事罪行条例違反の疑いで逮捕した。警察幹部は会見で「絵本が対象にする4~7歳は道徳心を養う重要な年齢で、政府に批判的な意識が植え付けられる」と摘発理由を語った。
 逮捕されたのは、言語障害などがある子供に訓練や指導を行う「香港言語治療師総工会」の主席や副主席ら25~28歳の男女。同会は民主派支持を鮮明にしており、政府を風刺する絵本などの読書会を開いていた。
 問題となった絵本は3冊。「羊村十二勇士」という絵本では、平和に暮らしていた羊の村の12匹が、悪役のオオカミの支配から村を守ろうと団結する。12匹はオオカミが羊を殺すことを決めたことを察知して船に乗って逃亡を図るが、動きを監視していたオオカミに海上で捕まって投獄されてしまう。村に残された羊たちが仲間の12匹を支援する内容だ。 

「総工会」とは中国語で労働組合のことです。とはいえ、中華人民共和国の総工会とは御用組合ですらなく共産党の下部組織に過ぎませんが、台湾や香港の総工会はITUCにも加盟しているまともな労働組合です。そういうまともな労働組合の子供向け絵本ですら我慢できないのは、もちろん「人権を守るためには、まず国権を守らなければならない。その点で、国権は人権に優越する」という理屈なんでしょう。まことにもっともでありますなあ。そういうことを言う人には、最低限の知的誠実性を担保するために、ぜひともこの日本の国でもネトウヨと声をそろえて大きな声で「国権は人権に優越する」と叫んでいただきたいものです。

さて、こういう記事を見るとその原典に当たりたくなります。探してみるとこの労組のサイトがありました。

https://www.guhkst.org/(香港言語治療師總工會)

34ab4a_1026635f83bf4f34b8793eec054fb3e7_ 今回摘発された「羊村十二勇士」の前に、労組の活動そのものを絵本にした「羊村清道夫」というのもあるようです。表紙にでかでかと「罷工救羊」とありますな。

https://www.guhkst.org/?lightbox=dataItem-kmm0rn34

 大灰狼喺羊村嘅圍欄度開咗一個窿,自此每日都有好多隻狼由狼村入去羊村。 狼成日都亂拋垃圾,搞到羊村越嚟越污糟,危害到羊咩咩嘅健康。 羊小清同其他清道夫唯有透過罷工,期望可以令大灰狼改變心意,閂返個圍欄, 佢哋會唔會成功呢? 文:香港言語治療師總工會 圖:熱奶茶

 

 

インターンシップ抜きにいきなり大臣でOJT

Nabetsune

昨晩、NHKのBSで渡辺恒雄インタビューの第2弾、平成編が放送されました。世間では裏番組のサッカーを見ている人の方が圧倒的に多かったでしょうが、こちらも大変面白い番組になっていました。

https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Q7Y5K7NZ24/

70年にわたり日本政治を見続けた読売新聞グループのトップ・渡辺恒雄氏への独占インタビュー。後編の「平成編」は、渡辺氏の証言から平成という時代の実像に迫る。

読売新聞グループのトップ、渡辺恒雄氏への独占インタビュー番組の第二弾。「平成編」となる今回は、読売新聞社長、巨人軍オーナーとして、平成の日本社会に深く関わった渡辺氏が、その舞台裏を赤裸々に証言。自自連立、大連立など自ら深く関わった政局、巨人軍オーナーとしての発言の真相、自身の戦争体験に根ざした歴史認識。渡辺氏の独占告白から、平成という時代、そして今後の日本の姿を展望する。インタビュアー・大越健介

人によって興味のありかはさまざまでしょうが、私には、福田康夫首相と当時の小沢一郎民主党代表の間の大連立構想を取り持った話が面白かったです。というのも、小沢氏が出てきて、大連立で民主党の議員たちも行政省庁に入って勉強できるというような趣旨のことを言っていたからです。もし本当に彼らにそういう機会があればなんとよかったことかと思います。

その後政権交代で、そういう勉強の機会を持てなかった議員たちがいきなり大臣だの政務官などといった権力をふるえる立場になってしまい、しかしながら頭の中は依然として政府のあれこれ問題点をやたらに追求していきり倒してなんぼという野党時代の感覚が抜けておらず、はっきり言って政府の体をなさないような事態になってしまったからです。

とはいえ、それは主として民主党政権初期の鳩山内閣時代であって、その後の菅内閣や野田内閣時代には、政権初期のOJTの効果が出て、下手な自民党の大臣よりもまっとうな方も結構おられたりしたのですが、その辺は割とすぐに忘れられてしまい、政権初期の悪印象ばかりが残っているように思われます。

改めて考えてみれば、大連立でジュニアパートナーとして行政官庁の中に入って政策を実施する立場としての訓練をする機会があれば、その後民主党主導の政権になっても、もっとまともな政権運営ができたのではないかと思います。実際、菅内閣以降の民主党政権はまさに鳩山内閣時代のおぼつかないOJTの成果が出てきていたわけなので、それを前にずらせていれば、ああいう無駄なことをせずに済んだし、今になっても依然として悪夢のような云々といわれることもなかったでしょう。

その意味では、あの大連立が失敗したのは、実は民主党にとってこそ最も致命的なミスであったのはないかと思われてなりません。

ジュニアパートナーとしてインターンシップをすることなしに、野党根性のまま大臣などの要職にいきなりついてやらかしてしまったことが、その後の民主党やその後継政党にいかにスティグマを与え続けているか、民主党政権中期から後期にかけてのまっとうな政治運営がすぐに忘れられてしまったことを考えると、本当に残念なことであったと思われるのです。

 

 

 

2021年7月22日 (木)

ちなみに、全体主義といえばやはりこの本

ちなみに、そもそも「左右の全体主義」という言い方をすると、一応「左の全体主義」と「右の全体主義」は似ているけれども別物という前提になりますが、今の中国の姿を見ていると、そもそもそれが区別できるのかすら疑わしくなってきます。

その点を深く突っ込んで考えるのに最適なのが、先日紹介した張博樹『新全体主義の思想史』です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-37905d.html(中国の左翼は日本の右翼または張博樹『新全体主義の思想史』)

