2017年7月19日 (水)

悪質クレームと向き合う@『情報労連REPORT』7月号

Dd9ktqwuiaego47『情報労連REPORT』7月号が届きました。特集は「悪質クレームと向き合う」です。悪質クレーム?「俺様は神様だぞ」とばかりにかさにかかっていじめてくる悪質な「お客様」の問題ですね。

冒頭の池内裕美さんによれば、クレーマーはやはり中高年男性に多いそうで、「私はどこそこの営業部長をやっていたんだが」と権威を笠に着て上限関係でものというタイプとか、威嚇・激昂型とか、これには「訴えるぞ」のほかに、最近では「ネットに書くぞ」タイプも見られるようで、こうしたタイプは論理的な説明を用いるとかえって威嚇をしてくるので注意が必要とか。

コールセンターの覆面座談会でも、「女性に対して高圧的になる男性が多いです。男性上司に電話を替わった時点で怒鳴るのを辞めたりとか」と、中高年男性の行状がよく出ています。

4月号の特集「パワハラをなくそう」に載った、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/report-238f.html

パワハラ防止措置を法制化する動き 民進党内で石橋みちひろ議員らが推進 石橋みちひろ

を紹介しましたが、そこで

そしてもう一つは、昨今、問題が大きくなっていますが、消費者や公共サービス等の利用者などから労働者や公務員に対して起きるパワハラです。例えば、モンスターペアレントやモンスターペイシェントなど、教育機関や医療の現場などで度を超した悪質なクレームによる被害が拡大しています。いわゆる「感情労働」問題ですが、これを第三類型として議論の俎上に載せました(図表2)。

と述べていたことが、今回

民進党がパワハラ防止対策法案の中に悪質クレーム対策を盛り込む方向で検討中 石橋みちひろ

という記事でさらに詳しく書かれています。

それによると、パワハラと悪質クレーム対策の規定を分け、後者については、雇用主は従業員が悪質クレームの被害に遭わないよう施策を講じること、万一そのような被害が生じた場合には適切な措置をとること、を事業者に課し、あとは業種業態ごとに指針やガイドラインを作成するという考え方のようです。

その参考ともなったらしい韓国の動きをJILPTの呉学殊さんが紹介していますが、ソウル市では感情労働従事者保護条例が制定されたとのことです。

なお労働組合としての取り組みとして、UAゼンセンと自治労の取り組みが紹介されています。

これは、労働問題の枠をはみだす難しい問題がいろいろありますが、サービス経済化が進む中でますます労働環境の大きな要因になっていく問題でもあるので、情報労連だけではなく、多くの労働組合や、それ以上に企業経営サイドも真剣に取り組んでいって欲しいところです。

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2017年7月16日 (日)

「追い風」さんの拙著書評

Img_752f5d874047328e26f434ce08fbda5 「追い風」さんの「順風Essays Sequel」というブログで、拙著『働く女子の運命』への書評がされています。

http://oikaze.hatenablog.jp/entry/books-201707#働く女子の運命結婚と家族のこれから

学生時代、労働・社会法分野は将来最も重要になると考え、興味を持ち続けてきた。実際にそのとおり「働き方改革」など課題の中心となっているが、私が仕事としてこれらの問題に関わることができていないのは少し残念に思っている。もっとも、学生時代は直接的に自分自身に降りかかる問題ではなかったが、現在は家庭を築いていく上でまさに直面しているところであり、自分自身の問題として考えていくために購入した。

「自分自身の問題」と言われていますが、それに続いて書かれているのは追い風さんのお母様の話です。

戦前から時代の流れを追っていく部分では、10年ほど銀行勤めをし、過労で入院もしてそれでも働けないか病院までお願いが来たといった逸話のある私の母が、男性に較べて待遇が上がらないことを不満だったと話していたこととオーバーラップしてきた。私は男性であるが、女性と同様に家事を行って生活を組み立てていくのを理想としているところ、限界がどこで来るのか、具体化して解決していくことができないか考えている。最後の「マミートラックこそノーマルトラック」という考え方に大きく賛成するところではあるが、日本人の道徳・倫理にも関わる部分であり、現場で摩擦なく進むことは難しそうだ。

このお母様がおいくつくらいの方なのか、言い換えれば、なくてはならないくらいの仕事をさせながら銀行が差別的扱いをしていたのがいつ頃のことなのか、よくわかりませんが、こういう風に、世代ごとに異なる記憶をもたらせるのが、この分野なのですね。

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2017年7月15日 (土)

人材と競争政策に関する検討会@公正取引委員会

最近いくつかのマスコミでちらちらと報じられていた話ですが、ようやく公正取引委員会のサイトに、「人材と競争政策に関する検討会」の告知が載っています。

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/jul/170712.html

終身雇用の変化やインターネット上で企業と人材のマッチングが容易になったことなどを背景として,フリーランスや副業など就労形態が多様化し,雇用契約以外の契約形態が増加している。技能人材など一部職種については,需給が逼迫しているとの指摘がある(注1)。

就労形態を問わず,国民が自由に就労し,働きがいを得るとともに,その労働の価値を適切に踏まえた正当な報酬を受け,また,他方で,使用者が有為な人材を適切に獲得することができるためには,使用者による人材獲得競争が適切に行われることが重要となる可能性がある。・・・

就労形態を巡る上記の環境変化を踏まえ,使用者の人材獲得競争等に関する独占禁止法の適用関係(適用の必要性,妥当性)を理論的に整理するため,「人材と競争政策に関する検討会」を設置する。

