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2022年8月11日 (木)

EU最低賃金指令(ほぼ確定条文)

去る6月に、欧州議会と閣僚理事会が最低賃金指令に最終合意したというニュースを紹介しましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2022/06/post-27aa28.html(EU最低賃金指令に理事会と欧州議会が合意)

まだ最終的に条文が確定しきっていないようで、現時点でまだ成立はしていませんが、ほぼ確定した条文は公表されているので、とりあえず未確定部分のある最終規定以外の部分を全訳してみました。

EU最低賃金指令

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(2022/〇〇/EU)

第1章 総則

第1条 主題
1 欧州連合における労働生活条件、とりわけ上方への社会的収斂に貢献し、賃金の不平等を縮小するため、労働者にとっての最低賃金の十分性を改善する観点で、本指令は次の枠組みを設定する。
(a) まっとうな生活労働条件を達成する目的で法定最低賃金の十分性、
(b) 賃金決定における団体交渉の促進、
(c) 国内法及び/又は労働協約により規定される最低賃金保護の権利へ労働者の有効なアクセスの向上。
2 本指令は労使団体の自治を全面的に尊重するとともに、その団体交渉し労働協約を締結する権利を妨げない。
3 条約第153条第5項に従い、本指令は最低賃金の水準を設定する加盟国の権限、労働協約に規定する最低賃金保護へのアクセスを促進するために法定最低賃金を設ける加盟国の選択を妨げない。
4 本指令の適用は、団体交渉の権利を全面的に遵守するものとする。本指令のいかなる部分も、次のことを義務付けるものと解釈されてはならない。
(a) 賃金決定がもっぱら労働協約を通じて確保されている加盟国に対して、法定最低賃金を導入すること、
(b) いかなる加盟国に対しても、労働協約の一般的拘束力を付与すること。
5 国際労働機構の理事会によって承認された合同海事委員会又は他の機関が定期的に設定する船員最低賃金に関する措置を実施する加盟国の立法には第2章は適用しない。かかる立法は団体交渉の権利及びより高い最低賃金水準を採択する可能性を妨げない。

第2条 適用範囲
 本指令は、欧州連合司法裁判所の判例法を考慮しつつ、各加盟国で効力を有する法律、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する欧州連合内の労働者に適用される。

第3条 定義
 本指令においては、次の定義が適用される。
(1) 「最低賃金」とは、公的部門も含めた使用者が、所与の期間中に、遂行された労働に対して、労働者に支払うよう求められる、法律又は労働協約によって決定された最低報酬をいう。
(2) 「法定最低賃金」とは、適用される規定の内容について当局にいかなる裁量の余地もない一般的拘束力を付与された労働協約によって決定された最低賃金を除き、法律又はその他の拘束力ある法的規定によって決定された最低賃金をいう。
(3) 「団体交渉」とは、加盟国の国内法及び慣行に従って、一方において使用者、使用者の集団又は一若しくはそれ以上の使用者団体、他方において一又はそれ以上の労働組合との間で、労働条件及び雇用条件を決定するために発生するすべての交渉をいう。
(4) 「労働協約」とは、一般的拘束力を有するものも含め、国内法及び慣行に従いそれぞれ労働者と使用者のために交渉する能力を有する労使団体によって締結される労働条件及び雇用条件に関する規定に関する書面による合意をいう。
(5) 「団体交渉の適用範囲」とは、次の比率で算定されるところの国レベルの労働者に占める労働協約が適用される者の割合をいう。
(a) 労働協約が適用される労働者の数、
(b) その労働条件が、国内法及び慣行に従い労働協約によって規制される労働者の数。

第4条 賃金決定に関する団体交渉の促進
1 団体交渉の適用範囲を拡大し、賃金決定に関する団体交渉権の行使を容易にする目的で、加盟国は労使団体を関与させつつ、国内法と慣行に従って、次の措置をとるものとする。
(a) とりわけ産業別又は産業横断レベルにおいて、賃金決定に関する団体交渉に関与する労使団体の能力の構築及び強化を促進すること、
(b) 労使団体が賃金決定に関する団体交渉に関してその機能を遂行するために適当な情報にアクセスできるという対等の立場で、両者間における賃金に関する建設的、有意味で情報に基づく交渉を奨励すること、
(c) 適当であれば、賃金決定に関する団体交渉権の行使を保護し、労働者や労働組合代表に対して賃金決定に関する団体交渉に参加し又は参加しようとしたことを理由とするその雇用に関する差別から保護ための措置をとること、
(d) 賃金決定に関する団体交渉を促進する目的で、適当であれば、団体交渉に参加し又は参加しようとする労働組合及び使用者団体に対して、その設立、運営又は管理において互いに又は互いの代理人若しくは構成員によるいかなる干渉行為からも保護する措置をとること。
2 これに加えて加盟国は、団体交渉の適用率が80%未満である場合には、労使団体に協議して又は労使団体との合意により、団体交渉の条件を容易にする枠組みを導入するものとする。これら加盟国はまた、労使団体に協議した後に、労使団体との合意により又は労使団体の共同要請に基づき労使団体間の協定により、団体交渉を促進する行動計画を策定するものとする。この行動計画は、労使団体の自治を最大限に尊重しつつ、団体交渉の適用率を段階的に引き上げる明確な日程表と具体的な措置を規定するものとする。この行動計画は定期的に再検討され、必要があれば労使団体に協議した後に、労使団体との合意により又は労使団体の共同要請に基づき労使団体間の協定により更新するものとする。いかなる場合でも少なくとも5年に1回は再検討するものとする。この行動計画及びそのすべての更新版は公表され、欧州委員会に通知されるものとする。

第2章 法定最低賃金

第5条 十分な法定最低賃金の決定手続き
1 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の決定及び改定の必要な手続きを設けるものとする。かかる決定及び改定は、まっとうな生活条件を達成し、在職貧困を縮減するとともに、社会的結束と上方への収斂を促進し、男女賃金格差を縮小する目的で、その十分性に貢献するような基準に導かれるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法によるか権限ある機関の決定によるか又は三者合意により定めるものとする。この基準は明確なやり方で定められるものとする。加盟国は、各国の社会経済状況を考慮して、第2項にいう要素も含め、これら基準の相対的な重要度について決定することができる。
2 第1項にいう国内基準は、少なくとも以下の要素を含むものとする。
(a) 生計費を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力、
(b) 賃金の一般水準及びその分布、
(c) 賃金の成長率、
(d) 長期的な国内生産性水準及びその進展。
3 本条に規定する義務に抵触しない限り、加盟国は追加的に、適当な基準に基づきかつ国内法と慣行に従って、その適用が法定最低賃金の減額につながらない限り、法定最低賃金の自動的な物価スライド制を用いることができる。
4 加盟国は法定最低賃金の十分性の評価を導く指標となる基準値を用いるものとする。このため加盟国は、賃金の総中央値の60%、賃金の総平均値の50%のような国際的に共通して用いられる指標となる基準値や、国内レベルで用いられる指標となる基準値を用いることができる。
5 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜に適した改定を少なくとも2年に1回は実施するものとする。第3項にいう自動的な物価スライド制を用いる場合には少なくとも4年に1回とする。
6 各加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する一またはそれ以上の諮問機関を指名又は設置し、その機能的な運営を確保するものとする。

害6条 変異及び減額
1 加盟国が特定の労働者集団に対して異なる法定最低賃金率又は法定最低賃金を下回る水準にまで支払われる賃金を減少させる減額を認める場合には、加盟国はこれら変異及び減額が非差別と比例性(合法的な目的の追求を含む)の原則を尊重するよう確保するものとする。
2 本指令のいかなる部分も、加盟国に法定最低賃金の変異や減額を導入する義務を課すものと解釈されてはならない。

第7条 法定最低賃金の決定及び改定における労使団体の関与
 加盟国は、法定最低賃金の決定及び改正において、第5条第6項にいう諮問機関への参加及びとりわけ次の事項を含め、意思決定過程を通じた審議への自発的参加を提供する適時かつ効果的な方法で、労使団体の関与に必要な措置をとるものとする。
(a) 第5条第1項、第2項及び第3項にいう法定最低賃金の水準の決定と、自動物価スライド制がある場合にはその確立と修正のための基準の選択及び適用、
(b) 法定最低賃金の十分性の評価のための第5条第4項にいう指標となる基準値の選択及び適用、
(c) 第5条第5項にいう法定最低賃金の改定、
(d) 第6条にいう法定最低賃金の変異及び減額の確立、
(e) 法定最低賃金の決定に関与する機関及び他の関係当事者に情報を提供するためのデータの収集及び調査と分析の遂行の双方に関する決定。

第8条 法定最低賃金への労働者の効果的なアクセス
 加盟国は、労使団体の関与により、労働者が適切に効果的な法定最低賃金保護(適当であればその強化と執行を含め)にアクセスすることを促進するために、次の措置をとるものとする。
(1) 労働監督機関又は法定最低賃金の施行に責任を有する機関によって行われる効果的、比例的で非差別的な管理及び現地監督の提供、
(2) 法定最低賃金を遵守しない使用者に狙いを定め追及するための訓練と指導によるガイダンスによる施行機関の能力向上。

