『働く女子の運命』が第4刷

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 昨年末に刊行された『働く女子の運命』が、読者の皆様のおかげで早くも第4刷がかかることになりました。

これもひとえに読者の皆様の熱い支持によるものと心から感謝申し上げます。

これまでの書評は以下のページにまとめてあります。

http://hamachan.on.coocan.jp/bunshunbookreview.html

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『HRmics』25号

1まだ私の手元に紙媒体では届いていないのですが、海老原さんちの『HRmics』25号がアップされています。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_25/_SWF_Window.html

例によって表紙はトランプ次期大統領ですが、中身とは関係ありません。

特集は「残業は、常識では減らせない」。今日の話題にどんぴしゃ。厚切りジェイソンとか勝間和代とかホリエモンとかも出てきますぜ。

「顧客と上司、二つの神が、残業信仰を司っている」とか、見出しも決め決めです。

私の連載はナフタリ。何じゃそれ?とお思いの方はリンク先を覗いてみてください。

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むかしの『プレジデント』

拙著の書評をいただいたことがあるのでときどき見に行っている「人と法と世の中:弁護士堀の随想」というブログで、ちょっと興味深い記事が。

http://arminius.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-8e5d.html(雑誌「プレジデント」の今と昔)

最近の『プレジデント』は、「偏差値60強!超高学歴女子はなぜ生きづらいのか」なんてな記事を載せてるけど、そのむかし、やたらに戦国大名や海軍大将の顔を表紙に載せていた頃の『プレジデント』はこういう記事が満載でしたといって、男女雇用機会均等法が施行された1986年4月号の目次の一部を引用しているんですが、

●「女の時代」はどう恐ろしいか――日本は弥生式文化の時代から女性上位なのである。この上、何が欲しいというのだ / 会田雄次 ; 諸井薫

●「女、男に似たるが故に尊からず――現代の女性は「女としてのプライド」を失っている。そこに重大な問題が / 渡部昇一

●「均等法」は企業の活力を削ぐ――法律を施行したぐらいで、女性社員は本当に働くようになるのか /

いやいやいや・・・、

これを知っていたら、『働く女子の運命』のネタに使うんだったのに・・・。

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パナソニックプラズマディスプレイ最高裁判決by大内伸哉@『労働判例百選(第9版)』

L11531 ごく普通の法学部学生が、何も考えずに先生から指示されて手に取る『判例百選』。労働法学者がずらりと顔を並べる『労働判例百選』も第9版を迎えたようです。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641115316?top_bookshelfspine

計110件の労働判例のうち、何を措いても読むべきは、大内伸哉さんによる例のパナソニックプラズマディスプレイ事件最高裁判決の解説です。

ん?ん?ん?・・・・・

こ、こ、これは一体何なんだ?

誰かの生き霊が大内さんに憑依して書かせているんじゃないのか?

と、募る疑問を抑えつつ読み進んでください。

最後の注に至るまでしっかりと。

しかし・・・、それにしても、『判例百選』ってのは、何も知らない素直な法学部生が、指定教科書と一緒に買わされるものだったと思うのですが、そういうのを使ってこの所業というのは・・・・・。

(追記)

大内さん自身がブログで紹介されています。

http://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/9-fc30.html

・・・また,そもそも判例百選は自説を書くところではないので,あえて自説と逆の立場から書いてみて,私の以前に書いたものと照らし合わせて,読者に考えてもらいたいということにしました。

・・・私は本年(ママ)では,高裁には反対,最高裁には条件付き賛成の立場ですが,それとは逆に,高裁賛成,最高裁反対という見解も,違った理論体系の下では理論的には十分にありうると思っています。そして,それが通説(あるいは多数説)であるとみられる以上,私としても,それを尊重して書いたほうが百選の趣旨に合うと思ったのです。

そもそも、高裁賛成,最高裁反対が通説(多数説)なのかという問題はさておいても、これを読んでニヤリとできるのは、あるレベル以上の人であるように思います。

・・・ただし若い研究者の方はマネをしないように。まあ,マネをするような人はいないでしょうが

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『働き方の二極化と正社員』

Jilpt185JILPTの労働政策研究報告書 No.185『働き方の二極化と正社員―JILPTアンケート調査二次分析結果―』がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2016/0185.html

タイトルからでは、あまりよく内容が分かりにくいですし、目次をみてもいささか多様な方向を向いた論文が並んでいて、後回しにしようと思われるかも知れませんが、いやいや、騙されたと思って、これだけは読んで見てください。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2016/documents/0185.pdf