 検討会においては,主として,複数又は単独の使用者による引き抜きの防止,賃金の抑制に関する協定の締結,転職・転籍や取引先の制限といった競争を制限する可能性のある行為に関して,内外の実態・判例(注3)(注4),労働関係法制における規律の状況,一般的な財とは異なる人材の獲得競争の特殊性,当事者の自治の状況,使用者による人材投資を促進する必要性等を踏まえつつ,独占禁止法や競争政策上の課題を理論的に整理する。

ということで、その委員は次のような方々です。

荒木 尚志 東京大学大学院法学政治学研究科教授
大橋 弘

東京大学大学院経済学研究科教授
(競争政策研究センター主任研究官)

風神 佐知子 中京大学経済学部准教授
川井 圭司 同志社大学政策学部教授
神林 龍 一橋大学経済研究所教授
座長 泉水 文雄 神戸大学大学院法学研究科教授
高橋 俊介 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授
多田 敏明 日比谷総合法律事務所 弁護士
土田 和博 早稲田大学法学学術院教授
中窪 裕也 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
中村 天江 リクルートワークス研究所労働政策センター長
和久井 理子

大阪市立大学大学院法学研究科特任教授
(競争政策研究センター主任研究官)

労働法からは荒木、中窪と鉄壁の布陣のほか、スポーツ法という超ニッチな分野をされている川井圭司さんも入っていますね。また、労働経済では神林さん、リクルートから中村さんという布陣です。

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「こんな仕事をするために、この会社に入ったのではない!」

拙著を読んでいる人には耳タコな話ではありますが・・・・。

あるブログにこんなエントリがありまして、

http://seto-konatsu.hatenablog.com/entry/2017/07/08/%E3%80%8C%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AA%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E3%80%81%E3%81%93%E3%81%AE%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%9F_1

 「こんな仕事をするためにこの会社に入ったんじゃない」「電話番をするために入社したんじゃない」「雑用をするために就職したんじゃない」

 最近はこのように主張する若者や、こう言って辞めてしまう新入社員がいるのだという。こんな近頃の若者にどう対応したら良いのかわからないと嘆く先輩社員や上司もいる。

 初めは私も、40~50代の先輩社員らと大体同じ意見を持っていた。

 雑用をこなしてわかること・身につくことも多いだろうし、電話応対で得られるものはきっと大きいだろう。何事においても「基礎固め」はつまらないものだ。でも最初にしっかりと土台を作ることは大切であるし、それが後々力を発揮するのだ。

 これらの経験は将来自分がやりたい仕事に就いたり、希望する部署で働くためにも欠かせないと考えていた(もちろん確かにそういう面はある)。

 でも今は、「こんな仕事をするために」と言って辞める若者には一理も二理もある、むしろ真っ当な判断だと思うようになった。

だいたいにおいて、この手の話は常に、そもそもどっちが正しいか、とか、あるべき姿は何か、みたいな論じられ方をするわけですが、いうまでもなく雇用という契約関係において重要なのは、両者間で明示にせよ黙示にせよ、どういう約束になっているのかということです。

日本以外の世界の常識からすれば、

「この仕事をできる人はいますか?」

「はい、私はその仕事をできます」

「では、この仕事をしてください」

と言って雇われたのに、それとは全然違う「こんな仕事」をやらされたりしたら、それこそ契約違反であり、詐欺ですらあります。

そういう社会においては、およそまともな社会人であれば「こんな仕事をするためにこの会社に入ったんじゃない」というのが当たり前、どころかもし言わないとすれば、自分の最低限の権利すら守る気のない人間失格と思われるでしょう。

メロンを買う契約をしたのにニガウリを渡されて、黙って受け取ってむしゃむしゃ食ってたら、ただのあほと思われるのと一緒です。

ジョブ型社会というのは、要するにそういうことですね。

ところが、この日本では、そもそも雇用というのはそういう約束だと思われていない。

「我が社の仕事は何でもやりますか?」

「はい、御社の仕事は何でもやります」

「では、我が社に入社して、ますはこれをしてください」

という約束なので、それがどんな仕事であろうが、命じられたらやるのが当然、それに文句をつけるなどというのは天地ともに許されざる悪逆非道、ということになるわけですね。

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2017年7月14日 (金)

10年経っても残業代ゼロけしからん

連合の神津会長が、昨日安倍首相に労働基準法改正案について要請したことが、各紙に報じられており、連合HPにも載っています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/news_detail.php?id=1299

神津会長から、継続審議となっている労働基準法等改正法案に関して、企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大や高度プロフェッショナル制度の創設については、現在でも導入すべきでないと考えているが、少なくとも、①裁量労働制が営業職全般に拡大されないことの明確化、②高度プロフェッショナル制度で働く方の健康確保の強化、という点からの是正が不可欠であることを述べました。

 また、現在の裁量労働制の問題点として、裁量労働制で働く者は、仕事の進め方や時間配分に関して主体性を持ちたいと思いつつも、実際には、労働時間(在社時間)が長かったり、取引関係における短納期などの要因により業務に対する裁量性が小さかったりするなど、本来の制度趣旨に沿わない実態にあり、対象業務拡大の前に、裁量労働制の適正な運用がなされるようにすべきことも発言しました。

要請の中身については後ほど言及しますが、その前に、この要請行動について、ネット上に非常に批判的な意見が強いことに、正直違和感を禁じ得ません。

批判している人々は、はっきり言ってその言動が誰かに影響を及ぼす責任ある立場にないので好き勝手なことを言えるのかも知れませんが、労働組合のナショナルセンターとして、駄目なものは駄目と言って後のことは知らんぞよといって済ませられるような立場ではない以上、ほぼ間違いなく時間外労働の上限規制と一体の労働基準法改正案として出されてくる高度プロフェッショナル制度や裁量労働制を、それは悪いものだから全部まとめて潰してしまえなどと莫迦なことを言えないのはあまりにも当然でしょう。