第3章 通則

第9条 公共調達
 EU公共調達指令(2014/24/EU、2014/25/EU、2014/23/EU)に従い、加盟国は公共調達又は営業権の授与及び遂行において、事業者及びその下請事業者が、賃金に関して適用される義務、EU法、国内法、労働協約又はILOの結社の自由と団結権条約(第87号)及び団結権と団体交渉権条約(第98号)を含む国際的な社会労働法規定によって確立した社会労働法分野における団結権及び賃金決定に関する団体交渉権を遵守するよう確保する適切な措置をとるものとする。

第10条 監視とデータ収集
1 加盟国は、最低賃金保護を監視するために効果的なデータ収集用具を確保する適切な措置をとるものとする。
2 加盟国は次のデータおよび情報を2年ごとに、報告年の10月1日までに、欧州委員会に報告するものとする。
(a) 団体交渉の適用範囲の比率と進展、
(b) 法定最低賃金については、
(i) 法定最低賃金の水準及びその適用される労働者の比率、
(ii) 既存の変異と減額の説明及びその導入の理由とデータが入手可能であれば変異の適用される労働者の比率。
(c) 労働協約によってのみ規定される最低賃金保護については、
(i) 低賃金労働者に適用される労働協約によって設定される最低賃金率又は正確なデータが責任ある国内機関に入手可能でなければその推計、及びそれが適用される労働者の比率又は正確なデータが責任ある国内機関に入手可能でなければその推計、
(ii) 労働協約が適用されない労働者に支払われる賃金水準及びその労働協約が適用される労働者に支払われる賃金水準との関係。
 一般的拘束力宣言を受けたものも含め、産業別、地域別及び他の複数使用者労働協約については、加盟国は第10条第2項第(c)号(i)にいうデータを報告するものとする。
 加盟国は、本項にいう統計及び情報を、できる限り性別、年齢、障害、企業規模及び業種によって区分集計して提供するものとする。
 最初の報告は国内法転換年に先立つ3年間を対象とするものとする。加盟国は国内法転換日以前に入手可能でなかった統計及び情報を除外することができる。
3 欧州委員会は第2項にいう報告及び第4条第2項にいう行動計画において加盟国から送付されたデータと情報を分析するものとする。同委員会はそれを2年ごとに欧州議会と理事会に報告し、同時に加盟国から送付されたデータと情報を公表するものとする。

第11条 最低賃金保護に関する情報
 加盟国は、法定最低賃金保護とともに一般的拘束力を有する労働協約の定める最低賃金に関する情報(救済制度に関する情報を含む)が、必要であれば加盟国が決定する最も関連する言語によって、包括的かつ障害者を含め容易にアクセス可能な仕方で一般に入手可能とするように確保するものとする。

第12条 不利益取扱い又はその帰結に対する救済と保護の権利
1 加盟国は、適用される労働協約で規定される特別の救済及び紛争解決制度に抵触しない限り、雇用契約が終了した者も含む労働者が、法定最低賃金に関する権利又は国内法若しくは労働協約でその権利が規定されている最低賃金保護に関する権利の侵害の場合において、効果的で適時かつ中立的な紛争解決及び救済の権利にアクセスすることを確保するものとする。
2 加盟国は、労働組合員又はその代表者を含む労働者及び労働者代表が、使用者からのいかなる不利益取扱いからも、また使用者に提起した苦情又は国内法若しくは労働協約でその権利が規定されている最低賃金に関する権利の侵害の場合に法令遵守を求める目的で提起したいかなる手続から生じる不利益な帰結からも保護するに必要な措置をとるものとする。

第13条 罰則
 加盟国は、本指令の適用範囲内の権利及び義務が国内法又は労働協約に規定されている場合、当該権利及び義務の侵害に適用される罰則に関する規則を規定するものとする。法定最低賃金のない加盟国においては、これら規則は労働協約の執行に関する規則に規定される補償又は契約上の制裁への言及を含むか又はそれに限定することができる。規定される罰則は効果的で比例的かつ抑止的であるものとする。

第4章 最終規定(略)

2022年8月 8日 (月)

ウェッブ夫妻の説く「集合取引」の本旨

9-1 労働に関する常識が雲散霧消してしまった現代日本では、「賃上げ」とはそもそもどういうことであったかをきちんと説明してくれるような本がほとんどなくなってしまったので、私は一昨年、海老原嗣生さんとの共著で『働き方改革の世界史』(ちくま新書)を刊行したのですが、ジョブ型本と違ってこっちはあんまり売れてくれず、依然として世間に常識として広まってくれていないようなので、この際、その第一講のウェッブ夫妻の『産業民主制論』を取り上げた章の肝心要の部分を引用して皆さまの閲読に供覧いたしますね。さもないと、とんちんかんな反応がそのままになりかねないので。

Dscf15491_20220808094901 3 団体交渉とは集合取引 
 本題のコレクティブ・バーゲニングです。現在でも労働組合のもっとも中心的役割と見なされている機能です。でも、戦前の本だけあって、訳語が古いですね。「集合取引」だなんて、まるで市場で商品を取引しているみたいな表現です。もしちくま学芸文庫で新訳を出すのであれば、ちゃんと「団体交渉」と訳して欲しいところです・・・・。って、いやいや、冗談じゃありません。戦後の「社員組合」に慣れ親しんだ人々の、会社の仲間同士の間での、必ずしも切れ目がないその上の方の人々と下の方の人々で行われる、会社の売上げのどれくらいを会社の中のどの層にどういう風に配分するかを決めるための、日本型「団体交渉」とはまるで違うのが、このコレクティブ・バーゲニングであるということを腹の底まで理解するためには、まずはその用語を古めかしい「集合取引」としておく必要があります。そう、それは市場取引なのです。労働という商品の取引なのです。まさにバーゲニングなのです。
 ではなぜ取引を集合的にしなければならないか?それは「各人の特殊なる必要の影響を全然度外視し得る」からです。「若し職長が各職工と個人的に取引したとすれば、或る者が非常なる困窮に陥つて半日も仕事を離るゝに忍びないことを知り、これを利用して非常に安い賃銀を強制することも出来るであらう。・・・然るに、集合取引の方法が行はるゝときは、職長は、これら両種の職工の競争を利用して、他の職工の所得を低下せしむることが出来なくなる」からです(邦訳202頁)。そして、都市や地方のすべての雇主と職工を拘束する「従業規則」(ワーキング・ルール)によって、「雇傭に関して、最も富裕なる企業者も、破産に瀕せる建築業者も、又注文輻輳せる会社も、閑散を極めてゐるものも、皆これに依て一様の地位に立つことゝなる」からです(邦訳203頁)。おやおや、また古くさい訳語が出てきました。「従業規則」だなんて。今度ちくま学芸文庫で新訳出すときにはちゃんと「就業規則」って・・・。いやいや、企業内だけで通用する現代日本の「就業規則」なんて言葉で訳された日には、読者の頭の上には?マークが林立しちゃいますよ。これは地域的産別協約そのものなんです。何故それが必要なのか?「一地方に於ける凡ての会社、又は一産業に於ける凡ての地方が、人間労力の購買価格に関しては、出来得る限り同一の立場に置かるゝとすれば、彼等の競争は、自ら機械の改良、良質安価なる原料の仕入、有利なる販売市場の獲得の形を取るの外はないと云ふことになる」からです。こうして百年前のイギリスでは既に、「曾ては雇主の労働組合に答ふる常套語であつた『自分は各々の職工にその必要又は働きに応じて報酬を与ふるのであつて、自分自身の使用人以外何人とも交渉するを肯んじない』と云ふ言葉は、最早今日は、主要産業に於ては、或は片田舎の地方とか又は格別に専横なる雇主の口よりする外、殆ど耳にしなくなつた」のです(邦訳206頁)。
 「人間労力の購買価格」!現代日本ではおそらく、労働者をモノ扱いするとはなんというふざけた奴だ、という非難が、とりわけ「社員組合」の方面から集中するでしょう。いやいや、労働という商品を出来るだけ高く売るための仕組みがトレード・ユニオンなんです。そのためには、上述の「各個罷業」をみんなで一斉にやる「同盟罷業」も有効です。「かくの如き労働の停止は、吾々の見解を以てすれば、個人的にしろ団体的にしろ、労働の雇傭に関する凡ての商取引に必然的なる附物であつて、これは、恰も御客が番頭の云ひ出し値段に同意しない時その店を去る所の小売商売に伴ふ所の事柄と同様である」(邦訳256頁)。「商売」なんですよ。
 