まず第5章の「若手正社員の仕事における心理的負荷の所在―業種による相違への着目―」。執筆したのは若手JILPT研究員の高見具広さん。

ていうか、これ実は、先日『ビジネス・レーバー・トレンド』に載った要約版を紹介したものの原論文なんですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/bltjil-ccdb.html(高見具広さんの労働時間論文@『BLT』&『JIL雑誌』)

そのまとめのところをコピペしておきますが、是非これは原論文をじっくりと読んで見ください。

本章では、若手正社員の仕事における心理的負荷に関わる要因を考察した。特に、業種によって問題の重心が異なるのではないかという問題関心から、特徴的な業種に焦点を当てて分析を行った。本章の分析結果は、次のように要約することができる。

①仕事における心理的負荷の度合いは業種によって差があり、建設業・製造業よりもサービス業に属する業種、特に「宿泊・飲食サービス業」「教育、学習支援業」「金融業、保険業」で大きい。

②心理的負荷に関わる問題として、「業務量などに起因する長時間残業」「休日・休暇の確保困難」「成果管理に関わる問題」の3 つが切り出せるが、それぞれを中心的問題とする業種は異なる。

③業務量や責任感に起因する長時間残業は、「教育、学習支援業」で特徴的にみられる。ただ、メンタルヘルス上の問題は、残業の長さというより、むしろ「持ち帰り残業」という残業の性格にある。

④最低限の休日・休暇を確保できない問題は、「宿泊業、飲食サービス業」で顕著にみられる。休日が少ない場合、年次有給休暇を全く取得できない場合に、心理的負荷が大きくなる。この背景は、人手不足や要員管理に起因する部分もあるが、職場の非正社員比率の高まりも関係する可能性がある。

⑤成果管理にともなう問題は、「金融業、保険業」で特徴的にみられる。目標管理制度の適用それ自体と言うより、仕事量の裁量性を伴わない目標設定が心理的負荷を大きくするほか、個人の成果・業績を月給に反映する運用が激しい従業員間競争を呼び込み、働く者の心理的負荷を高めていた。

働く者のメンタルヘルスを保つ上で、長時間労働が解消されるべきものであることに異論の余地は乏しい。ただ、仕事における心理的負荷の背景として労働時間の「長さ」に議論をフォーカスしすぎると見過ごしがちな側面があることにも注意したい。この点、本章では、
「持ち帰り残業」「最低限の休日休暇取得」「成果管理の運用」の問題を取り上げて考察した。

これらは労働時間の長さとも多分にかかわるが、労働時間が「どのくらい長いか」というより、「どのように長いのか」といった「労働時間の質的側面」に関わる要素といえる。

本章では、業種別の分析により、上記の問題が先鋭化している業種では、残業時間の長さに問題を還元できないことを検討した。分析の結果、働く者のメンタルヘルスを保つために求められる対策の方向は、業種によってやや異なると示唆される。まず、人員不足や非正規化の進行によって正社員の休日・休暇確保に困難を抱えがちな業種40・職場では、要員管理を見直すなど、休日確保策が最優先で求められよう。また、厳しい成果管理や個人間競争により、従業員が精神的に疲弊しがちな業種41・職場では、従業員が過大なノルマを抱えないよう、業務負担の適正化を心がけるとともに、過度な競争主義による職場の疲弊が招かれないよう、管理者のマネジメント力が問われる。さらに、業務量のほかに責任感や仕事へのこだわりから長時間の残業を引き起こしやすい業種・職場では、働く者が多大な責任・業務を抱え込まないよう、管理者のマネジメントや、細やかなカウンセリング、健康管理の仕組みが重要と考えられる。

もう一つ、これに続く第6章の「情報通信業における長時間残業の要因とその影響」も大変興味深い論文です。これは一橋博士課程の三家本里実さんの論文ですが、①情報通信業における長時間残業が何によってもたらされており、②こうした長時間残業が、仕事全般に対する認識や満足度にたいして、どのような影響をもたらしているのかを探ったものです。

また、限定正社員について論じている第8章「基幹労働力としての限定正社員の可能性」や第9章「限定正社員は自身の働き方をどのように評価しているのか」も面白いと思います。

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そりゃそうなるよな

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161130/k10010790081000.html(自民と連合が5年ぶりに政策協議)