脳内バーチャル空間で百万回「はい論破」と繰り返したところで、リアル空間では何の意味もない、というリアルな現実をわきまえて物事を考えるのかそうでないかの違いといえばそれまでですが、どういう政治的配置状況の下で、ほんの2年前までは考えられなかったことが実現しようとしているのかということを少しでも我に返って考えられる人であれば、ここまで無責任な言葉を紡ぎ続けられないのではないかと、正直呆れるばかりです。

現時点で、制度導入を受け入れる代わりにその修正を要求するというのは、考えられるリアルな選択肢の中ではかなり筋の良いものであったことは確かでしょう。現実にあり得ない選択肢は百万回繰り返しても意味がないので。

そもそも、この期に及んで未だに10年前とまったく同じように「残業代ゼロ法案」という手垢の付いた非難語を使っていることに、当時のホワイトカラーエグゼンプション騒動に対してこう述べた私としては、結局何も進歩しとらんわいという感想が湧いてくるのを禁じ得ませんね。

http://hamachan.on.coocan.jp/johororenjikan.html (「労働時間規制は何のためにあるのか」『情報労連REPORT』2008年12月号))

・・・一方で、国会提出法案からは削除されてしまったが、それに至るまで政治家やマスコミを巻き込んで大きな議論になったのが、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションであった。ところが、上記のような労働時間規制に関する認識の歪みが、この問題の道筋を大きく歪ませることとなってしまった。そもそもアメリカには労働時間規制はなく、週40時間を超える労働に割賃を義務づけているだけである。したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションなるものも割賃の適用除外に過ぎない。一定以上の年収の者に割賃を適用除外することはそれなりに合理性を有する。ところが、日本ではこれが労働時間規制の適用除外にされてしまった。ただでさえ緩い労働時間規制をなくしてしまっていいのかという当時の労働側の批判はまっとうなものであったといえよう

 ところが、この問題が政治家やマスコミの手に委ねられると、世間は「残業代ゼロ法案」反対の一色となった。そして、長時間労働を招く危険があるからではなく、残業代が払われなくなるからホワイトカラー・エグゼンプションは悪いのだという奇妙な結論とともに封印されてしまった。今年に入って名ばかり管理職が問題になった際も、例えばマクドナルド裁判の店長は長時間労働による健康被害を訴えていたにもかかわらず、裁判所も含めた世間はもっぱら残業代にしか関心を向けなかったのである。

 ホワイトカラー・エグゼンプションが経営側から提起された背景には、長時間働いても成果の上がらない者よりも、短時間で高い成果を上げる者に高い報酬を払いたいという考え方があった。この発想自体は必ずしも間違っていない。管理監督者ではなくとも、成果に応じて賃金を決定するという仕組みには一定の合理性がある。しかしながら、物理的労働時間規制を野放しにしたままで成果のみを要求すると、結果的に多くの者は長時間労働によって乏しい成果を補おうという方向に走りがちである。その結果労働者は睡眠不足からかえって生産性を低下させ、それがさらなる長時間労働を招き、と、一種の下方スパイラルを引き起こすことになる。本当に時間あたりの生産性向上を追求する気があるのであれば、物理的な労働時間にきちんと上限をはめ、その時間内で成果を出すことを求めるべきではなかろうか。

 二重に歪んでしまった日本の労働時間規制論議であるが、長時間労働こそが問題であるという認識に基づき、労働時間の絶対上限規制(あるいはEU型の休息期間規制)を導入することを真剣に検討すべきであろう。併せて、それを前提として、時間外労働時間と支払い賃金額の厳格なリンク付けを一定程度外すことも再度検討の土俵に載せるべきである。

ということを前提にした上で、しかし今回の連合の要請書には、いささか疑問がありました。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/file_download.php?id=3993

高度プロフェッショナル制度の導入要件として、休日確保を義務とし、

制度の導入要件である健康・福祉確保措置(選択的措置)のうち、「年間 104 日以上かつ 4 週間を通じ 4 日以上の休日確保」を義務化すべきである。

それ以外を選択的義務とするという判断自体はリーズナブルであったと思います。

ところが、その選択肢の中に、

上記に加えて、疲労の蓄積の防止又は蓄積状況の把握の観点からの選択的措置を講じなければならないこととし、その内容は、勤務間インターバルの確保及び深夜業の回数制限、1 か月又は 3 か月についての健康管理時間の上限設定、2週間連続の休暇の確保、又は疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする臨時の健康診断の実施とすべきである。

と、労働時間自体の規制だけではなく、健康診断もはいっています。これはどういう経緯でこうなったのかよくわかりませんが、制度設計としてまずいのではないかと思います。選択肢として健康診断を選ばない場合には、疲労の蓄積や心身の状況等をチェックする必要がないかのような誤解を招きかねないのではないでしょうか。いうまでもなく、それは全ての適用対象者に必要なはずで、ここに選択肢として出てくるのは大変違和感がありました。

まあ、既に要請がされ、安倍首相から

○ 本日いただいた修正提案については、労働者団体の代表のご意見として、重く受けとめる。責任をもって検討させていただく。

○ 現在提出している労働基準法改正案の目的は、働く人の健康を確保しつつ、その意欲や能力を発揮できる新しい労働制度の選択を可能とするものであり、残業代ゼロ法案といったレッテル張りの批判に終始すれば、中身のある議論が行えないと考えていたところ、本日の提案は、中身についての提案であり、建設的なもの。