4 標準賃銀率
 トレード・ユニオンの「商売」の目的は何か?労働という商品の値段を標準化することです。「一様に適用せらるべき或る一定の標準に従つて賃銀を支払ふべしとの主張即ちこれである」(邦訳330頁)。この「標準賃銀率」(スタンダード・レート)の発想がない国では、同一労働同一賃銀という舶来の概念もあらぬ方向にばかり迷走していってしまいます。その意味では、大変アクチュアルな概念でもあります。
 本書には、当時の経済学者が労働組合を「熟練、知識、勤勉及び性格の相違を無視して、均一賃銀率を求めるといふ、最も誤れる最も有害な目的」(邦訳333頁)と非難している文章も出てきます。今日の日本でも見られる光景です。ウェッブ夫妻はかかる非難を的外れと評します。「英国労働者は決して共産主義者ではない」と。むしろ、トレード・ユニオンが求めるのは「同一骨折に対する同一報酬の原則、換言すれば普通に所謂標準賃銀率」であり、これは「賃銀の平等とは正反対のものである」(邦訳385頁)と断言します。
 ここでは詳説はしませんが、戦後日本の年功賃金制の原型が呉海軍工廠の伍堂卓雄の生活給思想であり、終戦直後の電産型賃金体系であり、その主たる哲学的動因がジョブの如何に関わらない社員としての平等にあったことを考えれば、イギリスのトレード・ユニオンが生み出したスタンダード・レートの発想ほど、日本の社員組合の生活給思想の対極に位置するものはなかったとすら言えるかも知れません。戦後日本ではイギリスの労使関係についての文献が山のように出されてきましたが、この一番肝心要の所はしかしながらあまり明確に指摘されてこなかったように思われます。

5 雇傭の継続と日本型デフレ
 最後に日本型社員組合にとって何よりも大事な雇用継続に対する姿勢を見ておきましょう。「雇主にその雇はんとする労働者に継続的の雇傭を供する義務を負はすが如き労働組合規制は実に一つもない。賢明か不賢明かは知らぬが、労働組合は、資本家は労働者へ仕事を与へることの出来る間彼等に賃銀を与へるやう期待され得るのみであると云ふ見解を暗黙に承認してゐる。故に雇傭の継続は、消費者の需要の継続に、或はもつと正確に云へば需要供給の的確なる調整に左右せらることゝなる」(邦訳535頁)。仕事がないのに雇い続けろなんて発想はないのです。むしろ、彼らが抵抗するのは日本型社員組合が真っ先にやりたがるようなやり方です。以下、ウェッブ夫妻の説くところを見ていきましょう。
 「併し乍ら、資本家と筋肉労働者とは、少数の例外は双方にあるが、それを得るに正反対の方法を主張して来てゐる。事業が閑散となり売れ行が現象する時、雇主の第一本能は価格を下げて顧客の購買心をそゝることである。」「この低下を彼は主として賃銀率の方面に求める。」「労働組合運動者はこの政策と全然意見を異にする。」「労働組合運動者が雇主の彼に要求する犠牲は無用と云ふよりも更に悪いものであると信ずることは、彼の激昂を一層烈しからしむる所以となる。単に商品をヨリ低廉な価格にて提供することは、商品に対する世界の総需要を毫も増加するものではない。」「唯一の結果は、労働者は同一賃銀に対してヨリ多くの仕事を為さねばならぬ。」(邦訳535~528頁)
 雇用の継続を至上命題とし、それゆえ長時間労働と賃金の下落を受け入れ、結果的にデフレの20年間を生み出してきた日本型社員組合とは対極的な19世紀末のトレード・ユニオンの姿が、百年の時を隔ててくっきりと浮かび上がってくるのが感じられないでしょうか。

 

2022年8月 7日 (日)

いや、それが「賃上げ」ってものなんだが・・・

Img_2a901bb2ba311b78dc653400d94b33377936 プロフィールによると、東大経済学部を首席卒業し、大蔵省に入省して、今は慶應義塾大学の先生をしているという方が、東洋経済オンラインに「日本人の「賃上げ」という考え方自体が大間違いだ」という文章を書いているのですが、初めの数パラグラフを読んだところで頭を抱えてしまいました。いや、その主張に賛成とか反対とかいうレベルの話ではなく、その言っていることが論理的に全く理解できないのです。

https://toyokeizai.net/list/author/%E5%B0%8F%E5%B9%A1_%E7%B8%BE

https://toyokeizai.net/articles/-/609671(日本人の「賃上げ」という考え方自体が大間違いだ 給料を決めるのは、政府でも企業でもない)

・・・しかし、実は、彼らもかんべえ氏も180度間違っている。なぜなら「賃上げ」という考え方そのものが間違っているからだ。
 賃上げ、という言葉にこだわり続ける限り、日本の賃金は上がらない。アメリカには、賃上げという概念が存在しない。だから、賃金は上がるのだ。
 では「賃上げ」の何が間違いか。賃金は、政府が上げるものではもちろんないが、企業が上げるものでもないのである。
 「賃上げ」は、空から降ってこないし、上からも降ってこない。「お上」からも、そして、経営者からのお慈悲で降って来るものでもないのである。それは、労働者が自らつかみ取るものなのである。経営者と交渉して、労働者が払わせるものなのである。・・・ 

さあ、この4パラグラフは何を言っているのでしょうか?冒頭、「「賃上げ」という考え方そのものが間違っている」と断言しているにもかかわらず、4パラグラフ目では、「賃上げは・・・・・・・労働者が自らつかみ取るものなのである。経営者と交渉して、労働者が払わせるものなのである」と言っているのです。

いや、私はまさにこの第4パラグラフは正しいと思います。労働者が経営者に要求して、場合によっては給料上げないなら働いてやらないぞと脅して、労働の対価を高く引き上げることが日本に限らず世界共通の賃上げというものであって、「「お上」からも、そして、経営者からのお慈悲で降って来るものでもない」。全くその通り。そして小幡氏はこうも言う。

・・・日本の賃金が低いのは、労働者が、この闘争を「サボっているから」なのである。努力不足なのである。「政府の、お上からの経営者への指示」を待っていても、「雇い主の施し」を待っていても、永遠に得られないのである。・・・ 

小幡氏が首席卒業したという東大経済学部で労使関係論を受講したかどうかは定かではありませんが、こういうことは授業で聞かなくたって常識としてわきまえていてしかるべきことではありましょう。

ところが、そういうちゃんとわかっているかのような文章を書きながら、なぜか彼の頭の中では「賃上げ」という言葉は、労働者が勝ち取ることではなく、国や経営者がお慈悲で与えてくれるものだけを指す言葉として理解しているようなのですね。だから、タイトルに堂々と「日本人の「賃上げ」という考え方自体が大間違いだ」とぶち上げ、文章の中でも「なぜなら「賃上げ」という考え方そのものが間違っているからだ」などと奇妙なことをいうわけです。

実をいえば、法定最低賃金を否定し、労働組合が自力で勝ち取る賃金のみが唯一あるべき姿だと主張するのが、スウェーデンやデンマークの労働組合であり、それゆえに現在、EUの最低賃金指令案をめぐって労働組合運動の中で対立が生じているわけですが、そこまでいかなくても、労働組合の力が及ばないところは政府の力を借りざるをえないけれども、そうでない限りは労働組合が力で勝ち取るものだというのは、ごく普通の感覚でしょう。

奇妙なのは、この東大経済学部首席卒業がご自慢らしい小幡氏の議論が、そういう国家権力に頼らない本来の意味の「賃上げ」を、なぜかそれだけを自分の脳内の「賃上げ」という概念から排除してしまっているように見えることです。そして、そういう本来の「賃上げ」には及ばない、いわばまがい物の国や経営者のお慈悲に過ぎないものだけを自分の脳内では「賃上げ」と呼んで、「日本人の「賃上げ」という考え方自体が大間違いだ」と断言してしまっていることです。

正直、最初この文章を読んだとき、言っていることがある面であまりにも正しいにもかかわらず、ある面ではあまりにも間違い過ぎているので、頭の中が混乱の極みに陥りました。

慶應義塾大学で授業をされる際には、学生たちの頭をあまり混乱させないようにしていただきたいものです。

(追記)

https://b.hatena.ne.jp/entry/4723493204965038114/comment/tekitou-manga

元記事読んでないけど、タイトルは筆者が付けるものではない(場合が多い)という事だけは一応

いや、タイトルだけに脊髄反射してるわけじゃないよ。

間違いなく本人が書いている本文中に、はっきりと、

なぜなら「賃上げ」という考え方そのものが間違っているからだ。

と言い切っていますからね。元記事読まなくても、せめてこのブログ記事の中の引用文くらいは目を通してからコメントしましょう。

 

 

 

2022年8月 5日 (金)

HRアワード2022

Fzmhfluacaaelep 岩波書店さんによると、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』が、日本の人事部「HRアワード2022」に入賞したそうです。

https://twitter.com/Iwanamishoten/status/1554663349958324225

そのアワードのサイトに行ってみますと、書籍部門に12冊ばかり並んでいますが、ざっと見た感じでは、拙著以外はまさに実践的な人事はこうやるべしみたいな本のようで、そういう新商品売り歩き型みたいなのを批判している拙著はいささか場違いな感もありますね。

https://hr-award.jp/nominate2.php#2-6

 

連合総研未来塾

Hama_20220805225801 昨日、連合総研の未来塾で「労使関係思想から見たジョブ型・メンバーシップ型」についてお話ししました。

https://www.rengo-soken.or.jp/info/2022/08/051028.html

Juku 講演録は後日掲載するということですが、私が使った資料がアップされています。

https://www.rengo-soken.or.jp/info/20220804%20%E9%80%A3%E5%90%88%E7%B7%8F%E7%A0%94%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E5%A1%BE%E3%83%BB%E6%BF%B1%E5%8F%A3JILPT%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80%E9%95%B7%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%B3%87%E6%96%99.pdf