452526 アメリカがバイデン政権になって、米中対立が本格的に専制対民主の対立になりつつある今、前から気になっていながらそのままになっていた張博樹『新全体主義の思想史』を通読しました。

https://www.hakusuisha.co.jp/book/b452526.html

習近平体制を「新全体主義」ととらえ、六四以後の現代中国を壮大なスケールで描く知識社会学の記念碑的著作。天安門事件30年を悼む

著者の張博樹さんは、中国社会科学研究院を解雇され、コロンビア大学で現代中国を講じている言葉の正確な意味でのリベラル派中国知識人ですが、そのリベラル派から新左派、毛左派、紅二代、ネオナショナリズムに至るまで、現代中国の9大思潮を、時にはそのインチキなロジックを赤裸々に分析しながら描き出した大著です。

著者を含むリベラル派については、訳者の石井知章、及川淳子さんらによる紹介がされていますし、妙にポストモダンめいたレトリックを駆使して中国共産党政権を擁護する汪暉ら新左派についても、なぜか日本にファンが多いようで、やはり結構翻訳されていますが、それ以外の種々様々な思想ないし思想まがいについては、これだけ包括的に描き出したものはちょっとないでしょう。そして、本書に描かれた時に精緻めかした、時にやたらに粗雑な「左派」という名のロジックの数かずを読み進んでいくと、なんだか似たようなロジックを日本語でも読んだ記憶があるなという感想が浮かんできます。

それは、意外に思われるかもしれませんが、『正論』とか『WILL』とか『hanada』といったいわゆる右翼系オピニオン雑誌によく出てくるものとよく似ていて、そうか、中国の左翼というのは日本の右翼の鏡像みたいなものなんだな、ということがよくわかります。

まあ、それは不思議ではなく、普遍的な近代的価値観を目の敵にするという点では、日本の右翼と中国の左翼は全く同じであって、ただどちらもそれがストレートではなくねじれている。

日本の右翼は、本音ではアメリカ占領軍に押しつけられた憲法をはじめとする近代的価値観が大嫌いなのだが、(ほんとはよく似た)中国共産党と対決するために、アメリカの子分になって、アメリカ的価値観に従っているようなふりをしなければならない。

中国の左翼は、本音は中華ナショナリズム全開で、欧米の思想なんて大嫌いなのだが、肝心の中国共産党が欧米由来のマルクス主義をご本尊として崇め奉っているので、論理めちゃくちゃなマルクス神学のお経みたいな議論をやっている。

というのは、もちろん著者の意図とはかけ離れた、日本の一読者の斜め下からの感想に過ぎませんけど。

この、中国共産党政権とマルクス主義の微妙極まる関係についても、本ブログで折に触れ何回も言及しています。せっかくなのでお蔵出ししておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html(中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

フィナンシャルタイムズに「北京大学がマルクス主義研究会の閉鎖を恫喝」(Peking University threatens to close down Marxism society)という興味深い記事を載せています。

https://www.ft.com/content/ccab09aa-bdc2-11e8-8274-55b72926558f?desktop=true&segmentId=7c8f09b9-9b61-4fbb-9430-9208a9e233c8

Http___comftimagepublishuppproduss3

副題に「学生たちは労働組合権を巡る争議を支援し続ける」(Students continue to back workers in dispute over trade union rights)とあるように、これは、マルクス主義をまじめに研究する学生たちが、元祖のマルクス先生の思想に忠実に、弾圧される労働者たちの労働組合運動を支援するのが、そのマルクス主義を掲げていることになっている中国共産党の幹部諸氏の逆鱗に触れてしまったということのようです。

China’s most prestigious university has threatened to shut down its student Marxist society amid a continuing police crackdown on students who support workers in a dispute over trade union organisation.

中国の最も権威ある大学が、労働組合組織を巡る争議において労働者を支援した学生たちに対する警察の続けられている弾圧のさなかで、その学生のマルクス主義研究会を閉鎖すると恫喝している。

Under China’s Communist party, Marxism has been part of the compulsory university curriculum for decades. But universities are now under pressure to embrace “Xi Jinping thought” as the president strengthens his ideological control over the nation. The government is also inspecting primary and secondary school textbooks to remove foreign content.

中国共産党の下で、マルクス主義は何十年にもわたって大学の義務的カリキュラムの一部であった。しかし、諸大学は今や、習近平主席が国民に対する彼のイデオロギー的支配を強化するにつれて、「習近平思想」を奉ずるようにとの圧力の下にある。政府はまた、小学校や中等学校の教科書から外国の内容を取り除くよう監督している。

いやいや、確かに、マルクス主義は厭うべき外国思想の典型なのかもしれませんね。

いまさら皮肉なことに、というのも愚かな感もありますが、一方でわざわざドイツのトリーアに出かけて行って、マルクスの銅像をぶっ立てたりしているのを見ると、なかなか言葉を失う感もあったりします。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/200-994a.html (マルクス200年で中国が銅像っていう話)

・・・やしかし、かつての毛沢東時代の(まあ、それもマルクスの思想とは似ても似つかぬものだという批判が妥当だとは思いますが)少なくともやっている当人たちの主観的意識においてはマルクスとレーニンの思想にのっとって共産主義を実現すべく一生懸命頑張っていた時代の中国ならいざ知らず、日本よりもアメリよりも、言うまでもなくマルクスの祖国ドイツよりもはるかに純粋に近い(言い換えればむき出しの、社会的規制の乏しい)資本主義社会をやらかしておいて、それを円滑にやるための労働運動や消費者運動を押さえつけるために共産党独裁体制をうまく使っている、ある意味でシカゴ学派の経済学者が心の底から賛辞をささげたくなるような、そんな資本主義の権化みたいな中国が、その資本主義を憎んでいたマルクスの銅像を故郷に送るというのは、19世紀、20世紀、21世紀を貫く最高のブラックユーモアというしかないようにも思われます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html(中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