○ ご提案に沿うかたちで、私と神津会長と榊原会長との間で、政労使合意が成立するよう、私自身、最大限、尽力したい。

という回答があったようなのですが、変なミスリードにならないように何らかの軌道修正が必要な気がします。

(追記)

https://twitter.com/ssk_ryo/status/886016871740325889

けしからんもんは、けしからんもんなぁ。あと、政治的な情勢からして最悪のタイミングなんだよね。取れるものが取れそうなときに水を差したのは誰かって話。

https://twitter.com/nabeteru1Q78/status/886022404190879744

責任あるものの政治判断だというなら、答えは一つで、「政治的なタイミングがクソすぎる」で終わる。ハマちゃんは政治は分かってない。

労働弁護士お二人から、要するに「ハマちゃんは政治は分かってない」という批判が。

この「政治」ってのは、「政策」ではなくて「政局」という意味ですね。

政策という意味での政治戦略からすれば、このまま断固反対→そのまま成立、と、そのまま丸呑み→そのまま成立、の間に、いくらかでも修正を働きかけて実現できるか、を探るのが「政治」。

もっとも、上記のように、「健康診断」という選択肢を入れたことで、その修正の効果はかなり限定的になってしまったというのが私の認識ですが。

しかし、お二人にとっての政治はそういう意味ではなさそうです。多分新聞で毎日1面トップを賑わし続けているような事柄をめぐる「政局」。

ただ、私は政治学者でも政治評論家でも政治部記者でもなく、それらと同じような発想を持ちたいとも思いませんが、その乏しい政治センスだけでみても、残念ながら今の流れは労働問題に関して労働組合側の主張が大幅に取り入れられるような方向での激動ではさらさらないというのが客観的な評価でしょう。

なぜかここ1,2年の安倍政権がやや突然変異的にかつ局所的にプロレーバーな政策を打ち出し始めただけで、自民党の多くの議員たちがみんなプロレーバーになったわけでも何でもないし、民進党はますます崩壊しかかっているし、「取れるものが取れそうなとき」というのは政局判断としてもまったく違うと思われます。

あと残るのは、労働組合の政策戦略とは別次元の、純粋「政局」というか、政治部記者たちが舌なめずりしながら追いかけるようなたぐいの「政局」としてであれば、実はお二人の意見はよくわかります。

せっかく安倍政権がスキャンダルがらみでふらついているときに、なんで塩を送るんだ、と。うまくいけば安倍政権を倒せるかも知れないこの政治的「好機」に、労働組合は自分の政策的要求などという下らないことは後回しにして、政治闘争の要請に従え、と。これはこれで、一つの考えとしては理解できないではありませんが、しかしそれは労働運動を政治の侍女とする発想でしょう。

労働運動の中にもそういう発想があることは確かですが、私はそういう方向性でない考え方の方を好みます。

そして、そういう種類の「政治」に貢献することによって得られるのは、成果よりもむしろ束縛であることが多いというのが歴史の教訓であるようにも思われます。

(再追記)

上記「政局」的発想を、そのものズバリ、何のてらいもなくむき出しに表出した文章を見つけました。五十嵐仁さんの「転成仁語」ブログです。

http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2017-07-14

・・・しかも、安倍内閣支持率が急落し、都議選での歴史的惨敗もあって安倍首相は追いこまれています。そのような時に、連合の側から安倍首相に救いの手を差し伸べるようなものではありませんか。

何を大事と考え、何を大事の前の瑣事と考えているかが、よく窺える文章ではあります。私とは、大事と瑣事とが正反対であるようです。

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竹信三恵子『これを知らずに働けますか?』

9784480689856竹信三恵子さんより『これを知らずに働けますか?─学生と考える、労働問題ソボクな疑問30』(ちくまプリマー新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480689856/

「バイトは休暇が取れない?」「どこまで働くと過労死する?」そんな学生の率直な疑問に答えます。仕事選び、賃金、労働組合、ワークライフバランス、解雇など、働く人を守る基礎知識を大解説。これを知らずに社会に出て行ったら、あぶない!

何にも判っていない学生たちに噛んで含めるように説明していく労働法の初歩の初歩、というところです。

なんでこんな本を書こうとしたのかを、「はじめに」で竹信さんがこう語っていますが、

・・・ところが、いざ大学で授業を担当してみると、社会に出た経験のない多くの学生たちにとっては、労働問題はどこか他人事のようです。特に困ったのは、私たちの世代には常識と思われてきた働くルールの『基本のき』さえ聞いたことがない学生が少なくないことでした。たとえば、賃金は労使交渉で決まると話すと、「先生、それは変です、賃金は会社が決めるものじゃないんですか」と聞かれます。過労死をなくすには極端な長時間労働を是正しなければならない、というと、「先生、会社は慈善事業ではありません、日本の会社は長時間労働でもっているのでは?」とたしなめられました。・・・・

なかなか頭を抱えたくなるような会話ですが、まあでも今日の風潮では、普通に育った素直な若者ほどこうなるのでしょうね。

会社は慈善事業じゃないですが、労働者も慈善事業じゃないはずですが、なぜかそこだけはメンバーシップ感覚が色濃く世代で受け継がれているようではあります。

・・・勤め先の大学だけではありません。ある有名大学の教員から、「先生、労組って悪い人たちなんですよね、と学生が聞くんですよ」と嘆かれたことがあります。労働組合は働く人が団結して職場の問題点を解決する組織だと、普通に語られていた時代とは、どうやら様変わりしてしまったらしいのです。・・・