 

エスピン=アンデルセン『平等と効率の福祉革命』

608021 岩波書店編集部の藤田紀子さんより、イエスタ・エスピン=アンデルセン著 , 大沢真理監訳『平等と効率の福祉革命 新しい女性の役割』(岩波現代文庫)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b608021.html

キャリアとジェンダー平等を追求する女性と、性別分業に従う女性との間で広がる格差。価値観・学歴の似た者同士が結婚する結果、世帯間の格差が増幅し、社会の効率性が下がり、さらには世代を越えて格差が継承されてしまう。どうすればこの流れを転換することができるのか。比較福祉国家論の第一人者による提言の書、待望の文庫化。

正直言うと、エスピン・アンデルセンを文庫に入れるなら、まず何より『福祉資本主義の三つの世界』を、それも岩波現代文庫よりも岩波文庫の白版あたりに入れるのが先じゃないかという気もしますが(だって、ウォーラーステインがはいるんだから)、そこはいろいろと難しい問題があるのかも知れません。

「子どもまん中」とか言いながら、どこまで分かっているのか、あらぬ方向に行きかねない政治の姿を見るにつけ、改めて10年以上前に出された本書を政治家も官僚も評論家諸氏も新聞記者諸氏も熟読玩味する必要がありそうです。

とはいえ、こんなちっぽけな文庫本一冊読み通すのは難儀だという人のためには、著者本人による「あとがき」が一番端的に本書の趣旨を示しています。

・・・しかし、平等主義という動機のみに基づいて福祉国家の改革を主張しても、得心するのは既にそれに賛成している人々だけだろう。反面で、政策の改革によって私たちがより優れたパレート・フロンティアに進めることを示せるなら、福祉国家改革の主張は遥かに多くの支持を得られるだろう。これは、衡平性が増すとともに、潜在生産力がより有効に動員されるという、両得の成果を意味する。他の何人の利得を損なうこともなく、ある人々の利得を増すことができるという意味で、パレート的に、女性の革命に対する福祉国家の適応という策を打ち出せることは、多くの差し迫った問題領域で十分に明白なはずである。女性の革命に福祉国家が適応するという方法以外では-それは基本的に家族か市場に頼るという方法になる-全ての差し迫った問題領域において次善の解決策にしかならないはずである。

衡平性と効率性という最小限の基準に基づき、私は、第一に、母親であることと雇用とを両立させるという面で福祉国家を支持する主張を、かなり有力に展開したと信じている。この面では、福祉国家による支援がなければ、二つのうち一つ(あるいは両方)の弊害が生じるだろう。すなわち、過度の少子化、あるいは(若しくは及び)、過度の労働力不足と家族所得不足である。私はさらに、引退における世代内の衡平の促進を主張したつもりである。この二つ目の面に関しては、衡平性を保障することができなければ、引退を延期するための努力が台無しにされるだろう。この努力はますます喫緊のものとなっており、引退を遅らせることができなければ、今度は。国家財政の持続可能性及び世代間の契約が深刻な危機に陥るだろう。しかし、他の何にもまさって説得力ある議論は、間違いなく、子どもへの投資に関するものである。子どもへの投資は、機会の平等の向上と、生産性の大幅な増大を同時に保障する。そして、幼い時期から子どもに十分に投資することは、高齢期の貧困やニーズに対する非常に優れた保険にもある。結論として、福祉国家が女性の役割の革命を加速させることに役立つなら、私たちは恐らく全面的に、平等と効率の大きな成果を収穫することができるのである。

まさに、ここで著者が挙げている過度の少子化、過度の労働力不足、家族所得不足、国家財政の持続可能性及び世代間の契約の深刻な危機等々といった多くの弊害が同時に押し寄せてきている現代日本において、この2パラグラフは大きな太字で印刷して、全ての政治家の手元に届けてあげたい珠玉の文章です。

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月 4日 (木)

アラン・シュピオ『労働法批判』@労働新聞

4779516749 『労働新聞』で月1回廻ってくる「本棚を探索」という書評コラム、今回はアラン・シュピオの『労働法批判』です。夏休みの課題図書として是非。

https://www.rodo.co.jp/column/135309/

 『労働新聞』のコラムでありながら、いままでわざと労働法関係の本を取り上げてこなかったへそ曲がりの濱口が、ようやく素直に専門書を取り上げるに至ったか、と勘違いするかも知れないが、いやいやそんな生やさしい本ではない。哲学書の棚に並ぶ同じ著者の『法的人間 ホモ・ジュリディクス』や『フィラデルフィアの精神』(いずれも勁草書房)と同じくらい、深い深い哲学的思考の奥底に潜り込んでいく快感が味わえる。その意味では、毎日毎日新たな立法と判例を追いかけるのに忙しい労働法関係者にこそ、夏休みの課題図書としてじっくり読んで欲しい本でもある。
 特に必読なのは、冒頭の「予備的考察(プロレゴメナ)」の準備章「契約と身分のあいだ」だ。近頃流行りの「ジョブ型」「メンバーシップ型」を聞きかじって上っ面で理解している人は、是非その歴史的淵源をしっかりと学んで欲しい。近代西欧の労働関係は、ローマ法の「労務の賃貸借契約」の考え方と、ゲルマン法の「忠勤契約」の考え方が絡み合って作り上げられたものだ。
 労務の賃貸借とは、もともと物の賃貸借や家畜の賃貸借と同様に奴隷主がその所有する奴隷を人に貸し付ける契約であったが、その賃貸人と賃貸物件が同一人物である場合、自分で自分自身(の労務)を貸し出して賃料を受け取るという技巧的な構図になる。これが「ジョブ型」の原点だとすれば、賃金労働者とは奴隷主兼奴隷であり、労働時間は賃金奴隷だが非労働時間にはご主人様の身分を取り戻す。とすれば労働時間の無限定とは、奴隷の極大化、ご主人様の極小化ということになり、一番悪いことだ。
 これに対して忠勤契約は封建制の下での主君と家臣の「御恩と奉公」であり、人格的共同体への帰属こそがその本質となる。これが「メンバーシップ型」の原点だとすれば、被用者とは主君たる使用者に無定量の忠誠を尽くす家臣であり、主君の命じることはいつでも(時間無限定)なんでも(職務無限定)やらなければならないが、その代わり「大いなる家」の一員として守られる。無限定さこそが誇るべき身分の証しなのだ。
 ところが対極的に見えるこの両者がその両極で一致する。古代ローマ法で奴隷は家族の一員であり、逆に言えば家長には家族の生殺与奪の権限があった。一方、中世ドイツ法で忠勤契約は庶民化して奉公契約になり、遂には僕婢(召使)契約に至ったのだ。ジョブ型の極限にはメンバーシップ型があり、メンバーシップ型の極限はジョブ型となる。
 この契約と身分の絡み合いのさらに奥には、第1部「人と物」で論じられる人の法(身分法)と物の法(財産法)の逆説的な関係が控えている。労働法は民法の債権各論にある以上物の法であるとともに、労働者の身体と精神の安全に関わる人の法でもある。そして、それは第2部「従属と自由」で論じられる集団性と不可分である。その集団性自体が、労務賃貸人のカルテルたる労働組合と、企業従業員の自治組織たる従業員代表制に二重化する。
 労働法の法哲学という、現代日本ではほぼ他に類書のない本であるだけに、夏休みの課題図書にするのは重たすぎるかも知れないが、でも是非読んで置いて欲しい本である。    

 

 

 

 

2022年8月 3日 (水)

ジョブ型雇用社会とは何か@『労働調査』2022年7月号

Coverpic_20220803211201 労働調査協議会の月刊誌『労働調査』2022年7月号に「ジョブ型雇用社会とは何か」を寄稿しました。この7月号は、「ジョブ型を考える」という特集で、以下のような記事が載っています。

特集 ジョブ型を考える
ジョブ型雇用社会とは何か 濱口桂一郎(独立行政法人労働政策研究・研修機構 研究所長)
労働組合は「ジョブ型雇用」にどう対応すべきか 今野浩一郎(学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長)
多様な働き方を可能にするジョブ・ベースのマネジメント 奥野明子(甲南大学経営学部 教授)
<インタビュー>日立製作所におけるジョブ型人財マネジメント 橋本修平(日立製作所労働組合 書記長)
<インタビュー>KDDIにおける新人事制度 長谷川強(KDDI労働組合中央本部 副中央執行委員長)永渕達也(KDDI労働組合中央本部 政策局長) 

わたくしのはその冒頭に登場しています。

1.はじめに
 私が昨年9月に「ジョブ型雇用社会とは何か」(岩波新書)を出版したのは、現在世間で流行しているジョブ型論にはあまりにも多くの誤解や間違いが氾濫しているからです。先ず認識してほしいのは、ジョブ型という概念は決して新しいものではなく、むしろ古くさいということです。こういうことを聞くと、「何を言っているのか。古くさく、硬直的で、生産性の低い日本の雇用システムであるメンバーシップ型をやめて、柔軟で生産性の高い、新しいジョブ型に移行すべきであるという説が流行っているではないか」と思われるかもしれません。確かに今、ジョブ型という言葉を弄んでいる人たちの多くはその手の主張を展開していますが、それは間違いで、ジョブ型の方がメンバーシップ型よりも古いのです。
 ジョブ型やメンバーシップ型という言葉を作って雇用システムの在り方を分析し始めたのは私自身ですが、これらの概念自体は新しく作った訳でもなく、以前は就職型、就社型などと称されいろいろな形で議論されてきたものに、ジョブ型、メンバーシップ型という新しいラベルを貼り付けたに過ぎません。ジョブ型がどのくらい古いかというと、少なくとも100年、200年ぐらいの歴史があります。18~19世紀に近代産業社会がイギリスを起点に始まり、その後ヨーロッパ諸国、アメリカ、日本そしてアジア諸国へと徐々に広がって行ったわけですが、この近代社会における企業組織の基本構造がジョブ型なのです。
2.ジョブ型とメンバーシップ型の概念
3.日本型雇用システム
4.雇用の入口
5.雇用の出口
6.賃金制度
7.定年退職制の矛盾
8.ジョブ型社会のその先は?
 