9月にこういうニュースがあったんですけど、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

いやいや、確かに、マルクス主義は厭うべき外国思想の典型なのかもしれませんね。

いまさら皮肉なことに、というのも愚かな感もありますが、一方でわざわざドイツのトリーアに出かけて行って、マルクスの銅像をぶっ立てたりしているのを見ると、なかなか言葉を失う感もあったりします。

1541230011_2564それから1か月あまりして、もう少し深刻なニュースが、香港の蘋果新聞に載っていました。

https://hk.news.appledaily.com/china/realtime/article/20181103/58870841 (【習權時代】南京大學生禁研究馬克思 要求解釋卻遭暴力驅散)

「馬克思列寧主義」明列在中共黨章中,但江蘇省南京大學一群學生,近日向校方申請舉辦、註冊成立「馬克思主義閱讀研究會」,校方一直無故拖延,學生前日要求校方解釋,竟遭暴力驅散。

マルクス・レーニン主義は中国共産党の憲章の中に明記されているが、江蘇省南京大学の一群の学生が最近大学当局にマルクス主義読書研究会を設立したいと申請したところ、理由なく遅延され、理由を問うたところ暴力的に追い散らされた。

建議成立馬克思主義閱讀研究會的學生之一、南京大學學生胡弘菲表示,他們自行組統的研究會,50日前便向校方申請註冊,但申請一直被南京大學哲學系和共青團南京大學委員會推來推去。他更稱,提議成立研究的同學最近一個月被便衣人員跟蹤、拍攝;前日多名同學到學校行政樓,要求與南京大學校黨委書記胡金波見面,突然出現一群身份不明的人士向他們施襲,多人受傷,他們準備的傳單、橫額全被破壞。・・・

マルクス主義読書研究会の設立を求めた学生の一人である南京大学学生の胡弘菲によれば、50日前に大学に登録を申請したが、南京大学の哲学部と共産主義青年団の南京大学委員会によって推薦された。ところが、最近1か月間申請した学生たちは平服の連中に後をつけられ、前日学生たちが大学当局の本部に行き、南京大学党委員会の胡金波書記に面会を求めたところ、突然一群の身分不明の者たちが現れ、彼らを襲撃し、多くの者が負傷した。準備したチラシとバナーはすべて破壊された。。・・・

いやいや、もはや現在の中国共産党にとっては、マルクス主義などという不逞の思想はご禁制あつかいなのかもしれません。

(追記)というわけで、この記事のソースであった香港のリンゴ新聞も消え失せました。こういうホントのことを平然と報じるようなメディアは邪魔なんでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-ba65.html(中国にとってのマルクス主義-必修だけど禁制)

本ブログでも何回か紹介した川端望さんが昔のエントリを新ブログにお蔵出ししていて、最近も約5年前の「中国の必修科目としての「政治経済学=マルクス経済学」に隠された深遠な陰謀」を再アップされています。

https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/11/20131012.html

中国ではマルクス主義は国定思想なので、大学でも関係するいくつかの科目が必修科目になっている。そこにはマルクス経済学の基礎に相当する「政治経済学」も含まれる。

 この授業について、私の知る限り、中国の大学生から「つまらない。忘れました」という以外の感想を聞いたことがない。「ほんっとーに、つまらないです!!」「I hate it!」という表現さえ聞かれる。私自身が学生・院生時代に、当時すでに少数派となっていたマルクス経済学ベースの勉強をしていて、その問題点も多少はわかっているつもりなのだが、そういう学問的な問題ではないようだし、思想を押し付けられるのが嫌いというだけでもないらしい。

 ヒアリングと、北京や上海の書店で「政治経済学」の教科書らしきものもめくってみた限りでの情報をまとめると、以下のような事情らしい。

 政治経済学の授業のスタイルは、マルクス経済学の超要約版の教科書を使い、図式化して、丸暗記を強要するものである。内容のどこが現実の社会とどう関わっているのかといったことは一切やらない丸暗記らしい。つまり、「寿限無寿限無五劫の擦り切れ」を暗記するのとほぼ同じ要領で「社会的存在が社会的意識を規定する」と覚えるのだ。学生は試験のために暗記して試験終了とともに忘却し、ただ「つまらなかった」という感覚だけを心に残す。日本でも科目を問わずこういう授業は存在するが、教科書も教え方もそのもっとも悪いバージョンになっているようだ。

 もう少し詳しく言うと、資本主義経済については『資本論』の超要約版教科書を叩き込むのだが、社会主義計画経済の原理とそれが行き詰まった理由、中国の「改革・開放」を含む市場経済化の経済学的根拠については、ほとんど教えない。中国の経済学の授業なのに「改革・開放とはどういう原理でなされているのか」は語られないという不思議なことになる。よってますます現実と関係なくなり、学生が関心を持つべくもない。

なぜこんな、わざとつまらなく、わざと興味を待たせないような代物にしているのか?

共産党という名の政権党が支配する国の時代を担う若者たちに、その根本哲学を教えるという最も大事なはずの授業が、それをできるだけ教えたくないという気持ちがにじみ出るようなものであるのはなぜなのか?

川端さんはこう絵解きをしていきます。

いま、マルクス経済学が正しいか、まちがっているかはは脇に置こう。とにかく中国の各大学が、丁寧に、現実の社会とのかかわりを解きほぐしながら国定思想たるマルクス経済学の授業をして、ある割合の学生がそれも一理あるなと思ったとしよう。マルクス経済学が一理あると思うというのは、つまり

「資本主義って、一見対等平等に取引しているようで、必然的に格差を生むしくみになっているんだな」とか、

「技術進歩の果実はほとんど資本家のものになってしまうんだな」とか、

「資本主義発展とともに農村から都市に移動した人口が過剰扱いされて、失業者と都市問題を生むんだな」とか、

「貧困って自己責任じゃなくても社会の問題なんだ」とか、

「信用機構や株式会社ってひとつまちがえると詐欺の温床になるんだな」とかいう風に思うことである。

 さらにすすむと、

「これはみんなわが国で起こっている問題だよね」とか、

「考えてみると中国の社会主義市場経済って、ほぼ資本主義だよね」とか思うだろう。

場合によっては、

「なるほど、労働者が立ち上がって資本主義に反抗するのは歴史の必然なのか」と思いかねない。

 そう、国定思想を丁寧に教えると、現在の体制に対する疑問を惹起してしまうのである。中国政府はこの矛盾に気づいているがために、わざと極端につまらない「政治経済学」を必修化し、学生をマルクス経済学嫌いにしているのではないだろうか。