ははぁ、労組は悪の結社ですか。

というわけで、今どきの普通の若者が素直にどういう質問をぶつけてくるのかという怖い物見たさで読むと良いかもしれません。

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山川隆一編『プラクティス労働法[第2版]』

297707山川隆一編『プラクティス労働法[第2版]』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.shinzansha.co.jp/book/b297707.html

2009年の初版と同様、若手-というか8年前はバリバリの若手だったかも知れないけれど、もう若手と言ってはいけない年頃になりつつある感もありますが、まあそういう年齢層の研究者による教科書です。

皆川宏之、櫻庭涼子、桑村裕美子、原昌登、中益陽子、渡邊絹子、竹内(奥野)寿といった研究者の方々は、いずれもわたくしが東大に客員教授として派遣され、毎週労働判例研究会に顔を出していた頃の大学院生や助手でおなじみの皆さんばかりです。弁護士の野口彩子、石井悦子のお二人は山川先生の慶應ロースクール時代のお弟子さんですね。

基礎を的確に身につけるコンセプトで作られた新感覚標準テキスト。具体的かつ的確なイメージを5行程度の〔illustration〕事例で確実に把握し、また章ごとの演習用ケース問題で、知識の定着を図り、応用力を養成。巻末に、第一線の弁護士の解説つきの横断的な「総合演習」も掲載。これ一冊で基礎から、高度な知識の入口まで、読者を的確に導く好評テキスト。

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2017年7月13日 (木)

『講座労働法の再生』第4巻・第5巻

既に第1巻から第3巻、そして拙論も含む第6巻が刊行済みの『講座労働法の再生』ですが、残る第4巻と第5巻の案内が、ようやく日本評論社のHPにアップされたようです。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7461.html (講座労働法の再生 第4巻 人格・平等・家族責任)

07461総論 人格権、雇用平等、家族責任に関する法理の新たな展開…………和田 肇

第1部 人格権の保護

第1章 プライバシーと個人情報の保護…………長谷川聡

第2章 ハラスメントと人格権…………根本 到

第3章 労働者によるコンプライアンスの実現…………山川和義

第4章 キャリア権の意義…………両角道代

第2部 雇用平等

第5章 雇用平等法の形成と展開…………柳澤 武

第6章 保護と平等の相克…………神尾真知子

第7章 非正規雇用の処遇格差規制…………櫻庭涼子

第8章 差別の救済…………斎藤 周

第9章 雇用平等法の課題…………相澤美智子

第3部 ワーク・ライフ・バランス

第10章 ワーク・ライフ・バランスと労働法…………名古道功

第11章 年休の制度と法理…………武井 寛

第12章 育児介護休業法の課題…………柴田洋二郎

第13章 労働法上の権利行使と不利益取扱の禁止…………細谷越史

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7462.html (講座労働法の再生 第5巻 労使関係法の理論課題)

07462序 論 労使関係法の課題と展望…………野川 忍

第1部 労働組合と団体交渉

第1章 集団的労使関係の当事者…………岩永昌晃

第2章 労働組合の法理…………富永晃一

第3章 団体交渉権の構造…………三井正信

第2部 労働協約

第4章 労働協約の法的構造…………水島郁子

第5章 労働協約の規範的効力…………桑村裕美子

第6章 労働協約の一般的拘束力…………小嶌典明

第3部 団体行動

第7章 団体行動権の意義と構造…………中窪裕也

第8章 争議行為の意義と正当性…………石井保雄

第9章 争議行為の法的効果…………國武英生

第10章 組合活動の法理…………渡邊絹子

第4部 不当労働行為

第11章 不当労働行為制度の趣旨・目的…………中窪裕也

第12章 不利益取扱いの禁止…………野田 進

第13章 団交拒否…………戸谷義明

第14章 支配介入…………山本陽大

第15章 労働委員会の救済命令…………森戸英幸

全巻刊行される頃になっていうのもなんですが、「非正規雇用の処遇格差規制」が第4巻第2章の「雇用平等」の中に入れられているのは、性差別を中心とした人権法的な差別禁止法制と、賃金制度論との関係でこそ論じられるべき雇用形態による処遇格差の問題がごっちゃになっている感が強く、いかがなものだろうかという感想を持ちます。読む前に言うのもなんですが。

あと、キャリア権は「人格権」なんだろうかとか、「労働法上の権利行使と不利益取扱の禁止」という労働法の実効性という意味でまさに労働法の総論で論じられるべき話がワークライフバランスなんだろうか、とか、いろいろと疑問が湧いてきます。

まあ、それもこの第4巻の「人格・平等・家族責任」というテーマが、まだ定番化されきらない不定形の面が多いからなのでしょうけど。

それに引き替え、第5巻の労使関係法は、この目次を見る限り、半世紀前から何も変わっていない感がにじみ出てきます。

講座という性格からするとしかたがないのでしょうが、今喫緊の課題となりつつある従業員代表制のような問題は第1巻に委ねられているのですね。

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鈴木孝嗣『グローバル展開企業の人材マネジメント』

Bk00000473経団連出版の讃井さんより、鈴木孝嗣『グローバル展開企業の人材マネジメント-これだけはそろえておきたい英文テンプレート』(経団連出版)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=473&fl=1