 

2022年8月 1日 (月)

朝日新聞のジョブ型記事

今朝の朝日新聞は、19面の「働く」という面で、「(資本主義NEXT 日本型雇用を超えて:1)その人事制度、持続可能なのか」という記事を載せています。経団連の故。中西前会長の顔写真入りで、真面目にジョブ型を論じています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15374098.html

「日本型雇用」は世界でもまれな仕組みです。仕事を限定せず「就社」させた新卒を、強い人事権のもとで育てます。働き手は不満を持っても、年々増える賃金、安定雇用を期待します。大企業で発展したこの労使の共同体が、日本の資本主義の成功をもたらしたと称賛されました。

日本経済が成長する中でできたこの仕組みの課題は長く指摘されてきました。女性は排除され、男性正社員は長時間労働を強いられます。非正規労働者の処遇改善も進みません。

持続可能な資本主義のため、雇用の形はどうあるべきか。5回にわたり報告します。初回は、日本を代表する製造業大手、日立製作所の動きを追います。・・・

どこかの「ジョブ型を売り歩く人々」的なのとはだいぶ趣が違い、しっかりとした取材記事になっています。澤路毅彦さんが担当しているんですね。

As20220801000156 左上に、ジョブ型とメンバーシップ型の分かりやすい絵解きが載っています。

 

 

 

 

 

安中繁『新標準の人事評価』

5938a 安中繁『新標準の人事評価』(日本実業出版社)をお送りいただきました。

https://www.njg.co.jp/book/9784534059383/

「有能な社員を採用できないし、定着しない」「長くいる社員が自動的に高給をもらう状況になっている」「社員を育成できる人材が不足している」「経営理念が浸透しない」……、課題だらけの中小企業に適した「人財育成」ができる人事評価制度の導入法を解説。

安中さんからは5年前に『週4正社員のススメ 』を頂いていましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/4-2c28.html

今回は管理職層の労働時間という課題に取り組んだものとのことです。

 

 

 

 

 

楠山精彦・和田まり子 [著] NPO法人キャリアスイッチ[編]『40歳からのキャリアチェンジ[第2版]』

7a0e36b38bdd57d6ef0231de2677fee9e5d1964a 楠山精彦・和田まり子 [著] NPO法人キャリアスイッチ[編]『40歳からのキャリアチェンジ[第2版] 充実した人生を送るための求職・転職術』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat9/da12594f93aa9ff546ad62ff1a79ad254d84ebb5.html

近年、40歳代以上のシニア・ミドル世代を即戦力として採用する企業が増えてきています。年齢は問わないと考える会社も多く、豊富な経験や高い専門性、環境適応力が求められていることの表れです。一方で、だれもが転職して成功できるわけではなく、中高年ならではの問題も発生します。
転職を成功させるには、自分に何ができて、相手が何を求めているのかを理解することが大切です。中高年の転職市場では、多くの企業が、志望者の「知識」「経験」「技術」をもとに判断します。逆に言えば、自身が積み上げてきた知識や経験、技術が求められる会社を選ぶことが、中高年の転職を成功させる第一歩となるでしょう。
そこで本書では、自分なりの強みを発見し追求していくこと、キャリアデザイン構築を推進するとともに、充実した職業人生を切り開き、希望のもてる求職活動のために、職務能力の棚卸しの仕方、自信の持てる仕事の選び方から、職務経歴書の書き方、面接の上手な受け方まで、成功するキャリアチェンジの実際を具体的に説き明かします。自分の職業人生を充実させるための転職の手順がわかります。

 

 

 

「技人国」の矛盾

Asahi_20220801111501 今朝の朝日が1面トップに「技人国」の話題を取り上げています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15374166.html(「技人国」29万人、外食にITに 「高度人材」在留、実習生並みに拡大)

https://www.asahi.com/articles/DA3S15374128.html(広く根おろす「技人国」 留学生から移行「親日の大卒人材」)

この「技人国」の問題、先日の吉野家の時にも本ブログで若干コメントしましたが、昨年5月にWEB労政時報に寄稿した「ジョブ型「技人国」在留資格とメンバーシップ型正社員の矛盾」がまとまっていますので、改めて再掲しておきます。

 日本の外国人労働政策は至るところに矛盾を孕(はら)孕(はら)んだ形で展開してきました。その代表格は「労働者として」入れるのではない定住者という在留資格の日系南米人と、最初は「労働者ではない」研修生で、次は一応労働者ではあるが主目的は国際貢献という触れ込みの技能実習生ですが、留学生の資格外活動(アルバイト)を週28時間まで認めているのも、ローエンド技能労働者のサイドドアであることは確かです。この労働需要に対しては、2018年12月の入管法改正により、ようやく特定技能という在留資格が設けられ、それなりのフロントドアが作られたといえます。
 
これらに対して、日本政府はずっとハイエンドの外国人は積極的に受け入れるという政策をとってきました。その中でも、いわゆる普通のホワイトカラーサラリーマンの仕事に相当する在留資格が技術・人文知識・国際業務、いわゆる「技人国」です。出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)の別表では、「本邦の公私の機関との契約に基づいて行う理学、工学その他の自然科学の分野若しくは法律学、経済学、社会学その他の人文科学の分野に属する技術若しくは知識を要する業務又は外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動」と、定義されています。
要するに、理科系と文科系の大学を卒業し、そこで学んだ知識を活用して技術系、事務系の仕事をする人々ということですから、ジョブ型社会における大卒ホワイトカラーを素直に描写すればこうなるという定義です。つまり、日本の入管法は他の多くの法律と同様に、欧米で常識のジョブ型の発想で作られているといえます。
 
ジョブ型の常識で作られているということは、メンバーシップ型の常識は通用しないということです。法務省の「『技術・人文知識・国際業務』の在留資格の明確化等について」には、「従事しようとする業務に必要な技術又は知識に係る科目を専攻していることが必要であり、そのためには、大学・専修学校において専攻した科目と従事しようとする業務が関連していることが必要」と書かれています。
何という職業的レリバンスの重視でしょうか。これは、専門技術職は積極的に受け入れるけれども、単純労働力は受け入れないという原則を掲げている以上当然のことです。ところが、それが日本のメンバーシップ型社会の常識と真正面からぶつかってしまいます。今まで留学生の在留資格だった外国人が、日本の大卒者と同じように正社員として採用されて、同じように会社の命令でどこかに配属されて、同じように現場でまずは単純作業から働き始めたとしたら、それは「技人国」の在留資格に合わないのです。大卒で就職しても最初はみんな雑巾がけから始める、などというメンバーシップ型社会の常識は通用しないのです・・・しないはずでした。
 