本気で興味を持たせてしまうと、現在の他の資本主義国のどれよりも市場原理に制約が希薄な「社会主義市場経済」に対する批判的精神を醸成してしまうかもしれないから、わざとつまらなくつまらなく、だれもまじめにマルクス主義なんかに取り組もうと思わないようにしているんだろう、と。

5年前のこの川端さんの推測はおそらく正しいと思いますが、それだけの配慮をしていてもなお、そのこの上なくつまらないマルクス主義の授業にもかかわらず、本気でマルクス主義を勉強しようなどという不届きなことを考える不逞の輩が出てきて、共産党という名の資本家階級に搾取されているかわいそうな労働者を助けようなどという反革命的なことを考えるとんでもない若者が出てきてしまったりするから、世の中は権力者が思うように動くだけではないということなんでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

副題に「学生たちは労働組合権を巡る争議を支援し続ける」(Students continue to back workers in dispute over trade union rights)とあるように、これは、マルクス主義をまじめに研究する学生たちが、元祖のマルクス先生の思想に忠実に、弾圧される労働者たちの労働組合運動を支援するのが、そのマルクス主義を掲げていることになっている中国共産党の幹部諸氏の逆鱗に触れてしまったということのようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html (中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

いやいや、もはや現在の中国共産党にとっては、マルクス主義などという不逞の思想はご禁制あつかいなのかもしれません。

ご禁制にしたいほどの嫌な思想なのに、それを体制のもっとも根本的なイデオロギーとして奉っているふりをしなければならないのですから、中国共産党の思想担当者ほど心労の多い仕事はないように思われます。いまでもマルクス経済学は学生たちに必修科目として毎日教えられ続けているはずです。できるだけつまらなく、興味をこれっぽっちも惹かないように細心の注意を払いながら、一見まじめに伝えるべきことを伝えようとしているかのように教えなければならない。少なくとも私にはとても務まらないですね。

(追記)

ちなみに、中国ではおそらく存在を許されない本当のマルクス主義者が香港にはまだ何とか存在し得ていて、中国資本主義を批判するこういう本を書いているということも、かつて本ブログで紹介しましたね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-16fd.html (區龍宇『台頭する中国 その強靭性と脆弱性』)

20140806g636_2

・・・著者は香港のマルクス主義者です。中国に何千万人といる共産党員の中に誰一人いないと思われるマルクス主義者が、イギリスの植民地だったおかげで未だに何とか(よろよろしながらも)一国二制で守られている思想信条の自由の砦の中で生き延びていられるマルクス主義者ですね。

だからこそ、中国共産党という建前上マルクス主義を奉じているはずの組織のメンバーが誰一人語ることができない「王様は裸だ」を、マルクス主義の理論通りにちゃんと分析して本にできているのですから、ありがたいことではあります。

それにしても、資本家が労働者を抑圧するのに一番良い方法は、資本家自身が労働者の代表になってしまうことだというのは、マルクス様でも思いつかないあっと驚く見事な解法でありました。・・・

日本にはいまだにマルクス経済学者という看板を掲げている人々が結構な数いるはずですけど、だれも文句をつけてきそうにないマルクスの原典の研究とかじゃなくて、區龍宇さんのように現代中国資本主義のこういう問題に切り込もうという勇気のある方がどれくらいいるのか、不勉強なためよく知りません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-855d.html(中国左翼青年の台頭と官憲の弾圧)

_104959937_gettyimages517262340

梶谷懐さんのツイートでリンクされていたBBC中国語版の記事が面白いです。

https://twitter.com/kaikaji/status/1081583027640139783

https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-46616052 (中国左翼青年的崛起和官方的打压)

今まで何回か本ブログでも取り上げてきた(下記参照)話題ですが、ここまでまとまったものはあまり見当たらないので、中国語の理解力が乏しいのを顧みず少し紹介したいと思います。

北京大学毕业生岳昕是今年中国网络上最著名的左翼青年之一,但她已从公共视野中消失了四个月。作为一名坚定的马克思主义者,今年夏天她放弃了去美国读研的机会,投入到深圳佳士工人维权活动。2018年8月24日,中国警方在广东惠州带走包括她在内的数十名左翼维权者后,公众再也没有她的消息。

过去几十年,国家主导的市场经济令一部分中国人先富起来。而曾经被中国共产党宣称为社会主义国家领导阶级的工人,在国企转制、下岗、出口型经济转型和城市化建设中,日益被边缘化,权利无保障,有的工人群体甚至被列入“低端人口”。

在中国社会空间不断紧缩之下,一批关注社会底层、信仰马克思主义的左翼年轻人在网络和街头集结,对他们所不满的劳工权利无保障、贫富差距加大等社会现实问题发起挑战,形成一股不可小觑的政治行动力量。他们家庭背景各不相同,但大多就读于中国一流大学、喜欢读马克思著作、拥护社会主义,在学校就积极参加社团、为校内工人的权益奔走。在深圳佳士工人维权行动中,他们身穿写有“团结就是力量”的白色T恤、举手握拳冲在最前线,成为最引人注目的抗议者,也因此遭到中国当局的严厉打压。

北京大学卒業生の岳昕は今年(=2018年)の有名な左翼青年の一人だが、彼女が公衆の面前から姿を消して4か月になる。堅固なマルクス主義者として、彼女は今年の夏アメリカの研究会に行くのをやめて深圳の佳士の労働者権利擁護活動に没入した。2018年8月24日、中国の警察が広東省の恵州で彼女を含む左翼の権利擁護者を何十人も連れ去った後、公衆はもはや彼女の消息を聞いていない。

過去数十年間、国家主導の市場経済により、一部の中国人が最初に金持ちになった。かつて中国共産党によって社会主義国家を指導する階級と宣言された労働者は、国有企業の制度転換、解雇、輸出志向型経済および都市化の中で、日々ますます縁辺化され、権利は保障されることなく、ある種の労働者集団に至っては「底辺人口」にカウントされている。