・・・自民党本部で5年ぶりに行われた政策協議には、自民党から茂木政務調査会長らが、連合からは、逢見事務局長らが出席しました。この中で、連合の逢見氏は、「大きな影響力を持つ自民党との意見交換は大変ありがたい」と述べ、労働者の雇用の安定やすべての世代が安心できる社会保障制度の確立などを要請しました。
これに対して茂木氏は、「連合の政策に最も近いのは自民党ではないかと自負している。労働界を代表する連合との意見交換を通じて、働き方改革などの実現につなげていきたい」と応じ、協議を続けていきたいという考えを伝えました。
このあと連合の逢見氏は、記者団に対し、「相撲でいえば、お互いの感覚が一致して、立ち会いができた。自民党とは政策面での距離感は無く、特に雇用や労働、社会保障の面での問題意識は、自民党も同じであり、来年は、もう少し早く行いたい」と述べました。

ねずみを捕らない、どころか、ねずみをいっぱい引き入れて家の中をしっちゃかめっちゃかにする白猫と、ちゃんとねずみをたくさん捕ってくれる黒猫がいたら、それはもちろんねずみを捕ってくれる猫の方がいい猫なんです。

もちろん、その黒猫は猫をかぶっているだけで、白猫を追い出したらもっと性悪になるかも知れないという議論はあり得るけれども、ねずみを捕らないダメな白猫に「猫猫たらずとも」忠誠を誓えというのは愚かな議論です。

労働組合とは政治団体でもなければ宗教団体でもなく、況んや思想団体でもないのですから。

そこのところが分かっていない議論が多すぎるのが困ったことですが。

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「ワシの年金」バカの脳内積立妄想

先日、権丈善一ゼミの学生さんたちが作ったユース年金学会上映ビデオを拝見して、改めて思ったこと。

それは、この世の中で年金について一番たちが悪いのは、いわゆる年金積立論者ではない、ということ。権丈さんは意見が違うかも知れないけれども。

いわゆる年金積立論者というのは、現在の年金制度が積立方式ではなくて賦課方式、つまり年金世代が自分でむかしむかし積み立てたお金をもらっているんじゃなくって、今現在現役世代が汗水垂らして働いて稼いだお金を年金世代が「仕送り」してもらっている、ということを事実認識としてはちゃんと分かった上で、それが間違っている、ケシカラン、本来の積立方式にしろ、と主張するものです。

その政策論に対してはもちろん、そんなことできるわけないだろ、他いろいろな議論は可能ですが、根っこの事実認識自体が間違っているわけではありません。

ところが、前にも本ブログで書いたように、この世の中で平然と通用している年金評論のかなりのものは、どうやらその根っこの事実認識がかなり危ういようです。今現在の現役世代から仕送りしてもらっているそのお金を、どうやら「ワシがむかしむかし稼いで貯めたお金じゃ」と思い込んでいるようなのです。

いってみれば、実際には賦課方式で子どもや孫から仕送りしてもらっているお金を、脳内で勝手に「ワシがむかし稼いだカネ」と思い込んでしまっているというわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-f716.html(年金世代の大いなる勘違い)

・・・公的年金とは今現在の現役世代が稼いだ金を国家権力を通じて高齢世代に再分配しているのだということがちゃんと分かっていれば、年金をもらっている側がそういう発想になることはあり得ないはずだと、普通思うわけです。

でも、年金世代はそう思っていないんです。この金は、俺たちが若い頃に預けた金じゃ、預けた金を返してもらっとるんじゃから、現役世代に感謝するいわれなんぞないわい、と、まあ、そういう風に思っているんです。

自分が今受け取っている年金を社会保障だと思っていないんです。

まるで民間銀行に預けた金を受け取っているかのように思っているんです。

だから、年金生活しながら、平然と「小さな政府」万歳とか言っていられるんでしょう。

自分の生計がもっぱら「大きな政府」のおかげで成り立っているなんて、これっぽっちも思っていないので、「近ごろの若い連中」にお金を渡すような「大きな政府」は無駄じゃ無駄じゃ、と思うわけですね。・・・

このエントリは、どちらかというと大きい政府小さい政府論の文脈で、なぜ社会保障で生活しているはずの年金世代が小さい政府といいたがるのかというパラドックスを指摘したものですが、実は、年金制度それ自体の内部で、まさにこの「脳内積立妄想」が猛威を発揮しているのが、今日ただいまの「年金カット法案」という醜悪なネーミングであるように思われます。