 ところが、それでは日本企業が回らないという批判を受けて、法務省は2008年7月「大学における専攻科目と就職先における業務内容の関連性の柔軟な取扱いについて」という局長通達で、「現在の企業においては、必ずしも大学において専攻した技術又は知識に限られない広範な分野の知識を必要とする業務に従事する事例が多いことを踏まえ、在留資格『技術」及び『人文知識・国際業務』の該当性の判断に当たっては、(中略)柔軟に判断して在留資格を決定する」ことと指示したのです。とはいえ、あくまでもジョブ型の大原則は変えていないので、「例えばホテルに就職する場合、研修と称して、長期にわたって、専らレストランでの配膳や客室の清掃等のように『技術・人文知識・国際業務』に該当しない業務に従事するといった場合には、許容されません」と、それなりに厳格さは維持されていました。
しかし、それでもまだ足りないという批判が繰り返され、あっさり本来のジョブ型制度が後退してしまったのです。上記2018年12月の入管法改正を受けて同月に策定された外国人材受入れ・共生対応策では、留学生の就職率が3割強にとどまっていることから、大学を卒業する留学生が就職できる業種の幅を広げるために在留資格の見直しを行うとされ、翌2019年5月の告示改正で、「日本語を用いた円滑な意思疎通を要する業務」という名目の下、飲食店、小売店等でのサービス業務や製造業務も特定活動46号として認めることとしたのです。同時に出されたガイドラインの具体的な活動例を見ると、以下のとおり、
よほどの単純労働でない限り、普通の技能労働レベルのものがずらりと並んでいます。
ア飲食店に採用され、店舗管理業務や通訳を兼ねた接客業務を行うもの(日本人に対する接客を行うことも可能です)。
※厨房での皿洗いや清掃にのみ従事することは認められません。
イ工場のラインにおいて、日本人従業員から受けた作業指示を技能実習生や他の外国人従業員に対し外国語で伝達・指導しつつ、自らもラインに入って業務を行うもの。
※ラインで指示された作業にのみ従事することは認められません。
ウ小売店において、仕入れ、商品企画や、通訳を兼ねた接客販売業務を行うもの(日本人に対する接客販売業務を行うことも可能です)。
※商品の陳列や店舗の清掃にのみ従事することは認められません。
エホテルや旅館において、翻訳業務を兼ねた外国語によるホームページの開設、更新作業等の広報業務を行うものや、外国人客への通訳(案内)を兼ねたベルスタッフやドアマンとして接客を行うもの(日本人に対する接客を行うことも可能です)。
※客室の清掃にのみ従事することは認められません。
オタクシー会社において、観光客(集客)のための企画・立案や自ら通訳を兼ねた観光案内を行うタクシードライバーとして活動するもの(通常のタクシードライバーとして乗務することも可能です)。
※車両の整備や清掃のみに従事することは認められません。
※タクシーの運転をするためには、別途第二種免許(道路交通法第86条第1項)を取得する必要がありますが、第二種免許は、個人の特定の市場への参入を規制することを目的とするものではないことから、いわゆる業務独占資格には該当しません。
カ介護施設において、外国人従業員や技能実習生への指導を行いながら、日本語を用いて介護業務に従事するもの。
※施設内の清掃や衣服の洗濯のみに従事することは認められません。
キ食品製造会社において、他の従業員との間で日本語を用いたコミュニケーションを取りながら商品の企画・開発を行いつつ、自らも商品製造ラインに入って作業を行うもの。
※単に商品製造ラインに入り、日本語による作業指示を受け、指示された作業にのみ従事することは認められません。
 
 ハイエンド労働者は入り口からハイエンドの仕事をし、ローエンド労働者はずっとローエンドの仕事をするというジョブ型社会の常識が、ハイエンド(に将来なる予定/なるかも知れない/なるんじゃないかな)の労働者が入り口ではローエンドの仕事をするという日本社会の常識に道を譲ったわけです。それは、もしその就職した留学生たち全員が本当にハイエンド労働者になることを予定しているのであれば、ジョブ型の制度趣旨に反するというだけで、否定されるべきではないのかもしれません。しかしながら、日本の外国人政策における留学生の位置づけを振り返ってみると、その点にもかなりの疑問符が付きそうです。なにしろ、いまや本家の「技人国」ですら、中国人を抑えて、一番多いのはベトナム人になっているのですから、どこまでハイエンド労働者なのか、大変疑わしい状況になりつつあります。

本日、最低賃金決着へ?

本日の午後3時に中央最低賃金審議会目安に関する小委員会の第5回目の会合が予定されているようですが、

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26808.html

そこで30円以上の引上げが決まる予定だと、毎日新聞が報じています。

https://mainichi.jp/articles/20220731/k00/00m/010/125000c

Mainichi 2022年度の最低賃金の引き上げ幅(目安)について、「中央最低賃金審議会」(厚生労働相の諮問機関)の小委員会が全国加重平均で「30円以上」の額とすることで最終調整に入ったことが31日、関係者への取材で分かった。8月1日に最終協議に入り、同日中に決着する見通し。円安などによる物価高騰を考慮した結果で、実現すれば過去最大の上げ幅になる。・・・

法律上の最低賃金は各都道府県労働局の地域最低賃金審議会で秋までに決めなければならないので、そろそろ目安を示さないと間に合わないタイミングではあります。

今年はロシア・ウクライナ戦争の影響などもあり、今までになく物価が上昇してきているので、それが背景にあるのでしょう。

 

 

 

 

2022年7月30日 (土)

技能実習制度の見直しへ

昨日、古川法務大臣が技能実習制度の見直しの開始を述べたということですが、

https://www.asahi.com/articles/ASQ7Y0G29Q7XUTIL02D.html(技能実習制度「目的と実態が乖離」 本格見直しを検討へ 法相)

Asa_20220730160601 開発途上国への技術移転を目的とした「外国人技能実習制度」について、古川禎久法相は29日の閣議後会見で、本格的な見直しに向けた考え方を示した。実習生が日本の人手不足を補う労働力になっている実態を踏まえ、「目的と実態に乖離(かいり)がない仕組み」づくりなどを打ち出した。 

政府は今秋にも関係閣僚会議の下に有識者会議を設置し、今回の考え方を踏まえた具体的な制度設計を検討する。古川氏は「長年の課題を歴史的決着に導きたい」と述べた。・・・ 

ちょうど『労基旬報』の7月25日号に、「技能実習制度の見直し」という記事を寄稿したばかりだったので、何かの参考までにお読みいただければと。

 今年の1月14日、古川禎久法務大臣は閣議後記者会見で、「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」を設置し、「両制度の在り方について,先入観にとらわれることなく,御意見・御指摘を様々な関係者から幅広く伺っていきたい」と述べました。記者の質問に対しては、「虚心坦懐に勉強会を進めていきたい」、「あらかじめ予断を持って,このような方向性であるとか,こういう論点でということを決め打ちして始めるというものではありません」、「様々な御意見にしっかり耳を傾けながら,改めるべき点があれば,勇気を持って,誠実さを持って改めていくという姿勢でこの勉強会に臨む」と回答しており、何らかの制度改正は必要だという認識はあるようです。
 ただ、この勉強会はあくまでも私的な会合という扱いのようで、法務省や入国在留管理庁のホームページ上にはこの勉強会に関する情報はほとんど載っていません。ただ、大臣記者会見で、1回目は政策研究大学院大学学長の田中明彦氏で、以後、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長の是川夕氏、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)代表理事の鳥井一平氏、日弁連人権擁護委員会委員長の市川正司弁護士、タレントのパトリック・ハーラン氏、 一般社団法人国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏(国会議員時代は山尾志桜里名義)、東京大学名誉教授の養老孟司氏、政策研究大学院大学特別教授の西村清彦氏、多摩大学学長の寺島実郎氏、自由民主党元総裁の谷垣禎一氏という名前が示されているだけです。
 政治的にセンシティブな問題でもあるだけに、去る7月10日の参議院選挙までは具体的な動きはできるだけ外に出さないようにしていたのだろうと思われますが、与党の勝利によって今後3年間政治的な安定期間が確保されたことから、これからいよいよ本格的な見直しの検討が進められていく可能性があります。現時点では、政府からは全く具体的な見直しの案は示されていませんが、この問題に関心を持つ人々からはいくつかの提起がされてきています。
 ここでは、今年の4月15日に、日本弁護士連合会が公表した「技能実習制度の廃止と特定技能制度の改革に関する意見書」を見ておきましょう。これは、技能実習生の人権擁護に活躍してきた指宿昭一弁護士らが中心になってとりまとめられたものです。この意見書はまず、「技能実習制度を直ちに廃止する」ことを要求した上で、特定技能制度を以下の条件を満たす制度に改革するよう求めています。
(1) 特定技能1号と2号を一本化して,特定技能制度により,現在は技能実習生として受け入れている技能レベルの非熟練分野の外国人労働者の受入れを開始し,在留期間更新を可能とする制度を導入して定住化を進める。
(2) 特定技能で受け入れた当初から,家族帯同の可能性を認めた上で,永住審査の要件である就労資格をもった在留の期間に含める。
(3) 転職の実効性を確保する。
(4) ブローカーによる労働者からの中間搾取を禁止することを前提とする。
 さらに、外国人労働者の権利保障のための施策と,外国人労働者及びその家族の定住化支援のために次のことを実施するよう求めています。
(1) 賃金等の労働条件における国籍や民族を理由とする差別の禁止を徹底する。
(2) 労働者の権利の保障等のための相談,紛争解決の仕組みを充実させる。
(3) 日本語教育を含む職業訓練や職業紹介制度を充実させる。
(4) 医療,社会保障,妊娠,出産,育児,教育,生活習慣等に関する情報を外国人労働者及びその家族に提供する。
 一つ目の技能実習制度の廃止論は、「名目上は,労働者受入れ制度ではなく,開発途上国等へ日本の高度な技術等を移転することにより国際貢献を果たす」ための制度とされながら、「現実には,日本の深刻な労働者不足を補うための労働者受入れ制度として機能しながら,労働者不足の深刻化とともに制度が維持拡大してきて」おり、「制度の名目と実態の乖離が甚だしい」からです。とりわけ、「技能実習生に対し,入国後3年間は技能を同一の雇用主の下で一貫して習得するとの名目の下に雇用主変更を制限する仕組みにつながっている」ために「制度の構造が悪質な人権侵害の温床となっている」点や、「送出し機関による保証金の徴収や送出し国の法令の規定を超える高額な手数料徴収の事例が後を絶たず,技能実習生が来日前に高額な借金を作って来日する」点を、その弊害として厳しく批判しています。また、コロナ禍による経営状況の悪化により技能実習を継続できない技能実習生について、「特定活動」への在留資格変更を認め,事実上異業種への転職を認めたことを捉えて、「技能実習制度の制度上の目的は既に維持できていない」ではないかと、鋭く指摘しています。
 技能実習制度廃止後は、基本的には現行の特定技能制度を修正改良して対応すべきというスタンスですが、そのうち一番深刻で、そして一番対処が困難なのが、ブローカーによる中間搾取の問題でしょう。意見書はまず、韓国の雇用許可制に倣って、「民間を通さない政府間の受入れ(いわゆるGtoG)による仕組みの導入」を提示していますが、過去30年間、世界的に労働市場ビジネスに対する規制が緩和され、公共から民間へという流れが進んできている中で、これはいわば逆行する動きになり、なかなか難しいといわざるを得ません。
 実は、2009年7月の入管法改正に向けた2008年6月の厚生労働省の研修・技能実習制度研究会の報告書においては、「あっせん行為を公的機関が一元的に管理する方法」も検討しつつも、結論としては「現実的な方策としては、あっせん行為は従来通り民間に委ねつつ、これを適正にコントロールする方策を探ることが適当」としていました。しかし、国内の業者であれば職業安定法やその上乗せ的な法規制は可能でしょうが、海の向こう側で(場合によっては現地政府の黙認の下で)行われる事実上の中間搾取行為を有効に規制するのはなかなか難しいでしょう。
 今後の外国人労働者法政策がどういう方向に進んでいくことになるか、注目して行きたいと思います。