これはもう、まさにタイトル通りの本です。

 「良い人材を採用・配置・育成・評価して定着させる」という人材マネジメントの基本は全世界共通ですが、日本を本国としてグローバルに事業を展開する企業が外国人を相手に外国語でマネジメントするには、日本人相手の手法とは異なる工夫が必要です。
 そこで本書では、グローバルビジネスで日々奮闘している経営管理者、言いたいことを英語で伝えることに苦労している実務担当者、優秀な外国人を管理する方法がわからない人事担当者などが、より効果的な人材マネジメントを実践するためのテンプレートを一冊にまとめました。
 日本を代表する大手企業などで20年以上にわたりグローバル人材マネジメントに携わってきた筆者が、グローバル人材マネジメントの標準的な枠組みを短期間で効率的に構築し、日本企業の強みや良さを前面に打ち出したグローバル経営を推進するための具体的ノウハウを解説します。

ということなんですが、副題にあるとおり、そのまま使えるテンプレートが一杯掲載されていて、これはもう便利というしかないでしょう。

◆Talent Managementに用いる必須テンプレート
  ローカルスタッフ名簿/職務記述書[Job Description]/採用申請書[Staff Requisition Form]/雇用契約書[Employment Contract]/退職面接 [Exit Interview]/雇用契約終了確認書[Termination Agreement]/個人別研修プログラム/年間教育計画/有望な人材の発掘・育成[High Potential Talent List Curriculum Vitae]/後継者育成計画[Succession Planning]/業績評価ガイドライン[Performance Appraisal Guidelines]

こういう書式を見るにつけ、日本の人事というのはこういうのを使わない文化なんだなあ、ということがじわりと感じられてきます。

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公取が芸能人等の移籍制限で有識者会議

先日のNHKの報道に続き、今朝の朝日が、

http://www.asahi.com/articles/DA3S13033518.html(移籍制限は独禁法違反? 芸能人・スポーツ選手・プログラマー… 公取委議論)

芸能タレントやスポーツ選手、コンピュータープログラマーなど、特殊な技能を持つ人と企業などとの契約について、公正取引委員会は、移籍などの制限が独占禁止法の規制対象になるかを検討するため、有識者会議を来月から開催する。・・・

と報じています。いよいよこの問題に本格的にメスを入れるようですね。

しばらくは成り行きを見守ってみましょう。

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2017年7月12日 (水)

労基法の時効見直し?

本日、労働政策審議会労働条件分科会が開かれたようで、その資料がアップされていますが、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000170998.html

そのなかに「資料No.2-2 民法改正に伴う消滅時効の見直しについて」というのがあります。

その詳しい資料はこれですが、

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000170991.pdf

要するに、民法の大改正で短期消滅時効がなくなり、一般債権は原則5年に統一されたのに、労基法の時効だけは2年のままであるのをどうにかしようという話です。

仮に5年に統一されるとなると、未払い賃金も5年分、未取得年休も5年分となり、労働関係法曹の皆さんにとっては結構大きな話になりそうです。

(追記)

既に海上さんのコメントがついていますが、未払賃金の5年分はどんなに膨大な額になろうが払わなかった使用者の責任と言えますが、未取得年休の5年分は、現行法上労働者が取ると言わないと(計画年休を取った場合の5日分を除けば)使用者が無理に取らせることができない制度設計であることを考えると、なかなか難しい問題です。

年休100日分というのは、週休2日で概算すると5か月分に相当します。それだけ年休を貯められる仕組みというのはやはり考え直す必要はありそうですが、とはいえ、時効の改正をするつもりが年休制度の抜本見直しの話に入ってしまうと、いつまで経っても結論が出ない危険性もあり、悩ましいですね。

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ただで良いサービスをしてれば生産性は低くなる

今まで本ブログで何回も書いてきて、いい加減書き飽きたネタであり、読者も読み飽きたネタだと思いますが、

http://www.sankei.com/economy/news/170712/ecn1707120018-n1.html(生産性本部、日本のサービス品質、米より10~20%上回る)

日本生産性本部は12日、日本と米国のサービス産業の品質比較を発表した。これによると、調査対象の28分野すべてで、日本のサービス品質が米国よりもよく、10~20%上回っているという。日本のサービス産業の労働生産性は米国の約半分とされるが、日本の高いサービス品質が価格や生産性に十分反映されていないとし、同本部では「サービスを『見える化』して、価格に転嫁すべき」としている。・・・

まさに、アメリカよりも高いレベルのサービスをディスカウントして「おもてなし」しているから、金額ベースの(付加価値)生産性が低くなるわけですね。

ということを、日本生産性本部がここまではっきりと言ってくれるようになったということに、改めて感慨深いものがあります。

ただ「「サービスを『見える化』して」という言葉の意味が今一つわかりにくい感はあります。サービスは見えているので、その見えているサービスにふさわしい対価をちゃんといただくようにスルニはどうしたらいいか、というところが問題なのでしょうけど。

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労働法と競争法の重なる領域

WEB労政時報に「労働法と競争法の重なる領域」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=671

 労働法と競争法(独占禁止法等)はいずれも民商法の特別法ですが、少なくとも日本ではこれまであまり相互のつながりはありませんでした。「少なくとも日本では」というのは、労働法の教科書にあるように、労使関係法とりわけアメリカの労使関係法制は、反トラスト法(シャーマン法)という競争法による弾圧からの解放の歴史でもあるからです。労働者の団結や団体交渉といったことが取引を制限する共謀として刑事上、民事上の違法行為とされていた時代は、アメリカでは1932年のノリス・ラガーディア法の制定まで続きました。その後、1935年のワグナー法によってむしろ労働者の団結や団体交渉が保護されるようになりますが、これは雇用される労働者のみの権利であって、自営業者が同じことをやれば元に戻って競争法違反となります。この法的状況はヨーロッパや日本でも同じです。
 その中で、近年世界共通に個人請負型就業者の拡大が見られ、・・・・・