中国社会空間が不断の緊縮下にある中で、社会の底辺に関心を持ち、マルクス主義を信仰する左翼青年たちがネット上と街角に集結し、労働者の無権利状態と貧富の格差の拡大といった現実社会の問題に挑戦し始め、軽視しえない政治的行動能力を形成した。彼らの家庭背景はさまざまであるが、その多くは中国の一流大学に学び、マルクスの著作を喜んで読み、社会主義を擁護し、学内で積極的に団体に参加し、学内の労働者の権利のために奔走した。深圳の佳士の労働者権利擁護活動では、彼らは「団結は力なり」と書かれたTシャツをまとい、こぶしを最前線に突き上げ、最も注目を浴びる抗議者となり、ついに中国当局の過酷な弾圧に遭遇することとなった。

・・・・・

_104870422_igxytz

・・・・

悲惨な労働者のために立ち上がる左翼青年たち・・・とくると、当然思い出される歴史があります。

中国近代史上最有名的学生运动是1919年的五四运动,当时中国在一战后的巴黎和会遭受不公平对待,引发了学生们的怒火。而1989年“六四”中国政府对学生开枪后,学生几乎绝迹于政治运动和社会群体事件。许多中国名牌大学的学生更是被广泛批评为“精致的利己主义者”,“冷漠自私”,他们审时度势,不惹事,不问政治,不多说话,只关心自己的前途。此次佳士工人维权事件,一帮左翼青年却成为最有力的推动者。

从初中高中的思想政治课,到大学的马克思主义哲学课,在1949年之后的社会主义中国成长并受过教育的年轻人,或多或少都学习过马克思主义理论。在这样的教育下,出现左翼青年顺理成章。只是如今,他们习得的知识理念与现实起了冲突。

“这些孩子在受教育的过程中,就是这样被教育的,要相信马克思主义,但是共产党的执政背离马克思主义理论,共产党当年共同富裕的承诺也没有实现,”历史学者章立凡分析,“他们在现实中感到,原来教他们的东西跟现实是相反的,所以他们认为这个社会不公正,他们要求按照他们所受的马克思主义教育来重新建立一个公正的社会秩序。”

左翼青年近年来已经多次引发舆论的关注。去年,数名左翼青年因为参与了一场广州读书会被警方拘捕。据香港《明报》报道,北京大学毕业生张云帆2017年11月15日在广州工业大学举办读书会时因谈及六四,遭警方拘捕,被以“聚众扰乱社会秩序”罪名刑事拘留和监视居住,12月29日取保候审。张云帆自称是“马克思主义者”和“毛左”。同起事件中,至少还有3人被捕后获保释,4人被通缉。

近代中国史上最も有名な学生運動は1919年5月4日の運動であり、、第一次世界大戦後のパリ講和会議で中国が不当な扱いを受けたことが学生の怒りを引き起こした。 1989年に「6月4日」の中国政府が学生を弾圧した後、学生は政治運動や社会集団活動からほとんど姿を消した。中国の有名大学の学生の多くは、「精妙な利己主義者」とか「冷然たる自己中心」と評され、時勢を判断し、問題を起こさず、政治に関わらず、物事を論じないで、自分の将来にしか関心がない。しかし今回の佳士の労働者の権利擁護事件では、左翼青年グループが最も有力な推進者となっている。

中学高校のイデオロギー・政治学課から大学のマルクス主義哲学課に至るまで、1949年以降に社会主義中国で成長し教育を受けた青年たちは、多かれ少なかれマルクス主義理論を学習している。そのような教育の下で、左翼青年の出現は理にかなっている。ただし今日においては、彼らが学んだ知識と理念は現実と矛盾するのだ。

「この子らは教育課程でこのような教育を受けた。彼らはマルクス主義を信じなければならないが、共産党の執政はマルクス主義理論から逸脱している。ともに豊かになるというかつての共産党の約束は実現されていない」と歴史学者の章立凡は分析する。「彼らが現実の中で感じ取ったことは、もともと彼らに教えられてきたこととは全く逆である。それゆえ彼らはこの社会は不公平であると考え、彼らは彼らが受けてきたマルクス主義教育に従って公正な社会秩序を再確立することを要求するのだ」。

左翼青年は近年何度も世間の注目を集めている。昨年、左翼青年が広州の読書会に参加したために警察に逮捕された。香港の「明報」の報道によると、北京大学卒業生の張雲帆は、2017年11月15日に広州工業大学で開かれた読書会で「6月4日」に言及したため警察に逮捕され、「衆を集めて社会秩序を擾乱した」という罪名で刑事拘留され、監視下にあり、12月29日、なお保釈は保留中だ。張雲帆は自らを「マルクス主義者」であり「毛沢東左派」であると主張している。同じ事件で、少なくとも3人が保釈され、4人が指名手配された。

https://twitter.com/2b0bKXcWuXpoNbb/status/1032133860446724096

进入11月,更多的左翼青年和活动人士在各地失踪。9日晚,张圣业在北大校园内被不明身份的男子直接掳走。根据声援团12月16日公布的消息,目前,仍然有29位声援团成员、学生和社会人士因涉及此次工人维权事件失去自由。
寒冬来到,左翼青年的抗争仍在继续。他们给公安部部长赵克志写信、发起寻找失联成员的行动,不断在推特、佳士声援团网站上发布文章、纪念视频,讲述事件的来龙去脉。他们的抗争也引发了国际关注和声援。11月底,包括美国著名左翼学者诺姆•乔姆斯基(Noam Chomsky)在内的30多名国外学者呼吁抵制在中国举行的世界马克思主义大会,以抗议中国政府打压维权学生。
这些左翼青年似乎并不畏怯官方可能对他们采取行动。BBC中文记者采访张圣业时,曾问他有没有担心过自己的安全。
张圣业在通讯软件上回复:“我不知道您有没有听过这一句话,真正的马克思主义者是无所畏惧的。”