 

 

 

2022年7月29日 (金)

『高木剛オーラル・ヒストリー』

労働関係者オーラルヒストリーシリーズの『高木剛オーラル・ヒストリー』をお送りいただきました。インタビュワは例によって、南雲さん、梅崎さん、島西さんです。

高木剛さんといえば、言わずと知れた元連合会長ですが、その前のゼンセン同盟会長時代、さらにその前の旭化成労組時代など、いろんなエピソードがてんこ盛りです。

ゼンセンといえば、本ブログでも紹介した二宮誠さんのようなオルグ馬鹿一代記みたいな武闘派が思い浮かびますが、逢見直人さんのような学者肌のプロパーもおり、そして高木さんのような企業単組から引っ張られて来た人もいます。高木さんは東大卒業後旭化成に入って、数年後に、本部書記長が来て「君に組合に来てもらうことになったからね」の一言で、4年のつもりが50年になったと述懐しています。鷲尾さんなどと同じタイプです。

旭化成労組書記長時代で興味深いのは、職務給導入にまつわる話です。

・・・ただ、完全職務給化していくというのは大変で、全職種について職務分析をやらなければならないし、職務分析がちゃんと真っ当なものか、一方的に会社のいうことだけではなくて、組合も一緒になって評価しないと組合員の信頼にも関わるから、職務分析・評価の作業に組合も付き合うのが大変だった。全職種を職務分析・評価するのは大仕事。だから労使とも、担当者が主事業所を飛び回って、年のうち何百日出張だというのを2年ぐらいやったのかな。それで、全職種。職務給も、1級からあるけれど、一番低いのは実質的には3級ぐらいから。それで8級まで職務価値で格付ける。9級から上はもう役付だから、職務分析に値せずということで。・・・

管理職からジョブ型にするなどという近頃のひっくり返った訳の分からない話に比べれば、ランクアンドファイル中心に職務給導入という、労使とも真っ当な発想であったことが分かります。そういう昔のことを覚えている人がほとんどいなくなったので、インチキコンサルのでたらめジョブ型が流行るんでしょうけど。閑話休題。

それから、いま統一協会の件で選挙活動の手足になるボランタリー労働力の問題が注目を集めていますが、労働組合は別に宗教団体じゃないので、神仏の御心でただ働きというわけにはいかないけれども、公職選挙法上はただ働きしてもらわないと困るというわけで、こういう話になるようです。

・・・これは新聞に書かれると困るような話もいっぱいあるけどさ。公職選挙法というのは厄介で、戸別訪問したらいかんというし、仕事中に抜けていって選挙運動をやると運動買収だというし。だから、年休を取らさなければいけない。個人が勝手に個人の意思で年休を取って、たまたま選挙運動にいっただけだというふうにせなあかんわけだから。みんなに「年休を取って選挙運動にいってくれ」と頼むわけよ。それは最初の1年、2年はよかったけれど、毎年続くと「あの年休は後で返せよ」ということになる。・・・

また、昨年茨城の方で実現した労組法18条の労働協約の拡張適用についても、高木さんがゼンセン産業政策局長時代に、愛知県で実現しているんですね。

・・・労組法18条を具体的に運動としてやって実現させたところはそう多くない。それは大変なこと。4分の1の労働者を雇用する経営者は、「何で俺らが県の言うことを聞かなあかんのだ。県の命令かなんか知らんけど、なんじゃ」と。県にも文句を言うわ。県会議員は出てくるわ、大騒ぎよ(笑)。それは15年ぐらい続いたのかな。拡張適用をね。・・・

高木さんの話はまことに多岐にわたります。今朝の朝日新聞の「(中国共産党大会2022)指導部にガラスの天井 政治局員25人中、女性は1人」に出てくる孫春蘭副首相も、中華総工会の秘書長時代に、ILOの理事選挙関係でガイ・ライダーを交えて交渉したという思い出を語っています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15371768.html

・・・その時に交渉に来たのが、総工会の秘書長で孫春蘭という女性。立派な人だったよ。いまは、中国共産党の政治局員だな。女性でいま一番偉いのか。常務委員にはなっていないけど。このおばさんは、いまは副首相をしているよ。孫春蘭さんといって、もともとは女工さん上がりよ。優秀な人で、交渉もタフだった。・・・

そして、ちょうどいまデッドロックに引っかかったみたいになっている最低賃金ですが、これが急激に上がり始めた第1次安倍内閣のときのこういういきさつも、率直に語っています。

・・・最賃の話は、連合の時に頼まれて俺もだいぶ骨を折ったから。「もう、1円、2円上げる話はやめた。そんな最賃なら決めてくれんでいい」といってがんばった。安倍内閣の厚労大臣をやっとったのが愛媛出身の塩崎(恭久)氏で、その塩崎氏が官房長官の時の話だが、「最賃をなんとかならないか」と言ったら、「やりましょうや」と言ってやってくれて、塩崎氏と大田弘子さんの2人が骨を折ってくれた。「1円、2円の話は付き合わんぞ。何十円の話だ」と説得し、結局、何十円の話になった。だから、これも連合会長時代の話だけど、「最賃の問題を最賃審以外の場で、官邸の場で協議するようにしたから、組合も付き合ってくれ」という流れになった。そこで、私は連合で、「最賃のプロはもういい。官邸の会議には連れて行かん。お前らが議論するとまた1円、2円の話をしてくるから」と。・・・

官邸主導の最賃政策の裏ばなしですね。

そして、これは制度を作る上で高木さんが一番重要な役割を果たした労働審判制度についても、こんな思い出を語っています。

・・・こんな議論をしながら、菅野和夫先生にえらい骨を折ってもらって本郷三丁目の角に、いまはもうなくなったらしいけれども、「百万石」という料亭があったが、そこで菅野さんと矢野さんと私の3人で何回か議論をしたこともあった。・・・

そして、高木さんによればその副産物が労働契約法なのですが、そこにこういう齟齬があったようです。

・・・これについては部分的に賛否両論がいろいろあって、連合も中途半端な対応だったものだから菅野さんが後で怒っておった。「お前がやれと言うから一所懸命やったら、連合が横から口を入れてくるから叶わんかった」と言われたけどさ。「ええ、そんなことがあったんですか。申し訳ありませんでした」と謝罪したことがあった。・・・

これも、労働法政策的には大変興味をそそられる裏話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の最低賃金

ドイツのハンス・ベックラー財団の経済社会研究所(WSI)が出している「WSI最低賃金リポート2022」に、今年1月現在の世界主要国の最低賃金の状況が載っています。

https://www.wsi.de/de/faust-detail.htm?sync_id=HBS-008280

まずは、実額ベースで見ると、

Wsi01

当然のことながら、高い国、中くらいの国、低い国とあるわけですが、日本は韓国、アメリカと並んで中くらいに位置します。ロシアもウクライナも低いですが、若干ウクライナの方が高め。で、意図的かどうかはともかく、そこで色分けを変えてますね。ウクライナは中くらいだが、ロシアは低いと。でも、大事なのはそこじゃない。

最低賃金がその国の賃金水準に比べてどれくらいかという観点で見ると、違った様相が見えてきます。これは最低賃金がその国の賃金の中央値の何%に当たるかというグラフですが、

Wsi02

たぶん、ドイツのWSIの人が言いたいのはこちらで、ドイツの最低賃金は高いというけれど、中央値の50%しかないじゃないか、ということでしょう。フランスは61%、イギリスだって58%だと。60%のところに線が引いてあるのは、ここまでは上げるべきだという趣旨でしょう。