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2017年7月 9日 (日)

牧久『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』

Img_91330127fa5d56f899b7c2078832774 本屋で見かけてからずっと気になっていた牧久『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)を昨晩から一気に読み上げました。

本書は国鉄が崩壊、消滅に向けて突き進んだ二十年余の歴史に再検証を試みたものである。昭和が平成に変わる直前の二十年余という歳月は、薩長の下級武士たちが決起、さまざまな歴史上の人物を巻き込んで徳川幕藩体制を崩壊に追い込んだあの「明治維新」にも似た昭和の時代の「国鉄維新」であったのかもしれない。少なくとも「分割・民営化」は、百年以上も続いた日本国有鉄道の「解体」であり、それはまた、敗戦そして占領から始まった「戦後」という時間と空間である「昭和」の解体をも意味していた。

この30年の間に、様々な立場の人々による回想録も多く出されましたが、その前史も含め、ここまで包括的に国鉄の解体を描き出した本は初めてでしょう。国鉄という経営体の中の暗闘も、政治家の思惑も生々しく描き出され、思わず引き込まれますが、やはり一番興味深いのは国労、動労といった労働組合の動き、というよりもむしろ、本書のはじめの2章で詳しく書き込まれている、国鉄の現場の労使関係のあり方です。

なまじ政治のレベルでは、中曽根元首相が明言しているように、総評、ひいては社会党を潰すための手段であったという「説明」が分かり易すぎるために、かつての国労や動労の運動路線は単純に「左派」と片付けられてしまいがちですが、しかしここに描き出されている現場の姿は、少なくとも欧米の労使関係の枠組みに慣れた者の目にはあまりにも「異様」です。

その出発点は「現場協議制」。ふつう、労働条件における労使対立を前提にした「団体交渉」に対し、業務運営における労使協力を前提に行われる「現場協議」が、駅長をはじめとする現場管理者を吊し上げる仕組みと化し、それを改善しようとして始められた生産性向上運動が不当労働行為として批判を浴びた結果、後の富塚三夫氏の言葉では「一部の職場では、当局も組合の中央指導部も、コントロールしがたい状況が生まれたのです」。

皮肉なことに、この現場協議制の導入は、公労委の「現場に発生する紛争は,なるべくその現場に近い労使のレベルにおいて迅遠かつ実清に即した解決をはかることが望ましいという労使関係の一般的な考え方は,国鉄の場合にもあてはまるとい べきである」という、それ自体としてはまことにもっともな勧告に基づいて導入されているのです。

今では、かつて国鉄の現場にそんな状態があったということ自体歴史になりつつありますが(だから本書が歴史書として出るわけですが)、しかしその姿は日本型雇用、日本型労使関係というものが、条件がいくつか異なればこういうものにもなりうるという警告でもあるように思います。

全てをトップで決めて下に従わせるのではなく、現場に権限を下ろし、現場でヒラの労働者も管理職と同様に創意工夫をこらして、現場レベルで自主的に仕事を進めていくから、日本型労使関係は強いのだ、日本型雇用が強靱なのだ、というのは、ある時期までの日本型雇用礼賛における定番の議論の筋道でしたが、その「現場の強さ」「現場力」が、経営体、事業体としての国鉄にとってかくも逆機能的に作用してしまったことの皮肉の意味は、実は今日に至るまで必ずしもきちんと総括されきっているわけではないように思います。

これは、日本型雇用システムの本質としての「職務の無限性」について、ややもすると一定の方向性でのみ理解する傾向が強いことととも関わりがあります。職務記述書に示される「職務の限定」とは、いうまでもなく、「これ以上の仕事はやらなくてもいい」という意味と、「ここまでは仕事をしなければならない」という両方向の意味があります。というか、欧米の人事管理の本には必ず書いてある常識ですが。

「職務の無限定性」とは、その両方の意味において限定性が曖昧化するということを意味します。それがどういう風に現れるかは、経営側と労働者側の信頼関係と力関係によるとしか言えません。

近年のブラック企業のように、労働者側が経営共同体的感覚をけなげに追い求める一方で、経営者の側が使い捨ての感覚を持っている場合、「これ以上の仕事はやらなくてもいい」が限りなく希薄化し、まさに無限の労働義務がかかってくることになります。

しかし、同じ土壌であっても、信頼関係と力関係のベクトルが全く逆であるような状況下では、その同じ「職務の無限定性」が、労働者側において「ここまでは仕事をしなければならない」という規範を希薄化し、そのツケが全て経営側に回されるという(今となってはほとんど信じられない)事態が現実のものとなり得るのです。

『昭和解体』から、その状況をいくつか引用しますと、

・・・アンケート調査結果によると、助役が休暇を取れない理由は、組合員がポカ休をしたり、現場協議に出席して職員の数が足りなくなるため、助役たちが改札の切符切りなど部下の組合員の肩代わりをしなければならないことであり、この「下位職代行」は全管理局の大半の現場で見られた。とくに長野鉄道管理局では助役が一ヶ月の半分以上を代務に追われ、高崎管理局では助役だけでは手が回らず、現場長である駅長が一般職員の仕事をしていた。・・・

・・・回答用紙にはさまざまな意見も書き込まれていた。「国鉄は国労という組織に食われすぎている。管理というのがないのが現状である・・・」「現場管理者は人間ではない。労働者の魂を売ったものであるから、犬、豚、畜生であり、使うだけ使えと組合にいわれ、非番中も夜中まで使われている」「昨春着任以来、組合役員の指示によって正月になって初めて一日休んだ」など悲痛な叫びが伝わってきた。・・・