ニッポンという大家族で、子どもと孫の世代が一生懸命耕して田植えして稲刈りして積み上げたお米を、もう引退したじいさまとばあさまも食べて生きているという状況下で、その現役世代の食えるお米が少なくなったときに、さて、じいさまとばあさまの食う米を同じように減らすべきか、断固として減らしてはならないか。

多分、子どもや孫が腹を減らしてもじいさまとばあさまの食う米を減らしてはならないと主張する人は、その米が何十年もむかしにそのじさまとばあさまが現役で田んぼに出て働いていた頃に、自分で刈り取ったお米が倉の中に何十年も積み上げられていて、それを今ワシらが食っているんじゃ、と思っているのでしょう。

いろいろ思うに、ここ10年、いや20年近くにわたる年金をめぐるわけの分からない議論の漂流の源泉は、そもそも現実の年金が仕送りになっているということを忘れた「ワシの年金」バカの脳内積立妄想に在るのではないか、というのが私の見立てです。

そのとんでもない破壊力に比べれば、経済学者の中の積立方式に変えろ論など可愛いものではないか、と思ってしまいます。

(追記)

https://twitter.com/ROYGB23456/status/804274940820082688

若い世代の仕送り説もちょっとインチキで、年金に加入して保険料を支払っていた高齢者しか仕送りを受け取れないことが説明できない。お金の積み立てでなくても、年金受給の権利を積み立てていたので受け取れる。

そりゃもちろん、年金保険であって生活保護じゃないんだから、若い頃にその時の老人に仕送りをしていなかったような人は、自分が老人になった時に仕送りは受けられないわけです。

ただし、ここが重要ですが、そうですね、上の比喩を引き続き使えば、若い頃に一生懸命刈り取って蔵に入れたその時のお米は、その時のじさまとばさまがちゃんと食べてしまっているので、それが積み立てられているわけではない。今食えるお米は、どのみち今年刈り取ったかせいぜい最近蔵に入れたお米なんだから、今年の収穫が悪くて、食える米が少なくなったら、それを若い衆とじさまばさまで分けるしかないのです。

若い衆の食い扶持はどんどん減らしても、じさまとばさまの食い扶持だけは絶対に減らせねえ!と叫ぶのはヘンだね、というだけの話ですよ。

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「解雇の金銭解決」はブラック企業を撲滅する@倉重公太朗

経営法曹の倉重公太朗さんが東洋経済onlineに連載している「解雇の金銭解決」に関するシリーズ、本日付の記事はいよいよ本丸に入ってきています。

http://toyokeizai.net/articles/-/147312(「解雇の金銭解決」はブラック企業を撲滅する 救われる労働者を増やすなら明らかに有効だ)

112050118その中で、前回に引き続き、再度拙著『日本の雇用終了』を引証していただいております。

・・・この連載で何度も紹介していますが、濱口桂一郎執筆『日本の雇用終了』には、労働局の「あっせん」手続において、意味不明な解雇理由にもかかわらず、10万円程度の極めて低額な和解がなされているリアルな現実が記されています。このように低額で和解をしてしまっている人たちにとっては、金銭解決制度によりもらえる金額が増えることで、間違いなく保護になるという皮肉な現実があるのです。

さて、倉重さんの議論は、経済学者の多くの人たちとちょっと違って、さすが法律家らしく、実効性確保のところまで議論が展開しています。

・・・ここでのポイントは、「実効性を高める」ということです。金銭解決制度を入れても金銭支払いがなされなければ意味がありません。そのため、労働局や労働基準監督署が権限を持って、勤続年数に応じた金銭の支払いを命ずることができるようにすることが重要です。このようにすれば、簡易・無料・迅速かつ強制力があることになるので、実効性は高まるでしょう。ポイントは、「解雇予告手当の支払い」のような労働基準法上の義務にしてしまうことです(この点は個人的な考えがいろいろありますが、立法技術的な話になるので割愛します)。

立法論的には一番聞きたいところが『割愛』されてしまっているのですが 、労基法上の義務化するというアイディアは恐らく提案されたものとしては初めてのものではないかと思われます。

(おまけ)

倉重さんのいう「意味不明な解雇理由にもかかわらず」の実例は、例えばこれを参照。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-12a7.html(中小企業ではスパスパ解雇してますよ)

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拙著短評いくつか

ここ半月くらいの拙著への短評をいくつか。

Chuko まず、『若者と労働』へのアマゾンカスタマーレビュー。

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4121504658/ref=cm_cr_dp_synop?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=recent#R3Q0RJ48U0M09M