ちなみに、日本は45%ですが、アメリカに至っては30%弱ですね。面白いのは韓国が中央値の63%とトップクラスに高いことです。

 

 

 

2022年7月28日 (木)

ほとんどの民間企業は5年無期化を難なくこなしたのに、大学は10年無期化で大騒ぎ

https://mainichi.jp/articles/20220725/k00/00m/040/289000c(研究者らに「雇い止め」危機 無期転換適用逃れ? 迫る来春期限)

大学や研究機関で長年働く非正規職員らが2022年度末での労働契約の打ち切りを告げられる事例が出ている。同じ職場で通算10年働いた有期雇用契約の職員が23年4月以降、「無期雇用」への転換を申し込む権利を得ることが背景にある。一部の大学や研究機関では期限を前に「雇い止め」が相次ぐ可能性があり、「研究力の低下につながる」との指摘もある。・・・

何かというと、民間企業はちゃんとやっているのに云々と言いたがる人に限って、その民間企業が難なくこなしていることを大学などのアカデミック使用者ができないと、その責任を法律に転嫁したがる傾向にあるようです

いうまでもなく、2012年に成立し2013年に施行された旧改正労働契約法は、10年じゃなくて5年で無期転換する権利を有期労働者に付与していました。

民間企業は10年じゃなくて5年です。2013年の施行後5年経った2018年の段階で、つまりもうすでに5年前の段階で、5年経過した有期労働者を雇止めするのか、それとも5年も働いてきて使い物になっているのをみすみす捨てるのはもったいないからと、無期化(いうまでもなく「正社員化」ではない)するかという選択を迫られて、ごくごく一部の企業を除いて、大部分はそのまま無期労働者として使い続ける道を選んだわけです。

正社員化した企業もあれば、正社員ではなくただの無期労働者にした企業もありますが、いずれにしろみすみす雇止めというのは非常に少なかった。もちろん、その背景には、2018年当時労働市場が逼迫気味で、ただでさえ人手不足なのに使える有期労働者を雇止めするのが難しかったこともあります。

この原則の5年を、わざわざ大学などのアカデミック使用者についてのみ10年に伸ばしたのは、産業競争力会議主導での議員立法によるものでした。アカデミック分野でのみ無期化を5年から10年に延ばすと、どういう理由でイノベーションが発展するのかさっぱりわかりませんが、なんだかそういうような理屈でやられたようです。

で、民間企業がとっくの昔に無期化を難なくこなしてから5年近くがたち、民間企業の2倍の時間を与えてもらっていた大学などのアカデミック使用者が、ここにきて慌てふためいて雇止めだなんだという騒ぎになりつつあるというのですから、情けない限りです。もちろん、お金の出処が云々という話があるのでしょうが、少なくともその責任を、規定上の5年の期限が来てから5年近くたってほとんど問題も起こっていない旧改正労働契約法に押し付けるような恥ずかしい議論をするような人は、まあ少なくともまっとうにアカデミックな人の中にはいないでしょうね。

 

 

 

 

2022年7月26日 (火)

エグゼンプトは採用から退職までずっとエグゼンプト

これも、本ブログの読者にとっては「またか」という話ですが、過去数日間本ブログで取り上げてきた管理職という職種の問題、専門職という職種の問題等々をひとまとめにした労働法上のトピックが、過去20年以上にわたってねじれにねじれた形で議論され続けてきた、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションになります。

ホワイトカラーのうち、クラークと言われるようないわゆる事務職は、残業代や休日出勤手当の対象になるけれども、管理職、専門職、運営職といういわば上層ホワイトカラーは、残業代や休日出勤手当が出ない、という風に説明すれば、それ自体は間違いではないのですが、そもそもそういう職種があまり、あるいはほとんど、あるいは全然確立していない日本のメンバーシップ型社会で、このジョブ型の職種に基づく身分社会の概念をうかつに振り回すと、いかに訳の分からない話になって混迷していくかは、皆さまよくご存じの通りです。

管理職も専門職も事務職もみんな同じで、人事異動で軽々とその微細な境界線を越えていく日本人にとっては、ホワイトカラーエグゼンプションというのは、いままで事務職としてたっぷり残業代を稼げていたのに、会社の人事発令一枚で、いきなり「お前は今日から管理職だ」「お前は今日から専門職だ」「今日からお前は運営職だ」と言われて残業代を召し上げられる事態でしかなくなるのは見やすいことです。

ジョブ型社会とはそういうものではないのです。職種に基づく身分社会だと思った方がいい。もちろん、ノンエグゼンプトの事務労働者が、一念発起してどこかの学校に通い、ディプロマを獲得して、それを以て同じ会社のエグゼンプトのポストに応募して採用されれば、客観的に見ればそれは社内でノンエグゼンプトからエグゼンプトに移ったことになりますが、それこそ言葉の最も正確な意味における「転職」というべきでしょう。そして、自分でわざわざ高給のエグゼンプトのポストに移った人が「残業代ゼロケシカラン」と叫ぶこともあり得ません。

エグゼンプトは採用時から退職時まで一貫してずっとエグゼンプトだし、ノンエグゼンプトは(自分で「転職」しない限り)採用時から退職時まで一貫してずっとノンエグゼンプトである、というこの基本のキが完全に欠落している日本社会で、ホワイトカラーエグゼンプションなるジョブ型概念を振り回すと、どういうワケワカメが現出するかというのは、私もさんざん書いてきましたし、本ブログの過去ログにも山のように書かれていますね。

 

 

 

2022年7月25日 (月)

光成美樹『[環境・気候変動]情報開示ルールの潮流』

1941_kankyokikouhendo_jyohokaijithumb115 光成美樹『[環境・気候変動]情報開示ルールの潮流 規制と市場動向によるサステナビリティ経営の深化』(経団連出版)をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat/558d6c83105bb8a2cf4f1ff573969328b55a8cd4.html

昨今、上場企業を中心に求められている気候変動をはじめとするサステナビリティに関する情報開示と、その情報を活用して拡大するESG投資などの金融市場の動きを、主要なキーワードを通してQA形式で取りまとめました。
海外から取り入れられた環境規制や政策名は、カタカナやローマ字表記が多いため、キーワードをわかりやすく概説し、ESG経営や気候変動の大きな流れを、企業経営や実務にかかわる方々に必要な時に少しずつ読んでいただけるように構成しています。サステナビリティの情報開示については、IFRS財団の動きや、TCFDに次いでルール策定が進むTNFD、欧州やアメリカの規制動向を紹介するとともに、TCFDに準じた情報開示に必要な、CO2の算定、目標設定、物理的リスク評価などの実務情報に加え、カーボンプライシングやサーキュラー・エコノミーなど、環境政策のキーワードを取り上げました。
情報開示とともに発展するESG投資やSDGs債などの金融市場の動向も概説します。

正直言うと、労働や人権関係の情報開示と違って、この環境気候変動関係のトピックにはそれほどの関心は持っていないのですが、手法としては共通するものが多いので、その観点からは興味深く読めそうです。

Ⅰ章 サステナビリティ情報開示ルールの進展
Ⅱ章 TCFDと気候変動に関する情報開示
Ⅲ章 気候変動政策と環境規制
Ⅳ章 金融市場におけるサステナビリティの推進(ESG投資とSDGs債)
Ⅴ章 財務情報に組み入れられた環境費用(環境債務と資産除去債務)
Ⅵ章 参考資料(資産除去債務に関する会計基準)

 

技能実習制度の見直し@『労基旬報』2022年7月25日号

『労基旬報』2022年7月25日号に「技能実習制度の見直し」を寄稿しました。

 今年の1月14日、古川禎久法務大臣(当時?)は閣議後記者会見で、「特定技能制度・技能実習制度に係る法務大臣勉強会」を設置し、「両制度の在り方について,先入観にとらわれることなく,御意見・御指摘を様々な関係者から幅広く伺っていきたい」と述べました。記者の質問に対しては、「虚心坦懐に勉強会を進めていきたい」、「あらかじめ予断を持って,このような方向性であるとか,こういう論点でということを決め打ちして始めるというものではありません」、「様々な御意見にしっかり耳を傾けながら,改めるべき点があれば,勇気を持って,誠実さを持って改めていくという姿勢でこの勉強会に臨む」と回答しており、何らかの制度改正は必要だという認識はあるようです。
 ただ、この勉強会はあくまでも私的な会合という扱いのようで、法務省や入国在留管理庁のホームページ上にはこの勉強会に関する情報はほとんど載っていません。ただ、大臣記者会見で、1回目は政策研究大学院大学学長の田中明彦氏で、以後、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長の是川夕氏、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)代表理事の鳥井一平氏、日弁連人権擁護委員会委員長の市川正司弁護士、タレントのパトリック・ハーラン氏、 一般社団法人国際人道プラットフォーム代表理事の菅野志桜里氏(国会議員時代は山尾志桜里名義)、東京大学名誉教授の養老孟司氏、政策研究大学院大学特別教授の西村清彦氏、多摩大学学長の寺島実郎氏、自由民主党元総裁の谷垣禎一氏という名前が示されているだけです。・・・・・

 

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