11月には、さらに多くの左翼青年や活動家が各地で失踪した。 9日の晩、張聖業は北京大学のキャンパスで正体不明の男に直接連行された。 支援グループが12月16日に発表したニュースによると、現在、なお29人の支援グループのメンバー、学生および社会人が、労働者の権利擁護事件のために自由を奪われている。

寒い冬が来ても、左翼青年の闘争は続いている。彼らは公安部長の趙克志に手紙を書き、行方不明のメンバーの捜索を始め、絶えずツイッターと佳士支援グループのホームページ上に記事とビデオを掲載し、事件の経緯を語り続けている。彼らの闘争は国際的な注目と支援を引き起こした。 11月末、アメリカの有名な左翼学者であるノーム・チョムスキーを含む30人以上の外国人学者が、中国政府が開催する世界マルクス主義大会のボイコットを呼びかけ、もって中国政府による権利擁護学生の弾圧に抗議した。

これら左翼青年は官憲が彼らに対して取りうる行動を恐れていないかの如くである。BBCの中国語記者が張聖業を取材した時、自らの安全について心配していたかどうか尋ねた。

張聖業は通信ソフトウェア上で回答した。「あなたがこの言葉を聞いたことがあるかどうか知らないが、真のマルクス主義者に恐れるものは何もない。」

_104887662_image12

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-855b.html (中国共産党はマルクス主義がお嫌い?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-0e60.html (中国共産党はマルクス主義がご禁制?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-ba65.html (中国にとってのマルクス主義-必修だけど禁制)

(追記)

そういう中国共産党が、わざわざ日本語から翻訳して読ませたがるのが内田樹氏の本だという笑劇。

https://twitter.com/levinassien/status/1082458518177763328

「若者よマルクスを読もう」の第3巻に翻訳オファーが来ました。またまた中国からです。たしかに「マルクスとアメリカ」というテーマで書かれた本、中国にはなさそうですものね。中国におけるマルクス研究のレフェランスに日本人の書いた本が加わるって、面白い話ですよね。

https://twitter.com/levinassien/status/1082461472708423680

僕の本、韓国語と中国語訳は20冊くらい出ているんですけれど、欧米語の翻訳書はゼロです(論文はいくつか訳されますけれど)。この非対称性は何を意味するのでしょう。東アジア限定的に共感度が高いテクストがありうるのでしょうか。あるとしたら、どういう条件を満たしたら、そうなるのか。うむむ。

そりゃ、いうまでもないでしょ。

Dnrv0oguwaaezib_2

「共産党員および領導幹部への推薦図書」の帯をつけて平積みにされているのですから、よっぽど中国共産党のお気に入りなんですね。読んでも上に出てくるまじめな左翼青年のような社会への疑問を持つことはないと、太鼓判を押してもらっているわけです。よかったね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-f2ea3d.html(資本主義批判はご法度@中国)

Merlin_176411571_e9f7257a15374b4ca06b1d1 ピケティといえば、本ブログでは例の「バラモン左翼」というバズワードで有名ですが、もちろん世間一般では山のようなコバンザメ本にまとわりつかれた世界的ベストセラー『21世紀の資本』で有名なロックスター・エコノミストです。

この表現、ニューヨークタイムスのこの記事にあったんですが、

https://www.nytimes.com/2020/08/31/world/europe/thomas-piketty-china.html?smtyp=cur&smid=tw-nytimes

With his in-depth critique of Western capitalism, detailed in a 700-page book that enjoyed record sales in 2014, France’s rock-star economist Thomas Piketty was well regarded by Chinese leaders.
That was until he turned his attention to China. 

マルクス主義を掲げている中国政府としては、資本主義批判の本は大変結構。ただしそれが中国以外の資本主義を批判している限りで。

彼の近著『資本とイデオロギー』は、そこを踏み越えてしまったようです

Mr. Piketty said Monday that his follow-up book, “Capital and Ideology,” which broadens his study of the rise of economic inequality to non-Western countries such as China and India, is unlikely to be published in mainland China because he refused requests from Chinese publishers to cut parts of it. 

そりゃ、いまやGDP世界第2位の共産一党独裁の資本主義国家を批判の対象にしないような資本主義論(をもてあそぶ寝ぼけたマルクス経済学者も日本には山のようにいますけど、それはともかく)なんか存在価値がないと私も思いますが、そこはやはり虎の尾を踏んづけてしまったようです。

“For the time being, there will be no book in China,” said Mr. Piketty, one of the most high-profile academics to stand up to China, calling the requests “ridiculous” and equating them with censorship. 

この記事にこういう反応をしている人もいたりしますが、

https://twitter.com/aucklandzwitsch/status/1300739512364982272

The Chinese Communist Party rushes to defend capitalism. ??????? 

中国共産党にとってマルクス主義は断固擁護すべき金科玉条でありつつ、同時に絶対に本気で信奉されたりしてはならないタブーでもあるという二律背反の板挟みを、これほどよく示している事態もないのかもしれません。

中国以外の(特にアメリカの)資本主義を口を極めて批判するのは大いに歓迎するけれども、こと中国の資本主義については一切の批判は許されないわけです。

こうしてみると、本心ではご禁制にしたいほど毛嫌いしている革命的なマルクスの思想を、共産党政権の正統性の根源たるご本尊として拝む屁理屈を作らなければならない党イデオロギー官僚のみなさんほど、脳みそを絞りに絞ってへとへとになる商売はこの世に外にはほとんどないように思われます。

まあ、時々、わざわざその中華ナショナリズムを断固として擁護してくれる奇特な日本人がいてくれるのがせめてもの慰めなのかもしれません。

(追記)

なんだか、ピケティが本気で社会主義の再興を提言しているから中国の気に入るかもと思ったけれど、とか呟いている人がいるみたいだけど、看板に掲げているだけのものを本気にされて現実との落差を指摘されることほど腹立たしいことはないのにね。割と単純な人なんだな。

https://twitter.com/hiyori13/status/1301847887819632641

(ついでに)

ついでに余計なことを言っておくと、ピケティがその資本主義批判の本の出版を断念した中国で、自分のマルクス礼賛本の翻訳が出たと自慢たらたらな、自分では反知性主義の反対だと思い込んでいるらしいおっさんがこちら。よっぽど、中国資本主義にとって無害な代物だと思われたんですね。それをまた恥じるどことか自慢してるんだから始末に負えない。ピケティの爪の垢を呑む気などはなからなさそうです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-855d.html