なんというか、ブラック企業を、その形は全くそのままでその主体だけ見事に入れ替えて作ったフェッセンデンの宇宙という感じですが、組合側が「ここまでは仕事をしなければならない」を希薄化したツケを、経営側の「職務の無限定性」で何とか取り繕っていたという状況が伝わってきます。

実は、本書では使われていませんが、国鉄改革が始動し始めた頃の1983年に出されたある本が興味深い視点を見せています。それは、占部都美・大村喜平『日本的労使関係の探求』(中央経済社)です。同書は実に奇妙な本で、第1部の「日本的労使関係の成立」は戦前から戦後の歴史をひもときながら、労使協議中心の労使関係を「先進性と近代性」を持っていることを強調しています。当時の労働研究の主流の議論で、素直に読んでいくと、第2部の「日本的労使関係の崩壊」で、当時の国鉄の現場の惨状がこれでもかこれでもかと描き出されていくのです。

日本的労使関係が素晴らしいというその代表選手のはずの現場レベルの労使協議制と、国鉄の現場をずたずたにしてしまった現場協議制は、一体何がどう違うのか、どこで歯車が狂ってこうなってしまったのか、同書は当時の国労や動労の使っている言葉に沿って、それを簡単に「階級闘争主義」と称していますが、そういうできあいの言葉で簡単に理解してしまってはいけない何かがあるように思います。

実は、日本型雇用の原点の一つには終戦直後の生産管理闘争があります。日本の労使関係を深くその本質まで突っ込んで考えるということは、実はそれほどキチンとされてきていないのではないか。というようなことまでいろいろ考えさせられました。

戦前から経営家族主義の伝統を持ち、民間企業に先駆けて工場委員会を設置するなど、日本型雇用のある意味で先進選手であった国鉄の労務史は、もっといろいろなことを検討すべきではないかと語りかけているように思われます。そういう感想を抱かせてくれた本書は、やはり名著と言えましょう。

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2017年7月 8日 (土)

走得太快的中国非正式雇佣问题@聯合早報

Zb_logo シンガポールの中国語新聞『聯合早報』に、拙文が載ったようです。

http://prd.zaobao.com/forum/views/opinion/story20170706-776849 (滨口桂一郎:走得太快的中国非正式雇佣问题)

中身は、5月に開かれた日中雇用労使関係シンポジウムの感想、というか、その時の本ブログのエントリのコメント欄でのやりとりを膨らませたものです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-5962.html (日中雇用・労使関係シンポジウム(再掲))

同じシンポに出席された梶谷懐さんも『東洋経済』にエッセイを書かれています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-b911.html (新たな労働問題に悩むシェアリング経済先進国@梶谷懐)

というわけで、このトピック、結構使い回しされております。

今年5月20日至21日两天,笔者出席了日本明治大学举行的“第三届日中雇佣及劳资关系专题讨论会”,并就日本非正式雇佣的历史做了报告。来自日中两国的20多位研究者参加此次专题讨论会,进行了热烈活跃的讨论。然而,其间笔者却有一种很不相容的感觉。

在讨论会上,包括笔者在内,日本出席者把讨论的焦点对准了临时工、派遣劳动者等传统的非正式雇佣形态。日本出席者论述中国非正式雇佣问题的报告,也提到农民工户籍区别和战前以来承包劳务供应的“包工头”,让两国非正式雇佣问题有共通之处。中国出席者的报告则基本上关注共享经济、平台经济这一走在时代最前列的新型非正式劳动问题。究竟是什么原因造成了日中对此问题的认识差异呢?

或许其中一个答案是,在数字技术就业新形态的发展上,中国已远远走在日本的前头。在日本,除了极少一部分地区,绝大部分地区尚未解除对优步(Uber)的禁令。反观中国,除了优步,中国自行创建的“滴滴出行”等,早已在私人出租车共享经济领域占据相当大的份额。从这个意义上来看,在讨论会上出现的日中差异,似乎是先进的中国对比落后的日本。

不过,正如日本出席者所指出的,农民工和包工头这种传统的非正式雇佣形态,在现代中国依然是深刻的问题,丝毫没有得到解决。从另一个角度来说,中国缺乏像日本、欧美等发达国家维护权利的完善劳动法制,无法应对或解决整个集体劳资关系,在劳动政策上显露出极其落后的一面。

中国非正式雇佣情况远比日本先进、又极其落后,看似很矛盾,但在本质上其实是相通的。可以说,也正是由于法制和劳资关系未确立,中国传统的非正式雇佣情况依然广泛存在,新型的非正式劳动又无限制地迅速发展,这导致了矛盾的中国非正式雇佣情况。

过去,处于经济高增长时代的日本,曾经针对“正因为近代的东西尚未扎根,所以毫无抵抗地接受现代最先进的东西”这一命题进行过广泛的讨论。由前几代日本知识分子所阐述的这一观点,完全适用于描绘现在的中国。有这种感觉的恐怕不只笔者一人。

目前,围绕数字化新就业形态的讨论,在日本还相当不活跃,但在欧美各国和中国却相当盛行。笔者认为,在欧美和中国看似同样盛行的讨论,实际上存在着很大的差别。尤其在欧洲,如何把传统雇佣形态已确立的社会保障制度和集体劳资关系的框架,扩大到数字化新就业形态上,已成为一个重要的讨论主题。因此,笔者认为,今后确立社会保障制度和集体劳资关系,才是中国社会应该直面的真正课题。

作者是日本劳动政策研究及研修机构研究所长

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