現代の労働問題の本質が全て詰まっている

非常に内容が詰まっており、かつ本質的な問題を提起しており、この類の書籍では最高に面白かった。氷河期就職世代とその前の世代のギャップがなぜ生まれ、ブラック企業の発生と結びついていくプロセスが構造的に理解できた。

同じ『若者と労働』への「不純物」さんのツイート。

https://twitter.com/calc_9029/status/803097145448370177

この本すごい…濱口さんの他の本も読もう 「若者と労働(濱口桂一郎)」

https://twitter.com/calc_9029/status/803098225414541312

日本的雇用慣行の問題点について感情論なしで細かく研究されてる もっと早く読んでおけばよかった

https://twitter.com/calc_9029/status/803099948380061696

人事の人が書いた本ってある程度予想とか感情が入ったものが多いけど研究者はしっかりしてる

112483

次に『日本の雇用と労働法』への読書メーター。評者は「たろさん」。

http://bookmeter.com/cmt/60616202

日本の雇用慣習、歴史、労働法に関する推移を書いた本。日本の労働者と企

業、法律が歩んできた軌跡を確認することができる貴重な本。今や当たり前の法律がどのような歴史的背景で出来たのか、非常にわかりやすい。体型的に雇用、法律の歴史を知るにはとても良い本。また読みたい

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 最後は『働く女子の運命』へのツイート。まず「ダーリン&サマンサ」さん。

https://twitter.com/20150424ebisu/status/802019452250267648

『働く女子の運命』濱口桂一郎 著。 濱口氏の本を久しぶりに購入。人事を離れてから暫く読んで居なかった。楽しみ。彼の本は間違いなく面白い。

https://twitter.com/20150424ebisu/status/803144208303296512

『働く女子の運命』(著・濱口桂一郎)。 日本型雇用システムを変えられないまま次々と導入された男女雇用平等の施策。結果的に女性は更に生き辛くなった。非正規雇用。労働法からのアプローチは可視化の早道。

そしてもう一人の「御用会社員」さんは、

https://twitter.com/hawks54kaishain/status/800279004703952897

「働く女子の運命」 この第1章だけ読みましたが、日本の労働史を1章でまとめていると言う点と、その中に的確に「これを読め」という具合に書物の引用があり、図書館で古典を大量に発注をかけました。次の章はどんなでしょうか。

と書かれているので、どんな本を発注したのかと思うと、

https://twitter.com/hawks54kaishain/status/802279507935670272

濱口桂一郎氏が読みなさいと書いていたので、書庫から出してもらいました1冊目。 「私のBG論」バラ色のがめつさ、Office Lady 以前のBusiness Girl のお話

いやいや、なんと、上坂冬子さんの今や稀覯本、『私のBG論』(三一新書)を図書館の奥の院から掘り返してこられたようです。

本書を読まれた方の中でも、さすがに上坂冬子のBG本を読もうと一念発起されたという方は初めてです。

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諸外国と比較した日本の外国人労働者政策@『月刊人材ビジネス』12月号

201612 『月刊人材ビジネス』12月号に「諸外国と比較した日本の外国人労働者政策」を寄稿しました。

 現在、日本の外国人労働者政策は大きな曲がり角にさしかかっている。そこで、外国人労働力導入の先輩である欧州諸国の経験を振り返ってみよう。かつて植民地帝国であったイギリスやフランスなどは、高度成長期まで旧植民地からの労働力が大量に流入し、彼らが単純労働力を担った。一方敗戦国ドイツはトルコなど途上国との二国間協定で(帰国を前提として)短期滞在の労働者を受け入れた。・・・・

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定年、継続雇用制度とはそもそも何か?@『エルダー』2016年12月号

Dffb77be7ff6023c7324c9c1506ee03f『エルダー』2016年12月号に「定年、継続雇用制度とはそもそも何か?」を寄稿しました。

 本連載の冒頭、1回目(5月号)と2回目(6月号)で定年と(非定年延長型)継続雇用制度を取り上げましたが、今回その二つは本当に違いがあるのか? という理論的な問題を取り上げてみたいと思います。

「定年」の意義

 法律上「定年」を定義した規定はありませんが、行政解釈としては60歳定年を私法上の効力を持って義務化した1994(平成6)年改正後の通達(平成7年3月31 日職発第223号)において、「『定年』とは、従来、労働者が所定の年齢に達したことを理由として自動的に又は解雇の意思表示によってその地位を失わせる制度であって就業規則又は労働協約に定められたものというものとしてきたところであるが、今後、同様の制度であって労働契約に定められたものも含むものとする」と定義しています。この追加は就業規則の作成義務のない10人未満事業所を念頭に置いたものです。