(中国左翼青年の台頭と官憲の弾圧)

そういう中国共産党が、わざわざ日本語から翻訳して読ませたがるのが内田樹氏の本だという笑劇。

「共産党員および領導幹部への推薦図書」の帯をつけて平積みにされているのですから、よっぽど中国共産党のお気に入りなんですね。読んでも上に出てくるまじめな左翼青年のような社会への疑問を持つことはないと、太鼓判を押してもらっているわけです。よかったね。

というわけで、労働者の権利を主張する左翼青年を断固弾圧し、資本主義を柔らかく批判するピケティすら我慢できない中国共産党は、左の全体主義なのか、右の全体主義なのか、頭を悩ませるところです。

 

 

 

 

 

 

 

イベントいくつか

これからのイベントをいくつか告知しておきます。

https://www.kpcnet.or.jp/seminar/index.php?mode=show&seq=2055&s_category=

https://www.kpcnet.or.jp/seminar/index.php/%E3%80%8C%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%96%E5%9E%8B%E9%9B%87%E7%94%A8%E5%BE%B9%E5%BA%95%E8%A8%8E%E8%AB%96%E3%80%8D%E6%A1%88%E5%86%85%E7%8A%B6.pdf?mode=download&seq=2055

Kpc

https://peatix.com/event/1990729

Covershqefjmqwgu0itrtmptrger3oyohca0j

https://www.sanken.keio.ac.jp/behaviour/HRM/

Sanken

Keio

 

 

 

 

 

 

自業自得りふれはの国際的炎上(再掲)

開会式を前日に控えて、ついにユダヤ人虐殺ネタでサイモン・ヴィーゼンタールまで招き入れる展開になってしまっているようです。

こういうのを見るにつけ、倫理的という言葉をリスクマネジメントとしてとらえる感覚がいかに希薄なのかを改めて痛感します。

いや、あんたが倫理的であるかどうかなんてどうでもいい、知ったこっちゃない。

倫理の時間に学ぶべきことはそんな倫理学者がのたまうような話じゃない。

そんなことを口走れば、そんなことを口走るようなやつを使えば、どういうおそるべき事態がそのあとにやってくるかということについての、最低限のセンスを身につけること、これに尽きる。

ここはいまから倫理です。

はい、復習。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post.html(自業自得りふれはの国際的炎上)

昨日のエントリで取り上げた日銀審議委員の原田泰氏の発言が、ついにサイモン・ウィーゼンタール・センターの目にとまり、謝罪声明を出すに至ったようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-5ae3.html (「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170701-85661668-bloom_st-bus_all (ヒトラーの経済政策「正しい」発言に国際的な非難-日銀が謝罪声明)


・・・原田委員は自身の発言について、日銀広報を通じ、「一部に誤解を招くような表現があったことについては、心よりおわび申し上げたい」とコメントした。日銀も「審議委員の発言に誤解を招くような表現があったことについては遺憾に思っており、こうしたことがないよう、今後とも注意してまいりたい」との声明を発表した。

まあ、話の中身については昨日のエントリに付け加えるべき事はそれほどあるわけではありません。

ナチスに先立つワイマール時代の政権、とりわけ労働者の利益を代表するはずの社会民主党が、時代の必要性からも彼らの立場からも当然取るべきであったケインジアン的経済政策を拒否し、それまでの「オーソドックス」な経済政策に固執したことが、致命的な失政であったことを嘆き悲しむのであれば、それは(池田信夫のような人々からは批難されるかも知れませんが)多くの進歩的な人々から共感を呼ぶ発言であったでしょう。

Thal

それが、本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』で力説されていることでもあります。

しかし、原田氏がやらかしたのは、権力を掌握したナチスが諸々の極悪非道、悪逆無道とともに遂行したある種の軍事ケインズ主義を賞賛(しているかのように受け取られる恐れのある発言をあえて)するという事態であったわけです。そしてその国際的帰結が上記国際ユダヤ組織による抗議と、日銀という組織自体による謝罪であったわけですね。

私自身がリフレ派やその中の「りふれは」に妙な言いがかりをつけられたりした経験から思うに、この事態には、リフレ派諸氏に共通するある種の心の構えの歪みが露呈していると思われます。

それは、物事をただただひたすらマクロ経済政策という特定の視角からのみ見ることが絶対的正義であり、それ以外の観点を混入させることは天地ともに許されざる悪行であるかのごときものの言い方をする傾向が、程度の差はあれ、なにがしか観察されるということでした。

物事をただひたすらマクロ経済政策の観点からのみ見るならば、今回の原田発言とシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』はほぼ同値と評することができるでしょう。実際、昨日のエントリで私自身、


ここで言われていることの歴史学的ないし社会科学的意味自体で言えば、その言説は殆ど正しい。というか、それは本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』の認識と殆ど変わらない。

と述べたとおりです。この点に関する限り、原田氏はシュトゥルムタールと同じ側におり、居丈高に彼を批難する池田信夫氏の反対側にいる。

しかし、もちろん(リフレ派諸氏の認識とは異なり)世の中で大事なのはマクロ経済政策『だけ』ではないわけです。

本ブログの過去ログを見ると、マクロ経済政策以外のこと、例えば社会政策的な観点を少しでも論じようとすることに対して信じられないくらい居丈高に批難しまくるりふれはの異常な姿がこれでもかこれでもかと浮かび上がってきます。とりわけある種の「りふれは」は、ただひたすら金融緩和政策のみをあがめ奉ればよいので、それ以外のことに少しでも言及すると異教徒に対するような猛爆撃が降り注いできたものですが、そういう物事に対する心の構え方が、今回の事態の背景にあったのではないかと、これはりふれはの誹謗中傷に晒されたことのある身としては心から思います。

物事をただただひたすらマクロ経済政策という特定の視角からのみ見ることが絶対的正義であり、それ以外の観点を混入させることは天地ともに許されざる悪行であるならば、たしかに社会民主党の失政を嘆くこととナチスの善政を褒めちぎることとは同値であり、