 さて、もし本当に、定年という言葉が厳密な意味で「労働者が所定の年齢に達したことを理由として自動的に又は解雇の意思表示によってその地位を失わせる制度」のみを指すのであれば、定年後希望者全員継続雇用という制度において厳密にこの定義に該当する「定年」とは何を指すのか? という大きな問題が浮上してくるはずです。

 「定年後……」というときの「定年」は、無反省的に就業規則などに使われている言葉をそのまま用いてそう呼んでいるわけですが、その「定年」時に「所定の年齢に達したことを理由として」その意に反して「その地位を失」う労働者が制度上発生することがあり得ないのであれば、その日常言語としての「定年」は厳密な法学的概念としての「定年」ではないはずです。

 希望者全員継続雇用制度における法的に厳密な意味での「定年」は、「労働者が所定の年齢に達したことを理由として」その意に反して「その地位を失」う年齢、即ち継続雇用の上限年齢でなければなりません。「定年」を、「その法的効果の如何にかかわらず就業規則等で定年という名で呼ばれているもの」と定義するのであれば別です。

 しかし、「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。」とする高齢法8条は私法上の効力を有する以上、そのような扱いをすることはできません。ある制度が高齢法8条に違反しているのか違反していないのかが一義的明確に確定するような解釈をする必要があります。

 たとえば、就業規則上定年を55歳としつつ、希望者全員を60歳まで継続雇用する制度は、高齢法8条に違反するのでしょうか。もし、違反するとしたら、そのような制度を否定しなければならない積極的な理由は何でしょうか。いうまでもなく、定年を60歳に引き上げつつ、旧定年の55歳から新定年の60歳までを嘱託社員の名の下に基本給を大幅に引き下げる扱い*1は、(労働契約法上の合理性判断はともかく)高齢法上は何の問題もないことは明らかですから、労働条件は理由になり得ません。同じように低賃金の嘱託社員として55歳から60歳まで雇用を確保する制度が、就業規則上の用語法の違いだけで一方が法違反とされ、一方は法を遵守していると解釈されるというのは、あまり合理的な解釈とはいい難いでしょう。

65歳定年と65歳までの希望者全員継続雇用制度の違いは

 この問題は、高齢法8条の60歳定年の義務について論じている限りはあまり政策に関係がないように見えます。しかし、年齢目盛りを5歳ずらして、60歳から65歳の部分について考えていくと、これは大きな影響を与えかねない論点であることがわかります。もし「希望者全員を65歳まで継続雇用するのと65歳に定年を延ばすのは何」も違わないのであれば、65歳定年は困難だが65歳までの継続雇用制度は可能という認識の存立根拠が根本から失われることになるからです。

 そんな莫迦な話があるか、そもそも今まで65歳定年と65歳継続雇用は別の制度として法律上も書き分けてきているではないか、という反論が当然予想されます。しかしながら、実をいえば2012年改正までは厳密な意味での65歳までの希望者全員継続雇用が義務づけられたことはなかったのです。2004年改正では、65歳定年、65歳継続雇用、定年廃止という3つの選択肢を選択的義務として課し、そのうち継続雇用制度について、高齢法9条2項で労使協定による対象者選定基準を規定しました。高齢法9条2項によって希望者全員でないことが可能とされているのですから、この場合には60歳が定年で(希望者全員ではない)65歳までの継続雇用の上限年齢は定年ではないことは明らかです。

 しかし、2012年改正により希望者全員の65歳までの継続雇用制度が義務づけられた以上、それは旧定年60歳を希望者全員がそこまで雇われ続けることができる65歳に引き上げたとしかいいようがないはずです。当該企業の就業規則に「定年は60歳」と書いてあることは、それが強制退職年齢でない以上、法的意義の「定年」であることをなんら意味するものではありません。

 しかしながら、このような厳密な法理論は法律学者自身によってもほとんど行われてはおらず、世間常識に従って、希望者全員継続雇用における継続雇用の始点に過ぎない60歳を「定年」と呼び続けているのが実態です。

 ここには、定年前に労働条件の不利益変更をすることがどこまで認められるのか、定年後継続雇用する際に労働条件を引き下げる場合とどの程度異なるのか、といった、それ自体は高齢法上の義務違反か否かの問題とは異なる、労働契約法制上の合理性判断の問題を、暗黙のうちに高齢法上の概念設定に潜り込ませてきた思考の惰性も見られるように思われます。その惰性に大きな衝撃を与えたのが、今年5月の長澤運輸事件判決だったのではないでしょうか。

 つまり、本来「労働者が所定の年齢に達したことを理由として自動的に又は解雇の意思表示によってその地位を失わせる」年齢である65歳に達する前の60歳という時点において、貢献と報酬の不均衡をいったん精算して新たな労働条件を設定することの合理性という形で論ずべきことを、60歳定年後再雇用という(厳密には大変怪しい)法形式に載せることで解決したことにしてきたことのツケということです。

*1協和出版販売事件。地裁判決(東京地判平18.3.24 労判917-79)と高裁判決(東京高判平19.10.30 労判963-54)があります。

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政治業界の情弱ビジネス

昨日は、都内某所で秘密会合・・・、てなもんじゃなくって、懇親の会ですが、その場に持ち込まれた一本のビデオ映像が素晴らしかったです。いやいやそんな怪しげなものじゃなくってですね。

それは慶應義塾大学権丈善一ゼミの学生さんたちが先週土曜日に開かれたユース年金学会で発表、というか上映した一編なのですが、まことに抱腹絶倒、最後には涙が滂沱と流れる絶品に仕上がっておりました。

http://www.pension-academy.jp/youth/

 15:50発表4
権丈善一研究会18期(慶應義塾大学商学部/権丈善一教授)
「どうしてマクロ経済スライドのフル適用は実行されないの? ―退職者団体、労組、政治家、財務・厚労省へのインタビュー」
 (質疑応答)

そのうちYouTubeにアップされるとのことなので、楽しみにお待ちください。

Image458

(追記)

ちなみに、何かというと老人のせいで若者が割を食っているとか叫んでワカモノノミカタぶりっ子をしたがる人々に限って、こういう言葉の真の意味での高齢世代と若年世代の資源分配のあり方に係る問題には何も発言したがらないようですね。

まあ、年金なんかぶっつぶせとわめいていればそれで通用した人にとっては、こういう年金制度の中での公平性を議論というのは手に負えるものではないのかも知れません。

それにつけても、今日の若者、それも若者ぶってる中年者ではなく、権丈ゼミの学部生のような若い人々が、これほどに制度をきちんと勉強し、わきまえた上で、枢要のステークホルダーに突撃取材を敢行し、かくも絶品のビデオ映像を作り上げたということは、当該若者世代は(その上の若者ぶりっ子世代よりも)ずっと真っ当であるということを物語っているのかも知れません。

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ドイツはジョブ型かメンバーシップ型か?

こういう言い方をこの私がすると、「お前が言うか、お前が」という非難の声がどっと襲いかかってくるような気がしないでもないですが、でもやはり、こう言わなければなりません。

ジョブ型とか、メンバーシップ型とか、頭の整理のための概念なのだから、あんまりそれにとらわれてはいけませんよ、と。

いやもちろん、ごちゃごちゃした現実をわかりやすく認識するためには大変役に立ちます。

でも、ある国の社会のありようを100%どちらかに区別しきらなければいけないと思い込んでしまうと、かえってものごとの姿をゆがめてしまうことにもなりかねません。

どういうことかというと、大杉謙一さんのこんなツイートが目に入ってきたからなんですが。

https://twitter.com/osugi1967/status/803107321643548672

先日、ドイツ人を呼んでシンポをやったのですが、どうやら経営層の人材はジョブ型で、ブルーカラー層はメンバーシップ型ではないかという感触を持ちました。

https://twitter.com/osugi1967/status/803111417092018176

ありがとうございます。「ブルーカラーがメンバーシップ型」というのは、私の憶測が入っているのでこれから知己を頼って検証したいと思います。

https://twitter.com/osugi1967/status/803111838682464256

(続き) ドイツ以外のヨーロッパでは、ジョブ型ゆえに若者の失業率が高いことは有名で、ドイツは職業教育が充実しているのでこの問題が生じにくいのですが、「型」はともかく、ブルーカラーの転職率は低いようです。

https://twitter.com/osugi1967/status/803112429487935488

私は、日本の大学の多くを職業教育型に転換していくことには反対ではないのですが、実は肝心の学生がそれを望んでいないようにも感じています。なぜ人は功成り名を遂げると教育(大学)改革の話をしたがるのか(溜息)

えーと、どこから解きほぐしたら良いのかよくわからないのですが、まず「ジョブ型」という概念のもとである、契約で職務が限定されており、賃金はその職務について決まっているという点では、ドイツは間違いなく「ジョブ型」です。