原田発言のどこが問題なのか全くわからない。因縁つけてるやつはみんなバカか悪意があるかどっちか。

ということになるのでしょう。

残念ながら、世の中ではそれ以外のことも、とりわけナチスに関してはそれ以外のことの方が遥かに重要なのです。

そういう常識を、自らの自発的マクロ経済への視野狭窄によって見えなくしてしまったことの一つの帰結が今回の事件であったと言えましょう。

(上記リンク先エントリ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-5ae3.html(「りふれは」の自業自得的オトモダチ効果)

Harada

稲葉氏がこう言っていますが、

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/880636848271392768

原田発言のどこが問題なのか全くわからない。因縁つけてるやつはみんなバカか悪意があるかどっちか。

本当に心の底からそう思っているならば、稲葉氏も病膏肓に入ったとしか言いようがない。

http://jp.reuters.com/article/haraada-germany-polcy-idJPKBN19K1JT (原田日銀委員、ヒトラーが「正しい財政・金融政策」 悲劇起きた)

日銀の原田泰審議委員は29日、都内での講演で、ナチス・ドイツ総統だったヒトラーが「正しい財政・金融政策をしてしまったことで、かえって世界が悪くなった」と述べた。

原田審議委員は、1929年の世界大恐慌後の欧米の財政・金融政策に言及。「ケインズは財政・金融両面の政策が必要と言った。1930年代からそう述べていたが、景気刺激策が実際、取られたのは遅かった」と述べた。・・・

そのうえで「ヒトラーが正しい財政・金融政策をやらなければ、一時的に政権を取ったかもしれないが、国民はヒトラーの言うことをそれ以上、聞かなかっただろう。彼が正しい財政・金融政策をしてしまったことによって、なおさら悲劇が起きた。ヒトラーより前の人が、正しい政策を取るべきだった」と語った。

原田審議委員は、合わせてナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺と第2次世界大戦によって、数千万人の人々が死んだとも述べた。

Thal

ここで言われていることの歴史学的ないし社会科学的意味自体で言えば、その言説は殆ど正しい。というか、それは本ブログで繰り返し紹介してきたシュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』の認識と殆ど変わらない。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-7008.html (『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を復刊して欲しい)

・・・経済学の専門家であるヒルファーディングは、高度に発展した資本主義経済の複雑なメカニズムに強い印象を受けたので、彼はそれに対するほとんど全ての干渉を危険なものと考えるに至った。すなわち彼は、マンチェスター派の自由主義者に接近していった。彼は、イギリスでスノーデンが演じたと同じ役割を演じ、恐慌中に提案された繁栄の回復を早めるための多くの計画を拒絶した。そのような努力は、よくいってさらに悪い経済的破局の道を用意するに過ぎないと確信してであった。・・・

・・・社会民主党は、異常な強度と持続性を持つ恐慌を洞察しなかった。経済的暴風が全勢力をもって吹き荒れていた1931年になってすら、彼らは、危機自体の緩和にはあまり役立たず、ただ労働階級の直接的苦悩を軽減することを主眼とした政策を固執した。多くの社会民主党と労働組合の指導者たちは、オーソドックスの理論に執着していた。それは、国家の干渉は目先の救済をもたらしはするが、それはただその代償として危機を一層長期にわたらしめ、さらに性質において一層厳しいこともあり得るような別の恐慌を準備するに過ぎないという理論である。従って社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃金と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。・・・

・・・しかし彼らは失業の根源を攻撃しなかったのである。彼らはデフレイションを拒否した。しかし彼らはまた、どのようなものであれ平価切り下げを含むところのインフレイション的措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられていた。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである。

・・・このようにして、ドイツ社会民主党は、ブリューニングの賃金切り下げには反対したにもかかわらず、それに代わるべき現実的な代案を何一つ提示することができなかったのであった。・・・

社会民主党と労働組合は賃金切り下げに反対した。しかし彼らの反対も、彼らの政策が、ナチの参加する政府を作り出しそうな政治的危機に対する恐怖によって主として動かされていたゆえに、有効なものとはなりえなかった。・・・

しかし、同じことをその政策をとるべきであったのにとらなかった社会民主主義の側から論ずるか、その政策とともに悪逆無道の行為を行ったナチスの側から論ずるかで、その与える印象がいかに変わってくるかは、極めて高いレベルの公職に就いているものが常に心得ていてしかるべきことではありましょう。

ただし、それはあくまで一般論。

原田氏は自他共に認める「リフレ派」であり、その強固なお仲間意識で知られるこの思想集団の中には、シュトルムタールとともに社会民主党の失政を悔やむどころか、むしろナチスによる善政を喜ぶ心性の持ち主ではないかと疑われるような言動をあちらこちらで行っている人々がおり、そしてここが重要なのだが、そういう人も同じリフレ派だからと言ってやたらに親友づきあいしていると誤解されますよという心からの忠告に対して、あたかもリフレーション政策に対する誹謗中傷を聞かされたかのごとく逆上してみせる多くの「りふれは」が、これは極めて多数存在することも、これまた多くの傍観者が目の当たりにしてきたことでもあります。

断固としてお仲間意識に基づき、あいつらは少なくともその一部はナチスにシンパシーを感じている連中なんじゃないかという疑念を抱かせる、或いは少なくともその疑念を積極的に払拭しようと懸命に試みてこなかったという意味において、今回の騒ぎは、確かにその歴史学的ないし社会科学的なコアの部分だけでは誤解ないし曲解と評すべき点があるのは確かですが、いままでの「リフレ派」諸氏の諸々の言動を踏まえて考えれば、ある程度までは「自業自得」と評されてもやむを得ない面があることは確かだろうと思われます。

まあ、そう言われて心得違いをすぐ直すような人々ならこんなことにはならないわけですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-6f0b.html (シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を直ちに再刊せよ?)

訳書を刊行した岩波書店編集部は、稲葉氏を犯罪者に陥れないために、直ちにシュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』(Ⅰ・Ⅱ)を再刊するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

«タニタの件について(再掲の再掲)