特にブルーカラー労働者の場合、企業を超えた産業別労働協約で賃金が決定されており、それが各企業に原則としてそのまま適用されるという点では、他のヨーロッパ諸国に比べてもより「ジョブ型」でしょう。

しかし一方で、とかく日本では「メンバーシップ型」の徴表ととらえられがちな企業がそう簡単に解雇できないとか、仕事がなくなっても雇用を維持しようとするという面では、これまたおそらくヨーロッパ諸国の中でもかなりそういう傾向があるのも確かです。そもそも、日本の雇用調整助成金のもとは、ドイツの操業短縮手当であって、景気変動には雇用維持で対応という面では相当に「メンバーシップ型」の面があります。

とはいえ、では日本みたいにどんな仕事にでも平気で変えるかというと、「この仕事」というジョブ意識は極めて強くて、企業が勝手に職務を変更できるなどということはありません。そこは強固に「ジョブ型」です。

さらに、集団的労使関係を見ても、産業別労働組合が産業別労働協約を結び、産業別の労働条件を決定しているという点では、これまた他のヨーロッパ諸国に比べても極めて典型的な「ジョブ型」である一方で、事業ごとに事業所委員会という労使協議システムを確立し、ある意味ではまさに日本の企業別組合がやっているような企業の中の労働関係の様々な調整を綿密にやっているという面は、これまた他のヨーロッパ諸国に比べても「メンバーシップ型」的な側面が強いという言い方もできます。そして、会社の監査役会に従業員代表がポストを占めるというかたちで、少なくとも法律上は日本よりもずっとメンバーシップ型になっていると言えないこともありません。

何が言いたいかというと、ある国の労働社会のありようというのはなかなかに複雑なもので、「ジョブ型」「メンバーシップ型」というようなある側面を切り取った切り口「だけ」で綺麗に説明し尽くせるというようなものではないということです。

 

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『新版<働く>ときの完全装備 15歳から学ぶ労働者の権利』

Kaiho_2橋口昌治・肥下彰男・伊田広行さんによる高校向け労働法教材『新版<働く>ときの完全装備 15歳から学ぶ労働者の権利』をおおくりいただきました。ありがとうございます。

本書の初版は2010年に出ていて、その時も本ブログで取り上げております。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/15-532e.html

著者の一人の橋口さんが、ツイッター上で短く広報されていますので、それもご紹介。

https://twitter.com/rodokoyo/status/793100118039769088

肥下彰男さん伊田広行さんとの共著『働くときの完全装備 15歳から学ぶ労働者の権利』の新版が出ます。「辞めたいのに辞めさせてくれない」といった教材、「レイシャル・ハラスメント」「水商売・セックスワーク・AV強要」といったコラムが増えました。11月下旬発刊です。よろしくお願いします。

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初版と違うのは、一つは教材が二つ増えていて、それは「辞めたいのに辞めさせてくれない」と「パワハラにやられっぱなしにならない」です。これは時宜に適しています。とりわけなまじ労働法を知っている人からすれば当たり前すぎてあまり意識に上らない「辞めさせてくれない」問題は、とりわけ本書の想定対象である若い人々にとっては大変切実な問題であるわけで。

もう一つ、橋口さんのツイートにもあるようにコラムがめったやたらに増えてます。初版では4つだったのが新版では12も。その中には「水商売・セックスワーク・AV強要」というのも入ってます。

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外国人労働者政策の曲がり角?@WEB労政時報

WEB労政時報に「外国人労働者政策の曲がり角?」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=601

現在、日本の外国人労働者政策は大きな曲がり角にさしかかっています。昨年3月に国会提出された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」が去る11月18日にようやく成立しました。1993年に研修・技能実習制度として始まったこの制度は、研修生を労働者ではないとするややインチキな仕組みが批判を浴び、2009年の入管法改正で労働者としての保護は整備されたものの、なお米政府や日弁連などから人権侵害を批判され、ようやく技能実習生の保護を正面から規定する単独法の制定にたどり着きました。

 しかし、近年の人手不足の中で外国人労働力を求める経済界の声は急速に高まってきており、技能実習法で予定されている再実習の導入を待ちきれない形で、既に昨年4月から2020年のオリンピック・パラリンピックで人手不足がさらに深刻化すると見込まれる建設分野に限って元実習生を2~3年間就労させる事業が始まっています。即戦力が必要なので緊急措置というわけです。・・・

 

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